「人……なのか?」
「ええ……人、ね」
"生えていた何か"は人だった。
上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪がだらりと幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗いている。外見から察するに、年齢は十二、三歳くらいだろうか。随分やつれており、髪も垂れ下がっていてわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。
流石に予想外だった二人は硬直し、紅の瞳の少女も二人をジッと見つめていた。
ハジメはゆっくり深呼吸し決然とした表情で告げた。
「すみません。間違えました」
「……は?」
そう言ってそっと扉を閉めようとするハジメ。予想外のその言葉に琴葉はぽかんとしている。
扉を閉めようとするハジメを金髪紅眼の少女は慌てたように引き止める。その声はもう何年も出していなかったように掠れて呟き声のようであった。
───ただ、必死さは伝わった。
「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」
「嫌です」
そう言って、扉を閉めようとするハジメ。
「ど、どうして……なんでもする……だから……」
今にも泣きだしそうな表情を浮かべ、首から上しか動かないが、それでも少女は必死に顔を上げ懇願する。
しかし、ハジメは鬱陶しそうに言い返した。
「あのな、こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対ヤバイって。見たところ封印以外何もないみたいだし……脱出には役立ちそうもない。という訳で……」
全くもって正論だった。
「……閉めちゃうの?」
琴葉はハジメに向かってそう問うた。ハジメははぁ、と溜息を吐く。
「さっきも言った通りだ。俺達は俺達の身の安全を気にしてればいい。封印されてる時点で相当ヤバいってことだろ?」
ハジメはげんなりとしながらそう返した。
(私はどうしたい……? "この子"の為に何がしてやれる……?)
ハジメの意見は尤もなことだ。合理的に考えれば見捨てていくべきだろう。しかし、琴葉にそれが出来るか、と問われれば───答えは否、だ。元から善人である彼女に出来るはずがない。勿論、その在り方が既に
琴葉はハジメが今まさに閉ざそうとする扉に手を掛け、そして───閉まりゆく扉を止めた。
「おい……」
「ハジメ。アンタからすれば、私がこれから行おうとしていることは馬鹿げているのかもしれない。だけど、私はあの子を助けたい」
「だが、闇討ちされる可能性が……」
「だとしても、
自殺志願ともとれるその言葉にポカンとするハジメの瞳を正面から見据える。
「助けず後悔するくらいなら、助けてから後悔する方を私は選ぶわ」
毅然とした態度で琴葉はそう言い放った。
「それに……話くらい聞いてあげても良いんじゃない?」
ついでとばかりの琴葉の言葉に、ハジメは溜息を吐きながらも首肯した。
「まあ、それくらいなら……いいかもな」
「決定。言質は取ったから、『やっぱりナシ』は勿論無しで」
「はいはい」
彼女は扉を掴む手に力を籠め、そして───
───扉を開け放った。
暗闇の中、二人は少女が囚われている、浮遊した立方体に近付いていった。
「ねぇ……どうしてここに囚われているのか、聞かせてくれる?」
努めて寿葉は少女に優しく問い掛ける。怯えさせないよう、出来るだけ声音を柔らかくして。
「……うん」
立方体に囚われている少女は口を開き、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」
枯れた喉で必死にポツリポツリと語る少女。そのあまりにも波乱万丈な境遇に二人は呻いた。
「……つまり、"裏切られた"ってことか」
話を聞きながら、琴葉はその事実に対して忌々し気に溜息を吐く。
ところどころ気になるワードがあるので、湧き上がるなんとも言えない複雑な気持ちを抑えながら、二人は尋ねる。
「貴方、どこかの国の王族だったの?」
琴葉の問い掛けに少女は繰り返し首肯する。どうやら、この少女は王族であったようだ。
「殺せないってなんだ?」
次に、ハジメが問い掛けた。
「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」
「……そ、そいつは凄まじいな」
「その……"すごい力"ってもしかしてそれのこと?」
「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」
二人はなるほど、と納得した。
二人も魔物を喰らってから、魔力操作が使えるようになった。身体強化に関しては詠唱も魔法陣も必要ない。ただ、二人とも魔法適性がゼロなので魔力を直接操れても巨大な魔法陣は当然必要となり、碌に魔法が使えないことに変わりはない。
しかし、この少女のように魔法適性があれば反則的な力を発揮できるのだろう。何せ、周りがチンタラと詠唱やら魔法陣やら準備している間にバカスカ魔法を撃てるのだから、正直言うと、勝負にならない。しかも、不死身。おそらく絶対的なものではないだろうが、それでも勇者すら凌駕しそうなチートである。
「……たすけて……」
二人をその紅い双眸でジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。
ハジメは一人、考え込む。
(なにやってんだかな、俺は)
″裏切られた″――─ハジメはその事実に心が揺さぶられていた。
もう既に、クラスメイトの誰かが放ったあの魔弾のことはどうでもいいはずだった。″生きる″という、この領域においては著しく困難な願いを叶えるには、恨みなど余計な雑念に過ぎなかった。
