久々に新規に書きました。
サンジェニュインの出資者の話です。
※一口馬主についての説明はWikipediaを参照しています。
きみはそこにいる
あの日、確かにそこにいた。
「がんばれ、がんばれよ、サンジェ……」
当時、フランス・ロンシャン競馬場で開催されていたビッグレース。
9番ゲートに収まる白い馬体を、大勢のファンが見つめていた。
張り詰めた空気はどこか息苦しく、けど、飛び交う声には熱がある。
だって、そこには夢があったから。
何十年と見続けてきた夢が、その結実に向けた大切な一歩が。
白い光をまとって、確かに、そこにあったから。
ゲートが開く。
前のめりになる。
ダンッ、と一際強く蹴り上げられた大地が揺れる。
手すりを握った手が燃えるように熱した。
「出た! 先頭はサンジェニュインだ!」
サンジェ、サンジェ、 ── サンジェニュイン!
誰かが叫んだ言葉に呼応するように口を開けた。
きみしか見えなかった。
その白色だけを双眼が追う。
見慣れた勝負服が鞭をくるり、1回転。
上がったスピードに世界が回る。
懸命に駆けた痕跡が、えぐれた大地の姿で見えた。
2006年10月3日。
フランス・ロンシャン競馬場。
芝12ハロン、約2,400メートルの右回りで開催された、格式ある国際GⅠの大舞台。
Prix de l'Arc de Triomphe ── 凱旋門賞。
スピードシンボリが。
メジロムサシが。
シリウスシンボリが。
エルコンドルパサーが。
マンハッタンカフェが。
タップダンスシチーが。
挑んで、挑んで、挑んで。
そうしてたどり着けずに敗れたレースへ。
7頭目のチャレンジャーとして、きみはそこにいた。
きみとの ── サンジェニュインとの出会いは、2003年の秋のことだった。
会社員生活10年目。
30代も間もなく半ばを過ぎようかという頃。
独身貴族を極めて、懐にもだいぶ余裕があった。
世間は対イラク関連のニュースが連日流れたり、株価がバブル後の最安値になったり、自殺者の数が戦後史上最悪の人数に達したり。
通り魔事件や銃乱射事件なども複数回起きて、悪い意味で話題に事欠かない1年だったと思う。
そんな世の中にしては、自分はかなり恵まれた人間だと自覚していた。
高校生や大学生の遊びたい盛りにバブルを経験した身としては、崩壊後のあの空気や現実は堪えるものもあった。
新卒の就職活動をしていた時期なんて、景気悪化が表面化しつつあった1992年以降だった為、バブル経済の好影響は受けられていない。
しかし堅実に蓄えていた両親のおかげで、バブル前も後も生活に苦労しなかった。
就活だって41社目の書類審査が通り、そこにサークルOBがいたことで採用。
最初から高待遇というわけではなかったが、激務のせいかやめていく社員の後釜に何度もなっていくうちに出世を繰り返した。
そうして気づけば入社わずか3年で係長になり、今や課長である。
不景気から脱し切れていない世の中でも、ニッチな産業で年々売り上げを伸ばしていく弊社。
そんな弊社のスローガンは『社員還元』であるからして、業績が上がる分だけ給料として還元され、お陰様で独身貴族をやれているわけだ。
仕事は相変わらず激務だが、見合った給料と、上昇意欲の強い同僚に努力家な部下、面倒見の良い上司がいる会社は居心地が良かった。
ポジティブな感情が循環する場所で積み上げてきた信頼の分だけ、手付かずの口座が重くなっていく。
そういえば今いくら貯金があるんだっけ、と読み取り機に通帳を流せば、そこには絶句するほどの金額が積み重なっていた。
思い返せば当然のことだ。
役職を得たことで上がった基本給と追加された手当、会社の業績が上がったことで年々支給されるボーナス額も増えて、それが丸ごと貯蓄に回されてノータッチなのだから。
大した趣味もなく、アルコールにもそれこそギャンブルにだって興味はなかった。
でも、本当は人生に一度でいいから『人並外れた』何かをしてみたかった。
人にも環境にも恵まれ、ドラマや映画のような派手さはないがかなり満足して過ごしてきた人生。
物足りなかった。いつも、どこか、ふとした時に足りなかった。
たぶん、心のどこかで刺激的な日常を欲していたのだ。
思春期の時に想像したような、物語の主役とまではいかなくても良い。
普通の人はしないような、けれど圧倒的少数はでもない、特別な何か、珍しい何かに。
猛烈に憧れていたのだ。
そんな時だった。
ハルウララ、という1頭の競走馬の名前が耳に入った。
「馬券が交通安全のお守り? 負け続きなのにか?」
「ヤだな課長、だからじゃないですか!」
「そうですよ! 負けるってつまり、この馬券は
「ああ、他所の車に当たらない、ってこと」
その通り、と頷く20代の部下に苦笑いを返す。
「馬券は当たらないと意味がないんじゃないのか?」
「マ、普通の競馬はそうでしょうね! でもハルウララは違うンです!」
「そうです、負けてくれるのがありがたいンです」
「いや、実は俺はちょっと勝ってくれたらいいのにと思ってる」
「なんだって!」
「当たったら当たったでご利益がありそうなンだもん……」
「そりゃそうだな」
ハハハ、と小さな笑いが起きる。
部下たちがいうには、ハルウララというのは負けっぱなしの馬だという。
デビューしてから今日まで、1度もレースを勝ったことがない。
高知競馬場という地方競馬の馬で、馬のレベルも中央競馬に比べたら格段に劣るような場所でも勝てっこないんだと。
