僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第二十八話 決戦────幸運の女神

 

 

 

 

「マイヤーズ、現在『白き月』は、あの『黒き月』に引き寄せられている……あのように人に害なすテクノロジーに『白き月』を渡すわけにはいかぬ。『黒き月』を撃て!! 」

 

 

『白き月』から、シヴァ皇子の通信が入る、現在『黒き月』は『白き月』と融合しようと自らを展開し、まるで包み込むかのように白き月を取り囲んでいるのだ。シャトヤーン曰く

 

 

「『黒き月』が『白き月』を求めている」

 

 

とのことで、専門的な話はわからないタクトも、ともかく、シヴァ皇子の命令を遂行するのになんら不満など無い。『白き月』をあんな、人間をパーツとしてしか見てない『黒き月』に渡してたまるものか。そんな使命感が胸の奥底から湧き上がってくるのだ。

 

 

「……みんな! 正真正銘これが最後の戦いになるだろう」

 

 

タクトは、今日何度目かわからない通信を飛ばす。先程敵の首領を倒したのに、実はそれが黒幕ではなかった。などという事態の前にも、彼は冷静であった。むしろ心は穏やかで、今日までのエルシオールの日々が脳裏をよぎる。

 

 

「思えば長かった。いきなりクリオム星系で君たちに出会って、そのままオレが司令に就任して、今日まで一緒に戦ってきた」

 

 

思い出すようにそうゆっくり紡ぐタクト。思えば二ヶ月前の自分は、まだクリオム星系でのんびりと昼寝をしつつ、駆逐艦の艦長なんぞをやっていたのだが、それがずいぶんと懐かしく感じる。本当に密度の濃い日々だった。

 

 

「そして、ついさっき、オレ達は絶望的な戦力差の中で、あのエオニアに勝利した。そんなオレ達が絶対に倒さなければならないモノ……それが、目の前にある『黒き月』だ」

 

 

白き月を飲み込みつつあるように見える黒き月を指さしながら、タクトはそう宣言する。目には闘志を滾らせ、戦闘時の彼の何時もの不敵な笑みはますます深まる

 

 

「ミルフィー、ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ラクレット……皆、行くよ」

 

────了解!!

 

「それじゃ、戦闘開始!! 作戦目標はエルシオールが『クロノブレイクキャノン』を撃つための時間稼ぎ。並びに、撃つポイントまで移動する間の護衛だ」

 

 

タクトのその言葉と共に、エルシオールは防衛衛星と最新型の高速突撃艦を放出し続ける『黒き月』に向かい前進を始めた。最後の戦いの火蓋が切って落とされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ラクレット、ランファ二人とも頼むよ」

 

「わかったわ、遅れるんじゃないわよ!! ラクレット! 」

 

「了解です『エタニティーソード』移動形態に変更、全速前進!! 」

 

 

まずは何時もどおり、目の前の敵に、二機の陽動兼、近接攻撃を仕掛けるタクト。もはやセオリーと化している、この戦術パターンだが、ランファの『カンフーファイター』一機でも、ラクレットの『エタニティーソード』だけでも成り立たない戦法だ。

『カンフーファイター』だけなら、装甲の薄いそれに攻撃が集中してしまい耐えられないし、『エタニティーソード』だと、リーチの短さと射程に入るまでの時間から複数の目標に対応できない。

『エタニティーソード』の代わりに『ラッキースター』を用いようにも、カンフーファイターと、速度の差がありすぎるので、距離が開きすぎてしまい失敗するであろう。

 

 

「機械のAI (ロボット)のヒステリーは見苦しいものだな」

 

 

針に糸を通すような軌道制御で、ラクレットは攻撃衛星に取り付くこちらを研究しているのか、数百mサイズの巨大防衛衛星なのに、近接専用の機銃が多めに搭載されているのだ。しかし、『黒き月』が所持しているであろうデータは、あくまで『リミッターがかかった状態のエタニティーソード』に過ぎない。今のラクレットは捕捉されることなく、左右の双剣を疾駆させ、鉛球の雨霰という、盛大な歓迎を右に左に掻い潜る。無論すれ違いざまに可能な限りの破壊を与えつつだ。

