ここまでのあらすじ!
俺はしがない転生サラブレッド!
前世は流行病で職を失った借金持ちで過労の末に死んだよ!
死の間際にクソ親父を誑かした馬を殴っとけばよかったぜ、と思ったのが運の尽き!
どう見ても邪神としか思えない神の仕業によって、やたら牡馬にモテるというバッドコンディションにさせられちゃった!
このままじゃ童貞卒業の前に失っちゃいけないものを失っちゃう! これからどうなっちゃうの〜!?
■
はい。ということで転生して一年が経ちました。
時は2003年。マジで時間の流れ早すぎてキレそう!!
「マイサン、行儀よく、行儀よくな」
わあってるよタクミ! 心配すんな、これでも中身は人なんでな……ちゃんとアッピル! する必要があるってのはわかってるから。
俺としてもココ ── 【1歳セレクトセール】で買ってもらう必要があるわけだし。
買い手が見つからなかったら一体全体どうなっちゃうのかはわからなかったんだけど、でもタクミやタカハルの雰囲気的に見つからないとヤバそうなのでな!
就活に挑む気持ちで頑張るわ。
ということでこちら、1歳セレクトセールの会場です。
俺の同世代の馬たちの多くは、この1年前の2002年7月8日と9日に開催された当歳馬 ── 同年生まれた馬を対象とした【当歳馬セレクトセール】に出てるんだけど、俺はそれが開催される1週間前に爆誕したので参加できず。セレクトセール的にはこれがほぼラストチャンスなのでは? と思いつつ挑んでいる。
タクミたちが言うには、俺は白毛の牡馬で珍しいから、個人馬主が来なくてもクラブが買ってくれる可能性の方が高いらしい。
母馬はサラブレッドだけど競走馬としては走っていない、いわゆる未出走馬ってことでイマイチという評価だけど、母馬の姉が大レースに勝った馬を出したとかで、それと同じ血統構成になる俺はそこそこ需要があるとかなんとか。
とはいえ高額にはならないだろうけど、安いなりに馬主歴の浅い人とかに購入してもらえたら御の字だなって言ってた。
ちなみに誰も買ってくれなかった場合は、主取りと言って牧場に出戻りってことになるらしい。
そうなったとしてもなんとかしてやるからな、とタクミは言ってくれたけど、できれば優しい馬主に引き取られたいもんだぜ。
その方がタカハルやタクミたちは安心するだろうしな!
俺が気合を入れている間に、セレクトセールが始まってから数時間が経った。
他の馬たちが順々に呼ばれていくのを数十頭ほど見送った後、とうとう俺の番がやってきたようだ。
タクミに連れられてセリ場所に出ると、思ったよりも広いなあという印象。
それでも普段遊んでるとこより小さなサークルっぽいところで、前のほうにはたくさんのヒトたちが並んでいた。
このヒトたちが馬主なんだろう。
俺の一個前のやつは2000万円からスタートしてあっという間に7000万円まで上がったのを聞いて、ここにいるのは全員桁違いの金持ちなんだなあ、と理解した。
「ふぅ……マイサン、しっかりな」
タクミにぐいっと手綱をひかれ、ポージングを取る。
こういう時の馬のポージングっていうのはお決まりのポーズがあるんだとか。
ヒトたちに良く馬体が見えるように横向きになると、俺の毛色が目にとまったのか声が上がる。
……んふふ、タカハルやタクミたちがピカピカに磨き上げた馬体やぞ! もっとしっかり見て買ってくれよな!
ポーズをキメるついでにドヤア! あ、やめろって叱られた……。
「 ── 続いて参ります、上場番号は334番。ピュアレディーの2002、オスの白毛、7月2日生まれ、父はサンデーサイレンスです。皐月賞馬・ジェニュインと類似する血統構成。……それでは500万円から参ります。ごひゃくまーん、ごひゃくまーん、500万でいませんか? ごひゃくまーん……600万! ななひゃくまーん、ななひゃくまーん……──」
ん? お、どうやら俺は500万円からスタートらしい。
俺の一個前の馬が2000万円スタートだったことを考えると安価なのかもしれないけど、てっきり10万からのスタートです! みたいな状態かと思ってたので結構高いのでは?
というか普通だったら500万円って高額だわ。
でも場合によっては7000万スタートもいるらしいから、たぶん結構お安めな感じなんだろうな。タクミもちょっとだけムッとしてるし。
っていうか意外と声でかくて笑う。マイクのせいでセリ場の外にも聞こえてんだな、とか思ってたけどシンプルに司会者の声がでかいやつだわコレ。
俺より先に入っていった馬たちがやけにビビってんな、と思ったけどそりゃビビるわなこんなん。
「はっぴゃくまーん、はっぴゃくまーん、1000万円! 正面! 1000万円です」
正面? と思ってちらっとみると、どうやら正面の席に座ってた人が800万に200万ほど足して1千万円にしてくれたっぽい。
サンキュー正面のおっさん! このままもっと値段つり上げて買ってくれ。
だけどそれ以降は微妙に価格が伸びず、100万単位で上がるもあんまり手があがらない。なんでや3000万までぶち上げてくれよ。1500万、1600万と来て、とうとう1700万円万円でラストコール。
というタイミングでさらに声があがった。さっきの正面で手を挙げてくれたおっちゃんのようだ。ここからじゃ人相はよくわからんけど、優しい馬主であればいいや。
このままおっちゃんで決まりかな? と思ったらそこからさらに100万円加算。
けど最終的には正面のおっちゃんが2000万円と声を挙げてくれて、そのまま落札となった。サンキュー!
500万円スタートで2000万円なのでかなり良い結果なのでは?
