僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第一部完


最終話 全部終わって

 

クリオム星系 第11惑星。星民の9割が農業に従事している星だ。のどかな風景に囲まれたこの星。そこにある、とある小さな駄菓子屋『駄菓子屋ダイゴ』に青年は足を向けていた。その駄菓子屋は、彼が子供のころから、店主一人が店の奥に座り、すべてをこなしており、一切の変化をせずまるで時を刻むということを忘れたような、そんな店だ。

 

 

「よぉ、ダイゴ爺さん、元気でやってっか?」

 

「おお、久しいのう」

 

 

青年は慣れた様子で、店の棚から麩菓子を右手でつかみ、店主の前に腰かけた。椅子が硬かったのか、何度か座り直し、そのあと右手の麩菓子を開封すると、大きく一口頬張った。黒砂糖の柔らかい甘みが彼の口の中で広がってゆく。彼が子供の頃よく通って食べたものと全く同じだ。

 

 

「そして、今日はどんな用でここに来た?」

 

「ああ、オレの弟が天使達と上手くやったらしくてな。大体2時間くらい前に。本星の時間だと昼過ぎってとこか?」

 

 

窓から空を見上げつつ青年は呟く、一応その方向には本星がある。最も気が遠くなるほど離れているが。青年のその言葉を聞くと店主は、安堵と悲しみのようなものが混ざり合った微妙な表情をみせる。

 

 

「そうか……ついに動き出したのか……お前の言う未来が……」

 

「ああ、そういうことだ。クーデターが終わったのに始まったというのもあれだが、事実なんだからしょうがない」

 

「決着をつける……いや、新たな道を定める時が来た、お前の力、貸してくれるのだな」

 

「ああ、ご老体は大切にしないとな、それにこれは危険だが、最も安全な道でもあるし」

 

 

そこで言葉が途切れ、沈黙が店内を覆う。二人はそのままただ黙って、空を見上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより、叙勲の儀を執り行う。」

 

ルフト准将いや、ルフト宰相の良く響き渡る声が、離宮の謁見部屋に木霊する。全ての出来事に決着がついたからか、ここ最近の激務の割には覇気に富む声だ。先の戦乱の終結から1週間。戦後処理の真っ只中に執り行われているこの式。皇国中に中継され、シヴァ皇子側の勝利であることのアピールも兼ねている。そんな式だ、やはり気合も入るのだろう。今日の為に、いままで優先的に皇国間のネットワークの再構築に力を入れてきたのだ。参考にしたのはエオニアのそれなのは皮肉ではあるが。

 

 

「まずは、チョ・エロスン准将、前へ」

 

「はっ!! 」

 

 

この式に参加している人数はかなり少ないといえるだろう。叙勲を受ける側の人間が、10人しかいないのだから。これは、まだまだ戦後の大量の事後処理が残っているので、かなり簡略化されているからでもある。その分、この場にいる者は須らく、多大な功績を遺した者たちであり、皇国の歴史に名を刻むような人物ばかりであった。

だが、レスター、タクトの二人は自分たちの右前方で、いつもの制服の上に陣羽織の格好で、ガチガチに固まっている少年を見ると、本当にこいつはそのような功績をあげたのかと、疑問に思えてくる。

 

 

「では、次 ラクレット・ヴァルター臨時少尉」

 

「っははい!! 」

 

 

上擦った声で、そうラクレットは返答した。まるでぜんまい仕掛けのおもちゃの人形のような動作で、そのまま前に出る彼は、いつもに増して頼りなかった。

 

 

「おいおい……」

 

「リラックスだよ。」

 

 

呆れるレスターに、苦笑して励ますタクト。そもそも、なぜラクレットが緊張しているのかという、根本的な疑問に対して、2人はあまり深く考えていなかった。だが、実際考えてみてもほしい、いきなり戦闘に介入してきたり、広域に向かって通信で叫んだり、と派手なことは結構しているのだ。それが、確かに全皇国中継だが、彼がここまで緊張するものなのか?

