美貌バいろいろ   作:SunGenuin(佐藤)

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ワールドロイヤルカップの時のトウカイテイオーさん視点です


トウカイテイオーと太陽のウマ娘

 ボクにとってそれは、頭上で輝き続ける太陽そのものだった。

 

『── 先頭はサンジェニュイン! ゴールまで残り200メートルですがハナを行くのは日本のウマ娘・サンジェニュインです! 後続完全にちぎれてッ! その差はもうわかりません! これは圧倒的な強さだサンジェニュイン! 大楽勝のゴールイン──……!』

 

 フランス・パリロンシャンレース場で開催された春一番のGⅠレース・ガネー賞。

 ドバイシーマクラシックでの二センチ惜敗を拭い捨てたその走りは、向こう十数年は破られることはないだろう大レコード。

 勝ち時計2分11秒。

 後続との最大着差は26バ身。

 荒れたターフをひっくり返す勢いで打ち立てられたその数字は、たちまち大勢の観客を虜にした。

 でもボクは。

 ボクは、そんな数字よりも彼女が眩しかった。

 

『泥を被ってもなお、曇ることなき白さを── 私は、太陽と呼びたい……!』

 

 カメラの中央に、実況が叫んだ通りの『太陽』が映る。

 顔を上げた彼女の瞳と画面越しに目があった気がして、ボクは胸の奥の高鳴りを押さえられなかった。

 画面の彼女はゆるやかに微笑んでいる。

 その高鳴りは、カイチョーと初めて走ったレースで感じた、あのイガイガに似ているようで違う。

 カイチョーのようになりたかったボクが、カイチョーにだってスゴイ! って言われたいと思ったときの、勝利への渇望。

 いま感じているのは、もっと奥側から引きずり出される、焦燥。

 

「ボクは、彼女の──」

 

 

 

 

 

 

 

「テイオーさん!」

「あ、スペちゃん! やあ、悪いね今回も来て貰っちゃって」

「いえいえ!」

 

 一度は骨折から復帰したボクだけど、また怪我をしてしまい長期休養。

 もうほとんど絶望的な状況の中で、ボクはこれからどうするべきなのか、悩んでいた。

 そんな中でスペちゃんがお見舞いにきた。

 その手に持っているのは、サイン色紙かな?

 

「テイオーさん、驚かないでくださいね……!?」

「え~! なになにっ?」

 

 明るく聞き返すと、スペちゃんも嬉しそうに笑う。

 ボクが思ったよりも元気そうなのが嬉しいのかも。

 みんなには心配かけてるし、あんまり沈んでばかりもいられないよね。

 ニコニコしたまま待っていると、スペちゃんはボクにサイン色紙を差し出した。

 

「じゃーん! これ! なんと……サンジェニュインさんからのサインです!」

「えっ!?」

 

 素でびっくりしちゃった。

 だって……だってだって! 

 サンジェニュインからのサイン色紙だよ!? 

 びっくりしないほうがおかしいよ!

 

「これ、どうしたの!? サンジェニュインって今は海外にいるはずだし……どうやって……」

「それがですね! 実はサンジェニュインさんたちが学園に帰ってきてまして……! それでサイン貰えたんです!」

「ええ!? いいなあ、いいなあ! ボクも会いたかったなあ!」

 

 ボクがサンジェニュインの大ファンであることは、スペちゃんにも話してあった。

 だからサインを貰ってこよう、なんて思ったんだろう。

 きっとボクを励ますために。

 

「早く元気になって、サンジェニュインさんに会いに行きましょう! サイン色紙のお礼も、一緒に言いにいきましょうね、テイオーさん!」

 

 スペちゃんが笑ってそう言う。

 ボクが前向きになれるように。

 でも、でもね。

 

「……今のボクじゃ、会っても視界に入らない、か」

 

 自分の足を見る。

 また走れなくなった足。

 

「……あのねスペちゃん。サンジェニュインはね、振り返らないウマ娘なんだよ」

 

 これまでのレースでゴール後、サンジェニュインが振り返ったことはない。

 だから、ゴールした後のその表情を見ることができるのも、その視線と噛み合うのも、サンジェニュインに先着したウマ娘にだけ許される。

 一着でゴールしたレースで、サンジェニュインが自分に負けた相手を気にすることなんてないから。

 ましてや、ターフに上がることすらできないウマ娘なんて……。

 

「テイオーさん!」

「うわあっ! なにっ!?」

 