母馬はともかく、俺の父馬はすげー馬らしいので、それの効果もあったかもしれないけど。
俺の手綱を握ってたタクミが、めちゃくちゃホッとした顔をしてたのが印象的だった。
とりあえずヤッタネ! 牧場に戻ったらリンゴくれないか? メロンでも可。
あ、ダメ……はい……。
セレクトセールが終わった後、俺はタクミに連れられて牧場に戻った。
一休みしたらすぐに馬主に引き渡されるのかな、と思ったのだが、そうでもないらしい。
競馬場、というかこれから生活するのは関西圏らしいのだが、そこにいくまでの間は
馬主はゲットしたけどいつもと変わらない生活を送っていた、そんなある日。
俺を落札した馬主こと、キンジョーのおっちゃんが会いに来てくれた。
「いやあ、遠目で見ても思ったけど、とても綺麗な目をしてますよね。毛艶も……よく手入れされているのがわかります」
「ありがとうございます!」
せやろ? いや俺、自分の顔とかじっくり見たことないけどな! 鏡とかないし。
牧場スタッフのお姉さんたちからも可愛いってよく言われる。
形が良いらしい。馬主になってくれたおっちゃん、良い目してるやん。
謎の上から目線で語ってしまったが、500万スタートの馬を買ってくれた恩はちゃんと胸の中にありますんで。
「マイサンは……この仔は性格も活発で、物怖じしません! これまで疾病もなく、遅生まれながら早仕上がり、でも成長力もあります!」
「ふむ、そうですか。脚が丈夫なら、どこでも走れそうですね。……ところで、放牧に出している芝は、もしかして洋芝ですか?」
「はい! スタミナとパワーをつけるため、高低差六メートルのコースです。リハビリ馬用のコースなのですが、うちは今、マイサン、ピュアレディーの2002しかいないので」
タクミの説明におっちゃんが頷く。
あ、今日は見た目がド派手なタカハルに代わって俺の馬主に説明しているのはタクミだ。
タカハルでも別に悪かないんだろうけど、やっぱパツキンの男よりは黒髪の男の方が馬主に安心感を与えるのだろうか?
説明の傍らでおっちゃんは芝を触ったり、俺の馬体をじっくり眺めたりした後、ふんふんと頷いて笑った。
「ウィナーズサークルで並ぶのが楽しみだよ」
そう言って俺の顔を覗き込んだ馬主のおっちゃんは、次いでタクミを振り返ると、その手を握った。
「この仔をよろしくお願いしますね」
これが、俺の馬主であるキンジョーさんとの出会いである。
■
そして時は流れて、俺は3歳になった。
相変わらず時間の流れ早すぎィ! とキレたりしたが、なんやかんやで元気にやっている。
今どこでどうしているかと言うと、あれから3か月に1回くらいの頻度でキンジョーさんが訪ねてきたりした以外、陽来でいつも通りの日常を過ごしていた。
いつも通り一頭ぼっちの放牧地を走り回り、競走馬としての訓練を積む日々。
馬体に謎のアイテムをつけられたり、ヒトを背中に乗せることにもだいぶ慣れた俺は、2歳になった2004年の1月、関西にある栗東トレーニングセンターへ向かった。
ここにはたくさんの厩舎と呼ばれる建物があって、厩舎ごとに管理する調教師がいる。
俺が入厩したのは
ここで、牝馬 ── メスの馬であるシーザリオちゃんと、俺と同じ牡馬 ── オスの馬であるカネヒキリくんと知り合った。
ちなみに馬房はカネヒキリくんの隣だ。
ところでこのカネヒキリくん。なんと馬主は俺と同じくキンジョーさんである。
当歳のセレクトセールで2000万で落札。俺は彼にめっちゃ親近感を抱いてるわけだが、それは落札額が同じだから、とかではなく。
カネヒキリくんが俺のことを追いかけ回さない理性強きオッス! だからだ。
あの神、というか邪神によって付与された呪い ── 牡馬にめちゃくちゃモテる例のアレ。
栗東に着いてから判明したのだが、アレがとんでもない威力を発揮し、俺は他馬から死ぬほどケツを追われるようになってしまった。
だがカネヒキリくんだけは俺のケツを追わないホースということで、信頼感MAXなのである。
『今後も末永く友情を育んでいこうなカネヒキリくん……!』
首を伸ばしてそう言った俺に、カネヒキリくんは目を細めて頷いた。
調教、併せ馬などなど。俺は日常のほとんどをカネヒキリくんやシーザリオちゃんと過ごしている。
そのほかにはセン馬 ── 去勢された牡馬と共に過ごしているのだが、今のところ俺の傍にいてヘンな気を起こさなかった牡馬がマジでこのカネヒキリくんだけだから感謝しかない。
あれは忘れもしない入厩初日。厩舎に向かってテクテクと歩いていた俺目掛けて走ってくる年上の牡馬。
あらぬところがフルマックス状態のオッスどもに戦慄した記憶。
このままじゃ入厩初日にイカ臭いことになっちゃう~! と怯えた俺が逃げ出すのは当然なわけで……最終的には俺を見つけ出したヒトの手によって厩舎に連れ戻されたけど。
あの邪神につけられたバッドコンディションの威力を思い知る出来事だったよホント。
もうお外に出るの怖い、オッスどもと出会いたくない、とガクブルしてたんだが、そう言うわけにも行かず。
テキ ── 調教師たちがあれこれと対策を立ててくれた中で出会ったのが、カネヒキリくんだったのだ。
カネヒキリくんは、最初俺を見たときフリーズしてた以外は変わったところがなくて ── ごめん嘘ついた。
併せ馬する時に俺の顔面を見ながら走ったり、あと結構な頻度で俺をガン見する以外は変わったところがなくて、性格も穏やかでとても付き合いやすいお馬さんだ。
牝馬のシーザリオちゃんも、併せ馬の時に謎のヤンキーが憑依するところ以外はのんびりしていて、ちょっと天然なお嬢様って感じだし。
ほかにも年上の牡馬だけどよく面倒を見てくれるデルタブルース先輩、ハットトリック先輩たちもいる。
彼らも最初は息子をフルマックスにしていたのだが、顔合わせの回数が増えるにつれて俺に慣れたのか、今じゃ普通のお兄さんだ。……たまに興奮してるけど。
調教場所でほかの牡馬に追い掛け回されるのは相変わらず、でもなんだかんだで良い感じに過ごしていた。
入厩してから半年くらい経った頃にウマ娘で言うメイクデビュー、新馬戦も済ませた。
カネヒキリくんやシーザリオちゃんたちは芝の新馬戦に出ていたけど、俺は遅生まれってこともあって筋肉が未発達、と判断されたらしく、砂 ── ダートのレースでデビュー。
反動がモロにクるらしい芝と違って、ダートは砂が厚く盛られていて沈む傾向にあるらしい。
俺の馬体は、筋肉は未発達なのにやたらパワーだけはある、というちぐはぐな性能だったので、まずはダートを叩いて身体を作っていく、という方針になったようだ。
カネヒキリくんたちと特訓を重ねて身に着けた差し脚と、陽来で作ったスタミナを武器に後方差し切り戦法で挑むことになった。
レース当日。やっぱり遅生まれなのが影響しているのか、人気は伸び悩んで7番。
でもラッキーセブンだと思ってレースに挑んだ。
結果 ── 逃げ切り勝ちした。
な、なにが起きたのかわからねえと思うが、実際に走った俺が一番わかってない。
ただ言えることは、あのまま馬群の中に埋まっていたら確実に開催されちゃいけない大運動会が始まっていた、ということだけ。
ケツに集まる視線にビビリ散らかした俺は鞍上が止めるのも無視して爆走した。その結果の逃げ切り勝ちである。ちなみに10馬身差です。
……俺、強すぎィ!?
