僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第15話 Is this Misattribution of arousal?

 

 

 

 

 

 

 

 

「分析完了……どうやら無人機の様です。エンジン出力などは1年前の『エタニティーソード』よりも低いみたいです」

 

「まあ、あの機体の仕様上そうなるか……だが、それでもウチのシルス戦闘機よりもスペックは上だ、近づかれたら厄介だな……」

 

 

素早く解析が終わったので、分析をするレスター。エタニティーソードの特性上当然であるが、過去のラクレットよりも当然出力は低い。ヴァル・ファスク内での呼称は練習機であり、そもそも戦力として扱われない機体である。ヴァル・ファスクだけではH.A.L.Oシステムを使い切れず、人間だけではVチップのエネルギー最適化機構が動かせない。そんな機体を戦闘用スレイブで運用する敵の狙いが読めないが、距離さえ取れば怖くない相手だ。

 

 

「ふむ……改めて仮想敵として考えると、ラクレットが乗ったエタニティーソードは艦としては脅威だな」

 

「だね。紋章機では現状問題は無いけど、射程が伸びたら剣が厄介になる」

 

 

レスターが目の前に出てきた敵によって、ラクレットの乗っている機体がいかに戦艦に対して驚異的な存在であるかを再確認していると、ようやっとブリッジまでたどり着いたタクトが、レスターに同意する。

タクトとレスター二人の言うとおり、エタニティーソードは相対的にとまっている艦に対して一方的に攻撃が仕掛けることができるから戦艦に強いのであって、同等の速度で動きかつ、1万5千倍程度の射程の差がある紋章機にはそうそう勝つことができないのだ。しかし剣の火力は紋章機と比較しても謙遜はない。戦闘可能距離が短いために時間足りの火力は低いが、交戦可能範囲における火力は筆舌し難いものである。

 

 

「よし、それじゃあ皆準備はいいかい? 」

 

「いつでもオーケーよ」

 

「奇襲を仕掛けてきた方々にはご愁傷様ですが、準備万端ですわ」

 

「修復の準備は整っています。使わないに越したことはありませんが」

 

「任せときな! 白き月が来る前に掃除を済ませるよ!! 」

 

「常在戦場の心構えの前に奇襲は通じません」

 

 

いつも通り、2番機から6番機までは好調な様子をアピールしてきている。タクトは問題なしかと、安心しかけるが、ここでイレギュラーな出来事に見舞われる。

 

 

「ラッキースター、今日も絶好ちょ……きゃぁ! 」

 

「ただいま配置に着きまし……っぐぅ!! 」

 

「おい!! どうした二機とも!! 」

 

 

何とミルフィーの繰るラッキースターは突然ブースト全開で、持ち場につかずに発進してしまったのだ。一筋の光のような速さで急速に加速していく。慌てて状況を確認しようとするが、今度は同時にラクレットの機体であるエタニティーソードの様子がおかしい。

まるでコントロールを乗っ取られているかのように、小刻みな前進後退上下左右の移動を繰り返しつつ、機体がその場で回転をし始めたのだ。まるで遊園地のアトラクションのような軌道に、さすがのGキャンセラーも間に合わないのか、ラクレットは激しい揺れと衝撃で身動きが取れなくなる。

 

 

「ミルフィー!! どうしたんだ!! 」

 

「わかりません!! 勝手にラッキースターが!! 」

 

「っく!! なんだっていうんだ!! ラクレットは!? 」

 

「操作を! 受け付け……!! ない!! 」

 

 

突然の味方の混乱に、一瞬だが、狼狽を見せてしまうタクト。しかしこの戦場において、数秒のスキは命取りになりかねない。なぜなら、敵の高性能艦に囲まれているのだから。

 

 

「ラッキースターの進行方向、先ほどエタニティーソードと同型の機体を搭載していた戦闘母艦があります!! このままでは……」

 

「そっちには、エセエタニティーソードまでいるのよ!! 」

 

「畜生!! 皆、『エルシオール』はラッキースターの方向に向かう! フォルテとヴァニラとミントで『エルシオール』後ろの敵を足止めおよび殲滅を頼む。ランファはすぐにミルフィーを追いかけてくれ。その後エタニティーソードの偽物……以後敵戦闘機と呼称するから、そいつらを。ちとせはランファの後ろを着いて行って、そのまま可能なら狙撃で撃ち落としてくれ!!」

 

────了解!!