 

 

彼が零距離で回避行動を続けている間、ランファは敵の大型砲門や、遠距離用火器を引き付ける。1000mを優に超える巨大な防衛衛星だ、砲門の数も馬鹿みたいな数ある。そもそも移動を前提としている艦と、防衛のための衛星では、武装に割けるスペースに雲泥の差があるのだから。しかし、それをものともしないで、果敢と攻撃を掻い潜り、粒子ビーム砲と、ミサイルを浴びせる。ラクレットの『エタニティーソード』が飛んでいるすぐ傍にすら正確に着弾させていくその腕には、もはや銀河中の誰もが文句を言うことが出来ないものだ。近接戦闘を至上とする彼女は、自分の機体制御と、一瞬での空間把握に円熟している、それこそ皇国でも五指に入るほどに。紋章機レベルの大型戦闘機に搭載されている照準システムならば、何所に打つかの判断さえ出来れば、正確に当たるのだ。もちろん、それほど距離が離れていないことが前提だが。

 

 

「ようやく気持ちに整理がついた所なんだから!! こんな所で負けている暇なんてないのよ!! 」

 

彼女はしばしば、戦闘中に大声で叫ぶ。これは結局の所、自己暗示的な側面が強い。人間の心に100%の判断など出来ない。かならず選ばなかった方に、幾許かの心が惹かれているものだ。そういう意味で、人間の理性とは正反対な感情の問題……恋愛の問題など、このような非常時であろうと、短時間で吹っ切れるものではない。しかし、しかしだ。ランファは、自分の心に良く馴染む答えを見出したつもりでいる。

 

 

「私はねぇ、皆が笑顔でいられるなら……あの娘が笑っているなら、きっと何時か私も幸せになれるって、信じているんだから!! 」

 

 

きっと彼女のことを知っている人ならば、彼女らしいと評し、話を聞いただけの他人ならば、結局負けてそれらしい理由をつけているだけ、まだ吹っ切れていないと見るであろう。そんな事を彼女は大声で叫ぶ。何よりも自分に言い聞かせるために。

 

 

「フォルテさん、今!! 」

 

「あいよ、了解!! 」

 

 

その言葉に答えるのがフォルテだ。彼女は今迄多くの場合で傍観者として、一歩引いた冷静な目線で『エルシオール』を見てきたと自負している。司令がくじけそうな時は、支えたし、仲間のメンタル面にも気を配ってきた。それを隊長の職務として、別に自分が困難なことをやってのけたという自覚も無しにだ。もちろん彼女自身も成長している。一応背中を預けられる上官も出来たことだし。世話の焼ける部下のフォローも上手くなった。ルフトが途中でいなくなったために、自分がエンジェル隊関係者で最年長だったからだ。

彼女の仕事は、仲間の信頼に答えることなのだ。

 

 

「ストライク バースト!!!」

 

 

だから今は、もっとも火力の高いという、攻撃の要である『ハッピートリガー』で防衛衛星を撃滅させる。それが彼女の仕事だ。仲間も頼りにしている、その攻撃力は伊達じゃないのだから。

 

 

 

「敵防衛衛星、撃破!! まだたくさんあるが、道はできてきた、突っ込むぞ!! 」

 

「了解!!……司令!!敵の増援です!! 」

 

 

タクトがそう宣言するのと、ココが敵の増援が出現してきたのを報告するのは、ほぼ同時だった。エルシオールは、先行させている紋章機との距離を詰めるべく、全速前進を開始したばかりで、急に方向を変えることはできない。そもそもエルシールはクロノドライブ時の速度以外では普通の戦艦に多くの面で劣る艦だ。ちょうど3時の方向に現れた敵に側面を突かれる形となってしまったのだ。しかし、タクトは一切慌てた素振りを見せずに、一言だけ指示を口にする

