「にしても、意外だったわ」
「なにがだ? 」
『エルシオール』に乗っている人物の中で最も幼い二人、10歳コンビのシヴァ女皇とノアの二人は、シヴァ女皇の部屋で二人向き合って話していた。つい先日、平和的な解決の為に、必要以上にノアを糾弾するという事をせずに、皇国の代表と言った形で説明の席についていた彼女の事をノアは意外に思っていた。
ノアの体は10歳ほどの年齢と幼いが、彼女自身精神的には、すでに大人かそれ以上だという自覚がある。というか過去に生きていた頃から自分が異常という自覚もあった。だからこそ、黒き月の管理者などになったのだから。そしてその彼女のシヴァに対するファーストインプレッションが『自分の中の正義を絶対に曲げない、融通が利かないタイプ』という分析だった。たった数秒の会合でそう思い、話すのも無駄みたいと考え、すべてカマンベールに丸投げしたのである。
だからこそ、自分の分析が外れていたのか、と思ったのである。
「なるほど、そのことか……一応私にも考えがあるのだがな」
「へぇ? それは聞いてみたいわね」
現状への打開策については既に八方塞がりになっている彼女の思考は、そう言った無駄なことにリソースを割くように要求している。要は、興味本位である。
「私が、感情的に……いや、立場的にでもあるが、お前を責めることはできる。その場合、謝罪させれば一定の意味を持たせることもできるかもしれない。だが、そう言ったことをさせるよりも、今は目先の問題解決が必要だ」
「……」
「だから、お主がより考える時間を持てるようにする方が、皇国の利になる。そういうわけだ」
真っ直ぐ射抜くような視線をノアに向けながら、力強くそう宣言した。それを受けたノアは、なんか微妙な敗北感を感じてしまい、右手で髪の毛を弄りながら目をそらして呟いた。
「あ~わかったわよ、お望み通り、カマンベールと一緒に考えとくわよ!! 」
そう言い残して、彼女は自分の部屋に戻っていった。シヴァは、微妙に釈然としない表情をしていたが、すぐに自分にできることである仕事に取り掛かることにした。なお、ノアとカマンベールは都合により同室である。コアから出て、急に用意できたのが一部屋だけだったのだからであり他意はない。
白き月に進路を戻して航行中の『エルシオール』最短ルートを進んみ数日かかる航路だが、それはすなわち敵の資材収集の無人艦隊が狩場としていた宙域を通る必要があることと同義だ。無論、最低限の戦闘行為のみに留めているが、それでも不可避の遭遇戦だって勃発する。
詰まる所、『エルシオール』は現在戦闘中である。
「ミント! 敵Nの左側の砲門に攻撃を、フォルテはそのまま前進して止めを、ランファは攻撃目標を敵Gから敵Nに左側から接近。ちとせは敵Gに止めを」
別段そこまで強い敵ではないのだが、一刻を争うこの事態においては、なるべく手短に敵を処理する必要がある。当然のごとく『エルシオール』は次のクロノドライブが可能とされているポイントに移動しながらの戦闘だ。
定期的に入る、味方の軍基地や、艦隊の壊滅情報は、確実にタクトたちの心に圧し掛かっているが、それでもきっちり仕事をこなすのがプロフェッショナルと言うものだ。
「ヴァニラ、そのまま3時方向に進んで、フォルテとすれ違いざまに補修を頼む、ラクレット敵Fを頼むよ」
「了解」
ラクレットが命令を受けた対象は無人戦闘機だった。大型艦はすでに粗方片付いているのであまり問題は無いし、なにより撃破ではなく、近寄らせないようにと言う意図での命令だったのだろう。しかしながら、今日のラクレットは違った。いつもなら出ないはずの攻勢にでたのだ。
ここ数日の彼はそもそもおかしかった。カトフェル少佐たちの訓練を受け、彼の一日の比重の多くがトレーニングで満たされていたので、あまり気づかれなかったが。あの撤退戦の後、一日休んだ彼は脇目も振らずにシミュレーターと筋トレで時間を費やしていた。食事、排泄、睡眠、入浴 それ以外の時間すべてだ。人間としてそんな不可能で有ろうことを数日間ずっと継続している。たちの悪い事に妙なところで優秀な彼はそれをこなすことができたし、さらに周囲に気取られないようにしながらこなすこともできた。
