僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第6話 天使は女神で恋人で

 

 

 

 

 

「ミルフィー! 待つんだ!! 」

 

「待ちません!! 私は紋章機を動かせるんです!! 」

 

 

毎度毎度、同じように二人の世界に入り込んで、いつもの問答のようなものを繰り返していた。しかしながら、今回ばかりはその規模が異なっている。エルシオール内で自らの足を使ったそれではなく、宇宙空間に出ているのだ。ミルフィーは満足に動かすことのできない『ラッキースター』を操り、宇宙空間を単独で『エルシオール』から離れるように進んでいる。しかも進行方向には敵である無人艦が構えているという状況だ。彼女の表情には焦燥と根拠のない自信がみてとれる。まるで何かに駆り立てられるような、そういった表情だ。例に習い時を戻してみよう。

 

 

 

「ふはははは、新・正統トランスバール皇国軍 最高司令官 レゾム・メアだ!! エルシオール、ここであったが百年目、今までの恨み晴らさせてもらうぞ!! 」

 

 

彼らの前に現れたのは、レゾムという前回の内乱で数度蹴散らしてやったエオニアの配下の軍人だ。猪突猛進で自信過剰、その上頭も悪いといった。やられ役コンテストで審査員の満場一致で大賞に輝けそうな、そんな人物である。

タクトは、何とか記憶の隅から彼の情報を引っ張り出して、話を聞こうとしたものの、その過程が完全な挑発になってしまったのか敵は激昂。そのまま開戦と言う流れになってしまったのである。「新・正統! って観光地の饅頭の発祥争いののぼりみたいだよね」といったのが決め手になってしまったと報告書には書かれている。

一応、レゾムがエオニア軍の生き残りで、現在無人艦隊を率いている事、後ろにはミステリアスな美女がいること。その名前はネフューリアで、お茶会の誘いにはあまり靡かなかったことの四つはわかったのだが、それだけだった。

先ほどから長距離間での通信障害は続いているものの、戦闘自体はいつも通り進行した。なんせ率いているのがレゾムだ。AIが戦った方が強いであろうに、「攻撃―!! 突撃ー!! 敵を撃てー!!」の繰り返しでは効率が下がるばかりだからであろうに。

 

ラクレットの『エタニティーソード』が突っ込み攪乱、足が止まったところをフォルテの『ハッピートリガー』が高火力を生かして沈め、取りこぼしを正確にちとせの『シャープシューター』が狙撃するというコンビネーションは中々強力だった。エルシオールの戦力である7機を1列のフォーメーションにするのであれば、1番4番7番と筋出そろっているからであろう。

ある程度敵の数を削ると、何時ものように焦れて無駄に突っ込んでくるレゾムの旗艦。それをある程度殴れば、これはたまらんと、尻尾を巻いて逃げだした。

 

戦闘続行を選択し、その場に残る数隻の巡洋艦と駆逐艦を除いて、多くの敵が引いていく中、タクトの心に油断と言う料理が、ブランクと言う食材によって作られていた。彼自身の慢心がスパイスになっていたのかもしれない。無能な敵が料理人であった線も捨てきれない。

 

そう、『エルシオール』に、近くの駆逐艦が突撃してきたのだ。相手は無人艦だ、損害など資源の面から語ることしかできないものだ。故に毎度のように損害が多くなると手近な場所にいたこちら側の艦に特攻するのは、前内乱ですでに広く認知されていた。

タクトは、レゾムが去った後、エネルギーの少ないちとせの『シャープシューター』を回収し、ラクレットとフォルテの二人で、残党の処理をさせていたのだが、その結果敵の取りこぼしが『エルシオール』に急速に接近してきたのである。

 

幸いぶつかる寸前でフォルテのストライクバーストによる多数の誘導ミサイルが沈めたことにより、『エルシオール』には損傷も、人的損害もなかった。司令官が衝撃で椅子から落ちて腰を痛めた以外に。

