僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第31話 ギャラクシーエンジェル~光の天使たち~ 後編

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、よい経験をさせてもらった。一時的とはいえ敗北なぞ、長いこと経験していなかった。礼を言おう」

 

 

自身の星を守る勢力を壊滅させられたというのに、ゲルンには一切の焦りなどなかった。

彼からすれば、この程度は予想の範囲内であったのだから。それでもどういった方策で突破してくるかのいくつかは考えても、こういった方法は想定していなかったのだ。そういった意味で、タクトたちの行動は、ゲルンに貴重な経験を積ませ学習させ成長させたといえる。

そもそもゲルンからすればこの戦は全戦力の一部しか使う事の出来ない者でもあるのだ。ヴァル・ファスクの艦の多くは『とある場所』を防衛するためにそこに常在しており、今回CQボムを使用する可能性があるので、その場所近くの港で待機させている。この銀河のEDENやトランスバールなど『とある場所』からくるかもしれない勢力に比べれば塵芥でしかないと彼は考えているので当然の措置だ。

 

 

「そう、お前たちは、死ぬ前に最も尊い存在の成長の一助となったのだ。これ以上名誉なこともなかろう。安心して消えろ」

 

「ふざけるな!! ゲルン!! 貴様を倒して、銀河を……人類を、全てを救う!! 」

 

「物事は考えてから口にするがよい。単純な暴力に優れる存在の前に、保険も掛けずにあらわれると思ったが愚鈍な人間風情が」

 

 

ゲルンはどっしりと、彼の艦『ギア・ゲルン』ブリッジの司令官用の椅子に腰掛けながら、堂々とそう述べた。それは王の宣言である。絶対的な力を誇示できるものが、上に君臨するものが、その力を振り上げたものだ。

 

 

「クロノクェイクボムは、我が脳と直結している。我が脳波が止まれば、起動する手筈となっているのだ。理解したか、貴様らがいかに無駄なことをしているのかを」

 

 

そう、ゲルンは全てが自分、そしてヴァル・ファスクの王としての行動しかしない。彼が仮に、そう仮に死んだとしても、ヴァル・ファスクに敗北はないのだ。そう、彼の死こそが、最悪な兵器の引き金となっているのだから。

 

 

「為す術なく、消え去るがよい」

 

 

そうして、ゲルンは死神の鎌を振りおろし、通信を切った。これがゲルンのこちらに対する最後の言葉なのであろう。タクトは、気合を入れなおす。

 

 

「みんな、ついに最後の敵だ!! 」

 

 

ブリッジが、格納庫が、医務室が、食堂が、キッチンが、クジラルームが、『エルシオール』全ての人員が。タクトの言葉を胸に刻む。そう、本当の意味での、タクト・マイヤーズの戦いがここで終わるのだと、そう感じたのかもしれない。

 

 

「敵は強大で! そして死んだらCQボムが起動してしまう。だが!! 」

 

 

それはもちろん、敗北ではない。いままで導いてきた、英雄タクト・マイヤーズが最後の戦いで、敗北とともに消えることなど、絶対にありえない。そう信じているからだ。

 

 

「それでもオレ達は戦って勝って阻止しなければならない!! 」

 

 

1年前、命令のままに赴任してきた、頼りない若い貴族の坊ちゃんはもういない。ここにいるのは、歴戦の戦士。激戦の波を常に最前線で指揮し、乗り切ってきた。そんな英雄なのだ。警備員も、医務官も、皿洗い担当ですら、自分がこんな素晴らしい人物とともに戦える。その人物の一助になっている。そのことで胸がいっぱいとなる。

これがタクトのカリスマ。辺境地方の司令官から、銀河の、人類の存亡をかけた戦いで、リーダーとして人類を率いることになった。稀代の英雄の言葉。

 

 

「あんな、ふざけた奴がいるから!! 心があるヴァル・ファスクがいるのに600年も分かり合えないんだ!! 」

 

 

艦にいる500人が、タクトの言葉に聞きほれている。誰もが次の彼の言葉を待っている。そう、艦は一つの一体感に包まれている。タクト・マイヤーズという一つの台風の目を中心とした、巨大な一つのモノに。

 

 

「だから、オレ達で倒す!! 総員!! 戦闘開始だ!! 人間の力を見せてやるぞ!! 」

 

 

────了解!!

