僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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もうすぐ終わるよー。


第29話 Now chrono driving……

 

 

 

「チェック」

 

「むぅ……2Dではなかなか自信があったのですが。いやはやこれほどとは」

 

 

『エルシオール』ブリッジ。クロノドライブ中とそうでない間に最も忙しさの波があるといわれるこの部署。そこで今一つの戦いが終焉を迎えていた。

といってもただの遊戯であったが。

 

 

「3Dチェスは、2Dとはまた違った要素を多々含んでいるからな。駒の数や、種類、動きまで。だが」

 

 

そこでレスターは、今まで対局していた相手の顔に張り付いている薄っぺらい笑顔(彼にはそう見えている)を見つめながら、言葉を続ける。

 

 

「まるで教本通りの動きだった。そういうのが得意なのか? 」

 

「いえ、3Dでは経験が少ないので、そうせざるを得ないだけです。どちらかといえば、鬼策や奇手を好みますね、私は」

 

「うちの司令官と話が合いそうだ」

 

 

やれやれと、レスターは肩をすかす。現在『エルシオール』に搭乗中のエメンタール・ヴァルター。彼はエタニティーソードのコンバーターの関係でチーズ商会からの増援といった形でこの艦に滞在しているのだ。

 

 

「年が近い従兄弟ですし、仲良くしたいとは思っていますよ。タクト君とはね。ああ、もちろんクールダラスさんとも」

 

「訂正するのが遅れたが、年も同じだ。レスターでいいし、口調も固くしなくていいさ」

 

「軍人さんに対しての敬意もあったのですが、そういうことなら、レスター君と」

 

 

一応朗らかに話しているし、本人たちには他意はないのだが、周囲のこことアルモから見れば、腹の探り合いをしている大人たちの会話という風に見えていた。彼女たちは一応まだ十代の少女であり、白き月にいた関係で少しばかり世間知らずの気があるのだ。つんでいる経験と場数はそこらの軍人以上ではあるが。

 

 

「それにしても、レスター君は、戦後どのような身の振り方を考えていますか? 」

 

「そうだな……しばらくは軍人だな。混乱もあるだろうし、事後処理も山のように必要になるだろう。おまけにうちの司令官さんは、仕事をしないのでな」

 

「お忙しいみたいですね、民間に割り振れる仕事があればぜひとも家か、ブラマンシュにどうぞ」

 

 

きっちりと宣伝をしつつも、エメンタールはしっかり、レスターを見つめる。心を見透かすブラマンシュと、未来を見透かす小僧がタッグになったと、昔は巷で言われていたが、そんなことを知らないレスターは、何か心を読まれているような気がした。故に仕方なく、もう一つ考えていたプランを暴露ことにする。まあ、別段恥じるようなものでも、非道なものでもないのだから。

 

 

「そうだな……それと、恋でもしてみるかと思ってはいる」

 

「ほう?」

 

「ええええええ~~~~~!!!!!!!! 」

 

 

レスターのその発言に突如外野から声が上がる。まあ、仕方ないであろう。声を上げたアルモは、レスターに対してかれこれ1年ほど片思いをしている。その間、レスターはほぼ女性に対して興味を見せることはなかったのだ。こういった話題をタクトに振られた結果わかったことは、貞淑な女性を好むということだけであり、ぶっちゃけ『恋する乙女』にはあまり役に立たない情報であった。

 

 

「おや、お堅いと聞いていたのですが、レスター君の風評は実物と違いましたか」

 

「アルモどうした奇声をあげて。いや、そうだな。なんというかタクトを見ているとな、恋愛も悪くないなと、そう思ったのさ。まあ、相手もいないので当面のところはそれを仕事の片手間に探すってところかな」

 

「それでしたら、わが商会のほうで、適当な女性を紹介することもできますよ? 」

 

「だ、だめ「ふむ、それも一つの方法としてはありかもしれないな。両親を安心させるために身を固めるというのも。だが、あいつらを見ていると、恋愛というものの凄さを、オレも体験してみたいと思えるくらいだからな。今は遠慮させてもらうよ」

 

「そうですか、気が変わったらいつでもおっしゃってくださいね」

 

 

レスターは気づかず、エメンタールは気にせず、そう会話を締めくくった。まあ、事情を知っているエメンタールからすれば、少しばかりの意地悪とひっかけであろう。なんだかんだ言って、ヴァニラやダルノー以外の原作キャラとは接点が薄かった彼が、大義名分を手に入れたのだから。

 

