美貌バいろいろ   作:SunGenuin(佐藤)

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【引退後】2006年お仕事チャレンジ

 時は2006年。

 黒と白。衝撃と太陽。

 凱旋門賞馬サンジェニュインと、秋古馬二冠のディープインパクトが脚並を揃えたラストラン、有馬記念。

 十数万人の観客が押し寄せたその大舞台でワンツーフィニッシュを決めた二頭は、今、北海道・安平(あびら)町にある社来スタリオンステーションにて、種牡馬として第二の馬生を歩もうとしていた。

 

── 社来スタリオンステーション・サンジェニュイン専用厩舎 ──

 

『ほあ〜、なんもすることなくて暇すぎる……もう空眺めるのも飽きたぞ』

 

 ……あ、どうもサンジェニュインです。誰に説明してるわけでもないけど、引退しました。

 この間の有馬記念を最後に現役生活を終え、第二の人生、もとい馬生を送る予定となっている【社来スタリオンステーション】に到着したのは数日前。

 どこからその金が出てるのかは知らんけど、何故か俺専用の厩舎まで建てられてて、感謝感激の前にびっくりして白目剥いたのは秘密。

 やたら大きくて豪華な厩舎なんだけど、俺一頭ぼっちという、本原厩舎にいた頃と大して環境変わらんな!

 ここまで付き添ってくれた目黒さん曰く『オイルマネー』らしいんだが、俺はいつの間に油田を……いや、深く考えるのはやめよう。

 ともかく、ここで俺は種牡馬としての新しい一歩を踏み出すことになったのである。

 実家である陽来(あききた)にも近いらしく、つい一昨日もタカハルたちが会いにきてくれてハッピー。

 俺の第二の馬生は結構いい感じに始まったのでは? 世話してくれるヒトたちも優しいし……あ、ちなみにディープインパクトも厩舎は違うけどスタリオンは一緒です。

 っていうか放牧地も隣です。ドウシテ……?

 

「サンジェ、お邪魔するで」

 

 邪魔するなら帰ってや、というのは冗談で。

 俺の馬房に入ってきた角刈りの頭に吊り上がった目の男。

 このスタリオンで俺の世話をしてくれるスタッフは複数人いるのだが、こいつはその中でも中心的なスタッフで、陽来(あききた)で言えばタカハル、本原厩舎で言えば目黒さん的な立ち位置。

 名は目黒リキ。苗字でお察しの通り、先出した俺の本原厩舎時代の担当厩務員・目黒さんの甥っ子である。

 ……全然似てないやんけ!

 

「サンジェ、寝藁交換するで。ちょっと移動しよか」

 

 その一言でサクッと隣の空き馬房に移される。鮮やかな手口ィ!

 俺が住んでいる厩舎はめちゃめちゃ広くて馬房もたくさんあるのだが、俺一頭しかいないため空き馬房ばっかり。

 なので、こうしてメインの馬房を掃除している時は、隣の空き馬房に移されたりする。部屋も使ってないと劣化するしな、とはリキの言葉。

 でもマジでこの広さは無駄では? と思っているのだが、聞いた話では、将来的にここは俺の子供たちも使うことになるらしい。

 まあそれも俺が種牡馬として成功したらって話みたいだけど。

 成功しなかったら無駄な出費であることに変わりはないので、死ぬ気で成功しないとあかんパターンやんけ! と気づいちゃったが一旦スルーします。

 成功するつもりではあるけど、俺に期待しすぎなんだよ。

 もしも成功しなかった場合、俺は一体全体どうなっちゃうんだろうな、と思いつつ、俺はそこから首を伸ばしてリキを見た。

 リキはイカつい見た目とちょっと胡散臭い関西弁のせいでチャラく感じるが、根は馬好きのいいやつなのである。

 って言うか俺の担当になるスタッフ、目黒さん以外チャラいヤツ多くない? 多いとは言っても俺の世話してくれた人間とか片手で足りるレベルだけど。

 その人数の半数以上がチャラい。タカハルも派手な髪のチャラ男だったし……いや根は馬思いの良いヤツなんだけどね!

