美貌バいろいろ   作:SunGenuin(佐藤)

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※本編に載せているIFサイレンススズカ全弟とは一部設定が異なります※

今回の被害馬
・同世代の馬たち(特にGⅠの勝ち鞍を奪ってしまったエイシンプレストさん、エアシャカールさん、アグネスフライトさん)
・テイエムオペラオーさん(秋古馬GⅠ制覇ならず)
・メイショウドトウさん(2着から3着に)
・この年のKGVI&QESと凱旋門賞の勝ち馬(モンジューさんとシンダーさん)

本当にすみませんでした!!!!


【大百科】【IF】シャイニングスズカ(IFサイレンススズカ全弟ネタ)

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シャイニングスズカ      

シャイニングスズカ _単語_
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シャイニングスズカ
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シャイニングスズカ _単語_

シャイニングスズカ

 

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・・・

その他

 

The Dream

 

2000年 天皇賞・秋

 

その馬を見ると

 

誰もが祈らずにはいられなかった

 

最速の希望 シャイニングスズカ

 

夢は叶うか

 

いいや 叶えるんだ

 

 

─ JRAブランドCM・The Dream 天皇賞・秋

 

シャイニングスズカ とは、1997年生まれの日本の元競走馬、元種牡馬である。初の白毛のJRAレース勝ち馬であり、2000年のクラシック二冠馬。日本調教馬初、そして世界初の白毛の凱旋門賞勝ち馬でもある。

 

英名:ShiningSuzuka

香港表記:光輝鈴鹿

 

全兄はGⅠ・宝塚記念、GⅡ・毎日王冠などを制したサイレンススズカ

 

以下、当時の月齢、レース名で表記する。

 

主な勝ち鞍

勝ち鞍

19993歳朝日杯3歳テークス(GⅠ)

20004歳牡馬クラシック二冠【皐月賞(GⅠ)、日本ダービー(GⅠ)】、天皇賞・秋(GⅠ)、有馬記念(GⅠ)

20004歳KGVI&QES(GⅠ)

20004歳凱旋門賞(GⅠ)、フォワ賞(GⅡ)

 

 概要


父:サンデーサイレンス

母:ワキア

全兄:サイレンススズカ

半姉:ワキアオブスズカ

半兄:コマンドスズカ、ラスカルスズカ

 

1997年7月2日生まれ。

生産元:稲蒔牧場

 

サンデーサイレンスの5年目産駒であり、ワキアにとっては最後の仔にあたる。

青鹿毛の父と鹿毛の母を持ちながら、シャイニングスズカ自身は突然変異の白毛の持ち主。右目だけ青い、いわゆる「魚目(さめ)」でもあるため、左右で顔の印象が異なる。

産まれた翌月に母・ワキアが死亡したため、以後人工飼育の形が取られた。牧場では「マイサン」の幼名で呼ばれ、気性の大人しい年上の牝馬たちと共に育成された。

 

気性が非常に穏やかで、聞き分けよく従順な性格。

めったなことでは暴れなかったそうだが、納得できないといつまでも走り続ける頑固な一面もあった模様。調教でも本番でもよく走るタイプ。

リンゴが大好物で、にんにくみそが苦手だったようだ。スタミナをつけるために飼い葉ににんにくみそを混ぜると、1度は顔を背けて食べるのを嫌がる仕草を見せるらしい。何度か促すと食べ始めるようなので、単純に味が好みではないのかもしれない。

 

デビューしてからわずか1年と少しの競走馬生活だが、その1年の間に国内外のGⅠを7勝している。

その期間はシャイニングスズカという名にちなんで、「光り輝く1年」とも称された。

 

2000年度のJRA賞は、天皇賞・春、宝塚記念、ジャパンカップを制し、同年重賞6勝のテイエムオペラオーに1票差で敗れ、年度代表馬を逃すも、最優秀4歳牡馬(現・最優秀3歳牡馬)を受賞した。翌2001年には顕彰馬に選出されている。

引退後は種牡馬となり、2002年に初年度がデビュー。

国内外に多くの名馬を輩出した。

代表産駒:SunnyFantastic(英)、ShiningPassion(米)、Lumineu Helissio(仏)、サンライトスズカ(日)

※いずれも種牡馬入りしている。

 

