僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第17話 撃ったら戻る

 

 

 

 

 

 

 

 

「間もなく、ドライブアウトします」

 

 

『エルシオール』は数度かのクロノドライブを経て、ようやく7号機に追いつけるであろう宙域に到達した。戦艦と戦闘機、距離が長くなればなるほど、速度に関しては戦艦に分がある。クロノドライブの継続可能距離が戦艦の方が長いからだ。だが、エルシオールが持っている宙域MAPは今は裏切り者の可能性が高いヴァインから提供されたものであり、航路選択には慎重にならざるを得ず、すぐに追いつくことは出来なかったのである。

最も敵が最大船速やそれ以上で進んでいた場合はこの次の宙域になるであろう。未完成品とはいえ、7号機は紋章機なのだ。限界を超えることはできる。

 

 

「さて、タクト……」

 

「ああ、解っているさ……皆、出撃準備はいいかい? 」

 

「ええ、当然よ」

 

「コンディションは万全ですわ」

 

「任せておきな」

 

「ナノマシン充填率は100%です」

 

「全力を尽くして任務に当たります」

 

「問題ありません」

 

 

それぞれが、そこそこのテンションだとタクトは、再認識する。まあエース不在で、原因不明の理由で戦わなくてはいけないのだ。絶好調とは言えないだろう。だがそれでも十分な士気とテンションがある。

 

 

「ドライブアウトします!! 通常空間に出ました」

 

「至急周囲のスキャンを頼む! 」

 

 

周囲はどうやらアステロイド帯に囲まれ、回廊のような作りになっている。伏兵がいる可能性は高く、また後方から敵が通常空間を経由して回り込んでいる可能性も捨てきれない。

すぐさまスキャンが完了すると、目の前に一機『友軍反応』が確認された。その後間髪入れずに、通信が向こう側から繋いでくる。

 

 

「やはり、追ってきましたか。マイヤーズ司令」

 

「ヴァイン……! 君にはたくさん聞きたいことがあるよ」

 

 

ヴァインは一見いつも通りの顔で『エルシオール』に通信を繋いできていた。タクトたち『エルシオール』のクルーはその様子に思わず身構える。何か罠でもあるのじゃないのか、そう思ってしまったのだ。その余裕はとても追いつかれたからの苦肉の策と言ったふうには見えない。

 

 

「まさか君が、7号機を動かせたとはね……」

 

「ええ、まあ僕の力だけでは無理ですよ。原理的にはヴァルター少尉と同じですから」

 

 

タクトは素早くエンジェル隊と格納庫に発進命令を後ろ手にハンドシグナルで出す。それを受け取ったレスターは、その旨を秘匿回線で伝え、すぐざま格納庫のハッチが開く。

ヴァインからもそれは見えているのか、彼の表情にも若干変化が見えた。まるで後悔をしているような、そんな様子だ。タクトもどうにも様子がおかしいと気付き、ヴァインとの会話を続けることにする。

 

 

「それは、どういった意味かい? 」

 

「……こういう事ですよ!! 」

 

 

ヴァインはその言葉と同時に、瞬間的に彼の能力を発動させる。ラクレットのような混血種と違う、純血で生粋のヴァル・ファスクである、彼は能力の発動に対した手中や時間を要さず、瞬時にその状態になることは容易い。

 

 

「嘘……そんな……」

 

「やはり、そう言う事だったか……」

 

「読まれていましたが、さすがです」

 

 

ヴァインの前進には紅い入れ墨のような筋が浮かび上がっていた。ラクレットのそれよりも数ははるかに多い。それは、何よりも解り易く、ヴァインがヴァル・ファスクであることの証左であった。

 

しかし、タクトはどうにも彼がヴァル・ファスクであることを完全信じることができなかった。彼の一番身近なラクレットは混血であり、人として育てられたのもあり、苦悩し感情を持っている人間であった。逆に今まで敵対してきたヴァル・ファスクはなんと言うか、考え方や言動そのものが違っていたのだ。言葉にはし難いが、タクトが人と接する上で読み取る雰囲気のようなものが、どうにもヴァル・ファスクは人間と違っていたのだ。しかし、ヴァインは人間と余り大差の無い雰囲気だったのだから。

 

 

「それじゃあ、やはり、ルシャーティも!!」

 

 

その言葉に、通信を見ている全員の視線がヴァインの前の席に、虚ろな瞳を浮かべながら腰かけているルシャーティに集まる。先ほどから一言も声を発しない彼女に、不気味な何かを感じつつ、タクトはヴァインの返事を待った

 

 

「……彼女は、本物ですよ。本物のライブラリーの管理者です。彼女はどうやらH.A.L.Oシステムとの適性もあったみたいですね」

 

 

ヴァインはどこか、何かを訴える様な口調でそう言う。しかし、タクトは直感で彼の言葉に嘘はないと感じられた。

 

 

 

「ヴァインお前は、ルシャーティさんの能力でH.A.L.Oシステムで取り出したエネルギーを、僕と同じで最適化して動かしているんだな」

 

