長らく世話になった厩舎が、今日、終わりを迎えた。
感傷に浸る、と言うよりは清々しさすら感じられる同僚たちを横目に、俺は事務室に残していた私物を鞄に詰める。
馬の引き渡しやら何やらでここ数日は自分のこともままならず、こうしてギリギリ片付けることになった。
それは俺だけではなかったようで、他にも何人かの同僚たちが掃除をしている。
これ懐かしいな、なんて思い出話に花を咲かせながら。
「もうそろそろやで」
「わかってるわかってる。ちょっとばかし、ここには思い出が多いからな」
俺の肩を叩いた同僚は、お、それ! と声を上げる。
俺が机の奥から引っ張り出した巻き紙を取り上げて広げると、それを見た他の厩務員からも『おお』と声が上がった。
懐かしいな、ほんとにな、と思い出を振り返る声が満ちる。
比較的若い厩務員が不思議そうな顔をすると、俺から巻き紙を取り上げた同僚が破面して答えた。
「これはな、カネヒキリの思い出の写真やねん」
「カネヒキリて、あのカネヒキリ? 砂の支配者の?」
「せや。っていうか、他のカネヒキリがいてたまるかいな」
小さく笑いが広がるのを背に感じながら、それでも俺は私物を鞄に詰め続けた。
後ろでは同僚たちがまだ懐かしいと声を上げる。
「ほんまに懐かしい。あの頃、これを見ん日はなかったなあ。な、高山」
「……そうやな」
ちらりと視線を上に向けた。
同僚が広げた巻き紙に映る白毛を見つめる。……本当に、懐かしい日々だ。
あの巻き紙── 大判のポスターを最後に見たのは2010年。
ここ、
俺が覚えている限り、カネヒキリという馬は、物静かで大人しい馬だった。
2002年、栗東トレーニングセンターに入った時、まさか自分が歴史的名馬の厩務員になるとは露程も思っていなかった。
まだ若かったこともあるし、実感が伴っていなかったのかも知れない。
そんな俺の目の前に現われたのが、後にドバイワールドカップを制することになる砂の支配者── カネヒキリだった。
「大きいですね」
最初の一言はそんなものだった気がする。
栗毛の馬体は大きくどっしりして見え、2歳馬とは思えない迫力に驚いた。
その時お世話になっていた居住調教師も、俺の言葉に笑って頷いていたと思う。
カネヒキリは精神的に落ち着いていて、同世代の馬が暴れる横でも大人しく調教を受けていた。
あまりにも従順で手が掛からないので、自分と同じ若手の厩務員からは羨ましがられたものだ。
その反面、年嵩の厩務員たちからは「世話のしがいがないだろう」と言われることもあった。
「……手の掛からんことはええことや」
それが『厩務員としてつまらない』と言われようと。
人間の評価になど興味を示さないカネヒキリは、いつも通り従順に調教を熟し、デビューへ向けて着実に強くなっていった。
その一歩一歩が、ただ嬉しかったことを覚えている。
そのカネヒキリに変化が見られたのは、カネヒキリが居住厩舎にやってきてしばらく経ってからのこと。
「併せ馬ですか」
「ああ。本原先生のところでは馬体の大きい馬が他にいないようでな。カネヒキリもそろそろ相手がいなくなってきたし、良い機会だと思って受け入れることにしたよ」
テキが── 居住調教師が選んだカネヒキリの併せ馬の相手。
居住厩舎からそう離れていない場所にある本原厩舎の2歳馬、サンジェニュイン。
噂は聞いていた。
サンデーサイレンス産駒の白毛の牡馬。
突然変異だというその毛色と、2歳馬とは思えない大柄な馬体で人目を惹く馬だ。
7月という遅生まれでありながら、1歳の秋に栗東トレセンに早期入厩した変わり者。
馬の少なくなった時間帯を中心に調教しているようで、俺はそれまで一度もサンジェニュインに会ったことはなかった。
ただ、その白い馬体は人間だけでなく馬の目も惹くようで、担当馬がサンジェニュインに興味を持ってしまって調教にならなかった、と知り合いの厩務員が言っていたことを思い出した。
「噂だとものすごくキレイらしいで、カネヒキリ」
翌日に備えてのブラッシング中、戯れにそう言ってみるも、カネヒキリはいつも通り興味なさそうに立っていた。
そうか、お前は他馬になんぞ興味ないものな。
苦笑いを浮かべてブラッシングをやり遂げ、その日はカネヒキリから離れた。
