僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第24話 成長

 

 

 

 

 

 

 

「……さすがに簡単には振りきれないか 」

 

 

子供のころ誰でも夢想するような、超高速で宇宙空間でのレース。しかし、実際にやっている身からすれば、楽しむ余裕など微塵たりとも存在しえなかった。いつ死ぬかわからないような緊張感、一瞬の判断ミスが次の瞬間の生死を決める様な重圧、 そしてなにより、いつまで続くのかという焦燥感。そういったものが操縦桿を握る2本の腕に重くのしかかっているのだから。

 

ヴァインは ゲームにおいてEDENにたどり着いた時重症であり、意識があるのが不思議な状態であった。そんな彼に隠れがちだが、機体の方もしばらく修理ができないくらいにはボロボロであった。今回はクロノブレイクキャノンという超巨大な兵装を積んでいないが、それでも追手から追撃を受けるのは明白であろう。

 

 

「出力が落ちてきた……限界が近い」

 

 

内心では焦りつつも、やはりあまり表情に出さないまま、ヴァインは機体を繰る。結局のところ、いくら文句を言っても現状良くなるはずがないのだ。自分がいくら文句を言おうとも、そこから生まれる要因自体は、何ら状況の好転に帰結しえない。

そう、そこからではなく、外部からの要因によっては、この状況を一気に覆す可能性があるのだ。

 

 

「クロノドライブ反応!? 質量値は……この大きさは、防衛衛星レベルだと」

 

 

流石の彼もこの時、彼の進行方向からのクロノドライブには驚かざるを得なかった。なにせEDENから来たものという訳である。この状況でトランスバール皇国軍がヴァル・ファスクに対して攻勢に出る理由など、CQボムの事を知って最終決戦を挑みに来た以外にはないであろうと思っていたからだ。

 

しかし、彼の予想に反して、なぜかこの宙域に現れたのは、9基の防衛衛星であった。思わず身構えるヴァイン。トランスバール軍の戦力であれば、自分は特A級の排除目標であるはずだ。前門の虎、後門の狼な状況であろう。

 

 

「ロックされない……いや、僕の後続の敵をロックした。どういう意図かわからないが、友軍というわけか? 」

 

 

防衛衛星は搭載されている多種多様な火器を用いて、ヴァインを追撃していたバルス・ゼオ攻撃機とリグ・ゼオ戦闘機の集団を一掃する。ヴァインは自分を狙っていないとはいえ、前方から降り注ぎ続ける銃弾とレーザーのスコールを冷静に回避しながら前進する。本当ならば、この防衛衛星の一団からも逃れた進路 を取りたいのだが、いまここで進路を変えれば、確実にこの火線のスコールに飲まれる。故に真っ直ぐ、半ば誘導されるかのように進むしかないのだ。

 

あらかた後続の敵を落したのか、戦闘機、および攻撃機の反応が、7号機のレーダーから全てロストした。このまましばらく待てば、駆逐艦や突撃艦の後続が来るであろうが、少しばかりの『追手からの』余裕はできた。

そう、今問題なのは、不気味な沈黙を放っているこの防衛衛星たちだ。正直に言って、もし自分が狙われた場合、無事に生き残ってこの場から脱出することはできない。この7号機が万全の状況であり、自分が正規の搭乗者であれば、損害は受けるもののこの場を離脱することもできるであろう。

しかし、いまの  7号機は万全とは程遠い、散々たる状態であり、ルシャーティは適正こそあるものの、訓練を受けた人物ではなく、そして自分の意志で動かしているわけではない。眠っている彼女を媒体としてエネルギーを供給させているにすぎないのだ。そんな二人羽織の様な紋章機で無傷の防衛衛星から逃げられるとは、ヴァインは露ほど信じていなかった。

 

 

「誘導信号……そしてそれと同時にすべての衛星からのロックオン……選択肢などなかったか」

 

 

解りきっていたような結末にヴァインは、鬼が出るのか蛇が出るのか、全くわからない、所属がしれない防衛衛星の誘導信号の示すままに、衛星に着艦するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……それがあらましか」

 

「……ええ」

 

 

部下がまとめておいた資料を片手に、この狭い無機質な取調室の様な装いの部屋で、これまた、取り調べ室にありそうな椅子に腰かけ、机を挟んでエメンタール・ヴァルターはヴァインと向かい合っていた。

