僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第十三話 Dr.ケーラに聞いてみて 後編

 

「あ、ヴァニラじゃない、何やってるのよ~? 」

 

 

ここはティーラウンジ、エンジェル隊が集まって、よくお茶を飲みつつケーキをつまんでいる場所だ。今日も今日とで例に漏れず、エンジェル隊のヴァニラを除く4人は、3時のティーブレイクを楽しんでいたのだ。ちなみに4人とは先日のお花見の後に発生した大量の花粉症患者の治療を行ったのが呼び水となり、疲労で倒れてしまったヴァニラを除く全員である。そんな所に通りかかったのがどこかうれしそうな表情のヴァニラであった。

しかし、その当のヴァニラが珍しく少々浮かれた様子で歩いていたのだ。気になったランファは、彼女を呼び止めたのである。

 

 

「皆さん、こんにちは」

 

「ああ、こんにちは。体はもう平気かい?」

 

「はい、もう大丈夫です」

 

 

フォルテは、しっかりしているが、まだまだ幼い面も多々あるヴァニラの事を気遣っての言葉で聞いたのだが、ヴァニラの力強い返事に安心したかのように安堵の笑みを浮かべた。

 

 

「それで、どうしてそんなに嬉しそうなのですか?」

 

「実は……」

 

 

 

ヴァニラはミントの、ストレートな問いに、やや動揺したものの、それを表情には出さずに、いつものように今までの経緯をなるべく客観的に話した。彼女に、タクトが趣味を紹介してくれて、クロミエの代わりに一匹のウサギを飼うことにして、その名前はウギウギでありとてもかわいいということをだ。少しばかりの身振りと手ぶりを交えて、彼女は自分の話がいつもより多く感情を含んでいることに、自分では気づかなかったのだが、ほかのエンジェル対は彼女の様子に頬を緩めた。ヴァニラは全エンジェル隊からも妹のように可愛いがられているのである。

そして、ヴァニラが実はいろいろと昔の動物の生態に詳しいラクレットに、ウサギにまつわる童話の話を聞いたり、豆知識的なものを教わったりしたことまで話し終えたところでようやく彼女は一息つき、自分の紅茶のカップに手を伸ばした。

 

 

「へー、ラクレット君動物にも詳しいんだ。結構物知りなんだね」

 

「はい、よくクロミエさんとお話なさっているのを見かけます。その時にクロミエさんが質問することもあるくらいで」

 

 

ミルフィーはヴァニラの話を聞いて素直に関心していた。まあ、彼女の性格から考えて、すごいと思うことは素直にすごいと言えるからであろうが。しかし、ほかの三人は微妙にヴァニラの心配をしていた。ランファは純粋にヴァニラに仲の良い男ができたことに、フォルテとミントはそれがラクレットであることに。

 

 

「ねえ、ヴァニラ。ちょっと聞きたいんだけど」

 

「なんでしょうか?」

 

「あいつとはそうやって、よく話すの?」

 

 

ランファは特に躊躇いもなくヴァニラにたずねた。ヴァニラはランファの問いの意味を少しばかり考えた後に、ランファの瞳をその紅い瞳で見つめながら答えた。

 

 

「ラクレットさんは、クロミエさんととても仲良しです。私はクロミエさんとはよくお話しますが、長くお話したのは先ほどが初めてです」

 

「なんだ、そうだったの」

 

「でも、もっとお話したいと思いました。数万年前に特定の特殊な空間の中に生息したでんきねずみを代表とする生物達のお話や、あらゆる道具を使いこなし、複雑な計算を解くことさえ可能で、それらすべてを駆使して追いかけっこをしている鼠と猫の話は、とても面白かったので」

 

 

ランファはヴァニラの興味がラクレットと言うか、彼の話にむいていることに気づいたのだが、特に問題もなかろうとも思い放置することにした。彼女的にはラクレットは興味の対象ではなった、ヴァニラも恋心やら乙女チック名ものを少なくとも現時点では持っているわけではないようだし。それに現在ランファの心はある人物にその比重の多くを傾けているのだから。

 

一方でミントは、微妙に複雑に考えていた。最初から疑わしく、ひそかに監視をしていたりなどもしていたのだが、わかったことは。彼が『頭のよさそうな馬鹿であり、一歩間違えれば脳筋』であることぐらいだ。行動には無駄なところはないが、筋トレか周りの手伝い程度しかしていない。どこからかのスパイであるのならば、私達にもっと積極的にコミュニケーションをとろうとするはずだと彼女は考えたからだ。

