ある曲を聴いていたら、ウマ娘のトウカイテイオーとメジロマックイーンの物語を書きたくなって、駄文ですが書かせていただきました。
トウカイテイオーが骨折して、自信をなくしたときに、名優はどうするのか。
少し解釈違いなところがあるかもしれませんが、ご笑覧いただけますと幸いです。
帰宅し、自室の窓を開けると、ふわりと優しく甘い香りが流れ込んできた。
キミとの思い出がたくさんある、キンモクセイの香りだ。なんだか心がキュッと締め付けられるような気持ちがする。
いま、キミは離れた場所でこの匂いをかいで、ボクのことを思い出しているだろうか。そうであってほしいと思う。最近はすっかり会えなくなり、お互いの声も聞く機会も減ってしまったボクたちだけど、この花の匂いはボクたちをつなげてくれたのだから。
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あの花の匂いがボクたちをつなげてくれた時、ボクは失意のどん底にあった。当時はクラシック三冠を目指し、練習をしていたある日、骨折が判明したのだ。
通常の練習に三冠を見据えた自主トレを追加していた。人生で1度しかないチャンスを逃したくない。とにかくその思いに駆られ、とてもハードな練習をしていた。
だんだんと足の痛みが出るようになってきたけれど、いまはそれにかまけている場合じゃないとごまかしていた。結果、足の様子がおかしいことに気づいたトレーナーがボクを引きずるように医者に連れて行き、骨折と判明した。
骨折はしたけれども、まだリハビリをすれば菊花賞は出られる。出走の約束を取り付けようと、トレーナーだけでなく、カイチョー、理事長、たずなさんと多くの人と話をした。
ボクはクラシック三冠をとるためなら足が壊れたっていい。そう言ってなんとか約束を取り付けようと、首を縦に振ってもらおうとした。しかし、みんな困った顔を浮かべるばかりだった。
少しの同情も混じったその表情を見ると本当に悔しくて、そして骨折したもろい自分に嫌気がさす。そんな日々が続いていた。
口だけの説得だけではダメだと思ったボクは、ある日、走れることを証明するためにこっそりターフで練習しようとした。でも、走ろうとした時、どこからかきたゴールドシップに阻止され、トレーナーは一言、「ターフには近づくな。」と苦い顔をして言った。
ターフに近づくな。つまり、菊花賞を諦めてリハビリに専念しろというメッセージだ。あまりにも悔しくて、自分のもろい身体が情けなくなる一言だった。涙や怒りが爆発しそうになる気持ちをぐっとこらえ、「……はい」とトレーナーに答えた。
身体がもろく、どうしようもないウマ娘、それがボクだ。でも認められなかった。
菊花賞になんとしても出て、まだできるウマ娘だと証明したい。必死にリハビリを続けた。でも足は思うように動かない。もうボクはダメなのかもしれない。そう思うと、どうしようもなく心が苦しくて、しんどい。ぐちゃぐちゃな身体と心を抱えた日々が続いた。
しかし、ボクは『トウカイテイオー』だ。ぐちゃぐちゃな心の中は見せないよう、みんなの前では明るく振る舞うようにした。同室のマヤノの前でも。
時々耐えきれない時は、ターフに近づけないことをいいことに、誰もいなさそうな場所を探してこっそり泣いたり、雑草をむしったりしていた。
そんなある日のことだ。
ボクはその日のリハビリメニューをこなしおえると、もう陽が沈もうとしていた。夏が過ぎてだんだんと早くなる日没、そして吹いてくる少し涼しい風が、10月の菊花賞がまもなく行われることを告げるようだった。そんないまでもターフに戻る許しをトレーナーからはもらえていない。
ターフにも近づけさせてもらえず、走れないウマ娘に価値なんてない。価値のないものは隅っこでおとなしくしているべきだ。だから、走れた時には生意気にもよく行っていた生徒会室には行かなくなった。
教室で同世代の活躍を聞くのも苦しいし、つらかった。憎くすら感じてしまうこともあった。そんなウマ娘はこの学園にいてはいけないだろう。日頃はクラスメイトやルームメイトといて感じないようにしていた感情もひとりになると、どうしてもとめどなくあふれ出てきてしまう。