それでも、こうまで心が揺さぶられたのは、やはりどこかで割り切れていない部分があったのかもしれない。そして、もしかしたら同じ境遇の少女に、同情してしまう程度には奈落に落ちる以前のハジメの良心が残っていたのかもしれない。
「……出してあげたら? 錬成使えば、出してあげられるはずよ」
そんなハジメの様子を見かね、琴葉はそう言った。
やがてハジメはガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、少女を捕える立方体に手を置いた。
「あっ」
女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。ハジメはそれを無視して錬成を始めた。
ハジメの魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。
しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾いた。迷宮の上下の岩盤のようだ。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていく。
「ぐっ、抵抗が強い! ……だが、今の俺なら!」
ハジメは更に魔力を注ぎ込む。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。既に、周りはハジメの魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。
ハジメは更に魔力を上乗せする。女の子を封じる周りの石が徐々に震え出す。
「まだまだぁ!」
ハジメは気合を入れながら魔力を九節分つぎ込む。どんどん輝きを増す紅い光に、少女は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。
ハジメは初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めた。少しでも制御を誤れば暴走してしまいそうだ。だが、これだけやっても未だ立方体は変形しない。ハジメはもうヤケクソ気味に魔力を全放出してやった。
なぜ、この初対面の少女のためにここまでしているのかハジメ自身もよくわかっていない。
琴葉に背中を押された、と言うのもあるだろうが、恐らくそれも違う。
だが、とにかく放っておけないのだから仕方ない。邪魔するものは皆排除し、徹頭徹尾自分の目的のために生きると決めたはずなのだが、そう思わずにはいられなかった。
ハジメはもう一度、内心で「なにやってんだか」と自分に呆れつつ、何事にも例外は付きものと割り切って、「やりたいようにやる!」と開き直った。
今や、ハジメ自身が紅い輝きを放っていた。正真正銘、全力全開の魔力放出。持てる全ての魔力を注ぎ込む。
直後、少女の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。
それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、身体の全てが解き放たれ、少女は地面にペタリと座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。
ハジメも座り込んだ。肩で息をし、すっからかんになった魔力のせいで激しい倦怠感に襲われる。
「お疲れ様」
琴葉はそう言って二人の元に歩み寄った。
「ああ……」
ハジメは荒い息を吐き、震える手で神水を出そうとすると、その手を女の子がギュッと握った。弱々しい、力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。
ハジメが横目に様子を見ると女の子が真っ直ぐにハジメを見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。
そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。
「……ありがとう」
その言葉を贈られた時の心情をどう表現すればいいのか、ハジメには判らなかった。ただ、全て切り捨てたはずの心の裡に微かな、しかし、きっと消えることのない光が宿った気がした。
繋がった手はギュッと握られたままだ。一体どれだけの間、ここにいたのだろうか。少なくともハジメの知識にある吸血鬼族は数百年前に滅んだはずである。この世界の歴史を学んでいる時にそう記載されていたと記憶していた。
少女の様子に、ハジメは「神水を飲めるのはもう少し後だな」と苦笑いしながら、気怠い腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再び握り返してきた。
琴葉はそんな二人の様子を暖かな眼差しで見守っていた。
「……名前、なに?」
少女が囁くような声で二人に尋ねる。そういえば名乗っていなかったと苦笑いを深めながら二人は答え、女の子にも聞き返した。
「ハジメだ。南雲ハジメ」
「琴葉。衛宮さんちの琴葉よ。貴方は?」
少女は二人の名前を、大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したように二人にお願いをした。
「……名前、付けて」
「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」
「確かに……こんな長い間囚われてたら不思議じゃないわね」
少女はふるふると首を振る。
「もう、前の名前はいらない。……二人の付けた名前がいい」
「……はぁ、そうは言ってもなぁ」
「難しいわね……」
前の自分を捨てて新しい自分と価値観で生きる───この少女の自分の意志での変革を望んでいるらしい。その一歩が、新しい名前なのだろう。
女の子は期待するような目で二人を見ている。