競馬に縁もゆかりもなかったので知らなかったが、競馬にはよくテレビでも取り上げられている中央競馬と、各地方で開催されている地方競馬のふたつがあるらしい。
弊社の近くにある東京競馬場は中央競馬の管轄下で、同じ東京でも大井競馬場は地方競馬なのだそうだ。
へえ、と相槌を打つと、部下のひとりが「見に行きませンか!? ね、そうしましょ!」と誘ってきた。
「見に行くって、大井にか? 東京?」
「高知!」
「バカタレ、遠いわ」
「いいじゃないですか、旅行も兼ねて、ね、ねッ?」
「そうです! 向こうの美味いもんなんか鰻しか知らないですけど、美味いもん食い行きましょうよ!」
「高知といえばあれです、あれあれ、そう坂本龍馬! そのついでで良いので見に行きましょうよ高知競馬場、ハルウララ!」
部下ふたりに追い立てられるように言われ、仕方なしに頷いたのが始まりだった。
会社の規定で夏は一定日数の夏休みが与えられる。
今年は休日なども重なって9日間の休みが取れたので、部下ふたりを連れて高知へと向かった。
実は、競馬場には大学の先輩に連れられて1度だけ行ったことがある。
1991年の5月下旬。東京競馬場だった。
競走馬にとって一世一代の大舞台だという『ダービー』の日だ。
すし詰め状態で身動きも取れない中、人々の歓声と自分を踏み台にした先輩の実況を頼りにレースを想像した。
興奮して舌が縺れたのか、途中から何を言っているかは全くわからなかったが、どの馬が勝ったのかだけはわかった。
先輩も、誰も彼もが同じ馬の名前を口にしていたから。
『テイオーだ! テイオー! トウカイテイオーだ!!』
ドン、と地鳴りが響いた気がした。
もしくは、会場全体がひとつの生き物になったかのような、そう錯覚させるほど同じタイミングでみんなが叫んでいた。
やった、やった二冠馬だテイオー、テイオー、と。
その先輩は大学卒業を前に病に伏して亡くなり、それ以来、競馬とはとんと縁がなかった。
「高知競馬ははっきり言って死にかけなんですけど」
「死にかけ」
「ハイ。経営難というか、やっぱり地方の方が色々大変なもンで。今年の3月には栃木の足利競馬場が閉じました。
それを救うかもしれないのがハルウララです、と部下は言った。
「競馬場を救うのは馬と人なンです。何より人です。人がいなきゃ、人が馬券を買ってやらなきゃ、そこにはなんにも残らないンです」
ハルウララは競馬場に人が呼べる。
馬自身は確かに勝てないけど、その勝てなさが、本当は馬としてあっちゃいけない負けっぷりが競馬場に人を集めるのだ。
どうせ来たからにはウララの馬券だけじゃ味気ない、とついでに買われていく馬券たち。
小さな人混みはやがて大きな活気となり、その活気がまた人を呼び込んでくれる。
きっかけが連敗続きの馬だったとしても、それが馬の、ひいては生産牧場の汚点になったとしても、けれど競馬場に人が来る。
それがどれほど大きな効果を齎すのかを、人相手に商売をしている職柄、自分でも想像できた。
「生産者は苦しい思いでしょうけれどね……」
お前、実家は北海道だっけ、と聞くと頷いた。
父方は室蘭だけど母方が浦河だ、と。
「戦前からあるちっちゃな牧場です。北海道競馬で走らせてます。てんで走らないンですけど、でも、買ってくれる
子供が走れば、親の評価が上がる。
親の評価が上がれば、それが牧場の利益になる。
だから、勝てない馬の存在は、その親が存命であればあるほど、所有する生産牧場にとって枷になる。
連敗続きのハルウララを産んだ母馬の評価を落とす。
「けど、高知競馬は後に引けない」
ハルウララで持ち直すきっかけを作ると決めた。
たった1頭の、負けっぱなしの、その小柄な牝馬を礎にすると決めたのだ。
走り切るしかない、ここまで来たからには。
部下は切なげな目でそう言った。
果たして、初めて訪れた高知競馬場は思っていた以上に賑わっていた。
夏の、それも日曜日だからか、昼間の厳しい日差しの中でも人々が闊歩していた。
特に驚いたのは、その若者の多いことだ。
競馬とは無縁そうな女子大生から、グループできたと思わしき青年の集団、家族と共に来たのだろう小中学生くらいの子供たち。
きゃらきゃらと笑いながらすぎていく若者たちの後に、中年の男たちが胸を張って続いていた。
「東京の新聞がね、書いたんですって」
『リストラ時代の対抗馬』
負けても、負けても、負け続けても。
ハルウララは今日も今日とて一生懸命に走る。
その姿に、いつ首を切られるかわからない中でも毎日を生きる、中年サラリーマンが励まされているのだと。
「ハルウララはもしかしたら、高知競馬だけじゃなくって、いろんなものに元気をあげてるのかもしれませンね!」
ニカッと笑ったこの後輩も、励まされているひとりなのだろうなと、ふと思った。
レースは間も無くして始まった。
またがる騎手はハルウララのデビューレースとその次のレースを担当したらしい。
それ以降もぽつぽつと。
この騎手が乗ってハルウララが3着以内に入ったことはない。
過去にハルウララが2着や3着になった時の騎手は別にいるそうだが、前年に引退したそうだ。
以降はさまざまな騎手を背中に乗せて、この高知競馬場を駆けてきた。
「ウララ〜! ウララ〜!」
レースの最中も大きな声で名前が呼ばれる。
大きなレースではない。
なんなら一般の、ほんの少し格が下がるようなレースでも、まるでひとつの大きなレースのように声援が送られていた。
負けっぱなしの、どこがここまで人を惹きつけるのか?