ダートで無限の可能性をぶちまけた俺は、その後もダートのレースで着々と実績を積み上げた。
一方のシーザリオちゃんも芝路線を勝ち進んでいたが、カネヒキリくんはどうも芝が合わなかったようで、3歳になってから俺と同じダート路線に変更が決まっている。
そのおかげで最近カネヒキリくんと併せ馬をする機会が増えた。
たいていの牡馬はカネヒキリくんの圧の前に屈するので、群がられることも減って仲良しのトモダチと走れて俺はハッピーです。
これからはダートで二強張ってこうなカネヒキリくん!
しかし、俺のダート路線無敗スター状態に何を思ったのか、キンジョーさんは俺を海外に連れ出すと言い出した。
「タフな馬場でも走破できる力強さ……これなら……!」
当初のプランでは三月の弥生賞で芝初挑戦、そこから3歳牡馬にとっての最大レース、クラシック三冠戦に向かう予定だったのだが、それらすべてを白紙に戻し、ドバイで開催されるUAEダービーからのアメリカ三冠路線に向かわせたいようだ。
これで1回キンジョーさんとテキが揉めていたのだが、俺が2月のヒヤシンスステークスで8馬身差の逃げ切り勝ちを収めたことで出走が確定。
カネヒキリくんもダートの3歳未勝利戦を7馬身差で圧勝したため、キンジョーさんの中で『国内ダートはカネヒキリ、国外ダートはサンジェニュイン』というプランで固定されてしまったようだ。
俺はカネヒキリくんのダート2戦目を見届けたのち、ドバイに向かうため検疫厩舎にイン。
それまで主戦 ── メインで俺に乗っていた竹創騎手は、同じく3月に開催される弥生賞でディープインパクトに騎乗することが決まっていたため、俺は乗り換えが決まった。
普通は『次は誰が俺に乗るんだろう?』と気にする場面なのかもしれないが、その時の俺は別のことで頭がいっぱいだった。
『エエエエ!? ディープインパクト!? ディープインパクトナンデエ!?』
俺が転生したそもそもの原因であり、親父が家庭を捨てクソに成り下がってまで追いかけた馬。
まさかその名前が出るとは思わなかった。なんなら馬主も同じだとは思わなかった。
同じ馬主なのになんで今まで知らなかったのか、と言うと、所属する厩舎が異なるから。
たとえ馬主が同じでも、厩舎が異なればわからないものである。実際に3歳になるまで知らなかったわけだし。
もしプラン変更がなければ、俺は3月の時点でディープインパクトと同じレースに出走する予定だったわけだ。
一発殴り合う機会を逃してしまったのが悔やまれるが、馬主が一緒ならどこかで会う機会もあるはず。その時に向けて後ろ蹴りの精度を上げとこう。
でも正直な話、ディープインパクトには何の罪もない。
自分が馬になって理解したのだが、こちとら人間のことを気にしている暇はほぼない。
気にすることがあるとすれば身の回りの世話をしてくれてる人間のことだけだ。そもそも馬は人間の言葉とか理解できてないし。
ディープインパクトのことだって、親父が勝手に燃え上がって勝手に家族裏切って勝手にクソに成り下がっただけ。
なのだが、それでも死ぬ間際の唯一の未練がこれだった。だから蹴るまではいかなくてもちょっとそのツラを拝んでおきたい、と今は思っている。
「UAEダービー、頑張ってな、サンジェニュイン」
出発前夜。竹さんがそれだけを言いに検疫厩舎まで顔を出してくれた。
竹さんには調教の時も度々乗ってもらっていたので、1年近い付き合いになる。
なんとなくリズムが合うのか、これまであからさまに鞭を使われたことはない。
精々見せ鞭程度だ。
手綱の持ち具合で竹さんが何をやりたいかは大体わかるし、というかやりたいことが大体同じなので必要なかった。
でも次からはそう上手く行かないだろう。
『次の鞍上は誰だろ……テキたちは馬の前でぺちゃくちゃ喋るタイプじゃないからなあ。タカハルやタクミくらい話しかけてくれるタイプだったらよかったのに。ガンジョウメイバ先輩のところの厩務員さんも良いよな。よく話しかけてくれるし』
ぶつくさと呟いていたら、横から声が上がった。
『でもサンジェニュインくん、人間たちが何を言ってるかなんてわからないじゃないか。音ばかり聞こえてもね』
『……あー、まあ、そうなんすけどね』
俺のぼやきに反応したデルタブルース先輩へあいまいに返事をする。
ちなみに話に出したガンジョウメイバ先輩は俺と同じ厩舎ではない。
俺が住んでる居住厩舎のご近所さんである『本原厩舎』に所属しているセン馬で、名前の通り頑丈なお馬さんだ。
牡馬だと上手く併せ馬ができない俺のために、テキが自厩舎以外のところにも協力を仰いで作ってくれたセン馬のパートナー。
そのうちの一頭がガンジョウメイバ先輩なのだ。
ご近所だったのもきっかけのひとつだろうけど、いちばんは俺が入厩初日で逃げ出した時、俺を連れ戻したのがそこの所属厩務員だった目黒さんだからだろうな、うん。
完全にビビってた俺に対して、ひたすらに『大丈夫だ』と声をかけ続けてくれた目黒さんに、俺もすっかり懐いてしまった。
あとなんでか知らんけど、目黒さんって俺の言いたいことを言い当ててくれるんだよな。勘がいいのかな?