 

 

そして戦端が開かれる。銀河の魔王と人間の勇者一行。その最後の戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロノブレイクキャノン!! クロノブレイクキャノン!! 」

 

 

補給を受けたラクレットは、固定砲台と化していた。威力はもちろん落としている。しかしそれでも圧倒的な射程距離と攻撃力を持つ、砲撃を何度も行っているのだ。

彼の機体に搭載されている、ストレージとクロノストリングジェネレーター。その補助もあって、彼は補給を受けずに5発ほど斉射可能だ。彼ではシンクロ率の関係で、星を砕くような超強力な1発を撃つことができない。それが彼一人でできる限界だ。当然の如くNCFCも展開できないであろう。しかしそれでも、単純な砲撃であるのならば、彼にだってできる。

 

 

「『ギア・ゲルン』砲撃を受けつつもなお、こちらに接近!! 駆逐艦等をシールドに特化させ、囮として利用しています!! 」

 

「いいぞ、ラクレット!! そのまま打ち切れ!! 」

 

「お前はどんな兵装でも、バカ火力になるな」

 

 

レスターが皮肉を言ってしまうのも無理はない。圧倒的な距離を詰めるところから始まる、戦闘という場において、彼の砲撃はすでに多くの艦を刈り取っていた。目標はもちろん『ギア・ゲルン』のみだ。他の艦は見事に散開しているので、大将を狙っている。

ゲルンからいや、防衛側からすれば当然であろう。先にタクトは大胆な伏兵を見せた。それはゲルンに今後も伏兵が来るのかもしれないと、考慮に入れるには当然であり、星のある背後は兎も角、側面は軽快する必要がある。タクトは数の優位を一度にあたる数を少なくすることで覆す算段なのだ。1VS10を1回よりも1VS2を5回の方が楽なのだ。

当然ゲルンもそれはわかっているのか、囮を壁として利用しながら無理矢理に距離を詰めている。CQボムには、たとえ、『エルシオール』に搭載し、最大の威力を持ったクロノブレイクキャノンでさえも防ぎきる『時空断層フィールド』が搭載されている。それは、時空震を起こすうえで、副作用的に搭載されているものである。これにより、物理的な攻撃は一切亜空間に逃がしてしまうのだ。しかし、それを搭載している要塞は、その恩恵にあずかれない。故にこそ、そうやって防ぐ必要があるのだ。1撃なら耐えうるかもしれないが、それでもかなり厄介なことには変わりがない。1撃の砲撃ごとに、十隻弱の艦を犠牲にしてようやっと防げるのだ。

そしてそれは、足の速い突撃艦が、妨害のためにラクレットに迫るという、当然の帰結を生むことになる。

 

 

「主砲回頭!! 」

 

 

エタニティーソードにCBCを搭載した最大の利点は、この、素早い回頭運動であろう。機体のスラスターの関係で、当然ながら鈍重なエルシオールよりも、素早く方向を変えることができるのだ。もちろん、本調子ではないために、いつもに比べればかなり遅い。そして何より、単純な移動速度は、ハッピートリガーよりも遅く、回避などまともにできたものではなかった。

だが、せっかくの利点も今は無駄となってしまっているのが現状だ。それはなぜか。

 

 

「はいはーい、私たちがお相手しちゃいますよー」

 

「アタシを抜いて攻撃できるとは思わないことね!! 」

 

 

ラクレットの護衛についている紋章機がいるからである。そう、この作戦において、『エルシオール』は味方の艦隊を護衛につけて進行し、ラクレットは、紋章機を護衛につけて進行しているのだ。

贅沢にも銀河最強の護衛を6機も侍らせているのだ。一応近づいた敵に回頭したものの、それよりも前に対処されてしまう。自分のために周囲の皆を良いように使う。しかもそれはエンジェル隊であり、6人全員が自分のために動いている。

それは、昔思い描いた理想かもしれない。エンジェル隊と肩を並べて戦うだけではなく、自分のことを守ってもらっている。しかし前までの彼ならばきっと申し訳なさで一杯になっていたであろう。なぜならばラクレットはそういうやつだから。