まあ、その理由は単純明快で

 

 

「ヴァルター、お主は民間協力者でありながら、この非常時に皇国、並びに白き月の助力してくれた。その若さにしてエンジェル隊に勝るとも劣らぬ、其方の戦闘機の腕により、皇国は救われたといっても過言ではない。エルシオール所属の戦闘機部隊の代表であるお主に、皇国の長として、また個人として礼を述べよう、ありがとう、まことに大儀であった」

 

 

「み、身に余る言葉をいただき、恐縮です」

 

 

エンジェル隊の分も任されているからだ。エンジェル隊は、その特殊な存在からか、オフィシャルな場においては、なるべく顔出しは避けられているのだ。それどころか、プロフィールまでもが伏せられている。分かっているのは性別と人数程度だ。故に今回の式典には参加できないのだ。そして、ちょうどいいところにいたラクレットが、民間協力者としてでるのに加えて、エンジェル隊の分も代表して出ることになったのだ。その瞬間のラクレットの表情の変化は、それを目撃した蒼い髪の美少女曰く

 

「一瞬にして、顔が真っ白になりましたわ、ええ、私が羨ましいと思えるレベルの美白でした」

 

とのことだ。

 

 

ミルフィーが奇跡を起こすまで、盾となり時間を稼いだ彼は、エルシオールの中でも、つまり彼の人となりを知る者の中でも、命の恩人ないし、英雄扱いされている。戦闘の後に行われた祝勝会においても、結構持て囃されていた。最も本人は、少々人見知りの気があるので、若干引いていたのだが。

 

 

「なに、謙遜することはない。それだけのことをやったのだからな」

 

「いえ、自分にできることを、しただけです」

 

「そうか、将来皇国軍に入るのなら、私が口を利かせよう。そのくらい構わないであろう?ルフト」

 

「ええ、まあ。あのレベルの戦闘機乗りでしたら、近衛であろうと、全く謙遜ない実力でしょうからな」

 

 

薄い笑みを浮かべて、隣に控えるルフトに話を振るシヴァ、それにこちらも微笑を浮かべつつ答えるルフト。これからの皇国の中心的な存在になってゆくであろう二人が、自分を推してくれるのならば、多少の無理は通るであろう。

 

 

「だそうだ」

 

「ありがとうございます」

 

 

ラクレットは、そういってもう一度頭を深く下げ、先ほど自分のいた位置に戻って行った。ようやく重圧から解放された結果、表情は晴れやかだ。

そして、いよいよ本日最も注目を浴びている人物が呼ばれる。

 

 

「タクト・マイヤーズ准将、前へ」

 

「了解」

 

 

タクトだ。普通ならば、功績の大きい順番に呼ばれるであろうが、今回の式典では、最も盛り上がるであろう部分を最後にという、政治的なパフォーマンスの力が動いた結果最後になったのだ。

 

 

「にしてもタクトよ、本当にお主の心は変わらないのか? 」

 

「ええ、オレの隣に彼女がいなければ、オレはもうオレじゃないですから」

 

 

考え事をしていたら、いつの間にか話は先に進んでいた。ラクレットはそんなやりとりを眺めながら、ようやく終わったエオニアとの戦いに思いをはせつつ、これからの戦いについて、頭を悩ませるのだった。何せまだ、始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

────ゆらりゆらりと彼等は進む

 

────母なる宇宙を紅石に乗り

 

────漂う二人は 聖者と賢者

 

────箱舟に眠る彼等はまだ目が覚めない

 

────三つの欠片の一つはまだ

 

 

 

 

 

叙勲の儀が終わり、数日たったころ、ようやくラクレットが帰る為の準備が整った。奇しくもその日はミルフィーが出立した次の日のことで、前日盛大にミルフィーを見送ったばかりのエンジェル隊の4人は、なんというか微妙な表情を浮かべている。もちろん寂しさもあるだろうし、ラクレットが戦友であるのにも変わらないのだが、なんというか、全くベクトルは逆であるが、二日連続のサプライズパーティーでの驚きはどちらが大きいかといったところか。

 

 

「いまごろ、ミルフィーさんは、目的の空港についている頃ですね。」

 

「ええ、タクトさんが先回りしているのでしたっけ?」

 

「そーなのよ、全くこれからこっちがどれだけ苦労するか、わかっているのかしら? 二人もやめちゃって」

 