2021年の誕生日翌日、7月3日に永眠。

墓はサイレンススズカと同じく、故郷の稲蒔牧場に建てられ、その墓標には、

 

「兄弟の夢、ここに光射す」

 

と刻まれている。

 


 

 

 1999年 3歳


2歳(当時の表記、現1歳)になった1998年10月にサイレンススズカや他の半兄同様、栗東・橋本満留厩舎に入厩。

1999年夏の新馬戦を目標に育成が進められていたが、調教のパートナーでもあり、仲の良かった兄・サイレンススズカが同年11月、天皇賞・秋で帰らぬ存在になると、調子が上がらず育成が難航。

新馬戦を秋以降にズラして再調整が行われた。

 

デビューは1999年10月31日。

第121回天皇賞・秋を控えた東京競馬場の3R新馬戦に、緑のメンコを付けて出走。

鞍上は兄同様、竹創騎手が務める事になり、1枠1番ゲートに収まった。

サイレンススズカの死後から1年、その全弟ということで人気が高まり、当日は1番人気に支持されていた。

同レースには後にホープフルSや菊花賞の勝ち馬となるエアシャカールや、地方ダートで活躍するスプリングシオンらも参戦。

シャイニングスズカは出だしよくレースを進めると、他馬に影を踏ませることもないまま大逃げを打ち、大歓声を背に圧勝で新馬戦を終えた。天皇賞・秋が行われる同日でのデビュー、1年前の秋天で死亡した兄と同じゼッケンナンバー、騎手等から、サイレンススズカの夢を背負う弟として以後、注目の的となる。

 

同年の朝日杯3歳ステークス(現・朝日杯フューチュリティステークス)でもエイシンプレストらを押さえて勝利すると、これが世界初の白毛馬のGⅠ勝ちとなった。この朝日杯3歳Sの勝利によって、1999年度のJRA賞最優秀3歳牡馬(現・最優秀2歳牡馬)に選出されている。

 

橋本調教師は1998年の朝日杯3歳Sにもアドマイヤコジーンを送り出して優勝しているため、管理馬の同レース優勝はこれが2年連続となった。

 

翌年は報知杯弥生賞から始動することが発表された。

 


 

 

 2000年 4歳 春 国内


発表通り、弥生賞から始動。

3歳時と変わらず逃げを打つシャイニングスズカを追って、2枠4番ナゴヤナンバーがスピードを出すも、6馬身以上のリードを保ったまま最終コーナーへ。7番フサイチゼノンが中団7番手から一気に首を伸ばすと、後方で待機していたエアシャカールが大外からオースミコンドル、ジョウテンブレーヴらの塊を差し切って首位に浮上。

フサイチゼノンとエアシャカールがたたき合うなか、再度加速したシャイニングスズカが5馬身差で逃げ勝った。

 

続く本戦となる皐月賞では大本命1番人気に推され、同条件の中山2000mホープフルSを勝ち上がり、弥生賞でもシンガリから3着まで上がる実力を見せたエアシャカールが2番人気に。3番人気にはフジキセキの2年目産駒であるダイタクリーヴァが、シンザン記念(GⅢ)、スプリングS(GⅡ)での勝ち上がりを評価されて上位に浮上した。

ここまで無敗のシャイニングスズカのオッズが1.3倍とかなり人気していたためか、エアシャカールが7.1倍、ダイタクリーヴァが10.6倍。18頭中18番人気だったピサノガルポのオッズが244倍まで膨れ上がった。

この人気は、逃げ馬として絶大な人気を誇り、レース中の非業の死から熱狂的ファンを多く抱える兄・サイレンススズカの影響に寄るところが大きいとされているが、こうした馬の実力以外の部分での人気が馬券に現れるのはいかがなものか、という意見は当時の競馬関係者からよく耳にした話題である。

この当時のシャイニングスズカは、あくまで「サイレンススズカの全弟」という印象が強く、人気が先行していた面が拭えずにいた。

陣営はこのイメージを払拭しようと、皐月賞での勝利を切望。当日までギリギリの調整が続けられた。

 

