僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第6話 考えと感情と勘違い

 

 

 

「ようこそ、EDENのお方。私はあなた方の作った白き月の当代管理者のシャトヤーンです」

 

「ノアよ。元黒き月の管理者」

 

 

皇国の象徴たる女性とその対となる少女の二人は、EDENの生き残りと名乗る姉弟に挨拶を交わす。それを受けた二人は、EDEN式なのか、やや深くお辞儀をすると名前を名乗った。

場所は白き月謁見の間、今この部屋にいるのは、タクト、ラクレット、エンジェル隊、カマンベールと前述の4人だ。カマンベールはノアの近くに立っている。

 

 

「それで、さっそくで悪いけれど、貴方がライブラリーの管理者であるという証拠はあるの? 」

 

「そうですね……」

 

 

ノアの強気な態度とその質問にも対して動じず、ルシャーティは胸に手を当てると、何かを呟く。すると、突如周囲の見慣れた部屋が、満天の星空へと姿を変えた。

 

 

「これは……空間投影! 」

 

 

白き月のシステムをインターフェイスもなく行使するなど、通常シャトヤーンかノアしかできないであろうその行為に一同は驚き声を上げる。ましてや見たことのないようなものにしたのである。その中で唯一正体のわかったノアは、驚きよりもむしろ感動の面持ちが近い様子で、口元に手を当てていた。

 

 

「この星座……EDENから見える星……それも本星のものじゃない!」

 

「はい……といっても、この月が見ていた最初の記憶を呼び戻したので600年ほど昔の映像です」

 

 

事も無げにそう言うルシャーティ。ノアは懐かしいその光景に感化されてしまったのか、目から透明な雫がこぼれている。彼女がこの前投影したのは白き月を作っていた工業惑星からの眺めだったのだ。この場にいる者は皆それに気づいたが、誰も指摘することはなかった。

なぜなら、カマンベールが優しく肩を引き寄せ、髪をかき寄せながら抱きしめたからだ。いちゃついてんじゃねーよと、感じた人はいたかもしれないが。

 

 

「信じてもらえたみたいですね……私たちがEDENの民だと」

 

「僕たちは、貴方方にEDENを救っていただきたい」

 

 

ルシャーティとヴァインはそう力強く宣言した。彼等は同胞を救うために逃げ延びてきたのだ『エルシオール』と『白き月』という皇国でも有数の戦力に出会えたのは彼らの幸運が実ったものであろう。

 

 

「対価は……私の一存では確約できませんが、それでもヴァル・ファスクの情報位ならば……」

 

「そういった問題はともかく、私個人としては、貴方方に力を貸すことになんの抵抗もありません。マイヤーズ司令やエンジェル隊の皆さんもきっと、同じ思いでしょう」

 

「はい、シャトヤーン様」

 

 

とんとん拍子に話が進んでいくことに、安堵の表情を浮かべるヴァインとルシャーティの姉弟。当然であろう、敵の追手からどうにかして逃げながら、艦がボロボロとなり、もう限界の所保護された後、形の上だけとはいえ軟禁されてきたのだから。

 

 

「私の方からも、女皇陛下や宰相殿にも話を通しておきましょう。今は安心してエルシオールでお過ごし下さい」

 

「ありがとうございます。私たちの持つヴァル・ファスクや、星系データなどの情報は既に提供しましたので、ご考慮のほどをお願いいたします」

 

 

そういって比較的和やかに、他文明との対話は終了した。まあ、おそらく仲介役のエルシオールクルーがあまり出しゃばらず、ノアが重箱の隅をつつくように質問をしなかったのが大きいのではないかと、事情を知るものは記している。

さて、その後軽く雑談をしたエンジェル隊のメンバーや、ラクレット、そしてEDENの姉弟が退出した後もタクトは今後の事で話があるから先に帰っていてくれと、皆に言いその場に残っていた。カマンベールもノアに頼まれた仕事の為に退出しており、この場には秘密を知る者のみが残った。