 

しかし、成長した、そう多くの戦いを、苦戦を、苦汁を経て、成長した彼は、全く別の形の感情で満たされていた。

 

 

「あら、ラクレットさん、いいご身分ですわね」

 

「全くさね、こんな美女を6人も侍らして、しかも一人は婚約者がいるっていうんだ」

 

「おや? 銀河最強の僕を護衛できる機体なんて、皆さんしかいないでしょう? 」

 

 

彼はもう、卑屈になったりはしない。少なくとも戦闘という面では、ラクレットは彼女たちと並べた。ともに歩いて行ける位階までたどり着いたのだ。自信を持って言える。自分は銀河最強だと。いまは手元にないけれど、愛剣を装備した愛機とならば、どんな敵にも負けはしないと。

もちろん不安はある。強大な敵と相対すれば怯んでしまう心はある。それでもそれを飲み込んで、仲間と表面上は軽口を言える。対等な関係それを彼は完全に手にしたのだ。精神的にはまだ未熟だと自覚はある。人間的にも劣っているであろう。だがそれでも自分で積み上げた強さは彼を裏切らないで支えてくれるのだ。

 

 

「それに、感情を持っていないヴァル・ファスクに見せてあげるんですよ。仲間を100%信頼して初めてできる、チームワークってやつをね」

 

「エンジェル隊とラクレットさんで、一つのチームです」

 

「今度名前を考えないと、いけませんね」

 

 

そう、それはチームワーク。絶対な信頼関係。それを築くことができた真なる仲間同士が、初めて作れる協力。

 

 

「これが、人間の……いや! 人間とヴァル・ファスクの力だ!! ゲルン喰らえ!! クロノブレイクキャノン!! 」

 

 

 

鋭い光がまた、ギア・ゲルンを蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぅ……小癪な!! 」

 

 

ゲルンは、何度もこちらに向かってくる、鋭い砲撃CBCの光を忌々しげに見つめていた。この戦場はまさにチェスなどと同じだ。雑兵ならいくら死んでも構わないが、王が死ねばその時点で終わりである。

勘違いしてはいけないのが、ゲルンが仮に勝利した場合、CQボムが起動されるということに直結はしていないことだ。『エルシオール』以上に苦戦する敵がいるとも考えにくく、この戦場を勝利すれば、そのまま軍勢を再編成し、EDENを奪還しトランスバール皇国まで攻め落とす。そういった心算だ。

なにせ、CQボムを起動してしまえば、宇宙空間にいるすべての艦と、その乗組員は死んでしまうのだ。クロノストリングによるエネルギー供給がなくなれば、どのような艦であっても、よっぽどの備えがなければ、3日もせずに空気などが生み出すことができなくなる。故にゲルンは『ピンチになったので起爆』という行為はできないのである。なにせ、この場で起動したのならば、ゲルン自身も死亡が確定してしまうのだから。現状『起爆=自らの死亡は確定』なのだ。

そう、故に『エルシオール』を跳ね除ける必要があるのだが、すでに4発打ち込まれているこの強力な砲撃により、こちらの戦力は削られてしまっている。

この事態は、彼の慢心……傲慢さが生み出したものであろう。

 

 

「だが、見立てだと、あと1,2発。それ以上を撃つには補給に戻る必要があるであろう。ならば────」

 

 

ゲルンはここで、賭けに出る。『エルシオール』に対して残存勢力の多くを向けたのだ。エタニティーソードとクロノブレイカーの最大の差はそのサイズであろう。なにせ、格納庫全体でギリギリというほどのサイズなのだ。

それは、補給にかなりの時間を有するものである。なにせ『エルシオール』に取り付くだけで、一苦労なのだ。それを『エルシオール』の周りで戦闘が、攻撃が飛び交っている状況ならば、そう簡単に補給はできないであろう。敵の砲台は確かに強力だ。だが、リロードができなくなればそれは足手まといである。現に先ほどの強襲のあと、この戦域に到達するまで、ずっと補給を受けていたのだから。

 

 

「思い知れ、家畜ども」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロノブレイクキャノン!! これで、打ち切りました」

 