 

 

 

「いてて……」

 

「はい、終わりました。マイヤーズ司令気を付けてくださいね」

 

「はい……」

 

 

戦闘が終わり、タクトとエンジェル隊、ラクレットは医務室にいた。腰を痛めたタクトが、ケーラ先生に湿布を張ってもらうためだ。

タクトが怪我をしたと聞いて、急いで駆け付けたら腰を痛めたとのことで、フォルテとラクレットは安堵した。逆にちとせは自分が出ていればこのようなことにはならなかったのに、と若干自分を悔やむような表情をしていた。

そして、ミルフィーはいつもの笑顔はなりを潜めて、思いつめたような表情でタクトを見つめていた。

 

 

「どうしたんだい? ミルフィー」

 

「……いえ、私が『ラッキースター』に乗れていれば、タクトさんが怪我をすることはなったなって……」

 

「それは違うよ、ミルフィー。オレが腰を打ったのは、オレの油断が招いたことだ。ミルフィーが気に病むことじゃない」

 

「……」

 

 

その時タクトは、別にこの話が大事になるなんて思ってなかった。あとでフリーの時にミルフィーの部屋を訪ねたら、彼女から軽くお説教を受けて、二人きりで反省会でもするのかなーと、考えながら微妙ににやけていたくらいだ。

 

しかし、この時から、ミルフィーの中には自分の強運を取り戻すという行動を始める決意が固まっていた。手始めにコンビニのくじの1等賞を当てようと、くじを大人買いしたり、コイン10枚を全部揃えようと何度も何度も投げてみたり、展望公園で雨の中ピクニックの準備をして一瞬で晴れるか試して見たり、双子の卵を見つけるために大量に卵を割ったり、それでケーキを焼いてみんなに配ったりと。

ともかく、彼女の思いつくことすべてを行い、自らが一度は失ってもよいとまで思い忌み嫌ったことすらある、自分の運を取り戻そうとした。

それが数日続いていたが、大きな実害もなく発意していたところ。ドライブアウト直後、周囲の敵を探る為に紋章機を出すといったタイミングで、ミルフィーが独断で『ラッキースター』に乗り出動してしまい、それをタクトがシャトルで追いかけているのだ。

 

すぐにその場面まで行ってもよいが、まずはエルシオールの主演男優、女優の騒動の間、ほかの人物が何をしていたかを見ていこう。

 

 

 

「烏丸少尉、どうかなされたのですか? 」

 

「え?……いえ特にこれといって何かあったわけではないのですが……」

 

 

ラクレットは、タクトが怪我をした後、浮かない顔をしていたちとせのことを少し気にかけていた。しかしながら、主人公属性と呼ばれるものの対極に存在するであろう彼は、最適のタイミングであろう、医務室を出た直後でなく、明けて次の日偶然公園のベンチで座っている彼女を見つけたので話しかけた。まあ、話しかけることができただけで前進したといえよう。

 

ラクレットは、自然に、そう自然に彼女に近づく。彼が声をかけた場所は公園の真ん中にあるベンチから5メートルほど離れた場所からだったのだ。そのまま不自然にならないようにややぎこちなく彼女に近づき、彼女と肩が触れ合うかどうかの距離を保って席に着く…………のではなく隣のベンチに座った。2つのベンチが並んで設置してあるため、彼はわざわざ同じベンチに座る勇気が足り無かったのだ。

 

 

「なにもない人がそのような顔をするわけがないと、自分は考えますが」

 

「そうですね……では、やはり私には、何かあったかもしれません」

 

 

やや抽象的なその答えにラクレットは反応に困った。一応原因は彼が考えている通りであるのだろうが、あえて言葉を濁した意図がつかめなかったのだ。聞いてほしくないのか、聞いてほしいのかである。