 

 

目まぐるしく指示を飛ばすタクト。その指示は、いまだにその場で右往左往しているラクレットを除いたものであった。

 

 

「ふざけるな、ふざけるなぁ!! ふざけるな!ふざけるな!!ふざけんなぁー!!! 」

 

 

後悔、慚愧、焦燥感、そういった感情が、もう何度目かわからないほどにないまぜになり、ぐちゃぐちゃになるラクレット。

 

 

「もう嫌なんだよ!! どうして僕は何時も━━━何時も! 何時も! 何時も! 肝心な時に何もできない!! 嫌だ!! 嫌だ絶対認めない!! 」

 

 

彼女たちが窮地にあるとき、尊敬する人の危機、そういったときに彼は叩けるように強くなりたかった。なのに、このような時、ここ一番でこそ、彼は戦えない。それどころか足手まといであるその事実は、何よりも重圧となり、彼の心を苛んでいる。いつだってそうだった。ここ一番という時に彼は周囲の足を引っ張ってしまう。ヘルハウンズ戦でも、決戦兵器の適正でもそうだ。だからこそ認められないのだ、もうこんなことは二度と。

 

 

「僕に従え! このスクラップ機体がぁ!! 同じポンコツが命令しているんだ!! 従いやがれ!!! 」

 

 

だから彼は叫んだ。心からの欲求を咆哮し一切の嘘偽りのない真摯な気持ちを。

そして、それこそが彼が最後に必要だったもの。自分をこの世界の住人と自覚し、自分のできることを理解し、ヴァル・ファスクであることを認知し、能力を使いこなした彼が足りなかったもの。それは真直ぐな感情と、自分自身との合成だった。曇りの無いあくなき力への欲求により自分の生存する定義を改めて見出した。そう彼は自身の感情を自分のものとして発し制御したのだ。

 

 

「動けええええぇぇぇ!!!!!! 」

 

 

彼の手の甲が、腕が、二の腕が、肩が、首が、そして頬が、紅く染まっていく。左右対称に2本の紅く染め上げられた筋が浮かび上がっていく。

ラクレットはヴァル・ファスクである。ヴァル・ファスクにおいて能力の強さとは、いかに自分を把握し操作できるかといったものであり、最強のヴァル・ファスクとは、自分のために自分すら冷静に切り捨てられるほどの冷徹な人物だ。そう、それがヴァル・ファスクにおける、今までの強さだった。

ラクレットはヴァル・ファスクである。しかし彼は混血でありながら、その血にしてはあまりにも強力な力を発揮できていた。1/4以下に薄まれば効力を発揮しないであろうヴァル・ファスクの血が1/64で驚異的な能力を行使している。そう、彼は新たな時代におけるヴァル・ファスクの最強になりえる。感情と理性両方を併せ持つ彼は、ヴァル・ファスクの適応における新たなるモデルかもしれない。ハイブリットに感情と理性を持ち合わせる。そんな普通な事をかれは当たり前のようにできていなかった。だがもう違う。彼は能力の阻害になる感情があるからこそ、ヴァル・ファスク能力をより強力に発揮できるのだ

 

 

「出力全開!! 発進だぁぁぁ!!! 」

 

「エタニティーソード!! コントロール復帰しました! エンジン出力急上昇!! 」

 

「ラクレット君の体に紅い筋が……」

 

「……やはり、ヴァル・ファスクなんだ」

 

 

自身の力でコントロールを奪い返したラクレットは、光の矢となりて、ラッキースターのもとへと向かう。背後に漆黒の翼を背負った双剣を持つ機体はこの場の何よりも疾く駆けつけていく。紫黒色の装甲に彼に合わせているのか、鈍く朱く光る線が入っており、まるで昔彼が相手にした、無人機やダークエンジェルのようだが、彼の心は正義で燃えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべー!!! ドキドキが止まらない!! 今助けに行きます!! ミルフィーさん!!」

 

 

この状態になったラクレットは感情が高まりすぎたせいか、万能感および高いテンションを発揮している。そのためか、少々ハイになっている。しかし、味方としては頼りになるのが難点であった。

 

 

「ラクレット!! 行くわよ!! って、あんた翼生えてるじゃない!! 早すぎるわよ!! しかも何その顔、新しいファッション? 」

 

「僕が先行します!! 駆逐艦、突撃艦は僕が相手しますから、ランファさんは先に!! それとこれは、仕様です!! 」

 

「ラクレットの言うとおりだ、ラクレットはそのまま手早く周囲の敵を片付けてくれ。ランファ、ちとせはそのまま頼むよ」

 

━━━了解!!

