僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第9話 不完全な強さ

 

 

 

 

 

「見事な指揮でした。マイヤーズ司令。軍人としてのやり方というより、我流……マイヤーズ流とでも名付けましょうか、素晴らしい手腕ですね」

 

「おい、戦闘中は自室で待機しろと言ったはずだ。それにここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

 

「まあまあ、そんな堅いこと言わなくていいよ」

 

 

戦闘直後の司令室、そこにこの場にそぐわない人物がいた。ヴァインである。口ぶりからして、先ほどの戦闘を見ていたか、ないしは聞いていたようである。通信自体は一応艦内でも一定の権限がある者は聞けるし、衝撃が来る前などはアナウンスがある。なので、彼のその口ぶりには特におかしいところはないのだが、レスターは何か引っかかるところがあったのだ。彼のそのまるで見ていたかのような口ぶりに対して。

対するタクトは、そんなことよりもこの場になぜ彼がいるのかという疑問を解消したかったのか、ヴァインに話を促す。

 

 

「それで? わざわざこんなところまで来たんだ、何か用があるんだろう? 」

 

「はい。情報提供をしに来ました」

 

 

そう言ってヴァインは指輪をはずして、内側を人差し指でなぞる。すると指輪についていた飾りからホログラムのように、地図が映し出される。

 

 

「こ、これは……」

 

「隠していてすみません。貴方方を信用した証として公開します。これは僕たちの切り札です」

 

 

そう、ヴァインが公開したのは、この周辺の宙域の詳細な星系データおよび、敵の本拠地や前線基地の場所まで記された精密な地図であった。申し訳なさそうで、それでいてどこか決意を固めたような表情を浮かべ、ヴァインは真っ直ぐにタクトを見つめる。

 

 

「先に謝りますと、これは本当に切り札でした。貴方方の力量が信頼に値しなければ公開するつもりがありませんでした」

 

「……なるほど、オレ達の戦力で奇襲をして勝てると踏んだのか……っく! 全く、亡命者が保険を持っていないわけがないか……」

 

 

要するに、ヴァル・ファスクに対して奇襲を一度でもしかけてしまえば、命がけで集めたであろう情報が今後対策されてしまう、全く意味のない情報に成り下がってしまうという事だ。ヴァインの話では、彼等は気が長い上に自信家であるので、一度も破られたことのない策を必要がない限り撤回することはない。要するに奇襲するまではかなりの確率でそのままの警戒態勢で有るであろう。

ここでその情報を出してきたというのは、タクトたちが彼らに勝てると踏んだという、彼なりの信頼の表れであるという事だ。

 

 

「保険というより、切り札として運用するつもりでした……」

 

「いや良いよ。それにしても、これがあれば相手の合流ポイントを迂回して、奇襲をかけられるわけだね」

 

 

ヴァインの渡した宙域の星系マップは、この星系の迷路のような構図を見事に表していた。すでに今までの経路と比較して整合を取っているが、かなりの精度を誇る正確なデータの様だ。そして、今タクトが注目しているのは、現在自分たちが進んでいる回廊のような開けた場所の先に敵は陣取っており、ちょうどクロノドライブを抜けるであろう場所で囲まれてしまうであろう。しかし、ズームインしてみると、およそ幅7,8kmしかないであろう細い、そして真っ直ぐな迂回路ともいえるルートがある。そこを行けばおよそ2,3時間で敵の後ろを突けるような位置へ回り込めるのだ。

 

 

「問題があるとすれば、エンジェル隊の皆さんや、ラクレットさんの疲労度と言った所でしょう。早めに終わったとはいえあれだけの数を相手にして、3時間で戦闘と言うのは厳しいでしょうし、整備班の方々にも苦労を掛けるでしょう」

 

「だけど、うまく行けば、敵が再編なり補充なり補給している間に、敵の増援と合流される前の、少ない数の所を叩けるわけだな。しかも布陣している後ろを奇襲という形で」

 

 

