僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第5話 美しいって罪ね

 

 

 

 

 

 

『エルシオール』が調査団が撮影した不鮮明な映像の発信地に向かったのは、最強で身軽だからという理由に他ならない。第二次調査船団は何者からの襲撃にあい、かなりの被害を受けながらも皇国圏内に逃げ延びてきた。いくつかの駆逐艦を犠牲にして撤退してきた、彼らの証言は無人艦隊に襲われたという事で、それを皇国は敵の侵攻ないし、そのための調査とみて、『エルシオール』を派遣することを決めたのである。

 

 

さて、ここで浮かんでくる疑問としては、なぜ『エルシオール』単艦なのかという事だが、考えても見てほしい、搭載している大型戦闘機が6機のこの艦は、戦力としては皇国軍の規格では判断できないものである。なにせ、その戦闘機1機で数十隻の敵艦隊を沈めることが可能なのだ。もちろん補給などの関係もあり、まるっきり単体の運用はできず。加えて、紋章機は独自の規格であるため『エルシオール』以外の艦には搭載することが困難である。要するに、『エルシオール』単艦で、皇国の師団規模の戦力になっているのだ。

 

本格的な開戦後の為に軍の編成をしている軍上層部には、使い勝手も良く、なおかつ女皇陛下や宰相など政府関係者からも信頼できるといった理想的な艦であったのだ。

 

 

 

 

 

さて、そんな『エルシオール』が旅立ってから1週間ほど、なぜかラクレット・ヴァルターは白き月にいた。

 

 

 

 

 

 

 

「ラクレット・ヴァルター少尉、ただいま帰還しました」

 

 

白き月の謁見の間において、通信先にいる少女と老人に向かい敬礼するラクレット。彼らはいま本星地上の旧仮設宮殿、現宮殿で政を行っているのでこうなった。

 

 

「うむ、ご苦労だった」

 

 

彼は運の悪いことに、敵の報告のあった時、第2方面軍の軍事演習に参加していた。皇国の新たな思想である『偵察用ステルス戦闘機部隊』を率いて戦ってくるエースや歴戦の隊長機と、アステロイド帯で戦闘を繰り広げてきたのだ。150機からなる戦闘機の搭乗員は、おおざっぱにいうと皇国で腕の立つ順に上から150人連れてきたようなものだ。元々戦闘機パイロットという物専門でやっている人物が少ないのもあるが、それでも選りすぐりの人員を引き抜いて新設する予定なのだ。

演習の結果はラクレットの敗北であったが、キルレシオは112対1であった。そんなこともあり、もはや戦闘機乗りの中で彼の実力を認めないものはいなかった。ステルス戦闘機150機と戦ったのだが、なぜそこまで戦力差があるのかと疑問に思うかもしれない。しかし、それはスペックが違いすぎるので仕方がない。速度は約4.2倍程も差があり、そもそも単体で超光速航法を行える機体なのだ。射程は彼が種族を自覚したことによりエネルギー効率が上がり伸びた結果300mという頭のおかしい長さの刃になったがこの時代の通常戦闘開始距離が2~3000kmという事を考えれば、いかに短いことがわかるであろう。戦闘経験がない時から秒速240km以上で飛び交う戦闘機に当てるラクレットの異常性は、冷静に考えなくても相当なものだったのだ。

 

 

「『エルシオール』はつい先ほど定時連絡を入れてきた。それによると、こちらの時間で明日未明には問題の地点────襲撃を受けたポイントに到達するそうだ」

 

「そうですか……随分ゆっくりなのは、やはり警戒してですかね? 」

 

「いや今彼らが航行しているのは皇国の版図の外。星間データが曖昧でクロノドライブを長く使えないからだ」

 

 

いくら調査団が何度か行き来しているといっても、クロノドライブは相当の危険を伴う移動方法なのだ。時速0.1光年は伊達ではない。何かにぶつかってしまえば、核融合反応を起こし消滅してしまうのだ。皇国内でも綿密に定められた航路以外での使用は厳禁である。

 

 

「となれば……僕の合流は補給部隊の第1陣と共にと言った所ですかね? 」

 

「うむ、その予定だ。補給に関してはブラマンシュ商会とチーズ商会に頼んである。民間の企業の競争入札によって決まった。君の兄が先導を取るそうだ」

 