 

「後ろの3人も、そのままで良いよ。ラクレットが頑張ってくれるみたいだから、急いでミルフィーを取り戻すよ! 」

 

━━━了解!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう何度行ったかわからない、そんなことを頭の隅で考えながら、彼は機体を素早く操り移動形態のまま懐に飛び込む。今のこの機体の性能ならば、戦闘形態であろうと、余裕で10隻以上の艦を相手にできるであろうが、彼は速度を重視しそのまま敵と接触する。

移動形態の時の機体横部の翼部分の先端に伸びている剣で、そのまま敵の装甲を貫く。叩ききる動作すら必要とせずに、すれ違うだけで、動力部に致命的なダメージを与え、即座に次の目標へと移動する。

 

 

「撃破!! 次はどれだ!! 」

 

「巡洋艦C,Fと突撃艦Gを頼む」

 

「了解!! 」

 

 

敵の位置をホログラム表示されているマップで側確認すると同時に、機体をその場で90度回転させる。即座にスラスターを全開にして、目標に全速力。自分の役目は、頭数を減らすことである。敵の位置は1200、1500、1650といったところであり、矢のような陣形をとっている。今の彼からすれば、瞬きの間に剣が届く距離だ。

だが、その間すら惜しいとばかりに彼は、叫びなれたその雄叫を発する。

 

 

「戦闘形態へと移行!! 特殊兵装起動!! コネクティドゥ━━━ウィル!!!! 」

 

 

形態を変更している間、慣性操作で敵を一撃で切れる位置へと移動し、移行が終わった瞬間に切り付ける。今や1つになった大剣のエネルギー部の長さは1000Mにも届く圧倒的な存在感を顕示するものになっていた。黒く輝くその剣で、彼は一刀両断に3隻の艦を駆逐する。横一文字に切り取られた戦艦等は、一瞬の間を置きすぐさま宇宙の塵屑の体積を増やした。

 

 

「すごい……これが、ラクレット君の……ヴァル・ファスクの力」

 

「出力は上がっているが、どちらかと言ったら、機体の運用が上達しているな……」

 

 

ブリッジの面々は、冷静に分析するレスターのような人物は稀有であり、多くがあまりにも圧倒的な力に驚愕していた。おそらく、ミルフィーが攫われかかっている事態において、少しでも現実から目をそらしたいという気持ちが、目の前のド派手な出来事へと注目してしまっているのであろう。

 

「よし、道は開けた。今度は後陣の憂いを……いや先陣の憂いを立ってもらう。ラクレット、あの戦闘母艦に突撃行けるかい? 」

 

「もちろんです!! 全力を持って成し遂げて見せましょう」

 

「それじゃあ頼んだよ」

 

「了解!! 」

 

 

ラクレットは再び移動形態に移行すると、ミルフィーの向かう先である、戦闘母艦を破壊しに先行を始める。それと同時にミルフィーが敵戦闘機とすれ違ったのだが、3機のうち1機が、ラッキースターを護衛するように並走をはじめ、残りの二機が、シャープシューターへと進路を移していた。

 

 

「ちとせ、援護お願い!! 一気に行くわよ!! 」

 

「了解です、今お助けします。ミルフィー先輩!! 」

 

 

ランファはミサイルと粒子ビーム砲で、ラッキースターへとダメージを与えないように、護衛している敵戦闘機Cを攻撃する。しかし、兵装もない分、出力が低くても素早く回避し、逆にカンフーファイターに切りかかってくる。ランファはそれを難なく躱すことはできるのだが、派手に攻撃できない分、小型ですばしっこい敵を落とすことができない。

 

 

「鬱陶しいのよ!! さっさとしないとミルフィーが!! 」

 

もちろん無人機であるがため、返答などない。しかし、彼女はどこかバカにされているような、嘲笑われているような、そんな風に感じる。それはこの場を支配する焦燥感のせいでもあろう。

