楽しんでいってね!
迷宮の通路を、姿を霞ませながら高速で移動する二つ影があった。
一つはハジメ、もう一つは琴葉である。二人は″天歩″を完全に修得し、″縮地″で地面や壁、時には″空力″で足場を作って高速移動を繰り返し、宿敵たる爪熊を探していた。
俗に言う、″御礼参り″だ。
本来ならば脱出口を探すことを優先すべきなのだろうが、ハジメはどうしても爪熊を殺りたかった。一度砕かれた心、それを成した化け物を目の前にして自分がきちんと戦えるのか試さずにはいられなかったのだ。琴葉はその付き添いである。順調に保護者ムーブをかまし始める琴葉である。
「グルゥア!」
途中、二尾狼の群れと遭遇し一頭が飛びかかってくる。ハジメは冷静に、その場で跳躍し宙返りをしながら錬成した針金で右足の太ももに固定したドンナー───電磁加速式大型リボルバー拳銃を抜き発砲する。
ドパンッ!
燃焼粉の乾いた破裂音が響き、″纏雷″で電磁加速された弾丸が狙い違わず最初の一頭の頭部を粉砕した。
バシュッ!
アクロバティックに宙返りをし、空中で逆さになった状態で琴葉は矢を放つ。放たれた矢は二尾狼の頭蓋に吸い込まれるように飛んで行き、それを穿った。
二人は飛びかかってくる二尾狼を蹴散らしながら先へと駆けていく。
暫くの間、そのようにして会敵した蹴りウサギや二尾狼を瞬殺していると、ようやく宿敵の姿を発見した。
ハジメの宿敵───爪熊は現在食事中のようだ。蹴りウサギと思しき魔物を咀嚼している。その姿を確認するとハジメはニヤリと不敵な笑みをたたえ、悠然と歩き出した。
爪熊はこの階層における最強種である。『階層の主』と言ってもいいだろう。二尾狼と蹴りウサギは数多く生息するも爪熊だけはこの一頭しかいない。故に、爪熊はこの階層では最強であり無敵。
そのことを理解している他の魔物は爪熊と遭遇しないように細心の注意を払い、遭遇した時には逃走を選ぶ。相対することそのものが自殺行為だからだ。
「……気を付けて」
「ああ。……わかってる」
不測の事態に備える為に弓を携え、小声で囁く琴葉にハジメはそう返した。しっかりとハジメは爪組を見据える。
そして今、爪熊にとって予想だにしない、決して有り得ることのないことが起ころうとしていた。
「よぉ、爪熊。久しぶりだな。俺の腕は美味かったか?」
爪熊はその鋭い眼光を細める。
───目の前の生き物はなんだ?
───なぜ、己を前にして背を見せない?
───なぜ恐怖に身を竦ませ、その瞳に絶望を映さないのだ?
かつて遭遇したことのない、この異常事態に爪熊は若干困惑する。
「リベンジマッチだ。まずは、俺が獲物ではなく敵だと理解させてやるよ」
そう言って、ハジメはドンナーを抜き銃口を真っ直ぐに爪熊へ向けた。
ハジメは構えながら己の心に問かける。
───怖いか?
───答えは否だ。
絶望に目の前が暗くなることも、恐怖に腰を抜かしガタガタ震えることもない。あるのはただ、純粋な生存への渇望と敵への殺意。
ハジメの口元が自然と吊り上がり獰猛な笑みを作る。
「殺して喰ってやる」
その宣言と同時に、ハジメはドンナーを発砲。
ドパンッ!