迎えた2000年4月16日、第60回皐月賞。

8枠18番に収まったシャイニングスズカは、2番手にパープルエビスを引き連れる形でスタート。4番人気に推されていたラガーレグルスがゲート立ち上がりによって競争除外となるも、タイムリートピック、ダイタクリーヴァがさらに1段下がった位置から集団を形成し、その2頭を中心にジョウテンブレーヴ、トップコマンダー、ニシノアラウンドが追走の構えを取っていた。2番人気のエアシャカールは安定した後方からの競馬を展開。

このレースのシンガリにはトウカイテイオー産駒のチタニックオー、それを背にクリノキングオー、エリモブライアン、ヤマニンリスペクトらがそれぞれ1馬身差の位置で走っていた。

シャイニングスズカは最終コーナーに4馬身リードを保ったまま先頭を走り続け、最終3馬身差で皐月賞を制した。

2着には第4コーナーから末脚を爆発させたエアシャカールが先行集団を差し切って入線。最終はシャイニングスズカとの着差を1馬身縮め、同レース最速の上がり脚を見せた。

 

次走には東京優駿を予定し、皐月賞の翌日にはこれを発表。

当初400mの距離延長に関して、サイレンススズカがマイラー寄りだと思われていたこと(得意距離が1800-2000m)から、シャイニングスズカに2400mは長いのではないかという声もあった。

しかし大柄で胴がやや長いシャイニングスズカの体躯や、2000mを走り切ったあともさらに数百メートルも(少し速度は落ちるが)走り続けることができるスタミナなどを見た馬主サイドは、400mの距離延長に不安なしとして出走を決定した。

 

5月28日当日。

若草S(芝2200m)と京都新聞杯(GⅢ-2000m)を制したアグネスフライトが3番人気、皐月賞2着のエアシャカールが2番人気となった。ちなみにシャイニングスズカとエアシャカールが同レースに出走して1番、2番人気になるのは、これが3戦目。

このレースでは5枠9番に収まったシャイニングスズカ。安定のスタートダッシュで一気に先頭に躍り出ると、その背をタニノソルクバーノ、マイネルブラウ、パープルエビスが猛追。パープルエビスには第2コーナー手前で2馬身まで差を縮められるも、パープルエビス側が掛かり気味だったのか、一瞬速度を落とした隙にシャイニングスズカが伸び、2番手をマイネルブラウが走る展開に。

2番人気のエアシャカールは、3番人気のアグネスフライトと共に後方からレースを進めると、エアシャカールは第3コーナーから集団を抜け出して先行集団に浮上。負けじとアグネスフライトも抜けだし、2頭叩き合いながらシャイニングスズカとの距離を縮めていく。

第3コーナーのカーブでシャイニングスズカが1度バランスを崩してタイムロスすると、その隙を突いたアグネスフライトが1度先頭へ。ただし最後のコーナーカーブを抜け上り坂でシャイニングスズカが巻き返し、このレースを2馬身リードで制した。

 

皐月賞に続いて日本ダービーを制したことで二冠馬に。白毛の二冠馬も史上初。

竹は「納得の脚。ここまでは想定通り」とシャイニングスズカの能力への信頼を見せた。

また、デビューから無敗のため、シンボリルドルフ以来の無敗三冠へ大きな期待を寄せられることに。

しかし橋本満留調教師、並びに馬主は、菊花賞ではなく凱旋門賞への出走を宣言した。

これには当初、ファンから「菊花賞出走を求める嘆願書」が馬主サイドに提出されるなど、かなり批判の声が上がった。

だが厩舎側は、以下の理由により菊花賞に出走させることは考えられないと弁解した。

 

・距離の不安 →2400mの日本ダービーを走破した後、皐月賞よりも疲労の度合いが段違いで大きく、そこから最長2400mが適性の限度だと思われる

・芝質 →調教時、良馬場と重馬場を走らせた後の疲労度がまったく異なり、重馬場の方が疲労軽度、好タイムを出しやすいし、力の要る海外の馬場の方が合っている可能性がある

・2度の坂越え →硬い馬場で疲労を溜めやすいため、長距離+2度の坂越えでは怪我の可能性の方が高い

 

これらを調教師サイドが申し出たところ、馬主サイドから「それならば距離の合う海外のGⅠレースに出したい」と返答があったことで、双方合意の元で菊花賞を回避となった。

二冠馬を大事にしたいという陣営の気持ちが第一にあるが、「菊花賞は最も強い馬が勝つレース」「ルドルフ以来の無敗三冠」というフレーズの前に、ファンからの菊花賞出走を求める声は、完全になくなることはなかった。