そんな目黒さんは厩務員歴二十年近いベテランだそう。
一方、俺の担当厩務員は俺が初めての担当馬、というレベルの新人で、常に緊張しているからなのかあんまり話したりしない。
俺の世話を黙々とこなす職人気質なところもある。
それが悪いわけではないけど、陽来でほぼ四六時中タカハルやタクミの話し声を聞いていたので、なんだか物足りないような気がしてしまうのだ。
新人くん ── 白川くんというのだが、白川くん自体はすごくいいやつなんだけどな。
っていうか担当厩務員が白川くんになったの、絶対俺の毛色絡みだと思う。
白毛馬の担当厩務員の苗字・白川とかテキのセンスと握手したくなるな。
それだけで担当に選ばれてしまった白川くんに同情したくなるけども。
『う"~ッ! そもそも一頭だけで外に出るのも不安! 白川くんたちがいるとはいえ。……デルタブルース先輩、このまま一緒に外行きません?』
『ははは、連れてってくれるならそうしたいなあ。でも僕よりもカネヒキリのほうが行きたがると思うけどな』
『行けるもんなら俺もカネヒキリくんと旅行、じゃなくてレース出たいんですけど。でもカネヒキリくん、次に出るレース決まっちゃってるみたいなんで……』
ところでなんでデルタブルース先輩が検疫厩舎にいるのかと言えば、帯同のためである。
といっても厩舎までの帯同で、実際には俺一頭だけでドバイへ行くことになっている。
他に帯同してくれる馬がいなかったのかっていうと、シーザリオちゃんも次のレース決まっているし、ハットトリック先輩たちも多忙。
たまたま時間ができたデルタブルース先輩にここまでご足労いただいたというわけだ。
でも検疫厩舎の中までだから、もしドバイでオッスどもにケツを追われたら一頭だけで対処しなきゃいけない、と思うとなんだか馬体が震える。恐怖で。
『正直不安のほうが強いですけど、できる限り頑張ることにします』
『うんうん。僕らもこっちで君が帰ってくるのを待ってるよ。ケガだけ気を付けてね』
そうやってデルタブルース先輩に見送られ、俺はいよいよドバイに旅立った。
■
── 2005年3月16日 アラブ首長国連邦 ドバイ・ナドアルシバ競馬場 ダート 1800メートル UAEダービー
「最後の直線、先頭は依然サンジェニュイン! サンジェニュインが先頭、9馬身のリード。このまま逃げ切りか。2番手ブルースアンドロイヤルズはもう追いつけないか! 先頭、先頭はまだサンジェニュインがキープ! ここまで無敗。鞭も使わず、馬ナリで、制するかドバイダービー……ッ圧巻の逃げ切り勝ち! サンジェニュイン、お見事!」
どうもみなさん、サンジェニュインです。
UAEダービー勝ちました。逃げ切り十馬身差です。
思ってた以上に戦法がハマった結果、一度も並ばれることなく先頭ゴールイン。
さっきからキンジョーさんが俺のことを撫でまくってるよ。
三月初旬の弥生賞でディープインパクトが無敗で重賞初制覇してからずっと機嫌がよかったけど、俺の勝利も加算されて喜びが爆発してるみたいだ。
「よくやった、よくやったぞサンジェニュインッ!」
んふふ、そうでも ── ある! もっと褒めて良いぞ。
テキも海外レースはこれが初勝利ってことで大盛り上がりだ。
騎手は何言ってるかわからんけど、こっちも盛り上がってるみたいだからうれしいんだろう、たぶん。
なんで何言ってるかわからないかって、そりゃあ、騎手が海外のあんちゃんだからです。
たぶんアメリカ? かな。テキがアメリカもこの騎手だ、的なことを言ってた気がするし。
「完璧な騎乗でした、とジャックさんにお伝えいただけますか……!」
興奮したままのテキが騎手の隣に立っていた通訳さんらしき女性にそう伝える。
ちなみに騎手のあんちゃんの名前はジャック・ホワイト。
俺の馬体は白いし、騎手の名前も白いし、なんなら厩務員の名前も白。
キンジョーさんは白が好きなんか? と疑うレベル。
いや疑いの余地なく好きだな。うん、間違いない。
だってキンジョーさん、俺以外にも白毛の馬を所有してるらしいし。
「このままアメリカ三冠路線に行くんだってな。……五月から大忙しだぞ、サンジェ」
水浴びも済ませて馬房でゴロゴロしていた俺に、そう声をかけたのは芝木くん。
焦げ茶っぽい短髪がよく似合うイケメンくんだ。
彼は日本の騎手で、目黒さんと同じく、ガンジョウメイバ先輩を管理している本原厩舎所属。
ガンジョウメイバ先輩や、牝馬のハルノメガミヨ先輩の主戦騎手でもある。
その芝木くんがなんで俺と一緒にドバイにいるのかと言うと、調教時の乗り役を彼が担当しているから。
目黒さん曰く、社会勉強も兼ねているらしい。
芝木くん自身は2003年に新人騎手賞? みたいなのをゲットしてる若手のホープ。
実際に騎乗するわけじゃないけど、海外遠征を体験させることでさらなる成長を望まれている、といったところか。
芝木くんは結構おしゃべりな騎手なので、このドバイ遠征は退屈しなかった。
むしろ楽しかったので、芝木くんをドバイ遠征に送り出してくれた本原先生に敬礼! ありがとうございます!
