僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第15話 疑念

 

 

ラクレットは、とりあえず待機とされている今の時間を、訓練にあてることなく、白き月の人通りの皆無な通路に佇んでいた。今の彼に必要なものは、なによりも休息であろうと理性的に判断したという理由ももちろんあるが、何よりも今は白き月の人通りの少ない場所で外を眺めていたいと思ったからだ。既に彼は自分がいま限りなく正常に近い異常状態だということを自分を客観的に見て認識している。

 

自分の行動を主観的に見れば、体を痛めつけているだけに見える。逆に客観的には、周りからはいつも通り訓練をこなしているようにしか見えない。カトフェルたちに特訓をつけられていた時は、一日中しごかれていて、周囲もそれを別段特別なものと見ていなかったのだ。ここ最近のそれだってその延長のように捉えられていることであろう。

加えていうのならば、現在のエルシオールの空気は、微妙に陰鬱なものだ。圧倒的な敵に成す術なく敗北し、相手が未知の存在であったなどの暗いニュースが蔓延し、あのケーラですら表情を暗くしていたのだから。そんな状況、違和感を覚える人間なんてほとんどいないであろう。

逆に、敵が出てきたから特訓に励んでいるように見えるくらいだ。オーバーワークであることなんて1日中観測し続ける必要があるのだから。食事時間は少し長めに休憩代わりに取っているし、トレーニングルームとシミュレーターを適度に切り替えながら行っている。タクトは薄々おかしいことに気付いているようだが、それにしたって表面上完璧に取り繕っている自分を、そこまで追求することはできないだろう。

エンジェル隊だってここ最近、特にランファ、フォルテ、ちとせはそれぞれ特訓の側面を持つ趣味を中心として過ごしている。気づいているかもしれないが、人のことを言えないであろう。

そこまで青く輝く本星を見ながら考えていたラクレットは、自分を分析し始める。

 

 

(僕が、ここまで自分を客観視できるとは、思わなかった)

 

 

そう、最近の彼は少し頭が『冴えすぎている』自分の本心という部分がかなり小さくなっており、自分の記憶の中で観測されてきた『この状況で違和感がないような自分』を表面に出して、それを客観的に一歩引いて冷めてみている自分が、自分の中にいる。といま客観的にとらえたのだ。

 

 

そう、彼はこんな人間ではない。前までならば、カトフェル達があの場で殿をやったことで生き残ったなんて事があれば、泣き崩れて使い物にならないであろう自信はあった。少なくとも逆に自分が強くなるなんてことはありえないであろう。

それがふたを開けてみればどうだ、冷静に受け止めてさらに自分ができることをしているというのは、まずおかしい。また凹んでクロミエに慰められているほうが現実的だ。ものすごくネガティブな方向の自信だが、その方が彼らしいともいえる。

 

 

(そんなことができる、理由はわからないけど……)

 

 

ラクレットには一つだけ心当たりがあった。自分がこういった事ができる理由。最近急速に成長している戦闘機の腕や格闘戦の実力等。特に戦闘機の腕はきちんとした指導を受けたとたんに跳ね上がった。それらの異常な事態を彼はある1つの仮説を立ててやれば、解決できるのだ。

しかし、それは……

 

 

(僕のすることは変わらないけど……)

 

 

彼は、まだ一人でその場から動けずにいた。

 

 

 

 

そんな事もあって、翌日。たった32時間ほどで、打開策となりうる作戦の草案が出来上がったのだ。カマンベールがいれば、白き月と黒き月のデータを検索する速度が格段に上昇する。彼の特殊能力である、ロストテクノロジーを解析し理解し運用する能力は、管理者の権利を一時的に貸与してもらえば、飛躍的な効率で情報が収集をすることが可能なのだ。

 

 

「さて、アンタ達に集まってもらったのはもちろん、これからの作戦を話し合うためよ……といっても、あらかた既に決まっているというか、筋道は見えたけれどね」

 

「それはすごい! まだ1日ちょっとしか経ってないじゃないか!! 」

 

 

素直にほめるタクト。頭ではすごい人物だとわかっているのだがどうしても微妙に小さな女の子に接するような態度になってしまうのは致し方あるまい。

 

 

「と、当然よ!! 私とシャトヤーンが力を合わせて、カマンベールがそれをまとめ上げてくれたんだから! 」

 

「それで、一体どうするのさ? 」

 

 

タクトがノアにそう問いかける。ノアは一瞬で体を硬直させ、いったん咳払いをして仕切りなおす。

 