「そのわがままを通すために、一昨日付で准将を降格。大佐に戻って予備役ってのは、タクトらしいねぇ」

 

「忙しないです」

 

 

それでもきちんと見送りに来てくれることに、ラクレットはほんの少しばかりの安堵と大きな喜びに満ち満ちていた。肩に背負った荷物はわずかな身の回り物だけだ。他の粗方の荷物は、箱詰めは終わらせているので、もうしばらくたって、民間の運送会社が本格的に営業を再開したら送ってもらう手はずになっているのだ。『求め』は腰に刺さっているが。

 

 

「すいませんね、僕も学校を卒業したら、白き月に就職するので、そしたらお手伝いできると思います」

 

「ああ……アンタ学生だったわね、しかも意外なことに飛び級してるっていう」

 

「ええ、まあ」

 

 

ラクレットは、シヴァ、ルフトの支援もあったので、シャトヤーンとの約束の通り、白き月の近衛に就職する予定だ。といってもやることは、エンジェル隊の補佐や、式典時の護衛などで、彼にとっては最も望むところな役職であるのだが。そのために、彼はこれからハイスクールをもう1年分スキップし、半年以内に卒業するつもりである。勿論表向きな理由はであるが。

 

 

「さて、それでは、そろそろ船の時間ですので……」

 

 

ラクレットがそういって切り上げようとした時、ちょうどラクレットの後方から一人の青年が歩み寄ってきた。体躯は180を超え、やや細身。しかし露出されている腕には引き締まった筋肉がついており、そこいらのもやしとは一味違うことを示しているようだ。

 

 

「よーラクレット、3か月ぶり」

 

「……兄貴?」

 

 

170と少しあるラクレットの頭を右手でポンポンとしながら、彼────エメンタール・ヴァルターはまるで、三日ぶりに友達と会ったかのようなテンションで、そう告げた。相も変わらず、爽やかな笑顔を浮かべているイケメンに、ラクレットは微妙にいらっときながら、なぜ貴様がここに的なリアクションを取ろうと身構える。

 

 

「なんで」

「いやー、君たちがエンジェル隊かー、弟がお世話になってるね。俺はエメンタール。こいつの兄さ」

 

 

しかし、いきなりぶった切られる、彼が転生者だとカミングアウトしてから、どうにも自分より上を取られ続けているような気がするラクレット。まあ、兄だし年上だし仕方ないのかもしれないが、それでも割り込まれてかなりいらっと来ていた。

 

 

──── …………?

 

「あれ? なんで無言? あ、ヴァニラちゃん久しぶり」

 

「はい、お久しぶりです」

 

「ちょっと待てや、兄貴」

 

「え、本当に兄弟なの? 」

 

 

髪と目の色は青と茶 体格は細見とがっちり型 ルックスはお察しください。赤の他人ですといった方が信じられそうな、そんなレベルだ。ちなみにラクレットの評価では、長兄であるエメンタールの外見は『少女漫画のヒーロー』で今は亡きカマンベールは『エロゲの生徒会長(男)』である。自分は『元主人公で』『現不良B』だそうで。

もう、どこから突っ込めばいいかわからない、そんな状況にラクレットは頭を抱える。エンジェル隊のフォローから、ヴァニラとの関係に、なぜここにいるのか等々。しかし、その間にも状況は進んでゆく。

 

 

「ラクレットさんのお兄様?」

 

「そうそう。よく似てないって言われるんだよね。俺は親父と瓜二つだし、それとブラマンシュの御嬢さんだね、父君とはいい商売をさせてもらっているよ」

 

「まあ、そうでしたの、父が申していた、「最近心の読めない食えない若者がいる」というのは、貴方でしたのですね。」

 

「いやー、そんな評価をいただいていたなんて、俺はただ古代語で全てを思考しているんだよね、テレパシストの前では。冗談で始めたんだけど、これが有効でさ」

 

「あら、そういうことでしたの? 」

 

 

 

 

「ねえ、ヴァニラ、あんたどこで知り合ったんだい? 」

 

ミントと二人、微妙に込み入った話をしている間、疑問に思っていたことを、フォルテは自分の右側に佇んでいるヴァニラに問いかける。するとヴァニラは首だけ左側に向けて、いつもよりやや饒舌に話し出した。

