僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第十五話 ダンシングクレイジーズ 2

ラクレットは激怒した。必ずかの邪智暴虐の大将を八つ裂きにすると決意した。もちろん脳内でだが。まあともかく、彼は皆が外に舞踏会の準備に行っていて暇なのだ。タクトは、微妙に一悶着あった後、ミルフィーをパートナーに選んだみたいだし、安心だ。

などと考えながら、エルシオールの格納庫でランニングしていた。名目は緊急時に、迅速に出撃するための訓練ということだ。

整備など、ファーゴに入るまでにとうに終わっているので格納庫はラクレットを除いて無人だ。往復ハーフマイルくらいはあるであろう、格納庫を20往復したくらいで、ラクレットはラッキースターの近くに人がいるのを発見した。

気になって近寄ってみると、そこにいたのはエルシオールのクルーではなく、10歳程度の外見の金髪少女であった。その少女はラクレットにとっては、画面越しに何度も見た外見と瓜二つで、彼にとっては久々に興奮する材料だったのだ。ラクレットは紳士的に近づき、紳士的に話しかける。

 

 

「やあ、お嬢さんどうしたのですか? 」

 

「別に、これを見ていただけよ」

 

「テムオリン様来たぁーーー!! 」

 

「はぁ? 」

 

 

興奮したラクレットは、非紳士的にも声に出して叫んでしまった。まあ、彼の模している格好のゲームの中では好きなキャラBEST5に入っていたので仕方ないのかもしれない。ちなみに、一番は緑で、次にへタレ、青、コアラ、年増の順である。それはともかく、金髪の少女━━━ノアはドン引きだった。なにこの、キモい生物(なまもの)。といった具合である。

 

 

「いや失敬、それで、なんで紋章機なんて見てるのかな? 」

 

「うーん、お兄様が気にしていたからかしら? 」

 

「そうか。でも危ないから近寄っちゃだめだよ。落ちたら大怪我だしね」

 

「平気よ。私飛べるもの」

 

 

ノアはまったく気にしない様子でそんなことをつぶやきながら、手摺に飛び乗る。そのときの動作は、若干人間にはできないようなものが混ざっていたのだが。ラクレットはまったく気にしなかった。なぜなら、彼女の正体を知っているからだが。ちなみに彼女が手すりに飛び移るときに、スカートが大きく翻ったが、ストライクゾーンが16より上な彼は全く反応しなかったことをここに記しておこう。しばらく、ラクレットのほうを見ていたノアだが、興味をなくしたのか、紋章機のほうへ向き直る。ラクレットはノアの後姿をただ眺めていた。

 

 

「ねえ、あんたって偉いの? 」

 

「そうですね、平均よりは? 」

 

 

階級的には確かにそのくらいだが、臨時であるので、同階級のものよりは下だ。それに加え、ここに来るまでに彼が残した功績は大きく、その辺も加味すると地味に複雑ではある。

 

 

「じゃあ、この紋章機私に頂戴。無理なら偉い人呼んできなさいよ」

 

「それは無理です。紋章機をあげるなんて無理ですよ。玩具じゃないのですし」

 

 

ラクレットはなるべく原作どおりの反応を返そうと必死にこのシーンについて思い出していた。確か、ここの後、なら自分で作るからいらないとなる流れだったっけ? と考えつつ、ノアにそう言った。

 

 

「そう……ならいいわ」

 

ノアはそうつぶやくと、手すりからいきなり飛び降りた。なんとなく予想できてはいたが、いきなりのアクションに軽く驚いたラクレットは、手摺に駆け寄り下を覗き込む。

 

 

「やっぱりか……」

 

 

しかし、彼の予想通り、下には血痕や死体などなく、跡形なく少女は消失していたのである。

 

 

 

 

 

「ふむ、やはり所詮はジーダマイアか。わずか一回の勝利で浮かれきっておる」

 

エオニアは現在黒き月を引き連れて、ファーゴからある程度離れた位置にいた。

 

「この後に余が姿を現した時こそが貴様の命日であるというのに」

 