 スペちゃんがボクの肩を掴む。

 下げていた視線がぶつかり合って、ボクは少しだけたじろいだ。

 真正面から見たときのスペちゃんの目は、とてもキラキラしていて、まっすぐで、だからちょっと、怖い。

 純粋でまっすぐな目に、責め立てられているような気になってしまうから。

 

「サンジェニュインさん、スピカのこと知ってましたよ! それで、それでレース、見に行くって……! だから……だから……っ!」

「スペちゃん……」

 

 スペちゃんの言葉が嘘か本当かはわからない。

 ボクを励まそうとして話を盛っているのかもしれない。

 けど、本当は分ってる。

 スペちゃんはそんな器用な嘘、つけるような()じゃないから。

 だからきっと、本当のことだ。

 

「……本当に、見に来るって言ってた?」

「はい!」

 

 スペちゃんは力強く答えた。

 だからボクは ──……。

 

「そうか……それじゃあ、かっこわるいところは、見せられないね」

 

 ニッと笑う。

 たぶん下手くそな笑顔だった。

 でもスペちゃんは笑って、「はい!」って。

 ボクは、なんだかちょっとだけ、息が軽くなった。

 

 

 

「……あのスペちゃん、いい加減サイン色紙から手を」

「す、すみません……離したいんです、離したいんですけどぉ……!」

 

 結局スペちゃんからサイン色紙を受け取るまで2時間掛かった。

 けど、その後のボクがターフに復帰を決め、1年ぶりの有マ記念に挑むその瞬間。

 ツインターボの言葉と共にボクの背を押したものの中に、間違いなく、このサイン色紙があった。

 

 

 

 

 

 ボクが有マ記念を制してから数ヶ月後。

 新設された「ワールドロイヤルカップ」への出走権を獲得するため、ボクは選抜レースに出走した。

 最初は出走するつもりなんてなかったんだけど、このレースにサンジェニュインが出走すると聞いたボクは、それなら! と思って出ることにした。

 

 海外レースが主戦場のサンジェニュインと同じ舞台に上がることは稀だ。

 だからこのチャンスを逃したら、次いつ巡ってくるか。

 そう思っているのはボクだけじゃなかったみたいで、スペちゃんの他にチーム・リギルからも有力なウマ娘が選抜レースに参加する。

 厳しい戦いになるのは分っていたけど、ここを勝ち上がれないようじゃ世界に通用しないだろう。

 ボクはスペちゃんと共に選別レースにチャレンジしたけど ── 結果は惜しくも2着。

 1着になったスペちゃんとの着差がたったの1センチだっただけに、悔しい。

 

「はぁ……はぁ……っ! て、テイオーさん……!」

 

 荒く息を吐くスペちゃんの背中を叩く。

 負けは負けだ。

 たとえ1センチだったとしても。

 これでスペちゃんを恨むことなんてない。

 正統な勝負で負けたんだから当然だよね。

 

「……頑張ってよ、スペちゃん」

「ッはい!」

 

 スペちゃんの目は、やっぱり真っ直ぐで、キラキラしていた。

 

 それからレース当日 ── 東京レース場で開かれたワールドロイヤルカップのトライアルレース・ジャパンワールドターフ。

 ボクはスピカのメンバーやカイチョーたちと一緒に、画面越しにレースを見ていた。

 会場の様子を映し出した大スクリーンには、大歓声を浴びるサンジェニュインが映し出されている。

 動揺も、緊張もないその姿に、「さっすがサンジェニュイン!」と目を輝かせたボクを見て、エアグルーヴはため息を吐いた。

 

「……真実は意外なところにあるかもしれない」

 

 そんなことをポツリと呟いたけど、驚きはない。

 だって……。

 

「でもひとっていうのはさ、見たいように見るもんだよ」

 

 それが真実かどうかはさておき。

 今、目の前にあることが全てで、そう映っているなら、そうであると信じたくなる。

 それで、その勝手に信じたものに、勝手に救われてるだけなんだ、多分。

 

 そう笑いながらボクが言うと、エアグルーヴはちょっとだけ驚いたような顔をした。

 

「ふふっ」

「なあに、カイチョー! 笑っちゃって」

 

 くすくすと笑ったカイチョーがボクの頭を撫でた。

 まだ笑ったままだけど、別にバカにされたわけじゃないみたい。

 だけどついついむくれて、唇を尖らせるボクを見てまた笑った。

 

「いや……テイオーの言うことも間違っていない ── だが、目の前にあるものだけを享受するのでは、勝てるものも勝てないさ」

 

 スクリーンに視線を戻したカイチョーの後を追うと、丁度ゲートが開かれたところだった。

 