あと楽しかっただけじゃなくってすごく助かったのは、芝木くんって英語ペラペラなんだけど、それを活かしてジャックさんとの橋渡しをしてくれたところ。
いやね? 別に通訳してるつもりはなかったと思うんだけども。
調教が終わった後の雑談とかで話の内容を教えてくれるので本当に助かった。
本人は教えてるつもりは微塵もないだろうけどな!
「空気もさることながら、やることなすこと、全部タメになった。同行させてくれてありがとうなサンジェ」
よせやい! そりゃこっちのセリフだぜ芝木くん。
「次は俺自身の実力で、騎手としてここに来たいな」
でえじょうぶ、芝木くんならいつか来れるって!
調教時に何度も乗ってもらったけど、指示は結構的確だし、鞭バシバシ当てないし、俺は結構好きだよ、芝木くんの騎乗スタイル。
テキも満足げな顔してたし、次ここに来る機会あったら絶対芝木くん連れてって貰えるよ。
ひとりと一頭、絶妙に嚙み合った話を繰り広げながら夜空を眺めた。
そうしてドバイでの日々は過ぎ去り、俺はアメリカ三冠路線へと歩みを進めたのである。
■
── 2005年5月7日 アメリカ チャーチルダウンズ競馬場 ダート 2000メートル (10ハロン) ケンタッキーダービー
「これが無敗のUAEダービー覇者、その実力だッ! もはや止められる馬は存在しないか! 二番手を大きく、大きく引き離して、サンジェニュイン、今ゴールイン! ッこれが最強の証! これが新時代の幕開けッ! サンジェニュイン、異次元のスピードでレコード更新! 史上もっとも薔薇が似合うケンタッキーダービー馬が、新レコードと共に君臨です!」
セクレタリアトが保持していた『1:59:4』に対し、『1:59:00』ジャストの新記録を樹立。
2着馬に約20馬身もつけた大差勝ちでダービー馬となったその白毛馬は、異国の大地で異彩を放った。
砂埃を纏わせながらも輝きの落ちない白毛に、真っ赤な薔薇の優勝レイは素晴らしく似合う。
父であるサンデーサイレンスにとって産駒初、そして最後の父子制覇。
日本競馬の血統を塗り替えた大種牡馬の血が、故郷・アメリカのレースに返り咲いた瞬間だった。
そしてひときわ美しい光を放ち、あの時代、この砂地を蹴り上げた父の価値をさらに高める。
日本国内では、同馬主のディープインパクトが無敗で皐月賞を勝利。
サンジェニュインと共に各競馬雑誌の表紙を飾ったほか、日本調教馬として初のケンタッキーダービー制覇の快挙は地上波のメディアにも大きく取り上げられた。
砂に塗れながらも堂々と顔を上げ、前を睨みつけるサンジェニュインの写真はその年、アメリカ競馬の最も印象的な写真として様々な賞を獲得することにもなる。
それほどまでに人々の心に強く刻まれた、2分に満たない至福の瞬間がそこにあった。
だが当の馬と言えば ──
『ぺっ、ぺっ! 土めっちゃついた! 俺いまめっちゃ砂まみれでは? なんやこの馬場は。脚がどっしり沈むのは、まあ個人的には走り易いし良いんだけども! 掻き上げる度に砂煙ができて前見づらいし、途中で視界が悪くなるし。っていうか俺の前に馬いないのに、自分で掻き上げた土が自分に掛かるってどういう状況……ま、まあ前見なくてもジャックさんがなんとか軌道修正くらいはしてくれんだろ、と思って半分くらい目を瞑ってたが! むしろ俺よりも俺の後ろにいた馬のほうが被害……そんな状態でも、謎にムスッコをおったててるやつらに追いつかれないよう、とにかく全力で走ったはいいけどさあ。……はよ検量室に戻ってとっとと水浴びしたいぞ。顔に砂付き過ぎて未だに半分しか目が開かないんだわ。このままじゃ後ろにオッスがいることに気づけない。白川くんたちとも合流して結果知りたいしな。ということでとっとと移動しようジャックさん……ジャックさん? ちょ、どこいく? なに? まだ走るのか? アッなんかいまパシャッて音聞こえた、もしかしなくても写真撮ってる? 待って、この砂埃だらけじゃ白毛っていうか栗毛……栗毛ええやん。後で俺にも焼き増ししてくれる? カネヒキリくんにも送りたいし』
鞍上のジャック・ホワイトが力強く握り拳を掲げてから中一週。
同月には日本ダービーも控える中、一週早い5月21日にはアメリカクラシック第2戦、プリークネスステークスが幕を開ける。
そしてサンジェニュインが照らす伝説がまたひとつ、増えた。
■
── 2005年5月21日 アメリカ ピムリコ競馬場 ダート 1900メートル (9ハロン 1/2) プリークネスステークス
「天才は後ろを振り向かない! サンジェニュイン先頭、サンジェニュイン先頭! 今日も馬ナリで突き進む! これは単走かと見紛う速度で、ピムリコに砂塵が舞う! 圧勝か、圧勝だ、圧勝でゴールインだッ! ダービー馬の称号は伊達じゃあない! 誰も追いつけない高みへ! ッピムリコの空に白い太陽が昇りました!」
二着馬アフリートアレックスはホープフルステークスやアーカンソーダービーを制した実力馬。
それに対して約12馬身を突き付けたサンジェニュインのタイムは、セクレタリアトと同じ1:53:00。
この記録を持って、アメリカ国内では『セクレタリアトの再来』として声を挙げる競馬関係者やファンも増えた。
セクレタリアトの愛称『ビッグレッド』に因み、米競馬雑誌では早くも『ビッグホワイト』の愛称で記され、最後の一冠・ベルモントステークスへの期待は最高潮に達していた。
だというのに当の馬は──
