「パパが?」
「ああ、フレイのお父さんが来ているよ」
食堂でフレイ・アルスターの声が響く。彼女の対面には軍服を着たサイ・アーガイル。
周囲の席には私服の人々。オーブからの避難民たちだ。今は彼らの食事の時間のため、軍服でいるサイだけ浮いていた。
彼らはフレイの声に反応して、視線を向けたものの、すぐに興味を失って元に戻す。
彼らにも先遣隊の話は聞かされているため、どこか明るい雰囲気だ。
乾杯をする者もおり、歓談をしてここまでの苦労を語り合っていた。
誰も彼もが、オーブに帰れると和やかな笑みを浮かべている。
サイはそんな同郷の者たちを横目に、話を続けた。
「避難民の名簿は送ったから。外務次官も、フレイがいるなんて知らなかっただろうけど」
「驚いてくれるかしら?」
「驚くだろうね」
「パパのために、おめかししなくちゃ」
「そうだね。元気な姿を見せてあげなよ」
「うん」
こうして普通に笑ってくれれば普通の少女だ。むしろ人当たりはいいまである。
それは彼だけではなく、周囲の人々も同じ感想だ。
ただコーディネイターが絡むと、途端に刺々しくなってしまうのだった。
病気でもないのに遺伝子をいじるのはおかしい。自然に生まれてくるのが普通だ。それがフレイの主張である。
「シャワー浴びてこないと」
「そうしなよ。あー……そうだ。その後さ、時間ある?」
「あるけど?」
「ランデブーポイントまで時間あるし、艦内を見て回らない?」
「面白そうね。サイの働いてるところも見たい」
「そこは……駄目かな?」
「えー。つまんない」
サイは「わがまま言わないの」と言って、彼女の肩を掴んで食堂の外へと優しく押し出す。
フレイはそれじゃあと言って、シャワールームへと向かった。
見えなくなったところでサイは、大きく息を吐く。
「すまないな。サイ君」
ひとりの男性が全員の気持ちを代弁する。
「いえ。皆さんも、僕の代わりに歌を楽しんでください」
彼らはこれからラクス・クラインの小さなライブに参加する。
ジェイクが発案し、それをマリュー・ラミアスに提案したのだが、ナタル・バジルールが難色を示した。
ラクスの取り扱いに関して、マリューとナタルで隔たりがある。
マリューは民間人であり、少女である点を尊重しているため、人道的観点で彼女を救助したという認識だ。
だが、ナタルは違う。彼女はラクスを敵軍と見て、人質としてか見ていない。政治的な交渉で利用できると考えている。
そんな認識の違いから、レクリエーションルームでのライブも、真っ向から意見が割れた。
最終的には避難民の精神的ストレス解消。という目的のため、武装した兵士――といってもネイサンとジェイクの二人だが――に警備させる。という条件付きだ。
ナタルとしてはショックだった。なにせ、ライブに関しての賛成したのは、ジェイクだけはなかったのだ。
今回の提案には、ネイサンだけではなくメアリー、カオルも賛同したのである。
「地球軍と合流できるんですから、楽しんでください」
サイの偽らざる気持ちだ。
どうせ自分たちはアークエンジェルから降りるのだから、最後くらい楽しい思いをしたい。
サイもラクスの歌は聴きたいとも思うが、それよりも自分の婚約者の方が大切だ。
なので、アークエンジェルでも見て回って、オーブに帰ったら思い出として語らおうという考えだ。
キラたちがライブを楽しむというのなら、自分たちはアークエンジェルをくまなく見回って、それを元に話をすればいい。
何より、これ以上トラブルを起こしてほしくないという思いもあった。
フレイがコーディネイターに、いい感情を持っていないことは知っていた。
その発言によって、友人のキラが傷ついていることも理解している。彼は自分たちを守るために戦っているのだ。
