僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第19話 二人だからできる事

 

 

 

「しかし、ここまでの数が仕掛けられていたとわな」

 

「そうですね、ちょっと平和ボケと言うか、疑うことをしなかった我々の責任ですね」

 

 

レスターは自分の執務用にあてがわれた部屋で、報告に来た下士官に対してそう漏らしていた。

現在下士官が持ってきたのは、この艦に仕掛けられていた盗聴器である。スタンダードな盗聴器から始まり、ボールペン型、カメラ型など、その辺に無造作に置かれてしまえば、誰かのモノだろうと勝手に誤認して放置してしまいそうなもの。そういった物品が発見された。

 

 

「恐らくだが、ヴァインが仕掛けておいたものであろう。まあ証拠はないがな、一応乗員全員に不審なモノを見かけたら報告するようにしておいてくれ」

 

「了解しました」

 

 

こういった細かい仕事はレスターの仕事ではあるのだが、今回は特に頭が痛かった。なにせ、盗聴器を仕掛けられたという事だけで頭が痛いのだ。部下の手前、ヴァル・ファスクと言ったが、当然の如く皇国内にも奇跡の浮沈艦『エルシオール』を良く思わない者はいる。エルシオールが優遇されているせいで割を食った存在は少なくないのだ。

『儀礼艦風情が軍艦と同じような扱いになり、予算を食いつぶすなど馬鹿げている』

と言った考えのお方もいる訳である。今でこそ結果を残せているからよいが、今回の失態はかなり痛い。それを察知されているかもしれないと考えると、気がめいる。

また逆にエルシオールに好意的だからこそ、何度も単艦での血戦をさせるべきではないといった勢力や。皇国の主力が1つの艦に集中している惰弱性を懸念している。といったまともな意見も存在しているために、片っ端から無視するという訳にもいかないのだ。

レスターは勉強熱心であるがゆえに、ダイゴが制作したヴァル・ファスクの実態についての資料はもちろんこと、ラクレットにも話を聞き、自分なりに分析をしている。そんな彼らが、盗聴と言った手段を下等な人間に使うのは疑問であるし、加えて、わざわざ人間が普段使う道具に偽装してきているとなれば、外敵ならば、厄介な相手であり内敵ならば面倒くさいことだ。

 

「そして、こんな時にウチの司令官様は……全く面倒くさい」

 

 

 

そしてレスターは昨日のピクニックの後、自室に引きこもっているタクトのことを思い返した。

 

 

 

 

 

昨日のピクニック、最も箸が進んでいなかったのは、意外にもミルフィーの恋人であるタクト・マイヤーズその人自身であった。彼は一口食べた途端強烈な不快感と、いつもの愛する彼女の手料理を食べたときに感じる満たされた幸福感の相反する2つの猛烈なせめぎ合いに苛まれた。

すごくおいしくない、なのに幸せ。こんなもの食べ物じゃない、なのに嬉しい。その相反するものの中で彼は完全の愕然としてしまった。この前のクッキーの時には少ししか感じず、気のせいだと自分に言い聞かせた、ミルフィーの料理に対する不快感が本物だと肯定されてしまったのだ。

 

彼がここまで受け入れられない理由は簡単だ。彼いちばんこの中で味覚にうるさい生活をしてきたからだ。三男坊とはいえ、貴族のしかも伯爵家に生まれ、何不自由なく育ってきた彼は、パーティーとかはともかく、実家で食べる料理はかなりのモノであった。そのレベルが彼にとっての普通となってしまい、士官学校の寮にいたころは、寮の料理は口にあったものの、校舎の学食は口に合わず、良くレスターを伴い外食に出かけた。そんな彼は、実はかなり味にうるさいのだ。ニコニコ笑いながら食べることもでき、それなりに美味しいなと妥協することもできるが、本当においしいものを食べ続けた幼少期と、愛する人が作る絶品な料理でここ1年飼いならされた彼の舌は、今のミルフィーの料理を受け入れることができなかった。

他にはミントもそれなりに舌は肥えている方であろうが、彼女の場合嗜好の問題もあり、外れの駄菓子等で鍛えられていた側面もあった。その為、自分の分は食べることはできたのだ。しかし、タクトは無理な話だった。

 

ミルフィーの最高の料理を食べ続けたために、今のミルフィーの料理を受け入れることができなかったのである。ミルフィーの料理はレスターとラクレットがそれなりに美味しく頂き完食したわけだが、タクトは自分の皿に分けられた分すら食べることはできなかった。ミルフィーもそれには気づかないふりをしていたが、あの落ち込んだ様子からして、気づいていただろうというのが、周囲の判断である。

 

 

 

「ミルフィー……ごめんよ……」

 