そんな感じで曲者のお客さんと堅物の副指令は2ゲーム目を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月が黄金色に照らし、星が白銀に照らす空の下────といっても当然のごとく人工のものだが────橙色の灯に集まる3人がいた。

 

 

「いらっしゃい」

 

「さあ、今日はアタシのおごりだよ、二人とも、たんとお食べ」

 

 

フォルテは自分に与えられた権力を振りかざすことを良しとはしていない。しかしながら、それでも彼女は少しばかりの贅沢として、公園にこうしてほぼ彼女のみのためにおでん屋台を定期的に開かせる位はやっていた。これはエオニアと戦う以前から行われているものであり、今回はこの移動が終わったとに控える決戦のための景気づけとして、二人を連れてきたのである。

 

 

「はい、ごちそうになります」

 

「いただきます」

 

 

ちとせとヴァニラの二人は、そう言って頭を下げた。なぜ彼女達かというのは、艦内を歩いていて順に会ったのがちとせとヴァニラの二人であり、フォルテの財布の事情的に二人ぐらいで勘弁してほしいというのが大きかったからだ。小食かつ、おごった結果きちんとお礼を言うであろうと判断したからではない。決して、ミントやランファが大食いや礼儀知らずというわけではない。もっというとちとせは大食いである。常識をわきまえてもいるが。

 

 

「姐さん、今日はやけに調子がいいですね」

 

「なーに、もうすぐ決戦だからね、景気づけさね。なんだかんだ言っても、いつも通りやるべきなのさ」

 

 

おでん屋台の店主の問いかけに対して、彼女はどれから食べるかよく吟味しながら答える。嬉しそうな彼女の顔はまるで宝石店のショーケースを見つめているようだが、0の数が3,4個は違う買い物と考えれば、ずいぶん安い幸せかもしれない。

それでもそんなささやかな幸せがあるからこそ、人は頑張れるのであり、それが彼女にとっての原動力の一つでもあった。

 

 

「そうです。平常心が大事です」

 

「私も、若輩ながら、そう学びました」

 

 

ちとせとヴァニラの二人も便乗してそう答える。思うところは彼女たちも同じだ。

 

 

 

「よし、きにいった、この前入ったいい酒をサービスだ」

 

「お! 大将、話が分かるね。これは大人の特権だ」

 

「フォルテ先輩、また飲みすぎてナノマシン治療を受けないで下さいよ」

 

「大丈夫です、ちとせさん。今後二月は治療をしなくて良いと約束しましたので」

 

「うっ! そういえばそうだったね。やれやれ、子供の前だし控えめにしておくよ」

 

 

そんな、三人の団欒とした一シーンは、何事もない決戦前の日常として消化されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「右が甘いわよ!! 」

 

「かかりましたね!! 」

 

「な!! その体勢から!! 」

 

 

ランファとラクレットは現在一戦交えていた。比喩的な意味でも、ニャンニャンな意味でもなく。拳の語り合い的な意味である。状況を端的に表すのならば、攻勢のランファを守勢のラクレットが辛うじて捌いていき、生まれた隙を双方が突きあっているといったところか。

仕掛けるのは基本的にランファからであるので、どうしてもラクレットはガードを解けずにいた。二人は攻撃力といった点では技の冴えといった点で一日の長があるランファが圧倒的とは言わないものの、上であり。筋力と胆力でまさるラクレットも重い打撃は打てるが、さすがに彼女の理論的に考えられた動きほどではなかった。最低限の格闘技術はあるが、付け焼刃とは言わないが、ランファ相手に用いた場合、逆に理屈通りに来るので容易くさばけるといったジレンマである。

しかし単純な防御力ならば、ガードを抜かれても分厚い筋肉があるラクレットのほうが有利だ。防御の技法もランファが上だが、攻撃と違いあたることが前提であるのならばラクレットは耐えるだけでよいのだ。回避と逸らすのが前提の守りのランファと、受けて耐える守りのラクレットといった所か。

 

 

「いい加減やられなさいよ!! 」

 

「そっちこそ、そろそろバテてくださいよ! っと! またそうやって……やりにくいな」

 

 

ラクレットがやりにくいというのは、ランファが冷静に戦闘をしているのに、態度は激昂しているような振る舞いを見せていることだ。向こうが冷静さを欠いているのならば、ラクレットが半年ほどで片手間とまでは言わないが、中途半端感は否めない中仕込まれた格闘術で、単調な攻撃を無力化しようと動くのだが、ランファが混ぜてくる、『本当に激昂したので繰り出される単純な一撃』に見せかけたフェイントが、定期的に飛んでくるからである。