これ以上、負担をかけたくないという気持ちもサイにはあった。
(せめて、歌でも聞いて気持ちを切り替えてくれればいいんだけど)
ヴェサリウスのブリッジにて、ラウ・ル・クルーゼはブリーフィングを行っていた。その場にはミゲル、オロール、マシュー、アスラン。そして数人のザフト兵が、参加していた。
宙域図を元に、地球軍の艦艇の動きを表示。艦種はネルソン級一隻、ドレイク級二隻である。
追跡してみたところ、やはり航路がおかしい。L3宙域を目指すように動いていた。
太平洋連邦の軍人で構成されているのが、第八艦隊だ。目指す先には中立国のコロニーや、アルテミスの宇宙要塞くらいだ。目指す理由がない。
「ただし、足つきとランデブーしようと言うのならば別だ」
「足つきは太平洋連邦の奴らが主導ってことですか?」
ミゲルの質問にラウは首肯する。
「太平洋連邦は、ジョージ・グレンを生み出した国だ。腐っても技術レベルは地球軍の中でも頭ひとつ抜けている」
「確かに。アスランのイージスを見れば、それは理解できます」
「足つき。そして最後の一機、ストライク。それらの技術レベルから見ても、他の国では難しいだろう」
それらが裏付けだと言うラウ。
その説明に部隊員は納得する。そうなると仮想敵は足つき。それ以外は大した脅威にはなりえない。
「しかし、本当に足つきは来るのでしょうか?」
アスランは疑問を口にする。
確かに、ラウの言う話はできすぎていた。
最後の確証も、彼の勘によるところが大きい。
「隊長の勘は凄いんだぞ」
ミゲルがフォローする。
「そう、ですか」
「もしも間違っていたら笑ってくれて構わんよ。どちらにせよ、不穏な動きをしている以上、見過ごすわけにはいかない」
地球軍の戦力は削れるときに削る。それが、現在のザフトの方針だ。
数的には、ザフトは地球軍に敵わない。それを覆すことができているのは、モビルスーツという戦力とEジャマーがあるからだった。
既存の戦争形式をぶち壊し、新たな戦争体系を作り上げている。
とはいえ、数の上では地球軍の戦力が上だ。削れるときに削り、戦争を優位に進めたいのだ。
「迂闊にも少戦力を動かした。この隙を逃す手はない」
ラウの言葉に全員が頷く。
「新兵器。もっと試したいしな」
オロールは平手に拳をぶつけ、気合を入れて言う。
「前の戦闘で使わなかったのか?」とミゲル。
「これからって時に、相手は降伏しちまったからな」
オロールは肩をすくめる。
彼のジンにも、ミゲル、マシューに与えられた新兵器は装備されている。
試作兵器のレールガン。ジンの手に把持して使うこともできれば、右腰部に備えたまま発射することも可能。
重突撃銃の弾倉を右腰部に備えることができなくなるが、非常に強力な威力の武器で、総合的な火力はむしろ向上していた。
他のジンに乗るザフトの兵が、三人に羨望の眼差しを向ける。
「それで隊長、どのように奴らを叩くので?」
ミゲルが先を促す。
仮面の男は一度頷いてから、口を開く。
「足つきと関連がない場合は、イージスの高火力で打撃を与え、残った敵を確実に潰す」
「足つきが確認された場合は?」
アスランの声に僅かな緊張が乗る。
「その場合は――」
ラウの作戦を聞いた一同は「なるほど」と頷く。
それならば効果的だと納得したのだ。
アスランは胸中複雑だった。その作戦を的確だと評価しつつも、それにキラが陥ってほしくないのである。
(キラ……いや、地球軍。早まるなよ)
『予定通り、本艦隊のランデブーポイントの到達予定時刻になる』
アークエンジェルのブリッジモニターは二人の男性が映し出されていた。
リアルタイムの通信ではないため、若干のタイムラグがある。敵軍に察知されないため、第八艦隊が使う秘匿通信パルスでやり取りしていた。