そんなタクトは現在部屋にうじうじしていた。うじうじするというのは、動詞ではなく形容詞であるため、正しい表現ではないが、実際彼はうずくまってうじうじしているのだから仕方ない。

 

彼が見ているのは昔のアルバム。二人で撮った写真や、ミルフィーが自作した料理の写真がたくさん詰まった、タクトとミルフィーの思うでの品でもある。

そんなアルバムをタクトは照明を弱めにしている司令室の机に向かい、開いて眺めていた。結局彼は、自分の事を許せないでいるのだ。

 

恋人の料理を食べることができなかった。自分よりもほかの男が恋人の事を気遣っていた。馬鹿げた思考だが、ミルフィーの恋人には、自分なんかよりも、レスターやラクレットが似合うのじゃないかと言った妄想が頭に浮かんでくるほどだ。こんなものは、気分が落ち込んでいるからしてしまうのだ。自室にこもってしまえばどんどん気分は落ち込んでいくだけだ。

そんなことは先刻承知であるのだが、今の彼は、この位しかすることができなかった。レスターに多くの仕事を押し付けて、自分の責任ある仕事からも逃げているようなものだ。一応最低限のものは終え、レスターに先ほど送信したが。

それでも司令官が大事な侵攻作戦を前にとって良い行動ではない。

 

 

そんな中、彼の部屋に一人の来客が訪れる。

 

 

「おい、タクト、もう仕事しろとは言わないが、それならせめてエンジェル隊のテンション管理とか言う名目で茶でも飲んでくればいいじゃないか」

 

「レスター……良いじゃないか、オレがサボって何しようが」

 

「良くないだろうが、たださぼるのは。黙認していたのはお前の仕事だったからだ」

 

「……そうだね、そう言うレスターの仕事は? 」

 

「ラクレットに任せてきた、あいつの権限でできることは少なくないからな。EDENを解放次第ちとせと一緒に中尉に昇進予定だ」

 

 

そんな会話をしながら、少々やつれた様子のレスターは部屋に入ってくる。もう夜も遅い、昨日ではなく一昨日のピクニックになるまであと1時間もないのだ。

そんな時間までずっと仕事をしてきたのであろう。タクトは自分がサボった結果こういうことになっているんだなーとどこか他人事のように考えながら、とりあえず、レスターに顔を向けて話を聞く姿勢を取る。

 

 

「それで、お前らしくないじゃないか、感傷にふけるなんて」

 

「……まあね、恋人の料理が食べられなかったんだ、完全に自分のせいでね」

 

 

タクトは、この流れだと、自分に仕事をさせようとして来たのではないと、なんとなく理解する。どうやら励ましか、または喝を入れに来てくれたようだ。しかし、彼としてはまだ一人で過去に浸っていたい気分だった。

 

 

「あの料理は、別にそこまでまずいわけではなかった。少々味付けがぼけていたが、それだけだ。俺の舌には普通に食えるレベルだ。過分な塩分や油もなくむしろ評価できる部類に入る」

 

「そうか、それは嫌味かい? レスター」

 

「最後まで聞け、だから俺は、あの場で女の残した料理を残すなんて男のすることではないといった。それが食べることのできるものならば、そうするべきであろうからな。……だが」

 

 

そこでレスターはいったん区切ると、勝手に部屋を漁りインスタントコーヒーを素早く二人分用意しタクトの前に置く。飲んでみろと促すような仕草を取り自分もそれを口に運ぶ。

 

 

「どうだ、うまいか? 」

 

「いや、別に普通だ。インスタントの味だろ? 」

 

 

タクトが面倒くさい時に飲むインスタントの味だ。この部屋に来客はあまりない。補給の時にお偉いさんがここまで来ることはあるが、そう言った時はもっときちんとしたものを用意させるのだ。

 

 

「そうだ。これは普段別に飲むことのない、インスタントのコーヒーだ。だが、ここに客として訪れて、その時に出されたなら飲むべき物だ。それが別段まずくもなく、うまくもないならな。持て成しに対してすべき礼でもある。だがな、普段からそれを飲んでいる奴がいるなら、その味が不満であるなら別のモノにすれば良い。客じゃない普段から飲む人間なら、より良いものを選ぶべきであろう」

 

「……」

 

「女の美味しくない料理には、美味しくないって言ってやるのも優しさだ。それをお前のやり方で表せばいい。そんな非生産的な思考を続けるなら、そっちに頭を向けやがれってことだ。どうせ、今のままじゃ何も変わらないんだろ? 」

 

 

レスターはそう言うと、またコーヒーカップに手を伸ばす。足を組みながら、コーヒーカップに手を伸ばす彼は、疲れてはいるものの、いつものニヒルな笑みを浮かべている皮肉屋なタクトの親友だった。

 

 

「それじゃあ、俺は帰る。誰かが仕事をしないせいで、戦闘機乗りまでこの艦の運営をさせているからな」

 

「ああ……おやすみ」

 

 

その日タクトは、一晩自分がこれからすべきことについて考えてみることにした。ミルフィーと一緒に痛い、だけど今の彼女の料理は自分がおいしく食べることができない。ならば自分はどうすればよいのか?