 

「ふー……あー、あとちょっと年が明けるなあ。明けたらお前も五歳やで」

 

 あれ、もうそんなに経つ? って思ったけど、俺がここに来たのって十二月下旬のことだからまあ……実際はまだ数日ちょっとなんだけど、馬体検査したり何やらで忙しかったからな。

 もう数年くらいはここにいたような気がしてる。いやちょっと盛ったわ。二週間くらいはいた感覚でした、はい。

 でもあれだな、もうすぐ五歳って言われても実感わかないわ。人間だったらまだ幼稚園児だからねこの年齢。

 あー、けどそういや前に目黒さんが『馬は一歳で人間の三歳から四歳くらい』って言ってたような気がする。

 だとしたら五歳になったら人間換算で十五歳から二十歳くらいってことか? ……大人やん! 四歳になった時から大人のつもりでいたけど、人間年齢に換算するとますます大人やんって気になるな。

 っていうか、三歳の場合だと九歳から十二歳くらいってこと? 思春期やん!

 俺がやたら追いかけ回されたりハァハァされてたのも全部思春期だから、ってコト……!?

 なんかちょっと納得しちゃった。馬の四歳も十二歳から十六歳くらいで全然思春期だわ。全部思春期にありがちな気の迷いだとすると、ここにいるのは全頭が人間換算で十分な大人ってことになるしもう追いかけ回されなくなるのでは?

 そう考えたら現役時代よりも随分楽に過ごせるかも……ん? 俺が現役だった時にハーツクライさんも五歳……いや考えるのはやめよ。

 

「しっかしお前、本当に適応能力高いなあ。すぐ他のスタッフに慣れるやん。叔父貴はなんや『神経質で繊細な馬やらか気ぃつけや』とか言うてたけど、なんも問題ないな。もうちょい手の掛かる馬かと思てたわ。それとも単純に肝が据わってるだけか、鈍感なんか」

 

 鈍感ってお前、失礼なやつだな!

 せめて器が大きいとか、どっしり構えてるとか、堂々としてるとか言い方あるやろがい!

 それに目黒さんが言う通りで俺はとっても神経質で繊細な馬であってるし。近くに牡馬がいるかもと思うだけでムズムズすんだよな。

 もう今すぐ逃げ出したいって気持ちになる。全て蹴っ飛ばして逃げたくなる。……な? とっても神経質で繊細だろ?

 

「んー、馬は群れる生き物なんに、ひとりぼっちの厩舎でもピンピンしとるしなあ……やっぱり鈍感か、自分を人間と思てるとか……」

 

 ヒトのみなさんがご存じないのは当然なんだが、こちとら元だとしても人間だったんで。

 あとシンプルにぼっち歴が長いからだ。舐めんな。こちとら産まれた頃から一頭ぼっちの生活やぞ! でも寂しくないかと言われたら寂しいです。

 カネヒキリくんはよ種牡馬入りして!

 

「おし、終わった。ほれ、戻り」

 

 アイアイ。……お、寝藁新しいやつじゃん!

 全部取り替えたのか。もうすぐ新年だしな、新しいのもいいな、うん。

 新しい寝藁は食おうと思えば食えるのがいいところだよな。やっぱ新鮮な青草の方が美味いのは言うまでもないんだけど、寝藁には寝藁なりの味の良さがあると思うんだよな。

 ……なんかここ数年で俺、すっかり馬らしくなったな。ここは開き直って馬グルメレポーターとしての道を歩むべきかもしれん。

 カネヒキリくんが種牡馬入りした時のことも考えて、今のうちに美味い寝藁の食い方とか研究するか。暇だし。

 

「……お、年明けや。かーっ、去年も厩舎で年越し、今年も厩舎で年明けって」

 

 それはブラックすぎ!? 流石の前世の俺も年末年始は……働いてたわ、うん。そういう仕事もあるよね。うん。

 俺たち馬も生き物だし、年末年始だけ馬だけで暮らしてくれ、とかできないし。

 俺たちの生活は人間たちの年末年始の屍の上にあるんだなって。でもそれはそれ、これはこれ。なんとか働き方改革してもろて。

 

「あ~、サンジェ〜……あけましておめでとう。今年からは種牡馬としてがんばろうなあ」

 

 おうよリキ! 俺も血を残さないといけないし、仕事は真面目にやるんで。夜露死苦ゥ!

 

「ワハハ、年明けから喧しいなあ。ほな、飼い葉もぎょーさん食って、はよ寝や〜」

 

 喧しいは余計だわ! もう飼い葉食べて寝ます、おやすみ!