炸裂音を響かせながら毎秒三・二キロメートルの超速でタウル鉱石の弾丸が爪熊ヘと迫る。
「グゥウ!?」
爪熊は咄嗟に崩れ落ちるように地面に身を投げ出すことで回避した。
弾丸を視認して避けたのではなく、発砲よりほんの僅かに回避行動の方が早かったことから、おそらくハジメの殺気に反応した結果だろう。流石は階層最強の主である。二メートル以上ある巨躯に似合わない反応速度だ。
だが、完全に避け切れたわけではなく肩の一部が抉れて白い毛皮を鮮血で汚している。
爪熊の瞳に怒りが宿る。どうやらハジメを″敵″として認識したらしい。
「ガァアア!!」
咆哮を上げながら物凄い速度で突進する。二メートルの巨躯と広げた太く長い豪腕が地響きを立てながら迫る姿は途轍もない迫力だ。
「ハハ! そうだ! 俺は敵だ! ただ狩られるだけの獲物じゃねぇぞ!」
爪熊から凄まじいプレッシャーを掛けられながら、なお、ハジメは不敵な笑みを崩さない。
ここがターニングポイントだ。
ハジメの左腕を喰らい、心を砕き、変心の原因となった魔物を打ち破る。これから前へ進むために必要な儀式。それができなければ、きっと己の心は″妥協″することを認めてしまう。ハジメはそう確信していた。
突進してくる爪熊に、再度、ドンナーを発砲する。超速の弾丸が爪熊の眉間めがけて飛び込むが、なんと爪熊は突進しながら側宙をして回避した。どこまでも巨躯に似合わない反応をする奴である。
自分の間合いに入った爪熊はその突進力のままに爪腕を振るう。固有魔法が発動しているのか、琴葉には三本の爪が僅かに歪んで見えた。
琴葉は弓を持ってはいるが、矢を番えることはしない。元よりこの戦いに手を出すつもりなど無い。手を出せば、ハジメは″己″という存在に敗北することになるのだから。そうであるから、彼女は手を出さない。友人が立ち向かっているのを、ただ黙って見守っていた。
爪熊の爪の僅かな歪みに、かつてその爪を躱したにもかかわらず両断された蹴りウサギの姿がハジメの脳裏を過った。ハジメはギリギリで避けるのではなく全力でバックステップする。
刹那、一瞬前までハジメがいた場所を豪風と共に爪が通り過ぎ、触れてもいないのに地面に三本の爪痕が深々と刻まれた。
爪熊が獲物を逃がしたことに苛立つように咆哮を上げる。
するとその時、爪熊の足元にカランと何かが転がる音がした。釣られて爪熊が足元に視線を向けると直径五センチ位の深緑色をしたボール状の物体が転がっている。爪熊がそのことを認識した瞬間、その物体がカッと強烈な光を放った。
ハジメが作った″閃光手榴弾″である。別名、″フラッシュバン″ともいう。
原理は単純。
発光する鉱石───緑光石に魔力を限界ギリギリまで流し込み、光が漏れないように表面を薄くコーティング。更に、中心部に可燃性の鉱石───燃焼石を砕いた燃焼粉を圧縮して仕込み、その中心部から導火線のように燃焼粉を表面まで繋げる。
後は″纏雷″で表に出ている燃焼粉に着火すれば圧縮してない部分がゆっくり燃え上がり、中心部に到達すると爆発。臨界まで光を溜め込んだ緑光石が砕けて強烈な光を発するというわけだ。ちなみに、発火から爆発までは三秒に調整してある。苦労した分、自慢の逸品だ。
当然、そんな兵器など知らない爪熊はモロにその閃光を見てしまい一時的に視力を失った。両腕をめちゃくちゃに振り回しながら、咆哮を上げ藻掻く。何も見えないという異常事態にパニックになっているようだ。
その隙を逃すハジメではない。
ドンナーを構えてすかさず発砲。電磁加速された絶大な威力の弾丸が暴れまわる爪熊の左肩に命中し、根元から吹き飛ばした。
「グルゥアアアアア!!!」
その生涯でただの一度も感じたことのない激烈な痛みに凄まじい悲鳴を上げる爪熊。その肩からは夥しい量の血が噴水のように噴き出している。吹き飛ばされた左腕がくるくると空中を躍り、やがて力尽きたようにドサッと地面に落ちた。
「こりゃあ偶然にしては出来過ぎだな」
ハジメとしては左腕を狙ったつもりはなかった。まだそこまで銃の扱いをマスターしているわけではない。直進してくる敵や何度もやりあった二尾狼等、その動きを熟知していない限り暴れて動き回る対象をピンポイントで撃ち抜くことは未だ難しい。