もちろんカマンベールと話す時間も作ったが、それにしたって睡眠の時間を削って捻出したそれであり、家族としての空白期間を埋めるそれではなかった。カマンベールの方も科学者としての彼としての行動に忙しかったために別段気にはしてなかったし、周りからも気にはされていなかった。
まるでそう、人間ではないような、機械的な行動を繰り返していた彼は、今回の戦闘で戦闘機に対して攻撃を仕掛けているのだ。
特訓により上昇した技能もあるが、それでもおかしいような技量で敵の戦闘機と渡り合っているラクレット。敵はそれこそクロノストリングは搭載していないため火力は低いが、設計段階から無人機の為、安全装置などもなく、リミッターの無い速度などは瞬間的に上回れることもある。射程は当然のごとく敵の方が上だ。しかしそんな敵を相手にラクレットは食らいついている。
まるで敵の軌道が見えているかのように、的確に先に回り込む。そう、彼は今敵の行動パターンを全て頭に入れている。敵のAIの行動を自身の経験と、優秀なCPUに計算させ続けている統計的なデータから先読みしている。そもそも近接戦闘で必要なのは先を読むという技術だ、それができなければ敵の攻撃を貰って沈むだけなのだから。そういった意味では彼の先天性ESPの予知能力はかなり有効なものであろう。残念なのはごく微弱であり感情が昂ぶったうえで『H.A.L.Oシステム』の補助があって初めて実用可能なレベルになることだが。
今の彼はESPだけではなく、それ以外の部分でも機械的に先読みをしているのだ。そう、どこまでも冷静に敵を追い詰めている。なぜ感情の高ぶりで性能が上がる『H.A.L.Oシステム』搭載機なのに、そこまで冷徹に機械的でいれるのかというのは、まだ誰も分からない。
敵の機体が、散々追いかけまわしてくる、『エタニティーソード』を引き離そうと、上昇させていた機体を反転させ急降下を始める。宇宙空間なので、別段重力によって加速するわけではないのだが、急な方向転換であり敵AIは回避可能と考えたから行ったのだ。
しかし
「………………撃破」
彼がそう呟いた、その瞬間敵機体は、エンジンユニットを含む機体の中心を右手の剣で薙がれていた。ラクレットは先の行動すら織り込み済みで機体を繰っていたのだ。敵の進行方向とは真逆の位置を切る操作を、急上昇の終わるであろうタイミングで入力済みだったのだ。
「……それじゃあ、次の敵Lを頼むよ」
「了解」
無表情ではない、だが感情の色を覗かせない真剣な表情で淡々と報告し指示を受けるラクレットに思うところはあるものの、優先すべき指揮をするタクト。
その後、10分ほどで戦闘が終わり帰艦したラクレットは休息を取ると、再びシミュレーターを始めたが、彼の事情が知っているがため、誰も止めることはできなかった。
そして、『エルシオール』はこの1度限りの戦闘の後、そのまま白き月まで到達する。
挨拶もそこそこに、白き月の聖母の間に集うエルシオール首脳陣。タクト、エンジェル隊、ラクレット、カマンベール、ノア、シヴァ、シャトヤーン、ルフトと錚々たる顔ぶれだ。トランスバールの屋台骨を支えているような重要人物ばかりである。
定例文のような会話の後、ノアが一歩前に出て、シャトヤーンと向かい合う形となる。まだ10歳程度の子供の外見のノアと、年齢不詳だがおおよそ20代の後半女性に見えるシャトヤーンとの図は母と娘と言ったそれであったが、本人は至って真剣だ。
「あんたが、白き月の管理者でいいのよね? 」
「はい……聖母と呼ばれておりますが、その認識で相違はないと思います」
ノアは、ここまでの道程で、白き月がいかに自分の使命を忘れているかと言う事実をしっかりと認識している。行き過ぎてしまった黒き月とは対照的に、300年ほど自らの使命を怠っていた白き月は、当然のごとく口で説明する程度では理解を得ることなどできないということも、しっかりと解っている。だからこそ、彼女はシャトヤーンに問いかける。
