「圭一、別に家まで送ってくれなくても良かったのですよ?」
せっかくの厚意に対してこんな事を言うのもなんだが、私は遠慮して言葉をかける。あれから圭一に古手神社の境界内にある私と沙都子の家まで送ってもらい、それだけで帰すのは忍びないと上がって貰ってお茶をご馳走している所だった。
入江から援助があるとはいえ、お茶程度しか出せない貧乏所帯であるのだが。
「いいって、いいって。それより俺の方こそ、上がらせてもらって、お茶までご馳走になって悪いな」
「み~、それくらいは当然なのです」
お茶も出さずに帰しては面目がないにも程がある。それに圭一とは二人で話したい事もある。羽入がいなくなった事への私の中の空洞はまだ埋まっていないのだ。圭一たち学校のみんなと部活をしたり、今日みたいにはっちゃけたりして、多少は悲しみも和らいではいるものの、胸の奥底にはまだ痛みがある。
「悪いな……っと、そういや、今日は土曜か。時間も丁度いいな」
「み?」
「梨花ちゃん。ちょっとテレビつけていいか?」
圭一の意図が分からず私は首を傾げたが、別に拒否する事でもない。「構わないのです」と言うと圭一はテレビを付けた。
「おおー、間に合った。間に合った」
「これは……ダンバイン、ですか?」
「おう!」
私の言葉に圭一は力強く返事をする。そういえば今日はダンバインが放送される曜日だったか。学校の男子たちの間でも人気のロボットアニメだ。圭一も見ていたのか。
私は男の子ではないのでロボットアニメは好んで見る方ではないのだが、それでもこの今、放送されているダンバインは昭和58年の6月に放送される分の内容を覚える程度にはこの年の6月を繰り返してしまった。その先の7月以降の展開は私にとっては未知の領域の一つである。
「ボクも一緒に見ていいですか?」
「ああ、勿論。もっとも、女の子の梨花ちゃんにはあまり面白くないかもしれないけど……」
「みぃ、新しいものはなんでも新鮮なのです」
「新しいものって、大袈裟だな」
圭一は苦笑いする。こう言うあたり、やはり圭一は過去の世界の記憶を思い出しているが、私が何度もこの世界を繰り返している事を完全には理解していない。
「ボクはこの6月は嫌になる程、繰り返しましたが、7月から先は未体験なのですよ」
そう言うと圭一は察したようだった。彼は馬鹿ではない。いや、勉強は出来るけど馬鹿、という分類に当てはまるかもしれないのだが、あの戦いの時もそうであったように要所要所ではこちらが舌を巻く程、鋭い洞察力を見せる事もある。
「そういう事か……」
「み~」
それからは二人してテレビを見る。圭一の説明によるとオーラバトラーと言うらしいロボットは昆虫のような外見をしていながら、ロボットっぽくもあり、よく出来たデザインだと女の私でも感心してしまう。私も女なので昆虫に対しては気持ち悪いと思う感情が先に出るのだが、それをあまり感じさせないというか。
「異世界に召喚されて、そこで異世界の人は持ってない力を持っているから持て囃されるって発想が凄いよな。常人には思い付かないぜ」
「なんとなく将来、そんな作品がいっぱい出て来そうな気がするのです」
「そうかぁ?」
他愛もない話をしながら、30分間の視聴を終える。そして、圭一はテレビを切ると同時に私に問い掛けて来た。
「梨花ちゃんは、さ」
それは言っていいのかどうか、迷っているようであった。だが、私に問い掛けて来る。
「一体、どれくらいこの世界を繰り返したんだ?」
遊んでいる時の圭一らしからぬ真剣な表情。それに私も真剣で応える事にした。
「……そうね。時間にして百年は繰り返したと思うわ」
「ひゃ、百年……!」
流石の圭一も驚いてるようであった。クスリ、と笑って私は告げる。
「百年もの時を過ごしたのだから私はもう魔女ね」
その言葉にムッとして圭一は反論した。
「何度、世界を繰り返したって人は魔女になんかなれねえよ。梨花ちゃんは人間さ」
圭一の言葉。それが不思議と胸の奥底に染みて行く。
「圭一はそう思うの?」
「当たり前だろ。人間は何を体験しても、魔女にも神様にもなれやしねえよ。そんなのはただの思い上がりだ」
