美貌バいろいろ   作:SunGenuin(佐藤)

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※期間限定SSはすべて下げました

3か月ぶりの外伝更新。
ほぼほぼ素人兄貴のバックグラウンドの紹介です。


魂の証明②

いちばん古い記憶は痛みだ。

古びたアパートの1階。

塗装のはがれた階段の下で蹲り、帰ってこない母を待った冬。

 

『おばちゃんとこおいで』

 

そう言っておばちゃんが俺の首に巻いた、赤いマフラー(・・・・・・)

 

渡されたお守りを握りしめて、俺はマフラーに顔を埋めた。

俺の手を引いて歩く、その人にもらったすべてが、今の俺を支えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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史上初の白毛凱旋門賞馬・サンジェニュイン 死す


 太陽が沈んだ。

 10月5日22時30分。14年目産駒・サントゥナイト(牡4、栗東、本原佳己厩舎)が史上2頭目の白毛凱旋門賞馬になった日と同日のことだった。

 サンジェニュインの死について、繋養先の社来スタリオンステーション(北海道安平町)が明らかにしたのは10月7日13時。享年23歳。老衰だった。

 GⅠ・8勝、うち5勝を欧州レースで勝ち取り、史上初の白毛馬、そして日本馬による凱旋門賞制覇を達成。初年度から2頭の三冠馬を輩出し、サントゥナイトを含め3頭の凱旋門賞馬を送り出している。

 

 サンジェニュインの死。その知らせは競馬界を大きく揺るがせた。

 現役時代の管理調教師・本原佳調教師をはじめ、その死を惜しむ声は後を絶たない。同年夏から体力の衰えを見せ始めたサンジェニュインは、今年度の種付けをもって種牡馬を引退。翌2026年からは功労馬として繋養される予定だった。

 

 デビューしたのは2004年の12月19日。阪神競馬場。

 ともに一時代を築くことになるディープインパクトとワンツーフィニッシュ。ここを2着に敗れるも、明けて3歳から2連勝。迎えたクラシック三冠戦ではディープインパクトとの熱戦を演じた。

 2006年、ドバイでの惜敗を挟んで挑んだ欧州戦では、その真価を発揮するように怒涛の4連勝。大舞台・凱旋門賞でもその勢いは衰えず、他馬の粘りをものともせず勝ち切った。ラストラン・有馬記念では30分に及ぶ写真判定の末、ディープインパクトにハナ差敗れたものの、最後まで連対を崩さない強さを見せた。

 通算16戦11勝(同着1回)。

 

 530キロ前後の大柄から繰り出される走りは、美しい見た目からは想像もできないほど重く鋭い。他馬の追随を許さない速さの源は、その力強さから作られていた。自在の加速力と無尽蔵とまで言われたスタミナを武器に、洋芝で圧倒的な強さを発揮。

 愛らしいルックスから多くのグッズが制作され、同馬にまつわるエピソードから国内外問わず多くのファンに愛された。ディープインパクト共に平成中期の競馬ブームを支えた存在だ。

 

 種牡馬入りした後は、日本のみならず欧州でも積極的に種付けを行った。

 初年度産駒からはSuny Fantastic(2011年英国三冠馬)、Shining Top Lady(2011年米国三冠馬)と2頭の三冠馬を輩出したほか、2011年天皇賞・秋、2012年天皇賞・春の勝ち馬サンサンドリーマー、2011年宝塚記念馬サニーメロンソーダらを送り出している。2年目産駒のシルバータイムは2013年ドバイSC、インターナショナルSを制覇。6年目産駒のアイシテルサニーが産駒3頭目、国内の産駒としては初の牝馬三冠を達成している。

 クラシックディスタンスに向いた産駒を牡牝問わずに送り出し、同年に芝と砂の2路線で三冠馬を輩出した種牡馬は同馬が初だろう。

 今年も15年目産駒のサンサンファイトが産駒初の日本ダービーを制覇するなど、その勢いはまだ衰えていない。2025年に種付けした牝馬は209頭。2026年に生まれる世代がラストクロップとなる。順調にいけば2029年のクラシックシーズンが、サンジェニュイン産駒最後の大舞台となる予定だ。

 