『態勢整いました ── ジャパンロイヤルターフ。スタート!』

 

 完璧なスタートダッシュを決めるサンジェニュインに、ライブビューイング会場からも歓声が飛んだ。

 

「いつみても素晴らしい出だしね。踏み込みの強さが、そのまま押し出しに繋がる。……見なさい、スタート位置の芝を。完全にえぐれてるわ」

 

 小声でそう呟いたのは、カイチョーの隣に座っていたチーム・リギルのトレーナーだった。

 

 その言葉通りにスタート位置の芝生を見ると、土の部分が見えていた。

 それだけ深く踏み込んだ証拠だ。

 自分のトレーナーの発言に頷いて、カイチョーもしゃべり出した。

 

「サンジェニュインはスピード特化のウマ娘だと言われることがある。だがそれは違う。彼女の真価は『パワー』にあり、重すぎる一歩はハンデであると同時に ──……」

 

 スクーリンに真っ白なシルエットが直線を(えが)く。

 一完歩過ぎる度にターフは荒れ、穴になる。

 溢れんばかりのその力こそが。

 

「彼女が『先頭』であるための、一番の強さだ」

 

 実況者が声を上げた。

 

『出だし良く回って第三コーナー、先頭はサンジェニュイン。ぐんっと後続を突き放して前へ前へと進んでいきます』

『いつも通りのハイスピードですね。大きなストライドでまだまだ差を作れそうです』

『後続のウマ娘はこれについていけるでしょうか。二番手集団を見てみましょう。サンジェニュインから7バ身差、欧州最優秀シニアウマ娘ウィジャボード。三番人気です。スタート出遅れの響いた残り16人を尻目に、まずまずのスタートでサンジェニュインを追います。その3バ身後ろに二番人気レッドロックスが付けています。出遅れの影響でやや掛かり気味か。さらに2バ身離れてスペシャルウィーク、これはいい位置と言えるのでしょうか』

『やや外側に寄っていますね。もう少し内につけてスタミナ消費を抑えたいところです』

『スペシャルウィークから1バ身差の位置にモブトクロス、ウィニーウィニー、ウォーサンが横並び。その少し後ろにアルカセット、外側をバゴが走っています。それに続くようにパンジャンマックス、ランナーズライク、おっと少しふらついたか内によれたのはシャトーネリアン、シンガリにぽつんとハイライトミー』

『これまでダート戦主流だったハイライトミー、芝レースはやはり苦しい展開のようです』

『先頭のサンジェニュインは上り坂を一気に駆け上がって向正面を抜け、第2コーナーを目指しています』

『サンジェニュインが完全にペースを掴んでいますね。ただここから第1コーナーに向けて緩くも長い上り坂、息が続くといいですが』

『ここで二番手ウィジャボードがさらにスピードを上げて来たっ! サンジェニュインに並ぼうという気概が見えます、それに負けじとレッドロックスも上がるがこれは息が苦しそうだ、外側からバゴがぐんっと背を伸ばしてそれを差し切ろうかというところ、スペシャルウィークはどうした抜け出せないか内側からなかなか前に出れないようです』

『前半飛ばしすぎたのでしょうか、縦長の展開となっていますね』

 

 東京レース場の直線を行くその先頭はサンジェニュインだ。

 ボクは手をギュっと握り、スクリーンから目が離せなくなった。

 

『 ── ここで三番手集団からスペシャルウィークが飛び出すがもう間に合わないかッ! しかし驚異の末脚が爆発だ! ウィジャボードとアルカセットに届くか割り込むがどうか!?』

『これは見事です! 日本ウマ娘でワンツーフィニッシュ決まるでしょうか』

 

 二番手に末脚を爆発させたスペちゃんが駆け上がってくるけど、その差を縮めることは絶望的だと言っても良い。

 それでもスペちゃんは粘る、粘る。

 1バ身迫る。

 

『きつい上り坂もなんのその! どんな時でも先頭は譲りませんわサンジェニュイン!』

 

 でも引き離される。

 

『もう決まったかこれが世界を制したウマ娘の実力!』

 

 追いかけて。

 

『 ── サンジェニュイン、ゴールイン! 見事な逃げ切り勝ち!』

『先頭至上主義、ここに極まれりと言っていいでしょう』

 

 追いかけて、でも、届かなくて。

 その姿を見ていられず、ボクは会場の方へと向かって走り出した。

 後ろからは他のメンバーが追いかけてくる気配がする。

 ボクが会場に入る頃には、スペちゃんは膝をついて項垂れていた。

 

