圭一、沙都子と共に入江診療所に行く。詩音は毎日でも悟史のお見舞いに行きたいようだが、今日はあいにくエンジェルモートでのバイトが入ってしまったようだ。三人で入江診療所に行くと不敵な笑みを浮かべた入江が私たちを出迎えた。
「ふっふっふ、来ましたね、前原さん」
「か、監督? なんか、雰囲気違うような……。俺に用って何なんですか?」
呼ばれた事に全く心当たりのない圭一が疑問を呈する。入江の雰囲気もなんだかいつもと違うのでさらに戸惑っているようだ。
「さだめさ、これが。知りながらも突き進んだ道だろう!」
「はぁ……?」
テンションの高い入江。眼鏡が光ってその奥の瞳が見えなくなっている。圭一は困惑し切りであった。
「それじゃあ、圭一。しばらく待合室で待っていて欲しいのです」
「圭一さん。出歯亀はダメです事よ」
「はぁ? 梨花ちゃんも沙都子も何を……出歯亀って。着替えるのか?」
混乱する圭一を残し、私と沙都子は地下室へ。入江の用意したメイド服に着替える。
「素晴らしいですよ! 二人共! これなら前原さんもイチコロでしょう!」
私と沙都子は着替え終わり、それを入江に見せると、とりあえず絶賛が返って来た。メイドの伝道師を自称する男にこう言われたからには自信を持っていいのだろうか。
「みぃ、それでは入江。圭一を呼んできて欲しいのです」
「分かりました」
そうして、入江が圭一を連れて来る。部屋の扉を開けた時も圭一は訳が分からないという表情だったが、中にいる私と沙都子を見ると目を見開いた。
「こ、これは! イリー!」
「どうです! 前原さん! これが誰よりも速く、誰よりも高く、誰よりも先へと言ったお二方の姿です!」
「メイドしか知らない貴方が!」
「知らぬさ! 所詮、人は己の知る事しか知らぬ!」
なんだか圭一と入江のテンションがおかしな事になっているが、私は無視して圭一に声をかける。
「みぃ……圭一、どうなのです?」
「え!? い、いや、どうって訊かれてもな……」
「そう言って言葉を濁すんですの?」
「い、いや、なんというか……」
圭一は戸惑った様子で私たちを順に見る。似合って、ないのだろうか……?
「これは流石ですね、監督。二人にバッチリ似合っている」
「ふふふ、貴方とてメイド萌えの一人でしょう! 前原さん!」
「メイドだけが萌えの全てじゃない! って言いたい所だが、これは確かに……」
圭一はまじまじと私たちを見つめる。そうじっくり見られると恥ずかしいな。自分からこの格好をしたのであるが。
「いや、本当によく似合っているぜ、梨花ちゃん、沙都子」
「ありがとうなのです、圭一」
「まぁ、わたくしたちがこのような監督の趣味に乗っかってあげているのですから、圭一さんには感激にむせび泣いていただきたい所ですわね」
つっけどんに言う沙都子だが、表情が若干嬉しそうで頬も赤らんでいる。むぅ、沙都子め。圭一に褒められたからっていい気になるな。いや、いい気になっているのは私も同じか。
「この格好で罰ゲームのご奉仕をするのです」
「そ、それは光栄だな……いや、それにしても二人共本当によく似合っている。過激な格好は部活で見慣れているが、そこであえて控えめなメイド服で攻めて来ているってのがいい。これは梨花ちゃんの発案かな?」
「そうなのです。いつものスクール水着やエンジェルモートの制服だと見慣れているからインパクトが薄いかと思いまして、あえて控えめなデザインのメイド服で攻めてみようと思ったのですよ」
「バッチリだぜ!」
圭一がグッと親指を立てる。とりあえずチョイスは間違っていなかったようだ。過激な格好はいつもの部活で見慣れている。ならばこそ、あえて控えめな格好の方が効果があると判断したのだ。
「ふっふっふ、あーはっはっはっは!」
その時、入江が突然、笑い出した。
「私の勝ちですね! メイド服姿のお二人に前原さんはメロメロです! さて、沙都子ちゃん、前原さんへのお披露目は終わった事ですし、私へのご奉仕を……」
「監督は放っておきまして、圭一さん。今回は特別にわたくしも圭一さんにご奉仕しますわ」
「な!」
「監督。とりあえずアイスクリームと紅茶ポッドを運んできて下さいまし」
愕然とする入江に構わず、パシリとしての指示を出す沙都子。入江は肩を落としながら部屋から出て行く。残された圭一は私に声をかける。
「それにしてもいきなりどうしたんだ。こんな事」
「みぃ~、圭一の気を惹きたかったのですよ」
気楽に言っている風を装っているが、胸の中はバクバク言っていた。とはいえ、いつもの私の言動から圭一はいつもの冗談だと受け取ったようだ。それが残念なようなそうでないような。
「あっはっは、そうか。でも、梨花ちゃんにはまだそういう事は早いぜ。沙都子もな」
「み、みぃ? そうですか?」
「男の気を惹こうなんてのはもうちょっと成長してからじゃないとな」
そんな、圭一は私を女として見ていないというのか。少しショックを受けつつもそれを表に出さないようにしつつ、圭一と接する。って、なんでショックを受けるんだ。これじゃあ、まるで私が圭一に……。
(惚れているみたいじゃない!)