翌朝。テキの指示に従い、カネヒキリを連れて調教場へ向かった。
馬場にはまだサンジェニュインたちは到着していなかったようで、そこで待つこと数分。
周りがいやにザワザワしているな、と思っていたら、その騒ぎの中心から1頭の馬が姿を現した。
「……あれが、サンジェニュイン」
白い馬体は、太陽の光に照らされて金色に縁取られているようにも見えた。
風に揺れる鬣も柔らかそうだ。
白毛は地肌が薄桃色だと言うが、サンジェニュインの鼻先もほんのりと色づいて見える。
なるほど、評判に違わず美しい馬だ。噂になるのも理解できた。
白い睫に縁取られた瞳の色が青色と気づいてからは、もうずっと納得しきりだ。
しばらく見蕩れていたが、テキと本原調教師が軽く挨拶を交わすと、指示を受けてカネヒキリの手綱を引いた。
そうしていつも通りの手綱引きに従って振り返ったカネヒキリが、その視界にサンジェニュインを入れた、その瞬間。
「ッカネヒキリ……!?」
ぐい、と力強く引っ張られた。
なんとか掴んだ手綱の先で、カネヒキリは首を長く伸ばしている。
鼻先が見たこともないくらい柔軟に動き、耳がキュッと絞られた。
まるで怒りにも似た── これは興奮だ。
サンジェニュインへと真っ直ぐ向かう視線がブレることはない。
赤褐色の馬体に似合う黒々としたカネヒキリの目は、もうその白さ以外見えていないかのようだった。
一方のサンジェニュインは怯えていた。
急にカネヒキリが近寄ってきたから当然だ。
だけどこのままはまずい、と思ってカネヒキリの手綱を引っ張ろうにも、カネヒキリはぐんぐんと前に進んだ。
その度にサンジェニュインが一歩後ろに引き、とうとう柵に尻が乗った所で2頭は揃って動きを止める。
しばし睨みあった末、テキたちの協力もあってなんとか引き剥がせた。
けどカネヒキリはサンジェニュインが気になって仕方ないようで、その後の併せ馬も大変だった。
カネヒキリは何故かサンジェニュインの方を向いたまま走り出すし、終わった後もサンジェニュインの後をつけて帰ろうとする。
その奇行はサンジェニュインがカネヒキリの視界から消えるまでの間ずっと続いた。
「ははは、カネヒキリ。さてはお前、サンジェニュインが気に入ったんだな?」
なんて、テキは呑気に笑っていた。
これまで1ミリも他馬を気にしてこなかったカネヒキリが、サンジェニュインを気に入ってる。
それは見ている俺にもよく分かったが、どうにも信じがたい。
入厩してから長らく見ていた分、あのカネヒキリが、という思いがなかなか消えなかったせいだろうか。
初めて見る白毛に興味を惹かれただけではないか。
だがそんな俺の考えは、併せ馬を重ねるごとに薄まっていった。
何度併せてもカネヒキリの態度が変わることは無かったからだ。
「カネヒキリ。テキが言った通り、ほんまにサンジェニュインが気に入ったんやなあ」
カネヒキリからの返事はない。当然だ。
馬に人間の言葉なんてわからないのだから。
でも、言葉なんかなくっても、カネヒキリの行動は雄弁だった。
何よりもその視線の追う先。それを見ていれば、答えなんて分かりきっている。
風に揺れる鬣が透けるほど美しい馬が、嘶きに応えて振り返った。
「この際、お気に入りなんはええねんけど……急に走り出すのだけはやめえや。俺の腰がもたんねん」
冗談半分、本気半分。
サンジェニュインを見つけると一目散に駆け寄ってしまうせいで、俺はここ最近いつも引き摺られている。
そろそろ上半身と下半身が千切れてまうんやないか、と同僚に笑われるくらい。
しかし俺の切実な願いも虚しく、カネヒキリの『一途』な突撃は終ぞ止まなかった。
衝撃的な出会いからあっという間に1年が過ぎた。
どことなく渋めな栗色の馬体が朝日を浴びる。
最初の出会いこそサンジェニュイン側からすれば良い印象ではなかったかもしれないが、回数を重ねるごとに2頭は仲良くなっていった。
今ではサンジェニュインの方からカネヒキリに近寄ってくることもあるほどに。
この栗東では誰もがこの2頭の仲の良さを知っていた。だが──……。
「……今日が最後やて、カネヒキリ」
2歳の夏に芝の新馬戦に挑んだカネヒキリは、残念ながら勝ち上がれず、未勝利のまま3歳を迎えようとしていた。
距離か、馬場状態か、それともカネヒキリ自身の能力か。
