目が覚めた。
覚醒というやつだ。この言葉にはいくつか意味がある。単純に睡眠などから意識が戻ったというもの、今までとはまるで別のものになったかのように成長したことなどだが、今回のはそのどっちであろうか?
黒き月がローム星系の近くまで来たあたりで、俺はこの装置を起動した。過去の自分の研究や、ここ数年、引きこもって研究をし続けた結果も相成って、おそらく正常に起動させることができたであろう。
そのためには、管理者の代行体である、インターフェイスより上の、管理者の権限そのものが必要であったのだ。管理者の権限を得るために、それがしていたことは至極簡単、黒き月の中枢部でほぼ外部に出ないような生活をしていただけだ。
まあ、それ以外にも解析やら何やらをいろいろしていたが、ここの管理者認識システムは、保険のためなのか真偽は知らないが、何百年もの間管理者が指示を出さないために、管理者のみが立ち入れる場所で、管理者にしかできない行動をとる俺を、管理者として誤認しかけていたからな、それを利用させてもらった。
そんなわけで、何とか体をあのクリスタルに情報体として保存することができたわけだが、何やら非常事態でも起こったのか、このクリスタルの中で意識だけ目が覚めた。ここは、体の情報をデータとして保存することができるものなので、それを動かせるソフトである、意識を起動させたようだ。もちろん体があるわけではない。なんというか、バーチャルリアリティーみたいなようなものか、この赤い空間の中で漂う体は、あくまでこの意識を動かしたことによって自分の体を勝手に再構成した張りぼてだ。
「……情報がどんどん流れ込んでくるな、ここは……宇宙空間? 皇国本星の軌道上にない……しかもコアがむき出しだと……」
以上の情報から推察するに、2つほどの仮説が考えられる。
1エオニア様が勝利し、幾星霜の時が流れ、黒き月が壊れて漂っている。意識が覚醒したのは、エネルギーが切れかけているなどの理由から。
2エオニアが敗北し、黒き月が破壊された、コアだけ残ったものの、何かしらの問題が発生した。
「……1はないな。どうやら俺がここに入ってからの時間が、1年たってないようだ。となると……」
エオニア皇子は負けてしまったようだな。何が起こったのかはわからないが、あれだけの過剰な戦力である、この、黒き月をもってしても負けたのだ。
よほど強力な戦力と当ったのか、油断したのか……それとも奇跡でも起こったのだろうか、敵にとっての。
「まあなんにせよ、今は現状の把握が必よ……」
「あーもう!! なによこれ!! 」
その瞬間に俺は、体中に電流が走ったように感じた。ああ、電気椅子に座らされた死刑囚の気持ちを俺はきっと世界一共感できるであろう。比喩表現ではないのだ。この空間は、意識というソフトを走らせているに過ぎない。実体がないデータの集まりなのだから。
目の前に突如浮かび上がった、少女の像は、金色の長い髪を揺らしながら、こちらに背を向けて、周囲の情報を探っているようであった。
「え? そんな! システムに不正に侵入されてる……って、あんた誰よ、なんでこんなところにいるのよ……ってそんなことをしている場合じゃなかった、急いで対処しないと!! 」
こちらに気が付いたようだが、何やら緊急事態のようだ。純正の管理者であり、このクリスタル自体が彼女そのものであるといってもあまり差支えがないぐらいなのだから、彼女にはそういったことがいち早くわかるのであろう。
普通今の言葉の『侵入されている』といった部分から、まず原因は俺に帰結すると疑うのが流れにも見える。しかし彼女は、別の存在を感じ取っているらしい。管理者に成りすました俺とは、やはりできるレベルが違うのであろう。
本当、俺の好みだ。
自慢じゃないが、生まれ変わってから、自分より頭の良い本当に年下の少女なんて見てきてないんだ。こんなに綺麗で、後姿だけでくらくら来るというのに、その子がこれだけ際立った才能を、何かを持っているんだ。そそらないわけがないであろう。
「手伝うぞ、ここのシステムのバックアップくらいなら俺にもとれる。最悪のケースへの備えくらいはやらせてもらおうか」
「はぁ? 手伝う? あんたにできるわけ……って、どういう事よそれ!! なんで、あんたがそんなこと……ああ、もういいわ!! あんたは万が一の為に切り離しの準備をして頂戴!! 」
少々短気なのであろうか? いや、このくらいの少女だと、気が強いの範疇に収まるか。彼女がこのような感情を表に出す娘であったことにどこか驚きつつも、俺は点数を稼ぐことにする。