 

 

「まだまだ、場数が足りないわね!! こんな子供じみた手に引っかかっているなんて!! 」

 

「対人戦は、今後の課題ですからね!! 」

 

「二人とも、そこまでですわ」

 

 

ヒートアップして、ラッシュを仕掛けてきたランファをガードしながらの問答も、外からの鈴が鳴るような冷静の声に止められた。時間を図っていたミントである。

二人とも、決着がつくなら一瞬か長期戦かの二択であるとは踏んでいたために、15分という制限時間を設けていたのだ。15分という数字は、二人が乗りで出したものだが、ミントからしたら頭がいかれているのではないかと思う長さだ。

多くの格闘技の公式戦の長さは1セットで5分ほどなのだ。そう考えると休みも入れずに、3倍の長さ戦っている二人は、何者なのだろうと、本当に呆れてしまうのだ。

ミントはラクレットの体力の秘密を知っているが、それでもこうも見せられると、呆れてしまう。ランファに関しては、もう慣れている。彼女はそういうESPを持っているのだと思い込むようにしたのだ。

ちなみにラクレットの体力を知っているというのは、Vチップをフライヤーズと同じ形式で思考操作できるような形で設定したエタニティーソードを、試にシミュレーターで先日動かしたからだ。結果5分と持たなかったのだ。あれは体への負担が大きい、突撃仕様な上に、エネルギーの最適化などという工程までしていれば、すぐに疲労感でいっぱいになってしまう。

 

 

「ふぅ。やっぱり、格闘戦ではまだまだ敵いませんね。手加減も絶妙ですし」

 

「言うほど差は無いわよ。手加減も正直それほどじゃないわ。アンタが強くなってるのよ。性別もあるし、アンタまだ成長期だし、そのうち抜かれるかもね」

 

「そう言って貰えると嬉しいです。ランファさんを格闘戦の目標にしていますから」

 

「抜かれるかもとわかっていて、アタシがそう簡単に抜かれるとは思わないことね。まだアタシにも伸び白はあるのよ? 」

 

「お二人とも、お疲れ様ですわ」

 

 

さっそく議論を交わしている二人のもとに、運動部のマネージャーのごとくタオルと飲み物を持って近寄るミント。専門的なものはわからないが、心を読む限り、二人ともお互いをたたえあっているのがよくわかる。熱血スポーツドラマのような状況で、自分にはとてもできないとは思いながらも、そういったことに熱を入れられる二人をうらやましく思いながら、彼女はランファの汗をぬぐった。

 

 

「ん、ありがと、ミント」

 

「いえいえ、お二方が強くなっていただくと、私の安全も増しますので」

 

「なによそれぇ。盾にするつもりー? 」

 

「私に、ランファさんのような、鍛えれば光る体と才能がありましたら、腕を磨くことも考慮に入りますが、生憎とも、このようななりですので」

 

 

楽しげに談笑する二人を見つめるラクレット。話題は、どうやら体の話だ。姉妹のようにすら見えるランファと、ミントの身長の差は42cmである。ラクレットは、ふと魔が差したのか、脳内で二人の体を入れ替えてみる 。長身でスタイルがよく体の凹凸もしっかり出ているミント。小柄で童女と間違えてしまいそうな体つきのランファ。それはそれでありかも!!

 

 

「そこの、バカなことを考えているお方? ありかもではありませんわ」

 

「なんとなくわかるから追求しないことにするわ」

 

「あはは……すみません」

 

 

最近は思考を普通に読まれるようになったというのに、学習しないラクレットである。まあそれは何時もの事なので置いておくとしてだ、ミントがふと、ラクレットの事を見つめながら考え込み始めた。

 

 

「なんですか? 」

 

「いえ……ラクレットさんがもし、私のような体つきでしたら、どうなっていたのでしょうかと思いまして」

 

「えー? こいつが、子供っぽい感じ? 」

 

 

ランファもつられて考えてみる。身長140cm程度で、ふわふわの黒くて短めの髪の毛。目鼻立ちは、正直かなり美化されて、かわいい系統のデフォルメといっていいほどの処理が行われて再構成される。しかし言動は最近の少しへたれてはいるが、礼儀正しく、真面目で任務に実直な彼だ。ショタレットという単語が浮かんだが、それはきっと何かの電波を受信したのであろう。

 

 

 

「あー、整備班のおもちゃになりそう」

 

「ですわね」

 

 

それしか思い浮かばないのである。おそらく整備班のお姉さま方に囲まれて困っているのが日常風景となるであろう。真面目なので、機体絡みで捕まり、気が付いたら着せ替え人形にすらなってそうだ。お菓子で釣られたりもしそうである。