 現役時代サンジェニュインを管理していた本原調教師は「ただただショックです。ナイト(=サントゥナイト)の勝利を面と向かって報告できなかったことが心残り。でも最期は痛みもなかったと聞きました。安らかに旅立てたことだけが、私たちにとっての慰めになるでしょう。天国では先に旅立ったカネヒキリやディープインパクトらと楽しく過ごしてほしいと思ってます」と語った。

 

 『神が愛した太陽王』

 2006年、凱旋門賞制覇後にフランス・ギャロップ誌が飾ったタイトルが思い出される。どこまでも先頭を追い求め、諦めを許さず、駆け抜けていったその軌跡。揺らぐことなく貫き通した競争の美学は、まさに神に愛されたサンジェニュインにふさわしいだろう。

 神の御許から、残された産駒を見守るあたたかい光が射すことを、強く望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い部屋でディスプレイだけがチカチカと光る。

胸の表面をなでる手はざらざらとしていて。

ただざわめいて苦しい。

 

この喪失感を、俺は、よく知っていた。

 

『お客様、失礼しま── きゃァっ!』

 

床に崩れ落ちていた俺を見て、甲高い悲鳴が聞こえる。

ああ、そういえばまだホテルにいたんだった。

 

『失礼……大丈夫、少しめまいがしただけです』

『ドクターを呼びますか』

『必要ないです。それより……ここから空港までのタクシーを手配してくれますか』

『予定では明日となっていますが』

『切り上げます』

 

つたない英語でやりとりをする。

ホテルスタッフの英語はフランス訛りで聞き取りづらかったが、それはお互い様だろう。

俺はのろのろとした動きでベッド脇のスーツケースを手繰り寄せると、床に散らばっていた服を詰め込んだ。

開きっぱなしだったノートパソコンを乱雑に押し込んで、スタッフが戻ってくるまでぼうっと天井を眺めた。

その間も振動を繰り返す携帯を握りしめる。

制限もかけず開放していたSNSのダイレクトメッセージ。

その通知が止まないまま、俺は目を閉じた。

思い出すのは、本当に幼いころの、薄暗い記憶。

 

 

 

 

 

いちばん古い記憶は痛みだ。

頬をぶたれた痛み。

金属をすり合わせたような甲高い罵声。

それが雨のように全身を打ち付けていたのを、よく覚えている。

ずいぶん昔のことなのに、瞼を閉じれば昨日のことのように思い出せた。

大きな手が振り上げられる。

その次に来る痛みを知っていたから、俺はぎゅっと目を閉じ、唇をかみしめるのだ。

一瞬の間もなく脳みそが揺れる。

それが女であろうと、大人に手をあげられたら子供なんて簡単に吹き飛ぶ。

全身を壁に打ち付け、しびれる痛みの隙間から目を開けた。

 

赤色が染みた視界の中で、母は、俺のことを『悪魔』と呼んでいた。

 

「この緑目の悪魔!お前を生んだせいで、すべてがめちゃくちゃだっ!」

 

そう言うなら生まなければよかったのに。

 

大人になった今なら、そんな一言も漏れたかもしれない。

でもあの時の俺は本当に幼くて、そしてとても無知で、無力で、無様だったから。

あるはずもない『母の愛』とやらを期待して、ただ謝罪を繰り返していた。

 

ごめんなさい、まま。

ゆるして、まま。

もっといいこにするから。

 

思えばどうしてあそこまで愛を求めたのか。

愛された記憶なんてひとつもないはずなのに、どうして期待していたのか。

意味のない謝罪と、向かう先のない目標が口の中でとぐろを巻く。

俺を激しく憎悪する母は、俺が死んだってきっと幸せにはなれないだろう。

だって、母もまた、幸せの定義なんて知らなさそうだったから。

 

「ぼく、大丈夫?」

 

そんな声が掛ったのは、痛みで蹲っていたとき。

 

ボロアパートの階段の下。

ものすごく寒かったから、冬だったと思う。

家の外に着の身着のまま追い出され、母は扉に施錠したまま家を出た。

真っ赤なドレスが脳裏をかすめる。

母はたぶん、水商売をしていたのだろう。

2000年初頭。

ひとり親はまだ肩身が狭い時代、母はそれ以外に選択肢がなかったのかもしれない。

会うことなど生涯無い今となっては想像することしかできないが。

派手な衣装に身を包み、家を出る去り際、汚物を見るような目で俺をにらみつける。

母が唇に塗りつけていた赤色が、今も好きにはなれない。

 

「ぼく、取り合えずお部屋はいろっか」

 

