僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第21話 自分の気持ちに気付く時

 

 

 

 

「ヴァル・ファスクという存在が、人間と一番違うところはその特異な能力ではありません。物事への捉え方です」

 

 

静かに耳を傾ける聴衆を一瞥し、彼は目の前のマイクを一度見つめる。このマイクに入った音声はどれだけ長い間保存されるのか。そう考えると足が竦みそうになる。緊張には強い方だが、何度経験しても慣れないこの感触は少し不快で、それでも少しだけの高揚感を彼に与えている。

 

 

「例えば皆さんは、朝起きて頭が痛かった時、気分が悪かった時、逆に快調な時。どんな風に考えますか? 普通の人ならば、昨日は酒を飲みすぎたから頭が痛いのだ。夢見が悪かったから気分が悪いのだ。早く寝たから気分がいいのだ。そんな風に自分の感情や、体調を観測してから、理由を推察し、自分で納得します」

 

 

聴衆は納得したのか、それとも異論があるのか、先ほどよりも少々ざわめいている。少し間をおこうと、ちらりと下に視線を向けると、自分の掌が強く握られていることに気付く。ゆっくり開いて、そっと台の上に乗せなおしてから、彼は続きを述べる。

 

 

「ですが、ヴァル・ファスクは、そう言った何かしらを感じ取る前に、自分の状況を推察しています。朝起きたときに、いえ起きる前にそういったことを認識してしまうのです。他の現象でも同じで、人間は何かしらの出来事が起こったら自分を納得させるような理由付けを行います。ですが、ヴァル・ファスクは物事に対して納得をしてしまうので理由付けはいりません。故に主観が入らないのです」

 

 

少しわかりにくかったか、具体的な心理学の実験でも引き合いに出すべきか、そんなことを考えて、聴衆を見渡すと、どうやら納得したようで感嘆や理解を示す声が、ざわめきの中少しばかり聞こえてくる。

ラクレットは、何とか自分の仕事ができたことに安堵しつつ、ここ数日このようなことを繰り返し続けた結果、だいぶ口が達者になってきているのをひしひしと感じながら、こうなった経緯を思い返すのだった。

 

 

 

 

 

 

回想スタートです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日から、一日平均4.2件の式典めぐり、司令官は大変だな」

 

「え? オレは行かないよ? 」

 

場所はエルシオールブリッジ。先ほどラクレットに丸投げして戻ってきた二人は、今後の予定を二人で検討していた。向こう側の要望に最大限こたえる形で動くとするならば、かなり多忙なスケジュールになってしまう。正直言ってこういった形式張った式典なんぞしている時間があれば、別の、軍備を充実させる方向に時間を割くべきであるのだが、こういった権威を示したり、解放をアピールしたりするということが、EDENにとって重要であることは百も承知なのだ。

しかしそれを超越するのが、救国の英雄たるが所以か。

 

 

「はぁ!? 何を言っているんだ、馬鹿が」

 

 

もはや定型文になってしまったことを悲しく思いながら、レスターは一応の問いかけをする。タクトが突飛な発言をした時の彼の勝率はすこぶる低い。ラクレットが街中で出会った女性を二人きりでお茶に誘える確率(あくまで誘うだけ)よりはまし……いや同じくらいだろう。等しく0に近しいのだから。

 

 

「だって、オレEDENを解放したら、休みが貰えるから頑張ったんだし。その休みでミルフィーと料理を作る約束しているし」

 

「ミルフィーはもう、ほぼ完治しているに近いだろうが!! このペースなら放っておいても1月で治るとケーラ女史から聞いたぞ」

 

 

EDENを解放するまで休みなしであった彼等は、ようやっとEDEN解放に成功した。首脳陣を除いた面々は、EDENの職員に案内されながら、街を観光したり、ルシャーティ等からうわさは聞いていたスカイパレスを散策したりと、休暇を満喫しているであろう。