 

 

「ミント、よろしく」

 

「了解ですわ」

 

 

エルシオールの護衛用に待機させておいた、『トリックマスター』の背後に搭載された、フライヤーが待っていましたわとばかりに、宙に出される。計21個のそれは彼女のテレパスによって完全に統制され、手足として敵を狙う。ラクレットの予知能力(プレコグニッション)と違い、『トリックマスター』は感知系のテレパスにより、その性能を支えられているのだ。つまりは、ある意味で機体の性能を引き出すという点においては、彼女はエンジェル隊でも随一なのである。

 

 

「来て早々で申し訳ございませんが、ご退場くださいませ、フライヤーダンス!! 」

 

 

彼女が歌うようにそう呟くと、既にマルチロックを完了していたフライヤーから、一斉にレーザーが射出される。『エルシオール』からは水色の光の筋が幾重にも輝き、敵の群れを蹂躙しているように見えるであろう。それは幻想的で、優雅な光の舞を見ているようであった。

 

 

「すみませんタクトさん、一隻取りこぼしてしまいました」

 

 

だがさすがに数が多すぎたのか、すべてを破壊しつくすには至らなかったようだ。といっても5隻の突撃艦の内、4隻を沈めたのだ時点で紋章機の恐ろしさと、彼女の能力がわかるであろう。突撃艦は『損傷レベル的に特攻した場合、より戦略的効果が得られる』という設定されたAIに基づき、全武装を稼働しエルシオールに狙いを定める。黒き月の最新テクノロジーによって作られた黒鉄の塊、砲火はそれなりのもので、『エルシオール』に爆音を伴う振動が襲う。

 

 

「っく! 損害報告!!」

 

「Bブロック外壁に損傷……人的被害はなし!! 」

 

 

しかし、別にミントの攻撃が封じられていたわけではない、素早く何時もの3機で、突撃艦に止めを刺す。ミントは『エルシオール』にダメージを与えてしまったことを一瞬悔やんだが、すぐにここで悔やむのが自身の仕事ではない。と思い直し、『エルシオール』を追いかけてくる敵戦艦への攻撃に移った。

彼女がいるのなら、人的被害がないなら問題はないと分かったからでもある。

 

 

「修復します……ナノマシン散布」

 

 

ヴァニラの機体『ハーベスター』ナノマシンを散布してほかの機体を修復できるという、特殊な機体だ。といっても特殊じゃない紋章器は存在しないのだが。それはともかく、いままで戦闘中は、内蔵されている高速修復可能なナノマシンを使用していたが、それは戦闘機修復用に調整されたものだった。しかし、白き月において補給および強化された結果、戦闘時においても、紋章機や戦闘機以外────といっても『エルシオール』だけだが────を修復できるようになったのだ。

 

 

「ミントさん、損害は私が癒します。極力抑えてくれるのであれば、フォローは任せてください」

 

「ありがとうございますわ」

 

少々申し訳なさそうに、ミントはそう答える。妹分のようなヴァニラに自分の後始末をさせてしまったからだ。

 

 

「いえ、それが私の仕事ですから」

 

 

しかし、はにかみながらヴァニラはそう答えた。彼女は自分の気質的に敵を攻撃するよりも、味方を癒やす方が向いている事を自覚しているのだ。故に自分のできることを重点的にするだけ、そういう考え方なのだ。むしろヴァニラはラクレットを含む攻撃メインのほかのメンバーをそれぞれ尊敬している部分もあるくらいだ。

 

 

「皆さんが全力で戦えるように、サポートするのが、私と『ハーベスター』のできることです」

 

 

だから、彼女はみんなが敵を倒してくれると信じて、エルシオールの修復に全力を出すことができる。皆もヴァニラがいるから、自分たちの仕事を遂行することに全力を出せるのだ。無限で最強の互恵型システムである。