不思議に思っていたところで、ハルウララが目の前をすぎていった。
砂地の中、一塊になった馬群の中からズルズルと後退していく、小柄な馬。
けれど、ああ、と息が漏れた。
目が光っていた。
体が砂塵に塗れていく中で、馬群から取りこぼされていく中で。
馬の目だけが浮いて見えた。
キラキラと輝いていたのだ。
明らかに負ける風体だった。
勝てっこないのがわかっているのに、けれど、馬の目が諦めていなかった。
キラキラ、ピカピカと光りながら、一生懸命に走っているのだ。
── なるほど、これか。
納得した背後で、誰かが「頑張ったなー!」と叫んだ。
「ウララー! 前より順位は落ちたけど、頑張ったなー! 頑張ってたなー!」
「めげるなよ! 次があるからな! 次があるんだ!」
自分よりも10か20か年上の、くたびれたシャツを着た男ふたりだった。
それに釣られるようにあちこちから声が上がる。
「諦めるんじゃないぞ! 俺も諦めないからな!」
「次も馬券買うからなー!」
ここに来る前、後輩のひとりが負けることを願われている馬だ、と言っていた。
ハズレ馬券がお守りになるなら、それってつまり負けることを願われているわけなんですけどね、と。
それもそうだな、と頷いた記憶がある。
それと同じくらい、今、自分の背後で精一杯声を上げている彼らを見ると、そればっかりでもないんだろうと思った。
『諦めるんじゃないぞ! 俺も諦めないからな!』
それはハルウララへの声援と同時に、自らも鼓舞しているのだろう。
彼らは負けっぱなしの馬の背中に、戦い続ける自分たちの決意表明を乗せてここにいるのだ。
共にいつか勝ち星を挙げよう、と。
それは、その光景は、この胸を温めるのに十分な熱だった。
あれだけ渋っていた高知旅行も、終わってみれば充実の体験となった。
高知城よりも、坂本龍馬のことよりも、四万十ウナギや鰹のタタキよりも、あの高知競馬場での風景が焼きついて離れなかった。
「良いもんでしょ、人のいる競馬場は」
得意げに笑った後輩に頷いて見せた。
確かによかった。
競馬場は人がごった返して治安もあまり良くないイメージだったが、その認識が塗り替えられていくような気さえした。
もちろん、人相の悪いやつもやんちゃなやつもいたし、便所は臭かったしと悪い面も見えたが。
それ以上に、ハルウララを前にした人々のあの期待に満ちた表情と、溢れ出す笑顔が真っ先に思い浮かぶ。
競馬には、競走馬には、人をあんなふうに喜ばせる力があったのか。
「せっかくだしこのまま他の競馬場も行きましょうよ! 今回みたいにお試し馬券じゃなくってちゃんとオッズも考えて買ったりして」
「でも課長って馬券って感じじゃないンだよね」
「アァ、それはわかるなァ」
「うんうん、馬券っていうか、オーナーやる方が楽しそうなタイプ!」
「オーナーって競馬のか? 無理無理、あれは富豪のやることだろう? 一介のサラリーマンだよ俺は」
人よりほんの少しだけ貯蓄がある程度だ。
馬なんて何百、何千万の買い物ができるほどの富豪では当然ない。
いつもの軽口だろうと流していたが、後輩はまったく真面目な顔でこちらを見た。
「競馬には一口ってのもあるンですよネ!」
「ひとくち?」
「一口馬主!」
別名、クラブ馬主。
1頭の競走馬に対して複数人で出資できる仕組み。
書類上の馬主となる『クラブ法人』と、出資者を集める愛馬会法人の2つの法人から成り立つ。
出資者は愛馬会法人の会員となり出資し、その出資金を用いて愛馬会法人が競走馬を購入。
購入された競走馬をクラブ法人側に現物出資 ── 現金ではない財産を資産として出資すること── して、クラブ法人はその競走馬をレースなどに出走させる。
そうして獲得した賞金や手当などを愛馬会法人に配当する。
その配当金が今度は愛馬会法人を通じて個々の出資者に配当される仕組みのことを指す。
「なんか株とか投資みたいだな」
「そうそう、似たようなモンです。1000万円以上する金融資産を60人とか100人くらいで分割保有してるような感じでス!」
「『馬主』とはついてますケド、本当の馬主ってワケじゃないンです。ただ、比較的安い資産から馬主の雰囲気を味わえますよ〜、っていうのがコンセプトみたいなモンかな。それこそ昔はオーナー同士で共有所有したところからクラブって概念ができてたので、最初の頃は富裕層の遊びって感じだったンですけど。今じゃ募集額も安いクラブとか出てきて、一般庶民にも垣根が低くなった、みたいな?」
後輩ふたりもその一口馬主をやっているようだ。
激務だけどお給金しっかり出してくれる会社でありがたいでス! と揃って笑っていた。
「今ってちょうど新規募集の期間なんでス!」