「その通りだ。ラクレット・ヴァルター」

 

 

何時もの敬語はもうやめたのか、突然割り込んできたラクレットに対してヴァインはそう言う。今回ラクレットはヴァル・ファスク関連については一応専門家として通信での発言権があるのだ。

 

 

「僕はこの女の頭についている装置を経由して、彼女を動かすことができる。今回のこれもそれを利用しただけだ」

 

「なら、なんでもっと遠くまで移動しなかったんだよ。お前がシンクロするわけじゃないなら、体力の損耗はほとんどないはずだ」

 

「……っく……それは……」

 

 

H.A.L.Oシステムと長時間シンクロし続けると、やはりパイロットは疲労感を覚える。それはまあ、当然であろう。誰であれ、ハイテンションのまま集中して物事を行っていれば、そのうちばてる。しかし複座型の7号機で、エネルギーを生み出す作業もしないで操縦だけをしているヴァインは、ルシャーティを限界まで使えばより速く、より遠くへと進めたはずだ。H.A.L.Oシステムは使用し続けても疲れることはあって、苦しくはなっても、死ぬことはない。

ラクレットは、ヴァインがこの場で待ち構えていたかのように見えたのだ。

 

 

一方のヴァインもそれは自分がよくわかってないところであった。彼の言うとおり、もっと速度を出すことはできた。クロノドライブは大量のエネルギーを消費するため、彼女に生み出させたエネルギーは莫大なものだ。その過程で、彼女の首筋に浮かんだ玉のような汗と、時々聞こえるうめき声、そして常に前の操縦者の顔を表示させているサブウィンドウから見える苦しそうな表情を見ていると、どうにも限界ぎりぎりで進まなくても十分逃げ切ることはできるはずだ。という算出結果が頭をちらついてしまったのだ。より急いだ方が安全であろうに、どうしてそうなってしまったのだろうか。それは彼にはわからない事だった。

 

 

「それは……」

 

 

ラクレットはこの時、直感だがまるでヴァインがルシャーティという少女の事を思って、加減をしてしまったのではないかという考えが頭をちらついた。今までどうにも、ヴァインに対して詰問していた理由に、ラクレットはもしかしたら、自分の無意識の嫉妬があったのかもしれないと、今まさに脳内で分析していたラクレットが考え付いた理由だ。

ルシャーティに好感を持っているラクレットからすれば、もし自分がヴァインの状況にいるのならば、そのように行動してしまうであろうといった、シミュレーション結果が出たのだ。

 

しかし、そのことを尋ねようとした時、視界が緑色の閃光に焼かれる。自分の愛機の計器が、敵反応の出現をけたたましく知らせてくる。前方からクロノドライブしてきた無数の敵の戦艦が突如現れたのだ。

 

 

「よお、ヴァインちゃん。時間稼ぎと誘導、お疲れー。後は任せて、逃げちゃってよ」

 

「……っく、了解」

 

「そうそう、素直な子は好きだよ」

 

 

待ち構えていたかのようなタイミングで現れるカースマルツゥ。ヴァインと彼はここで落ち合う約束をしていたのかと、緊張走る『エルシオール』。即座にレスターは後方警戒急ぐように指示をだし、優秀なレーダーを持つミントのトリックマスターに後ろを探らせる。

 

 

「カースマルツゥ!! 」

 

「やぁ、やぁ。タクト・マイヤーズだね。せっかくこの前君たちの機体を招待させたのに、入り口前でUターンされたんだ。今日は宇宙の塵になってもらう歓迎をしてあげるよ」

 

 

「そいつは勘弁だね。今すぐここを突破して追いかけなきゃいけないんでね」

 

 

タクトはそう勇ましく返す。カースマルツゥは既に一度破っているのだ。其の後、彼の案であろう紋章機のコントロールを奪うという作戦まで跳ね返した今となっては、客観的に見ても、軍略方面では自分が上回っているのを自覚しているからでもある。そしてなによりも、エンジェル隊の士気を挙げる為でもある。やはり今ミルフィーを欠いていて、尚且つ裏切りにあったという事態だ。此処は少し司令官が先陣に立ち鼓舞すべきタイミングなのだ。

 

「ま、こっちとしては今日勝ちに行く予定なんてない。時間稼がせてもらうからさ」

 

「皆、速攻で片づけるぞ!! 」

 

────了解!!

