美貌バいろいろ   作:SunGenuin(佐藤)

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以前期間限定で公開していたものを修正して再公開。
本編では2025年で老衰で亡くなったサンジェニュインが早逝した世界線の話です。


【IF】サンジェニュインが少し早くいなくなった世界

 その苦しみは突然だった。

 

 いつも通りの朝、いつも通りの目覚め、いつも通りの時間。

 ── 10月7日。

 季節は秋になり、北海道に吹く風はだんだんと冷たさをまとい始める。

 でも天気の良い日に泳ぐ風の気持ち良さは、秋の栗東で感じる風によく似ていた。

 俺は朝の仕事が始まる前、1時間放牧に出されるのが好きだった。

 朝露がキラキラ光る放牧地を走って身体を作る。

 いくら現役を引退したって、種牡馬も力仕事に変わりない。

 それにいざという時 ── そう、牡馬にケツを追われた時に身体が重くて逃げきれない、なんてことがあったら悔やんでも悔やみきれない。

 俺のケツは命と同義である。

 顔はさらしてもケツさらさず……そのためにも毎朝のルーティーンは欠かさず行っていた。

 そう、毎朝、その日も。

 

 違和感を覚えたのは放牧されて少し経った頃。

 ちょっとだけ身体が痺れた。

 いつもなら無視できる痺れが、その時はなんでか気になって仕方なくて。

 俺は放牧地の出入り口まで移動し、スタッフたちを待った。

 あと十数分くらいで迎えのスタッフがやってくるだろう。

 あの手この手で不調アピールを重ねて、仕事前に診察して貰おうか。

 そんなことを考えてた、次の瞬間だった。

 

 身体中を走る痛み。

 まるで電流を流されたかのような鋭いそれらは、俺から脚を奪った。

 崩れ落ちた馬体が跳ねる。

 目の前で星が飛ぶ。

 凱旋門賞の後、検疫厩舎で起きた心房細動の衝撃とは違う。

 ただひたすらに痛く、ただひたすらに苦しかった。

 

 なんだ、これは。

 なんなんだ、これは……!

 

 段々と思考が定まらなくなる。

 身体中のあらゆる箇所がエラーを吐き出しているような、そんな不快感。

 息が詰まる。視界が狭まって端が揺れて。

 それと同時に悟った。

 

 ── あ、これ、ダメなやつだ。

 

 弥生賞で息が苦しくなった時とも違う。

 菊花賞の後に脚が動かなくなった時とも違う。

 心房細動を起こした時も、全然、違う。

 

 上ってくるのは恐怖だった。

 痛みへの、じゃなくて、死への。

 明確な終わりの合図が、その痛みを伝って発信される。

 

 うそだろ、おい、ここで終わりか。

 まだ種牡馬入りして1年も経ってない。

 どうしよう、目黒さん、テキ、芝木くん、イサノちゃん。

 終わりたくない、まだ。

 

 やり残したこと、遺したいもの、山のようにあるのに!

 

 カネヒキリくんとは遊ぶ約束がある。

 ヴァーミリアンも、ディープインパクトも。

 自分に関わるすべての人馬の姿が、一気に脳裏を駆け抜けた。

 なんだよこれ、これが走馬灯ってやつなのか?

 

 いろんな思いがあふれ出して、それでも痛みは止まらなくて。

 世界と虹の境目に立つ。

 無音の空間のその端に、揺らぐ鹿毛と、赤い手綱。

 それを見て俺は、あの夏の日を思い出した。

 あの日、彼女が俺に言った言葉を。

 

 ああ、もう ── ラインクラフトちゃん。

 

『……うそつき』

 

 彼女の最期の嘘を、1年越しに知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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サンジェニュイン、死す──史上初の白毛凱旋門賞馬、早すぎる別れ


 2007年10月7日午前7時、太陽、沈む。

 

 第85回凱旋門賞(仏、ロンシャン競馬場、2006年10月1日)を制したサンジェニュイン(牡5)が死亡したことを、繋養先の社来スタリオンステーション(北海道安平町)が発表した。死因は急性心不全とされる。

 

 サンジェニュインは2002年7月2日に誕生。日本産としては珍しい夏生まれでありながら、クラシック三冠戦を完走。皐月賞1着(同着・ディープインパクト)、日本ダービー2着、菊花賞1着と、ディープインパクトと共に世代の中心を担った。2006年には海外遠征を敢行。ガネー賞、サンクルー大賞典、KGVI&QES、インターナショナルSを大差で制すると、秋の凱旋門賞で日本競馬史上初の凱旋門賞制覇を成し遂げた。同年の有馬記念を最後に引退、種牡馬入り。通算成績16戦11勝(うち同着1回)。生涯連対率100%。

