僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

70 / 98
第11話 頭の隅に置いておいてほしい話

 

 

 

 

 

 

 

『エルシオール』は現在、ヴァインの情報に会った敵の本拠地を目指して進行していた。現在およそ1時間で目的地に着くであろう地点まで順調に航行を進めている。ヴァインの提供したデータによって敵の警戒網をうまく避けて進んでいるのが原因かもしれないし、相手がこの前の戦闘で布陣を変え、拠点防衛に特化し、そこで決着をつけようとしているのかもしれない。エルシオール側からは解らないものの、何かしらの要因で大変スムーズな進行行程で拠点を目指していた。

 

そんな、戦闘を目前として、タクトは直接戦闘要員である、エンジェル隊の6人とラクレットを司令室に呼び集めていた。

 

 

「さてみんな、もうすぐ敵の拠点に着くわけだけど、準備はいいかい? 」

 

「もちろんです!! いつでも行けますよ!! タクトさん!! 」

 

 

いの一番に答えたのはミルフィーだ。彼女はルシャーティーによる横槍も少なく、タクトと少しばかり接点が減ってしまった程度にはなったが、それでも十分交流できているために、比較的元気いっぱいの様子だ。テンションは百点満点で七十と言った所か。エルシオールのエースが、好調そうで、タクトは安心しつつ、他のメンバーの顔を見る。

 

 

「アタシも絶好調ってところかしらね」

 

「勝利の後のお茶会を、タクトさん持ちでしてたのなら、よりテンションが上がりそうですわ」

 

「お!! それいいね、じゃああたしもそれで」

 

 

ランファ、フォルテ、ミントの3人はいつも通りと言った所か、軽口をたたきつつも、戦闘前の緊張をほぐすようなもので、彼女たちのやる気が伝わってくる。いつも通り安定し戦いを見せてくれるだろうことを、タクトは肌で感じ取った。

 

 

「ははっ……お手柔らかに頼むよ。ちとせ、ヴァニラ? 君たちは? 」

 

「万全の状態です!! 」

 

「いつでも行けます……」

 

 

ちとせとヴァニラの二人も、どうやら好調のようだ。まあ、この二人はよほどのことがない限りは自分の管理を比較的真面目に行うタイプなので、あまり心配はしていない。むらっけが少ないタイプなのだ。

 

 

「それじゃあ、ラクレット、君は? 」

 

「……呼吸、脈拍に若干の緊張が見られますが、概ね正常かと。通常以上の活躍ができるかと」

 

 

少々硬めの反応を示す、ラクレット。まあ、彼にはちょっとした作戦がタクトから伝えられているために、やや緊張した表情を見せているのだ。

 

 

「なによラクレット、アンタびびってんの? 」

 

 

茶化すように彼と良くバディを組むランファがラクレットの肩に肘を置く。彼女は、馬鹿の様にから元気で、若干から周りをして笑わせるのが、ラクレットのポジションだととらえている節があり、若干の心配と、からかいをかねて、自分の目線程の高さの彼の肩を左肘で叩いたのである。

このように行動を示さないが、エンジェル隊のほとんどが概ねランファと同じような感想を抱いたようで、ラクレットに自然と視線が集まる。

 

そんな中、その拮抗を崩すかのように、司令室のドアが開き、レスターが現れた。

 

 

「すまない、最後の作戦の確認をしていたら、少々遅れた」

 

「いや、まだこっちも始めていなかったからいいよ……みんなー注目―」

 

 

タクトは、謝罪をするレスターを軽くいなしつつ、そのままいつもの様な軽い表情と声を意識して作り、全員に呼びかける。ちとせ以外のエンジェル隊は即座に、彼が何かまた重大なことを発表するのを、その表情が作られたものであるという事を見抜き、推察した。ちとせも、空気からすぐになんとなくこれから起こることは重大なのだと、認識した。

別段、ちとせが劣っているわけではなく、良くこの手の作った笑みを、まだ彼が自信と経験がなかった、エオニア戦役で見せていた為、エンジェル隊の先輩格は見抜けたわけだ。要するにちとせは、そのころ加入していなかっただけである。

