ラクレットが無事に営倉から出られてから2時間ほどして、クロノドライブが終わり通常空間に出た。そろそろエオニア軍からの妨害も激しくなるであろうということで、ブリッジでは剣呑とした雰囲気が流れていた。
度々遭遇する、適当に配備してある程度の防衛線用艦隊程度では、そこまで苦労はしない。だが敵もこちらとの戦闘の度に、AIが成長するのか、徐々に動きが嫌らしくなってきているのは事実だし、敵にはまだシェリーやエオニアといった優秀な指揮官がいるのだ。
後、ヘルハンズ隊もいるが、あいつらはあまり問題視されていなかった。
「よし、アルモこの宙域をスキャンだ!!」
「了解しました」
「タクト、早く戻って来い、追いかけっこはもう終わりだ」
「わかってるよ。いま戻ってる最中だ」
タクトはクロノドライブが終わるぎりぎりまでミルフィーを追い掛け回していたが、今はブリッジに戻ってきている途中だ。仕事も終わらせていて、全力を出していたタクトは、後一歩の所までミルフィーを追い詰めたのだが(この書き方をすると何か別のようなものに感じるが)残念なことに、惜しくも時間切れであった。
「副指令、どうやら宇宙嵐が出ているみたいで、今一レーダーの感度がよくありません」
「この宙域だと、ルイーア星系の恒星か……こんな時に」
どうやら、天候は味方でないみたいだな。とレスターが思っている時。そしてタクトが廊下を歩いて居るタイミングで、突然強い衝撃がエルシオールを襲った。
「っなんだ!!」
「敵のミサイルです!! 出現時間を逆算されていたのか、ありえない速度で追突!!後続も来ます!!」
「くそ!! タクト早く戻って来い!! エンジェル隊とラクレットは格納庫に急げ!! 出動だ!!」
「わかった」
タクトは壁についていた手を放し、一気に駆け出した。しかし、そのタイミングで曲がり角からミルフィーが出てくる。一瞬だけ硬直するものの、そこはお互いプロだ。
「ミルフィー!!今は非常事態だ!! 急いで出撃するぞ!!」
「は、はい!!」
そう声を掛けると、二人は並んで走り出した。
「ミサイル来ます!! クルーは何かにつかまって、衝撃に備えて!!」
アルモの悲鳴のような叫び声が木霊する。その瞬間、二人のいる区画に偶然2発のミサイルが命中した。その場所は偶然シールドの出力が弱かったのか、ミサイルが貫通してしまったのだ。
「ミルフィー!!」
天地が判らなくなる様な揺れの中タクトは、並走していたミルフィーを庇うように抱きしめた。耳を劈くような轟音と共に衝撃が二人を襲う。
「タクトさん!!」
上か下かもわからないまま二人は、土煙の中に飲み込まれた。
その頃ブリッジでは戦闘時独特の喧騒に包まれていた。ミサイル迎撃のために先行している『トリックマスター』に指示を飛ばしつつ、レスターは先の攻撃の被害を尋ねた。襲撃の時、ちょうど格納庫にいたミントがすぐに借り出されたのだ。
「アルモ! 被害状況を」
「Dブロックに被弾した模様! 負傷者の数は不明です」
「救護班を急がせろ……クソッ! タクトはまだか!!」
幸いだったのが、数発のミサイルが来ただけでまだ敵艦の姿が見えないことだ。こちらの動きは封じられているが、差し迫った危機は無い。焦りを表情に出さないようにきわめて冷静にレスターは指示を飛ばす。悪態を吐くのは何時ものことだが。
「ココ、次のポイントまでの進路に敵が待ち伏せできそうな場所はあるか?」
「検索してみます、2分下さい」
「まかせた」
とりあえず次回のクロノドライブ開始地点へ向かうための進路にある、敵が待ち構えていそうなポイントを同時に検索させる。
「格納庫、他のパイロットはそろったか?」
「それが、ミルフィーユさんがまだ来ていません。他の方は何時でもいけるのですが」
「わかった、とりあえず発進させてくれ」
その間の時間に、格納庫に状況を尋ね、自軍の戦力を確認する。
とりあえずエンジェル隊4人とラクレットなら、現状問題はないであろうと一息つく。出撃してしまえば、超高速で移動しているエルシオールに、ついてこられる艦など、あまり存在しないので、敵の艦隊はそう多いものではないだろうからだ。もちろんそれが敵の戦略的な兵器────『黒き月』 などが出てくれば話は別だが。
「副指令!! ミルフィーさんと司令以外の人員は、全員無事を確認しました」