おばさんはボロアパートの隣の人。

『おばさん』と呼んで、と言われたからそう呼んでいるが、実際にはおばさんというよりは、お姉さんの方が近かった、と思う。

面倒見の良いおばさんのご厚意で、俺は、母が帰ってくるまでの間、おばさんのお世話になることになった。

でも翌朝になっても母は帰ってこない。

2日経っても帰宅しなかったため、おばさんが市役所で相談しにいった。

けど市役所の対応はひどく雑なもので、子供のことは児童相談所に相談しろ、と言わんばかりに追い返されたようだった。

しかし頼みの綱の児童相談所では「あなたが預かれるならあなたが面倒を見てはどうか」と言われてしまい、そのあんまりな対応に怒ったおばさんは結局、俺を連れて警察署に行くことを選んだ。

幸いにも警察の対応は誠実なもので、いなくなった母の行方を捜索することに。

それと同時に、母方の親族も探すことになった。

万が一、母が見つからなかったための保険だろう。

 

「それまでの間は、おばさんが責任もってちゃんと面倒見るからね」

 

俺と視線を合わせたおばさんは、そう言って笑った。

年老いたのとは違う。

微笑みによって生まれた皺が、おばさんの心根の良さを表しているようだった。

 

 

 

それからの俺の生活は一変した。

母に殴られるか、ゴミ山の中で蹲るかの日々は終わり、暖かい毛布と十分な食事、そして頼れる大人を得た俺は、自分でも自覚できるほど明るくなった。

それまでたどたどしい話し方をしていたのも、毎日話しかけてくれるおばさんのおかげでずいぶんと流暢になったと思う。

滑舌だけじゃない。

俺はおばさんと出会ったことで、簡単な読み書きを教えてもらえることになった。

当時の俺は5歳。

翌年には小学校に上がる年齢だったが、幼稚園はもちろん保育園にだって通わせてもらえていなかった俺にとって、おばさんが教えてくれるものは生きる術そのものだった。

 

「暑くなってきたねえ。……そうだ、プール行こうか!」

 

夏はおばさんがプールに連れて行ってくれた。

殴られた痕がまだ癒えない俺のために、全身を覆うタイプの水着を買ってくれたのを覚えている。

 

「今日はお鍋にしようねえ」

 

秋には鍋を作ってくれた。

おばさんがプランターで育てていたサツマイモは焼き芋にしてくれた。

 

それらすべて、普通の子供が、家庭で手に入れるだろう暖かい体験。

そのほとんどを俺に体験させてくれたのは、母でもなく、まだ見ぬ親族でもなく、おばさんだった。

 

『おばさんはなんでこんなによくしてくれるんだろう』

 

子供ながら、それが疑問だった。

だって、おばさんになんのメリットがある?

こんな穀潰しを抱えて、むしろ苦労しかない。

でもおばさんは苦労してるところなんか俺には一切みせなくて、夜遅くに帰宅するおばさんを出迎えると、いつも嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

 

おばさんとの生活にも慣れてきたころ。

その頃の俺は、日中おばさんが仕事でいない時は友達と遊んでいた。

友達とは言っても、俺にだけ見える特別な友達── いわゆる『イマジナリーフレンド』というやつだ。

暗くて面白みのない俺とは真逆の、とても明るくてよく笑う素敵な友達。

見た目が少しだけおばさんに似ているのは、俺が心の底からおばさんを信頼しているという、俺の深層心理の現れだったのかもしれない。

俺はそいつと遊んでいるうちに、自分がすっかり普通の子供なのだと思うようになっていた。

虐待されていた過去も、死にかけていたことも脳みその隅に追いやって。

ただ幸福だけが、じわりと身体中を包み込んでいた。

 

ある日、俺は箪笥から服を出そうとして、でもなかなか開かない箪笥を力いっぱいに押し開けた。

それがよくなかったのだろう。

箪笥の上に飾ってあったアルバムが落ちて、俺の頭に直撃したのだ。

思わず『痛い!』と叫んだ。

音に気付いたおばさんは急いで俺に駆け寄ると、怪我がないかとても心配された。

友達も、俺の横に座って心配そうに見上げてくる。

大丈夫、なんでもないよ、とにへらと笑って、ようやくおばさんはホッと息を吐いた。

それよりも俺は、落ちてきたアルバムの方が気になって仕方がなかった。

 

「おばさん、これはなに?」

 

