※かなりサンジェニュインとカネヒキリくんの感情が強めです
※ウマ娘が馬の魂の一部を持って生まれてくる、という設定を下地にしています
※場合に寄ってはすごくCPな感じです
ハッピーデイ・ハッピーライフ
それが夢なのはわかっていた。
『おはようカネヒキリくん! 今日はちょっと遅かったな』
シルエットは見えない。視界はどこかぼんやりとしていて、ただ声だけがはっきりと聞こえた。
『最近の飼い葉ちょっとしけってない? 絶対夏場でちょっとダメになってるよな』
声は低かった。
けど不快なほどでなく、青年期の甘さを含んだ掠れた声は耳に心地良い。ずっと聴いていたいと思わせる。
どこかで聞いた気がした。どこでとは思い出せないけれど、この声を、カネヒキリは確かに知っている気がした。
あまりにも親しげで、あまりにも優しげで、心を切り拓いて明け渡したような信頼感に胸がくすぐられる。
明確な言葉はなくても、なんてことない会話の、その声色の節々からカネヒキリに対する友愛が溢れ出しているようだった。
『──』
『んふふ、なんだよ、カネヒキリくん』
確かに名前を呼んだ。
するりと口から溢れ出したそれが、なぜかカネヒキリの耳には届かなかったけれど。
それでも確かに呼んだし、応えて振り返ったはずの声が笑う。
答えないカネヒキリに痺れを切らすわけでもなくじっと待って、けれどふいに空を見上げた。
『……見ろよあれ、綺麗な空だな』
感嘆の混じる声に返事はしなかった。
それよりも滲んだ視界の真ん中にいるその存在の方が、カネヒキリには何よりも美しく思えたのを、ただそれだけを、カネヒキリは心に刻んだ。
2月25日の昼。そのウマ娘はハンモックに揺られながらぽつりとつぶやいた。
「もう明日になっちゃった……カネヒキリくんの誕生日」
由々しき事態だ。何が由々しきって、別にカネヒキリの誕生日のことではなく、その誕生日に向けてろくにプレゼントも用意できていない現状が。
ほえぇ、などと鳴き声を漏らしながら激しく揺れるウマ娘を擁護するわけではないが、一応は
ただ考えに考えて、東西南北を駆け回って考えて、レースに勝って考えて、なんも思いつかずヒンヒン泣いているうちに気づけば25日。誕生日前日。
ついさっきまで右手に握られていた油性マーカーは、もうええやろ、と言わんばかりにスッと手から離れて床下に転がる。
ハンモックの下、テーブルには例年贈っている
「やっぱ、今年も自力で用意できたのはコレだけなんだよなあ」
── サンジェニュインがなんでも言うこと聞く券。
まるで子供のままごとのような誕生日プレゼントを、サンジェニュインは2歳の頃から贈り続けている。
元は自分で金を稼ぐこともできない子供ならではのプレゼント、というていで贈っていたものが、いつしか当然の顔でラインナップされていた。
ペラペラの紙に油性マーカーで書いた拙い字のそれを、カネヒキリは嫌がりもせず毎年受け取ってくれる。
さすがはオレのハイパーウルトラすきすきフェイバリットエターナルフレンズだよな、と笑ったのは他でもないサンジェニュイン本人だ。
公的になんの確らしさもない券をキラキラした目で大事そうに受け取ってくれるカネヒキリに、ほんのちょっとのむず痒さと喜びを貰っているのはサンジェニュインの方。
しかしその厚意に甘んじて適当ぶっこくほど善性終わってないのも、このサンジェニュインに他ならないのだ。
自分の誕生日には手作りのアップルパイを振る舞ってくれるカネヒキリに対してこちとら紙ペラ。さすがにやばい。
もっとちゃんとしたプレゼント贈りてえなあ、とお小遣いを貯めようと思ったがどっこい、サンジェニュインの家はお小遣い制ではなかった。
というかサンジェニュインが金を使用せずに済む環境だったから不要だった、と言うべきか。
見た目も思考もふわふわしているものの、これでも欧州五冠、凱旋門賞二連覇の覇者・サンジェニュインを育んだ実家── ウマ娘専門リハビリテーション施設・アキキタは広大な敷地に建ち、基本自給自足。
どうしてそうなったのかと言うと、せっかく広い土地があんだから一角くらい畑にしたってええやろ節約にもなるしな、というどっかの代の施設長の勇気ある決断によって、敷地内にそれなりに立派な畑が備わっていたから。
サンジェニュインにとって『おつかい』と言えば畑に野菜をとりに行くことであったし、トレーニングも兼ねて畑を耕したこともある。
なのでお店を使った経験がほとんどないし、それゆえにお金もサンジェニュイン本人が持つ必要がなかった。
それに、昔ながらの職人がなぜか妙に多いこともあり、ある程度のものであればその職人たちに依頼して作ってもらえたし、何より当時のアキキタ最年少で久々のウマ娘であるサンジェニュインを可愛がる職人たちは、だいたい二つ返事でなんでも作ってくれた。
特に『メグミさん』と呼ばれている壮年の職人はよくサンジェニュインの面倒を見てくれて、サンジェニュインが大きくなって自主トレーニングを始める頃には、多忙極める父親たちに代わって食事の世話などをしてくれたものだ。
言葉にしなくてもサンジェニュインの表情を見れば何を言いたいのかすぐ読み取ってくれるような、もはやエスパーだろこれ、とサンジェニュインがドン引きすることもあったが、そのメグミさんがたいていのものを揃えてくれたので不自由しなかった。
そもそもが物欲の薄いサンジェニュインはねだるものも飯か昆虫標本を作るための材料くらいで、高価なものはほとんどない。
あっても消耗品の蹄鉄を替えるサイクルが短いくらいだった。
おそらくサンジェニュインが言えばポンと誕プレ代を渡してきそうなものだが、サンジェニュインがやりたいのはそんなことじゃねえのだ。