補足するようにレスターはそう言う。タクトも分かっているようで真剣な表情をして、地図を見つめている。その間にレスターはインカムを通して艦内の各所に連絡を取っている。ヴァインはタクトの表情を見つめながら、彼がどのような決断をするのかに興味を持った。ここで功を取りに行くのか、それともこちらの増援を待ってから、背後から敵も補給し終わった所と戦うのか。思いつく限りの策を自分の中で出してそれぞれに点数をつけて順位順に並べる作業をしていると、レスターがタクトに向かって報告を始める。

 

 

「各紋章機、並びに戦闘機共に損傷軽微。通常のシフトでも3時間、急げば1時間ほどで整備は完了するそうだ。エンジェル隊はまだまだいけると言っているが、まああいつ等だしそうとしか言わないであろう。エルシオール自体の損害はほぼ0。航行に一切の支障はない。どうするタクト? 」

 

「んーそれじゃあ、この狭い道を通って背後から奇襲と行こうか。全員にそう通達してくれ。整備班にはこれが終わったら手当が出るから頑張ってと謝っておいてね。善は急げだ」

 

「了解した。それじゃあアルモ、ココ頼んだ」

 

 

タクトの選んだ結論は、迅速に向かい、奇襲をかけるという選択だった。ヴァインの中では人員の疲労を機械の損耗として置き換えていたので、優先順位的には4位の案だった。まあ選んでもおかしくはないか、と結論付けてヴァインはタクトに問いかける。

 

 

「エンジェル隊や彼にそこまでの信頼を寄せているんですか? 」

 

「うん、まあいつも無茶させて悪いなーとは思うけどね」

 

 

タクトは僅かな笑みを浮かべながらヴァインにそう言った。また何か考え込むような表情をしているヴァインに、タクトはこう付け加えた。

 

 

「まあ、見てればわかるさ。彼女たちの強さがね。俺はみんなを信じぬくだけさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だってさ、こりゃあ答えないわけにはいかないね」

 

「そうですわね、戦闘後のお茶と洒落込みたかったところですが……」

 

「素直に休んでおきましょう」

 

 

ココかアルモの配慮なのか知らないが、今のタクトの言葉は格納庫傍の廊下にも伝わっていたとかいないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後、予定された宙域に『エルシオール』は到着した。すぐに周辺宙域をスキャン。敵の艦影なしとすると、アステロイド帯にそって移動を開始する。敵の艦に気付かれるであろう距離まであと少しと言うところで、各自の機体に搭乗しているエンジェル隊とラクレットに通信をつなぐタクト。

 

 

「それじゃあ皆、いつも通りいこうかー」

 

────りょーかーい

 

 

「お前ら、少しは気合を入れろよ……ヴァインが呆れているぞ……」

 

 

レスターは、先ほどから背後に休めの姿勢でいるヴァインを見ながらそう言う。彼は本当ならば立ち入りできないはずなのだが、先ほど作戦の立案の一端を持ったという事で、見届けたいという彼の希望をタクトが許可したからである。

 

 

「いいんだよ、これがオレ達のやり方だしね。ただ、こんな感じでやっていて負けたら、レスターになんて小言言われるかわからないから頼むよ」

 

「あー、それは自己責任だね」

 

「ですわね」

 

「小言位は聞きなさいよ」

 

 

 

そんな、いつものやり取りをしながら、相手が察知できるであろう距離まで来たので、紋章機と戦闘機を発進させる。

 

 

「よし、それじゃあ今度はこっちから通信をつないでみよう。頼むよ」

 

「了解です……」

 

 

タクトの言葉にそうこたえて、数秒後、敵が応答する。画面が開き、此方の顔を確認すると、ロウィルは冷ややかな笑みを浮かべる。しかし、口を開こうとした瞬間に、一瞬目が大きく見開く。

 

 

「どうしたんだい? こっちの奇襲に驚いて声も出ないのかい? 」

 

「…………ふっ、大口を叩けるのもそこまでだ」

 

「通信切れました……」

 

 

それだけ言うと、ロウィルは通信を切ってしまう。まあ艦の配置が前から来る敵を迎撃しようとした形であったのだろうから、再編する必要もあるので話している暇などないと言えばそこまでだが、タクトには何か違和感を覚えるところがあった。あそこまで冷静な男が、いきなり驚くしかもワンテンポ遅れてなど、早々起こりえないような気がしたからである。

 

 

「なんか変な気もするけれど、まあいいや、皆戦闘開始!! 」

 

────了解!