 

皇国軍においては、軍の補給は基本的に民間の企業を用いる。広大な宇宙においていくつもの支店や移動拠点を持つ巨大な商会を利用する流れになったのは皇国の歴史において当然の事であろう。

 

 

「そうですか……」

 

「うむ、今は体を休めておいてほしい。なに、タクト達なら問題は無かろう」

 

「了解しました」

 

 

ラクレットは、その言葉に従うかのように、用意された部屋に戻ることにした。もちろん機密の為に部屋を貸してくださった、シャトヤーンへの感謝の言葉を忘れずに。彼女もまた数少ないラクレットたちの血の正体を知る者なのである。

 

 

「とまあ、そうなったわけで、補給に合わせていくことになった」

 

「まあ、そうはならないだろう。時間的にそろそろ、あの姉弟がタクト達と遭遇するころだ」

 

 

自室で兄と連絡を取るラクレット。彼が今回の演習に行くことになったのは、あまり作為的なものでもなく全く持って偶然だったのだが、ラクレットもカマンベールも特別に焦ることはしなかった。今回最初の戦闘の後『EDEN文明の生き残り』と名乗るルシャーティとヴァインがエルシオールに保護され、その事態の大きさに、白き月が合流するという事態になるのだ。

仮にその通りならなくとも、ラクレットが合流するように、ルフトたちが指示する確率はかなり高いであろうし、最悪の場合はラクレットにTVで演説でもさせれば世論をそっちに持っていくこともできる。

 

そして、むしろ彼が今いかないことは少々都合がいい。ヴァインは『エルシオール』に盗聴器を仕掛けるであろうが、仮にラクレットがいた場合それを警戒して、仕掛けなかったり、数を抑えたりなど、此方にとって利益となる行動をとる可能性がある。

それは、向こうの情報の欠如などを誘発し、そこから警戒を招き、最終的に問答無用でクロノクェイクボムなど撃たれてはたまったものではなく、エメンタールもラクレットもエルシオールに居なかった時期を作れたのは逆にシナリオ通りに進みやすくするうえで、悪くない事であった。

 

 

「にしても、ラクレット。今回お前にやってもらおうと思っていることは、難易度が高いと思うが頼むからな」

 

「ああ、わかっている。ヴァインじゃなくて、ルシャーティの妨害でしょ……目的ははっきりわかっているから。ただ……この手段を遂行できるかは自信ないけれど」

 

「何とかなるだろうとは思うがな」

 

「カマンベール兄さんには、言わなくていいんだろ? 」

 

「ああ、ばれたときに、どうして黙っていたんだ!! とか言われても適当に流せばいい。あいつは白き月にいるだろうから、それなりに役立ってくれるだろうさ」

 

 

まるで黒幕のように計画を話し合う二人は、そもそも敵の勢力の構造が微妙に違っていることを全く知らなかった。

 

 

 

 

そして数日後、二人の予想通り白き月に皇国をひっくり返すような情報が入ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって『エルシオール』先日救難信号を発していた小型船に乗っていた二人の姉弟ルシャーティとヴァイン。一通りの身体検査を行い、特に何かしらの病気も持っていないどこにでもいる人間だという事が分かった。皇国人と違う所と言えば、生後すぐに摂取が義務図蹴られている免疫ワクチンの種類といった程度である。念のため人格検査も行ったうえで、ミントに思考を読んでもらうなども行われたが、二人ともややストレスに対して過敏になっている傾向はあるものの正常であり。別段おかしな思考はしていないとのことだ。

彼等の発言によると姉弟であるそうだが、血や遺伝子上のつながりはなく、弟のようなものですと答えた。何か込み入った事情があると見たタクトは、とりあえず保留とした。彼らの話に一定の利があると感じたからである。

彼等の話したヴァル・ファスクの内容はタクトが秘密裏に所持している者と合致しており、ミント曰く本当にEDENから逃げてきた人たちだという証言を得たからでもある。そして今、軟禁状態がとかれ、展望公園を貸し切ってエンジェル隊とタクトとヴァイン&ルシャーティの9人でピクニックが開かれていた。

 

 