「だいぶ削れたな。よし、ラクレット」

 

 

ラクレットは、5発のクロノブレイクキャノンを打ち切り、すでに役割を終了していた。そう、彼はもう、一切の攻撃手段を持たないのだ。敵の戦力はすでに大幅に減少しており、『エルシオール』に向かってくる1群。紋章機によって駆逐されかけている散兵。そしてゲルンとそれを護衛する艦隊の3集団のみだ。

ここから手筈通りにラクレットは動く。

 

 

「了解、武装オールパージ」

 

 

その声とともにエタニティークロノブレイカーに搭載されていた、ジェネレーターとクロノブレイクキャノンが切り離される。そしてラクレットは、素早く『エルシオール』に向かう。切り離された砲台を破壊する余裕を敵に与えなければ、後に回収できるのだ。

 

 

「皆さん!! 後は頼みましたよ!! 」

 

「任せておきな!! 」

 

「後は私たちだけで大丈夫です」

 

「ラクレットさんの開いた道。無駄にはしません」

 

「ちとせ、それじゃあラクレットが死んだみたいじゃない? 」

 

「殺してもしなさそうな人ですし、平気かと思いますわ」

 

「私! ラクレット君の分も頑張るからね!! 」

 

 

銀河の趨勢が決まるような戦いでも、こういった軽口をたたきあえる仲間。少々話題が引っ掛かるものの(特に最後の天然さんの)、ラクレットは 『エルシオール』に戻る。

周囲の護衛をしているザーブ艦の射線を妨害しないように気を付けつつ、素早く格納庫に機体を入れて、ブリッジへと向かう。中型戦闘機である『エタニティー……ソード』は素早く離艦着艦が可能だ。たとえこの戦闘の中でも

 

 

「ただ今戻りました!! 」

 

「よし! ラクレット、今すぐ第3ブロックに行ってくれ、流れ弾が当たって障壁が閉じてしまった。怪我人が数名出ている。担架を持って急行せよ」

 

「了解!! 」

 

 

直接戦うだけが、戦闘ではない。こういった艦内おける、遊兵にも立派にすることがあるのだ。

 

 

 

そして、戦闘は終盤へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、みんなそっちは粗方片付いたね!! 『エルシオール』は何とかするから、ゲルンに特殊兵装をたたきこむんだ!!」

 

────了解!!

 

 

 

現在『エルシオール』は少々厳しい戦いの中にいた。敵の数は4隻沈めて尚5隻と、すでに2隻離脱し、4隻のこちらより、頭数は多い。それならば、勝利条件はギア・ゲルンの撃破まで、耐えきることであろう。

 

 

「2番艦!! 左舷の敵へ砲撃準備!! 」

 

「了解!! 」

 

 

タクトにしてみればかなり久しぶりの、戦艦のみを操る戦場だ。勝手は違うが、それでもタクトは負けるわけにはいかない。

 

 

「4番艦、ダメージレベル限界値目前です!! 」

 

「っく、下がる……いや、天頂方向の敵に一斉射撃だ、その後離脱してくれ!! 」

 

「了解!! 最後の花火だ!! 全員気合い入れろ!! 」

 

 

すでに1から5番艦のうち3番艦と5番艦は離脱している。『エルシオール』のシールドエネルギーは6割といったところであり、1,2番艦はまだ余裕があるが、前に出て壁のような運用をしていた、4番艦はすでに限界であった。

 

 

「意地を見せるぞ!! 野郎ども!! 天使の帰還まで、勇者様をお守りするんだ!! 」

 

「だとよ、勇者様」

 

「そんな柄じゃないけど、期待には答えなきゃね!! 」

 

 

4番艦は相打ちに近い形で、天頂方向の突撃艦を沈め、そのまま緊急離脱。状況は3対4とさらに厳しいものになった。しかし負けるわけにはいかない。

 

 

「1,2番艦はそのまま左右に展開!! 下弦の敵は無視していいぞ!! 」

 

「了解!! 信じていますよ、マイヤーズ大佐!! 」

 

「了解だ!! 皇国軍人の底力を見せてやります!」

 

 