自分の、自分で稼いで得た金でカネヒキリに貢ぐ── もとい、プレゼントを贈りたかった。
お前は親の稼いだ金で推しに貢いで感謝されて嬉しいんか? と全方位に喧嘩を売りそうなことを考えながら、偶然見かけた求人に即応募。
立ってるだけで日給2万、幅広い年齢歓迎! といういかにも怪しくて、平常時のサンジェニュインなら「どう考えても闇バイトで洋芝生える」と鼻で笑いそうなものであったが、いざとなればこの豪脚で逃げたらぁ! と息巻いていたので速攻でスマホをポチった。
そも年齢で弾かれそうなものであったが、求人票には年齢不当でウマ娘でも可の文字をはっきりと見た。国語の文章問題で行を飛ばしがちなサンジェニュインも、その時は頭がうまく回った。やればできる仔なのだ。
面接の段階まで進むとさすがに親には隠し通せないので素直にゲロって拳骨をくらい、頭にたんこぶ2つを拵えてリモート面接に挑んだ。
前前世以来の就活だ── と緊張を滲ませながらビデオをONにしたが、現れた面接官の最初の一言が「……天使?」だったので採用を確信。
驕りでもなんでもなく顔良いっすからね、こればっかりは神のお手製なもんで……嘘偽りない事実である。
背後で「大変態面接官かよ」と般若の形相を浮かべる父親ふたりをスルーして、完全興奮マックスとなった面接官は大急ぎで社長を呼び、呼ばれて飛び出た社長も膝から崩れ落ちた。
「ごめん君なんの罪で下界に落ちたの?」
「なんの前科もないウマ娘ですよ、オレ」
「こんなに可愛いのに!?!?」
「そんな可愛いは罪みたいな……」
えっえっ可愛い……声まで可愛くない? と小声のつもりか両手を口周りに置いてる社長だったが全く隠せてない。
挙動があまりにも不審すぎるあまり父親たちが「処す? 大変態社長処す?」と囁きあってる。
社長早くちゃんと背筋伸ばして、あっ無理? そう……。
そんな大興奮社長に前世の悪友の黒鹿毛が脳裏をよぎったサンジェニュインだったが、いやアイツもウマ娘になっているはずオレもカネヒキリくんもウマ娘だし、と頭を振った。
結局興奮状態の社長に代わって副社長を名乗る左耳ウマ娘から採用通知を貰い、父親たちに渋られつつもサンジェニュインは晴れて職を手に入れた。
それがトレセン学園入学前のことであり、今となっては手に入れた職── モデルでそれなりの稼ぎを得ている。
馬時代も様々な馬着に身を包んでいたこともあって、いろんな服を着て写真を撮ることに抵抗はあまりない。
……いや嘘、フラッシュはいまだに無理なので、撮影のためとはいえフラッシュを焚いてきたカメラマン相手には全力で抵抗してる。
だがまあなんとか上手くやれてる。パジャマモデルなので露出がほとんどないこともあって、最初は反対していた親も今となっては応援してくれているのだ。
当時もバリバリの未成年だったこともあってサンジェニュインの給料管理は当然親。
その親元を離れた今はカネヒキリに通帳キャッシュカードその他諸々を管理してもらい、それを口実に日常的にカネヒキリに御礼を渡す日々だ。
たとえば今カネヒキリがつけている耳飾りは、サンジェニュインが初めてもらった給料で初めて贈ったものであったし、私服のほとんどがサンジェニュインと一緒に見に行ったブティックで買ったものだし、パジャマなんてサンジェニュインがモデルを務めたブランドのものを着ている。
カネヒキリが作ってくれる料理の材料費はもちろんすべてサンジェニュインが出しているし。作ってもらっているんだからさすがに当然だよなあ、とカネヒキリにゴリ押しした。
馬時代こそ自分のリンゴを分けたり、放牧地の柵の外ギリギリに咲いてたたんぽぽを首伸ばして千切って渡す程度の贈り物しかできなかったが、自由な四肢を手に入れたサンジェニュインに怖いものはケツ追いとおばけ以外ほとんどないのである。
ところでモデル始めたきっかけと誕生日の話をすると「あれ? 『なんでも言うこと聞く券』以外にもプレゼントしてるじゃんアゼルバイジャン」と100%突っ込まれるわけだが、それはそうなのだが、サンジェニュインの心理的な問題というか、本人としてはそこまで納得いってないのである。
これにはサンジェニュインの生来の性格と、経験と、現状に依るところがあった。
まず前提として、サンジェニュインはぽんこつだ。
もう皆まで言うなと本人が一番身に沁みてるくらいぽんこつだし、足りてないことを自覚しているからこそ、サンジェニュインは周りを頼る。
前前世は他人に頼ることをよしとせずに過労死で20年の人生に別れを告げた。
前世は人間によって徹底管理された23年の馬生を最期まで愛されて逝った。
ヒトであることよりも長く馬として生きたサンジェニュインは、その23年間で他人に甘えることを知ったし、できないことを孤独に足掻くよりも素直に「できない」と告げる方が
そして「できない」ことを「できる」に変えるために、自分以外の誰かと一緒に最後まで諦めずに走る喜びを知ったのだ。
だからサンジェニュインは遠慮なく頼るし、差し出された手を躊躇うことなく掴んだ。
その代わりに、自分を支えてくれたすべてと、自分を愛してくれたすべてに報いるために、最後の一瞬まで諦めることなく脚を回す。
あんたが愛した、育てた、支えた、共に駆けた馬は最高だと、栄光のトロフィーとして刻むために。
それはウマ娘になった今も変わらない。
今日、この瞬間までサンジェニュインを育んだすべて。
ふたりの父、アキキタの職人たち、メグミさん、トレーナー、そしてカネヒキリ。
彼らがサンジェニュインのために費やした努力と愛情、捧げた祈り。
昨日よりも今日、今日よりも明日、前に進むサンジェニュインの原動力になった彼らの献身のためにサンジェニュインは駆け抜ける。
