予約設定が4月11日なってて慌てて投稿ですよ(懺悔)
※よく喋るディープインパクトさんがちょっといます
※カネヒキリくんとヴァーミリアンが口喧嘩みたいなのをします
※スピカのみんな(特にダスカちゃん)とエルコンドルパサーさんがメインゲスト
※悪友のイメージで書いてます
『約束するぜ、俺様は長生きする……── 絶対にだ!』
低い唸り声の後、一方的な誓いがいつまでも耳に残っていた。
側から1頭、また1頭、馬が欠けてしょぼくれる背中に投げかけられたそれを、俺は、今でも覚えている。
2017年1月の、冬のことだった。
今は4月11日。早朝。
眠い目を擦りながら、オレは生徒会室の床に正座していた。
「── で、何か申し開きはあるのか」
「これオレらそんなに悪くなくないっすか????」
「それでいいのか遺言は」
「すんまっせんしたァァアアア!!!!」
頭を打ちつける勢いで土下座する。
仁王立ちするエアグルーヴ先輩からはクッソデカいため息が漏れた。
奥のいつもの席に座ってるだろうシンボリルドルフ先輩からは苦笑いが聞こえるし、壁にもたれ掛かってるナリタブライアン先輩からも「またかよこいつ」みたいな視線を感じる。
うぅ……こんなはずでは……!!
オレと同じように土下座するディープインパクトは── ダメだ。寝てやがる。
昨日はすげえどんちゃん騒ぎだったから眠いのはわかるよオレもねみぃもんだけど今の寝るのは違くない????
でもマイペース極まってるこいつに何を言っても通じない。サンジェニュイン、学習した!!
かといってひとりでどうこうできる状況でもねえんだわ。
前門の女帝にさらに前門の皇帝、横門には現状に無関心ブーちゃんの構成。勝てるわけねえ。
そもそもなんでこうなったんだっけ?
オレは眠たい頭をフル回転させて記憶を探った。
あれは、そう、昨日── 4月10日のことだ。
とは言ってもきっかけはそれより前に遡る。
「生誕ですわ──ッ!!!!」
ドゴォン、と爆音響かせて開かれた扉。
おお扉よ、これまでトレーニングルームを守ってきたことに感謝します。
まさかこんな最期になるなんてなあ。南無三。
力一杯で開けられた扉くんに黙祷を捧げつつ、オレはヴァーミリアンを見た。
今時見んわ縦ロールなんて、と言いたくなるほど立派な赤毛の縦ロールを揺らしながら、嬉しそうな顔で繰り出された投げキッスを避ける。
オレの動体視力が火を噴くぞ! ってアッ避けきれなかったペッペッ!!
「んま〜失礼ですわこのプリティエンジェルちゃん!!」
「誰がだよ」
「その顔でプリティもエンジェルも否定するのは一周回って喧嘩売ってんですわよ」
「口調ちょいちょい崩れてんぞお嬢」
「おっと失礼。わたくしとしたことがスカーレット一族的荒れ模様」
スカーレット一族の皆さんに謝れそれは。
「で主題ですけれど。今年もわたくしの生誕祭を執り行いますわ!!」
「おー、今年はどこでやんの?」
「模擬レース場を使いますの!!」
「何するんスか? まさかディープインパクトちゃんのときみたいにレースなんてことは……」
「わたくしをこの
「言われてんぞディープインパクト」
「間違ってはいないから良いかなって」
良いんかい。
まあ確かに間違ってないしな。
っていうかそれより小脇に抱えられて苦しそうだなコイツ。
「そういえばヴァーちゃんさん、模擬レース場のご許可はお取りになったのですか?」
「ええ、ぬかりなくってよ。この許可証、じゃなくてディープにサイン書かせて血判押させれば完了ですもの」
「だからそいつの手なんか赤いの!? 手当てしてやれよ!!」
「血判とは言っても親指に朱墨塗りたくっただけだから
えぇ……。
それでいいんかディープインパクト、と思って見たら顔が半分くらい死んでた。
こいつもなんだかんだいってヴァーミリアンには押し負けるんだよなあ。
ヴァーミリアンもディープインパクトに弱いときあるしどっちもどっちか。
「で? 模擬レース場借りて何すんだよ。走らないんだろ?」
「よくぞ聞いてくれましたわッ!! このヴァーミリアン、エンターテイナーとして、そしてスカーレット一族に連なる淑女として、やはり自分の誕生日も最高のモノにしたいんですの」
うん毎年似た台詞聞いてんな。
「劇はシーザリオがやりましたわ。花見もラインクラフトが。並の生誕祭ではわたくしが霞む……出走するだけで『玉座が朱色に染まる』と呼ばれたわたくしが……ッ」
「お前その二つ名好きな」
「桃印女王も可愛らしとは思ってたっスけど」
「それバー○ヤンですわ無関係ですわ」
しゃーないだろ語感似てるんだから。
「ちょっと所々茶々入れるのはおやめになって。話が進みませんの」
「オレ油淋鶏とごはん大盛り」
「かしこまりました~、じゃなくってよ!! ……もう進めますけど。今年の生誕祭では『お祭り』をしようと思いますの」
お祭り? とオレたちが首を傾げるとヴァーミリアンが得意気に資料を配った。
なになに? 『ヴァーミリアン生誕祭 in 模擬レース場 春祭り』?