 

 

 

 

「前方に敵防衛衛星が回り込んできています。数3!!」

 

 

 

エルシオール前進を続けていると目標エリアの直前辺りで、防衛衛星が最終防衛ラインとでも言うが如く、列を成して待ち構えていた。鈍重ではあるが、どうやらある程度の移動はできるようで、こちらの進路を先読みして迎撃の準備をしているようだ。ランファ、フォルテ、ラクレットはエルシオール4時方向の敵の足止めをしていて手を外せない、ミントは敵の増援を近隣に展開している味方艦隊と協力して落としている最中だし、ヴァニラはつい先ほど、補給のために格納庫に入ったばかりだ。だが、タクト達にはまだ、エンジェル隊の最高戦力が残っている。彼女は先ほどからひたすら、エルシオール進路上の左側に展開している敵の周りを、適度に攻撃しながら飛行していた。本当にただそれだけをしていただけなのだが、敵からの彼女の戦略的な価値は非常に高いのか、かなり上位の優先排除目標になっているの為、多くの攻撃が彼女に吸い寄せられていた。

つまるところ、彼女がこなしていたのは囮だった。ひたすら敵に一撃当てては距離を取りつつ別の敵に向かい、また一撃離脱。その繰り返しに結果、彼女がほぼ半数の敵を一人で引き付けていたのだ。特殊兵装を使用せず所持している武装を節約しつつだ。

つまり、彼女はやる気は上限を超えており、コンディションは最高で、テンションはMAXだ。

 

 

「ミルフィー、我慢してくれてありがとう。それじゃあ、頼むよ」

 

「はい!! バーンとやっちゃいますよ!!」

 

その刹那、『ラッキースター』から壮絶な光量のエネルギーが放出される。天文学的な破壊力を持ったそれは、ある一定の太さまで広がると一直線に拡散せず対象へと侵略する。宇宙空間のため音は聞こえないが、おそらく轟音を響かせるであろうそれは、一瞬にして数多の防衛衛星を塵と化した。

これでエルシオールの進行を遮るものは全て無くなった。そう、順調に黒き月攻略は進んでいたのだ。

 

 

「よし、ポイントに到達した、クロノブレイクキャノンの状態は? 」

 

「クロノブレイクキャノン、発射ポイントに到達!! 重点完了まで、あと40秒です」

 

「敵がこちらを攻撃可能な距離に入るまで、およそ65秒、行けます!! 」

 

「よし、エンジェル隊とラクレットはエルシオールの周りで待機していてくれ。」

 

────了解!!

 

 

だが、散々イレギュラーが入ったこの世界においても、運命を司るレベルの彼女は、数億、数兆分の一の確率を残酷なまでに強い運によって、引き当ててしまった。

 

 

それは一瞬の出来事だった。射程可能距離よりも離れたところで戦闘していた敵の戦艦の砲門がこちらに『偶然』向いていた。それが発射された時『偶然』対象に当たらず、そのまま宇宙空間に消えるはずだった。しかしその先に『偶然』エルシオールがいた。射程可能な距離外で完全にノーマークだったエルシオールがだ。

その、何処へ飛んでいくかもわからない弾が、数100万km離れた場所から『偶然』直進した先に『偶然』いたエルシオールの、シールド出力の弱い『クロノブレイクキャノン』の砲身に『偶然』当たり。その場所が、『偶然』エネルギーの重点をしている場所であったのだ。

 

 

 

「!! エルシオールに被弾……『クロノブレイクキャノン』に直撃! エネルギー供給が停止しました!」

 

「馬鹿な!!どんな確率だそれは!! 」

 

 

そう、皇国の希望────エルシオールの切り札クロノブレイクキャノンは、あと数秒というところで、撃つことができなくなってしまったのである。

 

 

「っく、格納庫!! 急いで修理と復旧を。エンジェル隊は敵の迎撃だ!」

 

「ですが、突然出力がなくなったので、こちらとしては全く原因に心当たりなど」

 

