僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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私事が立て込んでます


第16話 急転

 

 

 

 

 

 

 

彼女はただ、平和に暮らしたかった。●のような少年がたまに会いに来る、それだけが日々における大きな刺激だった。そんな生活。それでも別段大きな不満はなかったのだ。

出来れば邪魔もなく、自由に少年と会えるような、そんな場所だったら嬉しいな。そう思っていたのだから。

 

 

「ねえ、ルシャーティ」

 

「なーに、ヴァイン?」

 

 

それは彼女の遠い記憶、『自分より背の高い男の子』が自分の名前を呼んでいる。いつも見ている、代わり気の無い表情なのに、彼は何か困っているような、そんな風に彼女は思った。

 

 

 

 

 

 

「僕は、君の事とどう接すればいいのだろうね? 」

 

「せっする? 」

 

「会うってことだよ」

 

「そうなの? 」

 

 

昔の彼は今よりも、自分の前で曖昧な態度をとることが多かったな。そんなことを彼女は思い出した。靄がかかっている記憶達の多くで、彼が戸惑いを見せている物が多いのを、彼女は思い返しているのだ。

 

 

「君は、どんな僕を望んでいるんだい? 」

 

「……わからないよ」

 

「……そう」

 

「でも、ヴァインといっしょにいたい」

 

「そうか」

 

「ヴァインみたいなおとうとがほしいの。わたし、お姉さんになる」

 

「僕の方が、上なのに? 」

 

「でも、ヴァイン、大人じゃない 大人はなやまないんだよ」

 

「それは難しい事なんだよ……姉さん」

 

 

そう、確かその日、私より背の高いあの人は、私の頭をなでながらそう言ったのだ。

あの人は、悲しい様な、嬉しい様な、いつもの戸惑ったような顔で私の事を姉と呼んだ。

それが私たち姉弟のはじまりだった。

 

彼女がそんなことを夢幻の合間で思い返していると、声が聞こえた。

 

 

「姉さん、行こう……貴方は僕が守るから……」

 

(守る? 何からなの? ヴァイン? ) 

 

そんな風に思いながら、僅かばかり残っていた意識は、また何時もの頭痛でかき消された。

 

 

 

 

 

ラクレット・ヴァルターは一晩考えた結果、自分がどうやら、ルシャーティの事を好きになりかけている事に気が付いた。昨日の戦闘の後、昂ぶってしまった自分を、冷たいシャワーを浴びることで沈め、何とか落ち着かせた頭で情報を整理したのだ。

結果、どうにもルシャーティの事が気になってしまっていることが分かった。大きな原因は、自分の事を怖がっているはずなのに、必死にこちらに接しようとしている所と、この前名前を呼ばれた時のギャップではないかと推察している。

 

しかし、しかしだ。ルシャーティはギャラクシーエンジェルに出てくる女性陣の中で上位3人に入る手を出してはいけない人物である。陰謀の道具であり、ずっと利用されてきた哀れな少女であり、しかもそんな中でも自分を操ってきたヴァインを憎み切れなかった。そんな少女である。ちなみに年は不明。

 

とりあえず、いつものようになるべく意識しないで行くことにしよう。そう心に決め、今夜にでもクロミエに相談するつもりのラクレットであった。

 

 

「でもなー、そろそろだしなー」

 

 

現在『エルシオール』は白き月と合流し、格納作業に入っている。もしことが起こるとしたらこの直後だ。エルシオールが白き月に入ったタイミングで、白き月のシステムに何者かが侵入し、混乱させたタイミングで、7号機&クロノブレイクキャノンを奪取されてしまうのだ。

 

色々かき回しているので、起きるかどうかは不明だが、それでも外部の敵の警戒は必要であろう。なにせ、ロウィルという敵はいないが、カースマルツゥがいる為、まだ敵の前線指揮官は健在である。このタイミングで何かを仕掛けてきてもおかしくはない。

 

 

「まーエメンタールの兄貴の事だから、何か仕込んでいるだろうし、僕にも、カマンベール兄さんにも」

 

 

カマンベールはラクレットの正体がばらされた後一悶着あったが、それはまた今度語るとしよう。具体的にはEL編の後の外伝シリーズで。一つ言えるのは、ノア・ヴァルターが戦後にトランスバールのソーシャルセキュリティーナンバーを取得するという事か。