『ぺっ、ぺっ、ぺぇーっ! んもう、なんだここほんと。砂煙ィ! 前みたいに自分で掻き上げた土で馬体が汚れないよう気を付けてたのに、風強すぎて全部無意味になったわ。コレまた栗毛状態だぞ絶対! でも今回はホライ、ホライズン、いやホライゾン? ネットとか言うゴーグルもどき、仮面もどきをつけて出走したから砂はそんなに影響なかった。むしろ、なんか前よりもオッスどもが興奮してないような気がする。実際に今回はムスッコ出てないやつの方が多かったし。砂だけじゃなくてオッスまで予防できるなんてコレ、もう二度と外さねえぞ! ん……なに? 逃げ馬なのにホライゾンネットつけてるから気性が悪いと思われてる? ケッ、所詮は外野の戯言だ気にしてない。気にしてないからコレは別に嫌がらせではない。フン、俺を撮りたいなら記事には「とっても性格の良い馬です」って書くんだな!』
そのころ日本国内では、1週後の5月29日に日本ダービーが開催され、ここをディープインパクトが完勝。
共に無敗の二冠馬となる。
そして運命の6月11日。
それまで鞍上を務めていたジャック・ホワイト騎手がプリークネスステークス後に落馬事故を起こした影響で、サンジェニュインは急遽乗り替わりが決定。
ディープインパクトが放牧に出されたことで竹創騎手が渡米し、その鞍上を務めることになった。
ラスト一冠に向け、盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。
■
── 2005年6月11日 アメリカ ベルモント競馬場 ダート 2400メートル (12ハロン) ベルモントステークス
「アフリートアレックス激走! 二番手と三番手の間は七馬身差だ! しかし、しかし、しかしだッ! 先頭と二番手の差は果てしない! これは間違いないビッグホワイト! 太陽に影なく、またサンジェニュインに影なし! ッ大差勝ちこそ競走の美学! ── サンジェニュイン、三冠達成だッ!」
競馬場内を大歓声が包んだ。
その多くが現地では聞き慣れない日本語の雄叫びで、その年、如何に多くの日本人ファンが馬を見に来ていたのかを示す。
白地に赤く丸い太陽が踊る国旗を力強く振り、砂地を踏むその一頭をファンの一人一人が見つめた。
潤む視界の中でも馬は燦然とした光を放ち、ファンに応える。
やってやったぞと、力強く。
この勝利によってサンジェニュインは、1977年の無敗三冠馬・シアトルスルー以来史上二頭目の無敗三冠、そして1978年の三冠馬・アファームド以来27年ぶりの三冠馬として歴史に名を刻んだ。
2着馬アフリートアレックスに約24馬身差をつけたそのタイムは『2:24:00』をマークし、プリークネスステークスに続きここでもセクレタリアトの記録に並んだ。
もう覆ることはないと言われていたビッグレッドの歴史的快挙。
それを色ごと塗り替えたサンジェニュインの名声は、これ以上ないほど高まっていた。
しかしながら当の馬は ──
『んぺぇーっ! ぺっ、ぺっ。なんか口ん中に砂入った気がする……! というか食べちゃったかも! 大丈夫なのかコレ、砂食っちゃっても大丈夫? ゴール後に「勝ったわ!」って思ってちょっと口開けたのがまずかったな。ぺっ、ぺっ。……とりあえず口の中の違和感はなくなったけど。後でいっぱい水飲もう。でも今はとにかく早く検量室に戻ろうぜ竹さん。ずっと俺の後ろにいた馬がまだ俺のこと追っかけてきてんだよ。アイツそろそろ俺に追いつきそうだから……ね? まずいって。なんか目がギラギラしてるじゃん。いやだろダートコースがアーッな大運動会の会場になるの。早く、早く戻ろうぜ頼むから。ほんとおねが、アッ、やばいもう来てる来てるって! ちょっ、待っ、く、来るな──ッ!!』
レジェンドジョッキー・竹創に握手を求めて近づいた、アフリートアレックスの鞍上は後にこう語る。
「まさか俺が落とされるとはね」
ゴール後も逃げ続けるサンジェニュインを追う、アフリートアレックスの背中は無人だった。
そんな珍事もマスメディアの力でまたたくまに素晴らしい出来事に変わる。
そう、例えば「ゴール後も先頭を守り駆ける、美しき逃亡者」のように。
三冠戦それぞれの優勝レイをつけた写真がポスターとして販売されると、販売元である各競馬場に大勢のファンが押し寄せた。
それまで紳士の嗜みやギャンブルの一種とだけ見なされていた競馬場に若者の姿が増える。
彼等が口々に語るサンジェニュインはその後、セクレタリアトに因んで「ビッグホワイト」あるいは、花の三冠馬の愛称で長らく、米競馬ファンに親しまれることとなる。
そして年が明け ── 2006年。
どうも、サンジェニュインです。
2005年になんやかんやあって三冠馬になりました。
キンジョーさんにはもちろん、テキにも白川くんにも竹さんにも、別厩舎の本原先生や目黒さん、芝木くんにも褒められた!
んふふ、もう自分の足が怖いですわ、すいすい動きますわァ!
……おっと、調子に乗りすぎるのはいけないな。
でもね、うん十年ぶりの快挙だよ! って言われたらちょっと調子乗りたくなるじゃないですか。
最初国外で走るぞ! って言われたときはすごいビクビクしたけども。
蓋を開けてみればアメリカのダート、めっっちゃ走りやすくて適性ありまくりだったんだよな。
まあ泥まみれになったり、激走の反動で脚が痺れたこともあるけど、逆を言えばそれだけで後は何もなかった。
俺の脚、頑丈すぎんか?