 


 

 

 2000年 4歳 夏 イギリス


海外レースへの挑戦が発表されておよ1ヶ月ほど。

ファンと陣営とで温度差が残るまま、シャイニングスズカは渡英が決定。

 

この頃、シャイニングスズカは宝塚記念のファン投票でオグリキャップ以来となる15万票を獲得し1位となりながらも、これを回避。イギリスのKGVI&QES(GⅠ)に追加登録を行ったことが正式に発表された。

同レースにはエアシャカールも出走を予定しており、2頭は互いを帯同馬とすることに。同日に共に検疫厩舎から出発した。

 

7月29日。アスコット競馬場で開催されたKGVI&QES(キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス)には、1999年の凱旋門賞馬・モンジューや、同年のドバイシーマクラシックを制したファンタスティックライト、6月のコロネーションC勝ち馬のダリアプールらが出走。

8頭立ての少数ながら、GⅠクラスが揃う、ハイレベルなレースが予想された。

KGVI&QESは定量戦のため、4歳(国際月齢・3歳)のシャイニングスズカとエアシャカールは斤量55kgと、モンジューら古馬に比べると軽い負担。

レースではモンジューらが押さえの競馬を展開するなか、果敢にハナを切って進む。中盤ファンタスティックライトやダリアプールがシャイニングスズカのハイペースに飲まれたのか、スピードを上げてスタミナを削ると、エアシャカールがその隙間を割くように進出。

力を溜めていたモンジューが最後の上り坂で末脚を見せると、エアシャカールらを差し切ってシャイニングスズカに迫る。

しかし6馬身リードを取っていたシャイニングスズカの脚には追いつかず、シャイニングスズカはそのまま先頭でゴールインした。

 


 

 

 2000年 4歳 秋 フランス


KGVI&QES後は帰厩し、放牧。

その後、正式に凱旋門賞に出走することが表明され、そのステップレースとしてフォワ賞への出走を決定。

8月末に現地入りし、シャンティイで調教を行った。

 

フォワ賞当日となる9月10日。

同レースにはKGVI&QESの2着馬であるモンジューも出走。5頭立ての少数レースで、レースは終始シャイニングスズカとモンジューの叩き合いで展開された。当日は良馬場だったが、元が深く力の要る馬場で、調教師が睨んでいた通りそれがシャイニングスズカに向いていたようで、最後までキレを落とすことなく快勝。

前年の凱旋門賞馬であるモンジューに2勝したことで、シャイニングスズカは凱旋門賞に向けて調子良好であることをアピールした。

 

大本命である凱旋門賞は11頭立て。

10月1日に開催された。

現地でモンジューを押さえて1番人気に選ばれると、同世代のドイツダービー馬・ザムム、フランスオークス馬のエジプトバンド、フランスークス2着、ヴェルメイユ賞勝ち馬のヴォルヴォレッタ、そしてイギリスとアイルランド2国のダービー馬であるシンダーを相手に大逃げ。

フォワ賞での走りを経て、洋芝への適性がすこぶる高いと見抜いていた鞍上の竹は、とにかく出だしからマックススピードで出すことを決めていた。ゲートが開いた瞬間から鞭を打ち、シャイニングスズカを前へ押し出すと2番手に8馬身リード。

日本では1完歩(馬の1歩。個体差はあるが約8m)に連続して10発打つことは禁じられているものの、レース中の総計は決まっていない。だがフランスギャロは2000年に、1レースでの鞭使用可能回数を12回から10回までに制限。竹騎手は前半の1000mで10回を使いきり、その後は1度も鞭を入れていない。

だが映像を見て解る通り、シャイニングスズカは、1000m以降も竹騎手の手綱の扱きを合図に加速を行っており、最後のカーブを曲がる頃には2着馬に11馬身を付け、勝ち時計2分24秒5をマーク。

これは1997年10月5日第76回凱旋門賞の勝ち馬・パントレセレブルが記録した「2分24秒6」をコンマ1秒更新するレコードタイムだった。

この時計は、2011年にデインドリームが「2分24秒49」をマークするまでの11年もの間、更新されることのない記録となる。

 