勝ち得たトロフィーが彼らへの応えであり、諦めずにきたここまでの道程のすべてがサンジェニュインの誇りとなった。
そして間も無く終わる。ゆっくりと、けれど着実に、駆けるよりもスローテンポで、歩くより早く。
「だから急ぐ」
足りない時間を、延びない期限を前に。
サンジェニュインは今年度のURAを以ってターフを降りる。
いつ頃からか漠然と感じていた「ここでおしまい」と言う感情に突き動かされ、馬であった頃よりもいくつか多い勝ち鞍を引っ提げて
後悔はない。もちろん、悔しいレースはいくつもあったけれど、でも、それでもターフを降りることに不思議と未練がなかった。
ただ怖いのは、ここより先は、サンジェニュインにも予想がつかない人生ということ。
馬生をなぞるように過ごした現役時代より先がどうなるかは全くわからない。ウマ娘になったいま繁殖という定義もない。
だからワクワクして楽しいのだろうし、けれど、それと同じくらい怖いのだ。
自分のみに待ち受けるナニかではない。ここにおいていく
馬だった頃、その
味わいたくない。1頭欠け、また1頭欠け、孤独へと近づいていくあの恐怖心に、再び向き合う自信も、堪えられる勇気もなかった。
── もし死ぬならオレが先がいいな。置いていかれるのは嫌だから。
誰にも言ったことはないけど、サンジェニュインはいつも、そう思って呼吸をした。
欠けたものは新しい命では埋まらない。いつか欠ける器が増えたに過ぎないのだ。
生まれた喜びがいつか潰えることを憂いている。身体をめぐる歓喜がいつ悲哀に変わるのかと恐れるのは馬生で散々やった。
もう嫌だと思う。あんな想いは懲り懲りだと。
けど、結局は逃げきれないのもわかっていた。こればかりは逃げることができないと、わかっているからサンジェニュインは決意した。
逃げることも、迎え撃つこともできない。
なら、限りある今、どこで欠けても最期の一瞬、心だけは満たしていたい。
ラインクラフトが欠け、カネヒキリが欠け、ディープインパクトが欠け、シーザリオが欠け。
そうして自分が欠ける時、心は満ちていた。心だけが満ちていた。
23年間で積み重ねた思い出が、自分を包んだ人間たちの欠けた心を満たすことを理解した。
ラインクラフトが欠けた時、彼女が遺した赤い手綱は終生支えとなった。
カネヒキリが欠けた時、彼が捧げたひどく純粋で愛に満ちた声が鼓膜を満たした。
ディープインパクトが欠けた時、ほら最期まで一緒だと安堵した声に約束の成就を知った。
シーザリオが欠けた時、その血を繋いだ子供が永遠にも似た感動を見せてくれた。
自分が欠ける番になって、他でもない自分の子供が魅せた走りに、満ちる、本当の意味に気づいた。
恐怖心と向き合う勇気はやっぱりない。けどもし、やっぱりもし、馬生と同じように自分が欠けていく者たちを見送る立場にあるのなら。
見送るその瞬間、満たしてやりたいと思うのだ。
そして今度はその手を握って、あんな楽しいことがあったね、こんなこともしたねと囁き合いながら見送りたい。
サンジェニュインが握った手から力が抜けるその瞬間も、うん楽しかったねと、そう言いながら旅に出て欲しかった。
だからサンジェニュインは満たすための努力を怠らない。
自分自身があらゆるレースであらゆる場所で頂点を目指し続けるのもその一環だし、カネヒキリやラインクラフトたちの誕生日を誰よりも盛大に祝いたがるのもそれが理由だった。
大事な日だから、何よりも記憶に残る日だろうから、絶対絶対、記憶の隅の隅、脳のシワのすべてに刻むような勢いで相手を満たす。
日常のほんの一瞬の逢瀬すら愛して、悔いのない最期に微笑むため。
そしてもし叶うなら自分が先に逝ったとして、共に過ごしたすべての時間が、遺していく彼女たちを満たす源であって欲しい。
自分が馬の頃の記憶を持ってウマ娘になったのはこのためだと、サンジェニュインは強く思っていた。
だから明日。2月26日。
特に思い入れ深いトモダチの中でもっとも早く誕生日を迎えるカネヒキリへの贈り物も、サンジェニュインの持ちうるすべてで余すことなく満たしたいのだ。
もうしばらくでトレセンを離れ、彼女をここに置いていくことになるからこそ、深く──……。
「サンジェニュイン、入るぞ」
「ッカネヒキリくん!? ちょっと待って待って待って! いま部屋すっげえ汚い!!」
コンコン、と控えめに叩かれた扉とその声に、サンジェニュインは転がるようにハンモックから降りた。
卓上のプレゼント1号はいつも通りのアレとはいえ、それでもプレゼントという体裁をとっているのだから隠しておきたい。
こんなんでもプライドとかはあるのだ! ということで券を適当な棚に隠してから扉を開ける。
私服姿のカネヒキリは慌てた様子と床に転がる油性マーカーですべてを察したようだったが、あえて何も言わずポーカーフェイスを貫いた。
……いやめちゃくちゃ嘘である。
いつものアレを今年も作ってくれたのだと思って内心カーニバルだしなんなら表情もかなり緩んでいる。
「おっ、カネヒキリくんなんだかご機嫌だな〜! なんかいいことあった?」
「ッうん、少しな」
「んふふ、カネヒキリくんがご機嫌だとオレも嬉しくなっちゃうな!!」
ご機嫌の原因はお前だお前、とここで突っ込んでくれるありがたい存在ことラインクラフトはしかし不在であった。
「それでどうしたんだ、カネヒキリくん。なんか約束してたっけ? オレなんか忘れてる?」
「いや、明日のことなんだが……」
「んん! 『おでかけ』な!!」
サンジェニュインがカネヒキリの誕生日に『なんでも言うこと聞く券』と共に贈るもうひとつの
日常でも贈っている細々としたアクセサリーや洋服ともまた違う、いわば体験型プレゼントとでも言おうか。