ちなみに本当のところは、誰かに相談したいと考えているちとせだが、仲間でありこれから信頼関係を作っていこうと思える人物のラクレットに聞いてもらうことには抵抗がない。しかし年下の少年に聞いてもらうのは少々気恥ずかしいものがあるといった彼女の心理の表れだった。

 

ラクレットとしては、自分の年齢をあまり意識しないのでそういった所にまで考えが及ばない。彼は19歳で0歳に年齢を戻しているが、今の14年半の人生で精神的な成長は半年前まで行われなかったと自信を持って断言できる。実際19の頃の彼と大差ないとすら感じていた。ここ半年でその意識は少しずつ塗り替えられているが。要するに精神年齢は二十歳前後と名乗れるのだ。最も、前世の19年において自分は19年分の精神的成長を遂げられたかと言われれば、Noと答えざるを得ない。結局彼は、自分の年齢が、いまの体の年齢であると考えている。しかし、先に述べたとおり、考えるとややこしいので自分の年はあまり考えないのだ。まあ、やや大人びている14歳で通せるであろう。

 

 

「少尉、よかったらこれをどうぞ」

 

「え……あ、ありがとうございます」

 

 

とりあえずラクレットは無理に聞くことができないので、間を持たせるために右手に持っていたペットボトルのお茶を渡すことにした。ちとせがベンチにいるのを見て、話しかける前に近くの自販機で購入してきたのだ。

 

 

「僕には少尉がどういった経緯で、ここにいるのかはわかりません。ですが、飲み物を持っていないことはわかりましたから」

 

「わざわざ、買ってきてくださったのですか。ありがとうございます。ヴァルター少尉」

 

 

なるべく、核心に触れないように外側から慎重に話を進めるラクレット。彼はそもそも女性と1対1で話すと、何故か知らないのだがものすごい確率で地雷を踏み抜く。絶対踏み抜く。年齢、身長、体重、タブー、などなど、そういった話をしてしまうことが非常に多いのだ。街を歩いていて、前の人が定期を落としたのを地面に落ちる前にキャッチして渡そうとしたら、別の女性にすったのだと勘違いされて弁明に苦労したりと、そもそも女難の相(字のまま)があるとしか言えない程なのだ。

故に意識して話題を選んでいる。それが功を奏したのか、幸運なことに、ちとせからはにかんだような笑顔でお礼を言われることに成功した。その笑顔を見ただけで、報われた気持ちになってしまったラクレット。なんとか本来の目的を果たそうとするものの、浮かれる心を制御するのは中々難儀なもので、つい欲望が口から洩れてしまった。

 

 

「そちらが先任なのですから、呼び捨てで構いませんよ、烏丸少尉」

 

「いえ、私の尊敬する人を呼び捨てだなんて……でも、司令をタクトさんと呼んで、少尉を呼ばないのも変な話ですね、ではラクレットさんと」

 

「まあ、タクトさんはタクトさんですからね……あの社交性は見習いたいものですよ。従兄弟同士なのに、ここまで差が出るとは、血は信用できませんよね? 」

 

 

すでにタクトさんと呼んでいることが追い風となり、無事ちとせに名前を呼ばれることに成功したラクレット。しかし、どうみても返す話題を間違えているだろう。ここは『自分も、名前で呼んでいいですか? 』で直接的に聞き返すか、あえて『烏丸少尉』と呼ぶことで、相手側から呼び名の訂正を受けるところだ。そうしないと呼び名交換は成立しない。一方的に変わっただけだ。しかも、誰だって食いつきそうな大きな釣り針をぶら下げるような話題では、話の流れが変わってしまうことが多い。案の定、今回もそうなった。

 

 

「え? ラクレットさんは、タクトさんと親戚なのですか? 」

 

「ええ、まあ。伯爵家の次女だった母が、パーティーで偶然出会った、農業プラント惑星の総督だった父と、駆け落ち同然に結ばれまして、つい最近お互いが知ったんですよ? 」

 

「そうでしたか……初耳です」

 