もちろん最初はレスター、クロミエに近づいたことも警戒したのだが。それは単純に年頃の男の子が異性を避ける程度の行動でしかないと彼女は判断したのだ。なぜなら、一般クルーの女性に話しかけられたときの彼の狼狽具合がひどいものだったからであるのがそれはおいておこう。

 

ともかく、第一印象はかなり疑わしい正体不明の男だったのが現在では 胡散臭い馬鹿な男の子である。しかし、疑うのをやめたわけではなく、どういった意図でヴァニラに近づいたのかを考え始めていたのだ。彼女にとって、考えすぎる自分は玉に瑕ではあったが、基本的には好ましく思っていた。なぜならば、彼女は自分にエンジェル隊の参謀であるという自負を持っているからで、自分が頭脳労働担当である自認しているのだ。自分にブラパンシュ君をくれたことには感謝するが、総合的に見て、まったく意図が見えないのだ。せめて

「自分が来たのは、シヴァ皇子を守ったならば、周りに自慢できそうだからだ」

「就職に有利そうだから」

のような、どうみても、後先考えていないような理由でも明かしてくれたのならば、彼の普段の言動を顧みるに、納得したであろうと彼女は自分の思考をいったん締めくくった。

 

 

「どう思いまして? フォルテさん」

 

「いや、単純にクロミエと仲がいいのならば変な所は無いんじゃないのかい?」

 

 

そもそもフォルテがラクレットを疑っているのは、自身の直観に基づくものでしかなく、ミントと同じで、彼の奇行というほどのものではないが、紋章機操縦の腕から考えられた人物像とはあまりにも違う行動を見てきて微妙に考えを新ためていた。彼は『刃物を持った馬鹿』だと。これだけだと、とても危ないやつににも聞こえるのが、彼女は彼がいかにもこの言葉が似合うであると考えているのだ。彼はどこからどう見ても、最近の若者の例に漏れず、ただ平和ボケした若者であろう。しかし、自身が戦闘することが可能な能力を持っていたために、それを磨いてきた。結果今の平和ボケした軍人(仮)と言う状況が生まれるのではないかと推測している。

こんな予測を立てるとは、まるで自分が若者では無いみたいだとも考えたが、まあ、自分は平和ボケしているわけでもなく、むしろその対極だと結論付けた。まだ何か隠しているようであるが、たいしたことでないような気がするのである。

 

 

「まあ、特に意図があったわけじゃないだろうさ」

 

「そうですわね」

 

「そもそも普段のあいつを見て、何か陰謀ができるようなやつに見えるかい?」

 

「そのような器がある人には思えませんわね」

 

「だろう?」

 

 

おそらく本人が聞いてたら相当なダメージを受けるであろう会話を二人は続けていた。ラクレットは、自分を万能系オリ主だと思っているのだ。まあ、実態は 逆勘違い系で さらにオリ主(笑)であろう。

 

 

「仮に、あれすべてが演技なら、正直私達が手におえるような奴じゃないだろう。そのときはもうお手上げさ」

 

「ですわね。あれを演技でできるものがエオニアの下、または別の勢力にいたのならば、もう手遅れですわ」

 

 

二人は地味に最悪な場合の話をしているが、その顔の笑っており、いかにありえないかを理解しているのであろう。何だかんだ言ってって、彼が、妙な方向性ではあるものの微妙な信頼をえているのだ。本人との接点は少ないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊迫した空気の漂う部屋、天井は一般的なそれよりもやや高めだが、内装自体に別段特別なものは無い。せいぜい様々な道具が置かれているスペースがあるくらいか。

人影は二つ、彼らは部屋の中のやや開けた空間で5mほどの間合いを持って対峙していた。

 

 

「どこからでもかかって来い」

 

「はい!! 」

 

 

ラクレットは少しだけ柔らかいマットを右足で思いっきり踏み込んだ。姿勢を低くし、右腕を放てるようにためをつくりながら突進する。彼の下半身の筋肉は、瞬発力よりもむしろ持久力に優れているが、中々の速度ではあった。5mの距離など1秒足らずでつめられるほどには。

対する男━━━レスターは自然体というわけでもないが、あまり気負った風も無く構えていたその腕を動かしつつ重心を右足に移す。ラクレットは最後の一歩を大きく踏み込み右腕を撓らせながら、まさにぶん殴るという描写が相応しいようにフックを下から上に向かって放つ。狙いはレスターの顔だ。