しかし、タクトは当然の如く式典などに参加する必要がある。司令官で救国の英雄なのだ。休みなど取れるわけがない。しかしあろうことか、この男は、『自分は休む』と言い出したのだ。

 

 

「レスター代わりに行ってきてよ。『オレの仕事はあくまで『エルシオール』の艦長だからさ。エンジェル隊のご機嫌取りが必要なのです』みたいなのをそれっぽく修飾した文は作って送っておいたから、招待状もレスターに差し替わるはず」

 

「おま!いつの間に!! 」

 

「秘書にアルモをつけるよ。そうすれば何とかなるだろう。なにせ、『エルシオール』の副館長で、実質的に実務をすべて取り仕切ってきた影の支配者のレスターならね」

 

 

事も無げにどんどんひどいことを言っているタクト。結局のところ有能ではあるタクトは、先手を打ってレスターを封殺する。レスターが反論できない様に、彼の心理を読んだ上での行動だ。何せレスターはタクトが仕事できるようにサポートするのが仕事なのだ。

 

 

「まあ、たぶんこの招待状の半分はラクレットに名前が変わるさ。あいつ、トランスバールにいたころから、スピーチとかやらせられていたし、今回のも無茶振りをうまくこなしたみたいだしね」

 

「まあな、はあ……全く、これで貸し45だからな」

 

「つけといてくれ、来世で払うから」

 

 

そんなやり取りの中、ラクレットの講演会なり、解放記念パーティーに招待されたりと言った仕事が追加されたのである。

 

 

「というわけで、付き合え、アルモ、ラクレット」

 

「は、はい!! 」

 

「え? ちょっと、今戻ってきたばかりなんですけど……ねえ、これってまたダンスパーティー出られないとかないよね? 責任者!! 責任者どこー!! 」

 

 

 

回想終了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、タクトさん。お仕事終わったんですか? 」

 

「うん、レスターが快く引き受けてくれたよ」

 

「もー、また押し付けてきたんですか? だめですよ、レスターさんだって仕事はあるんですから」

 

「わかっているって、次からは自分でやるからさ」

 

 

そんなレスターが見たら鼻で笑うか、切れるかしそうな会話を繰り広げている二人。言わずもがな、タクトとミルフィーである。最近になってようやく本格的に使われ始めた、タクトの部屋のキッチンで二人並び立ちながら、そんな甘い会話をしている。

 

彼等は今、新婚夫婦のような幸せを満喫していた。部下二人の犠牲の上に成り立つ幸せについて、タクトはもちろん、ミルフィーも特に言葉にするだけで咎めようとしないあたり、結構いい性格しているのであろう。

 

 

「ねえ、ミルフィー……」

 

 

割とスムーズに、慣れた手つきで野菜の皮をむきながら、ふとタクトは、器から水が溢れ出てしまったかのように言葉を漏らす。自分でも言葉にしてしまったことに驚きながら、彼は続けることにした。折角の機会なのだから。

 

 

「なんですか? タクトさん」

 

 

手元の豚肉のようなものを切りながら、そう返すミルフィー。手元に集中しているために、タクトの方は見てない。しかしそれで気分を害すような関係ではないため、タクトも気にせず続ける。

 

 

「EDENは無事解放された。オレに知らせられている情報じゃあ知らないけど、きっとシヴァ女皇陛下の事だし、ヴァル・ファスクとの和平の準備があると思う。向こうが応じてくれるなら、この戦争もきっともうすぐ終わる。そうしたらだけど……」

 

 

タクトは、そう漏らしながら、そういやここから先を言うのは軍規違反だったことを思い出して苦笑しながら、それでも自分の気持ちに正直に、嘘をつかないで口にして誠意を示す言葉にする。

 

 

「そうしたらさ、俺の……いや、俺とみそ汁を毎朝作ってくれないかな? 」

 

「え? タクトさんそれって……」

 

 

思わず手を止めて、タクトの方を見るミルフィー。いつものどこか抜けているような、それでいて人を寄せ付ける笑顔ではなく、若干顔が紅らんでいて、冗談ではなく、そして自分の勘違いでもない、そんな言葉の重さを彼女は感じた。