「だいたい6月から9月くらいがシーズンなんで! 今はちょっと終わりかけだけど、これを逃すとまた来年になっちゃうし、課長も1頭くらい持ちましょうよ! とりあえずパンフ! これ請求しといたけど俺らペーペーには敷居高いなあって思ってどうしようもなかったカタログ!」
「つまり高いんじゃないのか?」
「俺らには高いです! でも課長ならいける!」
そうして入会することになったのはサイレンスレーシングクラブだった。
どこから漏れたのか知らないが、自分が一口馬主になろうとしている話が会社中に広まっており、サイレンスレーシングで一口馬主をしているという部長から声をかけられた。
この会社で出資馬の話ができる人が増えるなんて、と笑いながら入会の手引きをしてくれた。
おかげで眠らせたままだった証券口座の復活と登録、入会がスムーズに行えた。
時期はすでに9月の中旬。
サイレンスレーシングクラブというのは競馬界では名の知れたクラブだったようで、募集馬は基本この時期には満口になっているらしかった。
それじゃ今年はダメか、と思っていたところ、クラブ側から1頭紹介したい馬がいる、とカタログを渡された。
「今年の8月に1度満口になった馬なんです。ピュアレディーの2002年、えっと、2002年に生まれた、ピュアレディーの子供ということなんですが。実は今日、出資者の1人から途中解約の申し出がありまして。基本、あんまりないことなのですが、先方にもご事情があり……。そういうことであと1口分追加で募集することになったんです。ただ……」
6月に募集を開始して満口になるまで2ヶ月以上掛かった馬だと言う。
それがどういった意味を持つのかは素人の自分にははっきりとはわからなかったが、売り出したい商品がしばらく経っても売り切れなかった、というような状態だとしたら想像はできる。
後輩が言っていたように、募集というのは6月から9月の間に行われ、多くは夏の間に終わるらしい。
それは満口になるというのもそうだが、出資者の「出資したい馬」もそれまでには埋まるということ。
後に残った馬に易々と手を出す会員は少ないのだろう。
素人の自分相手なのでいくらでも高く見積もって売りつけることもできただろうに、暗に状態を含めて伝えるられるスタッフというのは、少なくとも自分にとってはかなり誠実に映った。
営業もしていた身なので、商品を良く見せて売ることに忌避感はもちろんない。
けれど、それで問題が起きるよりは、問題があることを前提にしながらも紹介する正直さの方が好みだった。
「カタログ、拝見します」
パラリ、めくった先には真っ白な馬がいた。
良く晴れた日に写真を撮ったのだろうか、ただでさえ白い身体がますます眩しく見えた。
「白馬ですか」
「はい。この色はサラブレッドには珍しいのですが、突然変異でこの色合いになっています」
「突然変異……アルビノとかいうやつですか」
「いいえ! それとは異なります。どちらかというと白変種と呼ばれるものに近いですね。馬は通常は地黒なのですが、白毛はピンクで、皮膚も薄いです。しかしアルビノ種のように日の下を歩けないだったり、視覚に異常はなく、毛色が白いこと以外は通常のサラブレッドと変わりません。この馬は両親が共に青鹿毛と鹿毛ですが、そのどちらの毛色も継がない、突然変異の白毛なのです」
過去にもそういった突然変異の馬がいて、デビューも果たしているという。
しかし白毛でレースを勝った馬がまだいないため、それで避けられる傾向にあるのだ、とも言っていた。
けど、この馬の従兄弟は大きなレースを2度も勝っている優秀な馬で、この馬自身も早期からの活躍を見込まれている、と続けた。
「いかがでしょうか」
総額は2000万円。
募集人数は40人。
一口あたりの金額は50万円。
正直、安い買い物ではない。
何度言うが、自分はちょっとばかし貯蓄があるだけの一般人だ。
こんなに大きな買い物もしたことがない。
一人暮らしだからといまだにワンルームのアパートで暮らして、たいした趣味もないからお金を持て余してるだけ。
だから、この出資は人生でもトップ3に入る重要な決断で、大きな買い物になるに違いなかった。
どうする、出資するか、しないか。
50万円って。
月の手取りがあれで、ボーナスがこれくらいで、会員費とか保険料とかがあれそれで。
うんうん考えている間も、カタログは机の上に開きっぱなしだった。
だからか、俯いて考える自分と、そのカタログの中の馬はパチリ、視線が噛み合う。
あ、目が青いな。
毛の白さに真っ先に意識が向いたせいで、その馬の目の色が青いことに気づくのが遅れた。
自分のポツッとした呟きが聞こえたのか、スタッフが「魚目です」と言った。
「サメ」
「はい。魚の目、と書いてサメと読みます。目の虹彩の色素が少なく、通常黒目になっているところが青っぽく見える目を指します」
「白馬はみんなこうなんですか?」
「いいえ。過去に走っていた白毛馬のほとんどは黒目でした。今、国内で白毛に魚目の馬はピュアレディーの2002のみとなります」