「先程のミサイルで一部区画が封鎖されてしまっている、そこにいるのかもしれない。救護班に通達しておいてくれ」
アルモからの報告を冷静に対処し、まだ予断ならぬ状況だというより、もしかしたら最悪の状況かもしれないことを認識する。ブリッジクルーの面々の表情も、どこか暗いものになってしまっている。
「そう心配するな、あの二人が一緒にいるんだ、タクトの馬鹿は殺しても死にそうにないし、ミルフィーの幸運もある。二人は必ず無事だ。信じろ」
「……そうですね」
こういうのは、俺の役柄ではないのにな。と考えつつも、もはや癖になってしまった、フォローを入れるという、日常タスクの延長を行う。そして自分の手元の回線を手に取った。
「ラクレット……最悪の場合は頼むかもしれない。タクトと連絡が取れない」
「……判りました。タイミングはお任せします」
「まあ、アイツに限って何かあるとは思えんがな」
そう告げたレスターは回線を切り、ココの方を見る大体2分ほど経過したからだ。
「検索結果でました、二箇所ほど候補がありますが……」
「両方に注意を払っておけ」
それだけ言うと、通信を切り目の前のスクリーンを睨む。この先に小惑星(アステロイド)帯に挟まれた宙域がある。艦影は無いが……
(俺ならそこに伏せる、戦闘機部隊は小惑星の裏に隠すのもアリかもしれない。敵は既にこちらのレーダー性能をある程度掴んでいるはずだ。戦艦サイズだと主機を落としても隠れることは出来ないのは念頭にある布陣になるであろう)
そんなことを思いつつ、その近辺を重点的にサーチするように指示しつつ、タクトを待つのであった。彼がここまで行動するのは、親友に可能な限り良好な状況で指揮を執らせる為なのだ。本人は認めたがら無いが。
「いててて……大丈夫かい? ミルフィー?」
「タクトさん……私たち、どうなったんですか?」
タクトとミルフィーの二人は、現状を確認する為周辺を見渡すが、周囲は薄暗い上に、いまだに砂埃が舞っており、視界はよくない。そんな中、かろうじて解ったのは、自分たちの左右にミサイルがそれぞれ一発ずつ横たわっており、ミサイルにはさまれる形になっているということだ。
「ミサイルはぶつかったけれど、爆発はしなかったみたいだね……運がよかった」
「…………」
タクトは安堵しながら、そう呟いただけだったのだが、ミルフィーは黙り込んでしまう。俯いて、こちらを見ようとしないミルフィーを怪訝に思い、声をかけるものの、無反応だった。
「ミルフィー? どうしたんだい?」
「……私……わたしのせいです!!」
そんなことはない。と思わず叫びそうになった。だがミルフィーの真剣な顔を見てしまうと、その言葉は喉で融けてしまう。両の瞳から、はらはらと涙が零れ落ちているのだ、その涙を見るとタクトは、それだけで胸が苦しくなり何も言えなくなってしまう。
「私が、こんな運を持っているからです。こんな運があるから何時も変なことがおきちゃう……こんな運欲しくなかった」
そこまで言うと、完全に俯いてしまい、くぐもった声で呟く形になる。しかし、タクトには何を言っているのか、よく聞き取ることが出来た。
────普通の女の子に生まれたかった。
この言葉が、彼女にとってどれほど重いものなのか。一瞬、その途方の無さに言葉を失ってしまう。同時に彼の中に一つの確信が生まれる。それは、今までもあったものだが、大きくなった……いや強固に成ったというべきか。
「そうだね、普通の運の普通の女の子のほうが、良かったかもしれない」
「……」
「でもね、普通の運の女の子だったら、エンジェル隊の皆にも会えなかったんだよ?」
「それは……」
「それに、オレはミルフィーが、ミルフィーだからキミに会えた」
ミルフィーの顎に手を合わせ、少しだけ力を加えると、彼女は彼の方を向く。話を聞いてくれていることに、少しだけ安堵しつつ、彼はそのまま続ける。
「それに、こんなにいろいろ事件を起こしちゃう女の子なんて、一生退屈しそうにないよ。毎日ドキドキで楽しい」
顔を寄せ、優しく囁くように、そう呟く。自分の本心を確認しつつ、絶対に嘘を紡がない様に。誠意とそして好意が誤解無く伝わるように。
「エルシオールに来てから、毎日がお祭りみたいに楽しかった。そりゃ、戦争中で大変だったけど。ミルフィーと一緒にいると、オレは楽しいんだ」
「タクトさん、でも……」
「どんなことが起こっても、オレとミルフィーなら平気さ。オレが絶対に何とかする。現に今も、ミサイルに挟まれているけど、死んでないじゃないか」