おばさんは困った顔をしながら、でも話を逸らすことなく、昔話をしてくれた。

 

昔、おばさんには子供がいた。

 

「あなたと同い年よ」

「へえ!そのこは、いま、どこにいるの?」

「そうねえ……うーんと、遠いところよ」

 

おばさんは一瞬だけ唇を噛みしめ、選んだ言葉を口にした。

その様子を見て、幼いながら『聞いてはいけない質問』だったと思った。

だから『やっぱりいいよ』と言おうとして、そんな俺をおばさんが遮った。

 

「おばさんはね、子供が出来にくくてね」

 

18歳でお嫁に行って、25歳で初めて子供ができた。

おばさんは子供が生まれるのをとても楽しみにしていたけど、生まれた子は健康体にも関わらず産声を上げることになく死んだという。

そのショックでおばさんは身体を壊し、もう子供を望めない身体になってしまったそうだ。

嫁ぎ先は跡取りの必要な家だったが、夫側の親族は落ち込んでいるおばさんを励まし、決して責めることはなかったと、おばさんは懐かしむ声で言った。

その嬉しさがうれしい反面、この暖かで優しい家族に、新しい家族を見せることができない罪悪感で、おばさんはいっぱいになっていた。

やがておばさんは旦那さんに黙って離婚届を書き、誰にも告げないままこのボロアパートに引っ越し。

 

「隣のお部屋に子供がいるってわかってたの。大家さんがそう言ってたから」

 

でもおばさんは昼間の仕事だったからなかなか出くわさなかった。

俺も外出することが許されていなかったし、あの時、おばさんはたまたま休みの日だったから出会えた。

 

「お節介なのはわかっているんだけど、自分の子供のことを思い出したら……ごめんね」

 

謝りたいのは俺の方だった。

おばさんと、そのおばさんの子供に。

だって、本当だったらおばさんの子供が受けるはずだった温かいものを、俺が受け取っている。

横取りしているんだ。

そんな申し訳ない気持ちと、罪悪感と、ほんの少しのうらやましさが、首をもたげて俺の胸の中にあった。

おばさんは『ごめんなさい』と言った俺を抱きしめて、ただ静かに身体を揺らした。

 

 

 

それから幾日か経ったあと。

俺はいつものように友達を遊んでいた。

その日はクリスマスイブ。

帰りはケーキ食べようね、と微笑んだおばさんは、用事があるらしく出かけて行った。

出会った頃に巻いていた、あの温かい赤いマフラーをつけて、どこか緊張したような顔をしていた。

 

「おばさん、どこにいくんだろうね」

 

さあ、と友達が首をかしげる。

お前に関係あることだったらきっと、おばさんは教えてくれるはずだ。

そう友達が言うので、俺は気にせず過ごすことにした。

 

おばさんが帰ってきたのは夕方のことだった。

玄関に立つおばさんは、少しだけ目元が赤かったような気がする。

心配になって声をかけると、おばさんは一瞬だけ言葉に詰まって、それからにっこりと笑った。

 

「とっても嬉しいことがあったの」

 

懐かしそうに眼を細めたおばさんは、そのあとは何事もなかったように振舞った。

 

── 年が明けて2006年。

 

俺はおばさんに連れられて、ある喫茶店に訪れていた。

おばあちゃん、という人が俺に会いに来たらしい。

 

「お母さんの、お母さんよ」

 

母の母。血縁者だ。

俺はフラッシュバクでひどく痛い心臓を抑えて、おばさんのスカートをきゅっとつかんだ。

 

「お待ちしてました!」

 

案内された席には、品のよさそうな老婦人が座っていた。

おばさんと俺が姿を見せると、老婦人は勢いよく立ち上がった。

老婦人の瞳は少し潤んでいる。

俺の頭のてっぺんから爪の先まで見て、懐かしさに目を細めた。

 

おばさんと老婦人が話始める。

難しい話は幼い俺にはわからなくて、横に座る友達に小声で話しかけた。

友達は優しそうなおばあちゃんだ、という。

ほんとうにそうかな、と唇を尖らせる俺に、友達は俺のことを信じろ、と笑って言った。

 

「それでは、検査してから」

「はい。間違いなく私の孫だと思いますが、検査結果があった方が法的にやりやすいでしょうから。ですから……」

「わかりました。それまで責任もって守ります。……もうちょっとおばさんと居てくれる?」

 