 

日記に書いときますね。と彼女の口癖になるその言葉を彼に返すちとせ。そのままラクレットからもらったお茶のペットボトルで唇を濡らして、いったん息をつく。

 

 

「まあ、兄は知っていたみたいですけどね、商会の情報網は伊達じゃないそうで」

 

「商会? お兄様はどこかの商会に務めていらっしゃるのですか? 」

 

「ええ、務めるというか、会長を。チーズ商会ってご存知ですか? 」

 

「え? チーズ商会と言えば、娯楽と言うジャンルで追従するものがいないような大商会じゃないですか!! 」

 

 

ちとせは軍人の家系ではあるが、一般家庭に分類される家で育ったので、そういったお金持ちの人物に縁がなかった。ラクレットはそういった所まで意識はしなかったのが、自分の周りはすごい人がいるんですよーというアピールだったのだ。

ここで、ちとせが、ラクレットに対しての評価を改める、今までは天才的なパイロットの『旗艦殺し』と言った二つ名持ちの英雄(これは今の所、軍でも一部でしか言われてないが、リサーチした彼女は知っていた)であったが、そこに、『伯爵家』『総督』『商会の会長』などの単語から、『お金持ちだけどそれを鼻にかける様子もない良い子』といったものが加わったのだ。これにより、微妙に互いの間にある溝が埋まった。なんというか、特に飾らない彼に親近感を感じたのだ。最も相互理解という点では溝が深まったような気がしないでもないが。なんというか、富豪の御曹司が、親に頼らず自分の金だけで生活しているのを立派だなーと思うそれと似ている。

 

 

「まあ、そうかもしれませんねー」

 

 

と和やかに返す彼を見てなおさらそう感じたのだ。まあこれだけいろいろ言ったが、要するに多少警戒心が緩み、好感度が上がったという事だ。

 

 

「私には、まだまだ知らないことがあるみたいです、よろしかったらエンジェル隊や、タクトさんたちのこともお聞かせ願えませんか? 」

 

「ええ、僕でよかったら喜んで」

 

 

そのまま半時間ほど二人は会話を交わし、ラクレットが書類を受け取りに行く時間だという事と、ちとせもレスターに頼まれた、先の『EDEN』と名乗る声の解析の続きをするという事で席を立つまで、のんびり会話をするのだった。

 

 

「それではまた、ラクレットさん」

 

「はい、失礼します烏丸少尉」

 

 

そしてラクレットはブリッジに向かう途中の廊下で気付く、自分がまだちとせさんと呼べていないことと、ちとせが顔を曇らせていた理由を解消していないと。最も、前者は次の会話で解決し、後者は今ラクレットによって解決されてきたのだが、彼はそれを自覚していなかった。

 

 

 

 

 

 

また別の日、タクトが珍しくブリッジにいるときの話だ。ブリッジにはレスター、タクト、アルモ、ココという、エルシオールの首脳陣が勢ぞろいしていた。

そこでふと、アルモからタクトをからかうような質問が出た。そう、「二人はどこまで進んだんですか? 」といったものだ。年頃の乙女であるアルモ、そしてココには興味の尽きない話題だったのだ。しかしながら、タクトはその質問に対して別段照れた様子もなく聞き返した、

 

 

「どこまでって、どういうことさ? 」

 

 

ちなみに、内心でこういったことに疎いレスターは、親友があえて聞いているならセクハラではないのかと微妙に心配していた。まあ実際意図した物であればセクハラであろう。

 

 

「いやー、実はもうキスも済ませちゃったりして? 」

 

 

とアルモは茶化しながらそう返した。彼女からしてみれば、自分の恋愛がある程度進んで、親友のレスターを気に掛ける暇とかできれば最高だし、聞き出しておきたい情報であったのだ。アルモのその若干初心過ぎる気がしないでもない言葉でようやく質問の意図するところが分かったタクトは、アルモの方を見て頬をかきながら、答えた。