ここだけの話、出資者の方にはこの色合いが評判でして、と微笑みながら言うスタッフに頷き返した。
カタログの写真を見ると、確かに神秘的な姿をしていた。
青々とした緑をバックに、ちらりとこちらに視線をよこしながら立つ姿の、なんと雄大なことか。
改めてじっくりとその姿を見ると、妙なことに、馬が挑発的な表情をしているように見えてきた。
『いいのか? ここで逃して』
── 俺は走るぞ、いいのか、ここで俺を逃して。
── 後悔するぞ、何せ俺は、走るから。
そんな幻聴が聞こえてきて、自分の頭がおかしくなったのかと思った。
けれど、何度目を閉じて耳を塞いで、一旦カタログを閉じて見せても、あの馬が脳裏にパッと浮かぶのだ。
── お前、人生で1度でもいいから『人並外れた』何かをしたいんだろう。
── なら、それは今じゃないか?
── 勝ったことのない白毛の馬に投資することは、十分、人並外れた勇気だ。
── 賭けろ、俺に。
── お前の50万、俺に預けてみろって言ってるんだ!
気づけば、出資の手続きが済んでいた。
やってしまった。
50万円、大金だぞ。
これで何ができるって、今住んでいるアパートが毎月8万円なんだから、半年分の家賃じゃないか。
それを、ポンと、稼いでくるかもわからない金融商品に!
その日の夜は一睡もできなかった。
大金を使ったと言う興奮、と言うよりは取り返しのつかない何かをしてしまったかのような、そんな気持ちがあったせいだ。
翌朝、出社すると早速後輩に囲まれ、出資できたか聞かれたのでありのままを答えた。
「白毛って! カモですやん!」
「課長、クラブって満口になってなくてもファンド解散とかないンですよ。1口分足りなくてもそこはクラブとかが購入して埋めるんで心配いらないんです。なんでその、あー、なんというか、クラブすら持つのを躊躇うような馬の口数を持たされたというか」
「……つまり?」
「来年に期待しましょう! 大丈夫です、1年なんてあっという間ですからね!」
「なんの慰めにもなってないから……」
ガックリと肩を落としたまま席に座る。
午前中はまったく仕事に身が入らなかったが、午後には部長と共に外に出る予定になっていた。
それまでには切り替えてしゃっきりさせないと、とため息をつく。
今日が嫌なほど晴天で気が滅入るなァ……と愚痴をこぼせば、隣に座っていた後輩から半笑いが帰ってきた。
「え、ピュアレディーの2002に投資したのかい? 本当に?」
「は、はい」
「ワハハ、なんと、なんと」
やっぱりダメな馬をつかまされたのだろうか、と胃の辺りを抑えていると、部長は笑ったまま肩を叩いてきた。
「おんなじ馬じゃないか!」
えっ、と小さな声が漏れた。
「私の出資馬も同じ、ピュアレディーの2002だよ」
「そうなんですか!?」
うんうん、と頷く部長は、買ったばかりの缶コーヒーを片手で開けると、またにっこりと笑った。
「良い馬だったろう」
「え、っと……カタログしか見てなくて……競馬にも詳しくないので、勧められたままなんですけど」
「そりゃ良いスタッフに案内されたな」
缶を仰ぐ部長に釣られて、手元の緑茶を一口飲んだ。
やっと喉が潤った気がしたが、まだ動揺がおさまらない。
後輩たちは自分がカモられたのだと言っていたが、部長の様子ではどうも違うようだった。
「ピュアレディー自体はレースに出た経歴のない馬なんだけどね。そのお姉さん馬がG1馬 ── 大きなレースを勝つ馬を産んだんだよ。競馬は血統も重要になってくるんだけど、その妹だから血統面ではかなり安牌の馬なんだ。後は大柄だから怪我なく足を保てるか、ってくらいかな、心配なのは」
え、満口の話? ああそうだね、最終的に満口になるように余った馬の口数はクラブや牧場が持ったりすることもあるけど、されないからって人気ないわけじゃないよ、と部長は続けた。
「スタッフが君に勧めたのは、君が良客と見込んだからだろう。うちだって、新商品の開発をするときに方々から予算をもらって、足りなかったら前年の開発プール金から賄ったりするよな、それと似たようなものと考えて良い。新商品に興味を持ってくれそうな出資者がいたらプレゼンするだろう? プール金から賄うからと言って新商品に期待していないわけじゃないさ」
弊社は毎年開発のための予算を捻出し、余った分を緊急時の開発費用に回すためにプールする、つまり貯蓄している。
それを切り崩してでも作りたい商品だ、という気持ちで使うので、確かにその視点だとクラブからいらないものを押し付けられたわけではないようだ。
ホッとして息を吐くと、部長が続けて言った。
「何より、ピュアレディーの2002は魅力的な馬じゃないか」
バランスの良い筋肉の配分。
四肢の伸びが良く、すっきりした鼻梁から賢そうに見える。