タクトの指示通りに、『エルシオール』を先頭とした、三角形の鏃のような陣形から、左右の2隻が先行し、それぞれの近くにいた敵と打ち合う形になる。そうすれば、損耗の関係で、2隻間の戦いでは打ち勝てるであろう。しかし下弦方向から回り込んでいる、2隻の巡洋艦には、もっとも武装の貧弱なエルシオールの後ろに付かれる形になってしまうのだ。

 

 

「敵、5時7時方向に展開!! このままだと、一方的に砲撃されます! 」

 

「よし!! クレータ班長!! 例のモノを!!」

 

「了解司令!! 弾薬費は司令のお給金から引いてくださいね!! 」

 

「え? それは……」

 

 

タクトは、待っていましたとばかりに、クレータに指示を飛ばす。その命令を受けた、クレータ率いる整備班の面々は整備用のクレーンを動かせるようにすでに準備していた。

そして格納庫のハッチを開放すると、彼女たちは艦外に大量に投下を始めた。

 

 

「紋章機武装の予備のミサイルの信管をいじって機雷にするか……古典的で、費用対効果の薄い策だが……」

 

「この盤面だと、かっちりはまるよ!! 」

 

 

そう、『エルシオール』から投げ込まれているのは、各紋章機のミサイルの予備弾薬である。すでに最終決戦。とっておく意味はないのだが、大変に高価なものだ、そして専用の紋章機から打てるわけでもないので、ただ、投げ込むだけ、ミサイルなのに追尾どころか直進すらしない。

 

しかし、敵が真後ろにいて、攻撃しようと接近している、そして無人艦であるのならば話は別だ。機雷に対しての警戒はあるが、ロックオンしていない、動いてないミサイルに対しての警戒まで敵の『非常に合理的なAI』は対策を積んでいるのであろうか? 答えは否。そのような非常識的な運用に対して、ヴァル・ファスクの合理的なAIが解答を用意をしているはずもなかった。

ゲルンにしたって、突然目の前に出てきたものを回避させるという事はとらない。機雷反応が無ければ警戒に値しないからである。なにせ流石に自在に操っているが、カメラからの映像がそのまま脳内に流れてくるわけではないのだ。

結果、速度を落とさず、『小さな塵』と認識されたミサイルに突っ込む2隻。起爆と同時に学習し、前方に大量にあるミサイルを回避しようと進路を変更するが、時すでに遅し。エルシオールの数少ない武装が、直接周囲のミサイルを起爆するように攻撃を仕掛けてきた。結果、ミサイルは誘爆。大爆発とともに、敵艦のシールドを根こそぎ削り取ったのだ。

 

 

「ふむ……今の攻撃で、リゾート惑星1つを購入できるくらいの金が飛んだな。タクト借金生活がんばれよ」

 

「いや、レスターこれ軍事行動だし、経費で落ちるよ。……落ちるよね? 」

 

 

誰もタクトの疑問に答えてくれない。ブリッジは沈黙が支配していた。先ほどから執拗にタクトを攻撃しているレスターが、とどめの一言を放つ。

 

 

「ちなみに、ラクレットの1年の収入らしいがな。お小遣いこみでの」

 

「ラクレットー!! お金貸して―!」

 

 

艦内放送で、そう叫ぶタクト。その間に前方の2隻 の敵艦は1,2番艦に破壊されており、戦場の趨勢は決していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギア・ゲルン大破!! 各紋章機の特殊兵装を受け、装甲を保っていられない模様です!! 」

 

「よし!! あとは……」

 

「ああ……」

 

 

タクトたちがうまくやっている間に、エンジェルたちも仕事を完遂したようだ。黒い煙に包まれ、地獄の業火に焼かれるような姿のギア・ゲルン。あれだけの爆発ならば、直結しているはずの、CQボムも一緒に破壊されているのではないか。そんな淡い希望が、エルシオールを包む。

 

しかし、今までの幸運は続かなかった。そう幸運の連鎖は、ご都合主義の神様の加護は、綱渡りの奇跡の連続は、絶体絶命の危機を回避するには足りなかった。

 

 

そう、煙が晴れたとき、現れたのは紫色の菱形をした巨大爆弾、CQボム。最悪の兵器は今で健在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愚かな家畜どもめが、自らの命を消してでも、死を選ぶか……」

