僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第5話 彼の方針、彼等の方針

 

 

「クロミエ、久しぶり。挨拶回りしてたら遅くなった」

 

「いえ、かまいませんよ。それよりも元気そうで何よりです」

 

 

ラクレットは、タクトの奢りのお茶会の後、自分の部屋に荷物を運びに行ったり、格納庫や、医務室、食堂などに挨拶めぐりをしたりしていた。どこでも好意的に受け止められたのは、彼としては結構嬉しかったりする出来事だったり。そんなことをしていたら、一番の大親友であり、心の友であるクロミエのいるクジラルームに訪れるのが、結果的に後回しになってしまったのだ。

 

 

「いやー、何度来ても、ここは本当に自分が宇宙空間にいるか、疑問に感じてしまうよなぁ」

 

「まあ、ビーチですからね。壁も水平線や空を写し出すモニターになってますし」

 

 

もうすぐ16になるだろうにほぼ声変わりせず、まるで少女のような声でそう返されるのを聞くと、ラクレットは何故か安心してしまう。もうなんか、彼の声にはきっと癒しの成分が入っているのだろう。そう思うことにしている。そもそも、クロミエの外見は非常に中性的と言うよりもはや少女のそれだ。身長もラクレットの顎ほどの位置に頭があるし、体つきも全体的に華奢だ。エンジェル隊でいえばミルフィーやちとせと身長肩幅が変わらない程である。女物の服を着れば十中八九少女に見えるであろう。そんな思考をダラダラと、宇宙クジラの前で垂れ流しているラクレットは、ある意味ではすごい人物なのかもしれない。

 

 

「……あいかわらず、素晴らしい思考回路ですね、その柔軟性と飛躍性は見習いたいですよ」

 

 

ウォーンと、宇宙クジラの鳴き声が二人の間に響くと、クロミエは苦笑しつつそう言った。別に自分の外見を理解しているので悪口とは思わないし、前も親しくなってからは、「お前の髪ってさらさらだよな」とか「肌きれいだよな」等、ラクレットから言われているので別段新しいことではないのだから。

 

 

「そうか? ありがとう、久々に誰かに褒められたよ」

 

「それはまさにいつものことですね」

 

「なんか、お前少し黒くなってないか? 」

 

「てへ」

 

 

なんか、若干キャラの変わった親友に、ラクレットの方が戸惑いつつも、まあ、類友て言うし、問題ないかな? などと考えて結論付けると、クロミエから人工の海原の水平線に視線を向ける。クロミエもラクレットにならうように同じ方向を向き、二人で壁を眺めるという、よく考えるとシュールな構図になる。しばらくお互い話すことをせずに、ぼーっと波の音を清聴している二人。人工のものとはいえ、潮風の匂いもするこの空間は、まさに、宇宙を進むエルシオールの海である。砂浜に残されていた、クルーの誰かが書いたのかわからない、意味不明な落書きを波が消し去ろうとしてるのを視界の端で気づき、そこにラクレットが注視すべく目線を移すと同時に、クロミエがその沈黙を破った。

 

 

「ラクレットさん」

 

「なに? クロミエ」

 

 

二人とも、視線を合わせずに、他を向いたままの会話だ、漫画の1シーンのような、そんな光景だが、別に特別な雰囲気は漂ってなく、日常の一コマの延長のような、そんな普通さを感じさせる。

 

 

「貴方は、後悔しない生き方をしていますか? 」

 

「いきなり難しい質問だな」

 

 

クロミエの抽象的な質問に、苦笑しながらそう返すラクレット。彼はクロミエの言わんとしてるところを理解したのだ。と言うより彼自身がその問答を望んでいたのかもしれない。自分のことを分析してみると、クジラルームに来るのを意図的に最後にしていた。逆に、この問答を最も避けたのかもしれない。一番聞いてほしくて、一番触れてほしくなった質問。直感的に彼はそう理解したのだ。

 

 

「はい。ですが、前の貴方は悔やんで、悔やんで限界まで苦しんで折れた……そこからリセットされました」

 

「まあ、そうだな確かにいったんリセットされた」

 

「あんなこと、もうできませんよ、貴方相手だからできましたが、1度だけの反則みたいなものです、ですから……」

 

「今回は、後悔するような、折れる様なそんな生き方をするな……そういうことか」

 

「はい」

 

 