この頑丈さのおかげでキツキツのスケジュールだった三冠戦を完走できたと言っても過言じゃねえわ。
俺が勝つ度にみんなが大喜びしてくれるし、俺も脚が痺れるくらい頑張ってよかったな、と本当に思ってるからこそ、今となってはひとつも後悔はない。
あ、そうそう。
最後のベルモントステークスで俺に乗ってくれたのはお馴染み竹さんだったわけだが、竹さんにとってもベルモントステークスは初制覇だったらしい。
俺のことをすごいすごいって褒めてくれたなあ。こちらこそ乗ってくれてサンキュー、竹さん。
UAEダービーからプリークネスSまで乗ってくれたジャックさんも、最終戦は見に来てくれて嬉しかったし。
レースが終わった後とか、グッボーイとか言って俺のこと撫で繰り回してたからアレは褒めてただろ、たぶん。ウン。
でも思い返せば終盤はかなりバタバタしてたなあ。
普段は黙々としてる白川くんもちょっと大変そうだったし。
俺も滞在場所にいた馬にケツ追われたり、レースする度に牡馬に囲まれたり本当に大変だった。
特にプリークネスSとベルモントSで俺の後ろにいたあの馬がやばくて……名前はわからないけど、常にケツを狙われてヒンヒン言ってた記憶しかない。
ぶっちゃけ最後の二戦はヒィ~ン! とか言いながら爆走。
竹さんに苦笑いで『スピード出すぎだね』って言われるレベル。
恥ずかしい。でも仕方なくね?
俺の命とケツが掛かってるんです!
まあそんな恥ずかし嬉しい三冠レースももう過去のこと。
俺は激戦の疲れを癒すため、陽来に里帰りしていた。
……ん~、やっぱ実家が一番!
きっとカネヒキリくんやシーザリオちゃんもそうだと言ってます。
「はぁ。ほん、っと、今でも信じられねえ。……なあ、マイサン。まさかお前がエクリプス賞年度代表馬になるなんてなあ」
それな。
マジ同意せざるを得ない。
タカハルが言う通り、俺はアメリカのエクリプス賞という、日本でいうところのJRA賞の年度代表馬に選出された。
アメリカ三冠馬になったのもそうだけど、実はあの後、ブリーダーズカップ・クラシック ── 通称・BCクラシック、というレースにも出走。
そこでも逃げ切り勝ちしたのだ。
どうやらこのレースはアメリカ国内でかなり重要なレースだったみたいで、ここを勝ったことも選出の後押しになったっぽい。
俺、日本馬なのにな。
ちなみにJRA賞の年度代表馬はディープインパクト。
最優秀ダート馬はマイフェイバリットフレンズ・カネヒキリくんだ!!
おめでとうカネヒキリくん、さすがだカネヒキリくん、カネヒキリくんスリスリしていい?
あっダメ? というやり取り3回するくらい嬉しかったな。
……ん? 俺が最優秀ダート馬じゃないのかって?
俺が2005年度に走った国内ダートはヒヤシンスSのみ。
重賞レースでもないので、ユニコーンSにジャパンダートダービー、秋にはダービーグランプリとジャパンカップダートを制したカネヒキリくんが選出されるのは当たり前田のクラッカー。
俺はエクリプス賞の方で年度代表馬になれたし、きっとキンジョーさんも満足だろう。
「次はフェブラリーSかと思ったケド、ドバイワールドカップ、かあ。……去年から思ってたけど、お前、海外のデカいとこばっか行くなあ」
んね。キンジョーさんとテキ俺を外に出しすぎぃ!
俺もそろそろ国内のレースに専念するかと思ってたわ。
何せ2005年の最後は国内レースにも出たからだ。
実はあのBCクラシック後。
1か月の放牧を挟んだ後、俺は初期プランのひとつだった芝のレースに出走したのである。
初の芝だしいきなり大レースには出さんだろ、と思ったのがフラグだったのか。
初芝にして暮れの大舞台・有馬記念に出走決定!
テキを2度見するハメになったし、それを発表者陣営に対するファンの反応と言えば、以下の通り。
「アメリカ三冠馬を芝レースに出すかフツー」
である。冷ややかとかじゃなくて困惑100%で。
え、えっなんで? マジでなんで?
という空気感の中、当日を迎えた俺はなんとか最低人気だけは免れたものの、デビューしてから初めての二桁人気になった。
しゃーないよなあ?
今まで砂を走ってたヤツがいきなり芝のレース、それも有力馬が脚を揃える有馬記念とあっては、人気が落ちるのも当然というか。
俺も『ちょっと無理ゲーなのでは?』と思っていた節がある。
しかも有馬記念にはディープインパクトも出るので、日本での主戦である竹さんはディープインパクトに乗る。
それによって俺の鞍上は空くことになるのだが、国内の有力騎手のほとんどはスケジュール確保済で空きがないのだ。
有馬記念なんてビッグレースを目指してるのは馬だけじゃなくて騎手も一緒。
有力な騎手ならなおのことスケジュール押さえられてるのは当たり前のこと。
なおキャンセル待ちは期待できないものとする。
アメリカで乗ってくれてたジャックさんには一応声を掛けてたみたいだけど、短期免許の取得が間に合わず、キンジョーさんもテキも頭を抱えていた。
が、そこで救いの手を差し伸べてくれたのが芝木くんである。
俺がアメリカでブイブイやっていた間にガンジョウメイバ先輩やハルノメガミヨ先輩が引退。
芝木くんが所属する本原厩舎はデビュー年を迎えた二歳馬のみになっていたのだ。
かつて新人騎手賞を獲得したことでも分る通り、芝木くんは若手のホープ。
……ではあるものの、身長がやや高いらしく、騎乗依頼はそこまでないらしい。
一般的には高ステータスにあたる高身長は、競馬界ではマイナス要素になるみたい。世知辛いなあ。
なのでスケジュールもガバガバです、ということで名乗りを挙げてくれて、ドバイでの乗り役の実績もあるから、そこからはとんとん拍子で芝木くんに決まった。
芝木くんの騎乗にはクセがない。
基本的に俺の好きに走らせてくれることもあって、調教や追切では満足いくタイムを出せたはずだ。
初の芝レースでテンションが下がり気味の俺に対して、「サンジェは芝でも走れる、大丈夫だ」と励ましてくれる良いヤツだし。
そもそも馬群に飲まれる選択肢が存在しない俺である。
もはや逃げ一択。勝ち一択。
勝てなければ闇の大運動会開催だと考えれば、自然と脚が動く動く。