故に、かつて奪われ喰われたハジメと同じ左腕を奪うことになったのは全くの偶然だった。
ハジメは、痛みと未だ回復しきっていない視界に暴れまわる爪熊へ再度発砲する。
爪熊は混乱しながらも野生の勘で殺気に反応し横っ飛びに回避した。
ハジメは、″縮地″で爪熊を通り過ぎその後ろに落ちている左腕のもとへ行く。そして、少し回復したのか、こちらを強烈な怒りを宿した眼で睨む爪熊に見せつけるかのように左腕を持ち上げ掲げた。
そして、おもむろに噛み付いた。魔物を喰らうようになってから、やたらと強くなった顎の力で肉を引き千切り咀嚼そしゃくする。かつて爪熊がそうしたように目の前で己の腕が喰われるという悪夢を再現する。
「あぐ、むぐ、相変わらずマズイ肉だ。……なのにどうして他の肉より美味く感じるんだろうな?」
そんなことを言いながら、こちらを警戒しつつ蹲る爪熊を睥睨するハジメ。
爪熊は動かない。その瞳には恐怖の色はないが、それでも己の肉体の一部が喰われているという状況と回復しきっていない視力に不用意には動けないようだ。
それをいいことに、ハジメは食事を続ける。すると、やがて異変が訪れた。初めて魔物の肉を喰らった時のように、激しい痛みと脈動が始まったのだ。
「ッ!?」
急いでハジメは神水を服用する。あの時ほど激烈な痛みではないが、立っていられず片膝を突き激しい痛みに顔を歪める。どうやら、爪熊が二尾狼や蹴りウサギとは別格であるために取り込む力が大きく痛みが発生したらしい。
だが、そんな事情は爪熊には関係ない。チャンスと見たのか唸り声を上げながら突進する。
蹲るハジメは動かない。
(……っ! マズいか?)
琴葉は弓に矢を番えようと、その手に矢を投影しようとしたが、その時彼女の目に映ったのは、ニヤリと口元を裂けさせたハジメのその表情であった。
(どうやら、心配は要らないみたいね)
琴葉は静かに弓を収める。
ハジメは右手をスッと地面に押し付けた。そして、その手に雷を纏う。
最大出力で放たれた″纏雷″───それは地面の液体を伝い、その場所に踏み込んだ爪熊を容赦なく襲った。
地面の液体とは、爪熊の血液のことである。ハジメは拾った爪熊の左腕から溢れ出る血を乱暴に掲げることで撒き散らし、爪熊から噴き出す血溜まりと自分の場所とを繋いだのである。
伊達や酔狂で戦闘中に食事などしない。爪熊を喰らったことで痛みに襲われるとは思っていなかったが、最初から罠に嵌めるつもりだったのだ。わざわざ目の前で喰ったのも怒りを煽り真っ直ぐ突進させるためである。多少予定は狂ったが結果オーライだ。
自らの流した血溜りに爪熊が踏み込んだ瞬間、強烈な電流と電圧が瞬時にその肉体を蹂躙する。神経という神経を侵し、肉を焼く。最大威力と言っても、ハジメが取得した固有魔法は本家には及ばない。
二尾狼のように電撃を飛ばせるわけではないし、出力も半分程度だろう。しかし、それでも一時的に行動不能にさせることは十分に可能だ。ちなみに、人間なら血液が沸騰してもおかしくない威力ではある。
「ルグゥウウウ」
低い唸り声を上げながら爪熊が自らの血溜りに地響きを立てながら倒れた。その眼光は未だ鋭く殺意に満ちていてハジメを睨んでいる。
ハジメは真っ直ぐその瞳を睨み返し、痛みに耐えながらゆっくり立ち上がった。そして、ホルスターに仕舞っていたドンナーを抜きながら歩み寄り、爪熊の頭部に銃口を押し当てた。
「───俺の糧になれ」
その言葉と共に引き金を引く。銃口から放たれた弾丸は主の意志を忠実に実行し、無情にも爪熊の頭部にめり込み、粉砕した。
迷宮内に銃声が木霊する。
爪熊は最期までハジメから眼を逸らさなかった。そして、ハジメもまた眼を逸らさなかった。
想像していたような爽快感はない。だが、虚しさもまたなかった。ただ、やるべきことをやった。生きるために、この領域で生存の権利を獲得するために。
ふう、とハジメは息を吐く。
「お疲れ様」
琴葉はそこに歩み寄り、労いの言葉を贈る。
「ああ」
「その様子だと……ピンピンしてるみたいね。なら良し」