 

 

爆発四散し、散らばっていく旗艦の中で、ゲルンは自らの死を悟りながらも冷徹に分析をしていた。ヴァル・ファスクにとっては死すら転職に過ぎないというわけではないが、結局のところ、自分の死までも客観的に分析する要因に過ぎない。それが現存する最も古き、典型的なヴァル・ファスクであった。

 

 

「ここで死んでも、ヴァル・ファスクの勝利は変わらぬ。ヴァル・ファスクに永久の繁栄と栄光あれ!! 」

 

 

それが銀河の王の、災厄の魔王の辞世の句であった。彼の生き方を最後まで生き方を体現した言葉であった。

 

彼の死をスイッチとして、起爆が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり……破壊は無理だったか……」

 

「そうね……旗艦と接続している時ならば、旗艦からのエネルギー供給があって、それで誘爆してくれるかと思ったけど……期待しすぎだったわ」

 

 

白き月。当然のごとく、人類最盛期の英知の結集であるこの人工天体には、数億キロ以上離れている戦場の状況をほぼリアルタイムで知ることのできる設備があった。

戦況を観測していた、カマンベールと、ノアは悔しげにそうつぶやいた。彼らはここでの破壊に失敗したということは、それは即ち最終策を用いる必要があるということだ。

 

 

「マイヤーズ大佐に、通信をつないでくれ」

 

「りょ、了解」

 

 

静かな良く通る声で、カマンベールは司令室のようになっているこの場の通信士に指示を飛ばす。有無を言わさない、その言葉に通信士は従ってしまう。

 

 

「カマンベール君、君はまさか……」

 

「そうですよ、宰相閣下。例のプランに移行するタイミングです。今しかないでしょう」

 

「だが、それはっ!! 」

 

 

カマンベールの意図を正確に読み取ったルフトが、当然のごとく反応する。そう、エンジェル隊の誰かを────正確にはミルフィーユ・桜葉を────切り捨てる決断をせざるを得なくなったのだ。

 

 

「CQボム起動を確認!! エネルギー値が急上昇を開始しました。臨界まで時間がありません!! 」

 

 

それを後押しするかのように、『エルシオール』の戦況が伝わってくる。そう、もう選択肢を吟味している時間などないのだ。

エンジェル隊の面々も必死に攻撃を試みているが、時空の断層に阻まれて、物理攻撃の一切を無効化しているCQボムに対して有効打足りえない。

そんな中、一機の紋章機が帰艦した。ラッキースターである。その報告を受けて、タクトはレスターとアイコンタクトを交わし、ブリッジを後にするために走り出す。レスターとのすれ違いざまに、二人は何の前触れもなく、左手を上にあげる。

パシッと乾いた音が響き、二人がハイタッチを交わしたのだと、ようやくココとアルモは気づいた。

 

 

「ルフト先生」

 

「レスター……」

 

「かけてみましょう。いや、かけない選択肢はないのです。ならば今、タクトにかけましょう。あなたの最高の教え子で、俺の最高の親友である、タクト・マイヤーズという男に」

 

 

レスターの言葉は、だれよりもルフトの心に響いた。皮肉屋で滅多に自分の本心を言わず、誰かを褒めるなんてもっての外な、名前通りクールな男が。公の場で彼が選べる最もシンプルかつ最大の語彙である親友という言葉を使いタクトを推したのだ。

タクトと言う最も掴み所が無かった教え子。レスターという最も優秀であった教え子。その銀河の次世代を背負う二人が決めたのだ。

ならば、それを支えるのが、大人のいや老兵の務めであろう。

 

 

そうこうしているうちに、通信ウィンドウにラッキースターが復帰する。当然のごとく、操縦席に、タクトとミルフィーの二人で座っている。進路は真っ直ぐに、今集中攻撃を受けているCQボムへと向かっている。

 

 

「マイヤーズよ!! 」

 

「なんですか、女皇陛下」

 

「桜葉にもだ、皇国を、銀河を……そして人類を頼む……」

 

「任せてください!! ね、タクトさん」

 

「ああ、オレ達がやって見せますよ」

 

 