……ほーん、夏祭りの春バージョンか。
焼きそばとか綿菓子の屋台、水ヨーヨー、射撃、へえめっちゃ祭りじゃん。
オレは人混み多いところとか外へ遊びに行けないので、ウマ娘になってからお祭りに行ったことがない。から久々だ。
最後に行ったのいつだっけな……小学校の頃に幼馴染と行ったっきりかも。
その後は夏の単発バイトで夏祭りの設置・撤去・接客とかはしたことあるけど。
あの祭り限定の屋台価格ってのが当時のオレの財布にはキツくてなあ。
食ってみたかったな、屋台の焼きそば。どんな味なんだろ。
「めちゃくちゃ規模デカくないっスか?」
「ふっ……先にいるものを上回るにはこれくらいはしなくては」
「これ衛生管理とかどうするつもりっスか。っていうか屋台とかやる側は誰が……まさか自分らだけでやるとかトチったこと言わないっスよね?」
「もちろん。わたくし、メテオのメンバーにも楽しんで貰うつもりでしてよ」
ヴァーミリアンの計画はこうだ。
春祭りの運営などは御実家のお母さんに相談済でスタッフを派遣して貰えるらしく、会場の設置・運営・撤去までそのスタッフたちがやってくれるとのこと。
どんな屋台を出すかはヴァーミリアンが決めて、各屋台には最低でも1人、食品衛生管理者を置くことで衛生面や品質を担保。
設置・撤去作業はイベント運営実績のある会社に指揮を依頼し、ウマ娘同士のトラブル予防も兼ねて警備員も置くらしい。
……こいつめっちゃ徹底してるじゃん。
オレが思った以上にガチだぞ。
思わず「おぉ~」と拍手しちゃった。
「折角の春祭りですもの……大勢を呼びますわ。けど、ねえサンジェニュイン」
ん?
