第1話 準備は念入りにね!!
先のエオニアの反乱が終わり、皇国は大きな変化を強いられた。まずシヴァ皇子改め、シヴァ皇女が正式に即位し、シヴァ女皇陛下となられた。これに伴い、貴族の権力がやや弱まり、民主化といった方向に流れが進んだ。むろん反発もあっただろうが、最初から最後まで最前線に立ち、内乱を沈めた彼女に意見できる人間は一握りしかいない上に、その一握りは全員が彼女を肯定している。加えて権力を弱めたといっても、内政を行える範囲の縮小といった方面で、上納金の金額は大差がなかった。ようは皇国として一つのまとまりになろうといった動きであった。
他に大きな改革と言えば軍部の席の総入れ替えだろう。先のファーゴの壊滅により、第一方面軍の少将以上の階級の者はほぼ全員皇国を守護する英霊となっていた。故に他の方面軍から、優秀な叩き上げの将官や佐官、その殆どがが平民出身の者を連れてきて配置、今までの貴族出身で階級の割に無能な方々は、左遷なり、そのままなり、人によっては都合の良いことに、汚職までしてくれていることが発覚したので降格なり、除隊させた。
その結果、上の指示が素早く末端まで通る、風通しの良い軍隊が出来上がった。
こういった急激な改革が推し進められたものの、反発は先に述べた一部の貴族の小規模なものだけで、ほとんどが好意的に受け止められていた。確かに混乱はあったものの、その混乱も5か月たった今となっては概ね終息していた。
まるで何か強大なものに導かれる様に皇国の強化計画は完遂されたのである。普通ならば5年10年と掛るものが僅か半年にも満たぬ期間で。そう、すでに先の内乱から5か月もの月日が経っていた……
「兄さん、話ってなんだよ」
「まぁ、落ち着け急ぐ男は嫌われ……ああ、別に誰からも好かれていないお前には関係なかったかな?」
「ケンカ売ってんのか? おい」
「事実だろーが、このへたれ野郎。あんな環境で戦時下であるのに、恋人の一人も作れないで」
「戦時下だから作れないんだろが」
場所はヴァルター家のリビング……といってもかなり広いのでリビングと言えるか微妙なところであるが、そこにおいてあるテーブルで男二人が向かい合ってコーヒーを飲んでいるという、実に奇妙な光景だ。入口に近い方に座っているのは、まるで絵画から飛び出してきた、貴族の青年といった相貌の男で。余裕を纏った雰囲気でコーヒーを味わっていると言った所だ。逆に向かい側に座っている少年は、不恰好で粗暴な印象を受けより、前者を際立たせている。
これがこの兄弟の力関係をよく表しているであろう。弟にとっては非常に不本意だが。
「まあいい、お前と話す時間の価値なんて、今の俺にとっては0に等しいようなものだからな。本題に入ろう」
「一々むかつくやつだな、おい」
「……烏丸ちとせがエンジェル隊新規メンバー最終候補に残った。他に候補がいないために、事実上確定したようなものだ。あと数日で命令も行くだろう」
「…………」
「正式な着任から1週間後、それがタクト・マイヤーズのエルシオール艦長再就任日だ。言いたいことはわかるな?」
ラクレットは、会話が進むごとに考え込むように無言になって、自分のコーヒーカップを見つめている。一応はわかっていたはずだが、これから真の戦争が始まるのだというと、彼にとってはかなり気が重いのだ。そう、この戦いは前回とは比でない数の無関係の人間が巻き込まれるほど強大な戦争だ。それを好むものなんてそれこそ自分の利益だけを見て
いる安全圏にいる人物だけだ。
エオニアは一般人の命を軽く見ていたが、殺すことの無意味さを知っていたともいえる。ファーゴへの砲撃も多くの死者が出たがそれが目的ではない。
「さて、お前は今回どうやって介入するつもりだ? 」
「……とりあえず、ハイスクールは卒業が確定したし、ルフト将軍に来期からエルシオールなり、白き月なりに配備してください、って一報入れて、その後直接本星に向かって、タクトの援軍要請に合わせて他のエンジェル隊と合流して、その後はエルシオールに行くって感じかな 」
ラクレットは今のところそういった考えで動いている。とりあえず、飛び級での卒業は確定させたので、後は前期卒業日まではフリーである。卒業後の進路は少し前に飛び級で卒業した場合、皇国軍の方に入りたいと、前もって伝えてある。故に後は確定しましたと伝えるだけなのだ。卒業見込みではあるのだが。
ラクレットがそう言い終わるのを待って、エメンタールはゆっくり口を開いた。
「ラクレット、いいかこれまで数多の先人達が、本当に根本的なものとして信じて来ていたものっていうのは、実はすんごい薄っぺらいんだよ」
「なんのことさ?」
「ここが、ハッピーエンドの世界って誰が教えてくれたんだ?」
エメンタールがラクレットに説いている事、それはこの彼らの前世であった『ギャラクシーエンジェル』というゲームに似通ったこの世界は、ゲームに似通っているからこそ、ゲームに用意されている筋書きと似通った動きを見せる。しかしながらそれは同時に、そのゲームの中である、いわゆる『BADEND』といった結末に向けてのびているレールなのかもしれない。加えて、それが分かるのは最後の瞬間という、スリル満点を味わえる、すばらしいシステムなのだ。