 

 

 

 

 

 

  ──────────────……て!

 

 ……ん?

 

  ──────────……ン、起きて!

 

 なに? なんか聞こえるような……。

 

  ──────……ェニュイン、起きて!

 

 

『サンジェニュイン!』

『ヴァッ!? ダレェッ……て、クロフネさん?』

 

 目が覚めたら謎空間でした。……ここどこォ!?

 

『どこって、草原だよ』

 

 いやそんな常識みたいな声色で言われましても。わからんて。

 草原という言葉まではわかるけど、俺さっきまで厩舎にいたはずなんですよクロフネさぁん!

 しかも真夜中だったじゃん。なのにココ、真昼間。ホワイジャパニーズホース!?

 混乱しまくりの俺をよそに、クロフネさん ── 社来スタリオンステーションの先輩種牡馬であるクロフネさんはのほほんとした表情で『大丈夫、大丈夫』と繰り返した。

 

『仕組みは私にもわからないんだけどねえ、しばらくしたら元の部屋に戻るから』

 

 三歳の夏に体験したあの栗毛のおばけと言い、この世界はファンタジーもありなのかよ。

そのうち人馬が話し出しても違和感ない世界になりそうじゃないか? ん? 目黒さん……いやこの話はやめよう。やめたほうが精神的に良い気がする。

 

『サンジェニュイン、起きたのか』

『ハーツクライさん! ディープインパクトも……二頭もこっちに来てたんですね』

『ああ。寝ていたはずなのだが、起きたらここに』

『俺もです。……ってオイ! ディープインパクト! さりげなくケツタッチすな! やめろって、やめ、や……ヒィン!』

 

 どうやら二頭とも同じ状況らしい。

 あたりを見回すと、俺たち以外にも十数頭の馬がいるようだ。だだっ広い草原のあちらこちらに馬がいるのが見えた。

 社来スタリオンステーションの全頭がここに集まっているのだろうか。そうだとしてもおかしくない頭数がいそう。

 俺はディープインパクトに引っ付かれてヒンヒン言いながらも、内心は見知った顔がいることに安心していた。

 クロフネさんとも顔見知りではあるのだが、ハーツクライさんとディープインパクトの方が付き合いは長い。安心感も段違いである。

 ただしケツタッチ、てめーはだめだ。

 ちょっとだけ落ち着きを取り戻した俺は、再度あたりを見回した。

 馬という生物は基本的に群れる生き物らしい。

 だからこのだだっ広い草原にも、一塊になっている馬たちがいた。その塊を凝視していると、中心部分から一頭の馬が出てくる。

 その見覚えのある顔に、俺は『あっ』と声をあげた。それに釣られるようにディープインパクトたちの視線もその馬に向く。

 

『ハーツクライにディープインパクト、サンジェニュイン。こっちに来るのは初めてだったよね? びっくりした?』

 

 風に吹かれる青鹿毛が艶めいて見える、この馬の名はフジキセキさん。

 ウマ娘ユーザーにはお馴染みの栗東寮の寮長であり、身長168センチ、体重増減なし、スリーサイズは上から84、58、82の王子様系エンターテイナーウマ娘。

 タキシード風の衣装でありながら大胆にもオープンにされた胸元にときめかなかったトレーナーはいないと噂のフジキセキ寮長。

 の、モチーフ馬である。

 そんでカネヒキリくんのパッパでもある。

 ……エエエエ!? フジキセキ!? フジキセキナンデェ!?

 と初めて会ったときに失神しかけたことが昨日のことのように思い出される。

 さすがマイフェイバリットフレンズ・カネヒキリくんのパッパ。

 圧倒的イケメンホースなのだが、実際に対面したことで【ウマ娘のフジキセキ】よりも【カネヒキリくんの父】の印象が勝ってしまい、もう寮長のことを健全な目でしか見れなくなった。

 いやそれが正しいんだけども。健全であるべきなんだけども。胸にときめいていた俺はもういないんや……!