 

「それじゃあ、最初から説明するわよ、まずは一通り解説して、わからないことがあったら質問する形で。おさらいするけれど、今問題となっているのは大きなところで2点、けど問題としての方向性は1つよ」

 

 

ノアがそのタイミングで、ウィンドウを展開させ、なにやら図のようなものを表示させた。もちろんそれを理解できているのはこの場に数人しかいない。

 

 

「まず、敵はネガティブクロノフィールドを展開できるわ。通常の艦隊がこれのせいで動けなくなり、殆ど抵抗することができない。幸いあまり燃費が良くないのか、なんなのかは知らないけど普通の戦闘ではあまり使ってないみたい。でもここで最終防衛線を構築するのならば、絶対的使ってくる。だから対策が必要なんだけど……」

 

 

そこで、エンジェル隊の顔を見渡す。ミントとヴァニラは意図を理解したようで、軽くうなずいた。

 

 

「これは、紋章機のエンジェルフェザーを展開できるように、リミッターを外して対抗するわ。前回もできたし、今回それを私が少し改善して効果範囲を広げさせてもらう。これで周囲10万くらいはキャンセルできるはずよ。『エルシオール』と『エタニティーソード』はよっぽど離れない限りこれで平気な筈よ。これで問題の1つ目は解決できる。味方の艦隊には、クロノフィールドキャンセラーを搭載したいけど、こっちは時間的に微妙なところね……」

 

 

そこまで言うと、一端口を閉じるノア、次にいうことをわかりやすく説明するために噛み砕いているのだ。カマンベールは、そんなノアに後ろから近づいて、水の入ったコップを手渡す。それを受け取り唇を濡らし、のどを潤す。今までの人生であまり口を動かしていた経験が少なく、長時間話すことが苦手に近いのだ。

 

 

「それで、2つ目の問題。敵に攻撃どころか、クロノブレイクキャノンまで通用しなかったということだけど。これは敵がネガティブクロノフィールド(NCF)をシールドに転用しているからよ。先に言った燃費の悪さはこれかも知れないわね。敵はね、かなり膨大なエネルギーを使って、シールドより内側に攻撃が来ないようにしているの。通常の攻撃はほぼ届かないし、クロノストリングのエネルギーをあのシールドを境に別の空間に飛ばしてしまうの。」

 

 

例えるのであればクロノストリングのエネルギーは川の水とする。銃弾など物理攻撃は漂流物だ。戦闘とは敵を守る『シールド(ダム)』を破る程の水か漂流物を『シールド(ダム)』にぶつけて決壊させるものである。クロノブレイクキャノンは皇国最大の鉄砲水で世界中に存在するダムの容積を優に超える水を一度に流し込むものだと考えて欲しい。

ネフューリアが用いたNCFは『シールド(ダム)』だけではなく川とダムの経路に異世界に通じる滝があるのだ。水は全て滝に落ちて行ってしまい、ダムにすら届かないで滝壺に落ちていく。その水はダムに届くことはないのだ。

 

 

「それで、どうするのですか? 」

 

「NCFは、そもそもクロノストリングが作ったエネルギーを別空間に……まあ異世界に飛ばしてしまうわけ。その特性をシールドに持たせているのよ。でももちろんNCFだから弱点があるわけ、NCFはこういった波長でできているから、その反対の波長を当ててやれば……」

 

「なるほど、相殺されるわけですね」

 

「そうよ。わからないなら無理して理解せずに、『押す時にこっちも押して、引くときにこっちも引っ張れば、動かなくなる』 とでも理解しといて」

 

 

半ばあきらめたように、そう解説するノア。まあエンジェル隊は月の巫女ではあるが研究者ではなくどちらかといえば回収役や発掘役、護衛役といった仕事を主にしてきたのだから仕方ないといえば仕方がないが。

 

 

「それで、原理はわかったけどそれをどうやるのさ?」

 

 

当然のような疑問に、待っていましたと言わんばかりにノアが解説を始める。

 

 

「それは、この7号機を使うわ」

 

 

そこで、画面は切り替わり、7号機にクロノブレイクキャノンを搭載━━━とっても、大きさの差でクロノブレイクキャノンの上に張り付いているようにしか見えないのだが━━━したものが映し出される。

 

 

「白き月でシャープシューターとともに発見された紋章機です。特徴は武装がほとんどついていないことから、どうやらフレームの開発の見終わっていたようです」

 