厩舎一同頭を抱えて悩みに悩んだ末、カネヒキリはダートへと路線変更することになった。
幻の三冠馬と目され、産駒は芝での活躍をと願われたフジキセキの7年目。
未だG1馬に恵まれない父の期待を背負って買われ、デビューを迎えた。
路線変更するのは容易なことではない。居住先生は2001年に開業してからまだ数年。
決断には勇気が必要だったし、俺も、これからのカネヒキリのことが心配でしかたなかった。
けど、カネヒキリの足を思えばこそ、この路線変更を受け入れるべきだと今はみんな思ってる。
元が筋肉質で馬体が大きくなり易いフジキセキ産駒の中でも、カネヒキリはかなり大きな部類だ。
その大きさの分、脚への負担は凄まじかった。
恵まれたパワーを生かす場は芝よりも砂の方がきっとチャンスはある。
「そのための努力をするのに、もう、あいつとは走れないなあ」
今日の併せ馬がサンジェニュインとの最後の併せ馬になる。
予定取り芝のクラシック路線へと向かうだろうサンジェニュインとはもう道が交わらない。
だから仕方ない。
……そんなこと、カネヒキリはもちろんサンジェニュインも知らない。
2頭にとってはいつも通りの併せ馬だ。だから最後まではしゃいで終わった。
気を利かせたテキたちがサンジェニュインとカネヒキリを一緒に歩かせた以外は、本当にいつも通り。
帰り際に渋ったカネヒキリは、もしかたらほんのちょっとだけ気づいていたかも知れないけれど。
他馬になんて興味ない、という横顔で馬房に収まった馬の、あの爛々と光る瞳はもう見られないのか。
それがちょっとだけ、悲しかった。
「最後の併せ馬ん時さあ、みんなしんみりしてたよなあ。── まあアイツ、脱柵してサンジェニュインに会いに行ってたんやけど」
ドッ、と笑いが溢れる。いや笑てる場合ちゃうでほんま、と誰かが言い重ねても止むことはなかった。
どうなることかと思った2頭の再会は思わぬ形で叶い、ついでにカネヒキリの問題行動まで引き起こしたわけだが。
それ以外はカネヒキリらしいクールさを見せてくれた。
ダートへの切り替えも、不安は最初だけで蓋を開けてみれば2005年最優秀ダート馬に選出されるなど、適性の高さを遺憾無く発揮。
父フジキセキに初の産駒G1タイトルをもたらしたのだ。
2006年にはドバイワールドカップに招待され、初の海外遠征にだって挑んだ。
俺は残念ながら体調を崩してしまい、カネヒキリに付き添うことは叶わなかったけれど、テレビ越しにその活躍を目にした。
異国の大地。そこで稲妻光らせて駆け抜く、いっちょ前の漢の姿を。
「よう頑張ったな、カネヒキリ」
国内同様、鞍上に竹創騎手を迎えたカネヒキリは、ワールドクラスの馬を相手に強気の走りを見た。
終盤は強烈な末脚で差し切り優勝。見てるこっちが痺れるほど鮮やかだった。
帯同馬としてともにドバイ遠征したサンジェニュインは、同日のドバイシーマクラシックで2センチ差の二着という実に惜しい結果だっただけに、これまで切磋琢磨してきたカネヒキリがその仇をとる結果になったのは、2頭とも応援してきた身としてはとても嬉しい。
しかしドバイワールドカップ制覇の代償は大きかった。
カネヒキリは屈腱炎を発症してしまい、予定していたサンジェニュインの帯同馬のスケジュールは白紙に。
それと同時に、カネヒキリ自身が予定していた秋のスケジュールも白紙に戻り、長期の療養を余儀なくされた。
俺はてっきり種牡馬入りになると思っていた。
史上初のドバイWC制覇だ。世界のレジェンドホース相手に十分過ぎるほどの活躍だろう。
カネヒキリの名前は日本競馬史に深く刻まれるほどの偉業。
しかしオーナーの意向もあってカネヒキリは現役続行。
復帰予定は1年後の2007年となったが、その前にサンジェニュインの引退が決まった。
「欧州五冠。しかもそのうち1つは凱旋門賞……カネヒキリ、お前のお気に入りはとんでもない高みまで昇ってもうたぞ」
カネヒキリと共に遠征したドバイでこそ惜敗したが、サンジェニュインは欧州に移動してから凄まじい活躍を見せた。
ガネー賞、サンクルー大賞典、KGVI&QES、インターナショナルS── これまで多くの日本馬が挑んでは押し返された舞台。
それを連勝して挑んだ凱旋門賞で、国内最強と謳われたディープインパクトを二着に退けて勝って見せた。