 

『フジキセキさん、ここってどこなんすか? ……クロフネさんはしばらくしたら元の部屋に戻れるって言ってましたけど』

『んー、ここがどこなのかは僕もわからないんだよなぁ。ただ僕が初めてここに来た時からこの場所はあったし、父さんの代からあったって噂があってね。しばらくしたら戻れるのも本当だから。まあ稀に戻ってこない馬もいるらしいけど、そんなに心配しなくても大丈夫』

 

 大丈夫要素があんまり感じられないのだが? ニコッとした微笑みさえ別の意味に感じるわ。

 ところでフジキセキさんのお父さんは俺と同じサンデーサイレンス。

 でも誕生年がいつとか、種牡馬入りした年がいつなのかは知らない。

 が、確実に2000年より前だろうから、この場所も相当年季が入っているに違いない。

 

『まあ、フジさんもサンジェニュインも細かいことは気にしなくても良いんじゃない? なんだかんだで俺たち、無事だからなあ』

『そうだねえ。ここで何かが起きるわけではないし、普段話す機会のない仲間と話せる良い草原だよ。あ、でも前に父さんが……』

『やめたほうが良いよフジさん! マックさんはもういないけど、教えたことバレたら怒られる!』

 

 フジキセキさんと、ひょっこりと顔出して会話に混ざってきたキングカメハメハさん。

 この二頭の会話を聞くに、ここでは本当に馬たちは話したりするだけらしい。

 俺らの父であるサンデーサイレンスが何かをやらかしたっぽいが、クロフネさんは焦ったようにそれを止めた。

 キングカメハメハさんがガハハと笑ってる。イカつい名前に反してのんびりした性格のお馬さんだ。

 余談だがこのひと、じゃなくてこの馬。あのKGVI&QESの後にハーツクライさんが言っていた『帰ってこなかった馬』である。

 前に目黒さんから聞いたけど、キングカメハメハさんは2004年の日本ダービー覇者。

 天皇賞・秋を目前にして屈腱炎を発症してしまい引退したらしい。

 ハーツクライさんとは同世代なのだが、俺とディープインパクトがクラシックシーズンを迎えていた2005年にはここ、社来スタリオンステーションで種牡馬入り。現在に至る、と。

 クロフネさんはキングカメハメハさんよりも上の世代で、こちらは芝とダートどっちでもG1レースを勝ち上がったつよつよウッマ。

 穏やかそうな物腰だけど、現役時代はかなりブイブイ言わせていたとかなんとか。こっちも怪我で引退して種牡馬入りしたんだそう。

 スタリオンに来てまだ日が浅い俺だけど、先輩たちは濃い性格の割にはかなり面倒見がよくていろいろと良くしてくれる。

 厩舎ではぼっちなので、放牧に出される時に時々話したりするのが楽しみの一つだ。

 文句があるとすればたまに俺のケツをガン見してくることくらい。そんで現在進行形である。

 

『……クロフネさん、ケツあちいです』

『ああ、ごめんね。ついつい見ちゃって。春も近いからねえ』

 

 春関係あるか? と思ったけど、春は牝馬が発情する季節とかどうとか前に目黒さんが言ってた気がする。

 それにつられて牡馬も発情期を迎えるとかどうとか。

 そういや現役時代、シーザリオちゃんが発情期? だったのに気づかなくて、それを伝えたら無言で尻尾使って叩かれたんだよな。ケツをバッシーン叩かれてビビった記憶がある。

 前にそのエピソードを話したらラインクラフトちゃんにも『うわあ……』ってドン引きしたような声で言われて落ち込んだことまで思い出したわ。

 発情期に気づかないのはなかなかデリカシーのない行動だったらしい。

 すまねえシーザリオちゃん。今度会う機会があったら謝るからな……! でも今は自分の身を守ることを優先させてくれ!

 

『キングカメハメハさん、鬣噛もうとするのやめてください。ハーツクライさんも対抗しないで! このままじゃハゲちゃう~~!』

 

 頭を振って二頭に抗議すると、まずキングカメハメハさんが離れてくれた。ハーツクライさんは結構渋った。

 

『いやあ、ついつい』

『私もついつい』

 

 キングカメハメハさんはともかくハーツクライさんはもうワザとだろ。

 現役時代から俺の鬣食ってたでしょハーツクライさんは。ディープインパクトも俺から離れないし。

 種牡馬入りしたらもうちょい落ち着くのかな、と思ったら全然現役時代と変わらねえじゃねえか。

 