方や座っていても目立つ優美で長い手足とすらっとした目鼻立ちの青年。方や彫刻の様な冷たいながらも意志の強さを感じさせる瞳を持った少年。そんな二人が密室に二人きりで完全に外とのつながりをシャットアウトして会話しているのだ。

 

 

「裏切り者が恋に目覚めて、裏切りを重ねるか。昔の人間の英雄譚の終わりみたいだな」

 

「……」

 

 

ヴァインは助けてもらった負い目と、自分自身でもよくわかっていないとなどの理由から、とりあえず沈黙を示すことにした。

ちなみに、防衛衛星は、ブラマンシュ商会が所有していたものだ。ミントとのトレードに使うつもりで製造したが、正直な所、利用先もなく、税金や維持費がかさんでいたものを、1基900億ギャラという破格の値段でリースしてもらったのだ。まあ兵器にしては破格ではある。

 

 

「それで、僕達を助けて、拘束した理由を聞いてもいいですか? 」

 

「単刀直入に来るね、無駄話を楽しむのも、心の使い方だよ」

 

「生憎と、僕の心は彼女の為にあるものなので」

 

「……そうか」

 

 

エメンタールは、軽いからかいのつもりで、ヴァインに向かって放った言葉を、それこそ一刀両断され、返し刀で惚気られ、思わず狼狽してしまう。

何と言うか、中学生くらいで恋に目覚めて、頑なに自分の気持ちが崇高なものだと信じちゃっている、ちょっと痛い子のような印象を受ける。しかし、自分の弟のへたれ具合と比較すると、正直な話どちらがいいのかは甲乙つけがたいのも事実であった。

 

 

「まあ、オレの目的……というか、これは今後の世界情勢の話なんだよね」

 

「世界情勢ですか、続けてください」

 

「ああ、まああんまりは言えないが『ヴァル・ファスク』と仲良くなっておく事例が欲しいわけだ。ヴァル・ファスクの次代の王を、皇国寄りの人物に据えて、より親密な関係を築く」

 

「……貴方は、ヴァル・ファスクに勝利どころか、戦後の事を考えているのですか」

 

 

古 今東西、主人公たちが前線で戦う話で、戦後の事を考えている後方の重鎮は、その思惑を崩される。そんな物語のお約束を、ヴァインはあまり詳しくないが、それでも、エメンタールが言っていることが荒唐無稽であろうことはわかった。なにせ、ヴァル・ファスクは引き分けになる可能性(CQボム後、何らかの自然災害で種が保てなくなるなど。) はあるが、敗北はCQボムと言う絶対の優位性の為に存在しえないのだから。

 

 

「まあな。『エルシオール』は無敵さ。CQボムにしたって、穴はあるからな」

 

「……まあ、良いでしょう。それで関係を作ってどうするんですか? 」

 

「それは秘密さ。時が来たら解る。だが、そうするだけの理由があるのさ」

 

 

エメンタールが、あえてぼかした部分。それは世界にとっては重要かもしれないが、ヴァインにとってはあまり関係のない事であった。彼もそれを感じ取ったのか、深く追求せずに、彼の話を聞く姿勢を整える。

 

 

「それで、オレが何をしたいかというとだ。ヴァイン、君が欲しい。能力と立場、双方の点から見てね」

 

「予想はしていました。しかし僕を抱えることのメリットは、大きすぎるデメリットによって霞んでしまっている」

 

「本当に君はそう思っているのか? その若さで元老院直属特機師団長に任命されている君が? 」

 

「……ええ、なにせ僕は裏切り者です。スパイ行為の証拠もある」

 

 

自分の役職を正確に知っていることに少々驚きつつも、ヴァインは極めて冷静に話を続ける。彼にとっての最終戦事項についてはまだ触れない。それは同時にアキレス健でもあるからだ。

 

 

「君が起こした利敵行動は3つ。盗聴器を仕掛けたこと。紋章機の奪取。紋章機への細工。相違ないかい?」

 

「肯定します」

 

 

厳密にはここに、タクトに対する行動妨害があるのだが、それは効果も得られなかったために伏せておこう。

 

 

「ならば、全てこちらで揉み消せる。いや解決できる問題だ」

 

「……聞きましょう」

 

 

平然とあくどすぎることを、言ってのけるエメンタールに対して、ヴァインは無意識のうちに、身構えてしまう。その体の硬直を、意識して無理やりとき、傾聴の意を示した。

 

 