 

 

「うーんと、これからちょっとした作戦を実行するつもりなんだけど、その前に皆に言っておくことが2つある。とっても重要なことと、頭の隅っこに置いておいてほしいことだ」

 

「焦らすのはいいから、早く話せ! その重要なことも、そうじゃ無いのも、まだ聞かされていないのに、お前の言うとおりやってきたんだからな」

 

「わかった、わかった……じゃあ言うよ。これから戦う敵はヴァル・ファスクなわけだけど、皆それは理解しているよね? 」

 

 

口々に同然だとばかりの言葉を漏らす各員。まあ、今更であろう、その程度の事実確認。タクトは、その反応を当然読んでいたので、そのまま続ける」

 

 

「相手が、もしかしたらこちらを揺さぶる為にオレが隠していた事を言ってくるかもしれない。だから、ここにいる皆には伝えておこうと思ってね」

 

「皆さんこちらを見ていてください」

 

 

タクトがそう言った後、いつの間にか、数歩後ろに下がっていたラクレットが、声をかけて。全員を振り向かせる。彼は集中するかのように、やや下を向き、片手を額に当て瞳を閉じている。先ほどと違うのは、上着を脱いで袖まくりをしている所であろうか。

何をしているのか、尋ねようとするも、それができないような雰囲気、一同は固唾を飲んで彼を見守る。

 

 

「……いきます」

 

 

彼のその言葉と同時に、彼の体に変化がみられる。両の頬に1筋ずつの赤い紋様が現れ、同様に、彼の手の甲にも、同じ色の楕円形に四方を取り囲むような幾何学的な模様が、そこから肘あたりまで一筋の線が伸びている。

一言で言えば、頬と両手の甲から肘にかけて、真紅の入れ墨が浮かび上がったのである。

 

 

「なっ!! あんた、それって!! 」

 

「もしや……ヴァル・ファスクの……」

 

 

息を飲む周囲の人間たち。そんな中空気をよまずに以前から知っていたタクトは、かるーく口を開く。

 

 

「そう、ラクレットの先祖はヴァル・ファスクから亡命してきた人だったんだよねー」

 

「お前!! そんな重要なことを軽く話すな!! この部屋の機密保持は正常に稼働しているのか!? 」

 

 

当然レスターは、タクトが上層部から何かしらの機密を伝えられていたのだと納得するが、それを伝えた方法に対して、怒りを示す。まあ、『エルシオール』において、これ以上機密が保持できるのは、今は使われていない、皇族や聖母のための部屋のみであろうが。

 

 

「僕の先祖である、ヴァル・ファスクのダイゴは、今も存命で、最近密かに女皇陛下と会談。協力を約束しています。僕の血の1/64はヴァル・ファスクですが、人間に反旗を翻すつもりは毛頭ありません」

 

「ちょ、ちょっと待って。アンタがヴァル・ファスクなのって、本当なの?」

 

「ええ、事実です」

 

 

狼狽しながら問いかけるランファに対して、事も無げに答えるラクレット。その後も矢次に質問が襲い掛かる。

 

 

「御兄弟は、このことをご存じで?」

 

「長兄は知っていますが、次兄は把握していないかと。ヴァル・ファスクの能力が僅かでも実用レベルにあるのは、兄弟の仲では僕だけです。どうやら僕は先祖帰りの様で」

 

「最初から知っていたのかい? 」

 

「いえ、ネフューリアとの最後の決戦の時に自覚しました。そうしたら、死んだと思っていた先祖とコンタクトが取れたので……」

 

「ナノマシンの治療はヴァル・ファスクにも有効という訳ですか? 」

 

「体のつくりは一切人間と差がありませんからね、寿命の関係で早熟かつ長い間老化しませんが」

 

「ヴァル・ファスクと戦うことに抵抗はあるのでしょうか? 」

 

「別段ありませんよ。我が一族は人間の味方をします」

 

「あのあの! オーブンと掃除機と炊飯器。全部同時に使えるんですか? 」

 