この勝利後に鞍上の竹は、「レース中はただただ、光だけが見えていました」と発言。馬主からも「ハナに立った時、馬の顔が「勝つぞ」という気力に満ちていて、勝利を確信できました。シャイニングスズカはやはり、素晴らしい馬です」とコメントしている。

 

その頃の日本では、KGVI&QESまで競ってきたエアシャカールが神戸新聞杯に出走。4歳未勝利戦で勝ち上がってから芝で3戦3勝と調子の良かったフサイチソニック相手に3着と後塵を拝すも、続く本戦菊花賞ではセントライト記念2着のトーホウシデンとの熾烈な先頭争いを勝ち抜き、GⅠ初勝利となった。

2頭はジャパンカップでの再戦が待たれたが、シャイニングスズカは帰国後すぐに天皇賞・秋への出走を決定。

その後はジャパンカップを回避して有馬記念への出走を予定していた。エアシャカールはジャパンカップ後に休養し、翌2001年の大阪杯(当時GⅡ)から復帰となったため、2頭が走ったのはKGVI&QESが最後となった。

 


 

 

 2000年 4歳 秋 日本


凱旋門賞を勝ったことで、ようやく「サイレンススズカの全弟」から「シャイニングスズカ」として独立できた同馬。

日本調教馬として初の偉業達成に、国内外から大きな注目を浴びていた。JRAは、1990年代の後半に入ってから落ち込み気味な賑わいを取り戻そうと、シャイニングスズカを全面的にバックアップ。

同年は1999年の皐月賞馬・テイエムオペラオーが無敗のまま秋シーズンを迎え、2頭が天皇賞・秋で激突することが話題になっていたため、この2頭を中心としてプロモーションCM等を多数打ち出した。

 

CM等では「ライバル」だの「決着」だののワードが用いられたが、シャイニングスズカとテイエムオペラオーが同じレースに出走するのは「天皇賞・秋」が初だったため、競馬に詳しければ詳しい人ほど「なに言ってんだ」と冷え込む状態に。

ライバルだのなんだのというならオペラオーとドトウである。

盛り上げたい気持ちはわかるが、もうちょっとこう・・・やり方を考えてもろて・・・!

 

 

 

凱旋門賞勝利の余韻が冷めないまま、時は10月29日。

天候曇り、重馬場の発表となった東京競馬場は、シャイニングスズカからすれば「勝つための条件」がすべて整った状態だと言えた。

それだけでなく、兄・サイレンススズカの死から2年目の第122回天皇賞・秋を、なんの運命の悪戯か「1枠1番」で迎えたシャイニングスズカは、宝塚記念を制して勢いに乗るテイエムオペラオーを押さえ、1番人気に躍り出た。

1番人気1枠1番は、まさに兄の再現であり、ここまで来たら負けるという結果は考えられない状況。

おまけに緑のメンコ、鞍上は竹創騎手だったので、東京競馬場は謎の熱気に包まれていた。

 

ほぼオッズ差なしの2番人気にテイエムオペラオー、3番人気にオールカマーを制したメイショウドトウ、4番人気に前年の菊花賞馬・ナリタトップロードと、有力古馬が出そろった。同世代はNHKマイル勝ち馬のイーグルカフェのみ。

これが3度目の天皇賞・秋、今度こそ勝つぞと意気込む7歳(現・6歳)のステイゴールドや、8歳(7歳)のユーセイトップラン、ダイワテキサス、ジョーヤマトら比較的年上の牡馬たちもいるなか、デビューしたときから一切変えない逃げの戦法でレースをスタート。

ダンシングブレーヴ産駒・ロードブレーブ、メイショウドトウ、毎日王冠勝ち馬トゥナンテがその背を追う最初のコーナー手前で8馬身の差に。シャイニングスズカは兄のレースを再現するように一気に東京のターフを駆け抜け、8万人のファンが見守る中で大ケヤキに突入。それを抜けると大歓声が湧き上がった。

 

実況「光と歓喜の向こう側へ!シャイニングスズカ先頭!先頭!」

 

