僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第12話 カースマルツゥの実力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃはっ!! これはこれは、御同胞さんじゃーないかい!! 」

 

「そういうあなたは、なんですか? 」

 

「ヴァル・ファスクの王様、ゲルンの左腕ってところかねぇ!! 」

 

 

 

戦闘可能宙域……といっても、敵の拠点近くということだが、そこにエルシオールが到達したときに見たものは、無数とまではいかないが、数十はくだらないであろう敵の艦隊であった。

気持ちでは負けないつもりでいても、さすがにこの数を見てしまうと、委縮してしまうのは仕方ないであろう。というか、敵の前線拠点を、1隻の艦で落として来いという、本国の命令がおかしいのである。せめてザーブ級の艦を3隻くらい護衛にほしかった。

 

その大艦隊にタクト以外の全員が同じ気持ちを抱いていると、突然強制的に通話チャンネルが開かれ、白髪の30代半ば程に見える男性が猛禽類のような笑顔と、男性にしてはやや高めな声で話しかけてきた。

ラクレットは、それに対していきなりかと思いながらも、どうやら自分をご所望のようだからと、自分へ言い訳しつつ、冷静に対応することにした。

 

 

「もしかして、 爺さんの関係者? 」

 

「あいつは俺の兄だよ!! てめーみたいな半端ものと違う純血のヴァル・ファスクだ」

 

「へー、爺さんの言っていた、極右的なヴァル・ファスクってあんたか」

 

「俺の大事な部下にご執心なのはいいけど、なにか用? 何もないならどいてくれないかな?」

 

 

そんな二人の会話を、きれいな流れで間に入ってくる人物がいた。当然のごとくタクトである。

まさか、ここまで一瞬でラクレットの正体をばらされるとは、さすがの英雄も思っていなかったのである。ブリッジや、エルシオール艦内も、唐突すぎる流れに理解が追い付いていないようで、考えていた作戦はおじゃんになってしまったか。と悲しみつつも、味方がより混乱しない内に、白黒はっきりさせておこうと、通信に割り込んだのだ。

 

 

「へー、お前がタクト・マイヤーズか……あんたの部下が、ヴァル・ファスクなのも知ってそうだなぁ、おい」

 

「もちろんさ。君のお兄さんだっけ? 彼は皇国に正式に亡命したよ。女皇陛下の正式な客人として、一緒に行動している。ラクレットを使った離反工作なんて、考えないほうがいいよ」

 

「なんだ、つまんねー……味方だと信じていたやつに石を投げられる、ダイゴの子孫が見たくてロウィルを殺したっていうのになぁ」

 

 

爆弾発言の連続に、タクトは冷や汗を流す。こいつは今なんといった? 一瞬だけ理解が遅れてしまうが、態度には出さず、あらかじめ決めておいたレスターへの合図を送り、エルシオール内に、ラクレットの詳細を通達させておきつつ、話を聞く姿勢をとる。

 

 

「それは、どういうことなんだい? 」

 

「あ? んなもん、あいつが邪魔だから殺しただけだ。そこに理由なんていらないだろ? 」

 

 

当然のごとくそう言い放つ、まだ名前も知らない目の前の男にタクトは初めて恐怖という感情を覚えた。必死に表情に出さないように、彼は冷静を取り繕う。

なにせ、一切理解できない、こちらの持っている物差しで測れない存在だ。ロウィルはこちらに興味がないのか、図らせようともしなかったので、ここにきてようやく理解した、ヴァル・ファスクの特質である。

 

 

「タクトさん、ヴァル・ファスクは徹底した実力主義です。裏切りや暗殺といった手段に何ら抵抗を持たず、それを怠った側が悪いという考えが主流です」

 

 

ブリッジにいたヴァインが、タクトにそう補足する。タクトは認めることはできないが、理解することができた。こういったところが、異種族である、ヴァル・ファスクと、こちらの差なのであろう。

 

 

「そ-いやまだ名乗ってなかったな、俺はカースマルツゥだ。個体名なんて他者と自分を識別するためのラベルに過ぎないが、お前たちを殺す相手だ、覚えておけばお前たちが言うところの、死後の世界で会えるかもなぁ」

 

「オレはタクト・マイヤーズだ。エルシオールの艦長で、エンジェル隊の司令官さ」

 

「覚えていたら、墓に掘ってやるよ、異文化の勉強になりそうだからなぁ!! 」

 

 

そう言い残し、カースマルツゥは通信を切る。

タクトは、いままでの一連の会話にどこか違和感を覚えたものの、とりあえずヴァインに振り向く。

 

