僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第13話 男たちの思惑 前編

 

 

 

「ヴァイン君についてですか? いい弟さんだと思いますよ、お姉さんの世話をしているところをよく見ていますし」

 

「ヴァインさんですか、まあ、たまに見かけますけど別に普通かと、稀に文化の差に驚いてはいますが」

 

 

敵の前線拠点を奪い、それなりに余裕が生まれたエルシオールでは、タクトがいつもの日課の艦内散策に、とある目的を加えていた。

ヴァインに関する聞き込みである。彼は別段ヴァインのことを疑っているわけではない、だが、この前の戦いが終わってから、若干の胸騒ぎがするのである。

 

なにかを、そう、何か当然のことを見落としてしまっているような、そんな、落とし物をしてしまったような、胸のざわつきが彼を苛むのだ。

 

そういったわけでとりあえず、なんとなくの不安要因になりそうな、外部から来た二人のうち特にヴァインが艦になじんでいるかどうかの確認がてら、聞き込みを行っているのである。

 

その結果得られた結果はおおむね好評なそれであり、思い過ごしかもしれないと、結論をつけようとするも、どうにも胸騒ぎが止まらず、レスターに相談しようと自室に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何の用だかを確認しましょう」

 

「話が早くて助かるねぇ、ヴァインちゃん」

 

 

ヴァインとルシャーティの自室、姉と彼の二人しかいないこの部屋で、ヴァインは確かに自分以外の男の声を聴いた。それは深淵の向こう側から語りかけてくるように物々しく、頭の奥底に響くものだった。

ヴァル・ファスクは、直接相手の身に着けている媒介に接続できれば、そのような距離であっても、相互に通信ができる。しかしながら、ヴァインの媒介はヴァル・ファスク製のそれではない。潜入任務の辻褄合わせのため、EDENの人間の服装に合うようにデザインされたものだ。接続に必要なコードを知っている人物は、自分の直属の上司である、元老院のお歴々だけであるはずだったのだが。

 

 

「前回の戦闘、あれはどういった意図があったのか、推測できません」

 

「まずはそこからってか、まあいいや。オレにはちょっとした目的があってね、ダイゴの子孫いるだろ? あれ、殺したいんだわ」

 

「……続けてください」

 

 

ヴァインとしては、先ほどの戦闘中に、突如緊急用の秘匿通信を繋いで来たということに対しての理由説明がほしかったのだが、どうやら、彼は自分の動機を解説したいようで、ヴァインは大人しく聴衆に徹することにした。そのほうが早いと理解したからである。

 

 

「んで、まーちょっとしたお遊びっていうかぁ? 策があるのよ。オレが弱いと思ってくれたほうが都合よかったからなぁ」

 

「それを僕に言わせたと……残存兵力を伏兵にでも使うんですか? 」

 

「そんな所さ、んで、コンサバの元老院を一人捕まえて吐かせたんだけど、ヴァインちゃん、作戦変更になったみたいじゃん」

 

 

さらっと、とんでもないことを言ってのけるわけだが、ヴァインは別段狼狽しなかった。この男ならそのくらいやりかねないと判断したのだ。彼の利がそのリスクを冒してでも得るべきものだったのであろう程度の認識だ。

 

 

「例の妨害、および可能であれば奪取せよというのは、心の理解を優先するようにとの指示です」

 

「そうそう、それだよ! それ! それは良くないよぉ。リスクとリターンが見合ってない。潜入までして、捕虜を返却しているんだぜ? ────ヴァインちゃん、奪取と妨害をしてもらうよ」

 

「……あなたにその命令ができる権限はないはずです」

 

 

ヴァインは、なんとなく読めてきた。要するに彼はこの後残存勢力(といっても、質的には先ほどの艦隊よりもむしろ手ごわい)で奇襲を仕掛けるつもりなのであろう。そしてそのタイミングとして、こちらが何かしらの妨害をした時を狙うつもりだったのであろう。

なにせ工作員がいるのだ。効率を重視すべきなら、タイミングを揃えるほうが良い。そのために、元老院を一人どうしたかは知らないが、作戦を吐かせるようなことをしたのだ。

 