 

 

ラクレットに送られてきている指令書は、すでに8割以上読めるようになっている。そして、白き月と合流して二日ほどで、補給部隊として、エメンタール本人も合流する予定になっている。自分の頭で動く分と、兄の思惑で動く部分、微妙に異なっているが、ラクレットが頑張るのは、いつもの仕事『エルシオールとエンジェル隊を守る』だ。

 

 

昨日の事もあって、周囲にまた微妙に距離を取られているっぽいが、気にしないままラクレットは食堂に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タクトはミルフィーのベッドに気が付いたら顔を突っ伏する形で眠っていたようだ。固まった体をほぐすように伸びをしてから、安らかな表情で眠っているミルフィーを見つめた後、彼は一端自室でシャワーを浴びて着替えて来ようと、医務室を後にした。

 

何時もならレスターにドヤされるどころか、直接来て襟首を掴んで引きずられるような時間なのだが、今日は大目に見てもらえるようで、タクトは比較的のんびり自室に向かっている。

 

 

その時だった、『エルシオール』と白き月に突然警報が鳴り響いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、陽動用はこんなもんでいいだろう……」

 

ヴァインは、夢遊病患者のようなルシャーティの手を引きながら、白き月の中を駆け足で進んでいた。すでに白き月のシステムに介入して、トラブルを起こしている。具体的には、聖母の部屋近辺に侵入者があるようにしたのだ。当然それが誤報であり、すぐに外部から不正にアクセスされたものだとばれるであろうが、今必要なのは時間と注意を逸らすデコイだ。

 

 

「姉さっ……いくぞ、人間」

 

 

誰も見ていないところであり、もう演技の必要が一切ないのに、無意識に姉さんと呼んでしまったヴァイン。ヴァル・ファスクらしくないミスだ。しかしそんなことを気にするよりも今は足が必要だ。

 

 

 

「ついた……これが、7号機、決戦兵器」

 

 

事前に読み込んでおいた地図は完全に頭に入っている為、全く淀みなくたどり着いた場所は、白き月に奥にある格納庫。彼が奪取するつもりのモノは、ここに鎮座されている。7号機。通称決戦兵器だ。

 

 

「武装が外されているか……できれば破壊してから行きたいところだが……」

 

 

クロノブレイクキャノンは純粋な物質的武装であるために、物理的な破壊が必要だ。そんなことをしている時間はさすがにない。もうそろそろ、此処の警備システムが自分たちに気付くであろうから。

 

ルシャーティの手を優しくとり、そのまま自分の方に引き寄せる。横にがっしり抱きしめてから、タラップから7号機へ乗り移る。其の後彼女を後部座席に座らせてから、外部から操作すればよかったことに気付く。また、¥らしくないミスだ。焦っているのかもしれない。そう自分に言い聞かせながら、ハッチやセーフティーを解放。格納庫から外に出られるように進路を確保する。このタイミングでけたたましくアラートが鳴り響くが、もうこちらの方が早い。

ヴァインは歯を食いしばっている事に気が付かないまま、機体を発進させる。

 

 

「姉さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「レスター!! 状況は!? 」

 

「不明だ……白き月に侵入者がいるみたいだが、場所が場所だけに俺達は何もできん」

 

 

ブリッジに駆け込んだタクト、しかし状況は混迷としており、いまいち何が起きているかを把握することができないといった所であった。シャトヤーン様の私室近くに侵入者反応があったらしいが、その場に駆けつけても、カメラの映像を見ても何も異常はないのだ。

 

 

「でもまあ、何かありそうだね」

 

「そうだな……」

 

 

二人がそう言った途端、白き月から通信が入る。即つなげると、画面に表示されたのは、珍しく焦った様子のノアとカマンベールだった。

 

 

「エルシオール!! 7号機が何者かに奪われた!! 」

 

「急いでそっちでも確認して頂戴!! 」

 

「了解!! レスター!! 」

 

「ああ、ココ、アルモ」

 

 

即座に対応を開始するブリッジクルーたち。すると即座に7号機がクロノドライブ可能位置に向かっていることが分かった。すぐさま停止命令を出しつつ、通信を繋ぐ。するとすぐさま、反応が返ってきた。

 

 