 

 

「いや、それ近所でも聞かれるんだけどさ、オレ、ミルフィーとはそういったこと考えたことないんだよ」

 

「……え? 」

 

「……は? 」

 

「……ん? 」

 

 

思わぬタクトの発言に3人は一瞬思考が停止してしまう、あのレスターですら声を出してしまっていることから衝撃の大きさが計り知れよう。そんな風に、空気をそれこそ擁護する人物が出てくれるくらい、見事にぶち壊し跡形もなくしたタクトは、呆気からんと続きを言う。

 

 

「オレはさ、本当にミルフィーと一緒にいる、それだけで幸せなんだ」

 

 

言葉通り、幸せそうにそう言い切った彼は、確かに本物の男の目であって、本気でミルフィーのことを愛しているのがこの場にいる全員に伝わった。タクトは別にこれ以上を望まないわけではない。だがそう、今の幸せで、一緒にいるという事実だけで満足しているのだ。

例えるなら、素晴らしい食事を口にして、満腹状態の彼が、さらに素晴らしいデザートがありますといわれても、特に欲しいとは思えない、と言うよりも今自分の胃の中に入った素晴らしい料理を思い起こし、噛みしめるという事の方が有意義なのだ。ここでデザートまで求めようとするのは、別段間違ったことではないが、そう求めてしまう人はきっと、ダイエットが苦手な人なのだろう。

 

 

「なんていうか、すごいプラトニックなんですね」

 

「そうね、でもなんか素敵かも」

 

 

乙女である二人は素直に感心して、尊敬の眼差しでタクトを見た。まあここまで言い切れるような男性はなかなかいないからであろう。若干照れたように後頭部に右手を当てるタクト。その様子を横目で見ながら、今入ってきたラクレットから書類のデータを受け取るレスター。

 

 

「って、あれラクレット、いつの間に? 」

 

「今ですよ、タクトさん。艦の備品が必要数足りているかの点検の報告が上がったので、それをまとめていたんです」

 

「そうだぞ、タクト。こいつがこういった俺の仕事を手伝ってくれるから、オレがお前の仕事を手伝えて、お前がお気楽に愛やら何やらを語れるわけだ」

 

 

レスターからすれば、女など感情的で理解に苦しむ面が多々あり、苦手とする……と言うよりあまり興味のないものだった。故に最低限の仕事すら嫌がる傾向のあるタクトに対した強烈な皮肉だった。

その効果は覿面だったようで、尊敬の眼差しは消え去り、照れたような笑みは、その場をごまかすような笑みに変わった。

 

 

「マイヤーズ司令を見直した私たちが馬鹿でした」

 

「そうねぇ。そういえば、副指令やラクレット君はそういった恋愛経験はあるんですか? 」

 

 

若干落胆するアルモと、そのアルモが食いつきそうな話題をだすココ。現在の矛先はこの場にいる男性クルーに向かっていた。自分の恋愛観を話したタクトのせいで、そういった話題が大好きな彼女たちはおかわりを求めているのだ。二人がそれに答える前に、タクトが話題に口をはさんだ

 

 

「いやー、レスターはさ、士官学校時代も勉強ばっかで、体を動かすスポーツとかなら付き合ったけど、ホント学業一筋でさ。そういう浮いた話はなかったよ。それにこいつ、人妻フェチだし」

 

 

訂正、爆弾を投げ込んだ。

 

 

「え、えええぇぇぇぇぇ────!!!!! 」

 

 

瞬間アルモの絶叫がブリッジに響き渡る。当然だ、堅物で今まで興味がなかったならまだしも、そんな人妻と言う特殊なものが好きだった故にその態度だったなんて……彼女の頭はもはや暴走状態と言っていいほどそんな言葉で埋め尽くされていた。

 

 