 

 

「なんか、すごい図を想像されているみたいですが、まあいいです。なんにせよ、今の体が一番ですよ」

 

「そうですわね。小さく子供っぽいですけど、私もなんだかんだ言って、長い付き合いですから」

 

「そうねー。まあ、たまには違う自分もいいかもだけど」

 

 

そんな風に和やかに談笑する3人は、目前に迫る決戦に向かって体調を整えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミルフィー」

 

「タクトさん……」

 

 

王子様とお姫様ではなく、司令官とその部下の隊員は、二人でミルフィーの部屋のソファーに座っていた。先ほど会議室でノアや、カマンベールから詳しい最終決戦の対策兵器に反する話を聞いてきたところである。

ミルフィーユ・桜葉 彼女の力がないと、クロノストリングエンジンの出力を、暴走状態まで上げることは難しいであろう。特別な処置をエンジンに施せばそうでもないが、そうすると、戦闘行動ができなくなるのだ。戦闘をこなしつつ、保険のために機体を一個改造しておくことも考えられたが、それはこの少ない戦力を削ることになり、避けるべきだという結論から、結局ミルフィーが半年前と同じようにこなすことになったのだ。

もちろん、カマンベールもノアもやらせるつもりはなく、その前の戦闘ですべて決めるつもりだから安心しなさいと、こちらを送り出した。しかし、タクトとミルフィーは心を一つにしていた。

 

 

「今回も、もしもの時はさ、二人で行こう」

 

「はい……私怖くないです。タクトさんと一緒なら」

 

 

半年前は恐怖でいっぱいだった。年下の少年にかばわれたことで、より自分の生への渇望を認識してしまった彼女は、タクトの支えがあって初めて、決戦兵器で敵を薙ぎ払うことができた。勇気と愛と、ほんのちょっぴりの楽しさで心を満たした彼女は、そうやって、乗り越えたのだ。

そして今回。彼女は自発的に、そういったポジションに付こうと思えるようになっていた。彼女にはかなえたい夢と守りたい人があるのだ。それに

 

 

「今回は、ラッキースターが、私の相棒が一緒だから、きっと大丈夫です」

 

「はは、オレはおまけかい? 」

 

「そんなんじゃありませんよ、ラッキースターもタクトさんが一緒のほうがいいってきっと思っています」

 

「それは照れるなー。でも、そんなに信頼されているんじゃ、結婚式にはラッキースターを呼ばなくちゃいけないな」

 

 

軽口を交わしあいながら二人は笑いあう。恐怖はある。でもそれは毎回の戦闘と同じだ。いつも敵と触れ合うような距離で戦っているのだ。いつだって死ぬかもしれないのだ。死ぬ危険なんて何度も経験した。エオニアの帰還の時の本星からの敗走。動けないエルシオールの防衛戦。味方と合流するために敵の集団を突っ切った戦い。ファーゴでのクロノストリングエンジンが止まった戦い。黒き月との最終決戦。ネフューリアの戦艦との2度の戦い。紋章機のコントロールが奪われた時。

最初は毎回この戦いで死ぬかもしれないという恐怖を仲間と分け合って戦った。タクトが指揮をしてくれて、自分たちの力を信じられた。ラクレットが飛び込んできて、一番前で戦う人がいることの安心感を知った。ちとせが入ってきて、先輩として恥ずかしいところを見せられないと思った。

そんなミルフィーユが今、敵の兵器を止めるためにエンジンを暴走させて異世界への穴を開き、『爆弾ごと異世界へと行くこと程度』で強い恐怖を覚えるのか? もちろん恐怖はあろう、しかし、それを上回る使命感、そしてやり遂げられるであろう自信があるのだ。

もし異世界に行っても、きっと

 

 

「ノアさんやカマンベールさん。それにみんながきっと」

 

「ああ、オレ達をこっちに戻してくれる」

 

 

エンジェル隊という最強の部隊。レスターという最高の副官。ヴァルターという規格外の一族。月の管理者という英知の集まり。女皇と宰相の最大の支援。それがあれば、異世界なんてすぐに攻略できるだろう。

 

 

「だからさ、ミルフィー」

 

「はい、その時は……」

 

 

 

二人はそっと、幸せなキスをする。

 

 

 

 

そうして最後の日常は終わり、最終決戦へと向かう。

 




3Dチェスってたぶん ナイトの射程を感覚的に把握するまで
凄い時間がかかると思う。

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