思い上がり、か。言われてみれば私は自分を魔女と称する事で無意識に周りを下に見ていたのかもしれない。自覚したのは最近だが、喜一郎やお魎を始め、富竹や入江、そして圭一と言った自分より年上の相手を呼び捨てにするのも実は私はお前たちより長く生きているんだぞ、という無言の主張の現れだ。悪い癖だから直そうとも思っているのだが、今更、呼び名を変えるのもそれはそれで不自然だ。
もう記憶も曖昧だが、世界を繰り返す最初の方の時期には彼らの事を呼び捨てにはしていなかったような気もする。
「そういえば圭一はあのロボットアニメの映画を観たのですか?」
なんだか真剣な話題を続けるのが息苦しくなって話題を急転させる。圭一は目をパチクリさせたが、付き合ってくれる事にしたようだ。
「ロボットアニメの映画? ガンダムか? イデオンか?」
「確か、三部作の大作だったと思うのですが。めぐりあい……とかロマンチックなタイトルの……」
「あー、それならガンダムか。ガンダムは再放送で見たし、映画にも興味はあったんだが……いや、映画が公開されていた時期の俺は……その、酷かったから……」
「あ」
私は地雷を踏んだ事を自覚する。そうだ。確かそのガンダムというロボットアニメの映画三部作は一昨年から去年に渡って公開されたはずだが、その時期の圭一は進学校に通っており、受験ノイローゼにかかるような精神状態でモデルガンによる傷害事件を起こしてしまった時期だ。映画なんか観に行ける状態ではなかっただろう。
私が気まずそうにしているとそれを察したのか圭一は明るい声を出した。
「いや、気にする事はないぜ、梨花ちゃん。俺は過去の事を忘れた訳じゃないが、もうある程度は整理が付いている」
そうだ。この世界の圭一はモデルガンでの障害事件の被害者の元に出向き、全身全霊の謝罪をする事で許しを得て、ある意味、その負の過去を清算し、振り切っているのだ。そこまで気にする事もないのかもしれない。
「み~、そうですか。その、ガンダムには羽がついたりしないのですか?」
ついさっき見たダンバインに出て来るロボットに羽が付いていた事を思い出して訊ねてみる。すると圭一は鼻で笑った。
「はは、ガンダムに羽なんかついている訳ないだろ。ダンバインじゃないんだから」
「そうなのですか」
同じロボットアニメでもそこら辺は違うのだろうか。魅音の親戚が経営しているおもちゃ屋で見たマジンガーZには羽がついていた気がするのだが。女の私にはよく分からない世界であった。
なんとなく将来、羽がついたガンダムも出て来そうな気もする。そして青い羽のついたガンダムに圭一と似た声のパイロットが乗るような気がする。本当になんとなくだけど。名前の頭文字も同じKだったりして……。
「だが梨花ちゃんがガンダムに興味があるのならおもちゃ屋さんでガンプラでも紹介するぜ」
「がんぷら?」
「ガンダムのプラモデルの略だな。魅音の親戚が経営しているっておもちゃ屋さんにも置いてあるはずだ。明日は日曜日だからみんなで遊びに行くのもいいかもな」
別にロボットアニメにもガンダムにも、そのガンプラとやらにも興味がある訳ではないのだが、乗り気になった圭一に水を差すのはなんとなく申し訳がない気がして頷いておく。そういえばアウトドアな印象を受けるけど、圭一ってインドアな方なのよね。
「ボクたちは遊んでもいいのですが、魅ぃはお勉強をしなくてもいいのですか?」
「あー、それもそうか……」
高校入試の受験勉強ほっぽり出しておもちゃ屋さんで遊ぶというのはどうなんだろう。いや、これまでの世界でも私たち部活メンバーは自然にやっていた事で魅音も受験勉強なんて言い出したのはこの世界が初めてなのだが。
「まぁ、とりあえず魅音に電話しておくよ。根詰めてもダメな気もするし、息抜きも必要だろうと思うし」
「それもそうなのです」
上手い事いけば、明日はおもちゃ屋さんで部活メンバーで遊べるのか。何度も繰り返した事とはいえ、楽しみな事は楽しみだ。昭和58年の6月を越えた今ならば以前経験した事と同じ事をする事もないだろうし。
そう思うと私の心は高鳴った。やっぱり、圭一には悪いがガンダムとやらにはあまり興味はないのだが。