僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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閑話 白き月

 

 

その日トランスバール星系に無数の無人艦隊が迫っていた。

後にエオニア戦役と呼ばれる戦いの始まりであった。

 

 

 

「謎の艦隊がトランスバール星系から少し離れた宙域にドライブアウトした」との報告があったとき、トランスバール本星周辺軍の対応は正直見られたものではなかった。

 

 

最初はまだ良かった、伝令に懐疑的な上層部が偵察機を送り確認したのである。しかしながら、なかなか鮮明な絵がとれずに意見がまとまらなかった。その間に進行ルート上の軍基地が敵の圧倒的な数によっていくつも壊滅状態にされていく。さらにその事実の報告を目の前にしてもまともに取り合うのは一部の者のみ。大半の幹部達は「我らが無敵のトランスバール軍の艦隊がそのような目にあうわけがない」といって、まともに考えなかったのである。

 

後にこの発言は「確かにこの時の皇国は ”無敵”だったのであろう」といわれるのだが。閑話休題、彼等が信じることが出来なかったのも無理も無いのかもしれない。なぜなら先にも述べたように、届いた映像は不鮮明で、通信の状況も悪かったのである。そのため恒星から発せられた電磁波か何かかもしれないなどとの意見が出たのだ。しかしながら結果として黄金よりも貴重であろう時間を溝に捨てるようにして費やしてしまった代償は大きかった。

 

 

 

 

 

第一方面軍の艦隊のうち2割が沈んでようやく状況が動くこととなる。

動いたというより、変化したであろう。正しく記すなら悪化であるが。今度は責任の擦り付け合いを始めたのだ。やれ、あの基地の司令は何をやっている!! など、どれそれの艦隊の艦長がこの沈んだ船の責任を取るべきだ!! 等である。

結局、本星ならびにその衛星に駐留する軍隊が防衛線を張り終えたのは、正体不明の艦隊の到着予定時刻まで3時間になってからだった。

 

半ば計画的に行われたある意味出来レースであったエオニアのクーデターへの対策……いや『対応』が問題なかった結果、慢心を招いたという説もあるが、あまりの悲惨さは後の歴史家や庶民の間でその後の『人類の黄金期』『最強最高の軍隊』を持つ治世とよく比較される。

結局の所、この時代において、宇宙海賊以外の敵、外敵が存在しなかった皇国軍は惰弱であり、戦争とは何かを理解していなかったのだ。

 

 

 

敵艦隊がトランスバール皇国本星に来るまでに8つの軍基地を壊滅させていた。しかも対峙した艦隊の4割が沈み、3割は大破、無傷と言ってもいい艦は1割程度しかなかったのである。この時点で、戦闘を行っていた第四方面軍が首都星近辺に撤退。その後急遽第一方面軍に組み込まれ、本星近衛軍とともに防衛線の構築を開始したのである。

その防衛線に動員された戦艦の数は、皇国の全戦力の55パーセントという膨大な数であった。しかしながらエオニアの無人艦は、駆逐艦などの小型艦を中心ではあったが、その倍近い数を有する圧倒的な軍勢であった。

 

 

 

 

 

 

本星に防衛線が張られた頃、白き月では、急ピッチでエルシオールの発進準備が行われていた。これはすべてシャトヤーンの指示によるものである。彼女はここまで強大な戦力を作り出せるものを1つしか知らない。

もう何度も代替わりをしたために記憶は劣化しているのだが、一つ覚えていることがある。そのものが来るのならば十中八九本星は堕ちる。その為彼女はやや無理やりだが脱出の準備を始めていた。

 

 

白き月防衛軍司令であるルフト・ヴァイツェン准将も『月の聖母専用護衛儀礼艦エルシオール』の発進準備のために、動いていた。庶子出身の彼は白き月の防衛という、中央からは微妙に距離は置かれつつ重要される役職を当てられていた。階級も同期の中では2位に倍する物があるが、最も低いと言える。

そんな彼は、あくまで司令であるので、研究員が主である白き月において出来ることはあまり多くなかった。しかしながら彼はエルシオールを動かすためのスタッフとして、近隣の防衛衛星の人員を自らの権限を使ってエルシオールに配備させようとしていた。

 

そんな中、彼は白き月の聖母シャトヤーンに呼び出されたのである。彼は、彼女が脱出するための段取りかと思いすぐに向かうのであった。

 

 

 

 

「すみませんね、ルフト司令。このような状況でお呼びいたして」

 

「いえ、私はここの司令官ですからな。指示さえ出してしまえばほとんどすることがないのですよ」

 

 

確かにそれは事実であったが、まじめなルフトがそれだけで自分の仕事を切り上げるわけもなく、逃走ルートの検討やら、補給する場合の算段やらと考えなければいけないこともあるのである。シャトヤーンもそれが解っているが、あえて口に出さずに本題を切り出す。

 

 

 

「エルシオールですが、最優先でしていただきたいことがあります」

 

「最優先でですか?」

 

 