低い姿勢なのだから、いきなり体の最上部を狙われるとは思っていないであろうという、彼的には考えた上での選択なのだが、走り出す時点で右腕で殴ることが見え見えのテレフォンパンチではレスターには通用しなかった。

流れるような動作で軽くラクレットの右を左手でいなした後は、そのまま右足を軸に左膝がラクレットの腹に吸い込まれていった。軸足が入った見事な左膝での強襲にラクレットの奇策(笑)は一撃で敗れたのだ。

 

 

「まず、動きが直線的過ぎる。猪突猛進な動きなど人間がすべきものではない。そのような動きは、獣のほうが向いているからだ」

 

「はい」

 

 

先ほどの交差から、5分ほどでラクレットは痛みから復活した。現在レスターのアドバイスを受けているところだ。そもそも、彼らがトレーニングルームで戦っているのにはたいしたことが無い理由がある。なんてことは無い、レスターに時間ができたからだ。

現在明後日に迫った、エオニア軍の駐留地域への襲撃に備えればならないのだが、今回のエルシオールは戦闘の中核を担うわけではない上に、タクトより上の別の方面軍所属の軍人が多くいるのだ。指揮を取るのも彼らであり、割り当てられた戦闘宙域のデータ収集程度しか仕事が無い、日常業務など優秀すぎるレスターにかかれば片手間に終わってしまうのである。

故に前に約束していた白兵戦の講習を実施するに至ったのである。

 

 

「次に、予備動作が大きすぎる事だ、相手も素人ならばいいが、単純に場数をふんでいる奴や、軍人相手では当ててくださいと言っているようなものだ」

 

「はい」

 

 

その後も、いきなり間合いをつめすぎるな。やら、敵の目の前で硬直するような技を打つな。などどんどん訂正されていくラクレット。体はオリ主ゆえに鍛えたものの、前世含めて喧嘩の経験など無い。そもそも彼は人に暴力を向けるという行為を数える程度しかしていないのだが。彼の肉体は、全体的に持久力が重視された鍛え方だ、トレーニングメニューなどは自分の知識を元に星間ネットで調べて鍛え上げたのである。優秀な肉体であったのか、砂漠に水が吸い込むように理想の肉体に近づいて行ったが、それを使ったことなどあまり無い。エレメンタリーころは体育の授業では人気者であったが、飛び級で入ったハイスクールでは格闘技系の授業は免除されていたりする。

もっとも、最近では彼の体格的にそれはどうなんだという話が出てきてはいるのだが。つまりは、格ゲーで最強キャラを使っても、プレイヤーが初心者なら、普通に負けるのである。

 

 

「とりあえず、まずは間合いの取り方からだ、いくぞ」

 

「はい!! 」

 

 

出撃二日前、エルシオールの数少ない要職につく男性二人はトレーニングルームで汗を流すのであった。

その様子を楽しげに扉から見つめる(覗きとも言う)眼鏡の女性が、

 

 

「まさか、浮気!? 親友の司令だけじゃなく年下の優秀な少年に、三角関係!?」

 

 

などと騒いだので、はたまた、違った意図で見つめていた(覗きだと思う)女性に連れ行かれることになったのは、完全な余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、今回の作戦は、第三方面軍が中心だ。オレ達に割り当てられた区域は、決して広くは無い。しかし、旗艦もいるので、要注意だ」

 

「今回の作戦目標は、敵の旗艦を破壊した上で、戦闘中域内の敵艦を可能な限り減らすことだ。細かい作戦はタクトから説明を受けろ」

 

「そういうこと。それじゃあ、皆頼んだよ。エンジェル隊、独立戦闘機部隊、出撃!!」

 

────了解!!

「了解!! 」

 

 

 

 

「ラクレットとランファは先行してしてくれ、敵旗艦に近づくのが目標だけど、攻撃を集めるだけで十分だ」

 

「他の四人は、ラッキースターを先頭に、ハーベスターを守るようにしつつ、前進してくれ。くれぐれも無茶はするなよ」

 

 

 

エルシオールと同じ戦闘宙域に割り当てられた艦の数は、他の宙域の半分ほどでしかなかった。これは、エルシオール並びに、それに付随する戦力を考慮したからである。割り当てられた戦艦のクルーの意見は主に二つ、この配備は妥当であり、エンジェル隊やエルシオールの戦力への期待感を持っているものと、彼らを過信しすぎて、戦力を省きすぎではないかの懐疑論であった。