「そう言えばこの子の髪……月みたいに綺麗ね……」
ポツリと呟く琴葉。それを聞いたハジメは何か思い付いたようだ。そして、ハジメは彼女の新しい名前を告げた。
「″ユエ″なんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」
「ユエ? ……ユエ……ユエ……」
「中国語で″月″、だっけ?」
「ああ、そうだ。琴葉が言った通り、ユエってのは俺の故郷で″月″を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」
思いの外きちんとした理由があることに驚いたのか、少女はパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。
「……んっ。今日からユエ。ありがとう」
「おう」
「取り敢えず……ハジメは後ろ向いてなさい」
「……? っ!? すまんっ!」
ハジメはユエの今の状況を理解し、慌てて後ろを向く。
「それで宜しい」
琴葉は魔物の毛皮で作った袋の中から予備の服を取りだした。
「じゃあ……これ着て。いつまでも裸じゃ寒いでしょう?」
そう言われて差し出された服を受け取りながら自分を見下ろすユエ。確かに、何も着ていない。大事な所が丸見えである。ユエは一瞬で真っ赤になると琴葉に差し出された服を抱き寄せた。
「……ハジメのエッチ」
「……」
何を言っても墓穴を掘りそうなので、ハジメは無言を貫く。
ユエはいそいそと服を羽織る。琴葉の身長は百六十センチ程。差し出された服の大きさもそれに準じており、身長百四十センチ程のユエには少し大きかったようだ。
ユエが服を着ている間、ハジメは神水を飲んで回復する。活力が戻り、脳が回転を始める。
毛皮の袋を紐で縛っていると、琴葉の脳裏にとある光景が浮かんだ。″巨大な魔物が降ってくる″───心眼はそう警告していたのだ。
(直上か……!)
それとほぼ同時に、ハジメもその存在に気がついた。そして、その巨大な魔物が天井より降ってきたのもまた、ほぼ同時だった。
(……転移!)
琴葉はすぐさまハジメとユエに触れ、魔物から離れた場所に座標を移動した。
すると、直前まで三人がいた場所に地響きを立てながら、その魔物は姿を現した。
その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。
その姿は例えるならばサソリ。二本の尻尾は毒を持っていると考えた方が賢明だろう。それに、明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配を感じる。自然と二人の額に冷たい汗が伝う。
部屋に入った直後は全開だった″気配感知″ではなんの反応も捉えられなかった。だが、今は″気配感知″でしっかり捉えている。つまり、少なくともこのサソリモドキは、ユエの封印を解いた後に出てきた、ユエを逃がさない為の最後の仕掛けなのだろう。
「───
琴葉はその手に黒い弓を投影する。普段使っている洋弓よりも強靱そうなその見た目の弓は、彼女の身長とほぼ同じくらいの大きさを持つ、言わば剛弓だ。
続けて、琴葉は捻れた剣を投影する。
「……とんだ厄介者ね。ハジメとユエが、せっかくいい雰囲気になりそうだったのに……どうやら『オシオキ』が必要みたいね」
琴葉はその額に青筋を浮かべながらサソリモドキを睨み付ける。
「───覚悟なさい。ここが貴方の墓場よ」
次の瞬間、琴葉はサソリモドキの直上に転移していた。
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完結後、カルデア召喚編やる? やるとしたら琴葉はどのクラスで召喚する?
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やれ。クラスはセイバークラスで。
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やれ。クラスはランサークラスで。
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やれ。クラスはアーチャークラスで。
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やれ。クラスはライダークラスで。
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やれ。クラスはアサシンクラスで。
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やれ。クラスはキャスタークラスで。
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やれ。クラスはバーサーカークラスで。
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やれ。クラスはルーラーで。
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やれ。クラスはアヴェンジャーで。
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やれ。クラスはムーンキャンサーで。
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やれ。クラスはアルターエゴで。
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やれ。クラスはフォーリナーで。
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やらなくていいんじゃない?