また今日も人気のない場所で泣くか、雑草むしりでもしようと思った。
その時だ。
風が少し強く吹いて、ふと、優しく甘い香りが漂ってきた。
普段は食べ物じゃない匂いがしても気にしないし、この頃は、はちみーの匂いにも興味が示せなかった。しかし、この時ばかりは不思議と吸い寄せられるような気持ちがした。
匂いの元を探そうと門を出た。門限までに戻れば問題はないはずだ。
そういえば最近すっかり放課後は学園から出ていなかった。学園の塀に沿って少し歩き、道を渡るといつもは入らない住宅地への路地に入る。まだ匂いの元は奥の方のようだ。匂いが強くなってきたところでもう1度角を曲がる。
すると、そこには匂いの元となっていたオレンジの花が咲いていた。植物の知識はないので、なんという花なのかはわからない。
オレンジの花の放つ優しい匂いをかぎながら、少しぼんやりとしていると、不意に知った声が聞こえた。
「あら、テイオーさんじゃありませんか」
「ぴゃっ」
突然のキミの声にびっくりした。
「もし、テイオーさん。どうかなされて」
「ちょっとびっくりしただけだから……ところで、マックイーン、今日はひとり?練習は?」
「ええと、わたくしは、今日は、その、お休みを言われていまして……」
なぜか少しバツが悪そうにキミは練習をしていない理由を話し始めた。どうも調子が悪そうなのでトレーナーから休養を言い渡され、散歩をしていたらしい。
調子が悪いと言ってもマックイーンは走れるんでしょ、となぜか突っかかりそうになる。この頃のキミはレースで次々とよい成績を収めていた。ケガでどん底のボク。対して、敵なし、ターフの名優とも呼ばれ始めていたキミ。この時は正直、あまり話をしたくはなかった。
いやな自分をぐっと抑え、練習やレースとは関係ない話をしようと、優しい匂いを放つ花に目を向けた。
「ねぇ、マックイーン。この花はなに?」
「ええ、この花と言いますか、この花の咲く木はキンモクセイと言います。」
ふと見ると、オレンジの花は木から咲いていた。
「キンモクセイは漢字で書くと、金色の金に木ともう1文字は……説明するのが少し難しいですわね」
「無理に説明しなくても大丈夫。ありがとう。この木はキンモクセイと言うんだね」
「はい。花はこの時期に咲くもので、とても優しい香りがするんです。それにしても……テイオーさんが、花に興味を示すなんて珍しいですわね」
「いや、なんとなく気になる匂いがしてきたから、ちょっとなにかなと思ったらこの花が咲いていたんだ」
「そうなんですの。本当にいい匂いですわね」
そう言うとキミは花に目を移した。夕焼けに染まるキンモクセイと慈しむような目でその花を眺めるキミとの並びは見ていて美しく、思わず見とれていた。やはりいいウマ娘といい花はお似合いで、なんだかすごくキレイなものを見ている気持ちになった。対してボクなんか……。ここにいたらこの美しい光景を匂いともども汚してしまいそうに思えた。
「楽しんでいるところ邪魔してごめんね。ボク、もう行くね」
早口に言ってマックイーンの横を通り過ぎるようにその場を立ち去ろうとした。
「お待ちくださいまし」
なぜか呼び止められた。
「ど、どうしたのマックイーン」
「貴方、なんだか様子がおかしいですわ。普段あんなに元気に同級生やマヤノさんと話していらっしゃるのに」
「ま、まぁ、いいじゃん。たまにはこういう時もあるって」
「…………」
「じ、じゃあボクは行くから。はちみーを買いに行こうとしていたんだ」
適当な理由をつけて立ち去ろうとした。とにかく、いまはここにいちゃいけないんだ。
「お待ちくださいまし!!!」
再び歩こうとしたら、今度は腕を捕まれた。びっくりして尻尾が逆立った。
「あまり、他人様のことに踏み込むのもいかがなものかと思いましたが……貴方、なにかひどく悩んでいませんこと?」
単刀直入に言われる。そりゃ学園の外をふらふらと歩いていたら不審に思うのは当然だろう。でも。
「……ボクのことはほっといてよ」
こう言って離れようとするしかなかった。
ボクはやっぱりキミとこの時本当は話すべきじゃなかったんだ。だって。