シヴァはもう、後悔を見せることはなかった。そう、背中を押して送り出したのだ。死地へと向かう勇者二人に後ろ向きな言葉をかけるのは不適切だと。一番危険な彼らが成功して戻ってくることを信じているのに、後ろで最も偉い自分が信じないでどうするのだと。

彼女はもう、泣き言も後悔の言葉も言わない。信じて待つ。それが女皇のたった一つの冴えたやり方だ。

 

 

「マイヤーズ司令、ミルフィーユさん。未来をお願いします」

 

「シャトヤーン様、任せてください」

 

「その代り結婚式には来てくださいね」

 

「まあ! ぜひ出席させてもらいます。楽しみにしていますから、戻ってきて下さいね」

 

 

シャトヤーンも、そんな女皇の後ろに立って、背中を押すようにそう告げた。心苦しさはある。しかしそれを見せることが何になろうか? 彼らへの重石にしかならないのならば、このように笑って送り出してやるものであろう。

 

 

「タクト、頑張りなさい。私が……いえ、私達が絶対にこっちに呼び戻してあげるから」

 

「そういうことだ。どうせなら、合同で結婚式というのもいいかもしれないが、どうだ? 」

 

「わぁ! それもとっても素敵ですね! 」

 

「前向きに検討させてもらうよ。だから頼んだよ」

 

 

ノアとカマンベールは成功してからが本当の戦いだ。なにせ、異世界への扉を開ける必要があるのだから。そう、彼らは何も心配してはいない。絶対に成功する。そう確信しているのだ。

 

 

 

「タクトさん!! ミルフィーさん!! 二人の愛に幸運を祈ります! 」

 

「ありがとうラクレット」

 

「愛の力で、奇跡を起こしてくるね」

 

 

ラクレットも、ブリッジに駆け込み、通信で見送る。最後の別れになるとは思っていないが、それでも言っておきたかったのだ。銀河最強のいや、最高の愛の形を。

 

 

 

「タクト! ミルフィー! 失敗したら許さないわよ!! 」

 

「絶対に成功してくださいね、待っていますわ」

 

「失敗したら、何時もの様に、おごってもらうからね」

 

「成功しても、帰艦のお祝いはタクトさんのお財布で」

 

「でしたら、会計は私が勤めさせていただきます」

 

 

天使たちは、いつも通り、いやいつも通りに見える姿で二人を見送った。彼女達は少しばかり悔しかった。ミルフィーと同じ立場だからこそ、強く、自分たちの力不足を感じてしまう。何度も何度も攻撃をCQボムに繰り返していることからもわかるが。

だが、それでも笑って明るく送り出す。それがエンジェル隊のやり方だから。今後悔するよりも、笑顔でそれを見つめて、自分とみんなの力にするのだから。

 

 

「あいよ、はぁー……また給料日までパンとスープしかない生活か」

 

「ふふっ、私が作ってあげますよ、タクトさん」

 

 

二人はそんな、何時ものような何気ない会話をしながら、紫色に光る巨大なCQボムに向かっていく。そこには恐怖なく、あるのは只二人の間の深い愛情だけだ。そして、ぶつかりそうになったその時、ラッキースターの背後に生える巨大な純白の翼がさらに大きくなる。

 

 

「ミルフィー……」

 

「タクトさん……」

 

 

翼はどんどん大きくなり、そしてCQボムごと包み込む。今にも爆発しそうなくらい、紫色の光で膨れ上がった、CQボムは、桃色の暖かい光と、純白の翼に包み込まれる。

一際大きな光を放射した後。桃色の光は球体の形をとり、だんだんと、小さくなっていく。

 

そして、光が消えた後には何も残らなかった。

 

 

 

────二人が出会った蒼い銀河で

────光を浴びて翼を広げた天使が

────奇跡をおこしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

トランスバール歴413年某日。

銀河をかけた種族間の長き戦いは終息した。

人類を脅かしていた存在は消え、隣人と手と手を取り合って生きる。

そんな時代が始まりであった。

それは二人の大きな功績によるものだったと、後の歴史家たちは語って聞かせている。

 

 

 

 




次、エピローグで完結となります。
その後は外伝でもう少し御付き合い願います。
Arcadia様には既にありますので、そちらも。

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