 

 

「ちとせ! そっちは? 」

 

「申し訳! ございません! 一機は撃ち落とせましたが、もう1機に! 取りつかれてしまいました!! クッ!! 」

 

 

一方でちとせも苦戦を強いられていた。接近されるまでに一機は狙撃で落とせたのだが、庇い合いながら接近していたこともあり、もう一機を落とすことができず、かなり近距離まで距離を詰められてしまった。一端近寄られてしまえば、圧倒的にこちらに不利であるため、どうにか回避を続けて、ミサイルとバルカン砲で応戦しているが、回避されてしまっている。

シャープシューターとエタニティーソードで一騎打ちのシミュレーターをちとせとラクレットは行ったことがあるが、地形とスタート位置が、ほぼすべての勝敗を決めているといっても過言ではなかった。シャープシューターの射線が取れ、距離があればエタニティーソードに勝ち目はなく。射線がとれず、距離が近ければ、シャープシューターは成す術がなかったのだ。完全に相性の機体である。

 

 

「急がなくちゃいけないのに!! 」

 

「さっさと沈みなさい!! 」

 

 

ランファとちとせの二人は不利な状況に追い込まれてしまったのだが。まだ希望はある。それは、後陣の憂いを絶っていた、ミント達がおおよその敵を片付けたので、こちらに向かっているのだ。あと10分もあればこちらも到着するであろうが、このままのペースだと、戦闘母艦の攻撃可能距離に入るのが早いかは誰にもわからなかった。

 

 

 

 

「ッく!! やはり、母艦だけあって、硬い!! しかもこれ、近接戦闘機用の火器ばかりついてやがる!! メタを張りやがって! 」

 

「大丈夫か! ラクレット? 」

 

「はい、少々きついですが、やれないことはありません!! 」

 

 

ラクレットが相手しているその戦闘母艦は、なぜか対戦艦用の武装がほとんど存在しない上に、対戦闘機用の武装ばかりが装備されていた。

しかも、例によって例のごとく、Friendly Fireが一部解除されており、装甲の分厚い部分には自らが被弾することも構わずに攻撃してくる。ラクレットは数百を超えるミサイルと数十門の火器に晒されていた。

しかし、ラクレットだってこと戦闘に関しては、すでにバカではない、ベテランであるのだ。着実に砲門を削りつつミサイルを回避している。もうすぐ特殊兵装が打てるようになるという勝算の切り札があり、苦戦中であるが悲壮感はなかった。

 

しかし、予測しない事態というのは、唐突に訪れる。

 

 

「そんな!! 」

 

「どうした!!報告は正確にしろ! 」

 

「ラッキースターの速度さらに上昇!! ミルフィーさんのバイタルが恐怖で乱れています!! 」

 

「だめ!! いうことを聞いてくれない!! タクトさん!! みんな!! お願い早く!! 」

 

 

今までシステムの再起動を試みたり、操縦をしようとしたりと、いろいろ試してきていたミルフィーが、ここにきて明確な恐怖を感じ取っている。このままでは作戦の指揮どころか、今後の皇国の未来まで失いかねないという、最悪のビジョンが皆の頭をよぎる。

少数精鋭の舞台であるエルシオールは、そもそも部隊員の欠員ということをほぼ想定していないのだから。その中でも中心的存在でエースであり、軌跡を何度も起こしてきたミルフィーユ・桜葉が消えてしまえば、ヴァル・ファスクとの戦争に勝つビジョンなんて見えてこないのだ。

 

 

「敵戦闘機撃破! ミルフィー今いくから待ってなさい!! 」

 

「ランファ……危ない! 」

 

「え? きゃぁぁー!! 」

 

 

敵戦闘機をようやく破壊したランファだったが、ミルフィーのラッキースターに近づこうとしたタイミングで、敵の戦艦による攻撃を受けていしまった。 距離があったため、警戒がおろそかになっていたのだ。撃破に成功した安堵もある。百戦錬磨の彼女がそんな単純な油断をしてしまうほど、今の戦場は特殊すぎるのだ。

 

 

「ランファー!!! 」

 

「司令!! 敵母艦から、ラッキースターに対して誘導信号が!! 回収するつもりです!! 」

 

「畜生!! もうこれしかないのか!! 」

 