「走れるウマ娘にボクの悩みなんてわかるわけない」
しまった。声に出ていた。
「貴方、いまなんと?」
言わないように押し込めていたのに。我慢していたのに。逆に聞かれてしまったならもう開き直るしかない。
「キミは今日は不調かもしれないけど、また明日かあさってには走れるんだ。そんなウマ娘に、ターフにも近づけず走れない、無価値なボクの悩みなんてわかるなんてない。逆に悩みを聞いて慰められてもいやだ!!!」
怒りと悲しみを混ぜて八つ当たりしているように言い放った。どうだ。これで折れてくれるか。ここまでひどい言葉を投げてしまえば、きっとキミでもため息でもついて手を離してくれるだろう。
しかし、現実はボクの予想を裏切った。
気がつくとボクはキミに抱き寄せられていたのだった。キンモクセイとキミの少し違うけれどもどちらも優しい匂いに思わず頭がぼーっとする。
「ちょっと、マックイーン……」
どういうつもりでボクを抱き寄せたのだろう。ボクはただ困惑するばかりだった。
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「お茶をどうぞ」
結局、腕を捕まれたままキミの部屋まで連れてこられてしまった。同室のイクノディスタスはおらず、聞けば明日のレースに向けてどこかで前泊らしい。やっぱり走れるウマ娘はうらやましい。そして、高級そうなティーカップに、澄んだ色の紅茶。キミとボクの住んでいた世界、いまいる場所の違いを思い知らされる。
「紅茶はお嫌いでしたか?ハチミツを少し入れましたが」
ハチミツを入れてくれる気遣いはさすがだなと思いつつも、いまばかりは鬱陶しかった。
正直キミに何も話す気持ちにもカップに手をつける気にもなれず、しばらく黙って下を向いていた。
「テイオー」
今度は後ろから抱きすくめられた。さっきに続いて2回目だ。キミはそんなキャラクターだったっけ。どうしてこんなことをするのだろう。困惑していると、か細い声が聞こえてきた。
「…こ……こうでもしないと……なんでか、貴方が……その……いなくなってしまうような……そんな気が、してしまったんです」
黙っているとキミは続ける。
「先ほど、わたくしは……貴方の見たことないような、絶望をしたかのような顔に……胸が締め付けられ……はしたない真似を。申し訳ありません」
はしたないとは思わない。けれども、どうしてキミの胸が締め付けられたのだろう。わからない。こんなボクになんで。
「こんなことを言っても、仕方ないかもしれません。……でもわたくしは、貴方のことを、決して無価値とは思っていないです」
ああ、キミはなんて優しいのだろう。こんなボクを慰めようとしてくれている。でも、いまのボクから見たら慰めは勝者の余裕にしか見えない。だからこそ、ボクはきちんと真実を彼女に伝えてあげなきゃ。
「あのね、マックイーン。キミの言葉はとても優しいと思う。でもね、ボクは事実としていまは走れないんだ。そして、クラシック三冠をとれずに、無名のウマ娘として終わろうとしている。ボクはね、諦めずにトレーニングをしているようにも見えるけれど、本当は、心のどこかで菊花賞は無理だってわかっていたんだ。でも、それを認めてしまうと、三冠を目指して走っていたボクはこれからどうしたらいいのか、わからない。」
キミは無言で聞いていた。
「しかも、ボクの身体はこんな大事な時に骨折するなんてどうしようもない、もろい身体だ。こんなウマ娘に、将来なんてある???ターフを駆けても、きっともう勝てない!!!それどころか、このまま出られないかもしれない!!!そうしたら、ボクは、いや『トウカイテイオー』は、いままでなにをしてきたんだと思う???」
まだキミは無言だ。でも折れていない。ではもっとたたみかけなければ。
「マックイーンにはこのどうしようもなくやりきれない気持ちはわからないだろうね!!!だってキミは走れる!!!「ターフの名優」だなんて言われてさ!!!!そんなキミからしたら、走れない、もろい身体の『トウカイテイオー』にはどんな価値があるんだい????価値があると思える方が不思議だろうね!!!!絶対におかしいよ、マックイーン。キミの抱いているのはただの同情にすぎないんだ!!!」
