Never the less   作:神楽光月

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 あれから少し時間は経って、カフェテリアにて。

 

 

 生徒会室を出たナリタタイシンはウイニングチケット、ビワハヤヒデと合流して『模擬レースをすべき』との結論に至ったらしく、本人は大っぴらには喧伝しなかったものの、ウイニングチケットによる連日の宣伝により、その予定はトレセン学園の誰もが知るところとなっていた。

 だが、それを受けた周囲の評判はといえば――。

 

 

『聞きました? 週末の模擬レースの件』

『……ああ、ナリタタイシンが出るとかってヤツか。なんでも、今一度、可能性を見極める場、という事らしいが……』

『精緻な理論派のビワハヤヒデに、瞬発力のあるウイニングチケット。他の出走者も実力を上げてきている娘ばかり……。正直、結果は見えていると思うわ。……それよりあの娘、また無茶な走りをして、怪我しないといいんだけど』

 

 

 そんな言葉がトレーナー陣から聞こえてくるくらいには、良くない。

 

 

「タイシン――」

 

 

 同席したタイシンに声をかける。

 ウマ娘特有の優れた聴力でもって、今のトレーナー陣の会話も聞こえていた事だろう。やはりと言うべきか、彼女は険しい表情で俯いていた。

 言ってやりたい事があるのに自分の現状が言わせてくれない。そんな感じの顔にも見える。

 

 先日の、タイシンを迎えに来たウイニングチケットといい、今回合流して話を纏めたらしいビワハヤヒデといい、彼女とは随分と親しい存在のようだ。

 であるならば、その2人の実力をよく知っているのは彼女だろう。

 

 

「……流石にプレッシャーか?」

「…………うるさい」

 

 

 短く、しかしか細く吐き捨てるタイシンは、なおも顔を強張らせている。

 

 だが、オレの頭の中には、今目の前にいるタイシンではなく、あの映像で見た圧倒的な末脚で勝利を手にしたタイシンがいた。

 

 

「……思うんだけどさ。なんで位置取り争いに加わろうとするんだ? そんな事する必要ないだろ」

「は? ……なに、偉そうに。明らかに体格で劣る奴が位置取り争いなんてみっともないから、何もせずに負けろって……!?」

「そんな事言ってないわ。逆だ。位置取り争いなんぞに関わらなければ、お前、勝てるんだよ」

「…………は?」

 

 

 意表を突かれたように、驚いた顔と声でタイシンが固まる。

 

 

「序盤はしっかり脚を溜めていけ。スローペースなレース展開でも構わないから、とにかく脚を溜める事に終始するんだ」

「そんなの……でもっ、ハヤヒデみたいなデカいのに差つけられまくって、逃げ切られたら……!」

「レースってのは、極論、ラストの上がり3ハロンを誰よりも速く走れたら勝てるもんだ。大丈夫、お前の末脚のキレは誰にも負けやしないさ。ああそうさ! 末脚のキレならお前は誰にも負けやしない! 絶対にだ! オレが保証する!」

「――っ……。……アンタ、マジで、なに……。意味わかんない、暑っ苦しい……」

 

 

 そう言ってから、タイシンは1人カフェテリアを去っていった。

 

 ……なんとなく、熱意で押し切ってしまった感があるが、オレが言うべき事は伝えられたと思う。

 いや、もしも十全に伝えられてなかったとしても……彼女ならば、レースの中で掴めるだろう。

 

 結局、ゲートが開いてみない事には、オレがどれだけ言葉を尽くしてもタイシンには確信とはならないだろう。

 

 

「……ウマ娘が諦めてないのに、トレーナーが家柄や血統を前に諦めてちゃ世話ねえよなぁ」

 

 

 既に、ハナさんと沖野さんには話を通してある。

 今度の模擬レースを最後にチームスピカ預かりのサブトレーナーでなくなるという書類も、沖野さんとの連名で提出済みだ。

 理事長にも『ようやく重い腰を上げたか』なんて言われた。何を期待してるんだか、あの幼女理事長は。

 

 ……まあでも。

 叶うなら、タイシンを皮切りに『トレーナー』を頑張ってみたい。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 やがて、その時はやって来た。

 週末を予定していた模擬レースは、今まさに、目の前で行われんとしている。

 出走者であるウマ娘たちは既にゲートインを済ませ、開くのを待っている状態だ。

 

 

 ――ガコンッ!!