「すみませんが、ヴァル・ファスクは別に何でも動かせるわけではありません。特殊なインターフェイスを通じて操作するので、人間の作ったものは動かせないかと……」

 

 

エンジェル隊それぞれからの質問に答えたラクレットは、改めて自分の意識が人間とあまり変わりがないことを認識した。彼がヴァル・ファスクと自覚してから、若干の意識改革はあった。

まず、以前より少し冷静になった。ネフューリアと戦い、自覚した時は使いこなせなかったこのヴァル・ファスクとしての能力も、訓練により、今では先ほどの様に媒介がなくとも発動できるようになった。それに比例するように、自分の思考を理性的に制御できるようになったのだ。

まあ、もっと簡単に言うならば思慮深くなったというところであろうか。その結果、彼は自分の能力について、なんとなくあたりをつけている。そうであれば、今までの辻褄が合う上に、納得も行き、自分らしくもある。だがそれをまだ見とめたくはないので、仮説にとどめているのだ。

そして、もう一つ、ヴァル・ファスクの能力の成長に比例して彼の体に起こっていることがある。それは性欲の減退だ。エオニア戦役の頃なんかは、かなり苦労し一人になれる時間を作ったりしていたのだが、今は全くその必要が無くなっている。かれこれ3か月はご無沙汰状態だ。ヴァル・ファスクという種族が長寿であるためなのか、彼はこの年ですでに『元気がない』のである。悩みと言えば悩みだが、悲しいことにそれで困る相手も予定もないのが実情で、この戦いが終わるまでは全く支障がないであろう。というか終わっても正直自分がこのことで苦労しているビジョンが一切思い浮かばないの事実であった。一応病院で見てもらったが、原因不明とのことである。

 

 

「質問はもういいかい? じゃあ話を戻そう。相手がラクレットの正体を握っている可能性は高い。なにせ、ラクレットのご先祖様がまだ生きているくらい長生きなんだからね。だから、敵にここを突かれる可能性がある。君たちを信用してはいるけど、驚きはすると思ったから先に明かしておくのさ」

 

「なるほどね……まあ、別にこいつが何であろうと気にする必要はないね」

 

「ええ、ですが確かに驚くことではありましたわ」

 

 

フォルテとミントは確認し合うかのようにそうタクトに返す。まあ、無理もなかろう。彼女たちの視点ではそれこそヴァル・ファスクは『エイリアン』に近いものなのだから。まさかこんな身近に関係者がいたなどと言われれば驚いてしまうのは当然だ。

 

 

「それじゃあ、『頭の隅っこに置いておいてほしいこと』を伝えたし、もう一つの重大な報告に行くよ。実はオレ、口座の暗証番号忘れちゃって、お金がないんだよ……だからお茶会はレスターのおごりになる」

 

「おい!! 勝手に決めるな!! 」

 

「えー、偶にはいいじゃん」

 

 

タクトは、事も無げにそんなことを言い始め、いつものようにレスターとの漫才を始める。そんな光景を見て、エンジェル隊の彼女たちはつい吹き出してしまう。こんな時でも笑顔が絶えないのが『エルシオール』のタクト・マイヤーズのやり方なのだから。

 

そして、ラクレットはこのいつもの光景を見て、自らの心が温かいもので満たされるのを感じていた。彼はヴァル・ファスクになっても自らの感情が消えたり減退したと感じたりすることはない。なにせ、ヴァル・ファスクは感情を持てない種族ではないのだから。

彼等は感情がないのではない。それがラクレットの持論だ。彼等はまず、『目の前で起こった現象に対して考察をする』これは、なぜそれが起こったのか? を最初に考えるという事だ。そこに個々人の感想はなく、一定の理解力、論理力があれば、誰であろうと同じ答えを導き出す。動物の死骸が道路上にあれば、人は『かわいそう、車にひかれたんだ』と捉えるであろう。

もしかしたら別の感想を持つ人もいるかもしれない。しかし彼らは一律で『タイヤの跡がある、車に引かれたのであろう』と推察するのだ。こうした、考察する という行動が全ての事象に対して行われてしまい、個々の変化というものが起きにくいのだ。故に感情が理解し難い。いうなれば『冷静な考察が感情を抑制するのだ』

 

まあ、ようするに、頭でっかちな奴らなのである。ラクレットの考えでは。

 

 

「それじゃあ、皆、あと30分ほどだから、各員搭乗し、指示を待て!! 」

 

────了解!!