しかし、蓋を開けてみれば、妨害工作はかなり消極的、それどころか下手したらしない可能性のほうが高いということだ。それでは、奇襲は破られてしまうかもしれない。というより、指揮官の腕を顧みるに、破られるであろう。

 

それでは、カースマルツゥの目的は達成できない。彼はヴァル・ファスクが人間よりも完全に優位な種族であることの証明と同時に、人間という下等生命体に肩入れし、一族の恥となった兄と、その子孫をこの世から消し去ることだ。

ヴァル・ファスクの切り札となる最終兵器の優位性を彼は認めているが、そんなものがなくても、証明するのが彼の行動目的なのだ。そのためにはどのような犠牲だっていとわない

 

 

「そっかー、それじゃあ交渉は失敗だなぁ。いやーヴァインちゃんには交渉材料がないからなぁ……ライブラリー管理者の命なんて、交渉台には乗っからないだろうからなぁ」

 

「……どういうことでしょう? 」

 

「いや、別に? ただ、コンサバの元老院が持っていた、非常用の遠隔殺害装置のコードを教えてもらっただけだからね、オレは。そりゃそうでしょ、本当にわずかだけど、人間が優位になって、こっちが不利になる可能性のある、ライブラリーの管理者なんてものを、保険もなしに敵に保護させる? 」

 

「いえ、それはそうですが……なぜあなたがそこまで」

 

 

ヴァインは、彼が全く意識していないが、完全に交渉の席についていた。脈拍、呼吸がともに緩やかに上昇しており、それを彼は自覚できていない。

 

 

「オレは目的を果たしたいだけさぁ、ここからその管理者の媒介に接続して起動させるまで3秒もかからない。俺は妨害工作をしてほしい」

 

「脅迫ですか? 」

 

「ヴァル・ファスクに他人の命で脅迫なんて、できるわけも、するわけもないじゃねーか」

 

 

ヴァインは目の前に座って、虚ろな目で本を読んでいる、ルシャーティに目を向ける。なぜだかわからないが、この目の前の管理者が死ぬということに頭のどこかがざわつくことを感じた。それに対して理由を考えると、すぐに自分が納得できるものが見つかり、それを口にする。彼は元老院の直属であり与えられた任務を達成する必要がある。しかしそれよりもヴァル・ファスク全体に、ヴァル・ファスクとして利になるべき行動をとるべきなのだ。

 

 

「管理者を殺されては、次の管理者を管理するまでのタイムラグが生まれてしまいます。その際に確保されてしまえば大きな損失です。皇国の人間に生まれれば手出しも難しくなる。いいでしょう。妨害工作を実施します」

 

「いやーありがとね、こっちも話を聞いてくれるほうが助かるからさぁ」

 

 

その後、戦闘を仕掛ける時間を決めると、その声はそれっきり聞こえなくなった。ヴァインはこみあげてくる何かが、裏切りに対する嗚咽感だということに気付かないまま、いまだ虚ろな目をしたルシャーティの髪を手ですくい上げる。

 

 

「やってやるさ、管理者の保護くらい……僕一人でだって」

 

 

そしてヴァインは行動を開始する。時間はない、白き月との合流前に一戦やるというのだから、長く見積もって48時間程度だ。

 

 

「この独断専行は、高くつくぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラクレットは、そろそろ起こるであろうイベントの阻止のため、格納庫で張っていた。彼の兄から渡された指示一覧に記されていたこと(時間経過とともにロック解除され読める情報が増える)は、ヴァインにひたすらエルシオールの害となる行動をさせないというものであった。

ラクレットが、足りないながらも冷静で、合理的な頭で考えた結論は、ヴァインを生存させるものではないかと踏んでいる。そして、実は2重スパイだったんだよと公表し、ヴァイン自身には脅迫をかけ、自分の勢力に取り込むつもりだとみている。

正解は知らないが、割と良い線を行っているのではないかと、彼の中では答えが出されていた。

 

 