 今年は国内外合わせて209頭の牝馬に種付けしていた。

 

 

【社来スタリオンステーション・徳田英治氏のコメント】

「放牧地で倒れているところをスタッフが発見しました。種牡馬として初年度となる今シーズンですが、仕事も順調に熟し、険しい夏も乗り切って元気いっぱいの姿を見せてくれました。横たわる姿は寝ているようにも見えて、いまだに信じられぬ思いです。

 

 日本産として初、そして白毛馬として世界初の凱旋門賞を制した名馬との早すぎる別れに、これまで応援してくださったファンの皆様、種牡馬としての活躍を信じてくださっていた関係者の皆様のご心痛は、計り知れないものかと思います。本当に申し訳ございません。

 

 サンジェニュインは今年が繁殖初年度。産駒は翌2008年に誕生を予定しております。また、半弟であるアセンドトゥザサン(父・クロフネ)も今年11月にデビュー予定です。ファンの皆様におかれましては、残された産駒や兄弟に関しても、サンジェニュイン同様に応援をお願いいたします。

 

 その美しい姿で夢を見せ、伝説を創り、そして眩いまま沈む。サンジェニュインは、輝くためだけに私たちのもとに降りてきた、奇跡のような馬でした。打ち立てられた数々の功績に、感謝の言葉しかありません。心よりご冥福をお祈りいたします」

 

 

【社来ファーム陽来(あききた)・日崎寛介氏のコメント】

「あまりにも突然の出来事だったので、サンジェニュインがもういない、その事実をいまだ信じられません。

 

 サンジェニュインは『社来ファーム陽来』の初生産馬になります。母馬のピュアレディーが育児放棄をしたため、人工哺乳によって育てられました。当時はたった1頭の生産馬でしたから、スタッフ一同思いを込めて育成し、栗東の本原先生のもとに旅立った後もその活躍を楽しみにしてきました。

 

 当牧場には現在、多くの繁殖牝馬が所属し、競走馬の育成施設、リハビリ施設としても多くの皆様にご利用いただいています。これも偏に、生産馬であるサンジェニュインの活躍によるものです。ただただ感謝しかありません。

 

 父として北海道に戻ってくれたこと、生産者としてはこれ以上の喜びはないでしょう。現在当牧場にはサンジェニュインのために輸入し、種付けされた3頭の繁殖牝馬が所属しています。全頭受胎しており、上手くいけば翌1月には産駒が生まれるでしょう。最初で最後の世代です。

 ファンの皆様におかれましては、サンジェニュインを応援してくださったように、産駒にも変わらぬ応援をお願いしたく思います」

 

 

 サンジェニュインは父・サンデーサイレンス、母・ピュアレディー、母の父・What Luckという血統。近縁にはジェニュインがいる。一口馬主クラブ・サンレイスレーシングクラブ所有で、募集総額は2000万円(一口価格・50万円/40口募集)。

 

 サラブレッドとしても稀有な毛色を持ち、加速自在の大逃げで数多くのレースを制覇。2006年のレース・レーティングは135ポイントで単独首位をマーク。ヨーロッパ外の馬として初めてカルティエ賞年度代表馬に輝いた。2007年には満場一致で顕彰馬に選出されている。

 

 引退後は約60憶円のシンジケートが組まれた状態で種牡馬入り。今年の3月いっぱいまで国内で種付けした後、イギリス・クルーモイズスタッドに移動し30頭に種付けした。うち、ゴンゴルドン所有の繁殖牝馬は17頭。今後も種牡馬としての活躍が期待されていた中での、あまりにも突然すぎる訃報だった。

 

 

 

 

 

 

 

 物事には、良い事と、悪い事がある。

 どちらも前触れなく訪れ、人々に驚愕を落としていくのだ。

 望もうが、望むまいが、おかまいなしに。

 

 良い事であればその驚愕は歓喜に変わり、悪い事であれば悲鳴になる。

 その日、競馬界はひとつの光を失った。

 

 

 

『殿下……』

『何も言うな。今はただ……そう、ただ、静かに弔わせてくれ』

 

 ロンシャン競馬場に設けられた献花台は、まるで花畑のようであった。

 色とりどり、隙間無く敷き詰められている。

 きっとこれ以前に来た者が隙間を探し、そこに花を詰めていくからこうなった。

 その死を惜しみ、安寧を祈る想い。

 花束を捧げる手は、そのどれもが愛すべきたった1頭を偲ぶ、その思い出を形作る。

 

