艦これの世界に転生したって早期に気付くのは無理 作:アズレン提督
うち1人が転生者でチート能力を持っていると言ったな
空母龍驤の艦娘、松永一二三は必死の応戦を行っていた。
頭にあるのはただひとつ、やばい、と言う感情だけである。
戦闘の推移も極めて拙い状況だが、自分自身の状態も極めて拙い。
動きっぱなしでみしみし言っているはずの体がちっとも痛くない。
足元がふわふわしていて、波がまぁるく見えるし、波間をAのアルファベットがたくさん躍っている。
今何時なのかよく分からないし、暗いような気がするが、眩しいような気もする。
耳の奥で、い~しやぁ~きいもぉ~、と季節柄駆け寄りたくなるような売り文句が聞こえる。
端的に言って、龍驤は疲労と睡眠不足の極限で幻覚幻聴その他諸々がいっしょに襲ってきていた。
「(最後に寝たんいつやったっけ……4……いや、5……あ、2……? ええと……)」
4日ぶりの睡眠が2時間で終了とか、神経が高ぶり過ぎて1秒も眠れなかったとかよくある。
この1か月、龍驤の睡眠時間は20時間弱しかなかった。割と真剣に死んでないのがすごい。
その状態でも艦載機を操る冴えは欠片も鈍らない。
自分自身の操艦に加え、敵との相対関係、索敵に時刻管理とやることが多過ぎて手が回っていなくとも、だ。
本来は駆逐隊の護衛があるはずであり、単艦で戦闘をしているこの状況そのものがおかしい。
「(はら、へったなぁ……みんなうちに食べぇ食べぇ言うけど、そんな食えるわけないやん……なぁ)」
あとお腹もぺこぺこである。硫黄島は絶賛ガ島状態だ。ガ島と書いて、餓島と読むのだ。
あの輜重品に困らないはずのアメリカ軍ですらもが飢餓状態に陥っている。それほど深刻な状況だ。
沖縄に戻れない。それが硫黄島基地の飢餓の原因である。戻るまでに深海棲艦に襲撃されるのだ。
沖縄周辺、沖縄を超えたあたりに、大規模な深海棲艦の艦隊が存在する。
龍驤が護衛したところでどうにもならない、圧倒的に過ぎる戦力差が存在している。
米軍御自慢の空母打撃軍ですら物の役に立たない。あまりにも絶望的な状況だった。
「(うちの艦載機も、そろそろ、品切れやしな……はは……零戦がもうないとか、洒落にならんでほんま……)」
最初はあった零戦も既になく、もはや九六式艦戦しか残っていない。
零戦の時点で、敵の艦載機である深海猫艦戦とか言う変な名前の連中に性能で劣っているのに、だ。
「(うちもうあかんのかな……嫌や……うち、まだ死にたない……)」
頬を伝う雫。冷たい海風にさらわれて、それはそっと消えた。
体はまだ諦めていない。だが、もう心が折れそうだった。
今まで持ちこたえていたのが奇跡と言える状況だ。無理もない。
思考が悪い方向へと進み出そうとしたとき、空を切り裂く轟音が鳴り響いた。
「え……戦闘機?」
巨大なソレ。自身の操る艦載機とはまるで異なる形を持つそれは、自衛隊の保有するF4-EJ改だった。
ファントムライダーの駆るF-4は圧倒的な機動力で以て深海棲艦の艦載機に追随を許さない。
「あかん……! 無茶や! アメリカさんもろくに勝てへんのや! 無理やぁ!」
龍驤が悲痛な声を上げる。米軍は深海棲艦の艦載機に対する対処を、ほぼ不可能と結論付けていた。
相手が小さすぎて、応戦が不可能。こちらも負けはしないが、勝てもしない。致命的なまでのミスマッチがその均衡を創り出している。
深海棲艦の保有する武装の殆ど全てでスーパーホーネットは撃墜が不可能。まして、速度性能に差もあり過ぎる。
唯一運動性能だけは深海棲艦側が勝っているが、それも結局は速度性能に倍近い差があるために旋回半径が小さいだけだ。