ハジメに怪我が無いことを確認し終えた琴葉は警戒の為に投影していた弓を霧散させた。それと入れ替えるように縄を投影する。縄を投映した後、彼女はそれを爪熊へと巻き付ける。しっかりと巻き付けた後、その縄をしっかりと握り締めた。
「さて、拠点に帰りましょう。爪熊を解体しなきゃだし」
琴葉はハジメにそう言うと、そのまま拠点へ向けて歩き出した。
それに追従するハジメだが、おもむろに立ち止まりスッと目を閉じる。
ハジメは改めて己の心と向き合った。
そして、この先もこうやって生きると決意した。
戦いは好きじゃない。苦痛は避けたい。腹いっぱい飯を食いたい。
そして……そして……何よりも……生きたい。
理不尽を粉砕し、敵対する者には容赦なく、全ては生き残るために。
そうやって生きて……
そして……
……故郷に帰りたい。
そう、心の深奥が訴える。
「そうだ……帰りたいんだ……俺は。他はどうでもいい。俺は俺のやり方で帰る。望みを叶える。邪魔するものは誰であろうと、どんな存在だろうと……」
目を開いたハジメは口元を釣り上げながら不敵に笑う。
「何やってんのよー。置いてくわよー」
琴葉は振り返り叫ぶ。ハジメは小走りでそれを追い掛けた。
(───邪魔する者は、殺してやる)
決意を新たに、ハジメは前へと歩き出した。
用語解説
○ドンナー
ハジメが迷宮内部で作り出した、言わば異世界での〈
全長約三十五センチの大型リボルバー拳銃。最高の硬度を持つタウル鉱石を使った六連の回転式弾倉に、長方形型のバレル。弾丸もまた、タウル鉱石製で、中には粉末状の燃焼石を圧縮して入れてある。さらに、発射される弾丸は燃焼石の爆発力だけでなく、ハジメの固有魔法″纏雷″により電磁加速される小型のレールガンと化した。その威力は最大で対物ライフルの十倍である。
ドンナーはドイツ語で″雷″の意。
感想、評価を頂けると嬉しいどす。
完結後、カルデア召喚編やる? やるとしたら琴葉はどのクラスで召喚する?
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やれ。クラスはセイバークラスで。
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やれ。クラスはランサークラスで。
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やれ。クラスはアーチャークラスで。
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やれ。クラスはライダークラスで。
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やれ。クラスはアサシンクラスで。
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やれ。クラスはキャスタークラスで。
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やれ。クラスはバーサーカークラスで。
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やれ。クラスはルーラーで。
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やれ。クラスはアヴェンジャーで。
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やれ。クラスはムーンキャンサーで。
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やれ。クラスはアルターエゴで。
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やれ。クラスはフォーリナーで。
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やらなくていいんじゃない?