 ── ああ、そうだ、1年前も、ここには花吹雪が舞っていた。

 

 男は、殿下と呼ばれた男は花を手に、静かに立っていた。

 眼前にある無機質な写真に命が宿り躍動する。

 白い影は男の前で揺れているようにも思えた。

 

『あの時は、祝福の花が舞っていたな。何せ世界初の白毛凱旋門賞馬だ。後世に間違いなく名を残す名馬の誕生。それに立ち会うことができたのは……生涯忘れられぬ思い出になるだろうな』

 

 瞼を閉じるだけで、あの深いグリーングラスが辺り一面に広がった。

 欧州でその馬は『美貌の(la beauté)』と冠を付けられ、その走りは生きた芸術品に例えられる。

 まるで神が誂えたかのような奇跡の具現。

 一完歩に残るはただ何者かの傷跡のみと謳われ、何よりも人の記憶に残る。

 自然と口から詩があふれ出すほどロマンチックな馬であった。

 ターフへと残る蹄跡に夢を見た男は、されどロマンチストという言葉を否定した。

 

『ロマンではない……ただそこにある真実を見ただけなんだ、私は』

 

 瞳の奥の馬が恭しく(こうべ)を垂れた。

 人に倣い跪いて王冠を戴く。

 馬らしくない仕草のあとにもたらされたあの愛らしさは、耐え難いほど甘美だった。

 だから漢は夢を見たのだ。いや、未来を視たのだ。

 この馬の仔で世界の頂点に立つ、自分の姿を。

 

 天上からの神託よりもなお深く、それを信じていた。

 そしてかつて男自身が呟いた言葉を、ほかでもない男自身が今、誰の言葉をも上書きして肯定する。

 

『彼が ── サンジェニュインが亡き今、より一層強く思う。やはりあの馬は、神が選んだ馬だった』

 

 勝手にもほどがある期待を背負っていた。

 突然変異の白毛が、何万、何十万、何百万とくだらない数の意志を託された。

 重かっただろう。走り辛かったに違いない。

 けれど馬は人々の夢を写し取って輝き、夢の余韻を残して駆け抜けていった。

 

 馬はきっと、役割を果たしたと判断されて神の手元に戻されたのだろう。

 貸していたものを回収するのと同じように。

 

 

 男は目を閉じ、また夢想する。

 黄金に染まったトロフィーを掲げる自身の傍に、白毛の馬が立つ夢を。

 サンジェニュインに種付けされた17頭の牝馬から、きっと輝きが生まれる。

 願望から確信に変わった男の握りこぶしが花を揺らし、そして最後の一押しをした。

 

 神に選ばれた馬の、その仔で。

 

『サンジェニュイン、君の伝説を継ぐ』

 

 

 

 結局、男は花を供えなかった。

 代わりに翳したペンダントが光を放つ。

 神の石・オパール。翳した角度によって色とりどりの光を内包する。

 古代ローマ人はこの石に、すべての宝石を見出したという。

 情熱(ルビー)も、新緑(エメラルド)も、深謀(サファイア)も、願望(トパーズ)も、豊穣(アメジスト)も。

 この石ひとつにすべてがある、万物の宝。

 男にとってそれは、サンジェニュインという馬そのものだった。

 神がもたらす奇跡、そのすべてを宿した馬。

 純白の馬体にどこまでも輝く青い瞳。丈夫な四肢が作る大地の傷。

 燃えさかる闘志の果てで人々に幸福をもたらした、あの馬にこそ。

 この万物の石(オパール)は相応しいのだ。

 

『……近い未来、日本に行くよ。このオパールと、君の仔を連れて』

 

 花弁が舞う。

 ロンシャン競馬場、祈りの数ほど捧げられた献花に背を向けて、男は未来へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 ── 2008年。

 209頭の牝馬からそれぞれ仔が生まれた。

 血統登録がなされたのは197頭。

 サンジェニュインの最初で最期の世代は、2010年7月10日の新馬戦を皮切りに輝きを放つ。

 

 

 

 産駒で初めて勝ち星を挙げたのは、社来ファーム生産のサンサンドリーマー。

 父馬に似ず小柄で臆病だったが、軽やかな足取りは将来性十分の有望株。

 鞍上には現役時父馬のライバルだったディープインパクトの主戦・竹創を迎え、他2頭の同父産駒と共にメイクデビューへと挑んだ。

 父の誕生日から1週間後の函館競馬場、芝1800メートルを戦場に選んだサンサンドリーマーの逃げは、他を圧倒するのに十分だった。

 

