僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第十八話 光の天使達と永遠の剣士 後編

 

「すごい……」

 

「綺麗……」

 

5機の紋章機に囲まれているエルシオール。そのブリッジにある窓の代替である外部スクリーンには、無数の純白の羽が降り注ぐ。そんなどこか幻想的な風景が映し出されていた。

 

 

「出力が戻っただと! あーもう、わけわからん!」

 

 

そう言いつつも顔が笑っているレスター。自身でも不謹慎だとわかっているので、直さなければいけないのだが緩んだ頬が治らないのだ。信じられないような奇跡が起こってしまった以上、もう笑うしかないといった所か。

 

 

「すごい!! ラッキースターの出力戻りました!!」

 

「カンフーファイターのパラメーターが書き換えられてる。これなら!!」

 

「トリックマスターの性能も格段に上昇。いけますわ」

 

「翼が生えて、強くなったみたいだね。理屈は知らないけど有難い!!」

 

「なぜだかわかりませんが、機体ステータスが回復しています。オールグリーンです」

 

 

翼が生えたことに感動し思い思いの感想を漏らすエンジェル隊。奇跡を起こした天使自身にも信じられない現象なのだ。彼女達の中は今、万能感で満たされている。愛機とならば、仲間とならば、どのようなことだってできるであろう。そんな無敵な自分達の虚像が自分に取り憑いているのだ。

 

 

「『エタニティーソード』の性能も上がっているのか?」

 

「エンジン出力の上昇を確認しました」

 

 

レスターは先ほどから最低限しか口を開かないラクレットにそう尋ねた。しかし、ラクレットの反応はまたしても事務的で必要事項しか言わなかった。表情はひたすら無表情。いつもの彼とは本当にかけ離れているその姿に思う所はあるが、戦闘に支障はなさそうなので特に指摘しないレスター。現在の優先度をはき違えたりはしない。最優先目標はシヴァ皇子の安全確保なのだ。

 

「理由など知らんが、とにかくよし! 反撃開始だ!!」

 

────了解!!

「了解」

 

 

タクト右手を前に伸ばし叫んだ。それに合わせて5つの白い羽の軌道が生まれる。希望へといざなうその轍をエルシオールは進んでいくのだ。

少し離れた位置にいるエタニティーソードからは他の紋章機とは違う色の翼が生えている。闇夜の烏のような黒い翼は不吉に見えるが、別段凶兆という訳ではない。彼の機体だけはクロノストリングエンジンが回復した瞬間に、リミッターを外しただけである。彼自身原理も分かっていないが、奇跡ではなく現象に過ぎない。

分かっている事は、5つの白の中でその黒色の翼が、異様に目立っていることだけである。

 

 

 

 

 

「すごい、すごい、すご~い!!」

 

 

ミルフィーユは自分の相棒であるラッキースターの動きに感動していた。彼女はエンジェル隊の中では操縦技量という面から見れば最も下にいる。ランファの様な軌道の精密さ、ミントのような空間把握能力、フォルテの冷静な判断力、ヴァニラの生存能力。そういった物を持ち合わせていない、技量は『平凡』なパイロットである。しかし彼女自身の幸運や、機体の性能を含めれば評価は反転する。誰にも追従を許さない驚異的なスペックを誇る万能機なのだ。タクトやレスターは不安定だが強力だと前に彼女のことを評した。そして今の彼女は絶好調であって、トップギアで、全力全快なのだ。

要するに。

 

 

「タクトさん、もう一機沈めちゃいました」

 

 

それはそれは、強かった。いわゆる無双状態だ、タクトが若干引いてしまうくらいに。

 

 

「……う、うん。じゃあ敵Cのほうを頼もうかな」

 

戸惑いながらも、とりあえず指示を出したタクトだが、それは無駄になってしまう。なにせ『覚醒状態にあるのは彼女だけではない』のだから。

 

 

「撃破!! タクト敵Cを撃破したわ! 『アンカークロー』の射程がすごい延びてるみたいなの!!」

 

 

ランファは、自身の特殊兵装の威力を改めて実感した。今までは敵一隻に大きな被害を与える程度の必殺武器であったのだが。先ほどの攻撃では、一撃を当てた後余力を残しているのか、その勢いで別の敵を攻撃していくほど強化されていた。

するとどうだろう。イメージとしては。高威力の単体技が、威力を上昇させながら、範囲攻撃に変わったのだ。加えてくコストが安くなっているとすれば……ミルフィーが無双ならこっちは無敵だった。

 

 

「……えーとじゃあ、二人ともエルシオール近くの取りこぼしを頼もうかな……」

 

 

現在エルシオールの近くに、シールドがほとんど削られた敵艦が4隻ほどいる。それらはエルシオールの貧弱な砲火でも、十分問題なく対処できる程度だ。故に今まで特に破壊させる指示を出さなかったのだ。

 

 