そのため通信内容もほぼ一方通行だ。
アークエンジェルは合流後、コープマン大佐の艦隊の指揮下に入り、第八艦隊と合流する予定である。
その時点でマリュー・ラミアスは、頭の中に疑問符が浮かんだ。そのまま、月基地に行くのではないのか。
新造艦とはいえ、一隻を出迎えるために第八艦隊が出張ってくるのも現実的ではないと思えた。
「どう思う? ウラベ少尉」
「私も艦長と同じく、少し疑問です。何か新しい任務でしょうか?」
カオルは艦長の横の座席で、ブリッジ真横のモニターを見ていた。
先遣隊の航路と、その先の第八艦隊合流予定の宙域は、地球に近かい。
カオルはすぐにその情報を、ムウに連携する。それを士官室で見たムウも表情が険しくなった。
アークエンジェルは艦の運用データと、ストライクなどの実戦データをとる目的がある。
マリューの記憶が正しければ、まずは宇宙で運用しつつOSを調整。次に地上に降下して、実働試験。
その後はパナマから、宇宙に戻り第八艦隊で本格的に作戦に参加する。
(いきなり実戦かしら? いまさらだけど、それでもまだ運用テストをしてからじゃないと、作戦参加は難しいはず)
通信にはまだ続きがあった。
コープマン大佐の横の男が口を開く。
その男は軍艦に乗るのに似つかわしくない格好をしていた。
スーツにネクタイ。まるでビジネスマンのような出で立ち。
彼は太平洋連邦の外務次官。ジョージ・アルスターと名乗った。
オーブのヘリオポリスで強奪事件が起きたこともあり、オーブの避難民の安否確認のため、出てきたのである。
軍事行動の邪魔ではあるが、政治的問題でもあるため、彼のような人間が出てくるしかないのだ。
彼はまずアークエンジェルの無事を喜び、次に乗員名簿を見て娘がいることに驚いたと説明。
「娘の顔を見せてほしいのだが」
「事務次官。合流したらいつでも会えます」
コープマン大佐としては、これ以上の通信のやり取りをしたくなかった。
敵に気取られないため、この先はアークエンジェル合流後にしてほしいという考えだった。
そんな事務次官の姿を見て、サイは笑う。
フレイの父親の娘への溺愛っぷりを彼もよく知っている。それを見ることができて、安堵した様子だ。
「変わらないな」
着々と自分たちは無事に帰れると、安心が増していく。
「呑気なもんですね」
「無駄口は叩くなトノムラ伍長」
ナタルは気が緩みそうになったジャッキー・トノムラに釘を刺す。
そうは言ってもブリッジ内には、どこか和やかな雰囲気となりつつあり、第八艦隊に合流できるという安心感がそうさせていた。
マリューは飲んでいた水が器官に入りかけ咳き込む。
「艦長?」とナタル。
「ごめんなさい」
再びストローを口に運ぼうとするが、やはり咳は止まらない。
カオルも心配になり振り返る。
「私も気が緩んでるのかしらね」
そんな声を背にアーノルド・ノイマンは笑いながら言う。
「突然艦長になっちゃいましたからね。色々と重圧でしたでしょう」
「そうね。いつか武勇伝になるときが来ると良いのだけどね」
「まずは、合流ですね」
和やかに言いながら、アーノルドはトールに声をかけて何か言葉をかける。
声をかけられた少年は、何か間違ったかとマニュアルと見比べた。
「あ、間違ってました?」
「肩に力を入れすぎるなって話だ」
「ありがとうございます」
「先遣隊に合流したら終わりじゃないからな」
「えー。本隊までですか?」
「頼りにしてるよ」
「了解です」
マリューは胸を叩きながら、コープマン大佐のモニターに目をやる。
まだまだ先は長いが、コープマン大佐の姿の向こうにハルバートン提督を幻視。
『とにかくランデブーポイントで、無事に合流しよう』