そういったわけで、そろそろヴァインが来てラッキースターに細工をするであろうから、優秀な頭脳(笑)を持つ彼は、格納庫と隣接しているクジラルームの入り口近くの壁に寄り掛かっていた。彼を知る人物からすれば、クロミエが出てくるのを待っているとでも見えるように。

15分ほどそういていただろうか、なんとなしに、正面に向いていた顔を、右側に向けてみると、綺麗な金髪の少女が、クジラルームから出てきた。ルシャーティである。とりあえず、無視するわけにもいかず、彼のとっている態度的にここは話しかけないという選択肢がないであろうから、なるべく偶然を装い話しかけることにした。

 

 

「こんにちは、ルシャーティさん、奇遇ですね」

 

「こんにちは、ヴァルターさん。何をしているんですか? 」

 

「……いや、特にはなにも」

 

 

とりあえず挨拶をしたらそれで終わりかと思っていたラクレット。だから、まさか向こうから、話題の続きを話し返されるという事態に発展するとは思えず、一瞬反応が遅れてしまう。

打算抜きに彼女に近づいていたのならば、素晴らしく嬉しい事であっただろう。

 

 

「それでは、少々お話に付き合っていただけませんか? 相談したいことがあるんです」

 

「……相談ですか? 」

 

「はい……」

 

 

若干の憂いを帯びつつ、か弱い声で彼女はそう言った。ラクレットは、この場の空気が完全に断れるものではないなーなんて。のんきなことを考えていた。故に、彼は油断してしまった。

 

 

「こちらで聞いていただけませんか? 」

 

「え? あ、え? あのいや、え?」

 

 

ルシャーティが、いつの間にか、自分の真下(二人の身長差はおおよそ30cm弱)に来て、袖先をつまんで引っ張って居たのである。もちろん、体重差が倍、筋力差は何倍あるかわからないほどの差があるので、振りほどこうと思えば、いつでも振りほどけるわけだが。

そんなことをできる、ラクレットではない。彼は天使と決めた人物にはとことん従ってしまうのだ。それが演技でも。そして、そのまま流されるがごとく、クジラルームに連れ込まれるラクレット。手ごろなベンチに腰掛けることになった。ラクレットの頭の中には、何かとてつもなく重大な危機感と、それなりな危機感の二つがあることまでは、何とか自分を客観的に見て判断できるのだが、それがなんなのかを考えるほどリソースがない。

正直に言ってしまえば、彼は緊張し狼狽しているのだ。なにせ憂いを帯びた表情で、異性に相談を持ちかけられたことなど、今まで一度もなかったし、袖を掴まれたことだってなかった。加えて言えば、ルシャーティはラクレットの好みどストライクの女性である。エンジェル隊には正直恋愛感情というものを超えた戦友で尊敬できる上司といった感情が強く、羞恥は覚えても緊張と言ったものはあまりなじみがない。その為、こういった『恋愛対象になりうる』相手と、二人きりになるなんてことはそうなかったのだから。

 

 

「そ、それで……相談とは、何ですか? 」

 

 

沈黙が気になってしまい、そして何らかの焦燥感に駆られて、ラクレットはそう切り出す。こういった場合は、相手を待った方がいいのであろうが、ラクレットにはそういった経験がなかった。

 

 

「実は……ある男性のことです……」

 

「……はい」

 

 

恋愛相談ですか? とは聞かずにとりあえず、先を促すことにする。これだけではまあ、大体の予測しかないのだ。今のラクレットはこの後の予測を立てながら、話を聞いている。

 

 

「私には、気になる男性がいます……ですが、それがどういった意味で気になっているのか、自分にもわからないのです」

 

「と、いいますと? 」

 

「はい……その人が、私にやさしくしてくれると、嬉しいのですが、同時に怖いんです」

 

「怖い? 」

 

「ええ……なにか、大きなものに動かされているような感じはするのですが、それは不快ではないんです。そして、それが怖い……」

 

 