「スペちゃん……ッ!」

「スペ、スペ!」

 

 会場に控えていたトレーナーとボクとで必死に呼びかける。

 でもスペちゃんの表情はうつろで、トレーナーは何かを察したようにスペちゃんの視界を遮った。

 スペちゃんの視界のさきにいたのは、サンジェニュインだった。

 ボクはスペちゃんを支えながらも、トレーナーの向こう側にいるサンジェニュインを見る。

 白い背中だけが見えた。

 サンジェニュインは大勢のウマ娘から視線を浴びているにもかかわらず、振り向くことはなかった。

 

「わた、し……わたし、は……いいレース、に、って……っ」

 

 スペちゃんが絶望の声を上げる。

 けどその声が太陽に届くことはない。

 だって太陽はただそこにあるだけだ。

 頭上にあってボクらを照らしているだけ。

 こっちが勝手にその存在を感じて、勝手にあがめているだけ。

 太陽は、こちらを、見ていないんだ。

 その視界に入るには、同じ場所にいなくてはならないのに。

 そんなわかりきった事実を改めて叩きつけられて、ボクはスペちゃんと同じだけ絶望した。

 

 

 

 ジャパンロイヤルターフから数日が経った。

 スペちゃんも前よりはなんとか立ち直って、トレーニングを再開する日。

 ボクは所用があって遅れて参加すると、見慣れないウマ娘がみんなと一緒にトレーニングをしていた。

 

「ねえマックイーン、あの()だれ?」

「……彼女、サンジェニュインさんの妹さんだそうですよ」

「へっ!? 妹ぉ!?」

 

 そのウマ娘の名前はシルバータイム。

 ボクより先に到着していたマックイーンが言うには、ワールドロイヤルターフの本戦までシルバータイムがスピカに臨時加入するらしい。

 サンジェニュインによく似た白髪で、確かに整った顔立ちをしてるけど、その雰囲気はまるで違った。

 どことなく親しみやすくて、どこにでもいるふつーのウマ娘のような空気。

 ゴールドシップとじゃれ合うシルバータイムの姿からは、あのサンジェニュインと血縁だとは想像できない。

 でも真っ白な髪や走り方は似てる。

 ターフを駆けるシルバータイムは、ゴールドシップに何を言われたのかコロコロと表情を変えながらも、少し楽しそうに笑っていた。

 ボクが思わず「サンジェニュインもあんな風に笑うのかな」と言うと、マックイーンは「さあ?」と軽く返してきた。

 

「わたくしたち、あの方とは話した事もないでしょう? だから、わかりませんわ」

「そう、だね。……でもいつか、話してみたいよ。真正面から」

 

 ボクは靴紐を結び直すと、目を丸くしてボクを見ていたマックイーンに笑いかけ、トレーニングを受けるために走り出した。

 

 時間はボクが思っていたよりも早く進む。

 ワールドロイヤルターフももう前日に控えたその日。

 ボクはカイチョーに誘われて、カイチョーやエアグルーヴとイギリスに来ていた。

 

「……カイチョー、ボクにもサンジェニュイン、会わせてよー」

「なんだ? テイオー、自分の力で、ターフの上で会うんじゃ無かったのか?」

「む、むー!」

 

 サンジェニュインはカイチョーと同じ生徒会に入っている。

 その繋がりだと思うケド、カイチョー宛てにサンジェニュインからワールドロイヤルカップの観戦チケットが送られてきた。

 それが生徒会役員分あったんだけど、ブライアン先輩や何人かが辞退したことで、ボクに声がかかったってわけ。

 ボクはよく生徒会室に出入りしてるからね。

 ……なのにサンジェニュインには一回も会ったことないんだよねえ。

 

「カイチョー、もしかしてだけど。ボクとサンジェニュインを会わせないようにしてる?」

「まさか。なんの必要があってやるんだ?」

 

 そう言って肩を竦めるカイチョー。

 でも、でもだって、じゃあなんで。

 なんでボクはサンジェニュインに一回も会ったことがないのさー! 

