僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第十二話 Dr.ケーラに聞いてみて 前編

 

花見……なんて素晴しいイベントであろう。皆で仲良く騒ぎながら、おいしい食事を食べる。そして、酒を飲む。まだ酒を飲んだことのない僕にはわからないけれど。トランスバールだとアルコールの年齢制限ないけどねまあ、大人は集まって酒が飲めれば何でも楽しいような気がするけども。だけどまあ、花粉症は嫌だな。

 

 

「敵艦隊に先制攻撃ですか?」

 

 

「うん、どうにもこの第3方面軍のお偉いさんが、敵がナドラ星系にいるから、戦力が集まっている今の内に潰しちゃおう。だって」

 

 

タクトがそう話すのをエンジェル隊と一緒にティーラウンジで聞く。現在は午後3時、お茶の時間だ。ついさっきまで、ミルフィーに料理というかお菓子作りを習っていた僕はなし崩し的にこのお茶会に参加することになった。ミルフィーが作ったお菓子と、僕の作ったお菓子を食べ比べと言えば聞こえは良いが、要は僕が晒されている訳だ。もっとも、ミルフィーがお菓子を持ってきて、注文した紅茶が来たところでタクトが来たから、まだ食べ始めていないけどね。ちなみに作ったのはシュークリームだ。一応、失敗はしなかったけどね。自分で食べる分には文句無い出来だ。

話がそれた。タクトがここに来たのは、恐らくつい先ほど決まったであろう次の戦闘についてだ。ジグルト・ジーダマイヤ━━━僕がギャラクシーエンジェルで唯一嫌いなキャラであり、なんというか、『自信過剰、敵戦力の過小評価、周囲を見下す、命乞い、権力に汚い』のステレオタイプの無能な軍人という雰囲気を持つキャラだった。今回の戦闘を決めたキャラでもある。今回の先制攻撃の作戦が成功したから、調子に乗って勝った気でその後の対応をおざなりにしたのだ。そのせいで、いやそれが直接の原因ではないけれど、衛星都市ファーゴをエオニアに攻撃されて、数億人の人間が死んでしまったのだ。酷い話である。

 

 

「まあ、何時もどおりやってくれれば良いさ。君達は今まで頑張ってきてくれた。お偉いさんもきっとそれを理解しているだろうしね」

 

「そうですわね。私達はせいぜい何時ものように戦うだけですわ」

 

「そういうことさ。任せなタクト」

 

 

そういえば、いつの間にかフォルテが、タクトの事を司令官殿ではなくタクトと呼ぶようになっていた。戦闘の後の通信でそんな会話をしてたはずらしいけど。満身創痍だった僕は聞く余裕が持てなかった。一応それなりに体力をつけるように訓練をしているつもりなんだけどね。

 

 

「よーし、それじゃあ難しい話は終了だ。皆でミルフィーの作ったお菓子でも食べながらお茶でもしようじゃないか」

 

「あ……タクトさんそれは私じゃなくて……」

 

 

ミルフィーが何かを言う前に、タクトは僕が作ったシュークリームを口にしてしまった。いや、別に何か危険性があるわけでもないから良いのだけどね。

 

 

「…………あれ?なんというか……うーん」

 

 

そして、黙り込むとか……結構失礼だねタクトは。他の面々も、タクトが手を伸ばしたタイミングで、僕が作ったのを先に食べようとする。ふむふむ、つまりはミルフィーので口直しをするつもりだね。

 

 

「……まずくは無いけど。どうしたの、これ?」

 

「いつものミルフィーさんらしくありませんよ?」

 

「うん、どうしたんだいミルフィー、調子が悪いのかい?」

 

「体調が優れないようでしたら、ケーラ先生の所へ行った方が良いと思います」

 

 

