「フハハハハ!! この程度の攻撃でこの僕を!! 落せるはずがないであろう!! 愚かな機械風情が笑わせる!!」
「あー、なに、ラクレットはまた? 」
「そ……そうみたいですわね……」
場所は宇宙空間、トランスバール皇国首都星の目と鼻の先。振り返れば青く輝くその星の美しき光が見える様な、絶対防衛ライン。その場で繰り広げられている戦いの主役達、それは巨大な戦艦ではなく、華麗に戦場を駆け回る6機の戦闘機だったのだが、内1機のパイロットの言動が先ほどから酷く……特徴的なのだ。
しかし、その役者のような科白回しをしながらも今の彼は今までの彼を凌駕するような素晴らしい戦果をたたき出している。
「我が右剣の出力を倍に!! 行くぞ!! エタニティーソードォォ!!」
「エ……エタニティーソード、敵艦撃破……これで4隻目です」
「いやー、これでオレも楽できるなー」
「全くだ、護衛には適任だな」
現在、『エルシオール』は、敵の本旗艦『オ・ガウブ』に接近を仕掛けている。もちろん、敵に近づくという行為そのものが、敵に囲まれるリスクを冒す必要が生まれるわけだが、それが作戦であるのだから、何をしてでも実行する必要がある。しかも敵は後続がどんどんドライブアウトしてくる────常に増援が不意打ちのごとくでてくるわけだが、タクトが指示したのは
『エルシオールの進路の敵をエンジェル隊は迎撃、ラクレットは『エルシオール』を攻撃する敵を排除して防衛、味方の戦艦は周りの敵を迎撃して足止めを頼みます』
と言ったもので、まあ妥当なところであった。あまりにも多すぎる味方の艦隊は持て余すのでカトフェルや、ルフトに指揮権を渡し。要請と言う形で動かしているのだ。そして、そんな中、エンジェル隊はミルフィーを抜きにしつつも、ヴァニラの的確な修復をうまく利用し、戦線を維持しつつ前進していた。
味方艦隊も、最精鋭のクルーたちが乗る最新の艦があり、戦艦同士の連携を重視していれば問題ない。数ではやや劣るものの、防衛戦であるので、いくらでもなる。
そして、ラクレットだ。いま絶叫しながら、敵の戦艦の正面に躍り出て、すべての攻撃を最小限の制御技術で紙一重に回避しながら接近し、そのまま敵を中心に時計回りで旋回を開始し、右の剣で外装を切り裂いたのである。飛び交う銃弾もなんのその、今の彼に恐怖と言う感情はない。一歩間違えれば狂戦士ともとれるその行動、しかし今の彼は動物的な本能、機械的な理性を持ち合わせる一種の究極の戦闘マシーンの形である。
だからこそのこの戦果だった。状況としては、前回のエオニア戦と近いこの戦場でラクレットはエルシオールを『攻撃こそ最大の防御』と言わんばかりの方法で防衛しているのだ。
手始めに目の前の戦艦に正面から飛び込んでゆき、そのままシールドを削られながらも撃破、その残骸を隠れ蓑にし、こちらを落としに接近してきた2隻目を落としエルシオールに戻り早めに修理と補給を受けた。その後3隻目と先ほどの4隻目を落としたわけだ。
先ほどエオニア戦と状況が酷似しているといったが、大きな違いが一つだけある、それは最初からラクレットのエタニティーソードの攻撃優先度が高めであったということだ。誘蛾灯の様に敵をひきつけてやまないのだ。エルシオールとほぼ同等の吸引力という明らかに敵視されている。
それがどのような理由からなのかは今のラクレットにはどうでもいい些事である。むしろ自分を餌に引き寄せられる虫のごとく敵が寄り付くならそれも好都合としている。
「命が惜しくないのなら挑みに来い。機械風情がどこまでできるが……この僕が自ら相手をしてやるぞ!!」
「あ、ミントそこ右に迂回して、ドライブアウトポイント候補だから最悪囲まれちゃうよ。ランファはそのままで、フォルテはいったん補給に、ちとせはそのポイントを死守、ヴァニラはちとせの援護に回ってくれ」
「ククッ……やはりその程度か。興醒めだスクラップ共が!! どうやらジャンク屋の店先に並びたいようだな!!」
「アルモ、周囲の船にポイントAn103から104の間には近づかないように通信を打ってくれ、ココはタクトの今言ったポイントをスキャン、15秒だ急いでくれ!! 」
「縦横無尽たる我が剣劇……これが………躱せるか! ! 」
さまざまな支持が飛び交う戦場で尚、ラクレットは全力で任に当たっていた。 もう誰も突っ込んでくれないので 意地になっていた面もあるのだが。