終いにはヨーロッパ外の馬として初めてのカルティエ賞年度代表馬に選出されたのだ。
そして暮れの有馬記念で好敵手と競り合い、目映い輝きを放ったままターフを去った。
「お前より一足先にお父ちゃんになるんやって」
結局カネヒキリが帰ってきたのは2008年のことだった。
ドバイ遠征をしてから2年。
屈腱炎という、競走馬からすると不治に近い病を乗り越えて、カネヒキリは再び戦場に戻ってきた。
サンジェニュインのいない戦場に。
だがカネヒキリはそれを理解できない。
だから未だに、サンジェニュインがいた頃の癖で本原厩舎へと向かう。
数ある馬房の中にサンジェニュインの影を探す。
そこにはもういない、白毛の揺れる様を求める。
どうしたものかと頭を抱えていたら、ある情報を聞いた。
ヴァーミリアンが療養中にサンジェニュインの写真を馬房に飾っていた、という情報を。
物は試しにと馬房にサンジェニュインのポスターを設置したのが、思えば始まりだったのかもしれない。
「ほうらカネヒキリ、サンジェニュインやで~」
等身大ポスターは流石に用意できなかったが、画像を目一杯広げ、馬房の壁に飾ってやった。
するとカネヒキリは本原厩舎に通うのをやめ、代わりに日に1回以上はポスターを眺めるようになった。
物言わぬポスターを前に、カネヒキリが何を思っていたのかはわからない。
しかしカネヒキリが引退するまでの4年間、その馬房にはサンジェニュインのポスターがあったことだけは、確かなことだった。
「これ、時期によっては写真を変えてたんよなあ」
同僚の声で現実に引き戻された。
ポスターをしげしげと見つめる同僚は、俺に向かって「そうやんな」と同意を求める。
それに頷き返して、カネヒキリと過ごした日々をゆっくりと追想した。
ポスターは結構な頻度で変えていた、と思う。
というのも、カネヒキリがポスターに頬擦りすることがあるので、擦られた部分が禿げてしまうからだ。
だからカネヒキリが馬場に向かった後でポスターを貼り替えた。コレが結構な重労働で、厩舎の壁を傷つけないよう苦労したものだ。
あと、カネヒキリが戻ってくるまでが作業時間なので、結構急ぐ必要もあるからなおさら。
最初はカネヒキリを馬房の前で待たせて貼り替えていたのだが、ポスターを取り上げられると思ったのか暴れたことがあった。
それ以降はカネヒキリに見えないよう、調教中にこっそりやっている。
あとは毎回同じ写真なのもつまらんだろう、と思って年に4回、季節ごとにポスターの写真を変えていた。
ありがたいことに、かつてサンジェニュインの厩務員だった目黒さんからサンジェニュインの写真を度々送ってもらっていたので、それを引き伸ばしてポスターに使用。
四季折々の楽しそうなサンジェニュインの姿がカネヒキリの馬房を彩ってくれていた。
サンジェニュインはカネヒキリの4年間を知らないだろうが、カネヒキリだけは、サンジェニュインの4年間の姿を知っていることになる。
それがなんだかおかしくて、当時は張り替えるたびに笑っていたことを思い出した。
その頃のカネヒキリといえば、最初に出会った頃と変わらずおとなしい馬だった。
厩舎内でも、馬場に出ても、競馬場に出ても、態度は変わらなかった。
調教も真面目だった。変に掛かることはなかったし、暴れることも、ぐずることもない。
忍耐強い馬だったので、怪我の範囲や痛みの強度を見極めるのだけは、とても大変だったのを覚えている。
物言わぬ馬なので、厩務員が色々察してやらなければいけないのだが、なかなか隙を見せてくれないのだ。
しかしサンジェニュインのポスターを貼ってからは、どこか痛い時はポスターに頬擦りすることがわかってだいぶ楽になった。
それでも、防ぎようのないものはある。
「屈腱炎も辛かったが、骨折までして……それなのにカネヒキリ、お前は、1年後にはきっちり戻ってきよったな」
2009年。骨折が発覚して戻ってきたのは2010年。
その頃には、サンジェニュインの初年度産駒が栗東トレーニングセンターに続々と入厩していた。
居住厩舎には産駒はこなかったが、近所にある本原厩舎には、当然というべきかサンジェニュイン産駒が数多く入厩。
馬場に出るには本原厩舎の近くを通る必要があるので、カネヒキリもサンジェニュイン産駒と何度かすれ違っていた。