「まず、盗聴器。これが一番容易だ。なにせ『エルシオール』には国内の彼らをよく思わない派閥による妨害行動を受けてもおかしくないという下地があった。現に君が仕掛けた盗聴器はいくつかい? 」

 

「12です。主要な場所を中心に」

 

「発見された盗聴器は30以上だ。まあうちの商会が色々なタイプなものを、様々な技術によって発明されたバラエティに富んだ盗聴器を仕掛けたからな」

 

 

トランスバールはことなる文化を持つ様々な星系によって構成されている。そのために、一口に盗聴器といっても、昔懐かしいオーソドックスなものから、SFチックな技術で作られているもの、ロストテクノロジーの流用したものなど、様々なものがある。

 

 

「国内の勢力による足の引っ張り合いですか」

 

「そう言う風に解釈もできる。ヴァル・ファスクによっては盗聴器が仕掛けられなかったとね」

 

 

非常にあくどい顔をして騙っているが事実である。商会のスタッフが幾つしかけていたのかは、ご想像にお任せする。

 

 

「君の事だ、映像に仕掛けたと悟らせるようなものは残していないのだろ? ならば問題ない。さて次だ。紋章機の奪取。これは少々難しいが、クロノブレイクキャノンを奪っていないことをうまく使い。君を2重スパイだったことに仕立て上げれば、問題ない」

 

「2重スパイですか、続けてください」

 

「信用を得るために必要なことだった。7号機自体には戦略的価値は低いからな。あれの利点はNCF(ネガティブクロノフィールド)を中和できるだけだ。NCF対策はこの半年でうちの科学者が終えている」

 

 

事実であった。NCFC(ネガティブクロノフィールドキャンセラー)の技術はすでに慣熟しており、『エルシオール』に付けてクロノブレイクキャノンを撃つ事で何も問題は起こらない。7号機は新たなH.A.L.Oシステムの適合者が生まれないために、武装がつけられることもなく研究用として残っていただけだ。

敵の目を注目させるためにあの形で残していた決戦兵器という名の張りぼてであったのだ。この策を考え付いたのはノアである。前にタクトにいかにも重要なことと問答したのは、こういったスパイがそこを狙うように仕向ける為でもあったのだ。

 

 

「ヴァル・ファスク側から信用を得るために仕方ない事。その成果としてCQボムの詳細な情報でもあれば、相殺は可能だ」

 

「僕が情報を持っていることを前提とした、不確実な策ですね」

 

「君ほどの人物が、亡命を頭に入れているだろうに、手土産を用意しないとでも? 」

 

「……そうですね」

 

 

最も、仮に持っていなかったとしてもそれっぽい情報を出す程度ならエメンタールの頭の中からでもできる。原作知識というのは、戦いの場で使うのではない、もっと後ろ、指針を決める会議の中でこそ使うものなのだ。これはエメンタールの持論である。

 

 

「それで、問題になるのは3番目、ラッキースターに対する妨害行為だが。これは正直な話、証拠不十分にしかならない。Vチップには使用履歴なんてものはない。 君が映像証拠や目撃証言なんてものを残しているわけはない。これは実際の調査でもわかっているがね。しかし状況証拠が君を限りなく黒に近い灰色にしている」

 

 

これもまた事実である。Vチップの搭載していないラッキースターに対して、いったいどのような方法でシステムを弄ったのかは 謎だが(本当に謎である) システムに侵入された形跡も痕跡もなく、Vチップにも誰がいつ使用したなんて履歴は残らない。あくまで装置なのだ。そういった 意味で、ヴァインはこの件に対しては疑わしいにとどまっているのだ。

 

 

「なるほど、確かにそうですね。僕以外やる人はいませんが、僕がやったという証拠もない。陰謀が好きな人から見れば格好の状況です」

 

「褒めるなよ。まあ、さすがにこれだけのことをやったんだ、二重スパイでしたーとかいっても、さすがに女皇陛下や宰相閣下が許してくれない。あの二人さえなんとかできれば、正直問題ないのは、民主主義によったとはいえ絶対君主政のいいところだ」

 

 

まあ、その通りなのだが、それはシヴァの周りに権力を求める人間、乱用する人間がいなかったから成り立っているわけである。彼女の覚えが最もめでたい軍部の人間であるタクトに至っては、自分から責務や階級を放り投げる人間である。