パンと張ったトモ ── お尻の形が特に素晴らしい。
足元がピカピカに磨かれていて、よほど大切にされているのがわかる。
「あれは、牧場でもとびきりの待遇を受けている馬の姿だよ」
大事に大事に世話されてきたのがわかる馬は、人間を好きでいることが多い。
人間を好きな馬は、人間のために必死に走ってくれる。
そういう馬は良い馬になる。
「自論だけどね。でも、これまで外れたことがないんだな、これが!」
ふふふ、と笑った部長の顔は自信に満ちていた。
その時の自分にはそれが本当のことなのかどうかはわからなかったけど。
でも、部長のその言葉にあの馬の声が蘇った。
── 賭けろ、俺に。
力強い、青い眼差しが、いつまでも胸に残っていた。
はたして、あの馬は、サンジェニュインと名付けられたあの馬は、部長の言う通りに走った。
デビューは聞いていたよりも遅く、出資してから1年と2ヶ月後の2004年12月中旬。
それも関東じゃなくて関西の阪神競馬場でのことだった。
「初レースだよ、見に行こう!」
そう部長に誘われて、寒い中を見に行った。
そのレースの1番人気はディープインパクトと言って、前評判のかなり良い馬らしい。
出資を決めてからこの1年、競馬について色々勉強したは良いものの、正直付け焼き刃すぎて知識は曖昧だ。
けれど、その馬がとてつもない良血と呼ばれる部類で、デビュー前から、いや牧場にいる頃からとても期待されている馬だと言うのは、後輩たちからも聞いていた。
「課長すみません、俺来月厳しいンで今日はディープインパクト軸で組ませてもらいます」
「課長オレ今年こそは勝率50以上で終えたいので」
なのでサンジェニュイン絡みの馬券買えません、と宣う、なぜかついてきた後輩たちに好きにしろと背中を向けた。
パドックを回るサンジェニュインは、これが初レースとは思えないほど堂々としていた。
出資者の欲目を抜いてもキラキラと光っている。
「マジで見た目は良いスよね。ほら、女のファンとかちらほら見えるし」
「オレさっき若いコがデデニーの王子の馬みたいだって盛り上がってるの見ましたよ。よかったスね課長」
「お前らもう黙っててくれ。部長も来てるから」
「ワハハハ! まあ若いのはこれくらい威勢あったほうが良いよな! お、馬場入りするから私たちも移動しようか」
そう言って部長が指差した方を見た。
サンジェニュインの白くて丸いお尻が見える。
ゆらゆらと揺れる尻尾は、俺についてこい、と言っているかのようだった。
スタンドについて、いざレースが始まると、何も考えられなくなった。
出資馬の初レース。
初めて走るなんて、どの馬だって経験することだし、とそこまで深く考えていなかったが、いざ馬がゲートに入り始めると緊張してきた。
あのゲートを抜けて馬が走り出すのか。
あれから何度も競馬場へと赴き、何度もレースを観戦してきたのに、今更気づいたかのように思い浮かんだ。
「最後は大外10番サンジェニュインがゲートに収まりまして……スタートしました」
カラン、と音を立ててゲートが開くのと同時に、白い身体が飛び出した。
「良いで出しっ!」
部長がおもわずと言ったように声を上げて拳を握った。
場内はどこか困惑しように揺れている。
続く実況者の声もどこか上擦っているように聞こえた。
「嘘……スピード落ちねえ……」
レースも半ばに差し掛かってもサンジェニュインはずっと先頭だった。
1番人気のディープインパクトはまだ後方。
誰かが唾を飲み込んだ音がした。
もしかしたら自分かもしれないし、隣にいる後輩だったかもしれない。
緊迫感の中にいろんな叫び声が混ざり、自然とテンションが上がっていく。
「サンジェニュインそのまま、そのまま、そのまま!」
「ッが、頑張れ、頑張れ! サンジェニュイン!!」
完全にレースに呑まれた部長の熱気に引き摺られ、気づけば自分も叫んでいた。
白い四肢が大地を懸命に削りながら走っている。
ゴールまで残りわずか。
目の前をサンジェニュインが過った時、その目はキラキラと輝いていた。
あの高知競馬場で見たハルウララと、懸命でひたむきで正直な、あの煌めきだった。
「あ、ああ、わぁ……ッ惜しい!」
あと100メートルと言うところで、サンジェニュインは1番を逃した。
勝ったのは前評判通りディープインパクト。
その2着がサンジェニュイン。
惜しかった、後ちょっとだった、と部長が言って初めて負けたことに気づいた。
サンジェニュインに注視するあまり、勝ち負けのところまで見えていなかったようだ。
「くっそ〜〜! 課長ォ! 信じれなくてすみませんでしたァ!」
「ディープ単勝100円しか当たんなかった……! ショック……!」
紙屑になった馬券を抱えて後輩ふたりが唸る。
部長は顔を赤くしながらもニコニコと笑っていた。
「これ、次は勝つね」