『あははは、春だねえ。春だと牡馬だろうがなんだろうが気になるからねえ』

『笑い事じゃないっすよフジキセキさぁん……!』

 

 これは春夏秋冬を問わずの光景でして……とフジキセキさんに訂正する気力もねえ。

 

『そうだ、春と言えば。みんな、もう仕事は始まったのかい?』

『いや? 俺はまだだよ。フジさんはもうやってるのかい? フネさんもまだだろう?』

『うん。感覚的にはもうちょっと後かな、って思ってるよ。少し暖かくなってからじゃない?』

 

 何の話だろう、と首をかしげていると、ハーツクライさんが『繁殖のことか?』と呟いた。

 繁殖。そうか、そうだな。俺たち種牡馬の仕事は血を残すこと。

 つまりフジキセキさんたちが言っている【仕事】っていうのは、繁殖は始まったのかということだろう。

 

『三頭は仕事するの初めてなんだよね? 大丈夫、最初に相手してくれる牝馬はとても優しいから。きっと上手くいくさ』

 

 にこやかに言うフジキセキさんだけど、そうは言っても不安なんだよなあ。

 こちとら元人間やぞ。馬とアーッなことができるのか想像もできない。そもそも方法がわからない。

 牝馬と部屋でふたりっきりにされても雰囲気を作れる自信がねえよお。

 血を残さなきゃ! という思いだけは人一倍、いや馬一倍あるのだが、如何せんやり方わからなくて……ぶっちゃけフジキセキさんたちに聞いて回りたいレベルだが、繁殖のやり方教えてください! とか真正面から言える自信ないんだわ。

 でもな~! 知らないままでいるわけにはいかないしなあ。

 

『どうしたんだい、サンジェニュイン、不安そうな顔をして』

『……あー、そのぉ、笑わないで聞いてほしいんですけど』

『何を言われたって笑ったりしないよ。だから言ってごらん』

 

 さすが栗東寮の寮長、のモチーフ馬・フジキセキさん。

 めちゃくちゃ安心感のある声色に、俺は勇気を出して言ってみることにした。

 

 繁殖ってどうやってヤるんですか、と。

 

『ウエッ、ゴホッ!ゴホゴホッ』

『アイエエ!? ディープインパクト!? ちょっ、おま、お前大丈夫か!?』

『ゴホゴホッ』

『うーん、繁殖の仕方かあ。ちょっと意外な質問だったなあ……どうやって答えようかなあ……』

 

 いやそんなことよりディープインパクトが……俺が聞いておいてなんですけどそんなことよりディープインパクトが!?

 マイペースに青草を食い始めてたディープインパクトが勢いよく咽てるので、どっかに水桶ありません?

 コイツが青草吐いてる姿なんて見たくなかったぞ……!

 

『案ずるなサンジェニュイン。ディープインパクトは無問題だ』

『どう見ても無問題じゃなくないですか……? 感覚バグ……?』

『無問題だ。ディープインパクトは単純に驚いてこの様なことになっているだけなのだから』

 

 驚いて? 何に? と俺が訝しんでいると、ハーツクライさんはなんてことないように続けた。

 

『お前の口から【繁殖】という言葉が出るとは思わなかったのだろう』

 

 こ、コイツ、そんなに初心だったのか、と思ったら、俺がそれを口にするより先にキングカメハメハさんがウンウンと頷いた。

 

『ハーツクライや他の馬が言うならともかく、可愛らしい、無垢そうな馬から【繁殖】って言葉が出たら俺でも驚くよ。君は【繁殖】という言葉の意味も分からずに首を傾げてそうな馬だし』

 

 とんでもねえ無知野郎だと思われてる、ってコト……!?

 そりゃあ俺は馬の常識にはそんなに詳しくないけど、種牡馬入りしている以上繁殖くらいは知ってますんで。

 知らないのはヤり方だけです。だから聞いてるんだよヤり方を。

 もういいや、ディープインパクトはこれ大丈夫だわ、ウン。

 

『でも繁殖の仕方が分からないって、大丈夫だと思うけどなあ』

『そうすか? ぶっつけ本番で成功する自信が一切ないんですけど……』

 

 現役時代、発情期のシーザリオちゃんを完全スルーした前科があるので。

 最悪の場合【おいコイツ不能だわ、種牡馬廃業やな】って言われそうで怖いんだよ。

 自分の血を残すぞ~! と言った手前で廃業だけは……どうにかして仕事のヤり方を覚えないと!