「今回はそれを利用するのよ。紋章機の特性であるパイロットのテンションで無限のようなエネルギーを出すことができるのならば、敵のNCFシールドをキャンセルする分だけのNCFキャンセラーを展開したうえで、クロノブレイクキャノンを叩き込めるわけ」

 

 

そこで、今まで無言だったルフトが口を開く。

 

 

「本作戦は、7号機を決戦兵器と呼称し、決戦兵器を敵旗艦に近づけるために周りの紋章機がサポートするというものだ。詳細は追って通達する」

 

 

見事にまとめ上げて、解散のような雰囲気を作り出す。それがルフトの狙いだった。

 

 

「ラクレット、ミルフィーユ君は少々この場に残ってくれんかの?」

 

「了解でーす」

 

「了解しました」

 

 

 

素直にそう答え、ルフトの前まで歩いて行く二人。他のメンバーは先に戻ってるねーと一声かけて、『エルシオール』に戻って行き、この場に残っているのは、ルフト、シャトヤーン、カマンベール、ノア、シヴァに今の二人という訳だ。

ラクレットは普段通り、真面目な時の真剣な表情で、ミルフィーは何かな? と思っているのが丸わかりな好奇心旺盛な微笑で待機している。数十秒して、ようやくルフトは口を開いた。いかにも言いたくないですと言った雰囲気が伝わってくるのだが、一応存知しているラクレットに、そう言ったことを察することをしないミルフィーは態度を全く変えることはなかった。

 

 

「さて、君たち二人に残ってもらったのは、他でもない、例の作戦……いや、決戦兵器についてだ。あれには少々特殊な機構があるのじゃ」

 

「特殊な機構ですか? 」

 

「うむ、あれはな、二人乗りの紋章機なのじゃよ」

 

 

ミルフィーののんびりとした疑問にさらっと答えるルフトの表情はいまだに硬いままである。まあことがことだけに当然ではあるのだが、ラクレットはここで話をより早く進めるために質問を投げかけることにする。

 

 

「つまり、自分たち二人がパイロット……という訳ですか? 」

 

「いや、そういう訳じゃない」

 

 

それに答えたのはカマンベールだ。ラクレットを見上げて────二人の身長差は16cmほどある────そう告げた彼の目は、何時もより少しばかり冷たさを感じるもので、何か重大なことを明かそうとしているのが分かる。

 

 

「実はの、後部座席に座るべき人物は、操縦者のサポート役であるべきなのじゃよ」

 

「アンタ達二人は、操縦者候補ってことよ」

 

「うむ、つまりはどちらかに操縦者になってもらい、そのテンションを最も高くできるであろう人物をそれぞれ選んでもらう事となる」

 

 

ノアの捕捉を交えながらも、ルフトはそう説明し終えた。そう、ここに二人が残ったのは、二人乗りの紋章機に乗ってもらうためではあるのだが、乗るのはどちらかで、その人物のテンションを最もあげることのできるサポート役を選べという事だ。

 

 

「ラクレット、アンタを推薦したのはアタシよ。かなり安定して高いテンションを維持しているのよ」

 

「ミルフィーユさんを選んだのは私です。貴方は数回ほど、信じられないような出力を発生させております」

 

 

二人の選出理由はそれだ。正史であれば、ミルフィー一択となるのだが、白き月と黒き月のそれぞれの目線で今のメンバーを見るのならば、ノアは最も安定しているラクレットを、シャトヤーンは奇跡を起こすかもしれないミルフィーを選ぶのである。二人の差をわかりやすく言うのならば、ラクレットは全教科95点学年3位ほどの成績で、ミルフィーは平均90点だが、思いつきで書いた答えが従来の学説に一石を投じる内容で、点数が無効になったものが1つある。と言ったレベルの違いだ。ミルフィーはもはや規格外、同じ土俵に立たせるのが間違っているレベルなのである。

 

 

「それで、やってくれるかね? 」

 

「……自分にやらせてください」

 

 

ルフトが最後の確認のように、尋ねた問いに対して、ラクレットは迷いながらもそう答えた。そう、ラクレットが立候補したのだ。

 

 

「そうか……それなら一度決戦兵器に搭乗して、出力のチェックをする必要がある。俺について来い」

 

「了解」

 

 

そんな彼に対して、カマンベールは余計な事を言わないように気を付けながら誘導すべく奥の部屋に向かって歩き出した。ラクレットは黙って彼の背中を追いかける。彼の頭の中は、ぐるぐると1つの懸念についてずっと考え続けている。