 

 

 場の緊張が最大まで高まった(ように感じた)時、ゲートが開き、ウマ娘たちは一斉に飛び出した。

 いずれも並々ならぬ実力を備えたウマ娘たちだが、集まったトレーナー陣の注目する先は大体絞られているようだった。

 

 

『――おっ。ビワハヤヒデ、快調に飛ばしてるな。先頭集団の好位置につけたか』

『ウイニングチケットも、顔見知りが多いレースだからか、今日は調子が良さそうですね! 終盤が楽しみだなぁ』

 

 

 少し離れた位置にいるトレーナー2人がそんな風に話している。

 片方はオレよりも先輩のトレーナーで、もう片方は後輩の新人だ。どうやら先輩の方はビワハヤヒデに、後輩の方はウイニングチケットに注目しているようである。

 

 やはりその2人が注目を集めるか――なんて考えていると、2人よりは近い位置にいる、ナリタタイシンに苦言を呈した女性トレーナーが、少し驚いた様子で口を開いた。

 

 

『……あら? ナリタタイシン、あんな後ろに……まさか、スタートにミスでもあったのかしら?』

 

 

 その言葉を聞いて、思わずビクリと身体が震える。

 

 慌てて確認すると確かにナリタタイシンは後方に位置していた。

 その姿を認めると同時に、我知らず口角が上がっていくのを感じた。

 

 オレは、トレーナーではあるが『ナリタタイシンのトレーナー』ではない。

 だというのに、彼女はオレの意見を採用してくれた。

 それが、凄く嬉しかった。

 

 

「――ははっ」

 

 

 彼女と接した期間なんて、オレがトレーナーとしてこのトレセン学園に所属している期間の10分の1にも満たない。

 オレと彼女の間に信頼関係などと呼べるようなものなどなく、あの時カフェテリアで彼女に言った言葉だって、彼女には無視する選択肢だってあったのだ。

 

 だのに、今彼女は……ナリタタイシンは、オレの意見を採用して、後方に位置して脚を溜めている。

 その事が、ただ嬉しい。

 

 

 そうして嬉しさに震えているうちに、レースはいよいよ終盤へと差し掛かった。

 

 

『きた、第4コーナー……! あ、ウイニングチケットが上がってきましたよ!』

 

 

 その言葉の通り、ウイニングチケットはぐんぐんと順位を上げ、先に抜け出して先頭を走るビワハヤヒデに追いついていった。

 

 

『ビワハヤヒデに、ウイニングチケット! やはり最後はこの二強対決か……!?』

 

 

 後輩と先輩の期待が高まっている。

 だが、それは他のトレーナーも同じ事だった。

 

 先頭を行くビワハヤヒデ。

 それに追いすがるウイニングチケット。

 最後の直線を制して勝利を掴むのはこの2人のどちらかだ。

 

 そんな空気が高まっていた。

 

 

 だが。

 

 

『――! いえ、外から……!!』

 

 

 大先輩が気付いた。

 バ群の外側を、鬼のような末脚で上がってくる小さなウマ娘に。

 

 

『ナリタタイシン……!? な、なんて末脚のキレなの!?』

 

 

 鬼気迫る表情とは、ああいうのを言うのだろう。

 己の存在を衆目に焼き付けんとするかのような、そんな走りをしている。

 

 そして気付く。

 彼女がしている今の走りは、映像で見た過去のレースのものよりも遥かに鋭さを増している。

 その走りこそは、彼女が確かな意志を胸に努力を重ねて勝ち得た、確かな刃だった。

 

 

 ――そうして。

 誰もが息を呑むほどの接戦を制したのは、ナリタタイシン。

 次いでビワハヤヒデ、ウイニングチケットがゴール板を駆け抜けた。

 ナリタタイシンというウマ娘が持つ可能性を十二分に示せた、素晴らしい模擬レースとなったのだった。

 

 

『……どうやら、私もまだまだ修行が足りなかったようね。あなたほどのウマ娘を、見誤るだなんて――』

 

 

 場がレースを走りきったウマ娘の歓声に沸く中、大先輩が自嘲気味にこぼしたそんな言葉が耳に届いた。

 

 

「……終わった、か」

 

 

 ナリタタイシンの可能性は示された。

 これで彼女の許には少なからずスカウトの声が届く事だろう。

 オレもまた彼女にスカウトをかけた人間なので、願わくばこの手を取って欲しいが……それは彼女自身が決める事だ。

 とりあえず、彼女が退学にならずに良かったという事と、これからいくらもスカウトが舞い込んで来るだろう事を言祝ごう。

 

 

「おめでとう、ナリタタイシン」

 

 

 中空にそう吐き出して、さてこれからどうしたものかとその場を離れようとした矢先。

 躊躇いがちな足取りで、ナリタタイシンがこちらに歩み寄って来てくれているのがわかった。

 

 やがてオレの目の前まで来た彼女は、しかし何も言わずに、落ち着かない様子でいる。

 

 

「……………………あの、さ」

 

 

 長い沈黙の後、ナリタタイシンはおずおずと口を開いた。

 

 

「結局、このあいだはチケットに先回りされてたし……だから、今、言ってよ。その……アレ」

 

 

 アレ?

 アレ……アレかぁ。

 ウイニングチケットに先回りされてたというと、つまり――

 

 

「……『がんどうじだぁ』?」

「違うっ!! バカ、蹴っ飛ばすよ!? そうじゃなくてっ……!!」

 

 

 そうじゃない?

 となると……ああ、アレか!