 ヤる気、じゃなくてやる気に満ちた俺に、クロフネさんがニッコリと笑った。

 

『繁殖なんて、配合相手の牡馬に身を任せれば大丈夫だよ』

『ああ、なるほど~! ……っていや俺も牡馬なんですけど!? ちょっ、今気づいたって反応やめてくださいよ! ついさっき【最初に相手してくれる牝馬はとても優しい】とかフジキセキさんが言ってたじゃないっすか!』

 

 俺だけ牝馬なわけないだろこのメンツでよお!

 ニヤニヤしてるから揶揄ってんなあ!

 

『ごめんごめん』

『サンジェニュイン、顔可愛いからなあ』

『うんうん。僕も初めて見た時は【あれ? 新しく来る馬の中に牝馬が?】って思ったよ』

『フジさんも? まあよく考えたら、こんなに可愛くて牝馬なわけがあるか、って話だよねえ』

 

 逆だ逆! こんなに可愛かったら牝馬だろ!

 ……ちげえや! 俺は牡馬、牡馬です!

 もうダメ、混乱してきた。この話はやめよう。もう忘れてください。繁殖は自分でどうにかするわ。

 

『ははは、ごめんって。繁殖について聞かれるなんて想像してなかったから、つい。それに僕らって基本、できるかできないかを考えることってないからね』

『……そうなんすか?』

 

 ちらりとクロフネさんを見ると、ウンウンと頷いた。

 

『牝馬と出会えば自ずと方法が浮かんでくるからねえ。やる前から考えたことはないな。ディープインパクトやハーツクライもそうなんじゃないかな?』

『そうだな。相手の牝馬がどのような馬かは少し気になるが。その時が来れば役割を果たせるだろうと思っている』

 

 ディープインパクトもハーツクライさんに同意するように頭を振ったので、俺は内心頭を抱えた。

 そうか、馬的には繁殖方法は本能でわかるもの。そもそも考えるとかの次元ではない。

 なるほどね。そりゃそうだわ。

 人間みたいに快楽を追求することだってないし、子孫を残すためだけのものだった。

 こうなったら俺もぶっつけ本番しかない。成功する気がしないが、本能に身を任せるしか……!

 

『それに、わからないなあ、って思っても大丈夫だよ。同じ部屋に人間いるからね』

『エッ!? ヒトも一緒なんですか!?』

『そりゃそうだよ。本当に仕事したのか、人間も気になるだろうからね』

『でもちょっと気が散るよな。相性の良い牝馬ともう一回仕事しようとしたら邪魔されることあるし』

 

 それわかる、人間たまには部屋から出て二頭だけにしてほしい、とフジキセキさんたちが【種牡馬あるある】みたいな話で盛り上がり始めたが、俺はそれどころではない。

 エッ、ヒトも同じ部屋って、つまり監視されながら仕事するってことで。

 つまり、丸見えってことじゃんね? き、気まずすぎる!

 でも言われてみりゃそうだ。本当に仕事したのか確認するのもヒトの仕事だもんな。

 仕事やったフリで実はやってなかった、とかだとまずいもんな、いろんな意味で。

 

『それにしても、繁殖についてこんなに話題にしたの久しぶりだなあ』

『前に話題になったのっていつだっけ?』

『前は……ああほら、彼だよ、彼。あの、栗毛の小柄な牝馬としか繁殖したくないって言ってた』

『誰?』

『あー、あの馬かあ。ほら、流星のない栗毛の牝馬が好きな彼。そう言えば今回はいないね?』

『彼か! 彼ならこの間、なんかたくさんの人間たちに囲まれてたよ。彼、好みが強すぎてなかなか仕事したがらなかったからねえ』

『人間を困らせるとは……けしからん牡馬がいたものだな』

 

 最後、真面目な顔で言ってるけどハーツクライさん、自分が厩舎で厩務員の頭に噛みついてたこと忘れてんのかな。

 でもとんでもない牡馬なのはちょっと同意しちゃった。

 流星がない、栗毛で、小柄な牝馬。

 好み、いやここは敢えて性癖と呼ぼう。

 性癖がコレ! で固まってる牡馬もいるんだ。

 人間で例えると、メッシュとか入ってない栗毛の小柄な女の子が好きってことだよな。

 脳内にロリなんちゃらって言葉が浮かんだけどきっと違う、違うな。

 その馬も馬でさえなければよかったんだろうけど、血を繋ぐのが生業だからヒトは困ってるんだろうなあ。

 でもそんだけ性癖がハッキリしてんなら、俺の姿を見てもどうにもならないのでは?