もう、なんだろうコレは、きっとミルフィーのお菓子の腕を知っている皆が純粋に心配しただけなんだろう。ミルフィーのお菓子はおいしいのか、作る途中で大失敗するかのどちらかだからね。こういった見た目はまともで味は普通より若干劣るといった、失敗以上大失敗未満みたいなのは起こりえないわけで。うん、わかるんだ、理屈では。まずいって言った人はいないんだし、むしろ喜ぶべきであろう何だ。普段からミルフィーも言ってくれてるじゃないか、下ごしらえとかの手際のよさはすごいって。

 

 

「あはは……あのねみんな、それは私が作ったやつじゃないの、その右にあるのが私が作ったやつで、皆が食べたのはラクレット君が作ったやつだよ」

 

「「「「「……」」」」」

 

 

「すいません皆さん。お口に合わないようなものを作ってしまって、本当に申し訳ございませんでした。それでは、僕はこれから、紋章機の調整がありますのでどうぞごゆっくりと、お口直しに、大変美味しい桜葉少尉のシュークリームでも食べて御寛ぎください」

 

 

だからね、泣いてなんかない、だって、男の子だもの。僕はそのまま、振り返らずに、駆け足でティーラウンジを後にした。

 

 

「全くもう、みんなひどいよ。ラクレット君頑張って作ってたのに」

 

「いや、うん、ごめんよ、ミルフィー。悪気は無かったんだ。ただ何時ものに比べたらあんまり美味しくなかったなと思って」

 

「私じゃなくて、ラクレット君に謝ってください。あ! ランファ私の作ったの勝手に食べちゃだめだよ」

 

「えーだって、あいつだって言ってたじゃない、お口直しをしてくださいって」

 

「ま、まああいつのも悪くは無かったけど、やっぱり私達にはミルフィーのがあってるんだよ」

 

「ええ、ミルフィーさんの作ったお菓子は、一流のパティシエに匹敵……いえ凌駕しますもの」

 

「本当!? ありがとう、ミント」

 

(皆さん、結局スルーしてます。…………でもミルフィーさんのシュークリームの方が、美味しい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま、駆け足で格納に到着。とりあえず、軽く他の人の紋章機を眺めつつ、奥のほうのシャトル乗り場のほうに向かう。直接繋がっているわけではないので、少し距離がある。自分の愛機のもとへたどり着いて、ハッチを開いて乗り込む。僕の機体は、シャトル置き場に止めてあるのだ。シャトルとかよりずっと小さいけどね。というか、紋章機よりも小さいし。

 

 

「この後は、ミルフィーがカフカフの木が咲いていることを見つけて、お花見をするだったな」

 

 

このお花見で、タクトとミルフィー以外のクルー全員が花粉症にかかってしまい。ナノマシンに治療を受けるために、医務室は長蛇の列で、ヴァニラは休み無しで働き、倒れてしまう。なぜなら、ヴァニラが一生懸命エルシオールの修理をした後に、ケーラ先生の手伝いに行ったりして忙しそうにしてたのはつい先日のことである。つまり今のヴァニラは、すでにだいぶ疲労がたまっている状態である。そんな中で上のような無理をしたから当然の結果だ。まあ、なんかここまでが大まかな流れだった気がする。そのあと、ヴァニラに何か気の休まることをさせようと、宇宙ウサギであるウギウギを飼わせることにして、敵を倒して終了。多分一番平和な章と思う。

 

 

「まあ、僕ができることは特にないな」

 

 

そう呟き、紋章機の調整用のウィンドウをだす。最近わかったことだけど、この紋章機は元々別の武装を持つことも出来たみたいだ。僕の家に埋まってた時は、予備の剣が何組かあっただけだったけれど。両腕で、さまざまな武器を持つことが出来たそうだ。もしかしたら、どこかにこの紋章機用の武器があるのかもしれない。

 

 

「この前の戦闘でも感じたけど、僕の剣はまだまだ強くなる」

 

 