 

 

その言葉と共に各機体は、全速力で敵の艦目指して発進した。

 

 

 

戦闘は流れに乗っているエンジェル隊が完全に優位で進んだ。一騎当千とばかりの働きをする戦闘機が7機もあるのだ。

 

 

「っく……まさかこれほどまでとは……しかし、あのお方はなぜ……」

 

 

反対にロウィルは苦戦を強いられていた。心に動揺などはない、それによるためらいも全くない。しかし疑問は浮かぶ。なぜ彼があのような場所にいるのであろうかという。ロウィルは決してヴァル・ファスクでの階級が低いわけではない。軍部に限れば上から5番目までには入る将軍だ。しかしそんな自分よりも上位に存在するであろう、元老院直属特機師団長などという大それた階級であるはずの彼が、敵艦にいるのだ。恐らく任務であろうが、なぜそれが自分へと伝わってこないのかということだ。

 

 

「万一のための伏兵まで破られたか……これは責任問題になるな……」

 

 

またしても追い詰められてしまうロウィルの軍勢。いくら奇襲をくらったとしても、先ほどの戦闘をこなした直後に、これほどまでの勢いでこちらの船を沈めてくるとは、想定に入れていなかったのだ。

 

 

「撤退だが……引かせてくれそうにないな……」

 

 

ロウィルは決断を迫られていた。

 

 

 

 

 

 

 

「すごい……だけど、なぜ? 彼女たちは疲労していたはず。そこまでの戦果を挙げられる理由がわからない」

 

「それはね、心の力だよ」

 

「!!……心の……力? 」

 

 

一方、場面変わってエルシオールブリッジ。ここでは、ヴァインが圧倒的な戦果を挙げている紋章機と戦闘機の活躍に目を疑っていた。確かに一機当たりの性能がヴァル・ファスクの戦艦の性能を凌駕しているのは解ったが、一度戦闘をこなした後にここまでの力を発揮できるとは到底思えなかったのだ。なにせ、万が一の場合はこの場でタクトとレスターを殺して、ブリッジを乗っ取りそのまま投降させることまで考えていたのだから。

 

 

「皆、オレの言葉を信じてくれた。だからこれはみんなが答えてくれた結果さ。みんなの心の強さが今の『エルシオール』の強さなんだよ……」

 

「そんな……不完全な形なものが強さの源ですか……」

 

「おお、いいこと言うね。不完全な心。それがエンジェル隊の強さってわけだ」

 

 

探る目的だった『心の強さ』という事について、タクトからの説明を受けるが一切理解できないヴァイン。なにせ不完全なものを強さの根源にするという、信頼性が全く持ってかけている戦略なのだから。しかし、ここでヴァインにある閃きが生まれる。それは、前から持っていた疑問であり、それが今思い出される形になって浮上してきたのだ。

 

 

「でしたら、その『不完全な心』というものを完全に支配下に置き、『完全な心』とすれば、無限の力が生まれるという事なのですか? 」

 

「完全な心? そんなものないよ。それにきっとそれじゃあ弱そうだ。不完全だからこその強さっていうものがあるのさ」

 

「不完全だからこその……強さ……」

 

「そうそう、いずれわかるさ。この艦に居れば嫌でもね」

 

 

タクトは、悩める少年(ヴァイン)に人生の先輩として軽いアドバイスをしたつもりだったのだが、それは全く持って逆の構図である。自分よりも年が上の存在に、謎かけのような言葉を与えたのだから。

そんな雰囲気の中、いよいよ敵の伏兵もなくなり、守護する艦隊の数がこちらの頭数と同程度になりそうな具合で、ブリッジに突如アラームが鳴り響いた。

 

 

「何事だ!! 」

 