しかし、スーパーホーネットの武装でも深海棲艦の撃墜は不可能。当たりさえすれば倒せることは、一部の熟練パイロットが為した成果で分かっている。
だが、当たらない。人間の手の平サイズの物体に的確に機銃を当てるなど、どだい無理な話なのだ。
「って、ええー!? 普通に落としとるがな!?」
が、ファントムライダーは当たり前のようにそれを叩き落した。
都合4機のファントムライダーは、飛行時間3000時間を超えるベテランである。
針の穴を通すような芸当も、機銃が言うことさえ聞けば実現して見せる。
しかし、さすがに的が小さすぎることもあり、無駄玉が多い。
いつもならイーグルドライバーを多くて10発程度で捻り潰しているのに、深海棲艦艦載機を1機落とすのに50発近く使用していた。
F-4EJ改に装備されたM61A1 20mmバルカン砲の装弾数は512発。10機の艦載機にしか対応できない計算だった。
「って言うか、いったいどこから……」
硫黄島に配備された航空機のほぼ全ては破壊され、今となっては航空基地とは名ばかりとなっている。
そもそも、基地で見た覚えのない戦闘機である。龍驤は戦闘機の類には詳しくなかった。
呆然と空を見上げる龍驤。そして、波を蹴立てて、ソイツは傍に並び立った。
「おまたせ。もう、大丈夫や」
海の上に立つ人。それは自分と同じ艦娘であることを意味する行為で。
手にした武装も、背負った艤装も、全てがピカピカの新品のようで。
けれど、その喪われた右腕と、あちこちに目立つ治療の痕跡が、激戦を潜り抜けた証明。
ついに、助けが来た。
その事実を理解した時、龍驤の眼には涙が溢れた。もうだめだと思っていた。
けれど、助けが来てくれた。日本は自分たちを見捨ててなんかいなかった。
戦闘機を突っ込ませるなんて無茶苦茶なことをしてまで、こうして助けに来てくれた。
「ああもう、そんな泣いたらあかんよ」
その、並び立った人。黒髪に黒目の、地味だけど整った顔立ちの少女は、龍驤の涙をそっとハンカチで拭った。
「まだ、敵がおる。終わったらいっぱい泣いたらええ。うちの膝とか胸やったらなんぼでも貸したるから、あともうちょい、気張りや」
「そやな……うん、そやな。それやったら、ええーと」
「黒潮や、よろしゅうな」
「そか。うちは龍驤や、よろしゅうな」
なんて関西弁で自己紹介を交わして、少し笑って、2人揃って空を見上げた。
「空はうちの領域や。全部、なんもかんも任せとき。そやから、海の上のこと、任せてええか?」
「ええよー。そう言うわけやから、天龍」
「おう」
もう1人いたのか、と龍驤が驚きながら、もう1人の艦娘に目を向ける。
黒潮よりもだいぶ体格のいい少女だ。手にはそれはそれは物騒な剣が握られている。
「うちは龍驤さんの護衛につくよってに、天龍は突っ込めや」
「おう! えっ。俺1人で!? 突っ込むの!?」
「そや、突っ込め。わかったか?」
「ほんとに!? 1人で!? え? あっちに突っ込むのか!?」
天龍の指し示す先には何もないように見えるが、艦載機を操る龍驤にはその先に敵編隊がいることが分かっている。
艦載機を操る深海棲艦が総計6体も存在する海域だ。護衛である水雷戦隊も存在しており、単騎で突っ込める場所ではない。
突っ込めば、突出してきている敵水雷戦隊10体ほどに捕捉されることになるだろう。
「さっきから言うてるやろ。突っ込めて。分かるか? 突っ込めって、言うてんの。分かったか?」
「死ぬ死ぬ死ぬ、死んじゃう。なぁ、俺死んじゃうよ黒潮!」
「突っ込めって言うてんのや! さっさといけや!」
「おまえ俺に死ねって言うのか!?」
「水雷戦隊なんやから突っ込むのは当たり前やろ。はよいけ」
「冗談だよな? 冗談だって言ってくれ」