しかしながら、ラクレットとは違い、エメンタールは完全に乱用する人間である。ラクレットというコネ、そしてダイゴというコネ、自分の商会という伝手をつかい、いろいろとあくどいことをできる立場であるのだ。

 

 

「それでまあ、確認だが、お前はEDENの政治家や役員に面識はない。違うか? 」

 

「まあ、工作員をやるくらいですから」

 

 

ヴァインは幼少のルシャーティに対して、定期的に面会に行っていた。その際にはEDENの住人に顔を見られないように細心の注意を払っていた。わざわざこの ようにしていたのは、管理者に万が一にでも不穏な情報が入らないようにするためだ。いくら記憶をいじれても、本人が強く違和感を覚えてしまえば、それは負担になる。やりすぎれば人格までもが壊れてしまう可能性がある。

そこまでいかなくとも、ヴァインの存在は公向きの組織の肩書ではない。知る人ぞ知るといった立場であってしかるべきなのだ。

 

 

「なるほど、よしそれならばこの案で大丈夫そうだな」

 

「……」

 

 

ヴァインは壮絶に嫌な予感を感知した。いつもの危機管理によるものであったが、どうも気色が違う。面倒なできごとに巻き込まれる予感であるのだが、彼にはそういった第六感が、存在しえなかったために、わけのわからない悪寒となって表れたのである。

 

 

「死んでくれ。ヴァイン。君という存在を殺す」

 

 

そう言ってエメンタールは右腕を懐に持っていき、長方形のものを取り出した。

ヴァインの表情は驚くほど冷静で、これから起こることの予想をしていたが、身動きを取ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルシオール一行は、一応それなりの仕事をしていた。

もちろん今の彼らは休暇期間ではあったのだが、名目上何もしないわけにはいかないからだ。その中でも多くを占めていたのが、EDEN星系の主たる惑星に対する慰問任務である。ラクレットがやっていた仕事にエンジェル隊がついて回ったという形だ。

その様子を細かく書いてもいいのだが、結局割といつものラクレットであったと記すだけにしておこう。それでも幾分か心の距離は縮まったとは思われるが。

 

さて、そう言った慰問任務の間に、彼等にとって今後の最重要課題と思われる出来事が待ち構えていた。EDENを解放して数日が経過した後、『エルシオール』の指令、副指令。そして戦闘要員である7名が同時にEDENのライブラリーに召集されたのだ。

ライブラリーはEDENを解放した時に、見学に赴いたのだが、ルシャーティが居なければ、使用できる機能にかなりの制限がかかってしまい。EDENで数少ない既知の地名、と言った扱いだけだった。しかし、それでもノアやシャトヤーン達からすれば、知識の宝庫であったために、タクト達からすれば、謎の目的で使用されていたようだが。

 

 

「よく来ていただけました、マイヤーズ司令、クールダラス副指令、そしてエンジェル隊の皆さん」

 

 

どこか疲れてやつれた様子を店ながらも、それでもなお変わらぬ美しさと神秘的な包容力を持ったシャトヤーンが、全員を出迎える。ラクレットは、なんとなく、この人の中で自分はエンジェル隊と同じ扱いなのだろうと、今の言葉のニュアンスで感じていた。

 

 

「早速話を始めさせてもらうわ。時間がないの……といっても、一秒やそこらで解決する問題ではないんだけどね」

 

 

タクトは、いつものジョークでも言おうと思ったが、うまくノアに間を外されてしまう。そこで、ノアに注視したのだが、いつも隣に侍らせている、カマンベールの姿がない。

何やら、深刻な雰囲気のようで、次の作戦の話かと思い当り、気を引き締めることにした。

 

 

「アンタ達には言って無かったけれど、ヴァル・ファスクとの戦いにおいて、アタシたちが一番恐れていたものがあるの」

 

「恐れていたもの? あいつらの兵力とかじゃなくてかい? 」

 

 

フォルテが、ノアのその言葉に口をはさむ。彼女の言い方にどこか違和感を覚えたのだ。まるでヴァル・ファスクという勢力に対しての危機感ではなく、それとは別系統の何かを読み取ったのだ。

 

 

「はい……マイヤーズ司令はご存じの通り、こちらに協力している、ヴァル・ファスクの方がおります。ラクレット君のご先祖に当たる方です」

 

「そいつがね、とんでもない情報を持ってきたのよ。誰でもいいわ、この中でクロノクェイクの原因の結果について、軽く説明してくれないかしら? 」

 