「敵の増援です!! 数は……およそ20!! しかし、全てこちらのデータにない型です!! 」

 

「クソッ!! どうする? タクト。今は勢いがあるが、さすがに限界というものもあるぞ? 」

 

「ロウィル艦、増援部隊と合流し撤退する動きを見せております!! 」

 

「うーん、それじゃあ追撃はやめておこう。あの動きならおそらく侵攻拠点にでも引くんだろう。こっちもエルシオールの修理や補給がしたいし、少し下がって、白き月と合流だ」

 

「わかった。そう通達しよう」

 

 

 

結局、ロウィルは逃してしまう形になるが、ここまで戦力を削ってやったのならば、すぐには来ないであろう。敵の拠点の位置はここから2日ほど位置にあるわけで、しばらくの時間は稼げる。こちらの第一陣との合流はまだまだ先であるが、一定のデータ収集はできているのだ。此処は無理をせず一端『白き月』に合流して、補給をすべきだという判断だ。

 

タクトは、レスターと一緒にすぐに指示を出すと。今後のことについての草案を考え始めるのだ。

 

 

 

 

 

 

「この度は、増援感謝します。カースマルツゥ殿」

 

「いいよいいよ、ロウィルちゃーん。俺にだって、目的があるんだからさぁ」

 

 

ロウィルが、どのような決断をしようかと悩んでいたまさにその時。天からの救いのように現れた20隻ほどの長距離航海用カスタムの『ランゲ・ジオ重戦艦』。それは、ヴァル・ファスクにおけるある人物の代名詞であった。

 

カースマルツゥ ヴァル・ファスクにおいても異端の存在。王や元老院議員にも敬意を払わず(表面上すら払わないのは彼だけ)ただ忠実に未開地に住んでいる人間という家畜を刈って資源を確保してくる任務に就いている彼は、『ランゲ・ジオ重戦艦』というヴァル・ファスクの戦艦の中でも性能の高い艦を用いているのだ。

 

 

「目的? それはいったいどのような? 」

 

「んー、それはなぁー」

 

 

ロウィルは目の前の何度あっても慣れることのない、自分とほぼ同階級の男の考えがまるで分らなかった。普通のヴァル・ファスクならばすでに、通信を用いてどのような命令できたのかを明らかにしているであろうに、この男は自分の艦に呼び出すなどと言う行為をして、直接会話している。

機密の文書や命令を伝えるのならば、もう少し真面目に手渡すであろうに、なぜこのように勿体付けているのであろうか? 下卑た笑いを浮かべながら、カースマルツゥは右手を軽く持ち上げた。ロウィルが思わずその右手に注目していると、カースマルツゥは笑みを濃くし腕を振る。すると、そこにはまるで奇術師のような手腕で袖から出されたのか、一般的な小型レーザー銃が握られていた。

 

 

「指揮権、貰うぜ?」

 

「っ!!なに 」

 

 

────なにを とロウィルが言おうとする頃にはすべて終わっていた。彼は背後からヴァル・ファスクが好んで用いる戦闘用ドローンの一撃を受け、この世と永久に別れていた。

 

 

「いやー、温すぎんのがいけないんだぜぇ? 悪いね、ロウィルちゃーん。糞兄の子孫は俺が殺したいんだよねぇ。それに、ヴァインのガキと甘ちゃんの元老院も気に入らねからなぁ」

 

 

先ほどまで浮かべていた笑みとは対照的に、全くの無表情にもどり、同胞の亡骸の前でそう彼は言った。口調こそいつものおどけたそれだが、彼の本質をよく表しているかもしれない。

カースマルツゥは、誰よりもヴァル・ファスクらしく、ヴァル・ファスク足らんと生きてきたのだ。家畜と分かり合えるなどと、耄碌したダイゴという兄を相反するように。

 

何の感情も、何の感慨も持たず。彼は自分の目的への行動が一段階進んだことを理解し、死体の掃除をドローンに命ずるのだった。

 

 

 

 

 




オリ主だしたし、オリ敵を出して調整展開
という訳ではないのですが

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