「あなたが
その言葉にオレがゆるりと頷くと、ヴァーミリアンはニッカリと笑った。
斯くして春祭り当日。
いつもは殺伐としている模擬レース場も、桜が舞い散る中で華やかに開かれた。
祭りの開始宣言を神輿に乗ったまま叫んだヴァーミリアンは、今も神輿に担がれ「ワッショイ! ワッショイ!」とはしゃいでいる。
せっかく着付けて貰った着物も心なしか着崩れてるような気もするが、まあ肌襦袢着てるしでえじょうぶやろ。
「あっ、サ、サンジェニュインさん……ッ!」
「……お? おぉ! スペちゃんだ! シルバータイムたちも! みんなも来てくれたんだなあ。ありがとうな!」
「いえいえ!! こちらこそ誘ってくれてありがとうございます!!」
祭りは多い方が楽しいって言うからな。
この耳に痛いくらいの喧噪すら、今や楽しさへのスパイスだ。
ウマ娘生で初の祭り。
完璧に整えられた空間だから楽しいのか、それとも見知った悪友が作り上げた祭りだから楽しいのか。
……後者は言わない方がいいかも。
「みんなベビーカステラ食べた? すげえ美味いよ。屋台で売っていいんかコレってレベルで美味い。焼きそばもな。あれ黒毛和牛入ってんだよ意味わかんなくない?」
「黒毛和牛!?」
「た、確かにお肉がやけにやわらかくて深い味わいがするとは思っていたけど……黒毛和牛がはいってあの味で……400円……!?」
気持ち分かる。
宇宙ウマ娘と化したダスカを見て深く頷いた。
意味分かんねえよな、オレもわかんねえもん。
これ大丈夫なんかってヴァーミリアンに聞いたら「屋台価格だから」しか言わんし。
屋台価格って普通相場より高いって意味じゃないんか。
黒毛和牛入ってて1人前200gが400円ってクッソ安いわ。
スピカのメンバーが「これが400円……」とそれぞれが手に持った焼きそばを眺めている。
衝撃受けてるとこ悪いが、まだあるぞ。
「チョコバナナに掛かってるチョコは最高級ベルギー産。で、150円」
「ヒエッ」
ウオッカが怖い物を見る目で右手のチョコバナナを見た。
「そのたこ焼きは大粒タコが入って10個入り200円」
「ウソでしょ……!?」
スズカ先輩が慌てたようにたこ焼きを両手で抱えた。
「りんご飴のりんごはオレの大好物『サンふじりんご』を丸々1個使って、ザラメ糖も高品質なんだよ。お値段1本250円」
「わぁ、すごいんだね~」
ウララちゃんがよくわかってなさそうな顔でニコニコ笑った。かわいい。もう1本あげた。
「あとは──」
「お姉様! もうこの辺で……聞き耳立ててた周囲も瀕死ですので……!」
そう言われて周りを見ると、確かにみんな手元の食べ物をガン見している。
さっきまでビニール袋に雑に入れて片手にぶら下げてたウマ娘も、大事なモノを抱えるように持っていた。
あちゃあ、話のネタにと思っていったけど、余計買いづらくしちゃったかも。
オレは苦笑いを浮かべつつ、確かにさ、と話始めた。
「確かにさ、材料は凄い高品質なのにこの値段なんて、って思うかも知れないけど、遠慮無く食べて欲しいってヴァーミリアンも言うと思うぜ。屋台にあるものは衛生の観点から売れ残ったら処分、って決まってるから、むしろ食べて貰わないと困るっていうか」
そう、売れ残ったモノは未開封で消費期限が長いものなら別として、既に開封してる小麦粉や、大量に焼いている焼きそば、解凍済みのお肉など、祭りの後にどこかに回すことができないモノは処分しなくちゃいけなくなる。
だから遠慮せずガツガツ食べてフードロスゼロを目指して欲しい。
それ目的ってわけじゃないけど、イートスペースでテーブルいっぱいに戦利品を並べて食べているオグリキャップ先輩は、その点で頼れる戦力だ。
あまりの安さにビビリ散らかしたタマモクロス先輩にも大量にお買い上げいただき、美味しそうに食べている姿を目撃した。
オレのセリフに顔を見合わせていたスピカのみんな、with ウララちゃんは、ニッコリ笑うと「もっと買ってきます!」と言って駆け出していった。
なんなら周りのウマ娘たちも。
その場に残ったのは両手が塞がっていて買いに行けないダスカだけ。
「……んふふ、とりあえずイートスペース行こうか」
「は、はい! サンジェニュイン先輩!」
呆然としていたダスカは、オレの声かけに応えて付いてきてくれた。
思えば、この娘と一対一で話すのは初めてでは?