「それじゃあ、一応もう一回自己紹介から始めようか。オレはタクト。この『エルシオール』の司令さ。エンジェル隊の指揮官でもある」

 

「ラッキースターのパイロットのミルフィーユ・桜葉です。ミルフィーと呼んでください」

 

「蘭花・フランボワーズよ。カンフーファイターのパイロットをやってるわ。よろしくね」

 

「ミント・ブラマンシュ、トリックマスターのパイロットですわ。よろしくお願いしますわ」

 

「エンジェル隊隊長のフォルテ・シュトーレンさ。ハッピートリガーのパイロットをやってる」

 

「ハーベスターパイロットのヴァニラ・Hです。お願いします」

 

「シャープシューターのパイロットを務めさせていただいております、烏丸ちとせと申します」

 

「ヴァイン……です隣のルシャーティは僕の姉……のような人です」

 

「ルシャーティです。皆さん今回は本当にありがとうございます」

 

 

何せ正式に顔を合わせるのは始めたなのだから。お互い顔を見たことはあるといった関係ではあったが。

 

 

「彼女たちが噂のエンジェル隊ですか……EDENにもその活躍は届いています。ですが、彼女たちと共に戦っていた、ラクレット・ヴァルターさんは?」

 

 

見たことのない食べ物なのか、キョロキョロと並べられているお弁当を見回すルシャーティと、その姉の代わりにタクトに質問を投げかけるヴァイン。なんとなく、それだけで二人の関係が分かるような気がすると、周囲の少女たちは思ったし、少なくとも現状はその通りであった。

 

 

「ああ、彼ならここにはいないよ、オレ達は急いできたからね、後で合流する手はずになっている」

 

「そうですか……彼にも挨拶をしてみたかったのですが……」

 

 

まるで、若干残念そうに語るヴァイン。彼からすればむしろ好都合なのだが、エンジェル隊についていろいろ知っているという事のアピールと同時に事実確認を行ったのである。一応いないという証言は得られたが、こちらの監視についている可能性も考慮に入れて行動する。なにせラクレット・ヴァルターはヴァル・ファスクの系譜に連なるものだ。ヴァル・ファスクを制することができるのはより優れたヴァル・ファスクだけだ。彼が自分よりも上回っているとは思えないが、それでも最も警戒すべき人物であった。

 

 

「まあ、そのうちきっと会えるよ」

 

「そうよ、それに会ったらがっかりするかも知れないわよ」

 

「確かに、経歴とつり合う大物とは言えないからね……もうちょっと落ち着きを持ってほしいところさね」

 

 

わいわいとさっそく盛り上がるグループもあれば

 

 

「えっと、これが宇宙タコさんウィンナーでーす」

 

「宇宙タコさんですか……? 」

 

「ミルフィーさんの料理はとてもおいしいです」

 

 

弁当に手を伸ばし始めているのもいる。滑り出しは順調そうだと、タクトは内心でそう思った。

 

 

 

 

「こんな場で聞くのもあれだけど、君たちはどうしてここに来たんだい? 」

 

「それには、込み入った事情がありますが、見張りの手が緩んだときに脱走したからです。姉さんは、EDENにおけるライブラリーの管理者の一族でして……」

 

「ライブラリー? なんだい、それ」

 

「銀河の創生からあらゆる知識を集めてまとめてある、巨大なデータベースの事です。そこの管理や編集閲覧ができる権限の最上位にいるのが姉さんでした」

 

 

真面目な顔で説明するヴァイン。彼の姉は長く話すことがあまり得意ではないので、率先して話している。

 

 

「聞きにくいことだけど、そんなすごいものがあるのに、ヴァル・ファスクは壊したりとかしなかったのかい? 」

 

「破壊は不可能ですね、EDENやヴァル・ファスクよりもさらに高度なテクノロジーで作られていましたから。唯一編集や閲覧索引できる管理者と呼ばれる一族を隔離し管理していました……姉さん以外は、殺されてしまいましたが」

 

「ひどい……」

 

「そんな……」

 

 

ヴァインは、苦痛に耐えるような表情をうかべて、手をきつく握りしめ下を向く。周囲もその話の重さに思わず口を閉ざしてしまう。そんなヴァインの手を優しく両手で包み込むルシャーティ。誰が見ても美しい姉弟愛と見られる。

