美貌バいろいろ   作:SunGenuin(佐藤)

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すんなり競走馬デビューできなかったサンジェニュインが乗馬やってたり去勢されたりするIFです


【IF】乗馬ンジェが競走馬ンジェになるまで

 良く晴れた日。

 馬運車の前に大勢のスタッフが並んでいた。

 その中で一番最初に泣いたのは、タクミだった。

 

「ごめんな……ごめんな、マイサン……!」

 

 揺れる黒い手綱が別の誰かに渡される。

 ゆっくりと頭を下げ、小さくすすり泣くスタッフたちに見送られた俺の旅路は、とても静かなものだった。

 

 陽来(あききた)でデビュー待ちしていたはずの俺がどうしてこうなったのか。

 事は少し前に遡る。

 

 

 あれは1歳の初夏。

 競走馬としてデビューする日を夢見て初期育成の最中だった俺は、今日も今日とてぼっち放牧。

 俺以外使うやつもいないだだっ広い牧草地でゴロゴロしつつ、騎乗馴致などを熟していた。

 けどそれも今日で終わりだという。

 デビューが決まったのかっていうと、そうでもない。むしろ逆というか。

 つまり俺の競走馬デビューが白紙になったのである。

 

 俺はクラブ法人『サイレンスレーシングクラブ』の所有馬としてデビュー待ちだった。

 一口会員と呼ばれる出資者の兄ちゃん姉ちゃんのため、とっとこ稼いだるわッ! と意気込んでいたのも過去の話。

 母が未出走馬で7月生まれで白毛で、という三重苦みたいな俺を抱き込んだクラブ法人への感謝で一杯だったはずが、どうしてこなったんだ、マジで。

 

「なんでこんな急に」

「毛色か? それともやっぱり、夏生まれが……」

「何もこんなに早くに決めなくても」

「逆に今でよかったんじゃないか? 2歳になっていたら、もう……」

 

 陽来(あききた)のスタッフたちがそうヒソヒソと話しているのが聞こえた。

 ……お前らね、仮にもヒソヒソ話してるってことは秘密のつもりではあるんだよな?

 バレバレやぞ! と、そう言ってやりたいが言葉が通じないわけで。

 俺はため息を吐きながら牧草地ゴロゴロを継続する。

 

 ここにいる仔馬は俺だけで、後は大人の馬 ── っていうか、俺の母馬とリハビリ目的でやってくる馬くらいしかいない今世の実家。

 俺が唯一の生産馬であり、スタッフたちはいずれ競走馬としてここを巣立つ俺に、だいぶ期待をしていたように思う。思うってか確実にそう。

 陽来も昔はたくさん繁殖用の牝馬がいて、そこそこ馬たちで賑わっていたらしいけど、タカハルたち比較的若い層が入ってくる頃には生産部門は閉鎖。

 おっさんたちも長らく生産から遠ざかっていた中での、俺、爆誕。

 また陽来生産のサラブレッドを世話できる、ということでスタッフみんながかなり喜んでいた。

 だからか、俺が競走馬デビューできないことにみんながっかりしている。

 泣きじゃくるタクミなんかは特にそうだ。

 だって俺が生まれた時から世話してるもんな。

 俺の担当スタッフは本当はタカハルなんだけど、それに引けを取らないほど俺を可愛がってくれていた。

 もしかしたら陽来でいちばん俺のデビューに期待していたかもしれない。

 そう思えば、この落ち込みようも仕方ないのかも。

 一方のタカハルと言えば、タクミよりは冷静そうだ。

 眉を下げて、ここまで頑張って練習してきたのになあ、と俺の背中を撫でていた。

 