ウオッカとは前に話したことあるんだけどなあ。
ワールドロイヤルターフ前の話な。植木鉢が落ちてきたやつ。
よく考えれば馬時代も話したことなかったかも。
やっぱ牡馬牝馬ってのもあるけど、世代の違いがデカい。
カネヒキリくんと同じ厩舎のウオッカには会うタイミングがあったけど、厩舎同士の親交がなかったダスカのところとは会えなかった。
だからやっぱり初めてだな、話すの。何話せばいいんだろ。あ。
「ダスカちゃ、んん、スカーレットちゃんってうちのヴァーミリアンと親戚だったっけ?」
「は、はい! ママ、じゃなくて母同士が親戚なんです。お姉さん、あっ、ヴァーミリアン先輩とは小さい頃に何度か話したことがあって」
確か……スカーレット一族だったけな。
ヴァーミリアンのお母ちゃんの名前がスカーレットレディで、ダスカがスカーレットブーケ、だったはず。
どっちも一族を象徴する名前を持ってる。
ダスカちゃんは言わずもがな。冠名のダイワにスカーレット。
ヴァーミリアンはその色から取ってるし。
なんか家族って感じ良いよな。
まあオレもオレの産駒が『サン』『サンサン』だの『サニー』だのがついてて連想名なのが多いけどな!
「あんまし一緒にいるの見なかったな」
「チームも違いますし、学園に来た時期も違うので……でもレースは見てました。お姉さんの活躍はアタシの励みでもあって、『玉座が朱色に染まる』って二つ名が、ほん、っとうに格好良くて……! って、あ、すみません! 熱くなっちゃって……」
「……ん~ん。いいね。オレも、うちの
キラキラした目で語ったダスカが、ちょっと頬を染めて小さく頷いた。
イートスペースに付くと、こっちに気づいたタマモクロス先輩が手を挙げてくれたのでふり返す。
オグリキャップ先輩も口いっぱいに焼きそばを詰め込みながら、オレに向って親指を立てた。満足してくれてるようで何よりです。
オレとダスカは広めのテーブルを取ると、買い出しに出たスピカのメンバーたちを待った。
場所はダスカが連絡しておいてくれるらしいので、お言葉に甘え、オレはオレでカネヒキリくんたちに場所を送信する。
ちなみにカネヒキリくんは長蛇の列が出きてた綿菓子屋台にチャレンジしてる。
あの綿菓子オレモチーフでデザインされてるからさ……親友として1個欲しいらしい。なんか照れるわ。
オレもカネヒキリくんモチーフの鯛焼き10個買ったけどな。
「あ!」
鯛焼きを1個食べてるとダスカが声をあげた。
どうやらヴァーミリアンを見つけたらしい。
オレもつられて顔を上げると、ヴァーミリアンは誰かと話してるようだった。
ん? アレって。
「エルコンドルパサーだ。……そういやあのふたりって」
魂的には父と仔か。
早逝したエルの数少ない産駒のうち、際立った活躍をしたのがヴァーミリアンだったはずだ。
種牡馬入りの時なんてエルの後継を期待されて、ヒト族がよくお祈りしてた。
オレがこっちで初めての凱旋門賞出る時、時空が歪んだのかエルと同じ凱旋門賞になったんだよな。
そん時にヴァーミリアンがエルのことを知り合いだとかなんとか言ってた気がする。
ダスカとタキオンみたいに、オレが知らないだけでそういう仲なのかもなあ。
「……ん? どしたん、スカーレットちゃん。混ざりに行かなくていいのか?」
「えっ、と。……お邪魔じゃないですかね?」
「どうして? お祝いは何度されたってうれしいもんだぜ。親戚の
荷物はオレが見とくからさ。
そう言うと、ダスカは頷いて駆けていった。
……おっ、ヴァーミリアンが笑ってる。ほら、やっぱり嬉しいんだよ。
オレがニコニコしながら焼きそばを啜ると、気づけば近くにエルがいた。
ファッ!? いつの間に!?
「この焼きそば本当に美味しいデース!!」
「えっぐいソースかかってっけどソレは!?」
「美味しいものがもっと美味しくなるものデスよ~」
クッソ真っ赤になってるじゃんか!?!?
風に乗って伝わる刺激的な香りなるほどデスソースで~す!?!?
エルが辛いもの好きってのは知ってたけど、マジで掛けるとはなあ。
でも本人嬉しそうだしまあ……嬉しいならいっか!