 

 

「彼らが私を殺さなかった理由は、全ての管理者を殺してしまうと、新たな管理者の血族が生まれてしまいます。それを探し出してまた殺すよりも、私と言う無力な小娘を籠に閉じ込めておく方が、楽だったという訳です」

 

「資源開発が目的の彼らは早く増える人間を皆殺しにする事の不都合さを懸念していましたからね。しかし、皆さんの活躍により、彼等の警戒が、別の所に向きました。恐らく定例会議か何かで警備が薄くなったので、その隙をついて逃げてきたという訳です」

 

「ヴァインは、小さいころから私に会いに来てくれましたから……」

 

「そう、辛かったのね……二人とも」

 

「これからは、私たちが味方です!! 」

 

 

過去の暴露により、幾分も打ち解けた二人とエンジェル隊を、タクトは内心にたくさん抱えながら、見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白き月が『EDENの生き残りをエルシオールが保護した』というニュースを入手した後、会議に次ぐ会議で、エルシオールまで遠征すると決まり、出立していた。

白き月を作った文明だ、何かしら更なる証明手段があるやもしれないというのもあるが、最強のシールドを兼ね備えた人工の惑星ほど適したものがなかったのも事実だ。当然象徴であり、最大の武器でもある白き月の遠征に大きな反対意見は出たものの、女皇が賛成している手前、強硬策に出るという事はできなかった。

 

 

 

そして、白き月が到着する1時間ほど前、先に到着するモノがあった。ラクレットの乗る『エタニティーソード』である。どうせ白き月にエルシオールが入るものの、『エルシオール』に搭載されるこの機体を先に派遣しておき、万一戦闘が起こっていた場合、現地の安全を『エルシオール』と協力して確保するためでもある。

 

当然のごとく何も起きず、無事エルシオールに着艦し、降りてきたラクレットをエンジェル隊は暖かく迎え入れた。その時、戦闘警報が鳴るまでは護衛兼監視付きで外出を許されていた、ヴァインとルシャーティも格納庫のシャトル搬入口にいた。

 

 

「いやー、久しぶり? 」

 

「はい、3週間と4日ぶりですフォルテさん」

 

 

ついに完全に身長を追い越したフォルテに対し、敬礼をするラクレット。フォルテも簡易式のそれで答え、仲良さ気に会話する。そして、片足を半歩後ろに下げ、後ろの二人を紹介する。

 

 

「通信で聞いているとは思うけれど、この二人がEDENの生き残りの姉弟、ヴァインとルシャーティさ」

 

「初めまして、ヴァインです。ご噂はEDENでも聞いていますよ」

 

「ルシャーティです……隣のヴァインの姉です」

 

 

会釈しながら答える二人。ラクレットが名乗るだろうと、周囲の視線は自然にラクレットに移る。するとどうだろう、ラクレットは、なぜか行動を止めていて、それを指摘しようとしたタイミングで、横に置いてあるカバンが倒れることも気にせずに歩き出し、歩み寄り近づく。

浮かべている表情は真剣そのものであり、ゆっくり歩を進めるその様に、ヴァインは一瞬身構える。正体がばれていたのか!? と内心焦っていたのだが、それでも理性的な部分が平静を保つように表情やしぐさをコントローする。そして、次の瞬間ラクレットの行動によって、さらに彼の思考は停止してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は、ラクレット・ヴァルターと申します。ルシャーティさん……貴方は大変可憐だ!! 」

 

「え? 」

 

「は? 」

 

「え? 」

 

「ん? 」

 

「はい? 」

 

 

ルシャーティの前で、彼女の手を取りながらそう言うラクレット。身長差もあってかなり異様な光景である、いや身長差以前にラクレットの人なりを知っている人物からすれば、かなり異様な光景だ。

 

 

「その美しい流れる様な金の髪、透き通った蒼い瞳、天女と見紛う佇まい。僕はあなたを見たときに直感しました。貴方は天使だ!! 」

 

 

ラクレットのその叫びは周囲を混沌の地獄へと陥れた。

『永遠の恋人達』と後に戯曲化される歴史の一ページが始まった。

 

 

 


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