どんな反応を見せるか、最初の頃はワクワクしたもんだが、結果は空振り。
不思議なことに、カネヒキリはサンジェニュインの産駒たちに反応することはなかった。
てっきりサンジェニュインの白毛の部分に目を引かれていたと思っていたので、その反応の違いが少し面白い。
カネヒキリの中で、同じ白毛でもサンジェニュインとその他とでは明確な違いがあるらしい。
人間にはわからない、馬独特の感性によるものだろうか。
カネヒキリと同世代で、共に【砂の支配者】というポジションを奪い合う間柄であるヴァーミリアンは、サンジェニュイン産駒によく反応するという噂だ。
だがカネヒキリは、真横をサンジェニュインの産駒が通っても素知らぬ顔をする。
不思議だが、やはりカネヒキリにしかわからない何かがあるのだろう。
その年、サンジェニュインの誕生日から約2週間後となる7月19日。
カネヒキリは2009年の川崎記念以来、1年ぶりとなる勝利をマーキュリーカップで上げた。
続くブリーダーズゴールドカップでも1番人気を背負って出走したが、ここではシルクメビウスの二着。
惜しくも連勝とはならず、左前肢の屈腱炎が発覚したため、カネヒキリはとうとう戦場から去ることになった。
種牡馬入りの前に療養のため社来ファーム・
サンジェニュインと同じ厩舎に入り、なんと放牧地まで共有していたという。
あいつもちゃっかりしてるなあ、と追想の終わりを振り返って、俺は顔を上げた。
「結局最後まで会いに行けへんかったな」
ふと、口からそう漏れていた。
同僚は目を丸くしていたが、やんわりと細めると「そうやんな」と頷いた。
カネヒキリが社来SSでサンジェニュインに看取られてから約5年。
アイツが6年もの間過ごした居住厩舎はなくなる。
ポスターはとっくの昔に巻いて埃を被り、カネヒキリがかつて使っていた厩舎の、ポスター跡もすっかり綺麗にされていた。
もう、カネヒキリがここにいた香りも、その痕跡もない。
しかし、埃を被ったままのポスターを目にした時。
そこに写る白毛馬のことよりも先に、それに頬を寄せたカネヒキリの姿が思い浮かぶのは、俺だけだろうか。
……いいや、きっと当時、カネヒキリを見ていたものならば誰しもがカネヒキリの方を思い出すだろう。
「幸せそうやったなあ」
痛みを乗り越えるために擦り寄せた頬。
横顔は明るく、希望に満ちていた。
「なあ、この後飲みに行かん?」
「ええやん。飲もうや、どうせこれより後はろくに会えへんで。お前らも、今日は奢ったるて── こいつが」
「俺かい」
ええやん、と続く声に笑う。
残っていた最後の私物を鞄に詰めた。
ポスターどうする、お前いるか、いらん、先生にあげよ、こんなんもらってどうするん、と同僚たちが話す声に耳を傾けた。
なあ、飲み会で見せたいモンがあんねん。
これな、ずっと、ずっと、開けられんかってん。ずっと。
「もっと早うあければよかったかな」
届いたのは2015年だった。
サンジェニュインの半生を綴ったベストセラー作の映画版。
その公開日に合わせて届いたアルバム。
俺の知らない、カネヒキリとサンジェニュインの4年間が詰まったそれを、2021年になっても開けられずにいた。
開けられないまま、カネヒキリは逝ってしまった。
それをずっと後悔していたのかもしれない。
「カネヒキリがサンジェニュインに引っ付いてる写真に1票」
「俺は逆や。カネヒキリが遠くからサンジェニュインを眺めてるに1票」
「おんなし放牧地やったんやろ? めっちゃ仲良いやん」
「でもなあ、カネヒキリ、サンジェニュインが近づくとすぅぐフラフラするやん」
「あったなあ、そんなことも!」
部屋が思い出に満ちる。
おとなしく静かな馬の、面白さに満ちた横顔が語られる。
本当はもっと早く、語るべきだったのかもしれない。
写真を酒のつまみに肩を組んで。
アイツ、やたらサンジェニュインのこと好きやったよな、って。
そういや竹さんはカネヒキリのこと、サンジェニュインの前やと格好つけたがり、って言うてたな、とか。
ヴァーミリアンとは仲悪かった、なんてものでもいい。
ただ話すべきだった。
カネヒキリという馬のことを。
「知っとる? アイツ、サンジェニュインがおらんと不機嫌になるんよ。これ、情報源は俺な!」