「あ、そうだ、今更だけど凱旋門賞以来ですね、エルコンドルパサーさん」
「デスね~。リベンジしたかったけどできなかったのが惜しいデス。ところでなんで敬語なんデスか?」
「なんか急に年齢を意識して」
「エルは中等部だからサンジェニュインさんより年下デース!!」
「ダウト」
「ホワイ!? 本当デスよ!?!?」
違和感がなあ……違和感が……。
「ああでも、気持ち、ちょっと分かりますよ。たまに、ほんと~にたまにデスけど、年下に見えること、あります」
そう言ったエルの視線は、ダスカと話しているヴァーミリアンを向いていた。
「昔会った時はとってもおとなしかったデース! 今もお淑やかでいいこデスよ? けどなんだか強かになって、とっても強くて良い子だって、思うんデスよねえ」
何も覚えていなくても、共に育っていなくても、魂が覚えている。
そういう
「いやでもヴァーミリアンが大人しいは無い」
「ワッツ!?!?」
マジでない。
── これはサンジェニュインの知らない話だが。
「ヴァーミリアン? ああ、とても温厚な馬ですね」
管理調教師や担当厩務員、育成時代のスタッフ等、その周りにいた人間に言わせれば、ひたすらに穏やかな馬だったという。
母スカーレットレディはその父に名種牡馬・サンデーサイレンスを持ち、非常にマイペースな性格だったと言われている。
いわゆる『スカーレット一族』と呼ばれる名牝系の、その直系たる淑女の交配相手に選ばれたエルコンドルパサーは、日本国外で生産されたマル外。
それゆえにクラシックレースこそ出走は叶わなかったが、その他では国内産馬をも一切寄せ付けない活躍で一気に注目馬へと昇り詰めた。
4歳、現年齢・3歳になると、皐月賞やダービーへ出走できないエルコンドルパサーの大目標は、NHKマイルC一本であった。
平成8年の開催から、NHKマイルCはひそかに「マル外ダービー」とあだ名されていた。
初年度から出走馬の過半数をマル外馬が占めていたからだ。エルコンドルパサーの代もそれは変わらなかった。
デビュー以来常勝無敗を貫いたマル外のエース。当日も1番人気に推されてターフを駆け、GⅠの称号を手にした。
以降、ジャパンカップでは女帝・エアグルーヴ相手に2馬身以上の着差を付けて勝つと、翌年からは長期の海外遠征を敢行。
凱旋門賞2着の栄誉を得て、エルコンドルパサーは種牡馬入りした。
その父・キングマンボは当時の欧米諸国を席巻していた名種牡馬・ミスタープロスペクターと、'80年代の短・マイル路線で圧倒的存在感を放った名牝・ミエスクの間に産まれた。
ミエスク自身も父にノーザンダンサー直系のヌレイエフを持つ良血馬で、エルコンドルパサーの母・サドラーズギャルも父系にノーザンダンサーを持ったことで、その血統はノーザンダンサーの4*3 ── 奇跡の血量であった。
クロスことキツイと指さされることもあったが、間違いない名馬であるエルコンドルパサーと、ノーザンファームが誇るスカーレット一族の淑女・スカーレットレディ。
その間に生まれたヴァーミリアンは、非の打ち所がない立派な血統表と、それに見合う美しい馬体を持ち、幼少期から期待されてきた。
スタッフは皆、父が果たせなかったクラシック出走の夢をヴァーミリアンに見た。
マル外ゆえに一生に一度の大舞台に上がれなかった悔しさを、その息子で晴らそうとしたのだ。
そうしていつかダービー馬の称号を戴くその日を、誰もが心待ちにしていた。
ヴァーミリアンの競走馬生活は、順調なスタートを切った。
鞍上に名手・
オープン馬を目指し出走した萩S、京都2歳Sこそ2着となったが、同年の暮れ、当時はまだGⅢだったラジオたんぱ杯2歳S── 現・ホープフルS(GⅠ)を1馬身差で勝利し重賞馬になった。