ラクレットは、ここまで来て、なんとなく話の想像がついて来た。おそらく、タクトの事が気になっているが、それがヴァインによりコントロールされたものであるために、自分の本心と乖離してしまっている。その為自分の心にストレスがかかってしまっているのであろう。そんな風に結論付けながら、ラクレットは聞いていた。

 

 

「その人の事も、私にとっては悩みなのですが、また別の悩みもあるんです……」

 

「べ、別の悩みですか? 」

 

 

ラクレットは、今の悩みに対してどう答えようかと悩んでいたタイミングで、突然別の悩みを出されて、出鼻をくじかれたようになってしまう。というか、話の転換の仕方が急すぎる。自らを揺さぶるようにもてあそばれるような話し方だ。

 

 

「これも、また別の男性の事なのですが……私はどうも、その男性の事が苦手で……」

 

「……」

 

「ですが、もう少し距離を縮めたいなって……そう思っているんです」

 

「そう……ですか。それは、いいことですね」

 

「それで、どうすれば、もう少し、近づけるんでしょうか? 」

 

 

ラクレットは、なんとなく。そうなんとなく少し勇気を出してみようと思った。それはもしかしたら、このクジラルームという優しくて、通いなれた場所の影響かもしれないし、朝見た占いが、上から2番目の幸運だったことを思い出したからかもしれない。けれども、結果としては同じだ。彼は少し勇気を出してみた。

 

 

「……名前を」

 

「え? 」

 

「名前を呼んでみるというのは、どうでしょう? 」

 

「名前ですか……そうですね、良いかもしれません」

 

 

ラクレットのアドバイスに、にこりと柔らかく笑みを浮かべるルシャーティ。ラクレットは体温が少し上昇し、自分の頭が一瞬平衡感覚を失い、視界が軽く揺さぶられてしまったかのような感覚を覚える。

ラクレットの五感全て、いや第六感までもが、ルシャーティに注目している。桜色の小さな唇から、次に詠われる調べを、聞き逃さない様に。僅かばかり朱に染まった頬の内側にある筋肉の動きを見逃さない様に。自分とは違い、全くと言っていいほど目立たない喉仏の上下の運動を感じ取るように。

 

 

「────ラクレットさん……」

 

「……なんですか? ルシャーティさん」

 

 

初めて呼ばれたその名前に、ラクレットは言いしれぬ感慨のようなものを得る。それは、とても甘く、優しい響きだったと、彼は自分の記憶がこの場面を再生する時、付属情報として、そして感想として思い出すであろう。胸の中にあった彼女の方向を向いている何か暖かな思いが、急に高まってはじけたのだ。

 

しかし、突如として異変が訪れる。

 

 

「いえ、なんでもありま……」

 

 

ルシャーティが突如、言葉を切り動作を止めたのである。ラクレットは、今の今までルシャーティに注目していたので気づいた。先ほどまでの彼女と全く雰囲気が違うことに。

ラクレットは、その経験に裏打ちされ、研ぎ澄まされた第六感により、少し距離を離して座りなおすことにした。

 

 

「大丈夫ですか? ルシャーティさん」

 

「……え? あ、はい!! あの、どうして、ヴァルターさんがここに? 」

 

「……ただの散歩ですよ。体調は大丈夫ですか? 」

 

「はい、別段異常はありません」

 

「そうですか、それは良かった」

 

 

ラクレットは、筋書きが読めてきた。しかし、この事態を彼は理解している素振りを見せてはいけない。なぜなら彼は、『一貫して意識を持っていたルシャーティと話している認識』であるべきなのだから。自分は鈍感で盲目な狂信者であるのだから、これが何かしらの策略であると気付いていると『彼女の向こう側に座っている人物』に気取られてはいけないのだから。

 

 

「私は、これで失礼します」

 

「はい、お気を付けて」

 

 

ラクレットは、クジラルームを後にするルシャーティの背中を見送り、それがドアに隠れるタイミングで思い切り拳を地面にたたきつけた。

 

 

「陽動か……!!」

 

 

暫く硬直し、反省か後悔か、それとも別の何かを自分の中で統制し終えると、彼はすぐに格納庫に向かって走り出した。

 

 

 


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