 

タクトは目の前のトリガーを握りしめる。安全装置をまだ解除していないので、発射はされないが、現在すでにラッキースターにロックオンしており、なるべくバイロットに被害がないように撃墜できる場所を打つ準備はできていた。もちろんなるべくであり、絶対ではない。この世界の戦艦には非殺傷な武器など早々搭載していないのだから。

 

タクトが、セーフティーを解除したその時に、事態は動いた。誰もが予想していなかった行動に出た人物がいたのだ。

 

 

 

「━━━━コネクティドウィル」

 

そう宣言し、ラクレットはラッキースターを切り付けた。

 

 

「きゃあぁぁ――!!!! 」

 

 

突然の攻撃に、悲鳴を上げ、振動に揺られるミルフィー。当然であろう、まさか目の前の味方戦闘機から攻撃をされるとは思っていなかったのだから。

ラクレットの攻撃を受けて、回転するラッキースター、しかし爆発等は発生せず、単純に真直ぐ飛行不可能になったという具合だ。ラクレットはそのままエタニティーソードを滑らせ、剣のエネルギー伝導を切り後ろから抱きしめるように捕獲すると、そのままスラスターを吹かし、エルシオールに向けて真直ぐに飛ぶ。

 

 

「ラッキースター回収しました」

 

 

そう彼が告げることで、この場での戦闘の幕は閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミルフィーの容態は!! 」

 

「司令……大丈夫ですよ、今は意識を失っているけど、時期に目覚めるわ。もちろん命への別状はないわよ」

 

 

戦闘が終わった後、厳密にはラクレットが回収して帰還した後、残党の処理のための指揮をレスターに任せて、タクトは医務室に駆け込んでいた。

タクトとしては、自分が負うべき味方への攻撃を部下にやらせてしまったという負い目もあり、その場に残ろうとしたのだが、レスターが珍しく強く「とっとと行け!! 」と言ってきたのもあり、医務室に向かっていた。

 

 

「ラクレット君が、上手くパイロットにダメージが行かないようにしてくれたのか、外傷は0。女の子には優しい彼らしいわね」

 

「ケーラ先生……」

 

「こういう時こそ、貴方はしゃんとしなくちゃいけないのよ、厳しいだろうけど明日の白き月との合流の時には、司令官の顔をしてもらうわ。でも今晩くらいは彼女のそばにいてあげて」

 

「解りました……ありがとうございます」

 

 

タクトは、相変わらずかなわないなと思いながら、ミルフィーの眠るベッドの横に腰掛けるのであった。

 

 

「ごめんよ、ミルフィー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、今度は司令官室。タクトから権限を借り受けており、先に待機させておいた人物に、残党の処理が終わったレスターは会いに来ていた。

 

 

「まずはお疲れ様だ、ラクレット。調子はどうだ? 」

 

「そうですね、戦闘中に高揚しすぎて、この通りまだ能力が引いてくれません。動悸もしますし」

 

「そうか」

 

 

ラクレットは、いまだに体に紅いラインが浮き出たままであった。先ほどよりは薄くなっているものの、はっきりと見て取れる。おそらく今その気になればこの部屋からでもエタニティーソードを動かすこともできるだろう。現在まだ能力行使状態にあるのも、先ほどのトラブルの原因究明のために、整備班がまだシステムを起動させてチェックしているからかもしれない。そう自己分析しながらラクレットは返答した。

 

 

「……嫌な役割をさせてしまったな」

 

「いえ、あれは自分の判断です」

 

「だが……クルーはしばらくそうは思わないだろう」

 

「……ですね」

 

 

レスターが懸念することは、先ほどの戦闘におけるラクレットの行いだった。正体は明かしていたものの、初めて彼が人とかけ離れた能力を行使するところ見せたのだ。実際先ほどのブリッジクルーの反応は、やはり若干の恐怖をはらんでいたものだと、レスターは観察している。

そのうえで、先ほどのタクトの攻撃の前に素早くラッキースターを攻撃した。もちろん彼の技量をもって、最大限彼女の安全を考えての攻撃であった。しかしだ、味方に向かって刃を向けたのは事実であり、躊躇いなく振りぬいたのもまた存在する過去である。それを、今ただでさえ彼に対して若干の認識の改めを行っているクルーが、どう思うか。そういったものを彼は心配しているのだ。