「なっ!! タクト!! オレの在学中にそういった妙な噂ばっかり流れたが、やっぱりお前のせいだったのか!! やれ12を過ぎたら老女と考えているやつだ、男にしか興味がないやら、ふざけた真似を!! 俺は恋愛などに現を抜かす時間も興味もない!! 」

 

 

学生時代の不名誉な噂の出どころが分かり(正しくは確証を持ち)激昂するレスター。彼としてはそう言った噂が流れた為、面と向かって真実か聞かれることが多々あった。一度試験期間中に、お前は同性が好きなのか? と何度も聞かれた時はその噂の犯人を縊り殺してやろうかと思ったくらいだ。

 

 

「やー、ジョークだってジョーク」

 

 

手を前に突き出して宥めるタクト、お前が言うなと言いたい。だがそのやり取りで、何とか平常心に戻るアルモ。しかし彼女は気づいていない、レスターがまた一層固い決意で、誰が恋愛などするものかと意志を固めていることに。

そんな一触即発の空気を払うかのように、ココはラクレットに問いかける。

 

 

「ラクレット君は? 」

 

「………………えーと」

 

 

さて、思い出してほしい、彼は前世において19歳時点で彼女いない歴14年だった。これの意味するところは簡単だ。彼は幼稚園の頃幼馴染がいた。その幼馴染は彼にこういったのだ。

「あんた、わたしとつきあいなさい」

と、彼はその頃よく意味が解ってなかったが、それに頷いた。いつも一緒に遊んでいるその娘と別に何かが変わるわけでもなく、そのままその彼が引っ越すまで彼はつきあっていた。ちなみにその幼馴染は彼が中学の頃に風の噂で1児の母になったと聞いて以来全く知らない。

 

 

「その……ですね」

 

「お、なんだい? 」

 

 

興味津々のタクトを前に、一歩引いてしまうラクレットは現在必死に頭の中から恋愛に該当する項目をすくっていた。

小学校のころ、好きな女子のスカートめくりをして帰りの回でつるし上げられた。その子はクラスで一番足の速い男子の取り巻きだった。

中学の頃、転勤族である親のせいで2年生の頃引っ越す。その2週間ほど前、通っていた塾の休み時間に、引っ越しのことが話題に上がり、講師が彼の思い人に

「こいつがいなくなると、寂しくなるな」

と他意はなくふった時、

「え……? あ、うん別に? 」といった言葉が返ってきて消えた。

高校の頃、クラスメイトの清楚な印象を受ける女の子に、若干気持ちが傾きかけていたが、その子は他校のガラの悪い男と付き合いだし、段々校則を無視していく姿を見るうちに自然消滅。

大学の頃、そもそも友達(笑)が数人いるだけで、異性なんて接点がなかった。

そして、ラクレットになってからはお察しくださいレベルだ。

 

 

「まあ、はい、そーですね。まだそういった経験はありませんね、はい」

 

 

この、まだという2文字の言葉にどれだけの思いが込められていたかを知る者はいない。

 

 

「そうかー。まあ、まだ14だもんね」

 

「そうですねー、まあマイヤーズ司令ならその頃から、女の子を追いかけてそうですけどね」

 

 

ラクレットの年齢を考慮に入れて、別段不思議なことではないと判断したタクトと、若干冷やかにそういうココ。アルモはいまだにぶつぶつ言っているレスターを何とか宥めていた。

 

ミルフィーがいろいろ騒動を起こす中の、つかの間の平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そのミルフィーの話に戻るとしよう。

彼女は、数日間自分の運を取り戻そうと策謀していたが、その結果は実らず強硬策に出た。

独断で『ラッキースター』に乗り出撃してしまったのだ。『エルシオール』というより、多くの皇国軍の戦艦は、クロノドライブが終わった後、戦闘機を哨戒に出す。実はロストテクノロジーであるために、現在皇国で最も優秀なレーダーを搭載している『エルシオール』でも、小惑星の裏側にエンジンを停止させたミサイル艦などがいたら発見できないのだ。故に直接探らせる。勿論急ぎの場合や周囲に障害物が無い場合という状況では省略されるが。