(閣下。必ずアークエンジェルを持っていきます)
「大統領」
スーツを着た女性が、透明の板状を手渡す。相手は金髪碧眼の男。
大統領と呼ばれている割に、スーツごしに鍛え抜かれた肉体がよくわかる体つき。
現に今もダンベルを片手に筋トレをしながら、資料に目を通し、必要ならば電子サインをしている。
「おお! 第八艦隊がようやく例の――新造艦に?」
「アークエンジェルです」
大統領府の執務室には、二人以外にも多くのスタッフがいた。
その彼らが喜びを顕にして、抱き合ったり称え合ったりしている。
「そうか。アークエンジェルだったか。合流できそうなら、例の計画も――」
秘書の女性が大統領の耳元に口を寄せたことで、大統領は言葉を切った。。
「地球軍が不穏な動きをしています」
大統領は頭を左右に振って、肩をすくめる。
「地球軍は随分余裕があるんだね」
「ザフトの気を引くということで、無茶な作戦をさせるそうです」
アークエンジェルが登場したことで、宇宙のザフト軍の動きが変わったという。
そこに着目して、地球軍の上層部はアークエンジェルを実戦投入しようと考えていた。
せっかく作った戦艦が、しょうもないことで消費されるのは大統領としても容認できない。
「それは困った。今から介入は――無理そうだな。ハルバートン提督にコンタクトは?」
秘書の女性は小さく頷く。
「軍が軍のために動いていれば、それはもうただの暴力装置だ」
地球連合軍は多数の国の軍隊から、成り立っている。そのため一国の主導者の言葉などまるで届かない。
太平洋連邦軍の作戦ならば、大統領のサインがなければ作戦は遂行できないのである。
が、地球連合軍は軍首脳部の判断で作戦が遂行できてしまう。太平洋連邦の大統領だろうが、ユーラシア連邦の大統領だろうが、作戦に反対することができない。
「シビリアンコントロールができないのが、おかしいのだ」
軍隊設立時に各国が上手く出し抜かれてしまった。
なんとか変えようにも、各国の足並みが揃わない。それどころか異論を唱えれば親プラントと見なされ、南アメリカ合衆国はそれで連合軍に武力で併合されてしまっている。
表向きは太平洋連邦に併合という形になっているが、南アメリカ合衆国の主導権を握っているのは、地球連合軍だ。
新兵器の開発などは、アマゾンという自然を隠れ蓑に推し進めていた。
アマゾンは両軍にとって不可侵の領域。ザフトが手を出さないと知って、地球軍はそれを利用していたる。
もちろん太平洋連邦の大統領は、そんなことを許可した覚えはない。
「今は文句を言ってもしょうがない。打てる手は打っておこう」
アークエンジェルのレクリエーションルームでは、多くの人が笑みを浮かべていた。
ラクスのライブを聞いて、避難民はもちろん休憩のついでに参加していた地球軍の兵士、通りがかった兵士たちも笑顔となっている。
そんな中にキラはいない。現在彼はストライクのコックピットにいた。
モビルスーツのハンガーづてに、コジロー・マードックとソウマ・カガがストライクに近づく。
「おっ。やってるな」
「ご苦労なこって」
コジローとソウマは、それぞれコックピットで作業をしているキラに、声をかける。
「なんです?」
「ライブには行かなかったのか?」
「そうですね。言われたパラメータの変更を――これってもう必要ないですか?」
これから先遣隊と合流するならば、コーディネイターように調整する必要はない。
そこに気づいてキラの手が止まる。
「やっておけ。第八艦隊に合流するまではお前の機体だ。なんなら、その後志願してくれてもいいんだぜ」
「冗談はやめてくれよ親方。俺たちはオーブのいたいけな市民だぜ」
すかさずソウマが口を挟む。