 

 

「――ナリタタイシン。お前をスカウトさせてくれ!」

「ぁ…………。……ん。……よろしく」

 

 

 幾分照れた様子で、呟くように言うナリタタイシン。

 こう言っちゃなんだが、体格と相俟ってたいへん可愛らしいと思います。

 

 

「……なにニヤニヤしてんの?」

「え? ニヤニヤしてる?」

「してる。……蹴っ飛ばすよ?」

「勘弁して」

 

 

 どうやら、またしても口角が上がっていたらしい。

 

 ――ともあれ。

 かくして、オレはナリタタイシンのトレーナーとなり、ナリタタイシンはオレの担当ウマ娘となった。

 まあ、契約書類はまだなので厳密にはそうじゃないんだが……ま、細かい事はよろしい。

 

 

「これからよろしくな、タイシン」

「次ニヤニヤしてたら蹴っ飛ばすから」

「ゆるして」

 

 

 

   ◆

 

 

 

 夜。

 

 ナリタタイシンの模擬レースの戦勝祝いと、オレとタイシンのパートナー結成を祝してという名目で、沖野さんが飲みに誘ってくれた。

 相変わらずいつものバーで、メンバーも相変わらずハナさん、沖野さん、オレの3人だが。

 

 

「――というわけで、椎名の担当決定を祝して乾杯っ」

「そんなこと言って、飲みたいだけでしょう?」

「や、それでもありがたいですよ。ハナさんにも沖野さんにも、色々とお世話になりましたし」

「……そうね。子供の巣立ちみたいで、ちょっと寂しいわね」

「でも、これでようやく対等だ。負けねえぞ、椎名」

 

 

 普段は昼行灯というか、熱意こそあるがどこかポンコツっぽい感じの沖野さんが、珍しく目をギラつかせてこちらを見てくる。

 

 

「こっちだって負けませんし。先輩でサブとしてお世話になったからって、レースは別ですから」

「そうね。たとえ仲が良くても、そこの手抜きは赦されないわ」

「リギルにもスピカにも負けませんよ、ええ」

 

 

 チームリギルはトレセン学園最高峰の呼び声高く、チームスピカはリギルほどの有望視はないものの、それでも一目置かれているチームだ。

 どちらのチームも確かな実力者が所属していて、どちらの所属メンバーが相手でも油断は一切出来ない。

 それぞれのチームでお世話になったオレだから、その事はよく知っている。

 

 それでも、負けるつもりは一切無いが。

 

 

「それで? 次にスカウトするウマ娘は決めてるのか?」

「ちょっと。担当が決まったばかりなんだから、そんな事訊かないのよ。いいから無視しちゃいなさい」

「ははは。ま、流石にもう次のとはいかないですね。許されるなら、トゥインクル・シリーズの3年間はタイシンと二人三脚でいきたいですけど……難しいですかね?」

「いいんじゃないかしら? サブトレーナーとしては経験豊富だけどトレーナーとしては未知数だから、上も何か言ってきたりはしないんじゃない? それこそ、チームを作るなんて先の事よ」

「いやあ、わかんないよ、おハナさん。理事長も一目置いてるみたいだから、早めにチームを作るようにって言ってくるかも」

「その時はその時ですかね。……まあ、トレセン学園としてはなるべく多くウマ娘を担当して貰いたいでしょうし、それならそれで仕方ない事だと思いますよ」

「やるせない話よね……」

 

 

 はあ。と、手元のグラスを傾けて酒を呷り、大きく息を吐くハナさん。

 

 

「――でも、担当の娘に無理はさせないのよ」

「わかってますって。『無事是名バ』でしょ。……まあ、タイシンは大物喰らいだと思いますけど」

「エルやグラスと比べてどうかしら?」

「流石にちょっと劣りますよ。スカーレットやウオッカ、ゴルシとも今は厳しいと思います。ただ、あれを上手く鍛えられたら、そこいらのウマ娘じゃ勝負にならなくなる……と思いますね。贔屓目もありますけど」

「へえ……言うじゃない」

「これは将来が楽しみだなあ、おハナさん?」

「そうね」

 

 

 3人それぞれ、手元の酒を呷る。

 それからは特に喋る事もなく、時折バーテンダーに注文をするくらいで、静かな空気が漂っていた。

 

 

「…………ところで」

 

 

 と。

 沈黙を切り裂いて、沖野さんが口を開いた。

 

 

「――支払い、任せていい?」

 

 

 いつものヤツである。

 トレセン学園のトレーナーといえばそれなりに高給取りのはずなんだが、どういうわけか沖野さんは結構な頻度でハナさんに支払いを任せている。

 そういう関係なのかな? と一時は考えた事もあったが、単純に金欠の沖野さんがハナさんに集っているだけらしい。

 

 

「あなたねえ……自分でお祝いにって後輩引っ張ってきたんだから、こういう時くらい『支払いは俺が』とか言えないの?」

「まあまあ。オレは自分のは持ちますから、沖野さんのは頼みます」

「いやー、ほんと申し訳ないっ」

「申し訳ないと思うなら、たまには支払い持って欲しいわね」

 

 

 レースの世界は、1着だけが勝者でそれ以外は全て敗者のシビアな世界だ。

 いずれチームリギル所属のウマ娘や、チームスピカ所属のウマ娘とも戦う事になるだろう。

 

 それでも、こういう場はあって欲しいものだ。

 ……ま、ハナさんが沖野さんを見限らないうちは続くんじゃねえかな。たぶん。

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