「大楽勝のメイクデビューだ! 鞍上・竹創、納得の表情でサンサンドリーマーを労います!」

 

 

 そこから産駒たちが続々と新馬戦を勝ち上がると、9月。

 アメリカの2歳限定重賞アーリントンワシントンラッシーSを同国に残した産駒・シャイニングトップレディが制覇した。

 白毛に豊かな鬣、しなやかな四肢。雄大な馬体は紛うこと無くサンジェニュイン譲りだった。

 アメリカが誇る名牝を母に持ち、民衆の声援を背に駆ける姿は聖女のごとく。

 これが産駒初の重賞制覇となる。

 続いて11月のBCジュヴェナイルFもシャイニングトップレディが制し、産駒のG1レース初優勝もまた、彼女となった。

 

 同月には東スポ杯2歳ステークスをウイニンサニーが勝ち、国内産駒初重賞制覇を達成。

 12月にはサンサンドリーマーが2歳限定G1・朝日杯FSに出走し優勝した。

 会敵したサダムパテックは1番人気に推されるのも納得の手強い相手だったが、この時ばかりはサンサンドリーマーの逃げ足に軍配が挙った。

 

 初年度産駒のデビュー年から2頭のG1勝ち馬を輩出。

 これがもう来年は見れないのか、と多くのファン、競馬関係者を悲しませるほどの大活躍だった。

 

 

 年が明けて2011年。

 最初で最後となるクラシックシーズンが幕を開けた。

 このクラシックシーズンで、サンジェニュインは海外に2頭の三冠馬と、1頭の二冠馬を送り出すことになる。

 

 

 三冠馬、まず1頭目はシャイニングトップレディ。

 産駒初のG1馬である彼女は、このシーズンで2つの『史上初』を達成した。

 ひとつ目は白毛馬として史上初の三冠制覇。

 そしてふたつ目は、アメリカ三冠戦を牝馬として初めて制したことだ。

 これまでケンタッキーダービーを牝馬が制することはあっても、三冠戦すべてを制したケースはなかった。

 この活躍ぶりから、シャイニングトップレディは『砂のサンジェニュイン』と呼ばれ、その成績からアメリカ競馬にしばらくの間「シャイニングトップレディを超えろ」とスローガンが響いていた。

 

 

 2頭目の三冠馬はイギリスのサニーファンタスティック。

 母は英オークス馬で、母父は他に愛オークス馬など多くの名牝を送り出したフィリーサイアーとして知られる。

 12F以上の芝に適した血統はサンジェニュインの血とよりマッチし、サニーファンタスティックの競走生活を支えた。

 そんな同馬はサンジェニュインの生き写しと言われ、産駒の中で唯一父馬と同じく白毛に青い瞳の持ち主だった。

 雄大な馬格を活かしたパワーとスタミナはイギリスの深い芝に適応し、ブレることのない体幹の良さから生まれるスピードは他馬を置き去りにした。

 

 サンジェニュイン、最初で最期の怪物。

 

 鮮やかなメイクデビューを迎えて以降、期待を裏切らない大逃げで走り続け、ついには快挙を成し遂げる。

 ニジンスキー以来41年ぶりのイギリス三冠達成。

 その三冠レースすべてで並ばれず逃げ抜き、サニーファンタスティックは同年のカルティエ賞年度代表馬を受賞。

 サンジェニュインとの父子受賞となった。

 

 同時期、フランスではルミナスヘリシオがジョッケクルブ賞とパリ大賞典を制して二冠を達成し、同年の凱旋門賞に出走。

 当代一流の競走馬たちの中にあって1番人気に推され、鞍上には父の主戦芝木真白を迎えた。

 誰もが父子制覇の夢を見た。

 しかし惜しくも2着に敗れ、これがサンジェニュインの直仔としては最高順位となる。

 

 

 その頃、国内のクラシック路線でサンジェニュイン産駒は苦戦していた。

 父であるサンジェニュインがもともと洋芝に高い適性を見せていたこともあり、産駒たちにもその傾向が濃く出たことは誰の目にも明らかだった。

 それでも2歳シーズンで活躍したサンサンドリーマーを中心に、国内産駒もレースに爪痕を残す。

 

 気性の荒さこそあったが闘争心は産駒随一のサニーメロンソーダが皐月賞2着、菊花賞3着と好走。

 母父キングマンボは「万能」と称されるほど多種多様な馬場、距離に対応した産駒を輩出することで知られ、代表産駒エルコンドルパサーやキングカメハメハがその最高の例だった。