「俺の願望だよ。坊主にならストライクを任せられるってな」
コジローは豪快に笑いながら、別の作業へと向かう。
「冗談じゃない」
キラは小さく言ったが、ソウマはそれを聞き逃さない。
「そうだな。冗談じゃない。ちょっと親しくなったくらいで、戦場に立てるかっての。面と向かって言ってやればいいのに」
「言わないでくださいよ。こじれたくないし」
「わかるよ。フレイのことだけでもうんざりだしな」
「そんなんじゃ」
「あ、もしかしてお前フレイのこと好きなの?」
「そ、そんなんじゃ、ありませんよ」
「顔に書いてるよ」
ソウマ面白おかしそうに笑うが、すぐに素面に戻る。
「こいつを整備していて思うけど、よく動かしてくれてるよ。本当にありがとうなキラ」
「そんな」
彼は自嘲する。自分だと後ろで震えることしかできないと。
キラを危険な目にあわせているとわかりながらも、戦争が怖くて安全なところで願うことしかできないのだ。
そんな話を聞かされて、キラも何かを言いかけて言葉が浮かばない。
「そんなことないって、言えればいいんですけどね」
「だよなぁ~。それが普通だよな。怖くて人殺しもしなくちゃならんとか」
キラは自身の右手を見下ろす。脳裏に浮かぶのは長距離偵察型のジンを撃ち抜いた時だ。
「おまけに自分の命も賭けなくちゃならん」
「嫌なことばかりですよ」
「おっ。愚痴るようになったな」
「すいません」
ソウマは笑う。
「聞けて嬉しいよ。俺はお前さんのこと好きだからさ、死んでほしくないんだ。お互いオーブに帰ろうぜ。それまで、もう少しだけ辛抱してくれ」
「やってみますね」
「おう、やってみせろ」
そこでキラは整備のことで思い出す。ストライクの整備を手伝ってほしいと彼に言うと、二つ返事で応じてくれた。
二人はしばらくストライクをいじる。今度はソウマが何かを思い出したように声を出す。
「どうしてライブ行かなかったんだ? フレイに気遣って?」
「違います。なんだか、そんな気になれなくて、ストライクをいじっていたいっていうか」
「ワークホリック的な?」
「怖いのかも」
「そりゃあ重症だ。さっさと終わらせてトランプで勝負しようぜ」
キラは心底嫌そうな顔をした。
「えー。イカサマするじゃん」
「イカサマはバレなきゃイカサマじゃないのよ」
「バレてますよ」
「トールには言うなよ」
悪戯を思いついたような笑みを浮かべるソウマ。
「あー。こんなところにいたー」
「げっ」
「げっ! ってなんですか! ソウマ先輩」
そこに現れたのはミコト・ミークとムウ・ラ・フラガだ。
ミコトは軽食を手に、キラとソウマに手渡す。
アルミホイルに巻かれたものを取り出すと、中からはおにぎりが出てくる。
「なにこれ?」
「おにぎりですよ。知らないんですか? ソウマ先輩」
ソウマはいかにも胡散臭いと、にぎられた白米をわざとらしく遠ざける。
ムウは会話が一段落したと見て口を開く。
「軍人みたいな真似。してんじゃないよ」
「今は軍人みたいなもんでしょうよ」
すかさずソウマが文句を垂れる。ムウはそれを嬉しそうに聞き入れた。
「そうだけどさ。それだと俺が立つ瀬ないでしょうよ」
「そういう大尉はライブ参加してたんですか?」
「そうだよ。お前らがいないって気づいて、慌ててこっちに来たの」
ムウもミコトもライブには参加していたが、途中でキラとソウマがいないことに気づいたのだ。
それで途中で抜け出したのである。今頃はラクスと避難民の交流をしている頃だろうと彼は言う。
それを聞いたキラは安心する。ラクスも他の人と話したがっていた。それが叶ったのだ。後は他の人と食事を一緒にできればよいのだろうが、それはまた別の問題が出てしまう。
(彼女は敵国の人かもしれない。でも、彼女は僕らの敵なのか?)