 さて、どうして俺の競走馬デビューが無くなっちゃったのか。

 これには山よりも高く、海よりも深い訳が……あるのかないのか、俺は知らん。馬だもの。さんお。

 ただめっちゃくちゃびっくりするほど唐突に、オーナーサイドから「中止」を言い渡されたのだ。

 馬としての俺を所有しているのサイレンスレーシングクラブは、陽来も所属している社来グループの傘下。

 出資者である一口会員はその名の通り、1頭の競走馬に対して一口以上出資する。

 馬主になるにはそれはそれは莫大な資産と、それを継続できる下地が必要になる、らしい。

 前にタクミたちが話していたのだが、毎年2000万円近くは手取りがないとダメとかどうとか。

 そんな人間が早々にいるわけもなく、しかし、馬主になりたいという人間はいっぱいいて。

 そんな中で、手軽に馬主を疑似体験するために生まれたのが、この一口馬主という制度? らしいのだ。

 サイレンスレーシングはその一口馬主がたくさん集まるクラブ法人の一つで、バックにいるのが馬産業で多大な影響力を持つ社来グループということもあって人気があるそう。

 俺はこのクラブ所有馬として、ゆくゆくは出資者を集めてデビューする予定だった。

 というか出資者を募集する直前まで進んでいたらしいのだが、上層部の体制が変わったのかなんなのか、出資者募集は一時受付休止になり、廃止になり、そしてデビューそのものが立ち消えになってしまった。

 

 すわセリ売れ残り、の可能性もあった俺を拾い上げたクラブ。

 たとえ上手く走れなくても引退後は乗馬ほぼ確定とあって、タカハルたちがだいぶ安心していたのを覚えている。

 それなのにそのすべてが立ち消えになった。

 タカハルたちの落ち込み様は半端ない。

 

 そらそうだ。

 1年以上丹精込めて世話してきたのもデビューのため。

 生産:社来ファーム・陽来、を引っ提げて走るその日のため。

 365日24時間、寝食惜しんで俺を世話してくれたスタッフたちに真摯に説明してほしい、っていうか説明すべきだろって俺も思う。

 俺がスタッフだったら上層部に乗り込んで「なんでデビューできないのなんでなんでなんで」と暴れたいレベル。

 っていうか俺にも説明して!!

 人間から馬に転生しただけでも受け入れるのに手間取ったのに、そこから馬としての生活や、タカハルやタクミたちとの生活に馴染むのにも苦労したんだぞ、いやマジで。

 まず二足歩行の人間がすぐ四足歩行できるわけないだろ、そこからのスタートだったんだぞ俺は。

 わかりますか、こっちは鼻でフガー、フガー呼吸するのも一苦労だったんだぜ?

 幸いにも数日ほどで慣れたけど、立つのにもプルップルな状態で一歩踏み出すのも大変だったんだ。

 それでも、必死で俺を育ててくれてるタカハルたちと一緒に暮らして行く中で、恩返しも兼ねてみんなのためにパッパカ走ろうと思ってたわけだよ。

 だからめっちゃ走る練習もしたし、飼い葉だってたくさん食べて大きくなってきた。

 それが全部パァだ。

 どうしてくれんだ上層部。

 というかこれからどうなるんだ、俺は。

 

「マイサンはノータンで乗馬、か……」

「処分されないだけよかったと思うべきか? でもやっぱり俺は走って欲しかった。こいつに、こいつが走ってるところを……俺は……」

「そりゃあ俺だって走って欲しかった! ……けどさ、乗馬だってきっと悪くない、悪くないんだよ」

 

 タカハルがタクミの肩を叩く。

 でもタクミはずっと項垂れてる。

 タカハルの言うことがあってるんであれば、俺はどうやら乗馬になるらしい。

 乗馬と競走馬で何が違うのか、俺はいまいちわかってないんだが、たぶん乗馬になったら競馬場でパッパカすることはない、ってのだけはわかるよ、さすがに。

 とんでもねえスピードで走る必要もきっとないだろう。

 他に仔馬仲間がいない俺のために、自転車に乗って並走してまで練習に付き合ってくれたタクミたちの苦労を思うと、本当に申し訳ねえ気持ちだ。

 夕焼けに沈む雲を眺めながら、俺は鼻息を吐いた。

 フルルン、という情けない音がした。

 

 

 

 それから数日後。

 

「マイサン、きっと、すぐ、会いに行くからな」

 

 乗馬になることが正式に決まった。

 1度競走馬として予定されていたから、これは用途変更? ってやつになるらしい。

 俺がちょっと想像していた通り、乗馬はトンデモスピードで走ることはない。

 むしろ乗せるお客さんに合わせて走ったり歩いたりする必要があるらしくて、それをこの陽来で教えることはできないんだそうだ。

 だから俺は陽来を出て行く。

 ここを出て、ノータンホースパークってとこに行くのだ。

 産まれてからずっと一緒だったタカハルたちとはここでお別れになる。

 俺が支度をしている間どっかに行っていたタクミは、俺がトラックに乗せられるギリギリで戻ってきた。

 目の周りが真っ赤で、耳も赤くて、っていうか全体的に赤くなってて、だからたぶん泣いたんだろうなあ。

 泣いたけど、俺の前で泣くのは恥ずかしいから、涙を出し切ってから戻ってきたのだろう。

 

 ……ばかやろー、その方が余計、こっちも泣けてくるっての!