おばさんと居られるのが一番だ。

その時の俺はそう思っていたから、間もあけずに頷いた。

 

「この人はあなたのおばあちゃんだよ。ずっと会いたかったんだって」

 

俺を視線を合わせたおばさんが、そう言って微笑むので、俺は老婦人を── おばあちゃんを見上げた。

 

「ずっと会えなくてごめんね。遅くなってごめんね」

 

おばあちゃんは目を潤ませて、繰り返し俺に謝った。

後から知ったことだが、おばあちゃんは母が妊娠していたことも、子供を産んでいたことも知らなかったようだ。

今回警察に届け出たことで、行方不明者として母の捜索を願い出ていたおばあちゃんは、俺の存在を知ることになったらしい。

念のためDNA検査をして、親族であることの最終確認をするらしいけど、友達は絶対家族だよと俺に言った。

どこからそんな自信が出るんだよ、と当時は思ったけど、この友達が俺に嘘をついたことなどない。

だからきっと、そうなのだろう。

 

今になって思えば、イマジナリーフレンドが俺に嘘つかないのは当然の話だ。

俺の都合の良いことを言うのは当たり前だったのに、あの頃は何故か、友達は独立した個人、実態を持つ確かな存在だと思い込んでいた。

絶対に俺を裏切らない、素敵な友達。

 

そんなもの、あるはずもないのに。

 

 

 

おばあちゃんとの顔合わせから2か月後。

検査の結果、おばあちゃんが本当のおばあちゃんだと判明した。

血の繋がった親族が見つかったこと、おばあちゃんが引き取りを強く希望していることもあり、俺はおばあちゃんと暮らすことになった。

おばあちゃんは沖縄で暮らしているらしい。

だからおばさんとはここでさよならだ。

俺はとても寂しかったけど、血の繋がりもないおばさんに、このままお世話になるわけにもいかない。

 

「おばさん、ほんとうに、ありがとうございました」

 

おばあちゃんは俺の何倍も深く頭を下げていた。

定期的に手紙を送ること、電話番号を交換して、また会いに行くと約束をする。

大きくなっても会ってくれますか、と言ったら、いつでも、とおばさんは笑った。

去り際、おばさんは俺にお守りを握らせた。

手縫いのあとがあって、おばさんの手作りなのは後になってから知った。

 

「中身は絶対にあけちゃだめだからね。これは、そう言うお守りだから。約束できる?」

「うん。ぜったいに、あけないよ」

 

おばさんの手を握り返して、俺はおばあちゃんに誘導されるまま車に乗り込んだ。

動き出す車に、思わず後ろを振り返ると、おばさんはずっと手を振ってくれていた。

そんなおばさんの隣で、友達は寂しそうな顔で立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お客様、タクシーの手配ができました』

『……ああ、ありがとうございます』

 

肩をゆすられて目を開ける。

心配そうな顔をしたホテルスタッフにお礼を言って、用意されたタクシーに乗り込んで空港を目指した。

日本についたのは10月8日の深夜。

俺は都内の自宅ではなく、昔、おばさんと暮らしていた場所へ向かった。

 

「ここも新しくなったな……」

 

苦々しく痛い記憶と、優しく温かい記憶が交差する、あのボロアパートはもうない。

2年前に取り壊され、今は一軒家になっている。

楽しそうな家族の笑い声と、温かい光が漏れ出るその家をしばらく眺めた後、俺は歩き始めた。

着いた先は貸倉庫。

ここに、おばさんの遺品すべてが入っている。

 

 

おばさんが亡くなったのは今から7年前の2018年。

仕事先で倒れたおばさんは、末期がんだと診断された。

それを知ったのは、マメにメールを返してくれていたおばさんからの連絡が途切れて、2週間後。

一人暮らしのおばさんを心配していたおばあちゃんが、沖縄からおばさんの元を訪ねたのがきっかけだった。

おばさんが末期がんだと知らされて、俺もあわてて駆けつけると、おばさんは元気そうに笑っていた。

でも明らかに痩せこけていて、長くないのが分かった。

何か俺にできることがあるかと聞いたら、おばさんは少し悩んだあとひとつだけお願いしたいといった。

自宅に大事にしまってある水子供養の位牌のことだった。

 

「ほかのものは処分して良いから、位牌だけはどうか、しかるべきところに置いてほしいの。私は無縁仏で良いから……」

 