戦艦チヒロの艦長チョ・エロスン(32歳独身)はどちらかといえば懐疑論に近いものであった。だが、彼のもともとの配備は、第一方面軍。何度か、エンジェル隊が、遺跡などの探索のために出撃しているのを見かけたことがあるのだ。その時の速度を見るだけでも、十分驚くべきものであったし、公開されているスペックだと、単体でクロノドライブすら可能であるというのだ。

しかし、それが本当に戦闘で役に立つのか、ここまで単体で抜けてきたとはいえ、実際に戦闘をこの目で見るまでは過信はしない、それがエロスン(趣味は読書)の考え方だった。

 

 

「エルシオールから、紋章機の発進を確認しました。続いて中型戦闘機一機の発進も確認しました」

 

 

彼が軽く思考をまとめていると、オペレーターからの報告が入った。エロスン(特技は家事全般)はひとまず、クルーに対して指示を出すことにした。

 

 

「よし、戦艦チヒロは、他の戦艦を引き連れつつ前進、エルシオールが孤立しないように適度な距離をとれ」

 

「了解」

 

 

操舵手の返事を聞きつつ、彼は視線を宙域の戦略マップに落としたのであった。

 

 

「さすが、紋章機圧倒的速度ですね」

 

「ああ、そうだな、われわれが戦闘可能な距離になるまで時間がある、先行しているこの2機の映像、モニターに出せるか?」

 

 

副官の言葉に同意しつつ、まだ余裕があるので指示を出した。先行している2機はすでに、戦闘可能な距離だ、現にモニターを見ると片方はすでに射撃を開始しているようだ。しかし敵旗艦の攻撃が激しいのか、一端射線上から外れるべく大きく回りこみ始めた。

 

 

「やはり、敵旗艦の攻撃力は侮れないな」

 

 

自分の頭の中で、所詮は無人戦艦だと侮っていた上層部の馬鹿共の顔を思い出してしまう。彼等のせいで多くの命と資源が損なわれている事を考えると、若干表情が強張りるが、気持ちを切り替えそろそろ戦闘可能宙域かと思いマップに視線を戻した。しかし、彼の目線は副官の声で再びモニターに戻ることになる。

 

 

「そうですね、おや……艦長!! 」

 

「どうした?」

 

「先行していた1機が、そのまま敵旗艦に突っ込みました!! 」

 

「馬鹿な!! 」

 

 

モニターを見ると、敵旗艦の砲門が爆発している。マップの敵旗艦周辺に視線を戻すと、旗艦の位置と戦闘機の位置が完全に重なっている。何事だと思ったエロスン(座右の銘は平常心)は、モニターを拡大させる。するとそこに写っていたのは、敵の旗艦の懐に入り込み、右の剣で砲門を切り付けているところだった。

 

 

「ありえない……」

 

 

副官の声が右耳から入ってくる。その言葉にエロスン(階級は大佐)は激しく同意するものの、ひとつの考えが頭によぎった。

 

 

「いや、むしろ理にかなっているのかもしれん。旗艦の攻撃力は強大だが、陣形においては最奥に布陣される艦だ。武装は主砲や射程を優先したレールガンが中心となっている。つまり、懐にさえ入り込んでしまえば、機銃や対空砲を満載している、駆逐艦や巡洋艦よりも攻撃はされにくい。さらにあの剣は狙いを定める必要なく、触れてやるだけで砲門は潰すことができる」

 

 

「まさか!! そんなこと……」

 

 

エロスン(初恋の相手は月の聖母)は副官の驚きように、微妙に満足しつつ、言葉を続ける。

 

 

「そして、他の紋章機より、小さい機体、回避に優れていて、なおかつ、懐に入り込みやすい。まさに旗艦を倒すのに適した機体だったのだよ」

 

「そうだったのか……」

 

「あのー艦長、戦闘開始の指示を出していただきたいのですが……」

 

 

その後、エンジェル隊と、ラクレットは順調に敵を倒し戦闘を終了させた。しかし、ラクレットは知らない。エロスン(実はタクト達の先輩)がこの戦闘のあと、エタニティーソードのことを『旗艦殺しフラグ・ブレイカー』と名づけ、船乗り仲間に言い伝え、戦後その名が定着し、彼の呼び名がそうなることを。そして、兄にまさにその通りだとからかわれることを。何も知らない人から、尊敬の眼差しでそう呼ばれることを。

 

 

 

 




これが銀河に名を轟かす、剣豪にして戦闘機乗り、『旗艦殺し(フラグ・ブレイカー )』ラクレット・ヴァルターの誕生秘話である。

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