しかし、タクトに言いたい────それはフラグだと。

 

 

 

「『フライヤーダンス!!』」

 

 

凛とした声が通信越しから伝わってくと、その刹那。21のフライヤーから器用にエルシオールや他の紋章機を避けるように、しかし的確に敵艦の機関部を狙い撃ちした攻撃が照射された。おまけにフライヤー達は、器用に一発撃てば、別の位置に移動し別角度から攻撃を当て、被害を拡大させていく。周辺の艦がスクラップにかわる。その間わずか10秒程度。ついでの如く、弱っていた4隻はもちろん、別の2隻ほど追加で破壊した。

 

 

「申し訳ありませんタクトさん。特殊兵装を独断で使ってしまいましたわ」

 

にっこりと可憐に笑うミントのその顔に反省は無かった。わかってやっている分、他2人よりたちが悪いかもしれない。しかし可愛いから許されるのだ。

 

 

「あー、ちょっとミント、それ私達の獲物だったのに」

 

「あまりにもトリックマスターの調子が良好で。ついやってしまいましたわ」

 

 

わいわいと、賑やかな声が響くその通信からは、誰が先ほどまで絶望的だった戦闘を行っていると想像できようか。勝ち戦の流れに入っている彼女たちを止められるものは既に存在しないのだ。

 

 

「ま、まあ判断としては悪くなかったし、そもそも特殊兵装を自分で使う事自体は問題じゃないから気にしないでくれ」

 

 

タクトはミントのお茶目を窘める事はできなかった。元々、自分が特に指示しない時は自己判断で使って構わないと決めていたのだから。それよりも、オレどうやって仕事しようと考え始めていた。しかし、それを遮る様にアルモが報告する。

 

 

「司令!! 新たに終わった解析によると、現在『エタニティーソード』が撹乱している宙域の近く母艦のシールド値が平均的なものの3倍ほどあります!!」

 

 

タクトはアルモが報告した母艦を地図上で確認する。渡りに『艦』だとタクトは指示を飛ばす。だからタクト、それもフラグだ。お約束はまだ全員分消化しきっていない。

 

 

「よし、みんなあの母艦を落としてくれ。ミルフィーとミントは敵のやや薄い左から迂回、ランファはそのまま最短距離で……」

 

 

────その必要はないよ

「目標を確認」

 

その声と同時にフォルテの『ハッピートリガー』から圧倒的な数のミサイルが発射される。

特殊兵装『ストライクバースト』だ。いつもと同じ量が同じ速度で敵を埋め尽くすが、命中率と精度は段違いであり、またフライヤーダンスと同じように、周囲の艦も巻き込んでいく。

そして、フォルテから敵母艦を挟んで反対側にいるラクレットは、既にいつものように『コネクティッドウィル』の残身をとっていた。

 

「『ストライクッ!バースト!!』」

「『コネクティドウィル』」

 

 

紋章機最高攻撃力を持つ『ハッピートリガー』全力砲火と、100mの長さの剣で何度も斬り付けられた敵母艦の運命など記すにも値しないであろう。二人が特殊兵装の名前を叫んだのは、攻撃が終わった後であるのが、タクトには一種の嫌がらせのように見えた。

勿論そんなつもりは毛頭ないが。

 

 

 

「…………ご苦労様」

 

 

タクトはとりあえず一端戻って損傷箇所の修復をしたほうがいいんじゃないかと考えたらすぐに、ヴァニラが『リペアウェーブ』の使用許可を取ってくるんだろうな。と半場悟り切った頭でそう結論づけた。ここにきて学習してきているのだ、

同時に通信が入る。ヴァニラからのものである。

 

 

「タクトさん、敵を撃破しました」

 

 

しかし予想は外れ、撃破報告だった。ヴァニラにはいくつかの敵を相手に、回避に専念しながら時間を稼ぎ。火力が鈍った時に攻撃へと移るように指示を出していた。いつの間にか敵はシールドのほとんどを削り取られており、先の言葉通り後は自壊を待つのみだ。一方の『ハーベスター』は損傷をほとんど受けていなかった。

この時点で、現在スクリーンの戦略MAPに映っている敵は当初の20%ほど残っていなかった。戦闘再開して7分の出来事である。

レスターは、「楽な仕事だな、タクト」とでも皮肉を言ってやろうかとも考えたが、あまりにも可哀想なので止めておく事にした。武士の情けであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜだ!! なぜ動ける!!」

 

 

好調なエルシオール一向とは対照的に、天秤の反対側、エオニア陣営には動揺が走っている。ノアの発生させていた彼ら主観ではナニか────ネガティブクロノフィールド────によって、エルシオールどころか全ての敵は一切の身動きを取れなかったはずなのだ。

 

 

「エオニア様! エルシオールおよび、戦闘機6機がこちらに急接近しています。残りの攻撃衛星で防衛線を構築していますが、圧倒的な速度で破壊されており、食い破られるのも時間の問題です!」