エンジェル隊に散々苦しめられてはいるものの、まだまだ余裕であるのか、黒幕特有の遠まわしな殺害宣言をだれに言う訳でもなく知っている。

 

「エオニア様、黒き月からです」

 

そんな彼に、一本の通信が入る。それは大変珍しい相手からだった。

 

 

「繋げ」

 

「了解」

 

 

オペレーターはその言葉に反応して、モニターに繋いだ。どうでもいいがエオニアは部下の前で先ほどの言葉を発していたのだろうか? だとしたら 中々に周りが見えないか、周りのスルースキルが高いかである。閑話休題、ともかくエオニアは、前方スクリーンに意識を集中した。

 

 

「エオニアさま、ご報告があります」

 

「久しいな、カマンベール」

 

スクリーンの先にいたのは、白衣を着た青年だった。髪の色は薄いブルーでそれなりに長く、後頭部で束ねており、軽く首を動かすのにあわせてさらさらと流れた。フレームの太い眼鏡をかけた、中々に相貌の整ったいわゆる美男子であったのだが、彼の身長は低く、少年のような印象を受ける。低いといっても、160と少しといったところであるが。もっと言うと、ミルフィー以上ランファ以下である。ともかく、現在21歳の、ラクレットの兄である━━━━━カマンベール・ヴァルターであった。

 

 

「ご無沙汰しております。今回の報告ですが、少々複雑な仕組みを見つけました」

 

「ほう? 」

 

 

カマンベールは黒き月に住んでいる。というより、泊り込みで研究しているのだ。エオニア達が入れなかった区画にも、一人でみ入ることができたのだ。エオニア達が入ろうとすると、管理者権限が無いと警告が出て、扉が閉じてしまったのだ。ちなみに、黒き月を発見してから、その区画から出た回数はまだ3回目でしかないのだが……彼は定期報告は文書で済ませて、奥から出てこないのである。

彼のみが入れたのは、彼の『ロストテクノロジーへの解析・理解』というESP能力が大きい。エオニアもその点では納得している。彼から見れば、有用な研究をする部下であり、その能力は買っている。何を考えているかはわからないが、権力への野心はなく、研究さえ出来れば良いと言っているので、黒き月を持っている限り裏切られることは無いと考えているのだ。なので、そのような放任スタイルでも特に咎められてはいないのである。

 

 

「今までも、中々に手のかかるものばかりですが、今回ばかりは数年単位のスパンで研究をさせて頂くつもりです」

 

「ほう、それで?」

 

「つきましては、私はこれからしばらく音信不通となります」

 

 

が、さすがに、今回のはどうかとエオニアも思った。黒き月の中で数年も音信不通とは、さすがにどうかと思ったのである。戦略兵器で兵站工場。しかも依存率100%のものだ。その中に音信不通の状態で数年研究のために滞在する、国で1番の研究者。これを許可できる為政者は、少なくとも戦争ができる国には存在し得ないであろう。

 

 

「まて、お前はなぜそこまでする」

 

「そうですね、今回発見しましたものは、どうやら不老不死にすら通じそうなものです」

 

「不老不死だと!! 」

 

「ええ、外に出すことはまず不可能ですが、私が長年かけて研究すれば何とかなるかもしれない算出が出ました」

 

流石のエオニアも驚く。黒き月は兵器工場のようなものだ、そんなものの中になぜ不老不死に通ずるものがあるのか? しかし元は先文明『EDEN』の技術産物だ。何があってもおかしくはないであろう。

 

 

「実験の為に私自身を一定期間コールドスリープをするなどをしなくてはならないので連絡を取ることができないのです。技術自体は恐らく、人間という不確定なものを、永遠にすることで安定した結果を出せるようにするためと現在推測しています。もしくは、黒き月というものそのものを行使する根本的な目的を左右する……」

 

「わかったから、もうよい。お前は熱が入ると数時間は話し続ける。とりあえず研究は許可するが、兵器を製造する権限全てはこっちに預けろ。それが出来るのはシェリーからの報告から聞いている」