 

「ひひ〜ん!」

 

 トラックの中から()くと、タクミがドパドパ泣きながら俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 タカハルに比べてクソ真面目な性格で、見た目もそれを反映するように真面目そうな格好で、冷静そうに見えて涙脆い。

 ぶっちゃけ見た目だけならタカハルの方が涙脆そうな感じだが、実はタカハルの方がドライだ。

 っていうか、冷静?

 俺の支度をしている間も泣かず、乗馬になるなら長生きできるだろうな、と笑っていた。

 でも、たぶん、それはタカハルなりの強がりだ。

 馬っていうのは嗅覚が鋭いので。

 涙の匂いは、意外とわかるもんなんだぜ。

 な、知らなかったろ?

 俺も知らなかったよ。実際に嗅ぐまではさ。

 

『……俺のためにいろいろ、ありがとな』

 

 トラックが走り出す。

 エンジン音とタイヤが地面に擦れる音。

 ガタガタとぶつかって鳴る金具。

 でも、ここは陽来より、静かだ。

 

 

 

 ノータンホースパークにきて早幾月。

 ここでも俺はマイサンと呼ばれている。

 一応マイサンっていうのは幼少の間だけの愛称、みたいな扱いだったんだけどな。

 何せ、競走馬デビューしたら競走馬名が付けられる予定だったので。

 でもそれも無くなったから、俺は幼名だったマイサンがそのまま名前になった。

 4文字で言いやすいし呼びやすい。

 たまにイントネーションが「マイサン」っていうか「マイさん」なことあるけど、そこはご愛敬ってことで。

 

「朝飼い葉出し終えたか?」

「終わってる。藁入れは?」

「完了。次の厩舎見回り行こう」

 

 ここ、パークのスタッフたちは、陽来のスタッフに比べればビジネスライクだ。

 でもそれはこっちのスタッフたちが冷めきっているわけではなく、むしろ陽来がフレンドリーすぎたっていうか。

 馬相手にするにはかなり砕けた態度だったんだと思う。

 いやまあ、普通、馬相手にビール缶片手で愚痴ったりしないだろうし、そもそも頻繁に馬に話しかけたりもしない。

 仔馬が俺しかいないのもあって、なんていうか、猫可愛がりみたいな……いや、馬だから馬可愛がり……?

 とにかく、俺はスキンシップ多めに甘々育成されていたのだ。

 それと比べるとどうしてもパークスタッフはさっぱり対応に見えるが、おそらくこれでもフレンドリーな方なんだろう。

 鼻ぷにぷにされることもあるし、ブラッシングも丁寧で気持ち良いし、肌寒くなってきたら馬着っていうのも着せてくれる。

 俺がまだ1歳ってこともあって、結構大事にされている方だとも思うし。

 ここでは陽来みたいに担当スタッフはいなくて、乗馬スタッフ全員で乗馬たちの世話をしてる、って感じだから1頭に割く時間が少ないのも仕方ない。

 それにスタッフが多少ドライでも、お客さんたちが良くしてくれるからそれで釣り合いが取れてる、って馬もいるみたいだ。

 

 とはいえ俺はまだまだトレーニング中の身の上。

 人はまだ乗せることもできず、今は訓練を積みつつ1日でも早く他馬に慣れるよう頑張っている。

 

 あ、そうそう、ここにはたくさん馬がいるのだが、サラブレッド以外の馬たちも大勢いる。

 というか、俺は馬の種類っていうのはサラブレッド以外だとポニーしか知らなくって、そのポニーも体高147センチ以下の馬の総称だったらしい。

 別にポニーという種類の馬はいないそうだ。ぶっちゃけコレが一番びっくりした。

 ポニーってそういう種族なんだあ、とか思ってたよ。ほら、ロバ的な。

 ここではファラべっていう種類のめっちゃ小さいポニーもいれば、今の俺とそんなに変わらない大きさっぽい馬もいる。

 それはアラブ種っていう馬らしいが、昔はこのアラブ種も競走馬として走ってたとかどうとか。

 なんで知ってるのかと言えば、厩舎見学ってやつで観光客が来た時に、お客さん向けに乗馬スタッフがそう説明していたから。

 俺はまだ乗馬としては働けないけど、この厩舎見学でお客さんの相手はできる。

 愛想を振り撒きつつパーク内で売ってるにんじんクッキーをもらったり、一緒に写真を撮ったりするのだ。

 これが結構楽しいんだぞ?