ゴールまでラストの上り坂と直線を控えたところで、中団で脚を溜めていたテイエムオペラオーがメイショウドトウを引き連れて猛追を開始。しかし重馬場であったこと、その重馬場がシャイニングスズカにとって最も走りやすい馬場状態だったことが有利に働き、着差は縮まることがないままシャイニングスズカが1着でゴールした。

勝ち時計1分57秒5は当時のレコードタイムだが、それを追ったテイエムオペラオーは1分58秒5、メイショウドトウは1分58秒7と、2頭もまた重馬場でありながらかなりのハイスピードを出している。

 

ゴール後には

 

「勝ち時計1分57秒5!2年と1分57秒5です!鞍上・竹創!涙、涙の秋の盾!光を連れて夢を叶えました!」

 

と、2年前のサイレンススズカに絡めて実況が行われた。

 

天皇賞・秋における1番人気の優勝はこれが13年ぶりである。

 

 

この天皇賞・秋の後、2着のテイエムオペラオー、3着のメイショウドトウ、5着のイーグルカフェ、8着のステイゴールドらはジャパンカップへ。

同レースにはシャイニングスズカと同世代のエアシャカール、アグネスフライトらも出走するなか、なんと同期4頭で13~16着を独占しまう。一桁順位に食い込んだ同世代の牝馬は外国馬からの招待馬という、ちょっとコメントが難しい結果に。

ジャパンカップは最終的にいつも通りメイショウドトウとハナ差でやりあったテイエムオペラオーが勝利し、同年GⅠ・3勝。その年のGⅡを含めると重賞6勝目となった。

 

 

シャイニングスズカの2000年最後のレースは有馬記念に決定。

ファン投票では前年のスペシャルウィークに続き、約16万9千票を獲得した。投票2位にはテイエムオペラオーが約13万2千票を得ている。

第45回有馬記念には、同年の高松宮杯(GⅠ)を制したキングヘイローも出走。天皇賞・秋に出走していたステイゴールドらも顔を揃え、シャイニングスズカ的には2戦連続似たようなレース構成になった。

当日の中山競馬場は晴れ渡るような青空、そして良馬場。

竹騎手は当日、調教師と2人で「(馬場が)湿ってて欲しかったですね」とぐちぐち言ってたとか。陣営がそんな話をしているとは思わず、シャイニングスズカは舌ペロしながらパドックを回り、5枠9番にゲートイン。

見慣れたスタートダッシュで先頭になると、小倉大賞典、中山金杯の勝ち馬・ジョービッグバンが2番手、それを見る3番手ホットシークレットは出遅れながらも好位追走。柴畑喜臣騎手を鞍上に迎えた前走ステイヤーズSで7番人気から1着を掴んだ攻めの脚を見せたが、それに並ぶアメリカンボス、マチカネキンノホシ、ナリタトップロードらの集団が囲いながら展開。

テイエムオペラオーはシンガリひとつ前の14番手という後方から競馬を進める形。この日のテイエムオペラオーは「願面強打」に「鼻出血」という、よく走れたなという状態で、レース中もシャイニングスズカが作り出したハイペースによって疲弊した馬が壁を作り、なかなか抜け出せない悪状況。

しかしラスト400m。

鞍上・和久田騎手が「やばいどうしようもうむりわからん」と絶望で真っ青になっていた中、一瞬できた隙をテイエムオペラオーがこじ開け、先行集団に埋もれていたメイショウドトウを引っ張りながら先頭へ。

やはり硬い馬場が脚に合わないのか、天皇賞・秋ほどのスピードが出ないシャイニングスズカを捉えきり、残り200mの時点でテイエムオペラオーが先頭に立った。この時、和久田騎手は「やばい竹さんの馬抜かしたわどうしよ(?)」と頭が真っ白になっていたらしい。

実況は「テイエムだ!テイエム先頭!テイエム来たか!このまま行くか!秋古馬GⅠ・2勝目!」と叫び、場内もシャイニングスズカの初黒星とテイエムオペラオーの勝利を確信する雰囲気に。

 

しかしここで先頭を諦めないのがシャイニングスズカ。

 

100mを切ったところでさらに加速したシャイニングスズカが、ゴール直前で飛び込むように首を思いっきり前に突き出し、なんとかクビ差で勝利を収めた。まさかの大逆転劇に、実況は思わず「テイエムゴール!ッじゃない!シャイニングスズカ!シャイニングスズカゴールイン!」と1回テイエムオペラオーがゴールしたと叫んでいる。