「今更そんな情報が何になるっていうんだ!! 」

 

 

今まで順調だった分の反動か、一気に通信は不穏な雰囲気に覆われる。まるで、快晴だった空の西の彼方から分厚い雲が歩み寄ってくるような空気だ。そんな中最も悲壮感に溢れているのは、通信を聞いているミルフィーだった。彼女の顔色は青を通り越して、色をなくし白くなっており、両腕は小刻みに震え、操縦桿を強く握りしめていた。

 

 

「……私のせいだ……だって、普通そんなこと起こらないですよね……」

 

「ミルフィー、それは違う!! 」

 

 

慌ててそれを否定するタクト。彼女のテンションを元に戻すという仕事のことなど、頭の片隅にもなく、ただ単純に彼女がそのような状態に成っていることが、ただただ我慢ならなかったのだ。しかし、ミルフィーは目に涙を浮かべ、てそのタクトの言葉を否定する。

 

 

「違わないじゃないですか!! 無視できるようなすっごく小さい確率を引き当てるなんて!! 私の運が!!」

 

「そうじゃない、そうじゃ無いんだよミルフィ……」

 

「こんなんじゃ私、タクトさんの幸運の女神なんて成れない……」

 

 

宥めるように言い聞かせるタクト、だが、ミルフィーは完全に自分の中で結論を出してしまっている。悪いのは自分だ、私のせいで、こんなことになった。どうにかそれを忠相とするのだが、事態はそれを許すほど甘いものではなかった。

 

 

「司令!! 周囲全方向を、敵艦に囲まれています! 指示を!! 」

 

「くそっ……エンジェル隊、散会して敵の注意を少しでも引き付けてくれ、1秒でもいいから時間を稼ぐんだ!! クレータ班長はとにかく、何とかしてください!」

 

「わ……わかったわ」

 

 

そして、この戦いの中で最も厳しい時間が幕を開けた。1隻の儀礼艦と6つの戦闘機に対するは、数百を超える敵の最精鋭無人艦隊の軍団だった。

 

 

ヴァニラとフォルテで一組、あとはそれぞれ一人で各々が、別の方向に散って行く。誰一人として、表情に余裕などなく、歯を食いしばり、額に汗を作りながらの戦いだった。先ほどまでと違い、それぞれが協力し合いこともほぼ不可能なこの状況。長所を最大限に生かすこともできず、事態は刻々と悪化していくばかりだ。何よりも問題なのは、エルシオールの防衛が最優先任務であり、あまり離れて行動することができないことと、すでに完全に敵に包囲されていることだ。

いくらタクトといえども、最初から詰みの状況な戦況をひっくり返るなど不可能だ。それこそ神がかりどころか神の力が必要なことだろう。

 

 

「っく、『カンフーファイター』防衛ラインを下げるから、もう少し引いてくれ。ミント! 無茶しすぎだ、下がるんだ!! 」

 

 

敵のエルシオールを中心に描く円は、次第にその直径を狭めていく。誰が悪いというわけでもなく、単純な数の暴力が理由だろう。味方の増援は間に合わない。すでにこの包囲網を食い破り、エルシオールを救済すべく、一方向から味方の艦団が切り崩し始めているが、敵は黒き月で作られたばかりの最新型だ。注意があまり向いていないとはいえ、そう簡単に削り切れるシールドと装甲の相手でもないのだ。

 

 

「っきゃ!! ……エルシオール、被弾!! C,Fブロックにて火災発生!! 」

 

「人員を急がせろ、急いで消火させるんだ。同時に隔壁を閉鎖しろ!! 」

 

 

ついに、エンジェル隊たちの奮戦空しく、エルシオールを直接攻撃する艦が現れた。敵艦の攻撃力は相当なもので、不沈艦エルシオールのシールドを容易く削ってくる。エンジェル隊を呼ぼうにも、それぞれが二桁近い数の敵艦を捌いてるのだ、そう簡単に回せるわけでもない。