たとえそこが走り慣れていない芝であろうが、終盤差されようが、ケツだけは差されない覚悟で当日を迎えた。
結果どうなったかと言えば ── 俺の無敗記録がストップした。
「惜しかったな」
むしゃむしゃと飼い葉を食べながら頷く。
まったくもって惜しかった。
有馬記念。俺の着順は三着。
勝ち馬との着差はハナ差二センチという惜敗にもほどがある結果だったのだ。
悔しすぎてピエンピエンだわ。
冗談抜きで本当に泣いたし、帰りの馬運車でデルタブルース先輩にもすごく心配をかけた。
そう、実はデルタブルース先輩も有馬記念に出ていた。
先輩と同じレースに出走するのはこれが初。
知ってる馬がいたことで幾分か気が楽になったが、それはそれとして逃げ切らないといろんな意味で負ける、と思った俺はレース前から結構ピリピリしていた。
だから先輩もずっと俺のことを気にかけてくれていたのだが……馬運車の中で『勝ち馬強すぎる、ディープインパクトの圧怖すぎる』とピエン超えてパオン状態。
千葉から兵庫までそれなりの距離があるのに、到着するまで愚痴に付き合わせてしまって申し訳ねえや。
でもデルタブルース先輩に気持ちを吐き出せたことで、俺の心は幾分か楽になった。
無敗の称号は崩れてしまったけど、だからって俺の実績のすべてが無くなるわけではない。
それに、純粋に有馬記念の勝ち馬であるハーツクライさんは強かった。
芝だったことを抜きにしても、今まで誰かに並ばれたのは初めてだったんだよ。
今でも脳裏に浮かぶ。
序盤から俺の背後をキープしたハーツクライさんと、とんでもねえ末脚で最後尾から上がってきたディープインパクトを巻き込んで熾烈な揉み合い。
最後のコーナーカーブではお互いの影を踏み荒らしながら、三頭で縺れ合うようにしてゴールした。
その結果が1着・ハーツクライさん、2着がディープインパクト、そして3着に俺である。
思い返せば無敗が途切れたのは俺だけじゃなくてディープインパクトもだ。
俺は今までダート路線だったからそこまで反響はないけど、同じ芝路線のディープインパクトはかなり話題になったらしい。
『あのディープインパクトが』という語り口は有馬記念の後からよく耳にするようになった。
が、言ってしまえば無敗が途切れただけだ。
怪我をしたわけでも、極端な話だけど死ぬわけでもない。
けど『無敗馬』というのは大きなネームバリューなんだろうな。
芝木くんが「競馬に絶対はない」って言ってたけど、どうしても夢をみてしまうもんだ。
「この馬ならば」という夢を。気持ちはわからなくもないけど、でも、無敗馬でなくなったからってそれでディープインパクトの価値が下がるか、と言ったらそれは違うと思う。
負けたとはいえ惜敗の1センチ。
大敗じゃない。
そしてまだ三歳馬だ。
ディープインパクトはこれからも盛り返すチャンスが十分にあると思う。
春の大レースである『天皇賞・春』に目標を定めたディープインパクトは、このレースで勝利するために既に調教を再開していた。
やたら俺に引っ付いてくるしガン見してくるし追いかけてくる以外はただただ強い馬だ。
再戦するのが今からちょっと楽しみ。次こそ勝ってボコすからな! 覚悟してろ!
それに俺だって、タカハルが言った通りドバイワールドカップを目指して充電中だ。
2月には栗東トレーニングセンターに戻って準備をして、そんで3月になったらドバイへ飛ぶ予定になっているのだから。
「次走もまた海外だけど……でもよかったな、マイサン。仲の良い馬も一緒にドバイへ行けるらしいじゃんか」
「ンヒィ! ブルルッ」
そう! そうなんだよ今回の遠征 ── カネヒキリくんも一緒!
去年の遠征は一頭だけでやったけど、今回のドバイ行きはぼっちではないのだ!
同じくドバイで開催されるレースに出走する他馬がいる。
そしてその中に、マイフェイバリットスキスキフレンズ・カネヒキリくんの姿もあるという。
けどまあ、まだ決定じゃないんだよなあ。
予定では行くことにはなってるんだけど、カネヒキリくんは2月に開催されるフェブラリーSの結果次第になるらしい。
フェブラリーSで上位入着もしくは1着になれば、俺と同じドバイワールドカップに出走予定だ。
カネヒキリくんと同じレースに出るのはなんだかんだで初なので、カネヒキリくんの出走を全裸待機中。
……俺たち常に全裸だけどな! ドッ!
「ヨシッ! 毛並みは完璧。……マイサン、残り日数はあとちょっとだけど、トレセン戻るまでの間にいっぱい休んどけよ~」
差し出されたリンゴをパクパクですわ~! しながら頷く。
季節はまだまだ寒い冬。春の兆しを待ちながら、俺は空を見上げた。
■
それから2か月後。3月のある日。
フェブラリーSを勝ち上がったカネヒキリくんのドバイ参戦が正式決定し、俺たちは2頭そろって空の旅へと繰り出した。
竹さんはカネヒキリくんに騎乗することが決まっていたので、俺の鞍上は引き続き芝木くん。
同じドバイのレース・ドバイシーマクラシックには有馬記念勝ち馬のハーツクライさんが出走。
できればリベンジしたかったが、いずれその時が来るだろう。
今、俺が一番欲しいのはドバイワールドカップのトロフィーだ。
ダート世界一の座を求めた戦いで、果たして勝つのは俺かカネヒキリくんか、それともまったく別の馬か。
黄金に輝く熱戦はもう間もなく開かれるが、これはまた別の機会にお話しするとしよう。
第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)
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エアグルーヴ
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ハルウララ
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ウオッカ
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カレンチャン
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海外牝馬組