もっと伸びてもいいのよ……?(震え声)
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琴葉とハジメの迷宮攻略は進む。
ハジメによる消耗品補充の為に拠点で錬成する以外、二人は常に動き続けた。広大な迷宮内を休みながらの探索ではいつまでかかるかわからない。休み無しでの探索に琴葉は難色を示したが、暗闇の中で何が起こるか判らない以上、探索を続けることに渋々ではあるが同意した。
″夜目″の効力もあって暗闇の心配がなくなり、″気配感知″により半径十メートル以内なら魔物を感知できるようになった。
二人の探索は急ピッチで進められた。
そして、遂に階下への階段を見つけた。二人は躊躇いなく踏み込んだ。
その階層は、地面一帯がタールのように粘着く泥沼のような場所だった。足を取られる為、凄まじく動きにくい。二人は顔を顰めながら、迫り出た岩を足場にしたり″空力″を使ったりしつつ探索を開始する。
ハジメは周囲の鉱物を″鉱物系感知″の技能で調べながら進んでいると、途中興味深い鉱石を発見した。
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フラム鉱石
艶のある黒い鉱石。熱を加えると融解しタール状になる。融解温度は摂氏50度ほどで、タール状のときに摂氏100度で発火する。その熱は摂氏3000度に達する。燃焼時間はタール量による。
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「……うそん」
ハジメは引き攣った笑みを浮かべゆっくり足を上げてみる。するとさっきから何度も踏んでいる上、階層全体に広がっているタール状の半液体がビチャビチャと音を立てて、ハジメの靴から滴り落ちた。
「どしたの?」
そんなハジメの様子を訝しんだ琴葉は彼に問い掛ける。
「この辺り一帯、火気厳禁らしい……」
「……なんでさ」
告げられた事実につい琴葉はそう洩らしてしまった。
「レールガンも″纏雷″も使えねぇな……」
「と、なると私の″
発火温度が百度ならそう簡単に発火するとは思わないが、仮に発火した場合、連鎖反応でこの階層全体が摂氏三千度の高熱に包まれることになる。流石に、神水をストックしていても生き残る自信はない。
ドンナーは強力な武器だ。電磁加速がなくても燃焼石による炸薬だけで十二分の威力を発揮する。
しかし、それはあくまで普通の魔物の場合だ。例えば、トラウムソルジャーくらいなら電磁加速なしでも余裕で破壊できる。ベヒモスでもそれなりのダメージを期待できるだろう。だが、この奈落の魔物は異常なのだ。上階の魔物がただの獣に思えるレベルである。故に、果たして炸薬の力だけでこの階層の魔物を撃破できるのか───ハジメに不安がよぎる。
もし使えば、フラム鉱石に引火、壊れた幻想と共に誘爆し、辺り一帯を焦土へと変えてしまう。
琴葉にも不安がよぎる。
しかし、そんな不安要素を余所に、ハジメの口角はつり上がった。
「いいさ、どちらにしろやることは変わらない。殺して喰うだけだ」
「そうね。ここでうだうだしても埒が空かないだけ。邪魔するなら射る───それだけよ」
琴葉はただ真っ直ぐに先を見据え、そう決然と告げた。
二人は″レールガン″と″纏雷″、″壊れた幻想″を封印したまま探索を再開する。
しばらく進むと三叉路に出た。近くの壁にチェックを入れセオリー通りに左の通路から探索しようと足を踏み出した。
その瞬間、
ガチンッ!
「ッ!?」
鋭い歯が無数に並んだ巨大な顎門を開いて、サメのような魔物がタールの中から飛び出してきた。ハジメの頭部を狙った顎門は歯と歯を打ち鳴らしながら閉じられる。咄嗟に身を屈めてかわしたもののハジメは戦慄した。
「ちょっと……! 大丈夫!?」
(″気配感知″に反応しないっ)
「ああ……。なんとか、な」
ハジメは″気配感知″の技能を手に入れてから常時使い続けている。半径十メートル以内の生き物は余さず感知できるはずだ。にもかかわらず、先程のサメの攻撃は直前まで全く感知できなかった。
それは琴葉もまた、攻撃を察知できなかったことに困惑していた。技能″心眼″による近未来予知、更には見た未来に対する対処が提示されるはずだが、今回は提示されなかった。これはまだ本人は知らないが、この技能の効果の対象は自身のみで、今回のような自分以外には発動しないのだ。
ハジメを喰い損ねたサメはドボンと音を立てながら再びタールの中に沈み見えなくなる。
(くそっ、やっぱり気配が掴めない!)