正しくはふたりでやっているものなのだが、それがサンジェニュインが言うところの『おでかけ』であるし、絶対ボケは拾ってツッコミ入れる鋼のラインクラフトに言わせればそれは間違いなく── 『デート』であった。
「明日はねえフランス料理のお店にした! 会長が美味しいって言ってたし、ディープインパクトがオーナーと知り合いだからって夜景が綺麗に見える一角、押さえてくれるって!」
会長というのはもちろんシンボリルドルフのことだし、ディープインパクトは言わずもがなの好敵手である。
ズッ友のためなら会長の情報も好敵手のコネクションもフル活用するのがサンジェニュインであった。
なお会長には後ほど青森県名産ふじリンゴジュースをお贈りし、ディープインパクトには『ターフでぼくと握手!券』を渡す。
後者はこれでええんか? と3回くらい確認した結果鼻息荒く頷かれたので気にしないことにする。時には諦めも肝心なのだ。
おでかけは、過去には春先にしか開かないはずの海辺のレストランを貸し切って限定オープンしてもらったり、ドバイ遠征に互いを帯同者にして向かった際は現地のスイートルームに有名シェフを招いてディナーを楽しんだりした。
モデルやってるとある程度お金が貯まる。特に金の掛かる趣味を持たないサンジェニュインは食費以外にほとんど使わないこともあって貯まっていく一方なのだ。
トモダチたちのお誕生日を華やかに盛り上げるくらいでようやく前年ため込んだ分の半分を使ったか使ってないか。
そんな、普段はロマンチックのかけらもないこのぽんこつふわふわ野生児ウマ娘がやるにはあまりにもオシャレなこの『おでかけ』は、ひとえに『カネヒキリのため』という一言に尽きた。
念のため言っておくが、カネヒキリが強請ったわけはもちろんない。
カネヒキリは普段はとてもクールなウマ娘だ。
物静かで穏やか、しかし芯ははっきりとしていて力強く大地を踏み抜き、その走りは神の怒りと見紛うほどの迫力で魅せる。
決して無愛想なわけではなく、言葉を掛けられれば実直に返事をして、人付き合いの悪いウマ娘というわけでもない。
自立心が強く、基本何でも自分でこなせるからこそ、自由にそこに在ったし、彼女を慕うウマ娘のほとんどが『カネヒキリ先輩カッコイイ!』とその背中を目指した。
だって本当に格好良いしな。カネヒキリくんはエターナルつよつよ格好良いウーマンだから。間違いないぜサンジェニュ院の魂賭ける。
そんなカネヒキリが心を砕いて自分からあれこれ世話してやろうとするのは、他でもないこのぽんこつ白毛ウマ娘ことサンジェニュインだけ。
食事を準備したり、明日着ていく制服にアイロンがけしたり、虫取りに行ってどろんこになったサンジェニュインをピカピカにしたりする。
サンジェニュインの監督役を務めるエアグルーヴをして「甘やかしすぎだ」と言わしめ、世話されているサンジェニュイン本人が「カネヒキリくん休んで!?」と叫ぶほど。
そうしてほぼ四六時中一緒にいるからこそ、サンジェニュインは知っている。ずっとそばにいたサンジェニュインだからこそ、知っているのだ。
カネヒキリはああ見えてめちゃくちゃコッテコテの少女漫画が好きである── と。
ダート一筋で走り抜け、怪我しても治して、何度だって復活するその生き様が魂に反映されたのか、カネヒキリは王道路線の少女漫画を好んだし、一途な恋も、何度振られても諦めないヒロインの奮闘劇も好き。
最終的にヒーローが一途なヒロインに心打たれて付き合うハッピーエンドを見た時には、その周りに花が浮いて見えるほど喜ぶような、そんな可憐な乙女でもあった。
でも人前ではそんなことは言わない。第三者の自分へのイメージを知っているからか、乙女チックなところはあまり見せようとしないのだ。
ということでこれを知っているのはサンジェニュインを始め、メテオのちょっとしたメンツくらいであった。
だからこそ閃いた。誕生日の時くらいは1日とってもロマンチックで素敵な体験をしたって誰もなんも言わんだろ、と。
中等部に入って最初の冬、天啓のように降ってきたそのひらめきをサンジェニュインは躊躇うことなく行動に移した。
ロマンスの神様が「やりすぎだよオイ!」と言うくらいのやつにするぞ〜! と意気込んで少女漫画を読み漁り、なんやこの男ヒロインが自分のこと好きってわかってるのに振りやがる……! とヒーローに敵対心を覚えながら学習した結果が、今やってる『おでかけ』であった。
正直道明寺司よりオレの方がいいぞつくし……と思ったとか思わなかったとか。
「最上階だから空が近くて星がキラキラでふわふわいい匂いがするらしいよ!」
「ん、それは楽しみだな」
「んふふふふ……」
はっきり言って語彙力はなかったが、サンジェニュイン検定1級持ちのカネヒキリにはすべてが伝わるので、ふたりの間ではそれでよかった。
「それで、そのおでかけの後についてなんだが」
「ん、そうだった! カネヒキリくん話の途中だったな、遮ってごめんな」
困り顔百点満点、と高速早口がどこからともなく聞こえた気がしたが、サンジェニュインはスルーして姿勢を直した。
そうカネヒキリは話の途中。明日のことについて、と言われたサンジェニュインが先走って口を開いただけでカネヒキリの話自体は終わっていないのだ。
いつの間にか準備されていたおやつをカネヒキリに一言断って食べながら、サンジェニュインは眉を下げて続きを待った。
うわコレうめえ毎日食いたい。炊飯器で作れるかな? えっ作れない……はい……。
「その、おでかけの後なんだが……時間、を、貰えないか」
「オレの? そりゃいくらでもいいけど……っていうか明日のオレはカネヒキリくんのだから好きにしていいよ」
「んぐ……ッ」
こ、このウマ娘、全然深い意味なんてなく言っている……── !!