乗り始めた頃は、通常で30m強で、特殊兵装使用時で80mほどだった。それに、剣のエネルギーももっと弱くて、ある程度硬いものを切ると、一瞬エネルギーが消えてしまった。だけど、今はそれより大きくて丈夫な剣を構成できるようになった。今は40mに100mは伸びる。そう考えると成長は続いているのだ。

 

 

「紋章機の全力、というか、僕に合わせたチューニングだっけ? それさえできればいんだけどね」

 

 

実は、僕は一度光の翼を出すことには成功している。といっても出したのは裏切ってエオニアについた方の、カマンベール兄さんで、色々いじってたら、なんか出たという感じだ。カマンベール兄さんは乗れないけど、解析することなら出来るのだ。まだ僕が何度も乗っていたわけじゃないから、僕の癖とかは反映されなかったけど。リミッターをかけて、僕の許可が出ればそれを解除できるようにしてもらった。あと、偽造工作もね。ばれないようにしないと。

 

 

「よし、調整終わり。シミュレーターに反映させてこないとね」

 

 

僕は、タラップを使い、紋章機から降りた。家においてあった頃は、小屋を建ててもらって、ロープを使ってたけどね。近くの空港においておくという案もあったけど、家におけるのだから、家においておいたのだ。そして再び駆け足で、今度はシミュレータールームを目指した。

 

 

 

 

 

「お花見しましょうよ。タクトさん」

 

「お花見?」

 

「はい、私の故郷の星でよくやるんですけど、お花の下で皆でおいしいご飯を食べたり、大人の人はお酒を飲んだりするんです」

 

「へぇ、そいつは楽しそうじゃないか」

 

「そうですわね、ミルフィーさんのお弁当が食べられるだけでも価値がありますわ」

 

「ミント、まだミルフィーが作るとは言ってないでしょ」

 

「せっかく100年ぶりに咲いたのですから、お花見しましょう」

 

「よーし、それじゃあ、皆で準備を始めようか」

 

────了解!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、訓練の後に浴びるシャワーと、上がって飲むフルーツ牛乳はおいしいね」

 

 

シミュレーターにデータを反映した後、つい訓練をしてしまった。データを反映しただけで、僕が止められるわけが無かったのだ。だって、シミュレーターだぞ? 前の世界じゃ、次世代ゲームでも、ココまで精密なのはなかっただろうし。タクトがエルシオールに来て20日、原作知識と多少のずれはあるけど、おおむねその通りに動いてるはずだ。次の戦闘までおそらく4日、ヘロヘロになるまで訓練してしまったが、問題ないだろう。さて、さっき最低限のクルーを除いて、展望公園でお花見をしよう。ということが、艦内放送で言われてたことだし。

 

 

「時間までコンビニで暇を潰しますかね」

 

 

とりあえずは、料理関連の本の立ち読みでもしますか。最近だんだん自分で料理をするのが楽しくなってきたのだ。まあ、食べさせる相手もいないから、何か得るものでもないのだけどね。というより、今日のでわかったけど、人を幸せにしない料理もあるみたいだし……フフフ。趣味が、訓練とパズルとゲーム以外に出来そうだ。僕は店員に挨拶して、雑誌コーナーに向かった。

 

 

 

 

 

 

「えー、それじゃあ、皆さんついに我らエルシオールは、味方と無事合流することができました。コレも皆さんの頑張りのおかげだと思います」

 

「司令らしくないこと言ってないで、早く始めましょうよー」

 

「そうですよ、司令。どうせ皆司令がそんなの似合わないって知っているんですから」

 

「きみ達ねぇ……。まぁいいか。とにかく、乾杯!!」

 

 

さすがに、読むふけって忘れるなどと言うことはせずに問題なく、展望公園についた。少々遅れてしまったけどね、もうタクトが乾杯の音頭をとっているし。僕の髪の毛に桜色の花びらが舞い落ちた。上を見上げて見ると、カフカフの木が桃色の花を咲かせていた。外見はほとんどサクラと同じだと思う。前世ではよく花見に行ったなと思いつつ、ただ黙って見上げ続ける。空調管理システムで人工的に作られた風が展望公園の中を吹き抜ける。それにあわせ、カフカフの木の花びらが散る。花びらの軌跡を眼で追っているとどんどん眼が痒くなってきた。