「フフッ……戦術的には向こうが優位で動いている、少しはやるようね……」
冷静に状況を分析しながらも、まだ冷ややかな笑顔を崩さないネフューリア、彼女には絶対の自信があった。なぜならばどのような攻撃も異次元にエネルギーを飛ばすことで無効化してしまうシールドを展開する、工場も兼ねた巨大な母艦に乗っているのだ。そして、簡略化しているとはいえ、手足の艦を能力で統率を取りつつ操っている。
大小数百隻の艦を操るのは、ヴァル・ファスクといえども相当の修練が必要なのだが、彼女はそれを苦も無くやってのけている。敵地に単独で潜入するなどというミッションが任されるのだから、優秀であることは当然なのだが、これは破格であろう。
「早く諦めないかしら? トランスバール本星を抑えたら戦力をまとめて、本星に襲撃……あんな老人どもは駆逐してしまいしょう」
しかし、その優秀さは、別段忠誠心からくるものではなかった、ヴァル・ファスクというのは徹底したエゴイストである。このような戦力を手中に収めれば、彼女のような思考に至るのは至極当然、これは慢心ではなく客観的、合理的判断に基づくものなのである。
そんな彼女の思惑を見破るかのように、荘厳な声の持ち主が通信を突如つなげてくる。そのことに気付いた彼女は即座にその場に膝をつき首を垂れる。
━━━首尾はどうだ、ネフューリアよ
「っは!! 現在作戦は最終段階に」
━━━急げ、王は成果のみを是とするお方、駒は無数とある
「承知しております、この菲才なる身にかけて」
━━━期待しているぞ
言いたいことだけを言って、そのまま切れる通信、彼女はしばらく下を向いていたものの、すぐに内心を毒づくかのように漏らす
「こちらの考えは、お見通し? おもしろいじゃない」
彼女は右手を翳し、操作を加えると、戦闘中にもかかわらず晴れやかに余裕たっぷりの顔で向き直るのであった。
「よーし、エルシオール、ポイント確保!! 」
エルシオールはなんとか敵の包囲網を食い破りながら、予定されていたポイントに到達していた。これにはカトフェルの采配が大きい、彼はタクトに指示されていた、敵後続がドライブアウトしてくるであろう場所に、拠点防衛用の宇宙機雷を配置しておいたのだ。もともとは普通に撒いて仕掛けておくか、撤退戦の時にばらまきながら撤退するものであるのだが、タクトを信用しての一手である。それが功をそうしたのか、敵の増援は数秒で壊滅状態、こちらの伏兵を使い左右から挟み込むように敵を包囲し、多くの敵を引き寄せることに成功したのである。その間に、薄くなった敵陣を中央突破したのである。
「皆さんは、その場でもう少し持ちこたえてください!! エンジェル隊は、防衛を優先、その後決戦兵器の援護をレスターの指示で!! 」
それだけ言うとタクトは、ブリッジに背を向けて走り出す、彼はこれから格納庫に行って、決戦兵器に登場する役目があるのだ。指示の対象になかったラクレットは、少し前に補給を受け、単身決戦兵器の進路上に出てきそうな戦艦を止めるべく、先行している。逆にエンジェル隊は『エルシオール』と適度の距離を取っているが、比較的周囲にいる。幽閉を作らない様に射程を考えて再拝すれば自然にこのようになるであろう。
「おい、タクト!! 祝勝会の幹事位なら引き受けてやるから、きっちり決めてきやがれ」
「わかった!! 」
レスターの激励に、そう言いつつ、右手を挙げて答えたタクトは、格納庫へと急ぐ、この決戦の切り札たる決戦兵器『クロノブレイクキャノンとNCFCを搭載した7号機』は既に準備万端、あとは彼の搭乗を待つだけになっているはずなのだ。ブリッジを出て、司令室の隣を通り、エレベーターに駆け込む。エレベーターで待機していた、下士官の青年から先ほど調整の終わったパイロットスーツを受け取り、マントを外して素早く着用する。ちょうど着替え終わったタイミングで、格納庫のフロアに到達し、ドアが開く。マントを下士官に預けると、そのまま彼は走り出す。さながら、スーパーヒーローの変身シーンのような光景だが、今の彼らはそのようなことを気にしている余裕など持ち合わせていなかった。
「司令!! 急いでください!! 」
「彼女待たせちゃだめですよ!! 」
「頑張ってください!! 」
「信じていますよ!! 」