言ってやった。さぁ言ってやったぞ。キミはもう言葉も出ないだろう。
「違いますっ!!!!!」
悲鳴のような大きな声が耳に入ってきた。廊下に聞こえていて、誰かがきたらその時はどうしよう。でも、もういいや。
「なにが違うと言うんだい、へぇ、ボクが納得するように説明してごらんよ。」
ここまできたらもうヤケクソだ。いやな感じになってもマックイーンにわからせないといけない。同情はボクを傷つけることにしかならないんだと。
「貴方……クラシックで勝利することが、どれだけ大変かわかっていないんですの……?」
「わからないはずがないよ。確かにマックイーンもボクもたくさん練習してGⅠレースを勝利してきた。でも、それは過去の話じゃん。あの時勝利した『トウカイテイオー』はもういないんだよ」
「いまここにいるではありませんか」
「それは、なんて言うの、ボクはボクだけどさ、ボクじゃないと言うか……」
「クラシックで既に2冠をとり、三冠を目指して練習するも骨折。それでも三冠は諦めず、懸命にリハビリを行い、苦しい中でもなんとかして三冠をとろうと必死で、がむしゃらなウマ娘がここに、そう、貴方ですよ。いるではありませんか」
「だから三冠はもう無理だって……」
「本当にそう思っていらっしゃるんですか?それならば、なぜターフの外で懸命のリハビリを?」
「それは……その……」
「わたくしは、いや少なくない数の学園にいるウマ娘が知っているんです。貴方の懸命なリハビリを。その姿を見て励まされている人もわたくしは見ました。そして、気丈に振る舞い、周囲のウマ娘の勝利や頑張りを分かち合う貴方のその高貴な心を」
「でも、それは……」
「そうですね、いまわたくし「だけ」が知ってしまいましたね。貴方が『トウカイテイオー』でいようとする頑張りを。そして身体が言うことを聞かず、それが精神をもむしばみ、つらく、苦しく、抱え込んでいることを。それでもわたくしは、いや、違いますね。だからこそわたくしはトウカイテイオーという素晴らしいウマ娘が苦しんでいる姿を見て、心が張り裂けそうになっているところを、少しでもほぐしたいと、そう思ったんです」
ふふ、と背中で笑うキミ。
なんだかもう、負けた気がした。
「マックイーン。その、キミが思うよりも骨折はつらいよ。今度ターフに行くことができても、いままで通り走れないだろう。毎晩そう思っているよ。そう思いながら教室や寮の部屋でキミやマヤノ、他にもクラスメイト、みんなの活躍を聞く度に、おめでとうとは口で言えても、本当は苦しくて、悔しくて、そして……自分が無価値だと感じるんだ。そんな飲もう『トウカイテイオー』ではないよ」
「ええ、確かに貴方の思う『トウカイテイオー』ではないと思いますわ。でも、皆さんは貴方を『トウカイテイオー』として慕っています。もちろんわたくしも。だからこそ、テイオーの本音を聞き、つらい気持ちを知り、思いを分かち合って、いや……話を聞くだけしかできないかもしれません。でも、それでも、なにかして貴方のつらく、しんどい気持ちを少しでもほぐしてあげたいと思うんです」
そうか、ボクはなんでさっきからキミの言うことを聞く気になったかに気づいた。
「ありがとう。マックイーン。こんなボクの話を聞いてくれて」
結局誰かにつらい気持ちを受け止めて、一緒に寄り添ってほしかっただけだったんだ。そう思うとマックイーンの手から離れ、振り返った。
「きゃっ、テイオー、なっ」
今度はボクがマックイーンに抱きつく番だった。はじめはびっくりしていたキミもそっと抱き返してきて、背中や頭をなでてくれた。
「テイオー、わたくしではその、うまく貴方のつらさがわからない部分もあって。それで貴方を傷つけてしまうかもしれません。でも、いまは、貴方の気持ちを知って、寄り添いたい、そう思うんです。だから、しばらくは、こうさせてください」
ボクは、マックイーンと抱き合いながら、しばらく涙を流していた。
ボクが泣き止んだ後、マックイーンが窓を開けるとまたキンモクセイの匂いがした。二人ですっかり冷めたハチミツ入り紅茶を飲みながら、今度は何も言わず、匂いを味わっていた。たまにボクを見るキミの目はとても優しくて、心のトゲが抜かれていくようだった。