 

この時、竹騎手はシャイニングスズカに鞭を打っていなかったため、馬自体が抜かされまい、負けまいとやった結果である。勝利への執念がすごい。

 

なお和久田騎手は「ゴールしたときは頭がおかしくなりそうでした。負けるとは思ってなかった」とガチ泣き。それはそう。

メイショウドトウの鞍上である安枝騎手も「3頭ほぼ横並びの状態で、シャイニングスズカが最後にジャンプしたんですよ。文字通り」とコメント。

ファンからは「シャイニングスズカとオペラオーの相性が悪すぎた。シャイニングスズカとメイショウドトウがオペラオーの壁」という声も上がるほど、終盤のシャイニングスズカの走りは強かった。

 

これで1999年のデビューから無敗のまま有馬記念を制し、わずか1年でGⅠ・7勝。シンボリルドルフの偉業に並んだ。来年は、テイエムオペラオーが挑戦したように古馬中長距離GⅠ全部出るか!なんて馬主も調教師もニコニコしていた最中、シャイニングスズカの歩様が乱れる。

いちはやくそれに気づいた竹がシャイニングスズカの走りを止めようとすると、シャイニングスズカはふらつきながらも徐々にスピードを落とし、竹を降ろした後に心停止の状態で倒れた。倒れるまでの一連の流れが、まるで騎手を庇うようだった。

2年前の悪夢の再来か、そこまでサイレンススズカを再現しなくていい、とファンが叫ぶ中、半狂乱の竹によって馬運車が呼ばれ、あれよあれよという間にシャイニングスズカが競馬場から立ち去った。

勝利会見は馬主が1人で行ったが、とてもじゃないが「おめでとう」と言える空気ではなく、早々に解散。

馬運車で運ばれたシャイニングスズカは、すぐさま獣医による心肺蘇生処置を受けることに。シャイニングスズカが心肺蘇生処置を受けているその間、竹は必死にサイレンススズカに「まだ連れて行かないで欲しい」と心の中で頼み込んでいたそう。

幸いにも同日に回復。支えなしで歩けるようにもなった。

しかし1度心停止になっていることから、次走は未定とされた。

 

でもファン的には「生きてるのが一番」です。

 

馬主サイドは、調教師や獣医師、鞍上である竹騎手との相談を重ね、今後のシャイニングスズカの大事を取って、有馬記念を最後に引退させることを決定。

シャイニングスズカは、12月31日付けで競走馬登録が抹消された。

 

同年のJRA賞では、なんと1票差でテイエムオペラオーに届かず、年度代表馬は逃しているものの、最優秀4歳牡馬(現・3歳牡馬)を獲得している。また、世界レーティングではKGVI&QES、凱旋門賞や天皇賞・秋での対戦メンバー、走り、レース結果から、当時の日本調教馬の最高である「135」ポイントを獲得した。

 

わずか1年と2ヶ月の短い競走馬生活ながら、与えた感動の大きさはいつまでも人々の記憶に刻まれた。翌年2001年には満票で顕彰馬に選出されている。

引退後は社来スタリオンステーションで種牡馬入り。

2002年に初年度産駒がデビューし、各国に多くの名馬を輩出し続けている。

 


 

 




大百科に載せている鞭の回数はザッとネットで調べた程度なんですけど、もし詳しい内容を知っている方がいたらメッセージください。


このIF世界線のヒト関係者

牧場のヒト
兄貴の分まで元気に走れ

テキ
兄の背を追いすぎるな

タッケさん
乗らないという選択肢がない
一緒に夢をみて一緒に夢を叶えた
実はシャイニングスズカの現役中、ススズとの幽情トレーニングが発生している

和久田くん
とんでもないプレッシャーの中でとんでもない馬に襲われた
数年後、母父オペラオー×父シャイニングスズカの気性難の主戦になるとは知らない

安枝さん
なんだこの馬(なんだこの馬)

第◇回サンジェニュインのお嫁さんレース(敬称略)

  • エアグルーヴ
  • ハルウララ
  • ウオッカ
  • カレンチャン
  • 海外牝馬組
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