 

 

「……で、どうしてまだ、ラクレットたちのことを言って無いのよ」

 

「いやー……実は想定外の事が起こってね、今明かすのは得策じゃないと思ったんだよ……」

 

「話は聞いたけどね、でも今を逃したらいつ話すのよ。私が言えた話じゃないけど、EDENの民からすれば、ヴァル・ファスクは敵なのよ……味方にその血を引く者がいるなんて、絶対に伝えておかないといけない情報よ」

 

 

ノアの言い分は最もである。政治的にそういった駆け引きはしてもいいであろうが。それでもこの状況で、向こうが歩み寄ってきたのに、味方の中核に天敵の血脈にある者がいるのは、明かすべきであろう。緊急時に不和の要因になってしまえば目も当てられないからだ。

しかし、タクトからしても、これ以上ルシャーティ達を狼狽させるような情報を流すのは得策ではないという判断を下している。

 

そう、ラクレットの出会いがしらの告白(笑)によって。

 

 

 

 

「その美しい流れる様な金の髪、透き通った蒼い瞳、天女と見紛う佇まい。僕はあなたを見たときに直感しました。貴方は天使だ!! 」

 

「……はぁ……あの……それは、いったい……」

 

 

完全に困惑気味のルシャーティ。彼女に天然の要素があるからこそここまでですんでいるのであろう。普通ならドン引きである。

 

 

「いえ。僕は、僕の中にある、なにかが貴方を断定するんです。美しく可憐な天使であると」

 

「すみません……意味が解らないのですが……」

 

 

そのあたりで、漸くエンジェル隊のメンバーが正気を取り戻し、事態の収拾を図ろうとするが、そもそも彼女たちも全く持って状況が理解できていなかった。頼みの綱のミントも、耳が変な場所で折れ曲がっており、大変思考が混乱していることがうかがい知れる。

まさに天変地異なのだ。彼はたった一度の会話でエンジェル対全員を混迷の渦に叩き込む大金星を挙げたのだ。本人は無自覚である上に喜ばしいものでもないが。

 

 

「あの……僕の姉に、なにか? 」

 

「いえ、貴方のお姉様は大変素晴らしい、僕はこんな素晴らしい人が肉親にいる君を素直に羨ましいと思うし、この人の為に自分の力を使いたいと思うんだ」

 

 

ヴァインが一歩前に出て、彼の姉を庇う様にラクレットに問いかけるが、彼が返してきた答えはまたしても理解することが難しいそれだった。しかし、この言葉で状況をなんとなく把握した人物がいた、それはヴァニラである。さすがヴァニラさんこんな状況でも冷静に場を見つめて考えることができるお心遣い、貴方は天使だ。

 

 

「恐らくですが……ラクレットさんは、ルシャーティさんを私たちと同列の存在として扱おうと、何らかの基準によって判断したのではないでしょうか?」

 

「えーと、それってつまりどういう事よ? 」

 

 

考える前に質問をしてしまうランファ。しかし誰も彼女を責められまい。なにせ『自分の部屋に帰ったらグレイ型宇宙人が苺のショートケーキを食べながら執事服を着てコサックダンスを踊っている』レベルの異常事態で稀有なケースに遭遇しているのだ。

 

 

「つまり、エンジェル隊である私たちに向ける、尊敬と言うか、そう言った神聖視に近いものってやつが昔言っていたあれかい? 」

 

「はい……ラクレットさんの中の判断基準は解りかねますので、断定はできませんが……」

 

 

フォルテは、何とか呑み込めたのか、自分なりに噛み砕いてヴァニラに質問している。ミントは未だに呆然としており、ミルフィーは少女漫画見たいと目を輝かせており、ちとせは赤面しながらもしっかりラクレットを見ている。ランファは何とか納得したのか、頷いている。そして、その間にも、ヴァインとラクレットのかみ合わない会話は続いていた。

 

 

「姉は、今まで他人と余り関わらないような生活をしていたので、そう言った過剰に接近されるのに慣れていません」

 