 

ノアのその言葉に、ちとせに自然と視線が集まった。彼女はこう言った時に模範解答を毎度呈示してきたのだ。ちとせ自身も思うところがあったのか、慎重に言葉を吟味して、それでいて素早くまとめ上げて口にした。

 

 

「600年ほど前に起こった、未曽有の大災害です。宇宙プレートの歪みによる震動が原因とみられています。この災害によって大凡200年の間、星間ネットワークが断絶され、多くの文明が衰退、ないしは崩壊しました」

 

「そう、最近の研究ではその節が一般的だった。でもね、原因は別の所にあったのよ」

 

「クロノクェイクは災害ではなく、人災であったと。彼は私たちに説いたのです」

 

「……それは、まさか」

 

「そうよ、クロノクェイクはヴァル・ファスクが起こした、人為的な災害。彼らの長期的な戦略に過ぎない出来事だったのよ」

 

 

クロノクェイクはヴァル・ファスクの秘密兵器CQボムによって引き起こされたものだ。この決戦兵器は、銀河どころか、異次元までにも影響を及ぼしたとあるが、そのことについてダイゴは口を閉ざした。だが、トランスバール側もきちんと把握していることがある。それは、ヴァル・ファスクがいつでもこの兵器を使用する可能性があるという事だ。どれだけ戦場での勝利を積み上げても、元を立たねば確実にこちらの敗北へと至ってしまう。チェスや将棋で言うところの詰みの状況に持って行ったとしても、盤をひっくり返すという技を向こうは持っているのだ。しかもその間にもむこうは戦力の維持ができるが、此方は始めからどころか、人間主観で言えば手足をもがれ五感を封殺されたような状況にされるのだ。

この恐怖は相当なものである。次の瞬間、故郷の惑星の家族と二度と会えなくなるかもしれない。銀河の海に艦だけで残されて餓死か窒息を待つしかなくなるかもしれない。そんな状態は人間の精神をおかしくするであろう。

故にごく少数の人間にしか知らされていなかった。万全の状況で指揮の腕を振るってもらうために、タクトにも伏せていたのだ。

 

 

「私たちは、それを知らされてから、ずっと対策を考えてきました。大まかな原理は聞いていたからです」

 

「でもね、やっぱりそう簡単にはいかなかった。だからEDENのライブラリーに期待したの。無理やりにでもEDENを解放させたのは、そのためでもあったのよ」

 

「ライブラリーを使用することができた私たち3人。ノアとカマンベール君と私は、月の管理者権限などから、少しずつ調査をしました」

 

「結果はそこそこだったわ。でも、まだ時間がかかるのもわかったの。それで焦ったあのバカが、無理やりに能力でこじ開けようとしてオーバーヒート。自分の能力以上の事はできないというのにね」

 

「彼には索引機能や、検索機能の補助を行っていてもらったので、彼が倒れた今、この機会に皆様に説明しようと。ああ、カマンベール君は無事ですよ。1日休めば、回復するでしょう」

 

 

 

交互に話す、白と黒の月の管理者。余裕がないのか、此方の理解を確認してから、解り易いペースで解り易い言葉を選んで説明してくれるシャトヤーンも、少々話す速度が速い。しかし、何とか理解する一同。

レスターは真剣な表情で今後についての指針を考え始めている。ルフトやシヴァからもこれを加味した話がそのうち来るであろうから、その時の草案をまとめているのだ。

エンジェル隊もそれぞれ、個々人の個性を表す反応を示している。ミルフィーはカマンベールの身の安全を知って安心しているし、ランファはどこか不安げに、CQボムについて思いをはせている。ミントは先ほど言っていた、手掛かりについてノアの思考から読み取ろうとしている。フォルテは真剣な眼差しでシャトヤーンを見つめているし、ヴァニラはCQボムで失われた人たちに祈りをささげている。ちとせはタクトの方を見て今後どういった命令を支持されるのかを気にしている。ラクレットとタクトはこの後のパターン的にまだ話は続くだろうと、少しリラックスした姿勢で話を聞こうとしていた

 

余談だがカマンベールの能力暴走は、ESPの使用しすぎによる過負荷である。ミントが人込みの中で、指定された人物の思考を探そうとしたならば、同様の症状になるであろう。ライブラリーという銀河最大の英知は、彼一人のキャパシティーには収まりきらなかったのだ。

 

 