 

 

「格納庫!! まだか!? 」

 

「もう少し時間をください!! 必ず再充填可能にします!! 」

 

 

入る通信は絶望的、まだ心が折れている者はいないものの、戦場では絶対に流れてほしくない空気がひしひしと感じられる。そして、ついにぎりぎりで食い止められていた、バランスが、つり合っていた天秤が壊れた。

 

 

「きゃあぁぁぁ!!」

 

「ミント!! くっ!!」

 

 

敵艦隊は、現在最も敵の撃破効率の良い『トリックマスター』に狙いを定めたのか、集中的に砲火を浴びせていた。ミント自身が一番よく知っていることだが、数の暴力というのは凄まじいものだ。彼女も防御や回避に徹していたのだが、抗いきれず、ついにシールドを抜かれ、直撃をくらってしまった。『トリックマスター』はそのまま機能を停止し、宇宙空間に浮かぶだけのオブジェとなった。彼女、引いてはエルシオールにとって幸いだったのは、敵のAIの行動理念は戦闘不能にすることで、その状態の彼女の機体に攻撃が加えられなかったことであろう。

 

 

「そんな!! ミント、ミント!! 応答して!!」

 

「ミルフィー!! 今はそんなことしている暇じゃないでしょ!!」

 

「だって、ミントが!!」

 

 

完全にパニックになってしまったミルフィー。彼女の『ラッキースター』はエルシオールの天頂方向で停止して、動くのをやめてしまう。それを叱責する蘭花だったが、彼女は呼びかけをやめない。

 

 

「……! 『ハーベスター』 損傷が許容値を超えそうです。」

 

「こっちも、まずい雰囲気だよ……タクト! どうする」

 

 

ヴァニラとフォルテも、そろそろ限界のようで、完全に防戦一方だ。ランファやラクレットに比べて、彼女たちの機体は機動力に劣るからであろう。もともとこのような乱戦には向いていないのだ。

 

 

「とにかく、耐えるしかないんだ……二人はそこを離脱して、さっきまでミントが居た場所あたりで、頼む」

 

「……了解」

 

「……了解しました」

 

 

タクトは、半分死ねというにも等しい命令を、部下に出すしかないという無力感に打ちひしがれていた。だが、それによって思考を止めていいわけではないのだ。タクトはミルフィーに通信をつなぐ。

 

 

「ミルフィー、お願いだ! 力を貸してくれ!! 」

 

「嫌です!! ……だって」

 

 

そこで、ミルフィーは口を閉ざす。ややあって、せき止めていたものが溢れたかのように、涙とともに吐き出した。

 

 

「私が戦ったら、もっとひどいことが起きるかもしれないじゃないですか!!」

 

「そんな……」

 

 

 

彼女のその言葉はタクトにとって何よりも重いものだった。『そんなこと絶対にない!!』と言うのは、彼は絶対に言ってはならないからだ。なぜなら彼は、彼女の天運を含めてミルフィーを愛しているのだから。彼女の強運を否定することは、昨晩の言葉が嘘になってしまう。彼女に対して嘘をつくことなど、タクトにはできるはずがないのだ。

だから、そんなタクトの心情を察したのか、突如通信ウィンドウが開き、フォルテとヴァニラの顔が映し出される。

 

 

「何を言ってるんだい!! そんなんだったら、私たちはとっくの昔にくたばってるだろ!!」

 

「そうです。ミルフィーさんがいたから、今の私たちがいるんです」

 

 

二人は弾丸のスコールを浴びながらも、そう叫んできた。通信ウィンドウに映し出される二人の顔は、カメラを見ていないので目は合わなかったが、それでも強い感情が伝わってくる。通信する余裕なんてないだろうに、それでも二人は、皇国の未来と、親友を、仲間を救うために繋いだのだ。もう二機のシールド出力は、風前の灯だ。しかし彼女たちの心はまだ屈していなかった。