ああ、自分はいい友を持った。ラクレットは心の底からその事実を噛みしめた。あってからまだ8か月程度、その内顔を合わせていたのは2月であり、さらにその半分ほど今の自分ではなかった。そんな関係なのに、彼は自分の身を案じてくれているのだ。また迷惑をかけられのが嫌だ、とか自分を守ってくれるからと言った打算ではなく。一人の人間が一人の親しい人間を心配する響きが声に乗って伝わってきたのだ。

 

ラクレットは、微妙に涙腺が緩んでしまったのか、消えかけた落書きから青空を映し出している上を見上げる。若干うるんだ瞳からこぼれてしまうのは、この会話が終わった後でいいような気がした。

 

 

「……しないなんて、絶対言い切れないさ。でも今回はきっと僕を支えてくれる人がいるはずさ、お人好しの集まりのこの艦で、皆と仲良くなれたからね」

 

 

そう、彼なりに考えて返した。ラクレットがこの艦の人と仲良くなれた最大の原因は挫折だ。その挫折から立ちなおされてくれた親友に対して自分は大丈夫だと感謝しているとそう改めて伝えたかったのだ。

 

 

「そうですか……それなら、僕何も言いません……いえ、頑張ってください とだけ言いますね」

 

「ありがとう、クロミエ」

 

 

そう言ってラクレットの方を向き微笑むクロミエにラクレットも顔を向けて笑い返してそう言うのだった。

 

 

 

「さて、それじゃあ、これからの話をしましょうか」

 

「これからの話? それって……」

 

「ええ、実は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宇宙クジラが謎のメッセージを受信しているだと? 」

 

「ああ、今さっきクロミエから聞いた」

 

 

ブリッジにて真剣な表情で話し合う二人、タクトとレスター。タクトは先ほどクロミエに呼び出されて「宇宙クジラが何者かの思念、通信のようなものを感知しました」との報告を受けたのである。

 

 

「宇宙クジラ曰く、懐かしい声だったみたいで、加えて辛うじて聞き取れた通信の内容に『EDEN』という単語が含まれていた」

 

「『EDEN』……だと!? 600年以上前に栄えていた、古代文明の名前だぞ?」

 

「ああ、紋章機やエルシオール、白き月までもが『EDEN』のロストテクノロジーだ」

 

 

そう、宇宙クジラが探知した声には、遙か昔に栄え、600年前の大災害『クロノクェイク』で滅んだとされている『EDEN(エデン)』と呼ばれる文明の名前が含まれていたのだ。その声はだんだん大きくなってきており、声には焦燥のような情動を含んでいたと、クロミエを介して伝えられたのである。

 

 

「それで、エルシオールの計器でも観測できるそうだから、調べてみてほしいんだ」

 

「とはいうものの、今俺たちは他のエンジェル隊と合流するという任務中だぞ」

 

 

そう、現在タクトたちはこのところ急速に発生している、強奪船団の無人艦隊の調査を任されている。もともと皇国外のロストテクノロジーを調査していたエルシオールは、呼び戻され、ちとせと『コノ星系』近辺で合流、紋章機のテストがてら動かしていたのだ。

その後、他のエンジェル隊と『レナ星系』と呼ばれる星系で落ち合うつもりだったところに、戦闘が起きてタクトたちが合流したのだ。

 

 

「わかってる。だけど、この声の一件からは嫌な予感がするんだ……」

 

「そうか……わかったココ、アルモ、エルシオールのキャッチした周波を解析しろ」

 

────了解!

 

タクトの嫌な予感と言うだけで、レスターはココとアルモの仕事を増やす決断をした。それは経験的なものでもあり、同時に現在彼女たちの手が比較的空いていたからでもある。

ともかく、二人が解析を初めて数分後待っていた結果が出た。

 

 

「解析終了しました、何も発見できませんでした」

 

「こちらも同じく」

 

 

結果は二人の予想とは裏腹に、何も発見することができなかった。タクトよりも、むしろレスターの方が意外そうな顔をしているのが、なんとも印象的だったが、レスターは仕事を命じたココとアルモをねぎらいつつ、タクトに声をかけた。

 

 

「そうか、ご苦労。どーやらお前の勘もたまには外れるようだな」

 

「……そうか、ならいいんだけど」

 

 

タクトが、今一つ納得いかない顔で考え込もうとしていると、突然アルモの目の前の計器が反応を示した

 

 

「司令!! 何らかの波長をキャッチしました!! 」

 

「なに? 再生してみろ」

 

「いえ、それが人間の可聴周波数ではなく、超高周波です。現在変換しているので少々お待ちください」

 

「わかった、頼んだぞ……タクト」

 

「ああ、どうやら見つかったみたいだ」

 

 