「この状況で冗談言うわけないやろ。ごだごだ言うとらんと、突っ込めや」
「……おれ、くろしおにきらわれてたのかなぁ……」
「なに言うてんの、大好きやよ」
「そ、そうか? そうだよな……」
「そう言うわけやから、突っ込めや」
「結局突っ込ませるのかよ!?」
「なんべん言わせるんや! 突っ込め! 突っ込めって言うてんのや! 大丈夫や! 死なんから!」
「本当か!? 俺なら大丈夫なのか!?」
「ああ、大丈夫や! 死なんで!」
「そ、そうか。ちなみに、なんでだ?」
「大丈夫や! 死なんから!」
「根拠ねぇのかよぉおおお!!!」
「うっさいわ! さっさといけ!」
鬼のような指示を下す黒潮、それに抗おうとする天龍。
そのギャグ染みた光景に、思わず龍驤も笑う。
「いや、いや、突っ込ませたらあかんて。水雷戦隊が来とるからな。こん調子やったら接敵まで25分ってとこやろ」
「知っとるよ?」
「え? 知っとんの?」
「うん。そやから天龍、突っ込め」
「なんで敵いるってわかってんのに突っ込ませんだよ!?」
「敵がいるから突っ込ませるんやろ? なに言うてんの?」
「俺か? 俺がおかしいのか!? 突っ込んでも1隻2隻倒して終わりだぞ!?」
「誰がそこまで突っ込め言うたんや。あほの英雄志願も程々にしよし。会敵したら、足止め程度に打ち込んで、回避と防御に専念するんや。龍驤さんに水雷戦隊と戦わせるわけにいかんやろ」
「最初からそう言えよぉおおお!!!」
絶叫する天龍。ちなみに黒潮はわざとやっている。
遊んでいるヒマがあるわけではないが、天龍の緊張をほぐすにはちょうどいい。
剣道の大会の時などはいつもこの手のやり取りをしていた。
こういう、無茶な提案をして、それに硬直させた後、オチをつけて弛緩させる。
この時がいちばん天龍の調子がいい。結局突っ込ませなければならないなら、ベストコンディションにしてやる以外にできることはない。
航空母艦の援護をする都合上、対空火器のある黒潮がやらざるを得ないのだから、突っ込むのは必然的に天龍なのだ。
「ああもう! 倒すのに期待すんなよ! 足止めだけだかんな!」
「なんや、うちら安心させるために、倒してしまっても構わんのやろ? くらい言うたらええのに」
「出来るかバカ!」
「バカ言うことはないやろ! このバカ!」
「はぁ!? もう沸点が分からん! んじゃもういってくるからな!」
「はよいけ!」
「もうなんなんだよ!」
龍驤だけが、アホじゃなくてバカと言われたからキレたんだろうなぁ、と理解していた。
関西ではバカとアホには明確な差があるのだ。バカは純然たる罵倒で侮辱表現だ。アホはそこまで重くない。
「なんや、凸凹なコンビやなぁ」
「あんなやつ知らんわ!」
「あれまぁ。まぁ、緊張もええ感じにほぐれたわ。ほな、やるわ」
「ん。こっちは任せとき、龍驤さん」
「任せたわ」
そして、龍驤が艦載機の操作に意識を傾ける。
残る艦載機は九六式が27。
敵は、おそらく400機前後。全てが戦闘機ではないが、戦闘機数は100を軽く超えるだろう。
今までの戦闘である程度は落としているが、間違いなく100は残っている。
「楽勝やな」
にやりと、龍驤が嗤った。
なぜ1か月も持ち応えることが出来たのか。
たった1人の艦娘に、なにが出来たというのか。
その答えが、今から幕開ける。
戦闘機パイロットと言うのは、なぜかは分からないがやたらと勘に優れたやつがたまにいる。
直感力があるとか、野生の勘が発達しているとか、ゴリラであるとか、そう言った冗談交じりの表現はあれど、それは大抵が説明のできないものだ。
凄腕のファントムライダーらの中に、そう言った直感に優れた者が居るのは、そう不自然なことでもない。