 

「エオニア様! 御指示を!」

 

 

オペレーター達の悲鳴が聞こえる。

 

 

「っく…………撤退する。この艦および近衛艦、それと黒き月はクロノドライブだ。残りのは戦線を維持しつつ後退だ」

 

 

悔しげに顔を歪ませてそう命令するエオニア。先ほどまでの余裕はもう無くなっていた。それでも引き際を間違えないのが、彼の優秀さを物語っているともいえる。

 

 

「エオニア様、ここで引くのは懸命な判断でございます。すでに観測用の艦がデータを採集しておりますゆえ」

 

 

当然のようにシェリーはエオニアの判断を肯定した。敵の戦力の最脅威存在がさらに強化されたのだから。相手は敗北寸前までの窮地に追い込まれて漸くの強化と回復である為、意図的に狙った作戦ではないのであろう。しかし、それでも一端引いて態勢を立て直すのは決して間違ってなどいない。

加えてここでの戦略目標の『皇国軍『残党』の戦力低下』はほとんど果たしているといって良い。後は第2目標である『シヴァの身柄の確保ないし殺害』くらいだ。エルシオールや紋章機は確かに脅威であるが、所詮は一隻の艦とそれに搭載されている戦闘機だ。時間さえあればどうとでも出来ると考えるのが普通であろう。

シェリーはそう自分の頭の中で結論を出したが。聡明なエオニア様のことだからすぐに気づくであろうとも思い、多くは語らなかった。

そしてその瞬間、艦の周りが一面緑色となり、彼らはクロノドライブに入った。

 

 

 

 

 

 

 

「っく、逃がしたか!!」

 

「あ! 紋章機の翼も消えちゃいましたね……」

 

 

エルシオール一行は、もうすぐ射程圏というところでエオニアを取り逃がしていた。それと同じようなタイミングで5機の紋章機の翼が消えてしまったのである。丁度良いのかその逆なのかはわからなかったが、互いに窮地を脱したのは事実であろう。

『エタニティーソード』も同じタイミングで出力を落とし翼を消す。その為不信感を持つものはこの戦場に居なかった。

敵のクロノドライブの方向から推測するに、アステロイド帯がある宙域の手前であろう。そこまではたいした距離ではないのだが、翼を失い戦力が元に戻ったときに単身で追いかけるのはあまりにも危険である。

「相手が待ち構えており、こちらの長所のレーダーが十全には生かされない。そんな戦場に行くメリットはない」とレスターの言葉に従う形で、味方と合流しつつロームの反対側まで退避することになった。

 

 

「みんなひとまずお疲れ様。でももうちょっと頑張ってもらうよ」

 

「ひとまず、損耗の激しい機体から順に補給を受けてくれ」

 

 

エオニアの無人艦隊の何割かは、黒き月が失せ、ネガティブクロノフィールドが切れた偶に再起動したのか、まだ動いている。撤退をせずに残留を選択した無人艦たちの処理は必須である。この後、突出していたエルシオールが味方と合流しても、ある程度の戦闘はこなさなければならないからだ。

最も撤退の旨は伝えていたので、多くの艦は現在ローム星の反対側で指揮をとっている、第一司令軍のチョ・エロスン大佐の下に順次撤退しているのでそこまで骨を折る作業でもない。敵もすでに撤退戦に入っており、そのうちすべて退却するであろうから。

用はお互いが引くために戦っているのだ。もう一頑張りとは言ったが、実際は先ほどの戦闘に比べればはるかに簡単なものだった。

 

だが

 

「次は、『エタニティーソード』だ。ラクレット。補給を受けろ」

 

「………そんな………でも……だって…………僕は…………ここが…………」

 

「おい、どうした? ラクレット」

 

「……いや…………違う…………現実…………ゲーム…………」

 

「おい、ラクレット!! 応答しろ!!」

 

 

ラクレットは、レスターの言葉が完全に耳に入っていない。顔色はどんどん青くなってゆき、手が震えていてしきりに何かをつぶやいている。誰が見ても健康や、正常という印象を抱かないであろう。事実エルシオール側から見えるバイタルデータは、彼の脈拍呼吸共に正常な数値から逸脱していることを示している。このままだと危険域に突入してしまう事も。

今まで戦闘状態ということで、強制的に凍りつかせていたものが氷解したのだ。抑えていたものがあふれてくる。彼は震える手でサブカメラをファーゴのほうへ向けて拡大させた。そのまま、だんだんと画面を拡大させていき、そしてある一点で拡大を止めた。その瞬間彼の全身は硬直し、顔はもはや真っ白といっていい程だ

 

「……ぁうう……おぇうう…………ぐぁうぅぅ……うわああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

『エタニティーソード』のコックピット画面に映っていたものそれは

 

ファーゴから押し流された。ヒトだったモノ

 

 

 


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