 

 

一回目に、例の区画から出てきたときに7時間かけて報告したことである。聞いたのはほぼ全てシェリーであるが。彼女はフラフラになりながらも、何とか要点を理解してその足でエオニアの元に報告へ向かったのだが、逆にエオニアに心配されてしまい、数日休暇をとることになった。というエピソードが残っている。

 

 

「ええ、了解しました。それではまた数年後に」

 

「くれぐれも、余に剣を向けるなど考えるではないぞ? 」

 

「わかっていますよ。そんな無意味なことなど。パトロンは大事にする主義ですので」

 

 

そう言って、カマンベールは通信を切った。エオニアはそのまま、しばらく通信ウィンドウのあった虚空を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、とりあえずこんなんでいいかねぇ」

 

 

俺は演技下手なのになぁ。などと呟きつつ、左手を肩に当てて首を動かす。一仕事終えた後は、肩こりが気になってしまうのだ。もっと運動すべきか? などと考えながら、時間の無駄かと結論を出し、ウィンドウに背を向ける。カマンベールはそのまま、その場を後にして、管理者および管理者の許可した者しか立ち入ることが出来ない区画に向かう。その区画に行くまでに3人ほど兵士型のロボットに遭遇するがスルーしてそのまま進む。

そして、閉ざされた黒く重厚で巨大な全く飾り気の無い扉の前に立ち、能力を発動させる。彼は、ありとあらゆるロストテクノロジーの解析し理解することができるのだ。構造があれば、ある程度使いこなすことはそこまで難しくない。カマンベールのいう事を100%理解できる存在が要れば、彼が開設した後全てできるであろう。

彼が持っている権限は、黒き月管理者代行レベルで、ノアのインターフェイスと同レベルだ。一人の人間が持てるレベルとしてはどう考えても破格である。

 

 

「不老不死とか……まあ、そこまで外れているわけじゃねーけど、まさか信じるとはな。もしくは、俺が鬱陶しくなったとかね」

 

 

ぶつぶつと独り言をつぶやき続ける彼の姿は、周りから見れば異様であろう。独り言が多いのが彼の癖なのである。その間に完全に扉が開いたので中に入る。入った途端に背後で扉が閉まったが、いつものことなので彼は気にしない。ここのセキュリティレベルは厳重な黒き月の中で最も強固なものなのだから。

 

 

「さて、ようやく君に取り掛かれそうだよ」

 

カマンベールは、黒き月の中心へ向かっている。しばらく暗い最低限の紅い光だけの廊下を進むと、縦に延びる円柱状の部屋にたどり着き、その側面にある、螺旋階段を下りていく。長い長い階段は、どこか神秘的であるが、手摺すらないそれは慣れてないと足が竦みそうであった。

 

 

「ああ、君はどんな声でしゃべるのかな、どんなことを知っているのかな」

 

 

数百段下った後、紅く光っている扉に手を当てる。すると左右にゆっくりスライドしていき、隙間から漏れる紅い光が彼の全身に降り注ぐ。

 

 

「さてと、君が目覚めるまで俺も眠ろうかな」

 

 

部屋の中にあったのは、強く紅く輝く巨大なクリスタルだった。そして、中には一人の金髪の少女が眠っていた。カマンベールは再び手をかざす。いっそう輝きが強くなり部屋を包んだ。そして、光が元の強さに戻ったときには、部屋に誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

場所は戻ってエルシオール ブリッジ。現在ダンスパーティーの真っ最中。ラクレットはレスター達と雑談していた。

 

「そういえば、レスターさんはタクトさんの下に再配属なんですか? 」

 

「ああ、そういうことになる」

 

 

現在、エルシオールには、ダンスパーティーに参加しているメンバー以外、全てのクルーがいる。多くのクルーは、最多功績艦の自分達がダンスパーティーに参加できず、先頭にすら参加していない貴族のボンボンが、参加できるというのには不満があったが納得はしていた。それが今の皇国のスタンダードであったから。