どうやら、僕の体は前世と同じでかなり花粉に弱いらしい。まだ10分も立っていないのに。もしかしたら、精神的に花粉症の原因となる木の近くにいるのがだめなのかもしれない。逆プラシーボ効果的な?残念だけど、ここは一回帰ろう。戦闘要員だから、優先してナノマシンで治療させてもらえるので、数時間の辛抱だ。花粉症についての資料は、もうまとめてあるから、今から戻って調べたら気になる言葉が出てきた、とかでいいかな言い訳は。僕はその足で医務室に向かった。

 

 

 

 

 

────────

 

 

鼻を刺激する、消毒液の匂いと、ここの主であるケーラが好む、コーヒーの香りがまじり独特の、されど不快ではない空気が漂う。中では、リクライゼーション効果を期待してか、小さくではあるが、クラシックが流されている。部屋は白を基調とし、明るい照明により清潔感を醸し出しており、この場所に相応しい印象を与えるここはエルシオールの医務室、通常時はあまり人が寄り付かないところだ。

 

 

「タクトさん、何か用事ですか?」

 

 

そんな中でも、ナノマシンの使い手という稀有な存在でもあるヴァニラは、その役割からかよく自主的に手伝いをしているのだ。加えてここ数日ワクチンにより撲滅されたと思われていた、花粉症がカフカフの実により、艦内の大多数が感染してしまったのだ。故にここ数日彼女は大変多忙な生活を余儀なくされていたのだ。エルシオールで花粉症を治療する為には現状彼女の力を借りるしかないのだから。タクトはそんなヴァニラの様子を見に来たのであったのだ。

 

 

「やあ、ヴァニラ、調子はどうだい?」

 

「現在、クルーの9割の治療が終了しています」

 

 

責任感の強い彼女は、お花見に参加したほぼ全ての人に対して、治療を施したうえ経過観察のために何度か治療後も検診をしている。真面目な彼女の死後tぶりに多くの人が感謝し、親衛隊のIDの桁が1つ増えたとか増えてないとかである。

 

 

「ねぇ、ヴァニラ」

 

「なんでしょうか?」

 

 

そんなヴァニラの事を気にかけるタクトはやはり司令官に相応しいのであろう。

 

 

「そんなに色々仕事して、大変じゃないかい?」

 

「いえ、私はただ私にできる事をお手伝いしているだけですから」

 

すでに何人にも、聞かれたのか、すらすらと答えるヴァニラ。そんな彼女の態度に何か思うところがあるのか、タクトはなおもヴァニラを見つめ続けた。

 

「でも、やっぱりなにか息抜きでもしたほうが良いと思う」

 

「息抜きですか?」

 

「そう、自分の好きなこととかさ。ヴァニラは何が好きなんだい?」

 

タクトの問いかけに首を傾げる。これと言ってなにかが好きというものがすぐに思い付かなかったのだ。今まで生き急いできていると自覚したことはないが、何度か言われたことのある彼女は、そういったことと無縁であった。

 

「好きなこと……ですか」

 

「うん、いつも仕事ばかりしてるのは、やっぱり大変だからね」

 

 

果たしてそれは必要なものであろうか?とヴァニラは悩む。今まで敬虔な教徒であった彼女は、自分のことを第一に考えるというつまりはプライベートを持つという行為自体にあまり縁があるわけではないのである。彼女は、その小さな右手を顎の下で軽く握り、首をかしげる。タクトはそんな彼女の様子を見て、苦笑しつつ続けた。

 

 

「まあ、ゆっくり考えてみてよ。それじゃあ、オレはこれで戻るから」

 

「はい、ではまた」

 

 