ラクレットはミルフィーが誰をパートナーに選ぶかという選択に対して、気絶するほどストレスを感じてしまうことを知っている。彼女にそんな苦しい思いをさせるくらいならば、自分でやろうと思うのは当然の事であろう。しかし、同時にそれは全く持って確定されていない未来に行くという事だ。彼の知識では、ヒロインとタクトの二人で乗りこんだ決戦兵器を残りのメンバーでサポートしてシールドまで到達し、それを無効化し、クロノブレイクキャノンを撃ち込んだというものである。要は二人の愛しあう力で奇跡が起こったということだ。

そんなものを自分に起こせなどと言われて、はいできますと言えるわけがない。言えるはずもない。しかしそれでも彼にはどうしても確認したいことがあった。

 

そのまま、カマンベールの案内で、7号機のパイロットシートの前の座席に座るラクレット。

その様子は外から先ほどの部屋にいた全員に見られているが、今の彼はそんなことを気にする余裕などなかった。

 

 

「それじゃあ、起動してみてくれ」

 

「了解」

 

 

指示に従い、『H.A.L.Oシステム』を起動して、紋章機とのリンクを開始する。彼が紋章機に乗るのは初めてのことだ。そもそも、紋章機と言うのは エンブレム・フレームのことであり、紋章の模様が機体に描かれているクロノストリングエンジンを搭載した大型戦闘機である。ラクレットの『エタニティーソード』はクロノストリングエンジンこそ搭載しているものの、紋章もないし、中型戦闘機のサイズだ。故に彼の機体は紋章機ではないとシャトヤーンに断定されたのである。

 

 

「……起動確認。いいわ、そのまま出力を上げてみて、フルパワーでどこまでいけるか見たいの」

 

「聞こえたな、出力をあげろ」

 

「………………」

 

 

起動テストをしているそんな中、ラクレットからの応答が途絶える。いや、厳密には指示は聞こえているのでリアクションがないだけだ。現在の出力はラクレットの出せるであろうおおよその予測された数字の7割弱と言った所だ。

 

 

「おい、ラクレット! 」

 

「……上がりません」

 

「は? 」

 

「……これで……出力最大です」

 

 

しかし、ラクレットはその数字が出力を全開にしたものだった。別段手を抜いた様子はなく、臆病風に吹かれたわけでもない。この予測された数字と言うのは、今までの彼の平均から割り出されたもので、最近急成長した彼はその数字すら超えるであろうとノアなどは見ていたのだが、結果は真逆。7割にすら届かなかった。

 

 

「おそらく、彼は彼の機体だからこそあれだけの出力を出せていたのでしょう」

 

 

その光景を見ていたシャトヤーンはそう切り出す。その間にラクレットは機体から降りるためにタラップに踏み出していた。その表情はこの世の深淵を覗き込んだような、なんとも形容しがたいそれで、恐れや後悔などの感情がないまぜとなっている。

 

 

「彼の『エタニティーソード』には『H.A.L.Oシステム』自体の影響があまり干渉しておりません。生成したエネルギーを何らかの方法で最適化して運用しておりました。恐らくその最適化の具合が我々の予想よりもより大きかったのでしょう」

 

「なるほど、増幅機能があるとは聞いていたけど、それの効果が予想以上に大きかったのね……この数字じゃ普通の紋章機だと動かすのがやっとってところよ」

 

 

そう、ラクレットはそういった懸念があったのだ。自分がこうして7号機を動かそうとしたのは自分の『H.A.L.Oシステム』への適応の具合を確認するためでもあった。もちろん出力が高かったのならば、自分の命どころか、皇国の危険を承知で乗るつもりではあった。後ろに乗せるパートナーの候補はいないが、それでもミルフィーの代わりに乗るつもりではあった。しかし、彼が『H.A.L.Oシステム』に対して一般人よりは高いが、スペシャリストを名乗るほどの適性を持っていないことが判明したのだ。

どれ程かというと、皇国全てを探してラッキースター以外の紋章機を『動かせる』人数は数百人程度と考えられており、彼はその中に該当する。しかし実際に操り戦場で戦えるレベルは10人に満たないとされており、彼はその中に該当しないのだ。

 

その後ミルフィーが、乗ってみると『ラッキースター』程ではないものの、比べ物にならないほどの出力が確認され、決戦兵器のパイロットは彼女が務めることと成った。

 

 

ラクレットの中のある疑念は、より大きく膨れ上がっていく

 

 


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