部長の言った通り、サンジェニュインは小倉競馬場で開かれた3歳未勝利を完勝。
続くあすなろ賞も勝ち、晴れてオープン馬になった。
それから弥生賞、皐月賞、果てには一世一代の大舞台 ── 自分が人生で初めて生で見たレース・ダービーに、サンジェニュインは出走した。
悔しいこと、恐ろしいこと、嬉しいこと、たくさんあった。
弥生賞は肝が冷えたし、皐月賞では思わず飛び上がってしまったし、ダービーは悔しくっていまだに夢を見る。
あの1センチ向こうに届いたサンジェニュインを夢想している。
けれどやり直しが効かないのが人生だ。
その代わり、新しい何かに何度でも挑戦できるのもまた、人生だ。
神戸新聞杯、菊花賞、有馬記念を勝って海外競馬にも挑んだ。
初戦のドバイSCではまた悔しい思いをしたけれど、サンジェニュインはタフな馬でその1ヶ月後に出走したガネー賞では豪快な勝ち方を見せてくれた。
ぬかるんだ馬場でどろんこになっても、見知らぬ大地でもどこでも、その姿はキラキラと眩しい。
そうして、その眩しさのまま、サンジェニュインはとうとう、凱旋門賞にまで辿り着いた。
── 俺に賭けろ。
サンジェニュイン、あの日のお前の声は、もしかしたら幻聴じゃなかったのかもしれない。
出資を決めた後、部長に競馬について教えてもらった。
グレードのこと、レースのこと、クラシックやその他の重賞レースや、海外競馬のことも。
その中で部長は、芝ならフランスの凱旋門賞がいちばん大きくて格式があるんだと言っていた。
日本馬はまだ一度も勝ったことない。
挑んでも、挑んでも、挑んでも負ける。
けど、潰えぬ夢のように何度でも挑戦した。
その大舞台に、サンジェニュインは7頭目のチャレンジャーとして挑んだ。
8頭目のチャレンジャーであるディープインパクトと共に、12ハロンの栄光の先を目指して。
そうして、サンジェニュイン、きみは ──……。
「フランス・ロンシャンの空に咲く! これが無敵の太陽馬 ── !」
日本の実況者はそう叫んだらしい。
あいにく、当時は現地フランスで見ていたためにそれをリアルタイムで聴くことはなかったが。
レース初めの曇り空が嘘かのように晴れ渡ったロンシャンの空は、確かに、サンジェニュインのためにあるかのようだった。
旧いアルバムをめくりながら、あまりの懐かしさに頬が緩んだ。
あれから19年も経ったのだ。
道理で、全てが懐かしく慕わしいわけだ。
あの頃ともにサンジェニュインを追いかけていた部長は、数年前に流行病で亡くなった。
世界的なパンデミックで、高齢の部長には抗うだけの体力がなかったようだ。
感染を避けるためにまともに葬儀を行うことも許されなかったと、のちに親族から聞いた。
不要な外出を控えてください、とアナウンスが出ていた時期を過ぎて、ようやく部長の墓参りに行けた時は少し泣いた。
ねえ、部長、サンジェニュインの子供がダービーを勝ちましたよ。
種牡馬になってもダービー馬を出せなくて、俺たちはファンはいっつも悔しい思いをして。
部長、サンジェニュインの、サンジェの仔がダービー馬になるまで死ねないって言ってたのに。
天国でもテレビは見れますか、地デジ繋がってますか。
繋がってるといい。
今日、この光景だって。
共にサンジェニュインを追いかけてきた部長にこそ見て欲しかった。
「さあ間もなく最後の直線だ! 先頭は7番サントゥナイト!」
白い馬体が跳ねる。
「ッ昇る! 昇る昇るサントゥナイト!」
見慣れた勝負服が鞭をくるり、1回転。
「その額に太陽のマークを走らせて! 狙うは頂点ただひとつ ── !」
2025年10月5日。
フランス・パリロンシャン競馬場。
芝12ハロン、約2,400メートルの右回りで開催された、格式ある国際GⅠの大舞台。
Prix de l'Arc de Triomphe ── 凱旋門賞。
白毛の父が挑んだ舞台で、白毛の息子が魅せる。
「 ── どこまでも駆け征く、白毛の伝説は!!」
雲の隙間がゆっくりと割れ、太陽が目を覚ます。
「太陽の父から、騎士の息子へ!!」
魂が呼応し、全身から漏れ出る覇気が満たす。
「これが血の証明だサントゥナイトッ!」
残ったピースがまたひとつ、揃った。
「見てるか親父 ── ッ! 息子がやったぞ ── ッ!!」
白馬の背から、硬く握った拳が空へと突き出される。
次いで出されたピースサインが、満天の光と重なった。
ドッと飛び出した疲労感に、思わずその場にしゃがみ込んだ。
近くにいた地元民からぎょっとしたような目で見られた気もしたが、今は気にならなかった。
それ以上に、この心地よさすら感じる疲労と安堵に身を任せたい。
「ナイトが勝った……」
ナイトが。
白毛が。
サンジェの息子の、白毛のナイトが。
改めて口にすれば、遠くにあったはずの実感が一気に襲ってきた。
そうだ、勝ったのだ、サントゥナイトは!