 一回くらいは遭遇してもいいじゃん? と言うと、今度はエアグルーヴが口を開いた。

 

「タイミングが合わなかっただけだろう。お前が来ていたときにサンジェニュインが生徒会室にいたこともあったぞ」

「ええっ!? うそ、いつ!?」

「まあ生徒会室にいたといっても、併設された仮眠室にいたんだがな。疲れているのを、お前に会わせるためだけに態々起こすわけにもいくまい」

「う……そーだけどさ!」

 

 本当の本当にタイミングが悪い。

 ……もうこうなったら、本気の本気で、ターフで会うしかないか。

 ボクは両足をパン、と叩いて前を向いた。

 

 この時期のイギリスはなかなか暑いけど、開催地のアスコットレース場があるバークシャーってところは、夏でもそんなに暑くない。

 エアグルーヴが言うには、この時期でも平均最高気温は22度前後らしくて、かなり過ごしやすい。

 ただ雨もそれなりに降るらしく、雨の日の一ヶ月の平均は10日前後なんだって。

 現地入り前日はちょうど大雨だったみたいで、近くの公開練習コースはかなり重バ場だった。

 これじゃ個人練習は無理かな、と思って暇を持てあましてたんだけど、偶然にもメジロ家で現地観戦すると言っていたマックイーンと同じホテルだった。

 メジロ家で行くとは聞いていたけど、ボクと同じホテルだったとは。

 こんなこともあるんだね、と言うと、マックイーンも穏やかに頷いた。

 

「そういえば、ボクは生徒会と一緒に来てるんだけど、マックイーンのところは?」

「ああ……わたくしもご招待頂いたのですわ」

 

 マックイーン曰く、何故かチームメテオのトレーナーから観戦チケットが届いたらしい。

 なんで!? と不思議そうなボクに、マックイーンは苦笑いを浮かべた。

 

「まあ、チケットが届かずとも元々メジロ家で観戦する予定だったのですが、せっかくですのでご厚意に甘えることにしたのですわ」

「……そういえばマックイーン、お前、前にもメテオのトレーナーからチケットが届いてなかったか?」

 

 横からそう口を挟んだのはエアグルーヴ。

 これが初めてじゃないんだ、とボクが驚いていると、カイチョーも訳知り顔で頷いていた。

 ……えぇ、もしかして知らなかったのボクだけ?

 ちょっと不貞腐れたように頬を膨らませると、またマックイーンが苦笑いを浮かべた。

 

「ええ。前は確か……凱旋門賞のチケットですわね。S席の」

「S席!? それも凱旋門賞って……ここ2年はサンジェニュインの影響でかなり取りづらくなってたよね!? Sなんてほぼ関係者席じゃん!?」

「そうですわね……」

 

 一体全体、なんでそんなことになっているのかと聞くと、マックイーンは以前からチーム・メテオのトレーナーに勧誘されているらしい。

 それを聞いて「うっそ!? まさか移籍しないよね!?」と詰め寄るボクに、マックイーンはからりと笑った。

 

「正直スピカに入るかメテオに入るか……悩みはしましたが今は後悔していませんわ」

 

 確かにマックイーンの表情からは、自分の選択を誇る気持ちだけが伝わってくる。

 それに安心すると同時に、ちょっとだけ嫉妬した。

 ……でもどっちに嫉妬してるんだろ、ボクは。

 

「マックイーンの才能をメテオのトレーナーも認めていたということだろう。……さ、そろそろワールドロイヤルダートが始まる。見に行こう」

 

 むぅ、と唇を尖らせるボクの背をカイチョーが押す。

 そのままボクらはライブビューイング会場に移動し、アメリカで開催されているワールドロイヤルダートを観戦した。

 世界中の選りすぐりのダートウマ娘たちの頂点に立ったのは、チーム・メテオのカネヒキリだった。

 サンジェニュインの親しい友達としても有名。

 テレビ越しで見ると、いつも隣とか近くにカネヒキリがいるんだもん。

 きっとすごく仲が良いんだろうな。

 そのカネヒキリは『雷神』という二つ名に似合う、見事な差し切り勝ちで、ボクはしばらくその姿に見入っていた。

 

 

 

 ワールドロイヤルダートの興奮が収まらないまま迎えたワールドロイヤルターフ当日。

 スクリーン越しのサンジェニュインは、いつもと変わらずキラキラしていた。

 レース直前、緊張したような顔をしていたスペちゃんは、隣にスズカがいることで楽になったように見える。

 けど、レースが始まってしまえばスズカだってスペちゃんのライバルだ。

 

「スペちゃんにとっては二重で大変だよねえ」

「あら、意外と大丈夫かもしれませんわ。なんたって、あのトレーニングを乗り越えたのですから」

 