 俺は真っ白だからな。お客さんはまずそこに食いつく。

 綺麗とか可愛いとか、ちやほやされるのも案外悪くないもんだ。

 

 さて、今日も早速お仕事しますか、っと!

 

 あっおい、そこのニキ、フラッシュたくのやめて! 眩しいんだわそれ。

 見えないんかこのブルーアイズが。サメとか呼ばれてるこのキラキラが。

 フラッシュなんぞせんでも最高の輝き放って映ったるわ! っていうかたぶん白飛びするぞ大丈夫か?

 

 ん、白くてキレー? どうもありがとうお姉さん。お姉さんもキレーですよ。

 ところで来年結婚式の予定あります? 俺、ウエディングフォトに出る予定なんでもしよかったら。

 ぜひぜひこの自然豊かなノータンホースパークで、旦那様アンド俺と一緒に写真撮ってくれよな!!

 

 おっ、どうした少年、俺に乗りたい? それも来年になったらな。

 ごらんよ俺のまだペラい身体を。少年からしたらビッグホースなのは間違いないが出来上がってないんだわ。

 今年はトレーニングに集中して、君を乗せても一切揺らがず安全走行できるようになるから待ってな。

 また来年、お父さんかお母さんにでも連れてきてもらってください。

 何、初めてだからって恥ずかしがらずに乗ってこうぜ! 俺もまだまだ新人だし、男同士仲良くしよう。

 まあ男同士とは言っても、俺は来年になったら牡馬じゃなくなっちゃうんだけどね!

 

 そう、俺、来年には息子がちょん切られる予定になっている。

 

 ……イヤだ〜〜ッ!!!!

 

 ヤダヤダヤダ!!!!

 ここまで仲良く連れ添ってきた息子と別れるの嫌に決まってんだろが〜〜!!!!

 なんで!?!?

 ホワイパークスタッフ!?!?

 どうして俺から息子を奪うのか!?!?

 

 そんな俺の渾身の暴れっぷりも「やっぱ若馬は元気だよなあ、早めに去勢しないとなあ」と言われたことでスンッとなった。

 抗議すればするほど去勢が近づいてしまうことに気づいたんだよ怖くない?

 ってかなんで息子ちょんぎるんだよ、俺から奪わないでマイサンを。マイサンなだけに。ドッ!

 

 後から様子を見にきたタカハルとタクミの会話で知ったのだが、乗馬というのは基本去勢するらしい。

 牡馬は基本去勢すると大人しくなるんだそうだ。まあ馬に限らず大抵の生物はちょんぎったら大人しくなるんですけどね。

 あと乗馬には少ないけど牝馬もいて、その牝馬の発情期につられて牡馬の気性が乱高下したり、息子がこんにちはしたりするのを防ぐためだとか。

 そ、そんな……俺は誓って息子をコンニチハさせる気などないというのに……!!

 でも俺以外の牡馬は基本ちょん切られていることもあり、俺が息子とおさらばするのは確定事項の模様。

 ひでえ……ひでえよ……!!

 こんな現実受け入れられねえ、と思っているが、もはやどうしようもないところまできている。

 俺が競走馬だったらきっと息子もちょん切られることなく、これからも俺の股ぐらでぶらんぶらんしていたかもしれない。

 でも乗馬になるって決まったからには受け入れるしかないんだろうなあ。

 本当は受け入れたくないけど……乗馬デビューするまでの1年間でなんとか……うん……なんとか受け入れて……たぶん……きっと……メイビー……!!

 

 ヒィン――……!!!!

 

 

 

 

 ■

 

 で、初夏である。

 時は2004年。

 俺は他の馬たち同様、1月1日付けで2歳馬になった。

 実際には満2歳になるまで後1ヶ月くらいあるんだけどな!