 

 

「うん……なんかさ、こうやって二人で料理していたら、これからもずっと、ミルフィーと一緒にこうしていたなーって。そんな思いがどんどん溢れて、そして今弾けちゃったんだ」

 

 

照れを含みながらも、しっかり目を見つめてそう言うタクト。周りの雑音が二人に置いて行かれ、空気に色がついたような。そんな錯覚を覚える空間の中で。ミルフィーはその言葉をかみしめる。そして全身が火照るような、幸せという名前の熱に満たされてから、満面の笑みで、太陽のようにほころぶ笑顔を浮かべた彼女は

 

 

「……幸せにしてくださいね、タクトさん」

 

「ああ、約束するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

タクトは知らされていないが、シヴァ女皇陛下────シヴァは全く持って和平など考えていなかった。それは、まだ残っている最大の懸念が原因である。『時空震爆弾(クロノ・クェイク・ボム)』 それは魔の兵器。

EDEN文明どころか、平行世界間の広大な銀河ネットワークを保持した文明を衰退させ、トランスバール皇国が作られるようになったそのきっかけの災厄、『クロノクェイク』それは災害ではなく、人為に起こされた作戦行動である。そして、ダイゴがもたらした最大の機密情報は、その『時空震爆弾(以下CQボム)』を敵が作り出しているという事だ。

そもそも、この兵器が使用されたのはおよそ600年前だ。其の後200年もの間、銀河間のネットワークの構築は不可能であり、当時辺境の星に過ぎなかったトランスバールの統治者は、進んで文明を放棄することで、自分の星の中だけで補えるように文明レベルを落とした。それにより、白き月と言う救済が来るまで、生きのびることができたのだ。

 

そして、その兵器が現在制作中とされているのだ。ダイゴがヴァル・ファスクを去った600年前、その当時よりも強化を成されているというのが彼女たちの見解である。

ようするに、究極的に言えばヴァル・ファスクには、本星を落され直前にでもCQボムを使用すれば、勝利できるのだ。自分は一切ダメージを受けない自爆技。それがCQボムを人間の視線に落とし込んで解説したものだ。

 

 

 

 

 

そして今、その兵器が完成したのである。

 

 

「ヴァイン、ひとまずはご苦労であったと労おう。早速だが貴様には2つほど確認しておくことがある」

 

 

ヴァル・ファスクの工作員ヴァインがヴァル・ランダルに帰還した時、彼を出迎えたのは直属の上司でも、元老院でもなく、王ゲルンその人であった。

これにはヴァインもにわかに驚きを禁じ得ず。ひとまず情報収集に集中する形となった。

なにせ、捕虜である姉……否、ライブラリー管理者を当該職員ではなく自分で数少ない捕虜用の部屋につれ、幽閉してから向かってすぐにこれで有ったのだ。

しかし、これまでの『エルシオール』滞在の間に培われた、直感というべき何かが彼の中でけたたましく警鐘を鳴らしている。彼は結局、その事実を握りつぶして彼は敬礼の姿勢を崩し直立不動となる。

 

 

「まず、我々の切り札であるCQボムが完成した。試算では奴らの最強の兵装クロノクェイクキャノンを有意に防ぎ、傷一つさえつかない。士気向上の為にスペックは本星内の端末からアクセスできる位置に公開している。後で確認するがよい」

 

「了解であります」

 

 

ヴァル・ファスクはその技能からか、全員が工学関連の知識を一般教養として持ち合わせている。人間で言えば小学生くらいの年の子供でも、宇宙船の設計図を引くことはできる。最も現在10に満たないヴァル・ファスクなど数百人しかいないが。

故にこそのゲルンの判断は、万が一の設計ミスがあったら報告しろという意味のチェックも同時に兼ねているのだ。

 

 