おばさんのものを処分するなんてとんでもない。

位牌もそうだけど、おばさんのことだって放っておけない。

そう言った俺に、おばあちゃんも強く同意してくれた。

 

「あなたはこの子の第2の母です。むしろ、母親よりほど……あなたがいなければ、この子と会えたかもわかりません。どれほどあなたとの縁を私たちが大事にしているか。無縁なんてとんでもない!」

 

力説したおばあちゃんに、少し泣きそうな顔をしたおばさんは何度もお礼を言った。

 

それから数か月後、おばさんは天国に旅立った。

瞳を閉じるギリギリまで、その視界に子供の位牌が入るように病院に許可をもらって持ち込んだ。

最後は、とても穏やかな顔をしていたことを、今でも鮮明に覚えている。

 

おばさんの荷物のうち、頼まれていた位牌と、おばさんの遺骨は実家の沖縄に運んだ。

それ以外はおばあちゃんがボロアパート近くの貸倉庫を借りてくれた。

天国のおばさんが自分の荷物が必要になったとき、慣れ親しんだ場所にあればすぐ見つけられるだろうから、と言って。

三か月に一回、貸倉庫を訪れ、おばあちゃんはおばさんの荷物を掃除していた。

 

ああ、俺は母以外の縁に恵まれている。

 

心優しいおばあちゃんに育てられたことを誇りに思う。

そしてそのおばあちゃんを見つけ出してくれた、おばさんへの感謝は尽きない。

たとえおばさんが死んでしまった今でも、返しきれない恩を抱えたまま生きていくだろう。

あれから7年がたった今も、強く思う。

 

「……あ、これ、ガキの頃に遊んだやつ」

 

貸倉庫の中はきれいに整理されている。

入ってすぐの場所に置かれていた箱の中には、おばさんと暮らしていたころに遊んでいたオモチャもいくつかあった。

懐かしい品の数々に思い出がよみがえるが、俺がここに来たのは思い出の回想をするためじゃない。

 

「あった……」

 

倉庫の奥。

数冊の本と共にしまわれていたアルバムが、俺の目的だった。

このアルバムは、箪笥を無理やり開けようとしたときに俺の頭上に落ちてきたものだ。

あの時おばさんは、生まれて間もなく亡くなった子供の話をしてくれた。

でも、アルバムがなんであるかの話は聞けずじまいだった。

話の流れからして、子供に関するアルバムなんだろうけれど。

 

アルバムを開ける前に、少しの間だけ目を閉じた。

瞼の裏に浮かぶのは、俺のイマジナリーフレンド。

おばあちゃんと一緒に沖縄に発つとき、俺の手を取らなかった素敵な友達。

十年付き合ってきた彼女に振られ、そしてサンジェニュインと出会った時から、俺はその友達の夢を毎晩のように見るようになった。

幸福な日常の一コマ。

どうしてか、無条件に信頼できていた親友の姿が浮かんで、懐かしい気持ちとともに目覚めていた。

悪夢ではない。むしろ心地好い。

だからどうこうしようとは思っていなかったのに、サンジェニュインが死んだ日から妙な胸騒ぎがした。

何か確かめなければならない、でも何を確かめればよいかわからない、焦燥。

そんな時、ふとアルバムのことを思い出した。

聞くこともできずにいた、このアルバムが何かを確かめれば、この胸騒ぎも落ち着くかもしれない。

そうして落ち着いた心で、サンジェニュインの死を受け止めたかった。

 

だけど──

 

「は」

 

これは、予想外だった。

 

「なん、で……あ……」

 

数人の男女と、1頭の黒い馬。

見慣れた赤いマフラー。

 

アルバムを取り落とした。

代わりに胸ポケットをまさぐって、肌身離さず持ち歩いているお守りを取り出す。

二十年以上ずっと持っている、おばさんお手製のお守り。

開けちゃだめだと言われて、開けないと約束までしていたそれを、ためらいなく開けた。

 

「2005年」

 

12月24日。

中山競馬場9R。

第50回有馬記念。

 

単勝100円の馬券に刻まれた名前は──……

 

「サンジェニュイン」

 

アルバムに載った写真には、赤いマフラーを巻いたおばさんの隣に、親友によく似た大人の男が立っていた。

第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)

  • エアグルーヴ
  • ハルウララ
  • ウオッカ
  • カレンチャン
  • 海外牝馬組
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