 

「はーい、目線こっちにお願いしまーす」

 

 パシャパシャ、と写真を撮られる。

 俺の背中に乗った花嫁さんはきっとキメ顔をしてることだろう。

 人生で平均1回程度しかないウエディングフォトですからね。

 数十年後も見返したりするだろうし、そんときに黒歴史扱いにならんよう最善を尽くしたいよな分かります。

 

 予定通り、俺はノータンホースパークで乗馬デビューを果たした。

 だがメインは乗馬のお仕事ではなく、ウエディングフォトのマスコット。

 そんで今もそのお仕事中。

 この時期 ── 6月というのはジューン・ブライトということもあってウエディングフォトの予約が満杯。

 特に白毛馬ってことも相まって、俺はかなりの人気ホースなのだ。

 

 他の模様が一切ない、純白の馬体が縁起良くて写真映えもして、おまけに俺がおとなしいので新婦さんから大人気。

 キメ顔してる俺の横に立ってみたり、寝転んでキメ顔してる俺に寄り添ってみたり、たまに乗ってみたり。

 様々なシチュエーションに対応可能です! これが一番の売り文句。

 満足度ナンバーワン、ひた走ってます。

 

 俺に乗ると3割増で格好良くなるってことで新郎さん方からも熱烈な支持を貰っている。

 まるで白馬の王子のごとき貫禄をアナタに! すごい、アタシの旦那、格好良すぎ!? これが俺の宣伝ポイント。

 父馬が結構有名だそうで、競馬好きの旦那さんだと「エッあのサンデーの仔!? はえ~」と喜んでくれる。

 

 後、ノータンホースパークでは結婚式そのものはやってないので、あくまでウエディングフォトのみなのだが、そういうこともあって新婚さん以外にも結婚何年目の記念とかで撮りにくるご家族もいる。

 そうなるとお子さんもご一緒に、というパターンも多いのだが、ここでも俺は大人気。

 特に女の子だとそれはもう興奮なされる。キャアキャアワイワイギャアギャアだ。

 何せ俺、王子様が乗ってそうな白馬、なので。

 ほら、新郎さん向けの俺の宣伝ポイント。そう、白馬のごとき貫禄をアナタに。

 娘さんたちから「パパ、王子様みたい! かっこいい!」と歓声を浴びる新郎ことパッパたちの顔といったらもう。

 ニッコニコである。俺もニッコリ、新婦さん方もニッコリ、カメラマンもスタッフもニッコリ。

 ついでにパーク内で買えるにんじんクッキーをご褒美に貰ってさらにニッコリ。

 

 息子はちょん切られてしまったものの、俺はそこそこハッピーな生活を送っている。

 陽来を出る前にタカハルが言っていたように、乗馬になってからは過酷なトレーニングを積むこともなく、なんだか長生きできるような気さえしてるわ。

 タカハルたちの期待に応えられなかったのは今も残念だが、これはこれで、良い馬生なのかもしれない。

 ちょっと引っかかることがあるとすれば、あの邪神としか思えない神様のセリフくらいなものか。

 牡馬と一発やれないと来世どうなるかわからないとかいう、アレ。

 でももう仕方ないよなあ。

 だってここ、いねえんだもん、牡馬。

 いや、いることにはいるだろうけど、そういう馬は9割が引退競走馬なのだ。

 そんで、引退競走馬は引退競走馬用の厩舎にいるもんで、会うことがまずない。

 だからどうしようもないってワケ。

 もうこうなったら来世の自分に魂託すしかない。

 今世は今世で精一杯やらせてもらうんでね!

 

 そんなこんなで乗馬としてなあなあで暮らしてる俺だが、実は近いうちに陽来へ帰ることになってる。

 乗馬をクビになったんか、って違う違う。

 厩舎の改修工事があるらしく、他の馬たちは他厩舎にそれぞれ間借りできることになったのだが、馬房が足りず俺だけ陽来に一時帰宅するのだ。

 何? 俺の扱いが悪い? ハブられてる?

 いや、違うんだよ。これはマジで誤解を解きたい。ハブられてません仲良しです。

 最初はな、俺まだ若いし俺を優先させようかって話にもなったんだけど、俺の実家である陽来は万年ガラガラ。

 しかもここノータンホースパークからそう遠くない。

 帰宅できるなら実家の方がよくね? ってことで、他の馬を別のとこに預けるよりは工事の間だけ俺を帰らせたほうが楽だって話になったんだわ。

 俺も帰省できるの楽しみだからハッピーよ。

 ってことで、ノータンホースパークの夏季営業が終わった後、俺は陽来に戻ってきた。

 ただいまお前ら!!!!