「……」
「ミルフィーじゃないとオレはだめなんだ。すごい運を持っているけど、笑顔が可愛くて、とっても家庭的な、可愛い女の子。そんなキミにオレは────恋をしたんだ」
いままでいろんなタイプの女性にちょっかいを出してきた彼だが、ある意味でミルフィーに対しては初恋だった。ここまで夢中になったのも初めてだし、なんでもしてあげたいと思ったことは今まで無かったのだ。話す度に好きになり、知るほど夢中になった。背中を預けるのも、預けられるのも、それが彼女の信頼を感じ取れて幸せになれた。
「だから、オレの傍には居られないなんて悲しいこと言わないでくれ。自分の運が無かった方が良い何て言わないでくれ」
そう言ってタクトは右手でミルフィーの肩をそっと抱き寄せ、頭をなでた。なすがままにそれを受け入れているミルフィーは、今言われたことを反芻している様子。リアクションらしきリアクションは無い。
「これからも、オレの傍にいて欲しいから」
「……タクトさん……私……」
その時、二人の頭上で瓦礫の崩れる音と共に、光が差し込んだ。
二人がつられてそちらを見ると、何とか人が一人通れそうな隙間が出来ていた。
「おい!! 無事か!?」
「……さて、行こうか。返事は後で聞くから」
「はい!!」
ミルフィーは満面の笑みで力強くそう答えた。
タクトたちが瓦礫の中に居る間、エルシオールに5機の戦闘機が接近していた。いわずもがな、ヘルハウンズ隊である。
「くそ、あいつらか。機体だけとは何が狙いだ……まあいい、ラッキースターを除く全機で迎え撃ってくれ。ラクレット、お前は時間を稼ぐだけでいい」
レスターがそう指示とすると同時に、戦闘機が此方を誘うように大きく旋回してからエルシオールに向かってきた。エンジェル隊もそれに答えるように、各々の相手に攻撃を仕掛けた。通常なら各個撃破で行くのだが、ミルフィーがいないので攻撃力に不安がある今は、時間を稼ぎつつ確実に削るのが最善だった。そんな中、ラクレットの相手をさせられている、カミュから通信が入る。
「おや、ボクのミルフィーは何所に行ったんだい?」
「何時から彼女は、貴方のものになったんですか? 銀河をかける風の人」
「そういうキミは、何時もの特攻馬鹿じゃないか? 今日は艦の周りで皆に守って貰わなくて平気なのかい? 」
ラクレットは切り返すと同時に、敵の懐に潜り込もうとするが、カミュには通じず、ひょいと華麗に躱されてしまう。カミュはそのままクルクルと、急降下をするように機体を動かすと、あっという間に距離をとり、『エタニティーソード』をロックし、即座にレーザーを放つ。ラクレットは慌てて機体のブースターを全開にし、機体を右に滑らして回避するものの、カミュの優雅なそれと違い、ギリギリなものだった。
その荒々しい動作のせいでぶつけてしまったのか、ラクレットは両の頬と手の甲に少しばかり痛みを感じた。
「まったく話にならないね。マイハニーじゃないと僕を楽しませてくれない」
「アンタを楽しませるために戦っているわけじゃないんでね」
「ふん。君達兄弟は、悉く面白みというものに欠けるね」
「……戦闘はパーティーではないもんで」
ラクレットの機体の最大の強みは速度と攻撃力だ。リーチは短いものの、一撃の威力は高く、それなりの装甲を持っているので、相手の懐に飛び込んで一太刀を浴びせるのが基本だ。しかし弱点もある。動きが『相対的に』鈍重かつ的の大きい戦艦には強いものの、すばやく小さい戦闘機のような敵には壊滅的に相性が悪いのだ。無人機ならば、時間をかければ比較的落とせる。しかし有人、しかも熟練パイロットが乗っているのならなおさらだ。
エネルギー剣のリーチは、ある程度なら伸ばすことが出来る。実戦を経た結果、顕在エネルギー量が増加し、長さが伸びてきた。それはつまり、戦闘中に保てる長さが伸びたということだ。
通常時は兎も角、その気になれば一瞬10kmを超える剣を作れるが、その瞬間エネルギーは枯渇し、エンジンは停止してしまうであろう。戦闘中の移動に割く分などにも分けると、現状今の50m前後が限界なのだ。