そのファントムライダーは、空の中に突如としてゆがみが現れたような錯覚を覚えた。
周辺の光を捻じ曲げているかのような、そんな異常な錯覚だ。僚機がそれを感じた様子はない。
さらっと見えもしない僚機の様子を感じ取りながら、そのファントムライダーはソレを見やる。
それは直後、ファントムライダーの駆るF-4EJ改とすれ違うような形で空を駆けて往く。
白地に赤の日の丸を描いた国籍を示すマーク。友軍機だ。それは間違いなかった。
先ほどまで、果敢に孤軍奮闘を続けていた龍驤の艦載機だ。
同伴していた艦娘戦闘団の空母艦娘、鳳翔の艦載機は零戦。深緑の地を空で見間違えることはあり得ない。
レシプロ機とジェット機と言う差から、艦娘の操る艦載機パイロットの腕前を測ることは難しい。
だが、まるで、突如としてパイロットが入れ替わったような……。
そんな、異常なほどの差が生まれれば、誰だって分かろうもの。
いずれにせよ、空に現れた異常な存在が味方であることにファントムライダーは安堵した。
そのついでに、目の前を横切るような形になった深海棲艦の艦載機を適当に叩き落す。
「しかし、あれはなんだろうな……尾翼のマーク……」
艦娘の装備をまじまじと見たことは無いが、旧軍のそれを模したというにしては妙なこと。
龍驤の操る艦載機の尾翼にでかでかと描かれた、おそらくは個人識別のマーク。
陸軍航空隊でならともかく、海軍では許されなかったノーズアートの文化。
「リボン……か? 女の子らしいっちゃ、そうかもしれないな」
なんて、ファントムライダーは笑った。
これが、艦娘戦闘団の初陣。
そして、伝説の始まり。
鬼の黒潮、人斬り天龍、死神鳳翔、戦艦皐月。
そして、リボン付きの死神、龍驤。
空を舞う深海棲艦艦載機。24機の深海復讐艦攻。それに随伴する12機の深海猫艦戦。
それに挑むは、僅かに4機編成の九六式艦戦の飛行小隊。
艦上攻撃機と艦上戦闘機では航空戦に大きな戦闘力の差があるのは事実。
だが、性能の差は歴然としており、その数の差もあまりにも歴然としている。
多勢に無勢。必死に艦攻を落とそうとするうち、護衛戦闘機群に蹴散らされるのが必定。
その当然の予測を、龍驤操る戦闘機群はいとも容易く食い破った。
敵戦闘機群と会敵し、戦闘機群が護衛のため突出して九十六式とヘッドオン。
それと同時、7機の猫艦戦が瞬く間に叩き落された。ヘッドオンと同時に1射1殺、機首を振るって、さらにもう1機食い漁ったのだ。
チッ、と遥か下方、航空機の操作に集中する龍驤が舌打ちをする。本来なら8機食っているはずだったのだ。1機食い損ねた。
それに黒潮が不思議そうな顔をするも、空のことは分からないのでお任せしよ、と適当に流していた。
その最中、適当に機銃を放って上空の深海復讐艦攻をつまみ食いしていたのはナイショだ。既に4機食ってるのでつまみ食いのレベルを超えてきている。
「まぁええ。どうせもういっぺんマワるんやからな」
上空では強烈な軌道を描いて九六式が旋回、機体が空中分解する寸前の強引過ぎる軌道だ。
九六式の最高速は時速400キロに過ぎず、深海猫艦戦の有する時速600キロ近い速度は絶望的な差だ。
一撃離脱に持ち込まれれば面倒になる。巴戦と違ってこっちに突っ込んでくるまで時間かかるんだもん。
普通は絶対に勝てないのだが、勝つまでの時間が無駄になる、と言う絶対的強者の傲慢を平気で龍驤はまき散らしていた。
それを抱くことが許されるだけの暴力的な戦果を上げ続けて来たのだ。
たしかに、200機以上落とされて来た。
だが、1000機以上落としてやった。
龍驤の艦載機は7度に渡って全滅したが、敵艦載機も総入れ替えさせてやった。