胸中そんなことを思ったが、すぐにその疑問をキラは否定した。
そんな見方をすれば、自分もこのアークエンジェル。ひいては地球軍にとっては敵である。
なにせ彼はコーディネイターなのだ。
――裏切り者のコーディネイター。
(違う。僕は――)
脳裏にアスランと最後に別れた日の顔が過る。
「全く俺としたことが、機体の整備に出遅れるなんて」
「大尉なのに」とソウマがいじる。
「言うなって」
そこまで何も言わないキラに、二人の視線が向く。
「えっと、ライブどうでした?」
二人は顔を見合わせると「そうじゃないんだよなぁ」と項垂れる。
「もっとこう愚――」
「それよりキラさん。おにぎり食べてください。愛情込めてにぎりましたぁ」
会話に入れなかったミコトは、強引に割り込む。
「あ、ありがとう。具は?」
「私の愛情です」
「ないならないで、ないって言えよ」
「先輩には何も入ってないです」
「地球軍の艦隊の先に未確認の戦艦。数はいち」
「熱紋パターン。足つきです」
その報告を受けたアデスは、驚きつつも不敵に笑う。
「さすが隊長」
「では手はず通り、プランAで行く」
パイロットの待機室では、ミゲルたちが気炎の雄叫びをあげる。
「いくぞお前達。勢い余って隊長の立てた作戦をおじゃんにするなよ」
暫定的にミゲルがモビルスーツ部隊の指揮を執る。
彼らは号令とともに待機室を飛び出す。
「アスラン。新型の性能。見せてくれよな」
「俺もイージスみたいなの乗りたい」
「モノアイじゃない機体に?」
新たに補充されたザフトの兵の二人は、アスランにそう言って鼓舞する。
「おいおい。アスランが張り切り過ぎちゃうと、作戦が失敗するんだぞ」
ミゲルは少し抑えるように言う。
「念の為、アスランを最後に出すのは?」
「それがいいな」
まずオロールが出撃。ついで新入りたち、マシュー、ミゲル。そして最後にアスランの順で出撃。
ミゲルのジンとアスランのイージスは、あっという間に先行したジンたちに追いつく。
Eジャマーを展開されたことで、追撃を受けていたことに気づいた地球軍の、モビルアーマーの発進は遅い。
ミゲルらは、発進するモビルアーマーを見過ごして陣形を整える。
ザフトの部隊がそのまま突撃してこなかったことに、コープマン大佐は内心してやられたと歯噛みする。
「バーナードとローに打電、第一種戦闘配備。モビルアーマー全機発進」
コープマン大佐の乗るモントゴメリのブリッジが慌ただしくなる。
艦隊の指揮官は命令を続けていく。
「アークエンジェルに打電。ランデブーは中止。反転離脱せよと命じろ」
「何を言っているんだ! まだ負けてないじゃないか! アークエンジェルに来てもらおう!」
「――アルスター事務次官。ノーマルスーツの着用を」
「何を言って……」
まだ敵艦と接敵したわけではない。十分距離もある。だから、ジョージ・アルスターは大丈夫だと思ったのだ。
素人目には、そう映る。しかし、コープマン大佐は冷徹に残酷な結末を確信していた。
それを言うと、軍人ではない事務次官が混乱し艦隊の士気に大きく影響する。
コープマン大佐の言わんとしたことを、肌で感じたブリッジ要員はノーマルスーツを素早く着用。
そして努めて冷静に、艦内放送でノーマルスーツ着用を命じる。
物々しい雰囲気に、ジョージ・アルスターは口をパクパクとすることしかできない。
(アークエンジェルが逃げる時間は稼ぐ)
コープマン大佐の艦隊が戦闘を開始したのを、アークエンジェルも確認していた。
「ジャミング? どうなっているの?」
「モントゴメリの後方。ナスカ級いち」
「モントゴメリより打電。ランデブーは中止、アークエンジェルは離脱せよ。とのことです」
マリューは息を呑む。
遠目ではあるが相手の奇襲は成功しているようには見えなかった。