 

 

「だから、後は頼んだよ!! 最後の花火だ!!『ストライクバースト!!』」

 

 

フォルテの『ハッピートリガー』から、今まで数多の敵を葬り宇宙の塵と沈めてきた、弾丸とミサイルのストームが巻き起こる。それは彼女に止めを刺そうと接近してきた一隻の敵戦艦に命中し巨大な爆発を起こす。さらに後発のミサイル軍がその周りにいた敵にも降り注ぐ。敵艦の爆発から、連鎖的に付近の敵も誘爆を起こし、さらにミサイルが襲いかかり圧倒的な規模の爆発が起こる。しかしその爆発の壁の向こうから敵艦の放ったレールガンの砲火により『ハッピートリガー』は沈黙した。

 

 

「治療します、『リペアウェーブ』」

 

 

ヴァニラは、フォルテの一掃により攻撃が一瞬彼女へと向かなくなった瞬間に、治療用ナノマシンを拡散させる。ミサイルや回避行動にとっていたエネルギーをすべてそちらに回してだ。すでにシールドが落ちている2機には修復がいかなかったものの、『カンフーファイター』『ラッキースター』『エタニティーソード』『エルシオール』の損傷個所が急激に塞がってゆく。かなりの距離があったのか、完全とはいかないものの、それでも戦闘続行に支障を全くきたさないレベルまでの修復だ。『エルシオール』も外部損傷の7割以上が塞がった。だがやはり彼女の機体も『ハッピートリガー』を沈めた敵艦によって砲撃され、沈黙してしまうのであった。

 

 

「フォルテさん、ヴァニラ!! 」

 

「だから、泣いてる暇なんて無いって言ってんでしょ!! 」

 

 

半狂乱になって叫ぶミルフィー、それを窘めながら、全力回避行動を続けるランファ。2人とも完全に普段の余裕などない。親友が、戦友が立て続けに3人も安否不明になってしまったのだ。まともでいられるわけないが。

タクトは、もはや最後の抵抗とばかりに、エルシオールを『黒き月』に向けさせつつ、ミルフィーに通信を繋いで叫んだ。

 

 

「ミルフィー、お願いだ、力を貸してくれ!! オレは……オレたちは君のことを……」

 

「12時方向からの砲撃! 回避できません直撃します!!」

 

「総員衝撃に備えるんだ!! 」

 

 

しかし、その思いも空しく、『黒き月』方面の艦隊からの攻撃が正面に命中してしまう。天地を裂くような、激しい轟音の後、激しいノイズとともに『エルシオール』と紋章機達との通信は断絶してしまった。

 

 

「そんな、エルシオール!? 応答して!!」

 

「通信が繋がらなくなっちゃった!! 」

 

 

ついには2人とも、何をすれば解らないような状況になってしまったのだ。タクトの指示を受けられず、ランファは敵戦艦に囲まれ、なぶられる様に攻撃を受けてしまう。最悪なことに命中したのは機体背部のスラスターで、急激に機体の出力が落ちてしまう。

 

 

「きゃああああ」

 

「ランファ!!」

 

 

強い衝撃と振動を受け、悲鳴を上げてしまうランファ。ぐるぐると錐揉み回転をしながら不安定に『カンフーファイター』は飛び続けた。ミルフィーはその光景を見て思わず彼女の名を叫ぶものの、それが何になるというわけではなかった。しかし、ランファは、Gキャンセラーがあっても押しつぶされそうな重圧の中で、ミルフィーに最後の通信を繋いだ。

 

 

「良い? ミルフィーあんたはねぇ、へんてこな女で、いっつも私から良い所ばっか掠めとってて、私ばっか割を食ってたのよ!!」

 

 

そこで、区切ると。苦しいだろうに彼女は笑顔を、心からの不敵な笑顔を作り、絶叫した。

 

 

「でもね、だからこそ、そんなへんてこなあんただからこそ、私はアンタと親友になれたのよ!!」

 