シャトヤーンの表情が真剣なものになったために、その神秘的で神々しい雰囲気に少々押されるルフト。ルフトのそんな様子を気にせずシャトヤーンは続けた。火急の事態である故だ。

 

 

「はい、ある人物をのせて、白き月から脱出して欲しいのです」

 

「構いませんが、その人物とは?」

 

「シヴァ皇子です。彼をここから逃がしてあげてください」

 

「シヴァ皇子ですとな!?」

 

 

ルフトはシャトヤーンの言葉に驚きを隠せなかった。

シヴァ皇子は白き月が皇国の直轄地になってから生まれた、御年10歳の最も若い皇子である。しかし彼は噂だと「地位の低い母親の子供のために、どこかの養護施設に預けられている」といわれていが、実際は白き月で生活していたのだ。

 

 

「はい。エルシオールにある皇族専用の部屋の準備の指示は出しておきました。ですから、後は本人の説得です。そちらも私がいたしますので。ルフト司令には移動中の皇子の警護を頼みたいのです」

 

「了解しました。全身全霊を持って勤めさせていただきます」

 

 

自分の知らないところですでに準備が終わっていたことに少々面食らいつつも、彼はシャトヤーンの要請を承諾した。

 

 

「護衛のために、エンジェル隊の指揮権を差し上げますので。どうかよろしくお願いします」

 

「エンジェル隊をですか。それは心強い」

 

 

エンジェル隊とは、白き月で発見されたロストテクノロジーである紋章機を繰る5人の天使達である。紋章機は一機で戦艦を打倒しゆると言われていて、皇国では最強の存在である。しかしながらパイロットになるためには特別な適性がなければなれず、さらに性能がパイロットのテンションによって変動するという、軍においてはかなり扱い難い性質を持った機体であった。 

白き月の最高戦力ではあったが、白き月には強力な防御フィールドが展開できるので、戦闘機が何機あろうと関係ないのでエンジェル隊もエルシオールとともに逃げるようにシャトヤーンは言っているのだ。

ルフトは、防衛線での迎撃に成功するのならばこの動きはすべて無駄に終わるのだが……と思いつつもそこまで楽観出来る訳でもないので、気合を入れなおす。なにせ今の軍はいくつもの方面軍をまとめた連合軍。聞こえはいいが、内実は指揮権の取り合い、責任のなすりつけ合い、手柄の取り合いといった争いに事欠かない烏合の衆だ。嘆かわしいと自制しつつ、彼は気持ちを切り替える。

 

シャトヤーンはルフトのその返事に満足したのか少し微笑むと、彼女の横の机に置いてあった名刺サイズの機械を手に取りルフトに渡す。

 

 

「それと、これを受け取っていただきたいのです」

 

「これは………発信機ですかな?」

 

 

シャトヤーンから受け取ったそれは、大変小型ながら、皇国で現在使われている戦闘機の発信機と同じ規格の物であった。50年程前に辺境の星で開発され、流通し始めたものだ。受け取ったルフトはどうしてこのようなものを? と思いシャトヤーンの言葉を待った。

 

 

「これは発信機です。もう10年近くも前になりますが、ある時私の元に紋章機を動かしたと称する者が現れたのです。その言葉は事実であり、彼が動かした機体は、代々家に伝わるものだそうで、個人の所有物扱いでした。年齢もまだ若かったこともあり、軍にも入れず将来口を利く代わりに、窮地の際は駆けつけると約束だけは取り付けたのです。」

 

「そのような人物が……するとコレは?」

 

「それは、彼が『万が一白き月から逃げるような事態に成った時に、駆けつけるからその目印に』と私に渡してくださったものです」

 

 

ルフトはそのような事態を予想した人物に少々驚きながらも、一部シャトヤーンの言葉に気になったことがあったので質問をした。

 

 

「彼ということは………その人物とは男性ですかな?」

 

「ええ、当時5歳になったばかりの少年でした」

 

「5歳ですか!? それは………」

 

 

ルフトはその異常なまでに若い年齢に驚くが、最年少のエンジェル隊員であるヴァニラ・Hは10歳から乗っていること考えれば年齢は関係ないのかもしれないと思った。しかしながら5歳はさすがに若すぎ、いや幼すぎだとも思ったが。

 

 

「もう10年近くも前の事になりますが、その家のしきたりだそうです。もし彼が来た場合に彼が自分の意思で力になってくれた場合は、受け入れてあげてください」

 

「了解しました。では、私は撤退準備に戻ります」

 

「はい、このような忙しい事態に呼びつけて申し訳ありませんでした」

 

「いえ、お気になさらずに」

 

 

ルフトはそう言って、謁見の間から退室し、自分の執務室に心なし早歩きで戻ったのである。

 

 

 

「あの兄弟は、一体皇国にどういった風をもたらすのでしょうか……」

 

 

閉まった扉を見つめつつ、彼女はそう呟くのであった。

 

 

この5時間後、多くの国民と貴族たちの予想を裏切り防衛線は突破され、エルシオールはクロノドライブにて逃走を開始することになった。

 

ここから物語は始まる


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