「今すぐ向こうが使うってことはないはずよ。向こうは誇りが高すぎる種族らしいから、こっちの協力者曰く、1,2回は降服勧告をするはず。そうでもしないと王の威厳が保たれないみたなのよ」

 

「へー、やっぱ王様とかは大変なんだな」

 

「タクトさんも貴族でしょうに」

 

「ラクレットの方こそ、俺の従兄弟であり、ヴァル・ファスクの元お偉いさんと人間のハイブリットだろ? 」

 

 

そんな二人だからこそ、場を和ませる軽口を取り戻すことができた。今やラクレットは、道化を演じるという事で、場を和ませるということに関して、熟達していた。今でこそ納得しているが、経過には色々思うところがあったようだ。

 

 

「はいはい、茶化さない。だからすぐにどうこうという問題ではないわ。でも、常に対応できるようにしていてほしいの。少しあんた達たるんでいたみたいだからね」

 

「まあ、皆さんはもうすぐ開催される舞踏会までは、そのままで結構ですよ。そこからはルフト将軍や女皇陛下と共に、今後の方針を決めますので」

 

 

呆れながら言うノア。対照的に微笑みながらのシャトヤーン。要するに彼女たちの話をまとめると、舞踏会まではのんびりしていてほしいけど、CQボムのこと忘れないでね。

というわけだ。今の『エルシオール』の空気はかなり緩んでいるので、模倣となるべき人物たちの気を引き締める目的もあったのだ。ちなみに、女皇陛下と宰相の内政においての最重要人物二人は、明日にEDEN到着予定である。自分たちの親の系譜であるEDEN解放の運びに、はせ参じるという名目だが、実態は前線に移動することで素早く対策を得とる為でもある。

 

 

「よーし、それじゃあ、皆EDEN解放記念祝賀会の舞踏会を楽しんだら、ヴァル・ファスクを倒して、ルシャーティを取り返そう!! 」

 

「あー! タクトさんまたルシャーティさんのことばっか考えてるー!! 」

 

「いや、ミルフィーそう言う訳じゃないんだよ」

 

 

マイヤーズ夫妻(仮)は、タクトが滑らしてしまった口の為に、痴話喧嘩の様な、惚気のような会話を始め。

 

 

「ったく、気楽に言いやがって。クルーへの通達やら、空気の引き締めは俺の仕事になるのか……」

 

「副指令、お疲れ様です。あの、私にできる事でしたら、お手伝いいたします」

 

「む、ちとせ。別段慣れているからな、一人でも問題ないが、まあ、お願いしようか。褒美と言ってはあれだが、俺なりの効率のいい捌き方を教えてやろう」

 

 

レスターとちとせのいい子コンビは、すでに苦労を自主的に背負い始めており。

 

 

「フォルテさんフォルテさん、アタシ思うんですけど、あの二人お似合いじゃないですか?」

 

「そうさねー、アルモには悪いが、こういう場での相性は抜群かもね」

 

「あ、やっぱりそう思います? 」

 

 

フォルテと蘭花は、その二人を見て冷かしていた。

 

 

「あの……ミントさん、僕と舞踏会で踊っていただけませんか? 」

 

「身長差を考えて物を言ってくださいません? ……まあ、嫌という訳ではないですけど」

 

「うぅ……実は、僕女性と踊ったことがなくて、ミントさんは上手そうですし……ヴァニラさんは?」

 

「私も、そこまで得意ではありません。ですが、少しくらいなら。練習にお付き合いします」

 

「コーチ役でしたら、私もお手伝いいたしますわ」

 

「本当ですか? お二人とも、ありがとうございます。クロミエに頼もうと思ったんですけど。あいつは舞踏会には来ないので……」

 

 

ラクレットは、ロリ2r……失礼、ミントさんとヴァニラさんと、ちゃっかり約束を取り付けていた。ちなみに、ラクレットは、ミントとの身長差は60cmであり、ミントの身長の1.5倍の背である。ヴァニラとも50cmほどの差があり、子供に囲まれる親戚のお兄さんのように見えるが、ミントの2歳下でヴァニラとは1年弱しか離れていない事を記しておこう。

 

 

そんな、マイペースな『エルシオール』首脳陣をみて、月の管理者二人は、漠然とだが、確かにある、強い安心感と信頼感を覚えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヴァインとエメンタールの会話が長くなりすぎました。
まだ半分しか会話進んでないです。

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