 マックイーンのセリフを聞いて、ボクはシルバータイムの姿を思い浮かべていた。

 それと同時に、シルバータイムが呼んだらしい、似たような白髪のウマ娘たちのことも。

 シルバータイムよりひとつ上のそのウマ娘たちもまたサンジェニュインの妹で、脚質も同じ逃げ。

 眼前で風に揺れる白を見たスペちゃんは、仮想サンジェニュインたちに囲まれながら数日を過ごしたらしい。

 らしいというのも、ボクはトレーニングに参加していなかった。

 だけどゴールドシップが言うには「完璧なトレーニング」らしいので、実はボクもそんなに心配していない。

 ……別の意味で心配はしてるけど。

 ま、まあスペちゃんのことだし、ダイジョーブ、ダイジョーブ。たぶん。

 

「スペシャルウィークは少し顔つきが変わったな」

 

 カイチョーが感心したように言う。

 枠に向かって進むスペちゃんは、真剣な表情をしていた。

 

  ── がんばれ、スペちゃん。

 

 心の中でそっと応援する。

 それとほとんど同じタイミングで、ゲートが開いた。

 

『ハナを奪い合うのは1番サイレンススズカ、大外からグンッと伸びてコレに並ぶのは16番サンジェニュイン。双方見事なスタートダッシュをキメました!』

『勝利の鍵は『ハナ』にあると語ったのはサイレンススズカ。宣言通り、大逃げに打って出ましたね。ただしサンジェニュインのスピードも負けていませんよ』

『互いに逃げウマ娘。スピードの頂点を競い合います。続く三番手集団を率いるのはウィジャボード、内に入ってエルメスロード、外から外からビーショットウィリー、2バ身差の位置にマッチポインター、差がなくキングリリーフ、ナイトナハトマジーク少し蛇行しているか、それを追走するのはロイヤルラスキー、半バ身差で外に持ち出しているのはスペシャルウィークこの位置です。そこから4バ身空けてペルシャビナーズが上がってくるか、最内を縫い進むマスターズランとその背後にピタリとついて上がってくるのはリッカパッカ、リッカパッカがマスターズランを抜かしてベルシャビナーズに並んできたが苦しそうだ』

『掛かっているのでしょうか、一息つけると良いですね』

『後方もつれ合う三人はバイロン、オールドパスが競り合う状態で進み、シンガリにぽつんとアイランドリリー』

 

 サンジェニュインが安定したスタートダッシュをキメると、それとほぼ同じタイミングでスズカもゲートを抜けた。

 

「よしっ! いいよ、スズカ!」

「お見事ですわ!」

 

 ボクとマックイーンの声が揃う。

 それとは逆に、ライブビューイング会場の空気が大きく揺れていた。

 

「並ばれている……あのサンジェニュインが……」

 

 ぽつりと呟いた声はたぶんエアグルーヴ。

 確信が持てないのは、似たようなコトを他のひとも呟いていたからだ。

 進んでいくレースの様子を固唾を呑んで見守っていると、最初のコーナーでサンジェニュインが仕掛ける。

 

『先頭二人は悠々とアスコットの最初のコーナーを抜け、上り坂を駆けあがって ── おおっとここでサンジェニュイン、サンジェニュイン前に出たッ! サイレンススズカちょっと苦しいか、上り坂でスピードが落ち気味ですがこれは大丈夫でしょうか』

『日本やアメリカよりも深い馬場ですから、通常より多く体力を消費している可能性があります。どこかのタイミングで力を溜められると良いのですが』

『三番手集団からはウィジャボード、スペシャルウィークが共に上がってくるぞ、エルメスロードは疲れが出たか、集団の後方へと下がっていきます。代わりにキングリリーフがグッと伸びてきて、それに倣うようにペルシャビナーズ、ビーショットウィリーが追走しますが先頭二人に引っ張られて、レースはかなりのハイペースを刻んでいます。後方集団はここから巻き返せるのでしょうか、気になる開きです』

『やや縦長ですね。三番手集団がいい位置にいるので、前の二人に隙ができた場合は展開が大きく変わりそうな気がします』

『もう一度先頭から見てみましょう。現在ハナを征くのはサンジェニュイン、堂々とした走りで二番手サイレンススズカに1バ身リード、さらに3バ身差の位置にウィジャボード、大外からスペシャルウィークが虎視眈々と ── いやここで一気に仕掛けたスペシャルウィーク! その走りはまさに全身全霊だ! いつもより早いタイミングで前の方に来ていますが、スペシャルウィークこれは正解でしょうか』

『彼女の脚質には合っていますね。あとはここからどのくらい差を縮められるか、どれくらい力を残せるかで展開が変わります』

 