「……それじゃあ、あの詩は覚えてる? 」
「え? あの伝承ですか? ええ」
「そう、それじゃあ一緒に詠うわよ、ただし2節目と3節目は交互に」
「わかりました」
周囲からすればよくわからないやり取りだが、シャトヤーンは納得のいったようで、小さく咳払いをして、息を吸い込んだ。
「「番人たる双子、楽園を囲み輪舞を踊る」」
「漆黒は確か、されど有限」
「真白は不確か、されど無限」
「「双子は断つもの。時を超えて災厄を断つもの」」
「「双子は待つもの。時の果ての結びを待つもの」」
そう、二人が唱えあげると、同時に謁見の間とされているその部屋の光景が一変してあたかも宇宙空間にいるような、そう現代風にいうのならばプラネタリウムが上半分ではなく、全方向に投射されているような、そんな風景だ。
「これは……」
「おそらく投影された映像ですわ……見たこともないような星系ばかりですが」
いち早く分析を始めたのはミントだ。一応そういった学問的知識ではこの中では抜きんでている。この場にレスターがいれば別であるが、彼は今『エルシオール』で待機中だ。カマンベールもなんだかんだ言って自分の専門に特化しているし、ラクレットに至っては知ってはいるが、今はそんな精神状態ではない。
「これは、白き月と、黒き月が生まれたときの記憶……よかった……パスワードはまだ変わっていなかった」
満天の星空を見つめながら、安堵するノア。白き月の管理者ですら知らなかったことを、彼女が知っていたという事実が意味するところは決して小さいわけではない。
「白き月と黒き月の関係性については、カマンベールが説明した通りよ。黒き月は徹底して不確定要素を排除して安定した戦力を作る。白き月は人間の感情みたいな不確定要素を積極的に取り込んで、そのふり幅で高い戦力を作る。二つとも目的は同じ、最高の兵器を作ってそれをEDENの防衛システムにするつもりだった。だから、最終的にこの600年間のシミュレーションが終わった後、強い方が弱い方を吸収して融合するはずだった。でも……」
「アタシ達が壊しちゃったか……」
ノアの独白を複雑な面持ちで聞いているシヴァ女皇。彼女の心境は複雑であろう。自分の愛すべき皇国臣民の命や財産を奪っていった、憎い対象である黒き月が、白き月と同じ人々を守るための防衛システムであったのだ。民を守るために、民を脅かす外敵存在を排除したのが、民を危険にしているだと?
ふざけるな!!!
あれは、皇国にとって害悪でしかなかった、殺戮兵器だ!!
そんな激情がふつふつと沸き上がる。
「そうよ……一応コアはあるけど、コアだけが融合したところで勝てるわけじゃないわ……」
弱音を吐くノアの姿が、まるで自分に対して嫌味を言ってるかのように見えた彼女は、もう怒りの限界だった。今までは、そう、感情的にならない方が、対策を考えられるかもしれないからと、そう中にとどめてきたのだ。ここに来るまでの道程で、彼女が胸の中にしまっておけたのは、一時的にもノアのことが信用できたからだ。そんな思いが、彼女の中で弾けて、溢れた。
「ふざけるな!!……そこを何とかしなければ、そのせいで何の罪のない民が犠牲になるのだぞ!! 」
真っ直ぐと目を見つめて、ノアにそう言い放つシヴァ。そんなシヴァの瞳に映るノアは、泣きそうな表情で、それでも精一杯気丈に叫び返す。
「解ってるわよ!! 私のせいで!! 私の管理している黒き月が、ヴァル・ファスクに取られたせいで!! 守るはずの人たちを傷つけていることくらい!! 」
まるで取り返しのつかない失敗をしてしまった子供が、精一杯強がりを言うように、ノアはこの場にいる全員に叫んだ。黒き月が、敵の手中に落ちたことで、一番責任を感じているのは彼女だ。いくら想定していなかったとはいえ、黒き月が破壊されたのは、彼女としては白き月との力の差が圧倒的過ぎたという事で納得はできる。しかし、自分の育て上げた技術のせいで、自分が守る為に自分の人生をささげた存在である人間を、苦しめているのだ。コールドスリープで600年以上の時を超えている少女は、自分の全てを捨てて、この使命に取り組んでいる。それなのに、この仕打ちはあんまりだ。