 

「だまっていて、悪かったね。ラクレットはヴァル・ファスクの子孫なんだ」

 

「いえ……そんな軍事機密を、ただのゲスト過ぎない僕たちには洩らせないでしょう、気にしないでください。それに彼は良い人だ。僕も姉も気にしませんよ、生まれなんて些事は」

 

 

タクトは、その言葉を聞くと、立ち上がりエルシオール全体に通信を送ることにした。

 

 

「皆!! ラクレットのことは聞いてくれたと思う!! 驚いたかもしれないけど、あいつが俺たちの仲間なのには変わりはない、だから安心してくれ。そして今からすごい数の敵と戦うわけだけど、みんなに言っておきたいことがある!! 」

 

 

そこまで言って、いったん口を閉じ、唇を湿らしてから、軽く深呼吸。そして再びタクトは発声する。

 

 

「オレ……この戦いが終わったら、女皇陛下にボーナス要求するんだ……」

 

「おい、戦い前にふざけすぎだぞ!! 」

 

 

レスターも、タクトがこの艦の空気を深刻過ぎないものにしようと、敢えてボケたのをわかってはいるものの、やりすぎだというのは事実なので、後ろから近寄り頭をはたく。

レスターの行為も、見つかればそれなりに処罰を行けなくてはならないものなのだが、エルシオールにおいてはすでにお約束となっており、咎める者も、不快に思うものもいなかった。

 

ヴァインは、そんな光景を一人少し離れたブリッジの隅で、自分なりに考察しながら見つめているのだった。

 

 

 

 

「敵の数が多い今回は、敵の旗艦を打ち取るべきであろう。敵の布陣から考えて、右側から回り込むのが得策だと思われるがどうする? 」

 

「そうだね、それで問題ないと思う、変な奇策に走るよりも、右の小惑星の間をすり抜けていくのがベストだね。短期決戦にしたいけど無理はしすぎちゃダメって感じかな」

 

 

レスターと作戦会議にうつるタクト。今回は完全に数で負けており、補給が限られている進攻戦で、全艦を落とそうというのは土台無理な話であろう。敵の旗艦を落とすほうが現実的である。どうせ囲まれるのならば一度に相手する数が少なくて済む小惑星帯を突き抜けて強襲するという物だ。

 

 

「あのランゲ・ジオ戦艦だっけ? あれ自体は、ヴァインからもらったデータにはあった。だけどあの旗艦となっているのと、その周りを囲っているのは、少し違うよね」

 

「ええ、あれはおそらく長距離の任務に就くことが多い彼のカスタムでしょう。速度よりも燃費に優れており、レーダーの性能や通信の性能が高い艦ですね。反面装甲は薄めといったところでしょうか」

 

 

確認するかのように、すでに聞き出しておいたことをヴァインに問いかけて、タクトはエンジェル隊に間接的に伝える。

 

「みんなー聞いていた通り、迂回して旗艦を目指すよ。旗艦が距離をとって、こっちを囲むように敵艦が迫ってきた場合は各個撃破で長期戦するけど、そうじゃなかったら、そのまま押し切る」

 

━━━了解!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予想通り、オレじゃあ相手にするのは無理かねぇ、まあ仕方ねぇな」

 

 

戦闘が開始して、おおよそ15分ほどで、すでにあらかたの決着はついていると見える状況が構築されてしまった。エルシオールとエンジェル隊は、巧みにこちらに切り込んできており、足止めのために艦隊を回しても、砲門を落とされたら、そのまま放置されるなど、最小限の労力で最速で進軍してくるのだ。

 

カースマルツゥは、どちらかといえば、努力型のヴァル・ファスクだ。彼は過去に兄という汚点があり、ヴァル・ファスクであるということに誇りを持っているが、別段、すべて能力が高いわけではない。

ゲルンのような、カリスマや政治的手腕に優れているのでも、ヴァインやネフューリアのように工作や諜報に利があるわけでも、ロウィルのように軍略において頭角を現しているわけではない。

彼が得意なのはその、ヴァル・ファスクからすら恐れられる残虐性と、謀略だ。彼がこなしてきた仕事は主に、かろうじてクロノクェイクを生き延びた文明の芽を摘むという任務だ。この任務は同時に、その星が資源惑星として優秀ならば、植民地とし資源回収用に改造するという目的もある。

何人ものヴァル・ファスクが行っているが、彼ほど効率的かつ正確に根絶やしにする者はいない。せいぜいが、星を砕かない程度に焼いた後、資源回収用のドローンと、治安維持用の警備ドローンに指示を出して次の星へ。といったものだ。