 スズカを交わしてサンジェニュインが先頭に立つと、そこから一息で引き離した。

 海外の坂は日本のどのレース場よりもキツいらしい。

 実際、アスコットレース場の坂は高低差が20メートル近くあるようだから、それを走り慣れていないスペやスズカはかなりの苦戦を強いられている。

 ただでさえ2400メートル。

 スズカは走り慣れていない距離だった。

 逆に海外レースになれたサンジェニュインからすれば、得意のコースだ。

 上り坂に入ってからは先頭のサンジェニュインと二番手のスズカとの間で差が開きはじめていた。

 

「スズカさん……っ!」

 

 マックイーンが悲鳴のようにスズカの名前を呼んだ。

 だがスクリーンに映し出されたスズカの表情に、諦めはなかった。

 そして2つの坂を抜け、最後は直線を向いた、その時。

 

『最後の直線500メートル! ここまで一気に駆け抜けて来ましたスペシャルウィーク、脚はまだ持つか! 先頭争いは三人のウマ娘の叩き合い! まだ粘るぞスペシャルウィーク! 内からグンッと前傾、サイレンススズカ脚色は衰えない! ハナを征くサンジェニュインの1バ身リードをじわじわと浸食して、二人のウマ娘が絶対女王を追い詰めている! 逃げ切れるのかサンジェニュイン、追いすがるサイレンススズカとスペシャルウィークがここで並ぶか、ッ並んだ! 並んだ! 並んだ残り200メートルだ!』

 

 スペちゃんが坂を駈け昇り、スズカが必死に追いすがる。

 そうして残り200メートル。

 先頭を突き進むサンジェニュインを、ふたりは確かに挟み込んだ。

 並びきった先で削り会う闘志。

 ボクは、そのむき出しの感情に、身体が熱くなるのを止められなかった。

 

『スペシャルウィーク先頭! 先頭! 内からサイレンススズカまた伸びて、サンジェニュイン意地の叩き合いだ! もはや意地だ、プライドだ、それだけだ──ッ!』

 

 サンジェニュインがハナを奪われる。

 その瞬間の会場のざわめきは、もうパニックに近かった。

 あのカイチョーですら前のめりになっていたくらいなんだから。

 

 でも。

 それでも。

 

 スペちゃんが切り込んだ場所に、だけど、サンジェニュインはもう一度首を伸ばした。

 まるで諦めを知らない、貪欲な姿で。

 

『さあ揃って飛び込みましたスペシャルウィーク、サイレンススズカ、そしてサンジェニュイン! 最後軽やかに飛んで見せて、まさしく『天を駆る』に相応しい強さです、これが無敵の太陽ウマ娘サンジェニュイン ──……ッ!』

 

 会場内から轟く爆音。

 無敵の太陽が沈まなかった証明をするように、サンジェニュインの名前が四方八方から飛び交っていた。

 ボクはその音に耳を傾けながら、スクリーンから目を逸らせない。

 ゴール後、絶対に振り向かない背中がスクリーンに映し出される、はずだった、その場所に。

 

「あ」

 

 マヌケな声が漏れたと思う。

 それも仕方ない、仕方ないよだって。

 

「笑ってる……」

 

 ぽつりと漏らしたのはボクか、マックイーンか。

 スクリーンに映し出されたのは白い背中なんかじゃなくて、晴れ渡るような ── 笑顔だった。

 

 

 

 

 

「それで? アグネスデジタルとはぐれたのはいつなんだ」

 

 レース終了後、スペちゃんたちのところに顔を出したボクらの元に、ウオッカたちが駆け寄ってきた。

 一緒に観戦してたらしいデジタルが戻ってこない、と。

 

「えっと、レースが終わって10分くらいで……デジタルはお手洗いに行く、と。トイレまで見に行ったんですけど、デジタルは入っていないみたいで!」

「電話もしたんすけど、繋がらなくて……っ! オレたちどうしたら……」

「ふむ。……エアグルーヴ」

「はい、会長。会場運営者に報告して、アナウンスを掛けるよう話をつけてきます」

 

 テキパキと指示を出すカイチョーは流石だ。

 こんなにたくさんひとがいるなかで迷子になんてなったら、自力で探し出すのは難しいもんね。

 デジタルは一体どこに行ったのか、とボクがマックイーンたちと話していると、カツン、と床を踏み込む音が聞こえた。

 

「お探しのウマ娘はこの()かしら?」

 

 ツンと響いた声は涼しい。

 ボクはハッとして振り返った。

 隣にいたマックイーンが目を丸くしていたけど、たぶん、ボクも同じ顔をしている。

 そこに立っていたのは ── サンジェニュインだった。

 ウオッカたちが、その腕に抱えられていたウマ娘の名前を呼んだことで、それがデジタルだと分る。

 デジタルをウオッカとスカーレットが受け取ると、カイチョーたちが話し始めた。

 ボクはただその光景を見て、耳を澄ませることしかできない。

 

 サンジェニュインがいる。

 

 いま、ボクの、目の前に。

 

 直接見るのは初めてだった。

 いつも画面越しに見つめていた白さが、質感を持って目の前にいる。

 目が乾くのも気にならないくらい、じっと見つめて、ボクは。

 

「用はこれだけだわ。それではみなさま……」

 

 あ、待って ──!