だからこそ彼はタクトをすぐさま向かわせた。クルーに対してせめてタクトは人情あふれる、人間であることを示さすために。最悪ラクレットとは違うという風潮を作るために。急転直下過ぎる状況にタクトはそこまで考えが回っていないだろうし、彼の意図も理解していないだろうが、レスターが考えているのはそういったことだ。

 

 

「ともかくだ、お前がロックしていた部位が、きちんと誘爆を起こしたりしないところだったのが幸いした。上官に対して殺意を向けたわけではないことの証明はできる。まあ、細かいごたごたはこっちで処理しておくから、今日はもう休め」

 

「ありがとうございます」

 

 

レスターの言外の意味をきちんと受け取ったラクレット。彼はそのまま敬礼をして退室しようとするが、まだレスターが何かを言いそうな気配を察知して、その場に直立不動で数秒待つ。すると、いうべきか悩んだのか、苦悩の表情を浮かべて、レスターは重い口を開いた。

 

 

「それと、これは酷い大人の独り言だ……親友に恋人を撃たせる真似をさせないでくれてありがとう」

 

「……失礼します」

 

 

その言葉を聞いたラクレットは、まるで何も耳に入らなかったかのように、部屋を後にした。彼の頬にはすでに紅いラインはなく、いつもより少しだけ早く心臓が鼓動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァルターさん……」

 

「ルシャーティさん? 」

 

 

彼が自室に戻ろうと歩いていると、部屋の前に意外な人物が立っていた。話しかけられたことと、位置からしてどうやら自分に用があるようだと判断したラクレットは、なんとなくつかめてきた、彼女が不快にならないであろう距離である、2mほど離れた場所で立ち止まり返事をする。

 

 

「何か御用ですか? 一応まだ戦闘後ですから、できれば自室にいていただきたいのですが」

 

 

そう言いながらも、なぜかラクレットは彼女に対して、ひどく違和感を覚えた。いつもの理性を失ったような、そんな瞳ではなく、おそらく操られてなく、自分の意志でここに来ている。そう感じたのだ。そしてそれと同時に、彼女の顔を見ていると、少々ピントが合わさらずに若干頭がくらくらしてしまう錯覚を覚えたのだ。

 

 

「あの……お疲れ様でした」

 

「いえ、慣れていますし、仕事ですから……」

 

 

相変わらず、どこか儚げで退廃的な雰囲気を纏う彼女が、優しい声音で彼にそう囁く。その言葉をなぜかラクレットは久方ぶりに味わう感覚とともに聞いていた。先ほどレスターとの会話をしている間に、緩やかになってきた心臓が、今度は大きく深く脈打ち始める。

 

 

「……私はまだ、貴方のことが少し怖いです……ヴァル・ファスクというのもありますが……その最初の……」

 

「ああ……別に気に病む必要はありませんよ。舞い上がっていたのです。あの時は」

 

 

やっぱりまだ怖がられていたのかと認識すると同時に、なぜかその言葉を聞いたラクレットの心が痛む。曖昧に笑みを浮かべながら、自分の本心かどうかわからないまま、反射的に言葉を返すと、ルシャーティは、まっすぐにこちらを見つめながら、ラクレットに向けて口を開いた。

 

 

「……ですけど、私は今日のことで貴方に対する態度は変えませんから」

 

「…………」

 

「あなたがやった事はきっと、誰かがやらなくてはいけないことでしたから」

 

「ありがとう……ございます」

 

 

こんな風に自分を肯定してくれたのは、今までクロミエくらいだったので、面をくらってしまうと同時に、さらに心臓が早鐘を打っているのを自覚する。もしかしたら、表情にも出してしまっているかもしれないが、ラクレットにはそれを確認するすべはなかった。

 

 

「それでは、部屋に戻ります。おやすみなさい」

 

「はい、よい夜を」

 

 

そう言ってラクレットの横を通り過ぎるルシャーティ。ラクレットは彼女の髪が残した軌跡の残り香を忘れることができなかった。

 

 

「演技してたら、本気になってるかもって、まじかよ……能力の副作用とかであってくれよ……」

 

 

彼はそう呟きながら、ふらふらとした足取りで部屋に入るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





これは、吊り橋効果ですか?

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