 

 

「孤児院の寄付に度々足を運んでいただきました。「自分の商会の社会貢献慈善活動として来た」と仰っていましたが、とても良くしていただけました。『白き月』にナノマシン使いとして紹介していただいた方でもあります」

 

「……それ、恩人じゃない」

 

 

ランファはそう呟く、というか、乙女としてものすごく憧れるシチュエーションじゃない!! と心の中で絶叫していた。孤児の自分を陰から支えてくれる、正体を知らない格好の良い王子様。その正体は今最も勢いのある商会の重役。ランファの好きな一昔前の少女漫画にありそうな筋書きだ。

 

 

「はい、今でもよく手紙でやり取りをさせていただいていました」

 

「ちょっと待って!! それなのにラクレットと兄弟ってこと知らなかったの!? 」

 

「はい、ずっとチーズのお兄さんと呼んでくれと仰って、名前はエメンタールとしか教えてくださいませんでしたので」

 

 

なにその、フラグ職人のやり口と、絶望するラクレット。自分にはそのような発想も行動力もなかったことが大変悔やまれた。しかし、それで納得できないのが男心

 

 

「おい、兄貴ちょっと、あっちの荷物の影に行こうぜ? 」

 

「ほう、俺に勝てるとでも? だが、今はやめておこう、これでも半年後には一児の父親になるんでな」

 

「また、爆弾落とすなよ!! この爆弾魔!! 」

 

「いや、式はまだなんだ、席を入れただけだ。2人とも式はぜひ弟さんにも参加してほしいって言っていたしな。お前の義姉さんは二人とも美人だぞ? やらんけどな」

 

「ちょっとまて!! お前、もう黙ってろ!! というかお前が爆発しろ!! 聞き逃せない言葉が今あったぞ!! 」

 

 

だんだんとカオスになっていくこの場が、何とか落ち着いたのは、10分後のことだった。

 

 

 

「で、なんで来たの? 」

 

「まあ、商会の艦でお前を迎えに来たわけさ。『エタニティーソード』持って帰れるだろ? 」

 

 

ラクレットから、彼の背負っていた荷物を受け取り、そう返すエメンタール。これで彼の荷物は腰の『求め』だけになった。

 

 

「まぁ……置いていくつもりだったけど、可能なら持っていきたいね」

 

「あとは、まあエンジェル隊を見たかったから」

 

「それが主な理由だろ」

 

 

呆れるラクレットに、苦笑するエメンタール。いつもよりも、大分口調が荒いラクレットにエンジェル隊は少しばかり驚きつつも、仲の良い兄弟だなという共通認識を持った。

 

 

「それじゃあ、そろそろ出発するぞ、父さんたちが心配しているんだ、早く帰らないと」

 

「あ、そうだね、やっぱり心配してくれてたんだ……悪いことしちゃったかな? 」

 

「いや、オレを。もうすぐ一児の父親なんだから、早く戻ってきなさいって」

 

「それ、どんな両親よ」

 

 

おもわずランファは、そう突っ込みを入れてしまった。まあ、一般的な常識から考えれば、ランファの反応の方が正しいのであろう。一人家を飛び出し、功を上げて来る!! と戦場に行くよう前時代的にもほどがある末息子と、成人していて臨月近い妻がいる長男。前者の方が気がかりなはずだ。しかし、ミントはこの家の人間ならそれくらいおかしくても、不思議ではないかという、考えになっていた。

 

 

「それでは、皆さん、またいつか」

 

「元気でやりなさいよ」

 

「旅のご無事をお祈りしてますわ」

 

「まあ、あれだ、アンタのおかげで助かったんだ、ありがとよ」

 

「お二人とも、お元気で」

 

「はい!!」

 

 

エンジェル隊の言葉を背に、二人は搭乗口に消えていった。

 

後に銀河に名を轟かす 銀河最強存在にして エースパイロットの英雄の一角

旗艦殺しのラクレット・ヴァルター の最初の戦いはこうして幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、ラクレット」

 

「何、兄貴、今僕は小さくなってゆく白き月を眺める作業で忙しいんだけど」

 

「カマンベールだが、生きてるからな」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 


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