(気配が掴めない……。どうすれば……)
二人は理解不能な状況に歯噛みしながら、とにかく止まっていてはやられると″空力″を使い移動を再開する。
すると、そのタイミングを見計らったかのように、再びハジメを狙ってサメが飛び出してきた。
「なめんな!」
ハジメは空中で宙返りをすると逆さまになった視界の中で頭上を通り過ぎるサメに向かい発砲した。ドンナーから、撃ち放たれた弾丸が敵を食い破らんと空を切り裂き迫る。そして、絶妙なタイミングで狙い違わずサメの背中に命中した。
しかし───
「ちっ! これを弾くのか!」
「嘘でしょ……!?」
弾丸はまるでゴムにでも当たったかの様に一瞬、サメの肌を凹ませるも直ぐに弾き返された。どうやら、サメの表皮は物理衝撃を緩和する性質があるらしい。
「グッ!」
通り過ぎタールに飛び込んだ勢いそのままに、サメが驚異的な身のこなしで反転。再度、宙返りから着地した瞬間のハジメを狙って飛びかかる。
ハジメはそれを、体を捻ってどうにか躱すが、軽く脇腹を抉られてしまった。衝撃でタールの中に落ちるハジメ。全身を真っ黒に染めながら急いで立ち上がる。
(ここに来るまでに、″転移″で運べる重量も増してる……! きっといけるはず!)
琴葉はハジメに触れ、転移を発動。瞬時に空中へと座標を移動した。その直後、サメの顎門がハジメのいた場所の真下から現れガチンと閉じられた。
「サンキュー助かった!」
「礼なら後! アイツを倒すわよ!」
「了解!」
二人は″空力″で空中を跳躍しながら体勢を立て直す。
銃弾が効かないとなると、恐らく矢も効かない。有効打を与えられない現状、サメに追い詰められているのは確かだろう。だが、追い詰められているにもかかわらず、二人のその口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「上等!」
「やってやろうじゃない!」
二人は、更に″空力″で空中を跳ね飛び、一カ所に留まらないようにしながら、襲撃の瞬間を待つ。
迷宮で鍛えられた集中力を遺憾なく発揮し、次第に周囲の景色が色あせて見えてきた。
(……気配を掴めないなんて問題じゃない。元々なかった技能だ。たとえ気配がわからなくても襲撃の瞬間、ヤツは確実にそこにいる)
(古から獣は手負いから襲う、というわね。と、なると……この場合、それに当たるのがハジメか。左腕が無いからね……。サメはそれに目をつけた。次もハジメを狙うはず……その瞬間をつく!)
二人が集中しながら跳躍していると、不意に足元がグラつきハジメはバランスを崩した。その隙をサメは見逃さない。死角となる背後から一気に飛びかかる。
「単純で助かる!」
ハジメは、崩したと思われたバランスを即行で立て直すと、空中で側宙しながらサメの襲撃をかわし、通り抜け様にドンナーを持った右手を振り抜く。
「そこ!」
それと同時に、琴葉は投影した片刃の剣を二本、サメを挟み込む軌道を描くようにして投擲した。
瞬間、サメの横腹がざっくりと裂かれ、さらに頭部は刎ね飛ばされた。
血飛沫を上げながらサメはタールに落ちる。ピクンピクンと暫くの間痙攣した後、動かなくなった。
ハジメはわざとバランスを崩し背後を晒すことで攻撃のタイミングと場所を誘導したのである。そのことはアイコンタクトで琴葉にも伝えた。そして、ドンナーに纏わせた爪熊の固有魔法″風爪″で切り裂き、琴葉もそれに合わせて剣を投擲した。
二人はぐったりとして動かなくなったサメの元に歩み寄る。
「さて、気配を感じなかった理由……」
「……確かめさせてもらうわよ?」
その場で素早く解体し、サメの肉を切り取り保管してから二人は探索を続けた。
そして、遂に階下への階段を発見した。
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