サンジェの子供で凱旋門賞を勝った馬は既に2頭もいる。
けれどどちらも白毛以外の青鹿毛と栗毛の馬で、それも海外馬だった。
それ自体はとても素晴らしいことだ。
産駒から2頭も凱旋門賞馬を輩出するなんて並のことじゃない。
けど、サンジェのように日本調教馬で、しかも白毛の競走馬が凱旋門賞を制するのはこれが2頭目。
初代であるサンジェの戴冠から19年もの年月が過ぎていた。
ダービー馬も出せず、自分と同じ毛色の凱旋門賞馬も出せず、そのことを口さがない者たちに好き勝手に言われた。
それももう終わるのだと思うと、ファンとしての安堵感以上に、サンジェニュインへの労いの気持ちが溢れ出た。
「……よかったなサンジェ。よかったなあ」
ポロポロと涙が出た。
馬にそんな感情ないだろって、頭の冷静な部分がそう言ってきたが、不思議と違和感はない。
だってサンジェだ。
サンジェニュインだ。
人が好きで、人に愛されて、どの馬よりも人を知った。
感情表現が上手くて、察するのも上手くて。
きっと自分が何を望まれて種牡馬になったのかを知っている。
知っていて、その上で頑張ってくれていた。
「これでゆっくり休めるようになるなあ、サンジェ」
今年の夏、会員向けの見学会で見た姿を思い出す。
少しだけ肋の浮いた腹。
でもトモの張りは健在で、四肢はしっかりと大地を蹴ってそこにいる。
夏風に吹かれ、いつまでも毛量の落ちない鬣がさらさらと揺れていた。
ちらり、視線が動く。
良く晴れた日の空の色、とも言われた
初めてカタログで見たときは、熱すら感じるほどギラついて感じられたのに。
「ふるるん!」
一般的な馬の、もうワントーンくらい上がった鳴き声が響く。
誰が聞いても嬉しげに聞こえたその嘶きが、会いに来た者たちの心をどれだけ満たしたのか。
心地良いそれを思い出しながら、もういいんだ、と口から漏れた。
「もう頑張らなくて良いんだ。これからは、自分のために生きられるなあ、サンジェ」
馬の、それも種牡馬の余生なんてさほど長くはない。
その現実を知っている。
引退後、10年も生きられる種牡馬はほんの一握りだ。
けど、サンジェにはそのほんの一握りになって欲しかった。
30歳を超えて、40歳も間近に控えて、よぼよぼになって。
おじいちゃんだね、とあったかい声に囁かれて、ふるん、とまたワントーンくらい上がった嘶きを返してほしい。
仲の良い同期のほとんどが早逝して、いつも置いて逝かれるばかりだったサンジェだからこそ。
誰もが頷いて認めるほどの幸福で、そして長い余生を送って欲しいと、願っている。
きっと自分だけじゃない。
サンジェニュインの出資者だった者のほとんどが、そしてファンだって、きっと同じような思いだ。
ナイトの、サントゥナイトの凱旋門賞制覇が、それをサポートしてくれるのだと信じている。
ナイトはきっと後継種牡馬になるだろう。
サンジェが退厩して空いた馬房に収まり、サンジェが、父が辿った道を、ナイトなりの方法で歩んでいく。
親仔のどちらにも会いに行く主戦はきっと大忙しで、けれどきっと幸せで。
そのお裾分けを貰いながらファンも生きていくのだ。
きっと功労馬になったサンジェの見学会もあるのだろうな。
足繁く通う自分の姿があまりにも鮮明に想像できた。
ふふ、と思わず笑い声が漏れた。
あまりにも幸せな未来への希望が、自然とそうさせた。
パリロンシャン競馬場の熱気はまだ冷めない。
雨が降って、晴れて、また雨が降って虹が出て。
最後には目も眩むような晴れ間になった。
ひとつの勝負の決着にしてはあまりにも清々しい空気を吸い込む。
ああ、早く帰国して、部長の墓参りに行かなくては。
今日のことを、そうしてこれから先の未来のことを、部長にも伝えないとな。
肺一杯に満たした喜びのまま、一歩、明日への道を歩き出した。
明日も更新ありますし明後日もあります。
第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)
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エアグルーヴ
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ハルウララ
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ウオッカ
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カレンチャン
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海外牝馬組