「うむ、従ってと言うべきか、これで我々にとっての脅威はライブラリーのみとなった。今管理者を殺せば、さすがに対策をとるまでに新たな管理者を発見とはいかないであろうが、念には念を入れよう。それの対応はまた後で検討するとしてだ。ヴァインよ、ここで二つ目の確認事項に移る。元老院は、厳密には元老院の保守派は全員獄死した」

 

 

流石にこれにはヴァインも驚かざるを得ない。なにせ自分の直属の上司であり、この潜入任務を任されたのは、彼等からの命令があったからである。任務中は完全に独立し、連絡を取らなかったとはいえ、そのニュースはあまりにも彼の中では大きい衝撃的なものであった。

 

 

「全く、保守派の主張はCQボムが完成するまで、強気に出る必要はないというものであったというのに、愚かにもCQボムの開発を妨害しようとしたのだ。何を考えておったのやら。まあ、今となっては知る者はおらぬが」

 

 

カースマルツゥが、保守派を拷問して吐かせたと言っていたが、もしかしたらゲルン、この男は保守派を抹殺するという事を最初から勘定に入れて動いていたのかもしれない。そんな全く底の見えない男を前にヴァインは冷や汗が背中を伝うのを感じていた。1500年という途方もない時間を生き続けている目の前の怪物は、ヴァインのような若造からすれば次元が違う化け物なのだ。

 

 

「さて、それでだ。ヴァインよ、我がもとに下り、手駒となってはくれないか? もちろん我は寛大であることを売りとしている。今はもうない、元老院保守派に忠誠を誓うのも良い。しかしその場合は偶発的な事故に気を付けてもらわねば困るがな」

 

 

普段であれば、このような回りくどい言い方をせず、下れ と一言言うだけのゲルンがここまで流暢に喋るとなると、相当機嫌は良いようであるが、ヴァインとしては、急転直下な状況に目が回りそうであった。

強く拳を握っていたのか、右の手の痛覚がない。そんなことに今気づきながらもヴァインは選択の余地なしと、ヴァインに元に下ることを決意した。

 

 

「ゲルン様に、永遠の忠誠を」

 

「うむ、最近手駒の無能ぶりが目についておったからの、奪還任務まで成功させた貴様の手腕、期待させてもらうぞ」

 

 

ゲルンはそこのしれない笑みを浮かべて、ヴァインの肩をたたいた。傍から見れば、祖父と孫のふれあいに見えるような光景ではあるが、実際はそんな生易しい様なものではない。この老人は、この歴史上、銀河で最も人を殺している存在なのだから。

 

 

「それでは、さっそく最初の任を命じよう。次の作戦開始時に管理者を殺せ」

 

「────ッ! 」

 

 

顔に動揺を出さなかったのは奇跡に近い。そして自分のそんな反応に一番驚いている自分自身の表情が表面に出ていないのもまた奇跡であろう。なぜ今目の前の存在に圧倒的な、爆発的な敵意、殺意のようなものが沸いたのか、一番わからないのは彼自身なのだ。

 

 

「情報部によれば、無能者のカースマルツゥがなにやらやっているようでな、それに会わせてこちらも軍を出す。その時のパフォーマンスに公開処刑を執り行おうという提案が先ほどあがってな。いずれ検討するつもりであった管理者の処遇だが、それが最善であろう」

 

 

どうやら、この会話と同時に端末を操作していたようだ。それ自体は別段不思議なことではないし、ヴァインも先ほどまで指示通り設計図を入手しながら話を聞いていた。しかし、その命令の内容がヴァインにとって突飛過ぎた。彼は、後に検討すると聞かされその間に自分の感情……思考を整理できると安堵していたのだ。

 

 

「方法は任すが、あまり掃除の手間がかかるようなものは勘弁しろ。ご苦労であった、今日は休むとよい」

 

 

 

ゲルンはそれだけ言うと、背を向けて去って行った。ヴァインは、愕然としながら、この後についての思考を開始できずに立ち尽くすのであった。

 

 


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