「……通信切断されました」

 

 

────明確な拒絶という形によって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、7号機を奪取したのが、EDENの二人組だということが判明する。

タクト達は、補給を最低限済ませ、奪還の為に即追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァイン……ルシャーティ……くそ、どういう事なんだ……」

 

「考えても仕方ないだろう……二人は……いや、少なくとも片方は工作員なり、スパイなり、兎も角敵だったってことさ」

 

「あら、敵と考えるのは早計ではありませんこと? なかなか解放に来ない私たちに見切りをつけてしまった猪突猛進な方々、実は敵に人質や命を盾に取られているEDENの姉弟。ほら、いくらでも考えられますわ」

 

 

場所は司令室。集められたメンバーはタクト、レスター、ラクレット、エンジェル隊だ。いつものメンバーによる作戦会議である。議題はもちろん7号機の奪取という暴挙に出た、二人について。

 

案外予想外に弱い為、頭を抱えているタクト、議論の余地なしと冷めているレスター、味方によっては屁理屈ともとれる理論を展開するミント。それぞれの立場がよく出ているであろう。

 

ミルフィーは現在白き月ではなく、『エルシオール』で療養中だ、2,3日で目を覚ますだろうとのことで、白き月に搬送して高度な治療を受ける必要が見られなかったのだ。これはラクレットの腕と言うより、仮にタクトが『エルシオール』の主砲でこうげきしたのであったなら、誘爆する可能性もありより危険であったとう言う事だ。攻撃する踏ん切りがついていたとすれば、ランファでも同じような結果になったであろう。

 

さて、この場で話し合っているのはもちろん先ほどの事に対する対応を決める為ではない。ただ単純に、どうしてこうなったのかを考える為だ。人は、全く行動の指針を示さない会議でも、ただそれを望むことがある。

余りに信じられないような状況を共有した時がそうだ。今の様に、仲間とはいかなくても、悲しき過去を持った亡命者の姉弟と思っていたのだ。親しみをもって接していたし、戦闘員で軍人である彼等からすれば庇護の対象であった。故にこその彼らは大きくショックを受けているのだ。

 

 

「兆候なんてなかった、でも見抜けなかったのは俺の落ち度だ……」

 

「そんなことはないよ、タクト。実際に彼女ら二人には邪気なんてなかったんだからさ。なんていうか、直感的に安心してたんだよ私も。勘が鈍ったのかねぇ……これじゃ隊長失格かね……」

 

「アタシも全然疑ったりしなかったからね……」

 

 

どんどんテンションが下がって言ってしまう、エンジェル隊の面々。自分がもう少しああしていればと言うのを、全員が感じているのもある。基本的に仲のいい彼女たちは、そうやってよくかばい合いをしてしまうのだ。これは良い方向に回れば最高なのだが、このように悪いスパイラルに入ってしまうこともあるのだ。

 

 

「皆さん、今は休みましょう。一人になったら気分が滅入ってしまうかもしれません。ですが今重要なのは何故より、今後どのようにして取り戻し、再発を防ぐかです。ヴァイン達に追いつくことがあったら、何故の部分もおのずとわかるでしょう」

 

 

そんな中ラクレットはあいも変わらず正論を口にする。皆も分かっているのだろうから、誰かがこうやって口にしなくてはならない。そしてこういった役目はやはり自分またはレスターが向いている。そんなことを自覚しながら。

エンジェル隊は特性上感情的な判断を優先させることによってテンションが上がるのだ。エンジェル隊の中では、理性派のミントでも、結局は感情的に動いてしまうことは多い。そういった意味でレスターや自分はブレーキ役であり、地図を読む役でもあるべきなのだ。

 

皇国の命令を受けたタクトが舵を取り、レスターが地図を読み。エンジェル隊が漕ぐ『エルシオール』と言う艦では、ラクレットは臨機応変に雑用をしつつ、周囲へと気を配るポジションだ。

 

現在エンジェル隊は、ラクレットに対して思うところはある。一寸の躊躇もなくミルフィーを沈めたり、ヴァル・ファスクの血筋だったりと。妙に距離を感じてしまう出来事が頻発しているというのもある。

だが、彼の言うことは事実なので、素直に受け入れ、今は己のできるであろうことをしようと動き出すのであった。

 

 

 

 


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