今の彼女は混乱状態にある。急転直下の現状、何故かいる知らない人物。ならば、これを利用させてもらう。人はトラブルにあったとき、一時的に自分の中に普段からある境界線のようなものが曖昧になるのだ。これは物事に対しての距離感であったり、危機管理意識で会ったりと様々だ。
その境界線が緩んでいる間に、俺は彼女になるべく接近させてもらおう。彼女が平静に戻った時がチャンスだ。彼女の興味を引けるように、功績を残しておかねば。
そう思考しながら俺は精一杯自分能力を発動させるのであった。
「なるほどね、カマンベール……それがあなたの名前」
「そうだよ。ノア……ちゃん? 」
「ノアでいいわよ。というか、ちゃん付けは勘弁してほしいわ」
一通り何とか終わったのか、まあ俺はバックアップを取っていただけだが、ノアがこちらに向き合って会話を切り出してくれた。さっきまでは何を言っても無視で、独り言をつぶやいている様子だったから、恐らくは集中すると周りが見えなくなるタイプなのであろう。
「カマンベールまずは礼を言うわ。あなたがいなければ、ここまで手が回らなかった。保険も組みながら、そんなことしていたらもっと多くの設計図を取られていたはずよ」
「そうか、どういたしましてと言っておこう」
彼女が一体何と戦っていたのかは、この時の俺にはあまりよくわかっていなかった。しかしそれでも、お礼を言われたことに対しては悪い気はしないということと、そして……
「それで、あんた……『何?』」
警戒されているということは確信を持てた。
まあ仕方ないであろう。なにせ、俺が一番なんで俺がこんなことができるなんてことが、全く分からないのだから。
「俺か……そうだな、科学者だな」
「……いいわ、科学者なのは納得よ、知識もあるみたいだし。でもね、なんでこの『黒き月』のコアの中にいて、そして一部の機能を使えるのよ? 」
それがわかったら苦労しない、そもそもこの世界にはいつごろからいたのかは知らないが、ESP能力という、通常の人間と一線を画する何かを持った人物がいるのだ。
それは家系で受け継がれるものもあれば、ある日突然目覚めるといったものまで多種多様だ。俺のだって、ESP能力という判定は出ているが、どういった能力なのかは経験で知ったものだ。
要するに、俺は、普通ではなくESP能力を持っている。まではわかるが、今の環境、研究者という職に就くことで、その能力の実態がわかったということなのだ。もしかしたら、この能力も、何かの副産物や派生物であり、別のところに能力があるのかもしれない。
有名なところだと、ブラマンシュという一族の持つ能力か。彼らはリーディング能力で思考を読むことができると一般的には言われているが、彼らの本当の能力はそうではない。テレパスファーと呼ばれる、特殊な植物をその身に寄生させることができるという、限定的なものだ。しかし、その植物が脳とくっつくことにより、自らの意志で耳のように動かすことができるのだ。その結果、読心能力が発揮されるのだ。
「そーだなー……詳しいことは自分でもわかってないのだが、俺はロストテクノロジーを解析し、理解し、運用することができる」
「特殊能力保持者? にしたって都合よすぎよ、そんなことあるわけが……」
まあ、そうなるよな。だが、その姿勢は科学者という職からすれば間違っている。
「子供でも科学者だろ、観測した現象を否定するなよ」
「まあいいわ。そういうことにしておいてあげる」
「そうしてくれると大変助かる。まあ俺がこうしている理由は君なんだがな」
話がだいぶそれてしまった。そう、俺の目的は、こんなESP談義をすることではない。将来仲良くなったならばそう言った会話で花を咲かすのも悪くはないであろうが、今は違う。彼女に対して気持ちを伝えることから始めるべきだ。
見たところだと、この少女は大変理知的であり、非常に聡い。下手したら体の年齢と精神の年齢が釣り合っていないのかもしれない。しかしどうやら若干理論派のところがあるみたいだ。
そういう娘には、こちらの気持ちをストレートに伝えるべきであろう。と脳の中で声が響いたのだ。
「私? 」
「ああ、君の姿を一目見たときからね、可愛い君と話してみたいと思っていたんだ」
「っな、なに言ってんのよあんた!! 」
案の定、きょとんとした顔になり、そしていきなり顔を赤く染める。耳や首まで真っ赤になっている目の前のノアは非常にかわいかった。赤面癖でもあるのであろうか?