レスターの様に恥をかかせないように食べるべきか? ラクレットも食べていたよな。ラクレットの監視がなければあれよりひどいことになっていたかもしれないのだ、それは難しいかもしれない。そんな風にどんどん思考が飛んでいく中、彼は彼らしい方法を見出した。

 

 

 

 

 

 

 

そして1週間後、『エルシオール』は無数の味方艦隊を引き連れて、EDEN星系の目前まで来ていた。後15分ほどで、この最後のクロノドライブも終わり、敵との戦闘に移行するわけだ。レスターは周囲の艦との連携の調整を、タクトは主戦力でもあるエンジェル隊とラクレットに対して、恒例となっている士気の鼓舞を行っている最中だ。

 

 

「いいか、皆。いろいろ思うところはあるだろうけれど、オレができることは、EDENのために戦う事だけだ。今回の敵は俺とレスターの考えだとカースマルツゥになると思う。ヴァインが本当にヴァル・ファスクならば、すでにルシャーティーを連れて本国まで戻っているはずだ」

 

 

タクトはそこで言葉を切り、全員の表情を見渡す、全員が自信に満ち溢れた最高のコンディションだと自信を持って断言できるようなそれであった。

 

 

「ヴァインやルシャーティーがどういった理由でああなったかはわからない。それでも俺達はまずEDENを解放する。そうしないと休みが貰えないからね」

 

「えー別にアタシは関係ないからタクトが頑張ってよ」

 

 

何時もの笑顔を浮かべながら、ランファはそう言う。彼女も

心配事であったミルフィーの件がひと段落ついてほっとしているのだ。

 

 

「そうは言わずに頼むよランファ」

 

「人に物事を頼むときはそれ相応の誠意というものが必要ですわよ。タクトさん」

 

「あー、それはつまりいつもの?」

 

「お、解っているじゃないか、タクト。あたしは一番良いコーヒーを頼もうかね」

 

 

フォルテとミントはこれ幸いと、タクトに付け込む。もはや恒例行事となっている、戦闘後のタクトのおごりによる、お茶会である。

 

 

「頼むって……そんな当然の様に」

 

「……ご迷惑でしょうか? 」

 

「いや、そんなことはないんだよ、ヴァニラ」

 

「それは光栄です、タクトさん」

 

「うん、ちとせも染まったね」

 

 

ヴァニラとちとせは、タクトに対して間接的に止めを刺している。彼女たちに悪意がないのが問題なのであろう。

 

 

「まあタクトさん、僕も懐には余裕がありますし、半分出しますよ? 」

 

「少尉に懐の心配をされる大佐の艦長っていうのも情けないかなー」

 

「今更ですよ、司令」

 

 

そんな和やかな雰囲気がブリッジを包む。彼等らしいマイヤーズ流と言われる。和気藹々とした軍隊らしからぬこの空気は、きっと慣れていない人物からすれば目玉が飛び出るほど驚かざるを得ないものであろう。

 

 

「それじゃあ、ミルフィー、また後で」

 

「はい! タクトさん。今日は回鍋肉を作りますからね!! 」

 

「ああ、今日も一緒に頑張ろうね」

 

 

そんな中、ミルフィーとタクトは、二人で仲良く言葉を交わし合う。通信の画面越しなのに、周囲の人間が、思わずお暑いことでと言いたくなるようなそんな雰囲気だ。

 

彼等の間にあった、微妙なわだかまりはもうない。

タクトは、ミルフィーと一緒に料理を作ることにしたのだ。ミルフィーがダメなら、自分が味見をしながらミルフィーと一緒に作ればよい。そういった発想から生まれたのだが、運が良かったのかこの目論見は大成功であった。

ラクレットが料理をミルフィーから習っているのを見て、前から少し思うところがあったのも事実だったのもあり、タクトはミルフィーと二人でキッチンに立っている。もちろんミルフィーが一人で昔作っていたプロレベルのそれには及ばない。しかし、二人で共同の料理を作り、食べるというのは今までとは違った幸せというものがあった。ミルフィーも教えながら、少しずつ、自身の味覚を取り戻しつつあるので、このままいけば完治はそう遠くないとのことだ。

 

「それじゃあ皆、行くよ!! 」

 

────了解!!!

 

そその言葉の瞬間、『エルシオール』はEDENにドライブアウトした。

彼等の遠い先祖が住んでいた、母なる星に。

 

 

 




エルシオール最大の危機 終焉。

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