 孫世代に天皇賞・春勝ち馬スズカマンボ、そしてサニーメロンソーダと同父のサンサンドリーマー等、G1馬も多数出している。

 早い話、サンジェニュインの血とキングマンボの血は相性が良かったのだ。

 そのことを、3歳馬初の宝塚記念制覇という形で証明してみせた。

 

 父が1センチ差で敗れたダービー。ここを低人気ながら2着と健闘したのはタイヨウマツリカだ。

 デビューは3歳1月とやや出遅れたがそこから3連勝。ダービートライアル・プリンシパルSを経て出走権を得た。

 母父オグリキャップの影響か精神的にどっしりと構えた馬で、多少の競り合いならストレスにはならなかった。

 そのタイヨウマツリカにとって初のG1がダービーだった。

 皐月賞馬オルフェーヴルが中団に控える中、同父のサンサンドリーマーと先頭を競り合いレースを牽引。

 スパートをかけるオルフェーヴルの猛追から逃げ続け、しかしゴールの一瞬手前で僅かに耐えきれなかった。

 着差はハナ差、1センチ。

 奇しくも父と同じ着差で敗れたタイヨウマツリカはその直後、心房細動を発症して休養。

 菊花賞での勝利をファンに期待されながらも、ラスト一冠へのチャレンジはサニーメロンソーダ1頭のみに終わった。

 

 

 惜しい競馬が続いたが、宝塚記念を制したサニーメロンソーダをきっかけに、秋の古馬戦線では活躍馬がでた。

 弥生賞以降すっかり調子を落としていたサンサンドリーマーがー天皇賞・秋を制覇。

 これが約1年ぶりのG1制覇だった。

 ジャパンカップ前には長期休養していたタイヨウマツリカがトレセンに戻り、有馬記念への出走を決定。

 当日は三冠馬となったオルフェーヴルと叩き合いの末、今度はきっちり猛追から逃げ切って勝利を手にした。

 鞍上の目黒カレン騎手は国内における女性ジョッキーとして初の平地G1レース制覇。

 タイヨウマツリカは有馬記念をラストランに種牡馬入りし、父の後継として社来スタリオンSのサンジェニュイン専用厩舎を引き継いだ。

 

 2011年のサンジェニュイン産駒のG1勝ち数は国内外合わせてのべ11勝。

 2012年以降もサニーファンタスティックがイギリス長距離三冠を達成するなど、産駒の活躍は続いた。

 

 

 

 わずか1世代の産駒からこれほど活躍馬が出るのは稀有な例である。

 それもクラシックレースで結果を残し、さらに古馬でも結果を残すのは並のことではない。

 世界最高峰の芝レース・凱旋門賞に挑んだ産駒は両手では足りず、挑む白毛の背中はどれも記憶に残るものだった。

 しかし残念なことに直仔で凱旋門賞を制する馬は終ぞ現れなかった。

 それでも2017年。

 ひと足さきに種牡馬入りしたタイヨウマツリカの初年度産駒サントゥナイトが、一族の誇りを取り戻す。

 それは他馬の追随を許さない圧倒的な大逃げでもってロンシャンを走破し。

 抉れた芝の無惨な傷跡にひだまりを創った。

 諦めを知らない執念深さは、祖父の背中に確かに似ていた。

 

 

 最終的に197頭の産駒からは94頭の繁殖馬が登録され、タイヨウマツリカを含む5頭が後継種牡馬として名を残した。

 その後継種牡馬たちもそれぞれの後継に恵まれ、今日の競馬を支える。

 

 

 2023年現在も、その血脈は色褪せない輝きを放ち、ファンを魅了してやまない。








産駒たち
最初で最後の仔どもたち
各自母馬から父の武勇伝を叩き込まれているとかどうとか
ぼくのぱぱは孤高にして至高の凱旋門賞馬……!!(白目)

芝木真白
うぅ……ずっとすきでいる……(寝込む)

何も知らないカネヒキリくん
今回の話にはいなかったけどカネヒキリくんは何も知らないままサンジェニュインはどこにいるんだろうと思ってる

うっすら勘づいてるディープインパクトさん
もしかしてサンジェニュイン死んでる?とうっすら勘づいてるだって隣の放牧地が空なんだよでも信じたくない

優しい嘘がバレたラインクラフトちゃん
泣き虫な白毛のためについた最初で最後の優しい嘘を虹の向こう側で暴かれる予定

サンジェニュイン
ずっと家族が欲しかったから誰よりも自分の仔に会いたがってたぽんこつ牡馬

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