彼は、神を自称し文明に近づき、一部が反乱すれば容赦なく殺す。そして、従ったものには、神の御業と称し、資源回収用の生体ドローンとして改造、または洗脳を行う。あとは全力で資源を回収させ、100年後くらいに回収に携わった者を殺し無人とする。

手間はかかるがこの方法は後の反乱の芽を摘める上に、確実であるのだ。最も、9割以上の星は、回収の価値なしと判断され、彼の手によって最初に星ごと砕かれている。

 

そんな彼は、このように布陣し、正面から見合った時点で負けているのだ。

この前の戦力分析で、彼は弱点を見出すと同時に、彼の手には余る相手だということもすぐに察した。それなりの優位な点があったが、ロウィルを撤退不可能なまでに追い込んでいるのだ、数で勝っただけで、自分が勝てるわけがない。

 

故に彼は弱点を突く、彼の戦いはそこから始まるからだ。

わざわざ、『旗艦とその周囲を除いて、敵に見せたことのある、比較的安価で低性能の艦だけで陣を敷いた』のには意味があるのだ。すでにこの複雑なデブリ帯には、毒を仕込んであるのだから。

 

最後の仕上げとばかりに、ヴァル・ファスクならば誰でも持っているVチップを操る能力を起動させる。これを用いれば、どれほどの距離があいていても、通信を送ることができるのだ。ロウィルが、遠く離れたトランスバール本星まで、通信を届かせていたのもこれである。最もそれなりの下準備と優秀な機材が必要であるという難点はあるのだが。

 

 

「元老院の懐刀のヴァインちゃーん、ちょーっと協力してもらうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、思ったよりもあっさり進んでいるな」

 

「ああ、戦艦の動かし方は悪くないけど、前線基地の艦にしては性能が低すぎるよ。まあ、高くても倒せた自信はあるけど」

 

「よく言う」

 

 

エルシオールのブリッジは、思ったよりもスムーズに戦闘が進んでいることに安堵していた。もちろん、油断をしているというわけではない。単純に激戦なり苦戦になると思っていたのだが、それがそこまででもなかったというわけである。

 

ラクレットが、正確に足の遅い艦の砲門だけを沈めて、被害と時間が最小限で進めているのが大きいのかもしれない。ラクレット曰く「数回戦えば、体で覚える」とのことで、これからの戦闘では有効に活用できるはずだと、タクトは考えている。

 

そんな中、ヴァインが一瞬驚いたかのように、頬の筋肉が反応したのだが、周囲の人間は誰一人として気づくことはなかった。

ブリッジが一瞬静まった時にヴァインは口を開いた。

 

 

「カースマルツゥは、別段ロウィルほど優れた軍才の持ち主ではありません、高い地位にいるのも、単純に長く生きているという理由でしょう。加えてEDENより先の文明に警戒を割くくらいなら、彼等にはもっと優先しなければならない警戒対象があると聞きます。詳しくは知りませんが」

 

 

ブリッジが一瞬静まった時にヴァインは口を開いた。彼の声は、戦闘を続けているエルシオールの中でもよく通った。

 

 

「知っているのかい? 」

 

「いえ、幹部であるということ程度しか……ですが、先にも申し上げましたが、優秀な人物だという話は特に聞きませんでした。現に今になってようやく思い出したくらいです」

 

「……出世欲に駆られて、ロウィルを殺してこのざまとは……呆れてものも言えん」

 

 

レスターが皮肉るようにそう言い放つ。まるで人間のようなミスをやらかしている、ヴァル・ファスクに対して、彼は彼なりの毒を吐いたのである。

 

 

「敵旗艦、護衛艦を伴い、撤退していきます!! 残りはすべてこちらに向かってきている模様」

 

「こちらも後退しながら迎撃でいいよ。どうせまっすぐ追ってくるだけの敵だ、急ぐ必要もない、確実に潰す」

 

 

そんな会話をしていると、あっさりと撤退していく敵の旗艦と19の護衛艦。主戦力と頭脳を欠いた敵に、負ける要素もないのでそのまま確実に敵を削り、タクトたちは、EDENまでの道を確保することに成功したのである。ラクレットは、想定外の事態に狼狽したものの、表情に出すことはなかった。

 

 

誰が誰の掌の上にいるのかを、誰もわからないままに、どちらも自身が優位に立っていると思ったまま、戦いは次の段階へと進んだのであった。

 

 

 

 


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