 

 久々の実家はそんなに変わりなく、相変わらずぼろっちい感じだ。

 でもリハビリ施設としてはそこそこ繁盛しているようで、リハビリ施設周りだけなんかだか綺麗になったような気がする。

 あと変わったことがあるとすれば、母馬が現在妊娠中ということだろうか。

 俺は2002年の7月生まれなのだが、7月生まれ故に繁殖シーズンが過ぎてしまい、この年は母馬に相手はいなかった。

 でもその翌年の2003年。

 今度は別の馬との間に子供を、という話になって、でも上手くいかなかったらしい。

 で、再チャレンジになった今年2004年、キングカメハメハというドラゴンなボールを連想させる名前の馬との配合が成功し、今、妊娠中というわけだ。

 順当に行けば来年、俺の弟だか妹が生まれるそう。

 俺の父馬はサンデーサイレンスという名前なんだけど、この父馬との配合にならなかった理由は、シンプルに父馬が死んだからだ。

 結局一度も会うことなく父馬が死んでしまったが、まあ、馬というのはそういうものらしいからな。

 会っても話す内容とかないし。

 

「マイサン、元気そうでよかったよ」

 

 おうタカハル、お前も元気そうでよかった。

 来年からは弟だか妹だかの担当スタッフになるんか?

 今度はちゃんと競走馬デビューできるといいなあ。

 

「去勢されたからマイサン、前より大人しくなってないか?」

「そーだなー。やっぱちょん切られると気性が穏やかになるもんだね」

「もとが暴れん坊だから余計そう感じるな。……マイサン、今日はお偉いさんも施設視察に来るから、このまま大人しくな」

 

 きっとちょん切られなくても穏やかだった自信、あるんですけどねえ!!

 もう二度と戻らない俺のマイサンに祈りを捧げてもろて。

 

「おし、マイサン、ここは今もお前専用だかんな。好きに走り周っていいぞ〜!」

 

 よしきた! ってことで放牧地を爆走する。

 昔は競走馬を目指してここで走っていた。

 でも今は自由だ。

 

 乗馬はスピードを求められない。

 一応、乗馬にも馬術競技とか障害飛越とかで大会があるらしいんだが、乗馬経験の浅い俺にはまだ関係ない話で、それだって競走馬みたいに超スピードが求められているわけでもないのだ。

 時々、昔が懐かしくなったり、無性に爆走したい気分になったりするんだが、パークでは爆走できる場所がないし。

 それが全くストレスにならなかった、と言ったら嘘だ。もうマジで嘘。

 馬鹿正直にいうと超ストレスでした。

 馬にもたまには爆走したい夜があるのである。

 爆走したい2歳の夜がな。

 そんなもんで、俺は今、ちょう楽しんでいた。

 

『ヒャッホーイ!!!! このちょっと重い芝が良いんだよな〜〜!!!! 風、気持ちィッ!!!!』

 

 パークの芝は、っていうか芝であることが少ないか。

 乗馬中は林の中を歩いたり、コンクリートの上を歩いたりしてて、ま、それも悪くないんだけども。

 この陽来の沈むような芝に慣れていた俺には、ちょっとだけ硬く感じるわけでして。

 たまにはこの沈むような芝で爆走したいと思ったんだよなあ。

 だからめっちゃ楽しい。

 アホみたいに楽しい。

 風を切る感覚は懐かしいし、空気はうまいし、脚は軽いしでウキウキハッピー。

 こんなふうに何も考えずに走り回れるのは今だけだと思い、俺は長く広い放牧地を、全速力で駆けていた。

 

『イエ〜〜イ!! めっちゃホリデ~~イ!!』

 

 

 

 

 

 

 ■

 

「なんだ……あれは……」

 

 柵に両手をかけて、男はふるりと身体を振るわせた。

 眼前には新緑の芝が風に揺れている。

 いや、正しくは、風に揺らされていた。

 男は、その風を巻き起こしている1頭の馬から視線が逸らせず、震えるような声で傍にいた若い男へ尋ねた。

 