同期で育成時代は同じ調教グループであったディープインパクトが活躍すると、その併走相手を務めたヴァーミリアンの評価も自然と上がる。
弥生賞を勝って皐月賞へと向うディープインパクトを追いかけるように、ヴァーミリアンもスプリングSをジャンプ台に皐月賞制覇を狙った。
だが、結果は16頭立ての14着。
本番の皐月賞も出走こそできたが、こちらも結果は降るわず、出走後は長期放牧に出された。
秋頃に帰厩すると、芝2戦を挟んだ後にダートへと路線変更し、これが見事に成功。
それから2010年に引退するまでの6年間、毎年重賞を制覇する優駿ぶりを見せ続けた。
引退後は社来スタリオンステーションにて種牡馬入り。
代表産駒に地方スプリントで活躍したノブワイルドや、JBCスプリント2着等の功績を残したリュウノユキナらがいる。
間違いなく'05世代ダートの代表格であったヴァーミリアン。
そのキツいクロスと、錚々たる戦歴から荒々しい一面を想像されることも多いが、これまでスタッフたちが口を揃えて言うのはその穏やかさだった。
母似のマイペース。そして父似の賢さ。
頭が良すぎることはなく、適度に悪戯をして甘えてくるなど、可愛がられる馬でもあった。好物のにんじんを食べる姿も可愛いと評判だった。
きっと当時のサンジェニュインに言っても『寝ぼけてるんかお前!?』と返されるだろう。
あいつのどこをどう見たら温厚に見えんだオォン? とお前のが気性荒いなとツッコミ入れたくなるほどの熱量で言い募ってくるに違いない。
だがヴァーミリアンが温厚な馬でなかったら、そもそもこの2頭は出会うことすらなかったのだ。
何故ならサンジェニュインの併走相手になる第一条件は、大人しく穏やかな牡馬である、だったからだ。
神から与えられたプリケツと魅惑の美貌を持つサンジェニュインは、その呪いから牡馬を遠ざけたがった。
近寄る牡馬が皆そのケツをタッチしたりケツをすりすりしたりケツをクンカクンカしたり、ジュニアをフルオッキしたり、目も当てられない惨状を繰り広げたのも大きい。
誰だって下半身ギンギンにされながら追いかけ回されたくはないだろう。
なにより牡馬に近寄らなければ俺もあっちも傷つかない、そうだよな? という圧倒的思慮深さ(笑)による判断でもある。
結局サンジェニュインが一緒に居ても平気だと思ったのは、鋼の意志でサンジェニュインにタッチしなかったカネヒキリただ1頭だった。
けどまあ1頭でも併走相手ができてよかった。
そう安心したのもつかの間、カネヒキリは3歳になって間もなくダート路線に切り替え、サンジェニュインと道を違えることになった。
これに焦ったのはサンジェニュインの管理調教師・本原だ。
自厩舎にサンジェニュインと併せられるレベルの馬はいない。かといってどこの馬とでも併せられるような
牝馬だと馬格の差で選びづらく、フケの件もあって相手から敬遠されてしまう。
牡馬だと前述の通りで無理。ダメ。ゼッタイ。サンジェニュインのケツが白くなるか胃に穴が空くかの二択だ。
そんなときに白羽の矢が立ったのがヴァーミリアンだった。
同世代の2歳中距離王者で、さらにはあのディープインパクトとも併せられるほどの能力! おまけに関係者が口を揃えて言う『大人しい』性格!
490kg前後の馬格は、サンジェニュインと競り合いになっても問題無い立派なものだった。
かくして2頭は2歳の暮れ、栗東トレーニングセンターの調教馬場で顔合わせをすることになった。
だが──……。
『「ボクは誰よりもかわいいです。かわいくてごめんなさい」と言え』
『ヒェ……』
『言え』
『ぼ、ぼくは誰よりもかわいいです、かわいくてごめんなさいぃ……!』
喜劇、いや悲劇であった。