ヴァニラが軽く会釈するのを、背中で感じつつ、タクトは医務室を後にするのであった。

 

 

 

 

「ヴァニラさんの好きなことですか?」

 

「うん、今クルーのみんなに聞いて回ってるんだけど、クロミエは何か知らないかな?」

 

 

タクトが今いるのは、『クジラルーム』巨大な宇宙クジラという、長寿で人の心を読むことができるクジラの住処だ。クロミエはその部屋の管理人であるため、現在タクトに応対している。タクトはここに来るまでにいくつもの場所を訪れた。格納庫では、いかにヴァニラが整備や修理などの面で活躍しているかを説かれ、コンビニでは、ヴァニラが普段一人で買い物に来ることはほとんどないといわれ、廊下では、ヴァニラちゃん親衛隊が、偶然通り掛ったヴァニラに、公式親衛隊になったりと。

たった三行で語るにはあまりにも多くの濃いイベントを消化してきたのである。長くなるのでカットさせてもらうが。閑話休題、ともかく、このクジラルームで、タクトの目的が達せられなかった場合、八方塞になるのだが。

 

 

「タクトさんは、どうしてそのようなことを?」

 

 

クロミエが、そう思うのは当然であろう。確かに彼はヴァニラが興味を持っていそうなことを知ってはいるし、それをタクトになら教えてもいいとも思える。別に隠すようなものでもないのだから。しかし、それでも、今このタイミングで、なぜタクトが来たのかがわからなかったのである。

 

 

「いや、ヴァニラがそろそろ何か息抜きを見つけないと、何かまいってしまいそうな気がして」

 

 

すると、タクトはその問いに、ややはにかみながらもそう続けた。

 

 

「よく見ていらっしゃるんですね」

 

 

クロミエは、やはりこの人はエンジェル隊の司令官、いや、エルシオールの艦長に相応しいと再認識した。ここまで注意深く彼女達を見ているのだから。

 

 

「それで、そうだい?」

 

「そうですね……彼女はよく、動物達を見ていますよ」

 

「動物?」

 

「ええ、特に宇宙ウサギがお気に入りみたいでよく遠くから眺めてますよ」

 

「見るだけなのかい?」

 

 

タクトは、クロミエのその言葉に対して問い返す。

 

 

「ええ、いつも遠くから眺めてるばかりですよ」

 

「そうなのか」

 

 

タクトは何か納得したかのように、一人頷く。その様子をクロミエは眺めつつひとつのことを考え付いた。気遣いができるいい子なのである。そんな優しい子だからこそラクレットとも仲良くできている訳だが。

 

 

「宇宙ウサギといえば最近数が増えすぎてしまって、世話が大変なんですよね。誰か、大事にしてくれる人が育ててくれるなら大歓迎なんですけど」

 

 

誰に言うでもなくそう言うクロミエ、しかしその言葉を聴いて、タクトは表情を変えた。

 

 

「ねえ、クロミエ、ちょっとここで待っててくれないかな、世話してくれそうな人に心当たりがあるからつれてこようと思うんだ」

 

「いいですよ」

 

 

その10分後にタクトは、ヴァニラをつれてきたが、クロミエに驚いた様子は全くなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「431、432、434、435……」

 

 

ラクレットは自室で日課の片手腕立てをしていた。背中に愛剣である『求め』をのせて、それを落とさないようになるべく早くやるというものだ。もし背中から落としたら、20回追加というルールことで始めて、最初の目標数250はとうに過ぎている。何か補正でもあるのか、彼の身体能力に関する才能は規格外であった。数が飛んでいるのはご愛嬌だが。

彼は転生する前の知識があったおかげで、高卒程度の学力はあったが、新しい体になって、子供の学習力というものをあまり感じたことがなかったのである。それは一重に自分の頭があまりいい出来ではないからであった。また、ほかにも芸術や音楽などのセンスも全くなかったのだ。しかしながら、彼はこと運動に関しては無駄に才能があった。本人もそれなりに努力を重ねてきたために、今の彼があるのだ。