戦闘初期、やはり同様に九六式だった龍驤だが、その時点で既に敵艦載機を400機以上食い荒らしていた。
龍驤の保有する24機の艦戦、9機の九七式艦攻、僅か5機の九九艦爆でその戦果を叩き出したのだ。
10倍以上の敵を容易に食い荒らす、圧倒的な空戦能力。それこそが龍驤の最大の特質。
恐るべきは、これが生まれ持った素質でしかないということだ。
5倍強化チートなどと言うものではない。生まれ持った天性の才能、天稟。
もしも時代が違えば、あるいは、今からでも自衛隊に入れば。
世界最強の女性パイロットと謳われたであろうほどの天性。
空を舞うために生まれて来たギフテッド。
リボン付きの死神はフリーハンドを得て、遂にその真価を発揮しだした。
巴戦に持ち込もうと旋回を仕掛けた猫艦戦が旋回を終えた九六式に一瞬で叩き落され、戦闘機群は全滅した。
そして、護衛を喪った復讐艦攻らは瞬く間に4機の九十六式に食いつくされた。
防弾装備の充実した大型の艦攻などはさすがに7.7mm機銃では厳しい……が、弱点はある。
人間のソレならばパイロットを狙撃するのがいちばん楽である。
そして、深海棲艦の場合、眼と思わしき場所こそが急所であるらしい。
そこに的確に射撃を叩き込めば、一撃で撃破可能だった。
「はん、食べ放題言うわけや。ほんなら、遠慮なく全部いただきますわ! うちはタダ言うんが大好きなんや!」
今まで溜めに溜めたフラストレーションを解放するように。
龍驤操る総数27機の九六式艦戦は圧倒的な猛威を振るい始めた。
深海棲艦の航空優勢が瞬く間に覆されて行く。
ファントムライダーと鳳翔の艦載機がフリーハンドを得始める。
空戦装備で出張って来たファントムライダーは出来ることがほぼなくなってしまったが。
そして、フリーハンドを得始めた頃には、鳳翔の艦載機はほぼ全滅していた。
アチャー、と鳳翔は思わず目を覆う。
だがしょうがないのだ。そもそも、零戦ですら性能不足は否めない強敵だらけなのだ。
九六式で互角を通り越して、一方的に敵を駆逐しだす龍驤がおかしいのである。
そのため、あまりにも悲惨な戦果に目を覆うのも仕方なかろうもの。
だが、鳳翔はすぐさま気を取り直すと、目を覆っていた手を下げる。
その、仄かな燐光を放つような、蒼い瞳は、既に敵軍の死を視ていた。
鳳翔は矢筒の矢を手に取ると、それを弓に番えた。
単なるカーボン製の、安物の矢。人間くらいなら殺せるが、猛獣は難しい。
深海棲艦に対してはあまりに無力なはずのそれを、鳳翔は明確に武器として捉えていた。
そして、ひょう、と空気を裂いて飛翔する音を立てて、それは深海棲艦ホ級の装甲へと突き立った。
弾かれて当然のハズのそれは突き刺さり……あまつさえ、ホ級はその一撃で崩れ落ちると、波間に没していった。
「フフ……いい気分ですね」
あり得ざる結果を叩き出して、それをごく自然に受け止めて。
鳳翔は次なる矢を手に取り、深海棲艦へとあまりにも明白な死を齎す矢を放つ。
また一隻、波間に没する深海棲艦。悲鳴も、破壊音もない。あまりにも静かな死。
それはまるで、ただ漠然と、死んだ、という結果だけが強制的に塗り込まれているかのようで。
くすくすと笑いながら、鳳翔は矢を放つ。
そのたびに、死がまき散らされる。
あまりにも理不尽で、あまりにも死に似付かわしい。
突如として襲い来る、理不尽そのもの。それこそが、死。
どれほどに強そうな者でも、どんなに死ななそうな者でも、死ぬのだ。
あらゆる生あるものの辿り着く先は死である。それは実に正しいことなのだ。
理由などなく、意味などなく、ただ、いつかは死ぬ。
そのあまりにも残酷過ぎる真理を、鳳翔はひたすらにまき散らす。