 俺、白毛だし。なんならカネヒキリくんの方が性癖に近いまである。

 流星あるし大柄だし牡馬だけど。栗毛ってところしか合致してないけど。

 でも白毛で大柄で牡馬な俺ならなおさら性癖には響かないわけで。今日は来てないみたいだけど、会える機会あったら話とかしてみたいな。

 

『彼に栗毛以外の牝馬をすすめてみたり、いろいろ話し合ったこともあったなあ。全然改善しなかったけど』

『あそこまでいくといっそアッパレだよねえ』

『迷える同胞を助けるのもこの集まりの役割みたいなものだけど、あればっかりはね。あ、遅くなってしまったけどサンジェニュイン』

 

 ん? なんすかフジキセキさん。

 

『繁殖の方法。自分のやり方を思い出したのだけど、すごく簡単だから、きっと初めてでも大丈夫だよ。いいかい? まずは牝馬に乗っかって、位置を調整して、本能に身を任せる。これだけだよ!』

『結構ざっくりだ……!』

 

 俺の本能が不能だった時のことを考えると胃が痛いけど、もう身を任せるしかない。

 俺には好みという好みがないし、っていうかそもそも未だに牝馬をそういう対象にしたことないんで、ハイ、もうその場の勢いで押し切ろうと思います。

 大丈夫、俺にはキッリューイン、ハッピーミークから獲得した人権スキル【鋼の意思】がある。絶対に血を繋いで見せるんだから!

 次回、俺、初仕事が成功する! デュエルスタンバイ!

 

『あ、なんだか眠くなってきた。どうやらもうそろそろ戻るみたいだね。今回は長いようで短かったなあ。それじゃあみんな、また次、会おうね』

 

 眠たそうな目でフジキセキさんが言う。

 俺は、エッ早い、もうちょい聞きたいことが、と思いながら、強烈な睡魔に襲われて目を瞬かせる。

 意識が落ちる寸前、フジキセキさんは俺を見ながら小さく微笑んでいた、ような気がする。

 その表情にはなんだか見覚えがあるような気がしたけど、どこだっけ、どこで見たんだっけ、とウトウトしながら考えていたら、元の部屋に戻っていた。

 

 目が覚めて、それがスタリオンに来てからずっと過ごしている場所だと理解すると、さっきのは夢だったんじゃないか、と思い始めたけど、濃すぎる記憶がそれを否定する。

 あんなのが初夢でたまるか。現実だったほうがまだ受け入れられる。そう思いつつ、俺は補充されていた水を飲んだ。

 初仕事まで残り1か月ちょい。

 一抹の不安を抱えながらも、俺は、来るその日に向けて、小さく決意を固めるのだった。

 

 

  ── 1か月後 ──

 

 

『無理だった……ひぃん……!』

 

 こちらサンジェニュイン。

 今、森の近くにいるの。

 

「サンー! サンジェ、どこだ……!?」

「見失った……! おい誰だよ馬着まで白にしたのは!」

「知らん! だいたい場長だろアレ用意したの。っていうか種付けするのに馬着を着せるヤツがあるか!」

「仕方ないだろ、そのまんまで連れて行こうとしたら動かないんだから。そもそもちゃんと手綱握っとけよ!」

「おい、言い争ってる場合か! 早くサンジェニュインを見つけるぞ! これでもしどっかで怪我してたらシャレにならん!」

 

 ドタバタと厩務員たちが俺の真横を通り過ぎて行った。

 北海道はまだ雪が積もっていて、雪と雪の間に挟まる俺は迷彩よろしく見えなかったようだ。

 焦ったようにあっちこっちを探している厩務員たちに申し訳なくなる。そもそも逃げ出した俺が悪いのでね。

 本当はとっとと姿を見せて安心させたいのだが、今ここで姿を見せたらもっかい連れてかれそうで……どこにって、繁殖部屋だよ!