「エオニアの件だが、正直俺はただの様子見だった。ここで終わるなら、それまでだ。まあ、先を見ていろいろ動いていたがな。それでも別にタクトが負けたところで、エオニアが独裁国家を作り、加えて白と黒の月が強化され、ヴァル ・ファスクと戦う。クロノクェイクボムが使われたならば、宇宙空間に行けないが、それでも俺が死ぬまでは平和に過ごせる。加えて言うなら、クロノストリングに依存しない方法では、星間移動こそできはしないが、クリオム星系内ならば、十分行き来できる」
エメンタールは、右手で髪をかきあげてラクレットを斜めに見詰めつつ、言い放った。自分は冷静に損得勘定を計算で来ている人間だ。そう『狂信的なまでに輝く』瞳で言っていた。
「つまりな、俺は常に勝ち馬ないし、安全パイを引き続けるんだ、お前とは違ってな」
ラクレットは先ほどから、ずっと下を見つめて、肩を震わせている。それはまるで何かに気付いたか、思い出してしまったサスペンスの主人公のような動作であった。それを疑問に思ったのか、エメンタールは声をかける。
「おい、どうした? 怖気づいたのか? 」
「……Eternal Loversの撃墜ENDはマジでトラウマ……」
「……」
エメンタールは、無言でラクレットの頭を手刀で叩いた。鈍い音が響き、ラクレットが我に返る。
「……それで? 何が言いたいのさ?」
「ああ、つまりだな、お前、俺の指示で動け、お前の強みはⅡの情報を知らない事と、単純で操りやすいことだ。手駒としては中々なんだ。実際そこそこ強いし」
あっけからんと、エメンタールは言い放った。それこそ、帰りに牛乳買ってきてと、息子に頼む母親のように。ラクレットは脊髄反射的に反抗しようとするが、一瞬冷静になって考えてみる。ない頭を絞って考えてみる。
「(こいつは、最低でも自分が生きられればいいって、言っていた。僕はエンジェル隊とエルシオールの力に成りたい)一つ聞いていい? それで僕にメリットはあるの? 」
「ああ、あるぞ。とりあえず、ヴァル・ファスクに勝つには、お前らに任せるから勝敗はそっち次第だが、そこに行くまでの手助けと、大規模な支援は惜しまない。俺は自分が安全なら、面白そうなことに首を突っ込ませてもらうからな」
ラクレットはとりあえず、冷静になるべく先入観を持たないように、思案する。結局最終的には勝利できたが、かなりギリギリだった先の戦い。それを支援してくれるというのならば、有難い。しかし、命令されるという事は……
「……つまり、行動しやすくするから、俺の手足になれ ってことか」
「そう、だが別に絶対服従ってわけでもない、嫌なことは断ってくれてもいい、俺はお前の足りない頭じゃ考えられないような方法で介入するからな 俺が監督と脚本やるから、役者の一人兼裏方になれってことだ 」
つまりは、ラクレットという個人で動くのは即ち国や仲間の為に動くという事であり、エメンタールが動くというのは、組織だって自分たちの利益を持っていくということだ。しかし、エメンタールの場合、この人生自体が暇つぶしであるため、利益の部分に面白そうなことが加わる。この面白そうなことは、概ねラクレットと合致する。ならば、ラクレッ
トの答えは一つだけだ。
「わかった。僕ができることで、僕が嫌なことじゃない限り、指示に従う」
「おお、そうかそうか。これで少しばかりやり易くなったな」
「そうでもしないと、そっちのカードは1枚も表にしてくれないんだろ?」
そう、ラクレットは帰宅してから、その道中で兄の呟いた、カマンベールが生きているという情報の詳細を聞いていない。なぜ知っているのか、それはどういう事なのか、さっぱりである。しつこく教えろ教えろ詰問しても、暖簾に腕押し糠に釘だったのである。
「ああ。それじゃあ俺の手下になったご褒美に、少し教えてやろう。お前に俺が隠している札は3枚だ。1枚はお前も知ってのとおり、カマンベールについてだが、これは単純に俺の直属の情報収集担当からの報告だ。ピピピと来た所を探らせたら、ビンゴだっただけ」
「……いや、それはいいから、どういう事なのかをだね」
「それは、今回のネフューリアとの戦いの中で分かる。後2枚も、倒したら教えてやろう。」
秘密主義なのか、親切なのか、いや絶対単純にからかっているだけだろーな。なんて思いながらもラクレットは肯くしかない。なぜならば、現状は筋力でも知力でも勝てないのだ。もはや諦めの笑みが口から洩れるものの、すぐに仕方がないと割り切って、兄に向き直る。
「それで、何をすればいいの?」
「ああ、別にそんなに面倒なことは言わないし、お前のことも分かっているから無理なことも言わない、ヒロインを手籠めにして来いとか、そういうのじゃないから安心しろ」
「あ~あ~はいはい、僕はへたれですよ。これで満足? 」
「ああ、至極満足だ。馬鹿を馬鹿にするのは大好きだからな。じゃあ本題だ、まず介入の仕方を変えてもらう、そしてもう一つお前にやってもらうことがある、それは……」
こうして、兄弟の介入への準備が着々と進んでいくのであった。
え?そんなシステムに不正に侵入されてる……って、あんた誰よ、なんでこんなところにいるのよ……ってそんなことをしている場合じゃなかった、急いで対処しないと
はぁ?手伝う?あんたにできるわけ……って、どういう事よそれ!!なんで、あんたがそんなこと……ああ、もういいわ!! あんたは万が一の為に切り離しの準備をして頂戴!!
上兄のうざさは仕様です