現在この任に当たっている機体は、搭乗機の機動性からラクレットの『エタニティーソード』が担当している。彼が『エルシオール』前方に何らかの敵影を感知し、それを迎撃するためにちとせとフォルテが先行した彼に合流したタイミングで、ミルフィーが独断で『エルシオール』後方に飛んで行った。

 

飛んで行ったといっても、紋章機や『エタニティーソード』特有の高出力を生かした高速で、ではなく不安定な『クロノストリングエンジン』から供給される微弱なそれでだ。最悪なことに、彼女の飛んでいった方向に存在したのは、敵の攻撃衛星だった。

 

それに気づいたタクトは、すぐにブリッジを飛び出してシャトルに飛び乗り、周りの制止を振り切って彼女を追いかけた。通信で呼びかけなかったのは、先の通信障害が目的地である『レナ星系』に近づくほど強くなってきているために、この宙域でまともに通信が行えないからだ。紋章機といえど正常に動いてないラッキースターは十全に通信回線が開けないのである。

何とか超至近距離まで接近しタクトは通信をつなげた。シャトルが『ラッキースター』に追いつけたという事実が、彼女の不調を如実に表していた。

 

 

「ミルフィー、やめるんだ!! 」

 

「止めません!! だって……」

 

 

子供のように駄々をこねる彼女、しかし彼女の『ラッキースター』の背後からはこれまでのように眩い光が出ているわけでなく、点滅するかのように微弱な光が覆っていた。

宇宙空間で、乗りこなせるかどうかも分からない紋章機を繰るミルフィーは内心ひどく孤独感と心細さを感じていた。仮に彼女に幸運があったらそのような心理状態には、早々ならないであろう。だが、その心理状態が『H.A.L.Oシステム』によって機体に現れていたなら。このような点滅状態に成るのかもしれない。

 

彼女は、不安だったのだ。思い人のタクトは、何食わぬ顔で司令官に復帰した。それは戦争だから構わない。でも自分は? 自分は『エルシオール』に何かしている? 紋章機も動かせない自分は、戦争を終わらせようと頑張っているタクトさんに対してどうなの? 戦争の間は、二人でどこかに出かけるなんてできない、だからタクトさんは今頑張っているのはすごくわかる。じゃあ、自分は? いつもそうだ、タクトさんは私に何も求めない、そばにいるだけで良いって。二歩も三歩も先を歩いて、私が話しかけると立ち止まって優しく頭を撫でてくれる。でも、そんな感じじゃ嫌なのだ。私だって、タクトさんと一緒にいたい、タクトさんと一緒にご飯を食べるってだけじゃなくて、タクトさんからわがままを聞きたい、私をもっと必要としてほしい!! もっと、もっと、求められたい!!

 

 

彼女の内心はそういったものが渦巻き、混沌とかしていた。そもそも、デートの間にラクレットと会って、それが中断しても気にしないというのに、ただ二人きりでいるだけで、自分がわがまま言うのではなく、彼の為に彼が求めたことをしたい。といった二つの事実が同時に存在できるという時点で単純ではないことは察せられる。それでも女の子なら誰でも思う事、好きな人から必要とされたい。という一途な思いは溢れていた。

 

 

「だって、私は、タクトさんと! タクトさんの為にっ!! 」

 

 

その結果彼女が言えたのはそれだけだった。頭の中がぐちゃぐちゃになって、瞳には涙をためて、絞り出せた心が、喉を通って声になったのは、それだけだった。

 

 

「ミルフィー……ごめん」

 

 

タクトは、ミルフィーの涙をみてそう呟いた。それは泣いているから謝るといった、道徳的なものではなく。自分のしてきたことが彼女に対して重荷になっていたという事に対する懺悔、悔恨だった。