 

 

もはや語る言葉なしと言った形で、タクトは彼にしては珍しく自ら会話を打ち切った。時計の落ちていく砂粒が、1粒でも惜しいそんなこの状況では当然であろう。しかし、守る戦と攻める戦では、やはり守る側に天秤の傾きがある。

果敢に攻めるタクト達を、いやらしく少しずつ引きながら牽制するように砲火を浴びせてくる戦艦たち。今まで相手にしてきた相手は、此方に突っ込んできていたため、まず接敵の時点で時間がかかってしまい、敵が進路をふさぎつつ、消極的な攻勢にしか出ない。これによって、無理やり突破すれば壊滅的な被害を受けるが、このまま戦えば時間はかかるが無傷に近い形での勝利を得られると居た所であろうか。

 

 

「敵旗艦、戦域を離脱しました!! 」

 

「もう十分稼いだってわけか……タクト、どうする? 」

 

「……仕方がない、悔しいけどこの負けは俺の責任だ。一端白き月に戻って体勢を立て直す。ヴァインがヴァル・ファスクと解った以上、これ以上この艦にある情報で進むのは危険だ。一度艦の点検もしなくてはいけないからね。彼にどんな事情があったかはわからなかったけど。それでも今は警戒しなくてはいけない」

 

「そうだな……よし、エンジェル隊、素早く敵艦を無力化して帰艦せよ。エルシオールはこの場で180度反転」

 

 

敵は10分程度の戦闘の後、素早く撤退していった為、結局取り逃がしてしまうのであった。どうやら最初からAIによる戦闘行動のみさせていたようで、旗艦が撤退した後も敵の戦闘の様式は変わらないままであった。

時間稼ぎをするようにと命令してあったのであろうかもしれないが、現在それは些事である。素早く足の速い艦を破壊すると、『エルシオール』はその宙域を離脱するのであった。

 

 

 

 

 

その後、白き月まで戻り本国にこの件について連絡を入れたタクト。結果的に彼の責任となってしまい処分は追って通達する形になってしまう。当然の如く、国民感情を煽らない様に、この件は報道されることなく、一部の政府軍高官のみに知らされることになった。国民の信仰の象徴である白き月を派遣するというだけでかなりの事だったというのに、その先で実は保護したEDENからの亡命者の片方が敵の一員だったのだ。最悪この判断を下したシヴァ女皇の支持率にも影響が出てしまう。ちなみに今の彼女の支持率は8割を超えたあたりである。民主化の方向に進んでいるため、資産家や貴族などからの人気はいまいちなのだ。

もちろん、長引くようだったら、この件も表ざたにせざるを得ない、それだけタクトが犯したミスは大きなものだという事である。

 

さて、数日間タクトがそういった雑事を片付けている間に、白き月に着いてすぐに、検査の為に、エルシオールから移動させられていたミルフィーが、目を覚ましたとの報告が入る。久しぶりの明るいニュースであり、タクト達は急いで白き月に向かった。先ほどまで自分の機体のチェックを行っていた、エンジェル隊やラクレットも一緒である。ラクレットは番組の打ち合わせなのか、チーズ商会の船員たちと少し打ち合わせをしていたようだが、エンジェル隊と白き月に向かっている間に走って追いついてきた。

 

 

 

「あ、皆! おはようございまーす」

 

「全く、この娘ったら、心配かけさせたのに、本当にのんきね」

 

「まあまあ、元気ということはいいことですわ」

 

「そうそう、これで暗かったかこっちが気をつかっちゃうだろ? 」

 

「ミルフィーさんのいいところです」

 

「先輩、お元気そうで何よりです」

 

「ミルフィー、ごめんね、俺が不甲斐ないばかりに」

 

 

彼女がいる部屋に入ると、笑顔で出迎えてくれた。どうやら暇つぶしの為か知らないが、クッキーを焼いていたようだ。エンジェル隊の面々とタクトは言葉を交わし合うが、ラクレットは一歩引いたところで、様子をうかがう様にミルフィーを見ている。

 

 

「いえ……タクトさんは間違っていませんよ。ラクレット君もごめんね、辛かったでしょ」

 

「い、いえ。僕は自分の役目を果たしただけですから」

 

 

ラクレットは少々動揺隠しきれず、反応が微妙に遅れてしまう。まあ彼的な事情がある為である。さて、挨拶が終わり無事を喜んだら、次の興味は食べ物に移る。いい色に焼けているミルフィー印のクッキーに興味を示さない人は、この部屋にはいなかった。

 

 

「あ、どうぞ召し上がってください」

 

「それじゃあ遠慮なく」

 

────いただきまーす

 

 

そうして、この場のミルフィー以外の全員がクッキーを口にした瞬間異変は起こった。

 

 

まず歯ごたえ、何を使ったのかわからないが、かなり固くゴリッと言った音が聞こえようやく噛み切ることができた。しかしその破片は絶望的なまでに苦く、なぜか舌が刺激でしびれてひりひりしている。そう、端的に言うなら

 

 

「ちょ、なにこれ―!! 」

 

「苦!! なにこれ」

 

「舌が痛いですわ!! 」

 

「ミ、ミルフィーにしては冗談きついよ! 」

 

 

犯罪的にまずいクッキーであったのだ。しかし、ミルフィーはどこ吹く風。彼らのリアクションが理解できないのか、自分の焼いたクッキーを咀嚼しながら首をかしげている。

 

 

「えー? そうですか? いつもより自信あるんですけど……うーん、おいしいのに」

 

 

その瞬間ラクレットは悟った。

 

記憶じゃなくて味覚に障害が出たようだと……

そしてこれがエルシオール史上最大のピンチの幕開けになるとは事の時誰も思っていなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 


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