彼女の事をフォローするのならば『黒き月自体には』一切人類を害しようという師はなかった。ただ白き月を打倒するという目的に走りすぎ、エオニアという存在を使い皇国に凱旋したのである。
そして、彼女優しく抱き留めるものがいた。
カマンベールだ。
彼は20cmほど小さい彼女の体を正面から抱きしめて、顔を胸に押し当てさせ、髪の毛を指で梳きながら頭を撫でて落ち着かせる。本能的に出た行動だ。
「ノア、俺達科学者はな、自分の作ったものに対して責任を持たなくちゃいけないが、全てを背負う必要はないんだ。お前が全部悪いわけじゃない、お前一人に擦り付けるやつがいたら、一緒に謝って俺も背負ってやる。俺だってエオニアの指揮システムを構築させられたりしたからな。だから、一人で無理をするな」
「────ッ! 」
そのまま、泣き声をあげないが、肩を震わせながら小さな両手でカマンベールの白衣の裾にしがみつくノア。彼女はずっと一人で気を張りすぎていた。彼女は責任の一端であるが、諸悪の根源ではないのだ。シヴァもさすがに、そんな彼女の様子を見れば、いまの糾弾は自分の感情に影響されすぎていたと、内省する。道中で、彼女に国を救う方法を模索させる代わりに、今は責任を追及しないとしたのだ。ノアは別にまだ、思考を停止したわけではないのだ。ならば、自分も約束を果たさなければ。
「タクト・マイヤーズ司令、この通り俺もノアも理由はあったが、皇国を大っぴらに歩けるような奴じゃない。だから……いや、だけどこれから全力でこの状況を打破する手段を探して見せる。だから、協力してくれ。俺が言えた義理じゃないが、全員の力を合わせれば何とかなるかもしれない、白き月の可能性と奴に俺とノアの確実なデータ、それを合わせれば、あるいは。それが一番確率の高い道なんだ」
真剣な瞳で、真っ直ぐタクトを見つめてそう伝えるカマンベール。少年のような彼の瞳から伝わるのは真の気持ちだった。そう、彼とて科学者の宿命だからと言って割り切ることなんてできないのだ。贖罪を求めている。
タクトは、軽く息を吐いていつものように何も考えてないような笑顔を浮かべて、右手で頭をかく彼の癖のような仕草を見せながら、口を開いた。
「いや~オレの言いたかったこと、全部言っちゃうんだもん、どーしようかと思ったよ」
先の見えないような状況、その中で尚、お気楽ないつもの自分を見失わない彼こそが、真の英雄たるものかもしれない。いや、真の英雄なのであろう。
「白き月と黒き月、融合はできないかもしれないけれど、手と手を取り合って協力することはできる。ロジックが違ったって分かり合うことはできる。男と女だって別のロジックで生きているけど……」
そこで、タクトは自分の横にいたミルフィーを抱き寄せる。ミルフィーは一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐに満面の笑みを浮かべて、タクトの顔を見つめる。
「こうやって、分かり合って、愛し合うことができる。そうだろミルフィー? 」
「はい!! 」
大輪のような笑顔でタクトに同意するミルフィー。彼女の笑顔があれば、タクトはなんだってできるような気がしてくる。その言葉に、少しばかり赤くなった瞳を、タクトたちの方に向けるノア。先ほどの迷いのあるそれではなく、呆れながらも明確な目的を見据えているそれだ。
「全く、そろいもそろって突拍子の無いことばかり言うわね!! それがいかに大変なことも知らないで。……いいわ、約束した手前、やってみようじゃないの」
「ノア……!」
「私も、先ほどは言い過ぎた、改めて皇国の指導者として、黒き月の管理者に頼みたい、力を貸してくれ」
「黒き月の管理者として、その言葉確かに受け取ったわ。全力をもって協力する」
シヴァは、右手を差し出し、ノアはその手を優しく、そっと握った。ここに、対ヴァル・ファスクの勢力が真の意味で結成されたのだ。