「それなら、尚の事天使が羽ばたけるように、協力したい!! 是非とも」

 

「その……ヴァイン、彼は……おそらく親切で言ってくださっているのですから……邪険にしてはいけませんよ……」

 

「なんとお優しいことで! ああ、やはり、貴方は天使です!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とまあ、そんな感じだったらしく、収集を尽かすまでに結構迷走したらしいんだ」

 

「……それで? 」

 

「結局、ルシャーティは若干苦手意識を、ヴァインは警戒しているみたいでね……もう少し打ち解けてからでいいと思う」

 

 

タクトは、こめかみをひくつかせているノアに対してそう言った。これは彼の勘も含めた判断であるので、どちらかと言えば、理由は後付に近かったりする。

タクトは、エルシオールのクルーはラクレットがヴァル・ファスクだったとしても別段そこまで大きなリアクション、それこそ拒絶反応を起こすことにはならないであろうと思っている。しかし、未知のものである以上、一種の抵抗のようなものが生まれてしまうのは仕方ないことだ。

 

そしてタクトの考える理想的なタイミングは、むしろノアなどが警戒している、敵などが揺さ振りをかけてきた時だとしている。

こっちには理由がきちんとある。それは、敵が妨害工作をかけようとしているのをこちらの結束で跳ね除けることで心理的に優位に立てるからだ。もともと、そう言った心理戦でこそ彼の手腕は冴え渡るものだ、敵が土壇場になって離反や妨害工作を狙ったのならば、それをさも、自分も知らなかったような態度をとってから

「そんなこと関係ない! ラクレットはオレたちの仲間だ!」

 と自分が力強く言えば、それだけで彼に親しいものは後に続く。そうすれば、艦の空気がそちらに逆に傾きむしろ受け入れられるであろうという発想だ。

 

リスクもあるがリターンも大きいのがこれだ。仮にこの後、皇国軍の援軍が来て大々的な戦端が開かれたとしても、そのタイミングでラクレットが今までしてきてくれたことを声高々に叫べば、軍にシンパが多いラクレットを担ぎ上げるコールすら生み起こす自信はある。其の後はラクレットに先陣を切らせれば完璧。士気という点ではこちらが勝るであろう。

 

要するに元来楽天家であるタクトは、ノア達ほど深刻にとらえてはいないのだ。この前のラクレットに質問をしてみようー!! という企画も、上に対して、ラクレットの受け入れの為に、自分は●●をしていますよ~ という対外的なアピールの色が強かったくらいだ

 

 

「……はぁ わかったわよ。こっちだってカマンベールに隠しているのにそれなりに罪悪感があるんだからね……って!! なによ、その笑顔!! シャトヤーンまで!! 」

 

「いや、ごめん」

 

「少し、微笑ましいと感じただけですよ。私もマイヤーズ司令も」

 

 

急に空気が変わったことに気付いたノアだが、自分がいじられる対象になることは大変稀な彼女は、シャトヤーンやタクトが期待した通りの反応を示してしまう。ⅡではS要員として、どMのゲートキーパーとベストカップルだと迫られていた彼女も、こうなってしまえばどう見ても、いざという時にひっくりかえってしまっちゃうタイプのSである。

 

こうやって、いつでも空気を明るいものに変えられるのが、タクトの才能なのかもしれない。

 

 

(まあ、これからは真面目に取り組んでくさ、さぼる時間も極力減らすか……レスターにも苦労をかける訳だしな)

 

 

そんならしくもない決意を固めるタクトであった。

 

 

 

 

 

「なんなんだ……ラクレット・ヴァルター……あれが、僕らと同じ種族なんて、信じたくもないし、信じられないぞ……」

 

自室、最低限の監視はついているものの、おおよそのプライベートは確保できたこの部屋でヴァインは椅子に腰かけながら、考え込む。

先ほど、初対面してきた、ラクレット・ヴァルターという混血について考えをめぐらせているのだ。

 