 

 

「468、469、470……ふう、終わった」

 

 

両手分をようやく終えた彼は自室に備え付けられたシャワーを浴びる。その描写はやはり割合させてもらうが、彼は、こと肉体に関しては軍人と比べても謙遜はなかった。少なくとも14歳の少年の体としては疑問であるレベルには。

 

 

ペラリとページを捲る音が、部屋に響く。シャワーから上がった彼は、先ほどコンビニで購入した料理関連の雑誌を読みふけていた。彼は一人で過ごす時間はそれなりに嫌いではないが、誰かがかまってくれないと寂しくなるという、いちいちうざい人物だ。彼にその自覚はないのが問題であるが。ともかく、一人で好きに時間をつぶしていると、珍しく、本当に珍しく来客を知らせるチャイムが鳴った。使用されるのが3回目の聞きなれないチャイムの音に反応して、本を閉じて部屋のドアを特に確認もせずに開いた。普通はインターホンを見るものなのだが、彼はそこまで慣れていないのだ。

 

 

「どちらですか~?」

 

 

そういいながらドアの開閉ボタンをおす。すると彼の目の前には誰もいなかった。

 

 

「あれ、おかしいな?誰かいたと思ったんだけど」

 

「います」

 

 

右下から声が聞こえたのでそちらを向く。するとそこには、ラクレットにはわからないが、やや不満そうな顔をした、ヴァニラがいた。

 

 

「ああ、すいません、小さくて見えませんでした」

 

「……いえ」

 

 

不満げな表情がやや怒気を孕む表情になったが、ヴァニラは大人になりそれを耐えた。彼女はきっと将来いい女性になるであろう。それはもう可憐で清楚で献身的で思いやりのあるすばらしい女性に。ああ、ヴァニラさん貴方は天使だ!

 

 

「それで、僕に何か御用ですか?」

 

 

ラクレットはいつものプライベートではない時用の口調でヴァニラに話しかける。ヴァニラは、エルシオールの中で素の彼を知っている、数少ない人物の一人であったが、特に気にせず自分の用件を述べた。変人に理解があるなんて、貴方はなんてすばらしい女性なんだ!

 

 

「クロミエさんに、宇宙ウサギの世話を任されました」

 

「そうですか、世話の仕方はクロミエに聞いたからわかりますよね?」

 

 

ラクレットは、今まさにヴァニラの聞こうとしたことをつぶしてしまった。彼女は、なぜか異常に古代の動物について詳しい彼に、ウサギという種族の基本的な育て方を聞こうと思ったのである。もちろんクロミエから色々と教わってはいるが、そのクロミエ自身が説明の最後に

 

 

「ラクレットさんも詳しいですよ」

 

 

と言った為に、とりあえず聞いてみようと思ったのであった。クロミエは、戦闘要員の中では微妙に孤立している節のあるラクレットに対して気を使ったつもりでもあるのだが。

 

 

「はい、クロミエさんが詳しく説明してくださいました」

 

「そうかい、ウサギといえばだけど、ピーターという昔の有名なウサギの父親はキャベツを食べて眠くなってしまい、食べられてしまったという話があってね」

 

 

ラクレットは、そのような、クロミエの心遣いや、ヴァニラの望みなどをあまり考えずに自分の知識をひけらかしていた。しかも、微妙に口調が戻っているあたり、彼も油断しているのであろう。彼が口調を使い分ける理由は長くなるので省くが。女性に対しては下手に出るのが常なのである。しかしながら、偶然にもそれは、ヴァニラにとっても興味深い話であり、ヴァニラはやや夢中になりラクレットの聞き手になったのであった。どんどん脱線していく彼の話をいつもの表情ながらも楽しげに耳を傾けるヴァニラはやはり可憐であった。

 

ああ、ヴァニラさん貴方は本当に天使だ!!

 

 

 


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