射程50mというのは40万km四方の戦場において0に等しい距離だ。ヘルハウンズ隊の戦闘機の射程は3000kmといった所で、6万倍の射程差がある。これは白兵戦で考えると異常さがわかるであろう。ラクレットが素手ならば、相手は50km先から攻撃できるのだ。火力自体は同じなのだが、東京にいる素手のラクレットが鎌倉にいる敵と格闘を行おうとしていると思ってほしい。鎌倉にいるカミュは自身の部下(鉄砲玉)を送り込むができる。何が何だかわからない差だ。ちなみに移動速度はスペースシャトルの地球突入時の速度程だ。あーもう縮尺が滅茶苦茶だよーこれ。
「にしても、ちょこまかと鬱陶しいものだねぇ!」
「ディフェンスには定評があるものでね!」
お互い、移動速度はかなりの物であり、加えてラクレットの方が1周り上だ。自分から攻撃を仕掛けようとしなければ、機体の性能の差で簡単に回避することは出来る。もちろんよほどヘマをしない限り、攻撃が当たらない敵と。普通に避ける分には、回避が出来る自分とでは、長い時間で見ればあまりに不利だが。
だが、戦闘は一人でするものではない。そんな感じで戦闘が硬直し10分ほど続く間に、ヘルハウンズ隊の中から一人、二人と撤退するものが出てくる。コレはひとえに『ハーベスター』の特殊兵装である『リペアウェーブ』によるナノマシン散布により、一度エンジェル隊とラクレットの機体ダメージが修復されているからだ。手の空いたものが、他の者を手伝いつつ、着実に数を減らしている上に、敵もある程度の損害を受けると撤退している。既に勝利への道筋は整いつつあった。
しかし、戦況はそこまで素直ではない。平等にひねくれるものだ。3機目が撤退し、そろそろ勝敗がつくであろうとレスターが確信した時、それは起こった。
「副指令!! 前方10時の方向と1時の方向に敵艦を発見しました!! 此方に高速で接近中です。距離は7000!」
「何!?なぜそこまで接近を許した!」
ブリッジに驚愕が走る、そのポイントはまさにレスターが先程警戒するように指示を出した所だったのだから。クルーの視線をいっせいに集めるココは愕然とした表情でレーダーを見つめる。
「わかりません、レーダーの注意は万全でした」
「副指令、通信が入っています」
「クッ!繋いでくれ」
レスターはそれだけ言うと目の前のウィンドウを睨む。そこに移っていたのは左の頬に傷のある麗人。エオニアの腹心中の腹心のシェリー・ブリストルだった。
「久しいわねエルシオール。どうかしら? ウチの科学者が作った、レーダージャミング装置は? 」
「……バカな、付近にそんな高度なジャミング装置を積んだ艦は……まさか!! 」
「察しが良いわね、超小型化に成功したのよ。コレの換装の為に、前回の戦闘で彼らは参加できなかったのだけれどね」
前回のファーゴでの黒き月による攻撃時、エンジェル隊の足止めとしては最適のカードを切ってこなかったことに対して、レスターとタクトは一度考えをめぐらせていた。しかし、そのような事実があったのだと知ると、まさにあの戦闘を犠牲にしてもつける価値のあるものだったと評価できよう。
現に今、エルシオールは多数の敵艦に接近を許している。最初のミサイルによる撹乱も、恐らく格納庫あたりを狙ったものだろう、そして、此方が時間を稼ぐような状況に誘い込み、これ見よがしにヘルハウンズを先行させた。彼らの独断専行に見える突出は、エルシオールからすれば何時ものことなので、特に疑問に思わなかったが全てが敵の接近するまでの時間稼ぎだったのだ。
「この宙域の宇宙嵐は……」
「それが、今回のジャミング装置よ。相手に宇宙嵐と誤認させる新しいタイプのね」
「……完全にしてやられた。これじゃあ、また士官学校からやり直しだな」
「あら? 首席の貴方が、経験も豊富で、なおかつ元首席の私に敗れるのはおかしくないわよ? 」
皮肉げに笑いつつそう答えるレスター。しかしそれは一種のポーズだった。先程から背後から廊下を全速力で駆けてくる靴音が聞こえるのだ。残念ながら自分は敵との知恵比べで敗れてしまったようだ。
だが、いやならば、親友に仇をとってもらえば良い。親友が戦える環境をそろえることには失敗してしまったが、到着までの時間は何とか稼いだ。士官学校では可がもらえる程度の成績結果だろう。そして今は実戦だ。良の条件は1つだけ。作戦目標の達成だ。
「それじゃあ、オレよりも下の成績で卒業した、うちの司令官とお相手頼む」
「ようレスター、苦戦してるみたいじゃないか?」
生き残り、勝利へのチャンスを残す。タクト・マイヤーズの帰還は成り、戦闘は第2Rに移行する。