「……あの馬は、マイサン、と言います。今年2歳です。ノータンホースパークで乗馬を ──」

「乗馬!? 乗馬なのか、あの馬は!?」

「は、はい。昨年、乗馬になるためノータンホースパークへ。今年去勢を済ませて、すでに仕事を始めています」

 

 男は愕然とした。

 別に、乗馬が悪いとは一切思っていない。

 競走馬に劣るとも思っていない。

 何せ、男も初めて馬に触ったのは乗馬だった。

 うんと昔、乗せてもらった鹿毛の騸馬。

 おとなしいその馬も去勢済みで、長く多くの人を乗せていた。

 馬の背に乗っていると、どんな物事もちっぽけに思える。

 男にとって乗馬とは、自分を悩ましい現世から連れ去って、束の間の夢を見せてくれる尊い存在だった。

 やがて男は競走馬を知り、愛馬が競馬場を駆け抜ける楽しみを知った。

 そうなってからも、競走馬とは別種の尊敬と愛情を抱いてきた乗馬を、今も大切にしている。

 だが男には、ある持論があった。

 

 (やる気があって走れる馬は、競走馬に。気性穏やかで人好きな馬は、乗馬に)

 

 そうやってその馬の個性を活かせる場所へ。

 競走馬で成功できなくても、乗馬で長く人に愛される馬もいる。

 今の馬産業では競走馬を目指すサラブレッドが多く、そのサラブレッドの第二の仕事として乗馬があった。

 最初から乗馬である馬の方が、少しだけ珍しい。

 いつか乗馬は乗馬だけで、という思想がないとは言えないが、今の馬産業のシステムでは難しいだろうことも男は理解している。

 だからこその、持論だった。

 そんな男の目には、目の前を駆けていくその白毛馬は、まさに、競走馬になるべくして生まれた馬に見えて仕方がなかったのだ。

 しかしその馬は乗馬だという。

 こんなに力強く大地を蹴り上げ、風そのものと見まごう疾走を見せているにもかかわらず。

 競走馬として競馬場を駆け抜けることも知らないまま、人に愛される道を歩んでいるのだ。

 

「どう、どうしてだ……なぜデビューさせなかった……!?」

「それは……我々には……」

 

 若い男 ── 大津(おおつ)拓光(たくみ)とて、デビューさせられるもんならさせたかった。

 しかし拓光は、しがない牧場スタッフだ。

 その馬の、マイサンの馬主でもなければ、デビューの可否を決められる立場にもない。

 ただ上層部の決定を受け入れ、従うしかない存在だ。

 そうであっても、拓光はいまだに悔しい思いをしていた。

 だから心の中で、愕然としている男を睨みつけながら何度でも叫ぶのだ。

 

 ああ、できるものならそうしていた!

 

 放牧地を疾走するマイサンは、まさに風の形そのものだ。

 太陽の光を縁取る白い馬体が、新緑の芝に眩いほど映える。

 きっと、競馬場の芝を駆けるときは、これ以上に美しいに違いない。

 それを見ることも叶わない今への歯痒さを、この男は知らないのだ。

 誰もが拓光と同じ気持ちを抱く陽来で、この男だけが。

 

「……デビューさせる」

「は?」

「私がデビューさせる……!」

 

 拓光は自分の耳がおかしくなったのかと思った。

 男は、誰を、どうしたいと言ったのか?

 デビューさせると言ったのか、誰を?

 

  ── マイサンを。

 

 去勢され、すでに乗馬としての馬生を歩み始めた拓光たちのマイサンを。

 今更、競走馬にするという。

 この男は正気なのだろうか。

 ギラギラと光る目は到底正気には見えなかったが、それと同時に、拓光にはこれがラストチャンスだと思えた。

 マイサン(俺たちの太陽)が競馬場を駆け抜ける、最後の。

 

 男は何者か。

 今日、この陽来の施設を見にきただけの、そんな存在だ。

 だがしかし、そういえば男が馬主であることを思い出した。

 確か地方と中央でどちらも馬を走らせていた。

 男の馬はG1をいくつもとるような名馬ばかりというわけではない。

 オーナーとして名の知れた存在というわけでもない。

 けれど、男が、所有した愛馬を最後まで責任持って面倒見る男であることだけは、有名だった。

 

「この馬はノータンホースパークの所有なんだな?」

「……そう、なります」

「わかった。ありがとう。今日の視察はこれで以上だ。施設は古い箇所もあったが丁寧に管理されていた。印象はかなり良い。ここなら自分の馬を任せられると思える。案内してくれてありがとう」

 

 男は一気に捲し立てるように言った。

 拓光はあっけに取られたようにただ頷き、男の顔を見つめる。

 一息に言い切った男は、何か力をためるように、口を噤んで、それから力強く言った。

 

「あの馬の所有に関しては、必ず、もぎとる」

 

 すでに乗馬として働き始めた馬を?