しかし、新たな司令が配属されるまでは、特にすることは無く、穏やかな雰囲気が流れていた。要するに暇だったのだ。

現にブリッジでも、職務に真面目で堅物で有名なレスターが、欠伸をしていたくらいだったのだから。

 

 

「僕はこのまま待機みたいです。故郷のクリオム星系は警戒網の真ん中ですが、星系間の物資の輸送には一切制限がかかってないらしいです。」

 

「そうか、確かクリオム星系は、軍事力をほとんど持たない代わりに、半独立的な存在になっていたな。エオニアの軍隊には補給も必要ないから、放置というわけか」

 

「ええ、おそらく軍事的な力が弱いので、星系の周りを囲んでいるだけなのでしょう」

 

「皮肉な話だな、軍事力を持たないからこそ、平和が維持されているのか」

 

「数百年前に、発展に尽力した指導者の思想が、そのまま継承されているそうですよ」

 

 

まあ、彼らの雑談は、雑談にしてはお堅い話であったが。

 

 

「副指令、雑談なんですから、もっと楽しい話をしましょうよー」

 

「そうですよ」

 

 

そんな二人の話が一区切りついたところで、アルモが話に割り込んできた。それに同意するココ。ブリッジにいるのは今この4人であった。

 

 

「むぅ、そうか? 」

 

「ええ、副指令の学生時代の話とか聞きたいです」

 

「ちょ、ちょっとココ!! 」

 

 

ここぞとばかりに、レスターに話を振るココは、アルモの為という友達思いではあるのだが、本人の目もらんらんと輝いていた。一応アルモも突然の話題変更にココを制してはいるが、彼女自身も興味津々であった。残念ながら、一切のストッパーがこの場にいなかったのである。

 

 

「俺の学生の話なんぞ、タクトが馬鹿をやって、それを俺がフォローしていただけで大して面白いような話ではないぞ」

 

 

どこか遠い目をしてレスターはそういった。その科白にはどこか、一仕事終えた男のような疲れた雰囲気を滲み出ており、誰も詳しく追求することができなかった。お疲れ様と一言以外の選択肢が存在し得ない程であったのだ。

 

 

「それよりむしろ。お前らのほうはどうなんだ? 」

 

「え? 」

 

「私達ですか? 」

 

 

急に態度を変えてこちらに質問を投げかけてくるレスターに動揺してしまった。というより、レスターが他人に積極的にプライベートな話題を振ってくるという状況に、固まってしまったという所か。それくらいの堅物だと二人は思っていたのだから。

 

 

「私達は、普通に研究をしていただけなので」

 

「ハイスクール上がってすぐに、白き月に入ったとしか」

 

「あ、僕も飛び級しているので、友達もいないですし、そういうわけで何か面白いストーリーがあるわけでもないです」

 

 

なんというか、このブリッジに集まっているメンバーは普通の学生生活を送っているのか、特殊なのか、わからない様な者ばかりだった。しばらくの間、ブリッジには微妙に気まずい沈黙が流れた。そんな中、アルモが突然取り繕うように、口を開いた。

 

 

「に、にしてもあれですね、マイヤーズ司令は本当になんというか、女性にもてますよね」

 

「そ、そうよね、今回のダンスパーティーもミルフィーさんを誘いに行く途中にランファさんに誘われたんでしたっけ? 」

 

「まあ、あいつは仕事の延長上でああなっているからな……」

 

「僕としては、ミルフィーさんがお似合いだと思うのですが……」

 

 

話題展開にはどうかと思うような内容ではなかったが、男共二人の反応は芳しくなかった。

一人は興味なく、もう一人は地味に懸念要因だが、もうどうにもできないからだ。特に食いつくというわけではなく、再び沈黙が訪れる。

 

 

 

 

そして、突如その沈黙を遮るようにアラートが鳴り響き、惨劇が始まった。トランスバール史にも長く残り、そして数々の人の心を痛めつけた ファーゴの惨劇

そして何より、ラクレットにとって人生の転機となるそれが。

 


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