そう自分に言い聞かせる。確かに昭和58年の6月を突破するに当たって凄く心強く頼りになる味方ではあったし、羽入を失った私にとってかつての世界の記憶を思い出している圭一は唯一の私の本音を分かってくれる存在ではあるのだけれど、それだからって、圭一に惚れるなんて事は……。
(……いや、条件は揃っているわよね……)
あるかもしれない。そのための条件はこの世界では揃っている。しかし、それを認めるのも癪なのでいつも通りに圭一と接する事にする。圭一のためにこんな格好をわざわざしている時点でいつも通りではないかもしれないのであるが。
「いやぁ、全く。前原さん。厄介な奴ですよ、貴方は!」
「キレながらアイスと紅茶をしっかり運んでこないで下さいよ、監督」
沙都子にご奉仕を拒否されたショックを引きずったまま入江が帰って来る。お皿に乗ったアイスクリーム。まずはこれね。今日の部活の罰ゲームでもあるし。
私はスプーンでアイスをひとすくいするとそれを圭一に差し出す。
「はい、圭一。あ~ん、なのですよ」
「あ、あ~ん……」
戸惑いながらも口を開いた圭一にアイスを食べさせてあげる。少しは頬を赤らめている。よし、と思う。
「うん。美味いぜ、梨花ちゃん」
「それは良かったのです」
「次はわたくしのご奉仕ですね。紅茶をお入れしましたので、どうぞ」
「ああ、こっちもありがたくいただくぜ」
そう言って紅茶をすする。あの戦いの最中も思ったけど、圭一が紅茶を飲んでいると本当に紅茶好きな魔術師の異名を取る提督の姿が重なって見えるわね。圭一も魔術師の異名を持っている身であるし。
(百年の魔女である私に対して魔術師か。悪くないかもしれないわね)
そんな事を内心で思う。それからも私と沙都子は出来る限りのご奉仕をして、圭一は照れ臭そうにしつつも満足してくれたようだ。入江が「何故、前原さんだけ……」とか呟きながら肩を落としていたけれど。
「いやあ、二人共。本当にありがとう。最高の時間だったぜ」
圭一は快活な笑みを浮かべて私と沙都子に礼を言う。この眩しい笑み。どんな逆境でも跳ね返してくれると思える根拠のない自信に裏打ちされた笑顔。それこそが圭一の最大の魅力だ。
「喜んでくれたようで何よりなのです」
「ああ。これまでの世界でもこんな幸せな事はそうそうなかったな」
「これまでの世界……?」
圭一がポロリと漏らした言葉に沙都子が眉をひそめる。
「そうそう、なのですか、圭一?」
そんな圭一を私は睨む。これまでなかったな、が正解だろう、圭一。私がここまで真摯に圭一にサービスしてあげた事なんてこれまでの世界ではなかったぞ。それくらい読み取って欲しいものだ。
とはいえ、私ですらこれまでの全ての世界の事を逐次、記憶している訳ではないのだ。記憶こそ取り戻しているものの、前の世界がどうこうとか言う事を未だによく理解していない様子の圭一では無理ない事か、と自分を納得させる。
そうして、その後も悟史の所にしばらくいるという沙都子を残し、私と圭一は入江診療所を離れる。
今回のお礼に圭一に家まで送ってもらえる事になったのだ。