 ノータンホースパークという社来グループ内でも存在感の大きい立場の所有馬を?

 

 正気とは思えない発言が、しかし、拓光にとっては今、何よりも縋りたい言葉だった。

 

「よろしく、お願いします」

 

 去りゆく男の背中に深く頭を下げる。

 強張った表情のまま、ただ、目だけが熱かった。

 

 

 

 それから1年後。

 ノータンホースパークで新たな目玉になる予定だった白毛の乗馬は、一転して競走馬としてデビューすることが決まった。

 その時、すでに3歳。

 同世代の中央馬たちがクラシックシーズンに突入した中、馬は能力試験を突破し、川崎競馬場の砂を踏む。

 

「どういうことだ、どういうことだこれは、予想外の展開!」

 

 3歳未勝利戦。

 11頭の出走馬のうち、その白毛の人気は最低だった。

 誰もがその馬の存在意義を、ただのパフォーマンスとしか捉えていなかったのだ。

 血統が極端に悪かったわけじゃない。

 しかしその馬は白毛で、7月生まれで、去勢された元乗馬で。

 期待できる要素がおそらくなかった。

 だから誰もが軽視した。

 その馬が帯びる金色の光が見えていなかった。

 

「先頭は11番人気、最低の11番人気 ── ()()()()()()()()だ! サンジェニュイン走る、走る! ハナを切って、他馬を寄せ付けずラスト200メートル! 2番手はもう追いつけないかこれは見事な大逃げ! 乗馬から競走馬へ、華麗なる転身は大成功だ! ッサンジェニュイン! 今、ゴールイン!」

 

 競馬場に紙吹雪が舞う。

 怒号が響き渡る。

 ふざんけじゃねえ、と喚き立てられた罵詈雑言の合間を縫って、白毛は、堂々と駆け抜けていった。

 

 

 

『ばかばかばかばか!!!! 聞いてない聞いてないこんなの聞いてねえよお!!!! アッやめ、やめろやめろ近よんな来んな来んなってば――ッ!!!!』

 

 ゴールしてもなお、誰よりも先頭を目指して。

 その白毛が競馬関係者やファンから「つけなおせ」「もっかいドッキングしろ」「あと1本足りない馬」と呼ばれるほどの名馬になるのは、もう少し未来の話だ。







社来ファーム・陽来
旧・陽来牧場
クラブ所有として競走馬デビューすると思ってたサンジェがデビューできずしょんぼり
乗馬としてめちゃめちゃモテてると聞いて安堵したけどやっぱり未練ある
運良く良い感じの馬主をゲットして生産馬が走ることになって感情ジェットコースター

馬主さん
めっちゃ良い人
走れる馬は競走馬に、人好きな馬は乗馬に、がモットー
サンジェを見て「こいつ走らせたらァ!」となっていっぱい交渉してゲットした
マイサンの名前も気に入ってたけど、乗馬と競走馬で意識を変えるべく「サンジェニュイン」と命名

ノータンホースパークのスタッフのみなさん
本当に素晴らしい方々
謎の爆モテ白毛ホースも上手く扱ってくれるプロフェッショナル集団

サイレンスレーシングクラブ
大人の事情でサンジェニュイン所有ないなった
デビュー後のサンジェの活躍見て猛反対されてもゴリ押しすればよかった~~と代表が思ってたかもしれない

サンジェニュイン
謎の爆モテ白毛ホース
競走馬になると思ってめっちゃ覚悟決めてたけど乗馬に
ついでにマイサン(息子)っていうかタマタマとおさらばした
でも去勢されたことで牡馬味が減りさらに爆モテになるとは知らないホース
この状態だとカネヒキリくんも理性保てないんだよねだから会わない方が良いというか会わないよ
カネヒキリくん無しで走って貰います

第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)

  • エアグルーヴ
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  • 海外牝馬組
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