 

「全く行動が理論的ではない……利がずれている人物だとしても、利の位置がまるで読めない……くそ……混血のサンプルケースが少なすぎるせいか」

 

 

突然あのような行動をとられた時は、自分の行動を探る為の、鎌かけかとすら思い戦慄したヴァインだが、どうやら本気で理解できない感情と言うものによって動いている存在だという事が理解できたので、思考が空回りしているのだ。

 

 

「一応、人間のサンプルケースである、病弱な肉親に言い寄る親しい部外者を遠ざける対応をしたつもりだが……まあ、おそらくばれてはいないであろう。あの場の空気は弛緩し切ったものだったから……特殊部隊の軍人が7人もいてあれなら、おそらく不審がられてはいないはず」

 

 

ヴァインには可哀そうであるが、彼女たちは年中あのような感じである。

 

 

「姉さ…………あの女を今後の作戦に運用するのにも、まだ支障がないはずだ、最悪の場合は、対象をタクト・マイヤーズから、ラクレット・ヴァルターに変えればいい。アイツを保守派の年寄りにでも引き渡せば十分役目は果たしたことになるだろう」

 

 

あえて、言い直しつつ、彼は今後の作戦を考え直す。略奪、妨害、奪取はなくなったものの、情報収集をするにあたり、やはりタクト・マイヤーズとその恋人ミルフィーユ・桜葉の関係性とそれから引き出される力と言うものを見る必要がある。その為に、ルシャーティをつかい、タクト・マイヤーズにアプローチをかけさせるのだ。

 

 

「くそ、考えるだけで、頭が痛くなる……先ほどのがすべて演技で、これが策略であるのなら、脅威度の引き上げどころか、即座に全作戦の練り直しが必要だぞ」

 

 

当面は、ルシャーティを使いラクレットを躱して、タクト・マイヤーズと接近。自分はミルフィーユ・桜葉との単純接触回数を増やしていく。

彼は、頭痛や不快感の原因を全てラクレットのせいにして、そう結論付けた。

 

 

彼はまだ、自分の思考のノイズに気付かない、いや気づかないふりをしている。

 

 

 

 

 

 

「……とりあえずは、こんなものだろう」

 

 

場所は変わってラクレットの自室。彼も彼で慣れないことをして、疲労感で溢れていた。

なにせ、初対面の女性を目の前にして可憐だの、綺麗だの、美しいだの、天使だの、と叫んできたのだ。しかもその後は弟となっている奴と舌戦までしてきたのだ。 疲れないわけがないであろう。

 

彼が長兄エメンタールから指示されたことの一つ、『とりあえず馬鹿みたいにルシャーティにアプローチ掛けて、適度に妨害しろ』というのを実行したのだが、うまくできたと自分では思っているラクレットである。

 

ただ気にかかるのは、ヴァインの態度だ。まさかあそこまで噛みついてくるとは思わなかったのだ。

ラクレットのイメージだと、もう少し冷やかに

「すいません、姉は体が弱いので、少々ご遠慮願います。姉さん、大丈夫? 」

くらいで済むと思っていたのに、結果はこれだ。

 

 

「ヴァル・ファスクで、何かあるのか? 」

 

 

そんなことを考えるものの、何が分かるわけでもないので、すぐに思考を破棄して次の案件を考える必要がある。そして、これからもルシャーティと会えば、道化を演じる必要がある。まあ、今後は前回の教訓で反省したとして、少し自重してもいいが。

そう、次の課題だ。

 

 

「僕とクロミエで『エルシオール公営放送のパーソナリティー』ねぇ……」

 

それは、今度の補給で潤う『エルシオール』に娯楽特化商会ならではの方法で、福利厚生を充実させるための方法と言うお題目ではじまるお昼の番組のパーソナリティーをラクレットとクロミエでやるということだ。

 

 

「まあ、全力でやるか!! いつも通り」

 

何事にも、体当り的で全力。それがラクレットなのだから。

 


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