「は、話を戻すわ!! あんたこれからどーするのよ」
「通信ログに入っていたんだが、『弟に合わせろ』らしい」
話を戻されてしまった。仕方がない、それじゃあ、さらに興味が引けそうな話題を出しつつ、真面目に話すか。
さっきまで俺がここのバックアップを取っているときに余裕ができて周囲を探ったら、定期的になぞの通信を広域に発し続けている人工物があった。気になって通信を可聴周波にして、聞いてみると、なんとそれは、兄貴である、エメンタール・ヴァルターの声で、
『貴様が生きていることは把握している。今後恐らく弟と合流するであろう。時代がそれを望んでいるのだ。弟にはすでに指示を渡してある。それに従うように』
とのことが入っていたのだ。時代が望んでいるからという理由はわからなかったが、どうやらこの一連の、そう黒き月とエオニア様が出会ったことからすらも誰かに仕組まれていたような、そんな錯覚を覚えるようなフレーズであった。まあ良い、ともかく俺はこのまま流れに身を任せればよいだけだ。
「あれ言語だったのね……ますます興味が沸いたわ……あんたの話聞かせない、今は暇なんだし」
「了ー解っ」
まあ、興味は引けたようで何よりだ。俺はこの後、ひたすら俺の経歴の話を話すのであった。一応前世の話は黙っておきながら。
そのうちばれるだろうがな、発想がこの世界の人間じゃないんだもの、俺。
そうして、俺とノアはずっと、『エルシオール』一行が近くに来て、タイミングを計るための準備をするまで、ずっとお互いのことを話し続けていた。
「ねえ、どうだったのよ? 相互理解とやらは」
「そうだな……まずまずってところか。全面的にはないにしろ、かなり信じてはいるって印象だった。」
現在『エルシオール』と合流し、とりあえず、こちらの話をつけてきたところだ。
兄貴がうまく根回しをしたようで、俺の弟が、いい感じにフォローをしてくれた。
前に会った時に感じた、いかにもバカそうな印象はどうにもなりを潜めているようで、お役所仕事のような対応だった。まあ、会うのは5年以上ぶりだから、別段そこまで変だとは思わないが。何せ最後にあいつにはったのは、あいつがまだ年齢一桁のころなのだ。
「アンタ、弟とどういう関係なのよ」
「というと? 」
「この艦に合流する際に、相手が正しくこの現状を理解していない限り、かなり面倒なことが起こることは予想できたわ」
それはその通りであろう。ノアだって、黒き月がどうなったかの端末を把握していないわけがない。暇なときにログでも読んだのであろう。彼女は主観的にしかものを見れないで、まるで視聴者なり読者なりの為に解説を入れさせるためのワンクッション用のキャラとは違う。
そうすると、『エルシオール』からこちらをいまだに敵性と判断している可能性は十分考慮していたはずだ。それでも合流せざるを得なかったのは、黒き月がない以上それほどまでに白き月が重要だと考えたからであろう。
「根回しがよすぎるのよ。まるでアンタの弟、こっちのことをすべて把握しているみたいな対応じゃない」
「確かにな。だが、アイツの行動はどうやら俺の兄の指示によるものらしい。あいつはたぶん、手足に過ぎないだろう」
「そうなの……まるで、あの憎たらしいヴァル・ファスクみたいね、こっちの行動を読んでいやらしく面倒くさい策を仕掛けてくる」
そのヴァル・ファスクという存在がいまいち俺には信じられない。すでに一度接触しているようなのだが、どうにもイメージがつかめないのだ。人類とは別の種族の知的生命体と聞くと、エイリアンそれこそ火星人のようなものを思い浮かべてしまうのだ。
「エオニア様は利用されただけだったのか……この異種族との戦争に」
「前の主君だっけ? アンタさっきひどいこと言ってたじゃない」
「まあ、別段命をかけての忠誠なんぞ誓ってはいないが、それでもスポンサーであり、上司ではあったからな……」
「よくわからないわね、そういう感覚」
「まあ、いずれわかるさ……」
オレはさっきからずっと、こっちを向かず背を向けている、小さな少女の頭の上に手を載せた。声はいつも通り、態度も別段変わってはいないのだが、思うところがあった。
「なによ……」
「いや、あまり背負いすぎるな……」
「ふんっ!……べつに、そんなことないわ」
この少女はどうにも、素直じゃないうえに、人に弱いところを見せたがらない。
ああ、そういうところもかわいいなって感じる俺はもう相当重症なのであろうか?