本原も冷や汗ダッラダラになるほど近づいた2頭の鼻。
明らかに鼻息が荒いヴァーミリアンを目にして、人選ならぬ馬選間違えたかも、と呟いたとかどうとか。
ヴァーミリアンの担当厩務員も「どうしちまったんだ」と嘆くほど、常のヴァーミリアンとは何もかもが違った。
めちゃくちゃアツいじゃん。どこがって、鼻息がだよ言わせんな。
まさかこのタイミングでサンデーサイレンス由来の気性の荒さが、と周囲が訝しんでるとも知らず、ヴァーミリアンは目の前にサンジェニュインがいなければいつも通り大人しい馬のままだった。
やっぱりおかしいのはうちの仔かあ。本原の言葉に目黒が力強く頷くのを、本原厩舎の若手調教助手が見ていた。
ということで、サンジェニュインにとってのヴァーミリアンは性癖ヤクザの同期生だった。
種牡馬時代もサンジェニュインの息子を見て『お前そっくりじゃねえかよどうなってんだコレ可愛いの化身……?』とのたまってガン見してくる有様。
ガン見はよせよ俺の仔そういうのに慣れてねえんだわ、とサンジェニュインが止めるもギンギラギンに目ん玉をかっぴらいて見つめていた。
そんなヴァーミリアンに苦言を呈する者が1頭。
『全然似て無いだろ節穴か?』
サンジェニュインと放牧地をシェアハッピーする勝ち組・カネヒキリだ。
『ハ? お前こそ目ぇついてんのか? この白毛! この顔立ち! この乳臭え匂い! ザ・サンジェニュインの仔じゃねえか可愛いの極みじゃねえか』
『お前こそ目を洗え。サンジェニュイン以外はサンジェニュインじゃないんだ』
『お前の中には「似てる」っつー概念はねえのか赤毛野郎!!!! 表出ろや!!!!』
『楽園から出るわけないだろ常識的に考えて』
『 ── おいおいおい、俺挟んで喧嘩すんのやめねえか!?!? カネヒキリくんも煽んなよっていうか俺ともそれくらいの文章量で喋って!?!? ……目ぇ逸らすなや!!!!』
だいすきなトモダチには良い格好したい。
カネヒキリは硬派を気取るどこにでもいる思春期オッス味を覗かせながら引き下がった。
『……なんかあの白毛ってば俺様に顔似てない? 俺様とサンジェニュインの仔だったりしない?』
『おい下半身にぶら下がってるタマ忘れてんぞ』
『俺様が産むわけねえだろ』
『俺も産むわけねえんだが!?』
こういうやりとりを、カネヒキリが死んで、ヴァーミリアンが社来スタリオンステーションからホースパークへと引っ越すまでの間、戯れのように続けていた。
喧嘩だってごっこあそびで、じゃれあいの延長戦で、彼等なりのコミュニケーション。
しかしカネヒキリを喪ったサンジェニュインの落ち込み様は深く、引っ越し前夜のヴァーミリアンにある決心をさせるには十分だった。
翌朝。ホースパークへと向う馬運車の準備が進められている最中、サンジェニュインはスタッフに手綱を牽かれ、ヴァーミリアンの前に現われた。
種付けシーズンの本格化まであと1ヶ月。寒い1月の朝、サイレンスレーシングの勝負服を模した馬着に身を包み、見送りの列に加わったサンジェニュインをヴァーミリアンはすぐに見つけた。
積み込まれていく荷物の中には、今着ている馬着と同じものが入っている。サンジェニュインが言わない限り、ヴァーミリアンがそれを知ることはないだろうが、着るときが来たらこの日のことを思い出すだろう。
懐かしい勝負服を着こなした悪友が見送りに来た、この日を。
『……アイツには会ったのかよ』
『ディープか? さっき散々グルーミングしてやったわ。前にボリクリさん引っ越してだいぶ気落ちしてたがよ、他にもキンカメさんとか居るしなんとかなるだろ』
『めっちゃコミュ強だよなアイツ』
『知らんうちに仲間作ってるしな。だから、まあ、大丈夫だ』
じゃあお前は?