「ジンの数、五。待ってください!」
トノムラ伍長に声に、ブリッジに緊張が走る。
「熱紋パターン称号。イージスです!」
「あの……ナスカ級なの?」
「艦長。敵は奇襲を失敗しているように見受けられます。今から最大船速で行けば間に合います」
ナタルの提案にマリューも頷く。
相手はモントゴメリらの艦隊に、大きな損傷を与えられていない。
発進した友軍の数も十分だ。今から合流すればまだ間に合うように思えたのだ。
『待て待て。コープマン大佐の命令を、無視するのか?』
艦内の通信越しに聞いていたムウが異論を述べる。
彼は嫌な予感を覚えており、命令に従うべきじゃないのかと思っていた。
「フラガ大尉。ですが、相手は奇襲を失敗しているように見受けられます」
「それに、ようやく第八艦隊と合流できるチャンスですから」
『――わかった。助けに行こう』
ムウは自分の中にあった嫌な予感を無視する。
更衣室に向かう途中、メアリーと合流になった。
「応援に向かうのですか?」
「不服そうだね」
「はい。なんだか嫌な予感がしていて」
ムウは僅かに顔を強張らせた。
今から言うにしても遅い。艦内の振動から、機関が最大になったことはわかる。今から制動をかけて離脱するにしても遅い。
「フラガ大尉。遅いですよ」
「ジェイク。早く着替えろ。キラはもう行ったぞ」
「わかってるって。あいつにばっか良い格好させられないっての」
キラはパイロットスーツを着用して、格納庫に向かっていた。
そこにフレイが突如飛び出す。
「あ? え? ど、うしたの?」
「キラ助けて。コーディネイターなんでしょ。パパ! パパが、パパを助けてよ!」
キラはサイから、フレイの父親がいることを聞かされている。それを思い出し、内心納得した。
自分の父親が死ぬかもしれない。同じ立場だったらどうしただろう。何より彼はまだ彼女のことが嫌いになってはいなかった。
良い格好を見せたい。コーディネイターのことを良く思ってほしい。そんな思いから、キラは口を開ける。
「僕たちも今から向かうから――」
「何やってんだキラ。ストライクスタンバってるぞ」
ノーマルスーツを着用したソウマが割って入る。
「あ、うん」
「フレイも早く艦の中心部に行け」
「何よキラにお願いしているの」
「奇襲が失敗しているっぽいって話だ。大丈夫だよなキラ?」
「あ、うん」
キラは頷くと、ソウマに引っ張られるように格納庫へと向かう。
「都合の良いときだけ、お前に頼るのなアイツって言いたいけどさ」
「え?」
「俺達もお前におんぶに抱っこなんだよな」
キラは彼が下唇を噛んだのを見逃さなかった。
「すまん。またお前に頼る」
「あら? どちらに?」
二人の前にラクスが姿を見せる。彼らは驚きの声をあげる。
「ラ、ラクスさん? ど、どどどどうして?」
「なんで勝手に出てんの? え? またァ?」
「えと。これから戦闘なんです。その、部屋に」
「戻れるか?」
「はい」
「その。ごめんなさいラクスさんの国の人と……」
「キラ様――あまりご無理はなさらないよう」
ラクスはそっとキラの頬に手を添える。
「どうかご無事にお戻りください。わたくしのことはお気に病まないでくださいまし」
彼女は「では」と言うと、自室ではなくレクリエーションルームの方へと向かう。
ソウマはそれに気づいたが、誰かが連れて行くだろうと、忘れることにした。
「皮肉だな」
「なんで?」
「いや、ラクスって人が皮肉を言ったわけじゃない。この状況がだよ」
キラは口を開けたが、ソウマは答える気はないのか、先に言ってしまう。
このアークエンジェルの中で、一番キラの身を案じたのが、敵国のアイドルだった。
それがソウマには、皮肉に見えたのだ。
~続く~