思わず身構える二人、アルモが変換している間の数秒間二人は緊張した趣で思わず身構えていた。ブリッジ全体にその空気が蔓延し、あたかも戦闘中のような状況がそこでにあった。

 

 

「変換完了しました。再生します」

 

 

そうアルモが言い、ブリッジのスピーカーから再生された音声は、途切れ途切れのものでノイズもひどく、ほとんど聞き取ることができなかった。しかし確かに『EDEN』という単語はかろうじて拾うことができた。

 

 

「……確かに『EDEN』と言っているが、これでは何を言っているかわからん」

 

「ああ、でもこれはルフト将軍……宰相に報告すべきだろう」

 

「確かにな……ちょうどそろそろ通信するように指示されたポイントだ。」

 

 

レスターはルフトに通信をつなぐように、指示を出した。同時にラクレットも呼び出しておく。これから彼の正式な配置の指示を仰ぐからだ。ルフトは現在、皇国の宰相であると同時に皇国軍の将軍と言う二足の草鞋を履いている。そのためかなり多忙であり、まともに通信する時間を取ることが困難だった。今までの経緯は一応報告書を転送しているので把握していると思われるが。

そもそも、ルフトは彼を知る多くのモノに『もし彼が貴族出身だったなら、確実に軍のトップにいたであろう』とエオニアの反乱よりも前に言われるほどの人物だったのである。そんな彼が今現在どれだけ多忙なのかは、容易に想像できるであろう。

 

 

「通信繋がりました」

 

 

アルモのその言葉で、二人にとって馴染み深い顔がスクリーンに映し出される。

 

 

「おお、タクト、報告者は読んでいるぞ、戻ってきてくれたのじゃな」

 

「はい、同時にミルフィー、ラクレットもエルシオールにいます」

 

 

タクトがそういうと同時に、ラクレットがブリッジにたどりつき、敬礼する。ルフトは目線でそれに答えると、タクトの言葉に返答する。

 

 

「おお、そうじゃったな。桜葉少尉の方は問題ないであろう。何かの拍子で乗れるようになったならば原隊復帰、それまでは1クルーとして所属じゃな。ヴァルター君は、儂とシヴァ女皇陛下の連盟で書いておいた推薦状の先をエルシオールに変更しておいた。エルシオール中型戦闘機部隊、隊長ラクレット・ヴァルター少尉。本日付でエルシオール就任じゃ」

 

「────はっ!! ラクレット・ヴァルター少尉、本日付でエルシオールに配属します。」

 

 

ものすごいものが、自分の為に動いたことを自覚し、ラクレットの背筋は思わず伸びる。なにせ、皇国の女皇、宰相、将軍の推薦状だ。皇国においてそれが発揮しない場所を探すのならば、確実に骨が折れる。

 

 

「それで、ルフト将軍、実は報告したいことが……」

 

「なんじゃ、レスター」

 

「実は────」

 

 

そんな中、レスターがルフトに先ほどの会話の内容を説明する。彼らしい要点をまとめた大変わかりやすく簡潔な報告であり、どこかの司令ならば、その倍はかかるであろうことがこの場にいる者の総意だった。

 

 

「なるほどのう……あの古代文明がか」

 

「ええ、ですからオレ達でそれを調査したいのですが」

 

「よし、わかった────と言いたいところなのだが、そうとは言えない事情があるのはわかっておるじゃろ? 」

 

「ええ、強奪船団ですね」

 

 

ルフトのその返答を予想していたかのようにタクトは返す。彼らに課された任務は迅速に強奪船団である無人艦隊の裏に有るであろうものを探ることなのだ。それができるのは皇国最強の戦力であるエルシオールとエンジェル隊だけだ。大艦隊を連れて行けば、迅速な行動がとれず、他の母艦では戦力と言う面で不安が残る。つまり単騎にして最強であるエルシオールがすべきことは明白だったからである

 

 

「ああ、早急に対策……をとら……な…………だ…………タク……繋…………」

 

 

しかし、このタイミングで誰も予想していなかったことが起こる。突然通信にノイズが混ざり始めて、終いには通信が切れてしまったのだ。

 

 

「どういう事だ? 」

 

「わかりません、通信障害か、通信妨害かと思われますが……」

 

 

レスターが慌てたように確認を取っている間、タクトの心の中では、謎の通信もレナ星系の方面から来ているのならば、余裕を見て両方探ろう。という決意が固まっていた。しかし、次の瞬間、レーダーを見ていたアルモからこの場にいる者をさらに凍りつかせることが告げられた。

 

 

「前方に多数の所属不明艦隊あり」 と

 

 


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