ギャラクシーエンジェル moonlit loversにおいて、この時に両者が抱えていた問題は、タクトが一方的にミルフィーを守ろうとしたことが発端の擦れ違いだった。司令官に再就任したことに対して、ミルフィーを戦いに再び巻き込んでしまったことに負い目を感じていた彼の独善的な決意、エゴの押し付けが招いたものだった。

 

しかし、今の彼等の問題は、根本的なところで似ているが、やや違いを孕んでいる。タクトは別段ミルフィーを『エルシオール』に乗せたことに後悔の念を抱いてはいない。彼女が楽しそうにしていたからだ。ミルフィーはどちらの場合においてもタクトに肯定的だったのだ。そして、問題だったのは彼が『ミルフィーがそばにいればそれでいい』と彼女に何も求めなかったことだ。

タクトからすれば、彼女を守るのは、息をするのと同義のことで、それは戦場においても、住居のアパートメントにおいても一切の差はないという考えだった。しかし、彼女に何かを望むという事を、彼女自身を望む以外彼はしてこなかった。

彼の告白の文句も、好意は伝えているが、これからも傍にいてほしいといった、そういったことだ。

 

先の例を取り出すのならば、タクトがデザートをミルフィーと一緒に食べることはしなかった。彼はミルフィーに一緒にデザートを食べようとも、また食べに来ようとも、今度はどこに行ってみようか? とも言わなかったのだ。

 

 

「オレがさ、君に今してほしいことは、君にこんな無茶をしないでほしいことさ」

 

しかし、彼は今理解した、人は失敗から学ぶことができる生物の一つだ。

 

「オレは君のことが好きだ。それはもしかしたら皆がいう好きとは違うかもしれない」

 

でも────

 

「オレを以上にミルフィーの事が好きな奴なんていない、それだけはわかってるんだ」

 

だから────

 

「オレのことを赦してほしいんだ、そうすればオレはなんだってできる!! 君の為にこの銀河なんか何回だって平和にしてみせる!! そうしたらまた二人でデートに行こう。今度はオレの実家の近くの花園にピクニックにさ、君と一緒に見たいんだ」

 

 

タクト・マイヤーズの本心だった。彼は彼女を最も求めているがゆえに、彼女といるという事以外を求めなかった。すぐにこのスタンスは変わらないかもしれない、だが彼の想いほどまっすぐなものはなかった。

 

 

「タクトさん……私も、行ってみたいです!! だから今は────」

 

 

二人がこうして会話している間に、敵が待ってくれるはずはなかった。敵衛星は確実にこちらの命を刈りに来ていた。その証拠にスクリーンいっぱいに埋め尽くしているミサイルの雨が、『ラッキースター』を宇宙の塵芥にしようとしていたのだ。

 

 

 

「ミルフィー」

 

「私、今心が暖かいんです。なんでもできる、そんな気がするんです」

 

────だって私はあなたの幸運の女神だから!!

 

「ラッキースター、シールド全開!! 」

 

 

圧倒的速度で迫りくるミサイルの嵐、それをすべて微動だにもせずに『ラッキースター』は受け止めた。爆発後の煙が機体の周りから晴れたのは、その翼が大きく羽ばたいたからだった。そう、数多のミサイル群は、シールドを貫き女神に傷をつけることなどできはしなかったのだ。

 

 

「いっきますよぉ! ハイパーキャノン!! 」

 

 

機体中央の巨大な砲門から、想像を絶する量のエネルギーが放射される。それだけではない。その光の束は彼女の意志でまるで手足のように自由に曲がる。あっという間に後続のミサイルを薙ぎ払い、そのまま敵衛星に照射し爆散させた。

タクトはそれを見て、シャトルを『エルシオール』に向けて戻していった。急ぐ必要はない、この戦いは自分が指揮をする必要がなく 彼女に敗北はないのだから。

 

この日、再び銀河に女神が舞い降りたのだった。

 

 


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