 立ち去ろうとするその後ろ姿に手を伸ばしかけて、ボクは口を噤んだ。

 ボクよりも先に、スペちゃんが口を開いたから。

 

「ッあの!! 待ってください!!」

 

 必死さをまとう声にサンジェニュインが立ち止まった。

 半分だけ振り返った横顔に髪がかかる。

 その姿さえも、きれいだと思った。

 

「私、今回のレース……全力で挑みました。私は、私は勝つために走って、それでもあなたに届かなかった」

 

 ハッとなって、思わずスペちゃんの名前を呼んだ。

 ワールドロイヤルターフの激戦を制し、頂点に立ったのはサンジェニュインだった。

 スペちゃんは3着。

 負けるためにレースに挑むウマ娘なんか存在しない。

 だからこそ、その悔しさは当然であり、ボクにとって最も馴染みのある感情だった。

 

 わかる。

 たどり着けなかったときの悔しさ。

 自分より先にゴールしたウマ娘の背中を焦がすほど見つめる。

 けど、けど、前を見ずにはいられないんだ。

 立ち止まることなんかできない。

 ただ前へ進もうという気持ちが、ボクを、スペちゃんを立ち上がらせる、きっと。

 

 スペちゃんが小さく息を吸った。

 

「私の!! ……私の、夢は……ッ日本一のウマ娘になることです!! なること、でした。……ッでも、今日からは ──」

 

 そうして吐き出された言葉は、ボクにも、そしてマックイーンにも響くほど、力強く。

 

「今日から、私の夢は ── 世界一のウマ娘になることです……ッ!!」

 

 力強く、轟いた。

 カイチョーも、ウオッカたちも、誰もが目を見開く中で、サンジェニュインがゆらりと動く。

 そして浮かべられた微笑みから迸る圧に、ボクは息を飲んだ。

 

「そう……その瞬間を、楽しみにしているわ」

 

 どこまでも優雅な一礼。

 凜とした声に合わせるように、白髪が揺れる。

 その隙間から見えた瞳は、どこまでもギラギラと輝いていた。

 ボクたちに背中を向けて歩き出すサンジェニュインを、今度は誰も引き留めなかった。

 ただ遠ざかるその背中を見つめ、ボクは拳を握った。

 

「……次は、ボクも」

 

 ボクも同じレースに出たいと思う。

 カイチョーに憧れ、憧れるだけじゃ満足できなくなったときのような、でもちょっと違う気持ち。

 たぶんボクは、サンジェニュインに勝ちたいわけじゃない。

 ただ、ただ ──……。

 

「その笑顔がみたいんだ」

 

 今日のレースみたいに、全力を出したサンジェニュインと削り合って。

 それで、走り終わった後の満足そうな顔が見たい。

 最も近い場所で浴びてみたい。

 胸の奥に燻っていた焦燥感の正体は、きっと、そんな単純なものだった。







トウカイテイオーさん
よりによってサンジェニュインのファン
ダービー以降のファンなので素のサンジェニュインを知らない
見たいように見て、勝手に救われるんだよ、と思ってる
なおこの後サンジェニュイン引退のニュースを見て膝から崩れ落ちることになる

スペシャルウィークさん
ギリギリまでサイン色紙渡せなかったガール
手が勝手に……!!

メジロマックイーンさん
謎の目つき悪い日野静とか言うトレーナーに狙われてる
「いけないことだとわかっているのに……無視したくなりますの、このトレーナーさん」
日野静の好感度が100上がった

大勢の白毛ウマ娘
どこぞのぽんこつの妹分たち
お姉様公認でかり出されてる

謎の目つき悪いトレーナー(日野静)
マックイーン欲しかったマックイーン欲しかったマックイーン欲しかった

サンジェニュイン
トウカイテイオーさんが自分のファンとか聞いてないですよどうして教えてくれなかったんですか!(逆ギレ)

第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)

  • エアグルーヴ
  • ハルウララ
  • ウオッカ
  • カレンチャン
  • 海外牝馬組
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