格納庫に彼が飛び込むと、整備クルーが一斉に声をかけてくる。彼女たちは先ほど補給に戻った『エタニティーソード』を送り出したばかりなのだが、司令の出撃に精一杯の声援を送っているのだ。しかし、タクトは普段の運動不足と緊張からか、笑顔で応対しながら走る余裕はなく、7号機のタラップについてから、右腕を上にあげるのが精いっぱいだった。
「ミルフィー、待たせてごめん」
「いえ、タクトさんが来てくれるって、間に合わせてくれるって信じていましたから」
「おアツイところ悪いけれど、最終確認よ」
二人の世界に入ろうとしたとき、クレータが、出撃シークエンスのための格納庫一斉解放の準備をしながら通信を入れてきた。
「司令は、その場で座って、ミルフィーさんを安心させることがお仕事です。ミルフィーさんはいつも通り動かせばいいわ。やることは頭に入っているでしょ? 」
「はい、大丈夫です、任せてください」
「必ず成功させて戻ってくるよ」
満面の笑みで答えるミルフィーと、若干息が切れているものの、真剣な表情で返すタクト。その二人を見て、クレータはこれ以上言うことはないと、敬礼して実行ボタンを押す
「アーム全開放!! 7号機、発進!! 」
「いっきますよ~~~!! 」
その言葉と共に、『エルシオール』の下部が解放され、真下に巨大な砲塔が射出される。その上にへばりつく様に接続されているのが、7号機だ。そして、ミルフィーがそういった瞬間に、急速にクロノストリングエンジンからエネルギーが供給され、この圧倒的な質量を持つ決戦兵器が、通常紋章機顔負けの初速で飛び立つ!!
「エンジェル・スラップ 最終フェイズ、状況開始!! 」
「……頼んだぞ、タクト」
ブリッジで、レスターがそう呟いた。彼らの想いは一つ
「……きつい、ビンタを」
「ぶちかましてきなぁ!! 二人とも!! 」
「そして、無事帰ってきてくださいまし」
「ミルフィー、タクト、アンタ達なら大丈夫よ。アタシが保証してあげる!!」
「必ず、お守りします。タクトさん、ミルフィー先輩」
「道は僕らが、切り開く!! 」
同時刻、白き月にて決戦兵器の発進を確認している面々、ルフトもすでに指揮権を預けてこの状況を見守っている。戦術的なことはともかく、戦略的にするべきことはもうないのだ。
「決戦兵器、発射しました」
「いよいよね」
「ああ、そうだな」
「頼んだぞ……」
「お二人ともどうかご無事で」
「吉報だけを待つぞ……」
トランスバール中の期待を背負って、決戦兵器は『オ・ガウブ』に向けて全速前進を開始する。
「何をするかはわからないけど、そう簡単に近寄らせると思って? 」
それを迎えるネフューリアも、勿論ただで寄らせるわけではない。当然のごとく妨害を開始する。敵の目的はわからないが、そうすべきと戦場に身を置くものとしての経験が判断したのだ。
「7号機進路上に、敵艦隊が割り込んできます!! 回避してください!!」
「そんな暇あるわけないでしょ!! フォルテさん合わせて!! 」
ココの悲鳴のような通信が入る。その瞬間、ランファは刹那に通信越しのレスターとフォルテに目線を送り、そう叫んだ。
「あいよ!! 任せな!! 」
「ランファは右の3隻、フォルテは左の4隻を狙え、足を止めるだけでいい!! 」
二人とも、瞬時に彼女の意図を理解し、フォルテは、エネルギーを特殊兵装に回し、レスターは2秒で敵の位置、目標間の距離、狙うべき艦の部位を設定し送信する。
「アンカーァ!! クロー!! 」
「ストライクッ! バァーストォ!! 」
その宣言と共に、無数のミサイル、ビーム砲、電磁砲、粒子砲、レールガン、レーザー、ワイヤーアンカーが敵の艦隊に群れを成して襲いかかる。怒涛の如き攻撃の密度に速度重視の巡洋艦隊が耐えうるはずなく、動きがひるむ。決戦兵器を操るミルフィーはほぼ直線しかできない期待を必死で操り隙間をすり抜けた。
「敵艦隊、大破!! 進路クリア……いえ! 今度は進路を包囲するように、敵艦が囲んでいます、数は11、距離は3000!! 」
敵の妨害は当然一手で終わるわけがない、即席でも幾重に重ねることで、防衛の策とは成り立つのだから。次の障害は心理上の障害物ではなく、進路を狙う攻撃の雨だ。しかし、その術を全て薙ぎ払えば、当然のごとく敵は無防備となる。
「この数なら……ちとせさん、7号機、天頂方向の2隻と2時方向の1隻を頼みますわ」
「了解です!! 」
ミントは、すでに次は自分の番であろうと、予測し、特殊兵装を発動させるために、格納されているフライヤー21基すべてを展開し、前に出させていた。ちとせも精神を集中させ、特殊兵装用のスコープカメラを起動し、7号機周辺を捉えている。