「なんそれ、情報源お前やったら真偽つけようもないやん!」
空笑いを漏らした。
泣くつもりはなかったのに、その笑いを漏らしたせいで嗚咽に変わる。
引き攣る喉の奥でカネヒキリを呼んだ。
死んで5年が経ったのに、今さら。
「……なんや、サンジェニュインに会いに行こうや」
言い出したのは同僚だった。
「カネヒキリの思い出の馬を見に行ったろやないか」
と、続けた声は震えていた。
「それにどうせ、カネヒキリはサンジェニュインの隣にいるやろ」
「せやせや。アイツ幽霊になってもサンジェニュインのところにいそうやん。ほとんど毎日ポスター眺めとった男やで?」
「そう考えるとだいぶシュールやな」
小さな笑い声が広がる。
俺は顔を押さえながら、その笑い声に追従した。
「ほな、飲み会には先生も誘って、みんなでアルバム捲りながら思い出話と洒落込もうや」
賛成、と同僚たちの手が上がる。
「竹さんも誘ったら来てくれるんちゃう」
「さすがに
「や、ドバイのエピソードもうちょい聞きたいし。あ、芝木くんも呼ばん?」
「マシロくんずっとカネヒキリから威嚇されてたやんけ」
なんて軽口を叩く声をバックミュージックに立ち上がった。
今日で俺の口座は空っぽになるみたいだが、奥さんは許してくれるだろうか。
許してほしい。これが生涯で最後だから。
「……また写真撮ったろかな」
最新のサンジェニュインの写真。
年に4回撮って、アイツの墓前に供えようか。
サンジェニュインは天国にいるお前を知らないけど、カネヒキリ、お前だけはサンジェニュインの老いを辿る。
願わくばサンジェニュインが天国に行った後、俺が撮った写真を酒のつまみに思い出を語り合ってくれよ。
いや、馬だから酒は飲めへんのか。ほな、かわりに青草でも食いながら語ってって。
サンジェニュインはきっと、カネヒキリ、お前なんで俺のことに詳しんだよ、なんて目ん玉ひっくり返すはずやから。
── ヒヒーン
「え?」
すぐ側で馬の嗎が聞こえた気がした。
それが妙に聞き慣れた音だったから、俺は振り返ろうとして、やめた。
「……ほな、またな、カネヒキリ」
事務室の扉を閉める。
俺の思い出を詰め込んだ居住厩舎が、今日、終わった。
居住厩舎のみなさん
サンジェが所属する本原厩舎を本当にいろいろ助けてくれた
凱旋門賞馬サンジェニュイン誕生に欠かせない存在
異常牡馬モテ個体サンジェに怯えず普通の馬として接してくれた
カネヒキリくんをはじめシーザリオちゃんやデルタブルース先輩、ハットトリック先輩、ウオッカちゃんの貸し出し本当にありがとうございました!
なおこのあと異常牝馬モテ個体ウオッカちゃんの取り扱い参考例にされたとかどうとか
カネヒキリハッピーライフを見に行かなかったことを後悔するくらいカネヒキリくんが大好きな人たち
カネヒキリくん
出会った当初大興奮だった牡馬
サンジェニュインのいない4年間をサンジェポスターで凌いだ鋼の漢
初めて目の前でポスター引き剥がされたときは親の敵かってくらい暴れた
「サンジェニュインにあらずんばサンジェニュインにあらず」
なのでサンジェ産駒に興味はない
天国に行ったと思われているが、正確には天国一歩手前の原っぱでサンジェ待機をしてる
サンジェニュイン
もっと居住厩舎のみなさんに感謝すべき牡馬
この後死ぬまでずっと「年に4回見知った顔が俺を撮りに来てるなあ」と思うようになる
第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)
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エアグルーヴ
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ハルウララ
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ウオッカ
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カレンチャン
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海外牝馬組