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キンモクセイを初めて知った時から、キミとボクはよく話すようになった。
最初はボクのリハビリについての話が多かった。もどかしいボクの気持ちを受け止めながら、キミは「いまはこれくらいしか、わたくしにできることがありませんから」とボクの愚痴を聞き、リハビリに付き合ってくれた。
菊花賞には結局間に合わなかったし、やっぱりすごく泣いたけれど、キミがそばにいてくれるだけで幾分かはマシになった。
少し考えれば、あれほど調子のいいキミなら、ケガをしてリハビリをしているボクに割いている時間は練習に使うべきことはわかる。
でも、あの時はキミがそばにいてくれるだけで心にあるトゲが溶けていく気がして、それだけでうれしかった。
リハビリに付き合ってくれたのは、ボクのトレーナーさんやキミのトレーナーさん、カイチョーの協力があったことは後で知った。
ケガから復帰してなんとなくお茶をしていた時に「あの時リハビリに付き合ってくれたのはなぜ?」と聞いたら、キミが教えてくれた。気づけなかったあのときの自分が情けなく、またみんなに申し訳なかった。またわんわん泣いた。
その時、キミは少し困った顔をしていたっけ。でも、もう心が痛むような困った顔ではなかった。
ボクがターフに戻って、またレースで走り始めるようになると、自主トレを一緒にすることも多かった。時々は自主トレをやめて、邪魔されなさそうなところを探して二人で話をした。ある時はイクノやマヤがいない時のお互いの寮の部屋、ある時は公園、ある時は神社の近くにある並び席のある喫茶店。
「最近スイーツをあまり食べてはいけませんの……どうしてスイーツを食べると体重が増えるのですか……」
「それよりも聞いてよー。最近、カイチョーがさぁ!」
「それよりも、とは聞き捨てならないですわ!わたくしにとって深刻な悩みなのですわ!」
「えー、でもいつもキミはスイーツの話しているじゃん。スイーツ減らすよりもいい方法があると思うけどな。思いつかないけど」
「ほら!やっぱりスイーツは減らさないと体重維持はできないのですわ!」
「なんかスイーツと野球のことになると短絡的だよね、キミ」
「そういえば!昨日のユタカが!」
たわいもない話で話し込みすぎて、門限ギリギリに走って帰ったこともあった。
ある時はキミがひどいケガをして心が折れそうになっている時に話を聞き、一緒にリハビリをした。心のどこか通じ合っているようで通じ合っていないけれど、誰かがいる、それだけで支えになると今度は別の立場でも思った。
久々に、キミと話がしたいな。
やはりどうも、キンモクセイの匂いをかぐと感傷的になる。もうあれから何度、キンモクセイの香りをかいではキミに電話しただろうか。いろいろあったけれど楽しかったあの頃を思い出しただろうか。
いまだってキミもボクもレースではまだ走っている。もちろん活躍もしている。しかし、最近はお互い忙しくて、すっかり距離が離れてしまった。昔みたいにふっと声を聞きたくなってメッセージを送れば電話なり喫茶店に行ったりするということは気軽にできなくなってしまった。
最近だって、久々にキミと喫茶店に行きたいなと思う日もあれば、なんとなく電話を書ようかどうしようかと思う日もある。でも、なんとなく邪魔になりたくなくて。でも、もしかするとキミは忙しい日々を送っているうちに、ボクのことなんてどうでもよくなったかな、って思ったりして。
でも今日は、キンモクセイの香りがしたんだ。
今日くらいはいいよね。ちょっと昔のことも思い出したしさ。ちょっとくらい用事がないのに電話してもさ。
そう思うと、スマホのメッセージアプリを開く。トーク履歴順に並んでいる名前の中にキミの名前を探してスクロールしていると、画面が暗くなった。続いてスマホが震えた。こんな時に電話。誰からだろう。
次に画面に表示された名前にはこう表示された。
『マックイーン』
なんだ、キミも同じような気持ちだったんだ。
少し笑うとボクは通話ボタンを押した。