 

ミルフィーは、そんな彼女にかける言葉がなかった。この不甲斐ない自分が情けなかった。自己嫌悪と何かよくわからない、ぐちゃぐちゃな感情が混ざり合い、訳が分からなくなってしまった。

 

 

「だからね、絶対に自分を否定しちゃダメ、あんたなら、こんな状況でもどうにかできるって、そう思えるんだから、この宇宙一良い女の私がね!!」

 

「……ランファ」

 

 

そんな、いつも通り自信満々な笑顔でランファはミルフィーに伝えた。

 

 

「頼んだわよ……」

 

「うん」

 

 

その言葉を最後にランファの『カンフーファイター』のシールド残量は0となり、沈黙した。ミルフィーは、操縦桿を強く握りしめて。決意を固めた。

 

 

「私は……」

 

 

しかし、今になってもまだ動き出さない彼女を好機と感じたのか、敵艦の主砲から鋭くレーザーが照射された。まだ動き出す直前であった彼女の『ラッキースター』へと、一直線で迫りくる敵の攻撃。たとえシールドが万全に近かろうと、くらってしまえば一撃のもとに機体が四散してしまうであろう。それ程までに出力を一点に絞った、破壊的威力を持った光線が向かってきたのだ。

当たる!! そう、ミルフィーが感じ取った刹那、そこに割り込む者がいた。

 

 

「間に合えぇぇ!! 」

 

 

疲労のため、今まで話すことすら最低限にしてきたラクレット。その彼が今、両腕の双剣を交差させて、レーザーを受け止めていた。ギリギリとそんな音が聞こえてきそうな、鍔迫り合いを繰り広げるラクレット。彼は腹の奥底から声を張り上げて叫んだ。

 

 

「ミルフイーさん!! 自分の成りたいものを、好きなものを、それをひたむきに目指すのは、恋する女の子の特権だって……ランファさんは言ってました! あなたは今何になりたいんだ!! 」

 

 

ラクレットが稼いだ時間、それによって彼女は、いや彼女と『ラッキースター』は動き出した。この瞬間に彼女はすべて悟った。自分がどうしたらいいのか、何になりたいのか。『黒き月』へと一直線へ向かいつつ彼女も叫ぶ

 

 

「私は、今だけでいい、みんなを助ける力を、いまだけは私を幸運の女神にして!!」

 

 

恋人が言ってくれた、自分の理想を。誰かを幸せにできる、そんな素敵な幸運な女神へと、彼女はこの瞬間至った。神が下りてきたのではない、この時、彼女が神だったのだ。その言葉と同時に、彼女の機体に生えていた天使の翼が、大きく開かれる。そのまま天頂方向に高く飛翔すると、付近の宙域に純白の、神々しく輝く羽が舞い降りた。その刹那、エルシオールのシステムがすべて復旧した。そう、まさに奇跡と思えるようなことが現実となったのだ。

 

 

「エルシオール、システムオールグリーン!! 『クロノブレイクキャノン』へと、ものすごい勢いでエネルギーが充填されてゆきます!!」

 

「8,7、6……2,1 チャージ完了『クロノブレイクキャノン』撃てます!!」

 

 

ブリッジから、そのような言葉と驚きの声が通信で聞こえてくる。訳が分からんと、誰かが叫んだが、その直後に彼女は、大好きな声で叫ばれる言葉を耳で拾った。

 

 

「目標、黒き月 『クロノブレイクキャノン!!』撃てえぇぇぇぇぇぇ!!!!!! 」

 

 

そして、まばゆい光とともに、極大なエネルギーが放たれ、『黒き月』を貫き爆散させた。断末魔もなければ、呪いの言葉もない。しかし目の前の敵は光に拭い取られたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間、短いが、大きな被害を出した、エオニアの乱が終結したのであった。トランスバール皇国暦412年、大きく広がっていく波紋の最初の波が終わったのだ。

 


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