なんならラインクラフトやシーザリオ、果てにはトレーナーの誕生日でも同じことを言っている。カネヒキリはそれをわかっているので呼吸が止まるだけで済んだ。危ない。
油断すると心臓にダイレクトアタックを決められ沼地に引き摺り込まれるのだ。カネヒキリは詳しい。サンジェニュイン検定1級なので。
逆にわかっていればなんてことない。心臓を墓地に送り屈強な精神を召喚する程度で済む。サンジェニュインの笑顔を見てすぐ失神するような柔なメンタルはドバイWCを制覇した時に捨てた!
「あ、じゃあさ、そのおでかけの後だけど、どっか部屋押さえる? 実は上階の部屋を仮押さえしてるんだけど」
「ヒッ」
「調べたらさ、この部屋のお風呂ってバラ型のバスソルトが入ってるらしくって、前にカネヒキリくんが読んでた漫画の── うん? カネヒキリくん? ……えっカネヒキリくん!? カネヒキリくんしっかり!?!?」
ロマンスがありあまるなァそれはァ! とカネヒキリが叫んだかどうか定かではないが、とりあえずおでかけ後はまっすぐ帰寮することになった。
今のカネヒキリにレストラン最上階バラのバスソルト付きスイートルームお泊まりは刺激が強すぎた。南無三。
美味しかったねえ、とサンジェニュインが言った。
今日に合わせて優しく塗ったブラッドオレンジの口紅はたぶん落ちたはずだが、今も艶やかに光っているような気がする。
よく考えたら常時つやぷるの唇してたし口紅落ちてても同じか。冷静さと動揺のちょうど真ん中に立っているせいか思考が定まらない。
今はただ、満足そうなサンジェニュインの顔をちらりと見て、内心で『可愛いの極み乙女。』と存在しないバンド名を編むことに集中する。
そうでないとこのロマンチック空間の中、自分が何を口走るか分かったものでは無かった。
今日は私の誕生日だ。
まあ自分の誕生日と言うよりは『サンジェニュインとふたりで過ごせる記念日』のようなものになりつつある。
いつ頃からか、トレセン学園に入ってからだろうか?
サンジェニュインは私の誕生日を午前中はチームメンバーと祝い、午後以降は独占するのを好むようになった。
もとからパーティーごとが好きなウマ娘ではあったので、入学前から互いの家族を交えて誕生日を祝うことは毎年していたが、モデルという職を手にしてからのサンジェニュインは一気にタガが外れたように祝い事の規模を大きくした。
毎年ド派手にやるものだから記憶が更新されることはあっても消えることはない。
同じワクワクは体験させず、いつもさらに上をいく仕掛けをぶつけてくるから飽きることなくここまできた。
いや、たとえ毎年同じ事をされてもその都度むせび泣く自信は当然あるが。
なにせ、今日この1日、サンジェニュインは『カネヒキリ』という個だけを想って過ごす。
何をしたら私が楽しむのかを考え、どうしたら喜ぶのかを考え、どうしたら微笑むのかを考えて息をしてくれる。
贈り物を貰う遙か前からすでに嬉しい。サンジェニュインが自分のことを考えてくれているだけで満たされる。
けれどサンジェニュインはその程度では満足しない。もっと強く、私の中で彼女との思い出が残ることを望んだ。
時々、そうしたサンジェニュインの行動に怖くなることがある。
彼女自身が怖いのではなくて、彼女のその、何が何でも記憶に残ってやろうという意気が籠もった瞳に、言い知れない不安が募る。
だってまるで遺言のようじゃないか。
告げられる言葉のひとつひとつがあまりにも力強く私の胸を突き、脳裏を抜け、魂を震わせるものだから。
夏の終わりに地面を見つめて散るひまわりの、最期の懸命な輝きのように見えてしまう。
きっとこう思っているのは私だけじゃなくて、ラインクラフトもシーザリオも、ヴァーミリアンも、ディープインパクトだって思っている。
先を急ぐように思い出を詰め込む。彼女は旅の支度をしているようで、私は、喜びの裏側で手が離れることに酷く恐怖した。
どこへ行くのだろう。
この冬を抜け、春を抜け、夏を秋を抜け、また冬になるころ。トレセン学園から巣立つサンジェニュインは。
誰も行き先を聞いていない。トレーナーですら聞いてない。
聞いているならもっと活気に満ちた目をするはずだ。あんな凪いだ目ではなく、サンジェニュインの行き先に希望を見るだろう。
だが日野トレーナーも、サンジェニュインの専任である芝里サブトレーナーも、寄せる波すら無い湖面のように、身動ぎできずに答えを待っているだけに見えた。
それが酷くもどかしく、そして私を焦らせる。
2歳で出会ってから今日まで、別れらしい別れを経験しなかった。
砂と芝に別れたとしても、隣合う部屋でいつもサンジェニュインの姿を見ることができたし、彼女は出会った頃からひとつたりとも変わらない情熱で私を見た。
けど今回は違う。居る場所が変わる。
私はトレセン学園に、彼女はどこか遠くに。
短くても数年は離れて暮らす。そんなのは人生で初めてのことだった。
場所さえわかれば会いに行ける。絶対行く。それがどれほど遠い異国の大地でも、彼女に会うためなら労力を惜しむことは無い。
丸く幼い手を私に伸ばし、唇を固く結んで泣いたサンジェニュインを見たあの日から変わらない、私の誓いだ。
だから今日、サンジェニュインの時間を貰った。
サンジェニュインは逃げない。いや、レースでは逃げるけどそうではなくて。
私のためにと作った時間からは、たとえどんなことがあっても逃げないだろう確信が、共に過ごした十数年への信頼からあった。
「カネヒキリくんの部屋でいい?」
「ゑッ」
「ほら話があるって。オレの部屋はご存じ散らかってるので……しろまるも活発になる時間だしな」
サンジェニュインが飼育するハムスター……いやあれはもうハムスターの皮を被ったけだものだと思うが、夜行性のため夜中は非常にうるさいという。