サンジェニュインは聞こうとして止めた。
どんな言葉が返ってきたとしても、サンジェニュインにはどうすることもできないからだ。
『元気でやれよ』
『お前もな』
『……向こうには俺の息子もいるから』
『えっマジかよおいおいテンション上がってきたなァ!!』
『すみませ~ん!! スタッフ~~!? ホースパーク行きキャンセルで!! 俺の息子がァ!!』
ぎゃあぎゃあ騒いでもやっぱり結果は変わらない。
馬運車の準備が整い、いよいよヴァーミリアンの手綱が引っ張られた。
それを見てサンジェニュインの目が凪ぐ。
別れには慣れたつもりになっていた。
なっていただけできっと慣れてはいなかったのだろう。
気づいたヴァーミリアンが乗り込みに抵抗し、サンジェニュインの前に立った。
『俺様、身体丈夫なんだよ』
特別デカい怪我を負ったことはなかった。
心房細動になったことはあったが、それも命に別状なく、それどころか復帰後からG1レースを勝利した。
頑丈さには自身がある。胸を張って答えた。
だから。
『俺様はお前より長生きする』
種牡馬を引退し、繋ぐ血がか細くなったことは悲しい。
早逝した父の跡を継いで伸ばした糸の行く先は、子供達の活躍に期待しよう。
しかしホースパークに引っ越すことで良いこともある。
最速を求めて走ることもない、血を繋ぐプレッシャーに圧されることもない。
ただ1頭の乗馬として穏やかに暮らす生活が待っているのなら、きっと今の生活よりもうんと長く生きられる。そんな確信がヴァーミリアンにはあった。
『
斯くしてこの約束は、2025年の10月。
サンジェニュインの老衰によって果たされることになる。
これまでサンジェニュインが交わしたあらゆる約束事の中で、唯一、叶ったものだった。
祭りが終わって宵闇が近づく。
満足そうなヴァーミリアンに、オレはディープインパクトと目配せをして駆け出した。
おいおいここでお前の誕生日が終わると思ったか?
「祭りってぇ……花火、必要ですよねぇ……!」
密かに手配した花火師が、春の夜空に花を咲かせた。
ワインレッドの、それはそれは見事な、大輪の花だった。
目を潤ませたヴァーミリアンをからかうことはしない。
おうぞんぶんに泣きな。あちょっとまていオレとディープインパクトの着物で鼻拭くな!!
結局最後までどんちゃん騒ぎのまま、オレらは笑ってその場で寝た。
そして翌朝。
模擬レース場の許可までは取ったが花火を打ち上げる許可を取り忘れていたオレたちは、こうして揃って正座し反省文を認めていた。
「わたしたちは無許可で花火を打ち上げた愚か者です」
「こんなことがないよう以後気をつけます」
10回くらい呪文のように唱えた後、オレたちは解放された。
だけどオレは脚が痺れて動かず、しばらく生徒会室で転がっていた。
ヒヒーン!!!!
それから時は流れた。
長かったオレとディープインパクトの引き継ぎも終わり、いよいよ学園から巣立つときが来た。
見送りに来たヴァーミリアンを見てオレが思うのは、ああ、あの日と逆だなあってこと。
でも、かわらないものもある。
「約束は守る女なのよ、わたくし」
悪戯っぽくそう言ったヴァーミリアンに、オレは思わず笑った。
「知ってるよ」
お前が思っている以上に、お前が自覚している以上に、オレは知ってるよ、ヴァーミリアン。
オレのこと追いかけ回すし、鼻タッチしてくるし、お嬢様プレイを強要してくるけど。
でも、お前がどんなにレースに対して真面目なのかを、夢を叶えるために努力してきたのかを、オレは知ってるんだ。
もうずっと、お前が生まれるよりもずっと、馬の頃から。
だってお前だけが守ってくれたじゃんか。オレのわがままな願いを、あの冬の日の誓いを。
「お前が約束だって言ったなら、そうなるんだろ」
疑問はもはやない。
お前は有言実行だから。
2025年より後のお前をオレは、俺も知らないけど。
長生きをしてくれたんだろう。ホースパークで、たくさんの馬に人に囲まれて。
お前に記憶がなくったってどうでもいい。重要なのはそこじゃなくて、お前の魂がすでに証明した。
その果てに今がある。オレと、お前がいる。
「さようならは言わないでおく」
どうせ近いうちに会うなら、またね、の方が良いと思った。
それはきっと間違いじゃないし、泣きじゃくるような声で笑ったヴァーミリアンが、そうだと言っていた。
「オーホッホッホ──ッ!! わたくしが!! 来ましたわぁ!!」
「ま〜たうるさくなるよ〜……もぉ〜……」
「とか言っちゃって、いいじゃないスか、これぞ自分らって感じっスよ。しっくり来たっス」
「カネヒキリくんがまだついてないでしょ〜が!!」
ヒィン!!!!
ヴァーミリアンさん本当に長生きしてくれ(懇願)
第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)
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エアグルーヴ
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ハルウララ
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ウオッカ
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カレンチャン
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海外牝馬組