そんなことを思う俺であった
「いよいよ明日だな」
「ええ……理論上は成功するはずよ」
白き月、その上部にある景色が一望できる外壁部の一室。そこが俺とノアに与えられた部屋だった。まあ、一時的なものだとは思う。何せここは研究室から遠い。物理的な距離でいえば数百kmだ。
頭がおかしくなりそうな単位なのだが、もうその辺については考えてはいけない。ここは近未来どころか、ファンタジーレベルのSF世界観だ。
黒き月にはこういった部屋はなかった。白き月にはある。
逆に黒き月には人間の都合を考えないような高速で移動できる昇降機があった。
白き月にはそういうのはない。大規模な移動は真空状態のチューブを高速で移動する乗り物に乗って行う。かかる時間が長い上に、停車する場所が限られているので乗り継ぎが必要だ。
他にもショッピングモールなんて、黒き月には絶対考えられない場所だ。
まあ、要するに人間の手が加わっている白き月と、そうでない黒き月って感じだな。
だからこそ、こういった部屋がたくさんできるわけで。この居住区の部屋は、外部からの客用のようだ。
「人事は尽くした、あとは天命を待つだけ。白でも黒でも同じだろ? 」
「人事を尽くした時点で見えない結果。そんなものは価値がない。それが黒き月よ。その人事を最大にするのが目的だもの」
その人事を象徴する目の前の少女は、言葉とは裏腹に、ひどく不安そうだった。ここ数日は、俺とシャトヤーン様と3人であーでもないこーでもないと調整を繰り返してきた、決戦兵器。それを先ほど二人で最後の確認をしてエルシオールに搭載させたのを見送ったのだ。
敵の到着までまだあと14時間はあるであろうが、決戦前夜の夜というのは、この目の前の少女の方にはどれだけ重いものなのであろうか?
「私はこんな……コアだけの、お飾りのような管理者になって、自分の無力さが歯がゆいわ」
「ひどく客観的だな」
「戦力を用意できない、人事を尽くせない私は、正直って存在している価値がないのよ」
「ヴァル・ファスクが、そんなに憎いのか……」
人事ですべてを片付くようにするのが黒き月、天命を待てるようにつなげるのが白き月。そう考えるのならば、白き月が動かなくてはいけないときは切羽詰まった状態といえるのかもな。
ノアがここまで気に負っていたことはわかっていたが、ここまで来ると、どれだけの覚悟を背負って来たのか、正直わからなくなる。
安い同情の言葉なら今までもかけてきたが、彼女が求めているのは違うらしい。加えてどうにも復讐が目的というわけでもなさそうだ。
「いいえ……そういうわけじゃないの……ただ」
「人類は、勝つよ。そしてもう、こんな月の管理者はいらなくなる。でもそれはきっと戦争が終わってからずっと後のことだろうな」
「……そうね、そうなるといいわね」
彼女は何を望んでいるのだろう? 俺はそう考えるようにこの時からなっていた。
振り返ってみるとそうだった。それっぽい言葉で誤魔化す俺が真面目に考えていた。