確かにそんな中で話がどうだのいっている場合ではないが、それはそれとしてふわもこパジャマに身を包んだサンジェニュインが自室にいると落ち着かない。
だが二択を出されれば答えは当然、私の部屋になる。
急ぎ心の中でハワイのありとあらゆる祭事をオンステージさせ気持ちを落ち着かせ、私も慌ててパジャマに着替えた。
頭からすっぽり簡単パジャマ、はサンジェニュインをモデルに起用している有名ブランドの看板商品だが、名前の通り頭から被るだけで良いから楽ちんだ。
疲れ果てた時や部屋へ辿り着く前に寝落ちしたサンジェニュインを着替えさせるのに重宝している。
手早く化粧を落として洗顔まで済ませる。一段落付いた頃には、昂ぶりに昂ぶって一周回って眠くなってきたのか、頭が重くなり始めていた。
ダメだ、まだ終わっていない。とても大事なところがまだだ、と自分を奮い立たせる。
頬を二度叩いた後は、箪笥の奥、大事に仕舞い込んでいるジュエリーボックスを引っ張り出した。
しっとりとした外装はこれを贈ってくれたサンジェニュイン曰く栗色。私の髪色を意識したという落ち着いた色合いで、中にはこれまでサンジェニュインから贈られた小物などが収まっている。
普段から愛用している耳飾りや、式典の時に付ける真珠のイヤリング、サンジェニュインの瞳のように輝くサファイアのリング。それらの間に鎮座する、少し皺の付いた古い紙ペラ。
「……貯めに貯めて、一度も使わなかった」
出会って初めての誕生日。サンジェニュインが焦ったように小さく唸りながら、最後には涙目になって私に差し出したもの。
『オレがなんでもいうこときくけんだから! いつつかってもいいよ、かにぇひきいくん!』
まだ幼くて舌っ足らずで。でも一生懸命書いて贈ってくれた。
初めは私も無邪気に喜んで何に使おうか悩みもしたが、成長するにつれて「なんでもって、えっなんでも? どこまでセーフ? 手繋ぐとかは? これ合法? 現実?」と混乱極まって結局使えず、貰う度に嬉々としてこの宝箱に詰め込んだ。
サンジェニュインがくれた宝石のどれもが嬉しかったけど、それを追い越すほど、この紙ペラがいちばん嬉しい。
だってサンジェニュインが自分をプレゼントにした。普段は誰にも自分を触らせようとせず、自分をトロフィーのように扱うことを嫌うのに。
私に対してはその身を明け渡してもいいと思うほど信頼してくれている。そう考えれば気持ちは当然高揚するし、紙ペラとは思えないほどの重みを感じてしまう。
ソレに、今日貰ったばかりの新しい紙ペラを重ねた。
これはどんな富豪が大金を積んでも手に入らない、世界にひとつだけ、私に、カネヒキリにだけ許されたモノ。
そんなに重いものだからこそ今日、使う。
むしろ今日が使いどころだとさえ思っていた。
きっとこの日のために貯めていたのだろうと。
サンジェニュインも、そして私も神など信じては居ないから「神の思し召し」などとは思わない。
けどきっと、今日使われることを、初めてこれを貰った2歳の私も納得すると思った。
決意を固めたらふっと肩の力が抜けた。
ずっとドキドキしていた分、一気に眠気がくる。
まだ寝てはダメなのに。これからサンジェニュインが来て、この紙ペラで、サンジェニュインに、願いを。
ずっと一緒に居て、と、願いを──……。
ソレが夢なのはわかっていた。
『カネヒキリくん……カネヒキリくん……!』
いつの頃だったか、似たような夢を見た。
その時もシルエットは曖昧で、視界はぼんやりとしていて形は掴めない。
どこにいるのかさえも分からない。
ただ良く晴れた日のターフのような、そんな嗅ぎ慣れたナニカが近くにあるような気はする。
けどそれよりも気になったのは、いつも親しげに私を呼ぶ低い声だ。
知らない誰かのはずなのに、私はその低い声に呼ばれて振り返る。
前は弾んだ声だったと思う。楽しげに揺れて私を見る視線がそこにあった。
だが今回はどうも違う。明らかに水気を帯びた呼びかけに、私は返事をしようとして気づいた。
── 身体が動かない。
『寂しい、寂しいよカネヒキリくん!』
空を穿つ、慟哭が、鋭く私の胸を切り裂いた。
身に覚えの無い感情のはずだった。
こんなに切なく悲しい思いをしたことなどない。
幸せだけで満ちた、とは言えないが、大切な友達とずっと隣合って生きてきた人生に、こんな身を焦がすような激情なんてなかった。
なのにどうしてだろうか。今すぐ涙を拭ってやって、もう大丈夫だと言いたくなるのはなぜ?
知らないはずの低い声を、目の前に居るはずの男の何にこんなに揺さぶられているのか。
いつも前後がない夢の中にだけいて、目が覚めたら忘れてしまうようなこんな男の、なにに。
ふっと口が開いた。
何かを話している。私が、彼に、なにを。
声は聞こえない。ただ確かに話している。
この命を振り絞るように、目の前の彼に、何を遺そうと言うのか。
私でない私が不安と動揺と焦りと、それらすべてを内包するほどの愛に突き動かされて話していた。
彼が短く唸る。顔は見えないが私を睨み付けている。けど憎悪じゃなくて、ああ、それは。
『
呼び捨てられた瞬間に理解する。
いや、理解なんてとっくにしていた。
解っていたじゃないか、私が心を動かされるなんてたったひとつで、たったひとりなんだって。
何をここまで焦っていたのか、何をここまで動揺していたのか。
前後はやはりわからない。目の前の彼がどういう存在なのかも分からない。
ただひとつだけ確かな事があるから、私は、身体全体を支配する濁流のような、それでいて優しい波のような微睡みの中で叫んだ。
『
ふと2歳の時、初めてサンジェニュインに会った時を思い出した。
ぽろ、ぽろり。そのまろい頬を伝って流れる涙があまりにも美しかったこと。
どうしてか、彼女に会えて良かったと思えたこと。
伸ばされた手がなんのためにあったのかを、ああ、この夢が答えなのか?