 そうです、本当は今日が初めて仕事する日でした。

 でも寒いからってすぐ脱げるタイプの馬着を着せてもらい、とっとこと繁殖用の部屋まで連れて行ってもらった。

 部屋に入るまではちゃんと仕事する気あったんだぞ?

 本能に身を委ねるつもりだったんだけど、委ねる本能がそもそも反応しないという致命的バグで……あとは発情期でピリピリしてる牝馬が怖くて逃げました。

 本当にごめんなさい。

 

「ん……? なあ、あそこちょっとピンク色じゃね?」

「どこ……あ、ほんとだ、ピンクだわ。アレ、サンジェニュインの鼻先じゃないか? よく見ると……シルエットも馬っぽい。サンジェニュインだわアレ」

「よし行くぞ! 慎重に、慎重にな!」

 

 あ、見つかった。

 り、リキ、逃げ出したのは悪かったと思ってる。

 仕事を放りだすなん種牡馬としてなってないのも理解してる。

 でもごめん、今日の仕事は勘弁してくれないか? 俺のムスッコも起き上がる気配がないんだ。

 これは絶対仕事できない。

 本当にすまんと思ってる……!

 

「おとなしい馬だって聞いてたけど、まさか逃げるとはなあ」

「サンジェ、今日は気分じゃなかったんか? 場長は別の日にする、言うてたから、今日はほら、馬房に戻ろうな」

 

 ウッウッ、ごめんなリキ。

 次は、次こそは……!

 

「別の日って、いつになるんだ?」

「場長は一週間後や言うてた。繁殖機能があるかどうか検査もするから、って」

 

 リキの言葉に、俺は申し訳なくなって泣いた。

 一週間も延期させて申し訳ねえ。検査だってきっとタダじゃないだろうに。

 本当にすまん。来週こそはちゃんと仕事するからな!

 俺は新たな決意を胸に、ヒンヒン泣きながら馬房に戻った。

 

 

 

 

 それから数日後のある日。

 

「ブモモッ! ブモッ、ブヒーンッ!」

 

「すごい! あのウォーエンブレムが鹿毛の牝馬に種付けしてる!」

「嫌々じゃなくてちゃんと精力的にこなしてる……!? なんだろう、なんか涙が……」

「初年度から面倒見てた厩務員、これ感動ものだろうな……ウォーエンブレムがサンジェニュインをガン見してることを除けばだが」

 

 初仕事の再チャレンジ前日。俺はリキに連れられてある牡馬の繁殖現場にお邪魔していた。

 どうしてそうなったのかと言うと、俺が逃げ出したのをリキが目黒さんに密告したからである。

 目黒さんが『繁殖のイメージができてないのでは』と言い出したことで、俺の予定日の前日に仕事がある牡馬を見学しに来たわけだ。

 厩務員たちの囁きを聞くに、その牡馬が前にフジキセキさんたちが言っていた『流星のない栗毛の小柄な牝馬』としか仕事したくない馬だったらしい。

 それなら俺はその性癖にまったく当てはまらないし、見学しても何も起きないよな、と思った前日の俺を殴りたい。

 起きてます。バリバリに起きてます。

 性癖が性癖ゆえに俺に反応しないと思ってた馬── ウォーエンブレムさんは俺を見た瞬間にムスッコがハッスル!

 厩務員が言う通り、俺をガン見しながら励んでいる。

 

「サンジェニュイン様様、だなあ」

 

 しんみりとそう言いながら涙ぐむ厩務員。

 俺は結局まる一日ウォーエンブレムさんの仕事を見学し、ウォーエンブレムさんは予定されていた仕事すべてをやりきった。

 人馬ともに満足気な顔をしていた。俺を除いて。

 

 その翌日。

 前日のショッキング体験が活きたのか、俺もなんとか初仕事をクリア。

 リキをはじめ厩務員たちにエライと褒められたが、ほぼ無心だったので何をどうやったのか記憶はなかった。

 ただその日から自動的に仕事ができるようになったので、きっとこれでヨシ、なのだろう。

 ウン、きっとそうだ。コレでヨシ!

 

 ……ヒィン!

第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)

  • エアグルーヴ
  • ハルウララ
  • ウオッカ
  • カレンチャン
  • 海外牝馬組
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