 

 

タクトのその言葉と同時に、エンジェル隊はその場を後にする。ラクレットも一瞬振り返り二人を見たものの、敬礼して彼女たちの後に続いた。

 

 

「驚いたかい? レスター」

 

「驚かないと言えば嘘にはなるが……いや……心のどこかで違和感を覚えていたからな、あの成長速度と、操縦技術に」

 

「ヴァル・ファスクの生態や能力についてまとめた資料あるけど読むかい? 」

 

「ふん! どうせ俺に読ませて、作戦を立案するのを手伝わせるんだろう? まあいい、やってやる。この程度10分で読み切ってみせるさ」

 

 

タクトとレスターはそのようなやり取りをしつつ、静かに間近に迫った戦いへと、心の中の闘志を燃やしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラクレットさんの事が、皆さんの知るところとなりましたか……」

 

 

クロミエは、クジラルームでそう呟く。彼はラクレットの心を深層心理までまるっきり宇宙クジラが読んだことを聞いているので、正体を知っていた人間の一人だ。故にタクトがエンジェル隊に公開するという事も聞いていた人物でもある。

 

 

「その翼があれば、貴方はどこまでも行けますよ……ラクレットさん」

 

 

クロミエはもう1年も前の事を思い出す。

クロミエは、廃人となるほどのストレスを感じてしまった『ラクレット』を殺したのだ。

 

宇宙クジラに命じて、彼の脳に直接的に呼び掛けてもらった。宇宙クジラは人の精神に対して影響を持つ声で鳴くことができる。脳に干渉出来るのだ。クロミエはそれにより、ファーゴの壊滅を見て気絶していたラクレットの人格を丸ごと消し去ったのだ。

 

そう、あの時点で芽生えていた『1つ目のラクレット・ヴァルター』という人格は消え去っている。彼の前世である『太田達也』を主体とし、混ざり合ったあの人格は、『自分が主人公である世界で自分のせいで人が死ぬことに耐えきれなかった』

 

あの時はラクレットを気付つけない様に、記憶を封じたと言ったが、実際はそうではない。彼の意識の根底にある『太田達也』という前世を残して、それ以外のものすべてを奪い去り、クジラルームに誘導。そこにその上にあった『太田達也を主体としたラクレット・ヴァルター』という意識を彼に戻し、同時に『太田達也』を殺す。

 

それにより彼の意識の構造が『太田達也』→『太田達也を主体としたラクレット・ヴァルター』 から 『太田達也を主体としたラクレット・ヴァルター』→『ラクレット・ヴァルターそのもの』に変化したのだ。

 

あの時クロミエが言った、ラクレットにしかできないというのは、通常、人格意識を消されてしまえば、それは空っぽの廃人になってしまう。しかし、前世という別の意識があった彼にはこういった荒療治が可能であった。

 

彼はなにもない、真新なラクレット・ヴァルターとしてあの時生まれ変わったのである。

 

 

「それが、彼のヴァル・ファスクとしての適性をより強固なものにした……皮肉な話ですね、彼が求めた力は、彼が死んだから手に入ったのですから」

 

 

クロミエは、そんな風にされてもなお、自分の事を嫌わない遠ざけないラクレットを、心の底から好いている。不完全であった彼を独断で矯正したのは、彼があまりにも辛そうだったからだ。その結果前世というものが希薄となり、擬似的に新たな人生を踏み出すこととなった親友を本気で尊敬しているのだ。

 

 

「僕はあなたの止まり木に成りたい。貴方が疲れたときに羽を休められる場所で居たい」

 

 

クロミエは、誰にも話したことのないそんな事実を、ふと思い出すのであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。