かすれた低い声で呼んだ彼女の名前。
耳馴染みのないその男臭い声色は、でも怖いほど、自分の声だと思い知らされた。
「── カネヒキリくん! 起きろってば! 大丈夫!?」
しろまる── ペットのハムスターの世話に思った以上に手間取り、少し遅れて入ったカネヒキリくんの部屋で、その異変に気づいた。
最初はちょっと寝ているだけだと思った。今日は朝から誕生日会をして、午後は買い物をして、夜にはレストランでディナーをしたから疲れたんだろうなって。
いくらタフなカネヒキリくんとはいえ、一休みしたくなるよな、わかる、ちょっと寝かせてあげよう、明日だってカネヒキリくんが望めばいくらでも時間を作る。
だからその身体に毛布を掛けて部屋に戻ろう、そう思ったときだった。
カネヒキリくんの身体が震えている気がした。よく見れば顔色も悪く、夢見が悪いのか眉間に皺が寄って苦しそうにも見える。
こりゃまずいかも、とゆすり起こしたカネヒキリくんの第一声は、オレの、いや、俺の名前だった。
なんでだよ。
どこから出したんだ、その声は?
だって、それは、あの、昔の、そう昔の、今のカネヒキリくんが覚えているはずも無い遠い場所の声なのに。
耳を突いた深く低い声。忘れるわけが無いだろ、なあ、なんでだよ、カネヒキリくん。
誰がその声色を蘇らせたのか。魂か、はたまた、俺の執念か。俺が、オレだけが忘れず覚えているから?
肩で息をするカネヒキリくんを一歩離れて見つめた。
彼女は何が起きたのかまるでわかっていないのか、それともとんだ悪夢でも見たのか、定まらない視点で何かを探している。
誰を。オレを? それとも俺か。
まさか思い出したなんて言わないよな、だって、これは、オレが。神なんて言う存在から付けられた呪いで。
だからオレだけがいつまでも忘れられずにいるんじゃないか。なのにどうして今になって。
「サンジェニュイン……!」
低く、少し先走ったような声だった。でもそれは彼の声じゃ無い。彼女の、目の前に居るカネヒキリくんの声だ。
「なんだ、これは!」
そんなのオレが聞きたいよ。
なんだったんだよさっきの声色は。
そう言いたかったのに声がでない。口が縫い付けられたように動かない。
怖い。何が。何が怖い。カネヒキリくんが思い出したかも知れないことが?
何も恥じること無いこの人生の何に恐怖する。
恐れなんかないはずだ、彼女をまた喪う以外は!
「サンジェニュイン……お願いだ、何か話して欲しい……そうじゃないと」
そうじゃないと何だ。何だよカネヒキリくん。
何が君を惑わせる。何が躊躇わせる。伏せられた顔が何を思い出している。
「おかしいんだ。アレは夢だな? シルエットも何も無かった。誰がいたかもわからなかった。でもアレは私で、私の目の前に居たのもお前だ。そうだろう?」
確かめてそれでどうする?
「抱きしめたい」
── は。
「『ここに居る、もう寂しくない』と言わせてくれ」
フラッシュバックする。
カネヒキリくんの最期は俺の名前ばっかりでろくな話もできなかった。
それが彼が俺に遺すすべてと知りながら、いや知っているからこそもどかしかった。
いつまでも声を覚えている。俺を呼んだ優しい声を、こうして生まれ変わってなお強く魂に刻んだ。
寂しいと叫んだ俺の言葉すら無視して、声だけ刻んだお前のことを……!
「カネヒキリくん」
泣き暮れたガキみてえな声だろ、笑いたきゃ笑えよ。
もう置いていかないでくれと言わなかったのは、オレの、せめてもの意地だった。
もうほとんど覚えていないんだ。
寂しそうな声でカネヒキリくんが言った。
「ときおり夢を見る。全部がぼんやりした世界で、声だけがハッキリしているんだ。その声の主はたぶんサンジェニュインで、夢を見ている間は普通に会話ができていて思い出せるのに、朝、起きるとすべて忘れてしまう。夢をみていたことすら……」
その夢はきっとオレのせいで見ている。
実はねカネヒキリくん。俺、馬として死んだ後にカネヒキリくんと虹の橋の、ほらカネヒキリくんが勝手に待機してた草原で再会した。
んもうなんでこんなとこに居るんだよ! と怒る俺を宥めながら、2頭で一緒に橋を渡っていたんだよ。
そしたら急に橋に穴ができて気づいたらウマ娘だ。魂の一部どころか半分くらいガッツリ持ってかれたからこうして覚えてるのかな。
でさ、……んふふ、俺が落ちる時さあ、カネヒキリくんは安全圏に居たのに飛び込んできたんだぜ。
そのせいだなきっと、カネヒキリくんも他のウマ娘より馬成分多めにきちゃったんだ。
当時の記憶を夢みたいに見てるのは、たぶんそれ、おそらく、メイビー。神じゃないから確かなことなんてわからないけどさ。
いま起きているはずのカネヒキリくんがまだ覚えているのは、たぶん、半分まどろみに浸かっているからだろう。
肉体的疲労と、泣いたことによる疲れとが、彼女を夢と現実の境目に立たせている。
たぶんカネヒキリくんはまた忘れるだろう。でもそれでいいと思った。
明日、27日の朝、目覚めたらすっかり消えている。もしかしたら泣いたことは半分覚えているかも知れないが、どうして泣いたのかはわからないかもしれない。
それが不安なのか、カネヒキリくんは小さく鼻を啜った。
「大丈夫だよ、カネヒキリくん」
それを忘れたってオレらの関係性が壊れるわけじゃない。
オレはさ、別に君が馬のカネヒキリくんの魂持ってるから大好きになったんじゃないんだぜ。
きっかけがそうだったとしても、これまでふたりで積み重ねてきた時間が感情を強くした。
オレはずっとカネヒキリくんが好きだよ。馬の君も、ウマ娘の君もな。
どっちも同じだよ。魂の形は一緒。でも今のカネヒキリくんは馬の時よりも饒舌でそういうところも好き。
オレがこんなことを言ったのも忘れてしまうだろうから全部言った。
いつもは照れてまともに聞いてくれないんだから、いいだろ、こういう時くらい。
「サンジェニュイン」
かすれた優しい声で君がオレの名前を呼ぶ。
「あの、あれ」
「なあに」
「なんでも言うこと聞く──」
「うん、『オレが何でも言うこと聞く券』!」
「そう、それ」
ずいぶん眠いんだろう。
だんだんと舌っ足らずに、子供のような話し方になるカネヒキリくんがなんだか面白くて、可愛かったから、合わせるように相槌を打った。
「もっとちゃんとしたときにいいたかったけど」
「うん」
「それで、それで、わたしと」
「うん」
「わたしと、いっしょに、くらそ……」
「えっ」
ガバッとベッドから起き上がった。
いまカネヒキリくんなんつった?