「お行きなさい、フライヤー達……フライヤーダンス!! 」
「正射必中……フェイタルアロー!! 」
21ものフライヤーにより包囲され、全方向から同時に砲撃を受ける8隻、そして、正確な射撃により、機関部を狙い撃ちされる残りの3隻。弾薬を振らせる前に、自らが被ることになった。当然それらが目標であった7号機の妨害など、出来るはずなかった。
既に進路上に妨害できる存在は視えない。後は最後の仕上げだけ────
「やるわね、『エルシオール』……でも、これが躱せるかしら? 」
なわけはなかった。ネフューリアは、このタイミングで切り札を切ったのだ。万が一の時の保険の為にステルスで伏せていた数少ない『ネガティブクロノフィールドキャンセラー』搭載の母艦を。これは、フィールド内部に配置していたものであり、発見が遅れたのだ。
「そんな!! 7号機正面に敵母艦!! 全機能を停止して、ステルスを張っていた模様!! 」
「ここで伏兵だと!! 気が狂っているぞ!! 」
「このままだと、7号機は8秒後に接触します!! 」
最後の最後でひっくり返すような状況、番狂わせ。紋章機の特殊兵装による援護は、攻撃力の無いリペアウェーブしか残っていない状況で出てきた敵。想定外だ、最も早く、かつ遠くまで届くちとせの『シャープシューター』のフェイタルアローは今使ってしまった。
紋章機にはすでに迎撃手段は残っていない。7号機も攻撃手段は『クロノブレイクキャノン』のみなので、自衛することもままならない。
ネフューリアは紋章機による攻撃を躱しきった。後は母艦の砲撃と今まさに発信しようとしている艦載機でなぶり殺しにするだけ。彼女は勝利を確信した
「それはどうかな?」
タクトは誰に言う訳でもなくそう口にした。ミルフィーも感じていた。背後にある心強く頼もしい2つの存在を。1つはタクト、もう一人は────
「剣にすべてのエネルギーを!! 」
攻撃手段が尽きたのは、紋章機のみである
「ラクレット君! やっちゃって!」
そう、エタニティーソードは、まだ特殊兵装を残している!!
「スラスター、ブースター、通信機器も全て、照準以外は全部だ!! 」
漆黒に煌めく翼を広げ、慣性飛行のみで機体は進む。
────既に得ている爆発的な加速からなる速度は、宇宙空間には邪魔するものはないのだからこれ以上要らない。
────ただまっすぐ進むだけだから、微調整をする必要はない。
────信じられる自分があるから、場所を指示する声もない。
────敵を睨む目と切り抜ける腕があれば、他には何もなくて良い
「もっとだぁ!! もっと!! 」
すでに一つに合わせた剣には、強固なシールドを切り裂いて余りあるエネルギーが集っている。触れればひとたまりもないが、所詮は刃。
「渾身の、皆の力を!! 」
敵の母艦までは遠く届かない。
「剣に集める!! 」
そう、通常ならばだ。この後の戦闘行動を捨てるつもりで、すべてのエネルギーを集めれば、刀身の長さは飛躍的に伸ばすことができる。
そうそれは1撃で戦闘続行が不可能になる捨て身技!!
しかし、今の彼に必要なのは、銀河で最も長い刃!!
自分よりも前にいる7号機、そのさらに先にいる母艦。それを切り裂く人間には無限に等しい長さを超える、無限の刃!!
「一刀両断!! コネクティッドゥ!! ウィル!!!」
一瞬だけ煌めいた刃は相手を逃すことはない。大上段から振りかざしたエネルギー剣はその刹那に等しい時間で、障害を切り裂いた!!
「これで……あとは……」
それをラクレットは、光の消えたわずかなコンソールの光源のみのコックピットで確認した。すでに生命維持と正面カメラ以外のほとんどすべての機能は停止している。通信すらつながらないのだ
全力を超えた、彼の機体は、シールドすらまともに張れない無防備な状態。当然敵の攻撃に晒されるわけだが、温存しておいたリペアウェーブにより修復され。急行してきたカンフーファイターにより回収された。
その間に、7号機は作戦予定位置に到達したのを彼は確認し、薄れ行く意識の中で安堵した。
そして、自らの手の甲を見て理解した
「……やっぱり……そういうことだったんだ……」
そう呟き闇に落ちていく意識に身を任せた。
其の後の戦況は記す必要もないであろう。
トランスバール皇国は、ヴァル・ファスク尖兵 ネフューリアに打ち勝ったのである
天使と英雄の力によって。