「わた、わたしと……くらそ……」
「えっ」
「くらそ……」
「あっすごいこれたぶん『うん』って返事するまで繰り返すパターンだ!」
「くらそ……」
「ちょ、っと待とっか!」
えっ暮らすって、それがカネヒキリくんの『オレが何でも言うこと聞く券』でやらせたいこと?
いやいや、これは無効でしょ流石に。
えだって。
「オレもう家買っちゃったよ!」
「くらそ……」
「や、だからさあ」
「いやとかいわないで……くらそ……」
「す、すごい強引だ! カネヒキリくんかつてないほど強引! っていうか、だからさあ言ってるじゃんか!」
別に嫌ともいってないしさあだって!
「オレが買ったの、オレとカネヒキリくんが住む家だかんね!!」
「えっ」
ガバッとカネヒキリくんが起き上がった。
すごい、オレと同じ行動すんじゃん!
「えっ買った?」
「買った! カネヒキリくんと住む家!! 広い庭付き一軒家!!」
「ヒッ」
「オイちょっとカネヒキリくん失神してる場合じゃねえから!! いま大事な場面だからコレ!!」
肩を掴んで揺さぶると、カネヒキリくんがぽろっと涙を流した。
「サンジェニュイン……卒業後どこいくんだ」
「えっ今それ?」
「どこ」
「故郷に戻るけど……家もうちとカネヒキリくんとこの真ん中らへんに買ったよ! お互いの実家近い方が良いじゃんね」
好立地だったし、オレの実家の近くは土地が余りがちなので広めに押さえられて良かった。
なんか両隣をディープインパクトに押さえられちゃって一生涯のご近所付き合い始まる予感もあるけど、まあカネヒキリくんも一緒なら大丈夫だ。
そう答えるとカネヒキリくんはまた泣きそうな顔になった。
「わたしを、おいてとおくへとか」
「えっ全然そんな予定ないが……!? むしろカネヒキリくんは今後もアメリカ遠征するだろうから置いてかれるのオレじゃない?」
「そういう話じゃない」
「はい……」
シンプルに怒られた。
けどカネヒキリくんはどこか脱力したように深く息を吐いて、オレの肩を掴んだ。
「いつになるかわからないけど、お前の買ったその家で、一緒に生きてもいいか」
ずいぶん覚悟が必要だったろうな、と言われて直ぐに思った。
カネヒキリくんはオレの顔見ただけで気絶するほど照れ屋で、普段はもっと言葉を選ぶし、すごく慎重に判断する。
でも今、迷いがなかった。
区切った言葉の端には温かい感情だけを詰め込んで、オレに差し出している。
住んでもいいか、じゃなくて、生きてもいいか、なんて。
カネヒキリくんは頭が良いのにときたまおばかになる。
最初から言ってるのに。オレはさあ、ふたりで暮らす家を買ったんだよ。
ふたりで生きていく、ふたりの家を。
「サンジェニュイン」
「うん」
「サンジェニュイン……ッ」
「うん。……カネヒキリくん」
一瞬閉じた瞳の向こう側から光が見えた。
砂地を走る流線形をなぞったオレンジ色。
巻き上げる砂が風に乗って輪郭を作り、その四肢が軌跡を残してオレを、俺を置いていく。
── 君の色だ、カネヒキリくん。
今日の、この佳き日を鮮明に、鮮烈に、消えないように。
あらゆる言葉に込めた祈りは、確かに、音を持って響いた。
「誕生日おめでとう、カネヒキリくん」
うん、と掠れた声が胸に吸い込まれていく。
背中にまわった腕が、頬に当たった熱が、そうして鳴り響く鼓動のひとかけらにまで。
君が生まれてきてくれてこんなに嬉しいのだと、この
また新しい一年が始まった。
新築数年の我が家は床暖房を張り巡らせてぬくいから、素足でペタペタと歩き回っても寒さは感じない。
さらに暖かさを上げるために閉めきった窓を、でも今日は全力全開で。
吹雪の向こう側からゆっくり歩いてくるシルエットを知っているから、オレは寒さを蹴破って窓から身を乗り出す。
雪の積もった手すりを強引に掴んで、勢いよく息を吸った。
そうして肺に満たした冷気を喜びに変えて叫んだ名前に、君は、同じように笑って応えた。
シーザリオさんにラインクラフトさんたち'05年牝馬が実装されこれはもうカネヒキリくんだろと震えてます。
カネヒキリくん誕生日おめでとう実装されたら100万回引くからね……!!!!
第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)
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エアグルーヴ
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ハルウララ
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ウオッカ
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カレンチャン
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海外牝馬組