「だって、私のこの蒼い瞳が……地獄にいるあなたたちを、既に見ているのですから」
死だ。
死そのものがそこにある。
死を運ぶ蒼い瞳が、爛々と払暁の海上に光っていた。
天龍は必死の孤軍奮闘を続けていた。
黒潮にひたすらに突っ込めと言われて突っ込んだからだ。
あいつあとで絶対にシメる。
「くそったれ! なんか奢らせねーとわりに合わねーぞ!」
手にしたよく分からん剣を振るいながら天龍は悪態を吐く。
目の前にいる……す、すい、なんたらせんかん? とか言うのとの戦いは必死だ。
なんでみんなあそこまで戦いに適応できてるのか、天龍には全く分からない。
今こうやって、剣で敵の砲弾を弾き飛ばすのだって、凄く必死でやってるのだ。
黒潮なら絶対に片手間で弾くだろうと確信している天龍としては、全神経を集中させてようやくの自分が情けない限りだ。
無論、黒潮に対して、砲弾くらい片手間で弾けるんだろ? と問いかければ「できるわけないやろ」と真顔で返答される。
25倍の認識速度があれば、砲弾の軌道を見切って回避するくらいは可能だ。実際に今まで避けている。
だが、弾くのが可能かと言われれば、まず体の強度的に無理である。
天龍の剣を使えば可能かもしれないが、的確に弾き飛ばすなど無理だ。絶対に強引に弾くことになる。
それをさらりと実現してのけている時点で、天龍は十分におかしい戦闘力を持っていた。
常軌を逸した戦闘力を持つ黒川潮と言う少女に、必死で追い付こうと努力を重ね続けた龍田川天音と言う少女は、天才だった。
産まれる時代さえ違えば、最強の剣豪と呼ばれただろうほどの天稟を持っていた。
剣一つで身を立てることも出来ただろう。ことによれば、国一つを持つに至ってもいただろう。
だが、どれほどの栄華を極めても。どれほど無窮の境地に至ろうとしても。
黒川潮と言う異常な存在が居た龍田川天音こそが、最強の龍田川天音だ。
剣理の極限に挑み続けたその剣技は砲弾をいとも容易く捌き切り。
そして、振るえばその一刀は森羅万象一切を切り裂く魔技となった。
重巡リ級を唐竹に叩き切り、どこから出てきたのかタ級の首を刎ね飛ばし。
生き延びることを最優先に、と言う割に殺しまくりながら天龍はキレていた。
「次はどいつだ! てめーらがなにを企んでるか知らねぇが、潮の腕を台無しにしておいて赦してもらえると思うんじゃねえぞ!」
天龍、いや、龍田川天音と言う少女が幼馴染の黒川潮に抱く感情は複雑なものがある。
年下の可愛らしい幼馴染として大切に思う気持ちもある。
剣道を捨てて、ボクシングを取ったことを裏切られたと思う気持ちもある。
時々わけの分からないからかい方をされるのがむかつくこともある。
神に愛されたとしか思えない桁外れの素質を持つ肉体を羨む気持ちある。
肉体だけではなく勉強までできるなんてズルいと思う気持ちもある。
だが、潮は天才だ。間違いなく。
その才能を、右腕を、深海棲艦が奪った。それがどれほどの損失か。
1ファイトで1億円を稼ぐ、それほどの絶対的な女子チャンピオンにだってなっていただろう。
オリンピックに出場すれば、かならず金メダルを持ち帰って来る。
最強のボクサーになるはずだった。それを深海棲艦が奪った。
天音自身もそうだ。
左目を喪った。もう剣道はできない。
片目だけで剣道が出来ると思うほど天音は剣道をナメていない。
未来を奪われた。もう取り戻すこともできない。
「かかって来いよ! 寄って来ただけ死体の山を積んでやらぁ!」
剣理に則った殺人の利器の如く、天龍は猛り狂い、深海棲艦の命が散る。
血風は吹き止むことなく、海は赤く染まり逝く。
「みんな無事だよねっ!」
「ああ! ありがとう! 皐月ちゃん!」
「俺たちはもう大丈夫だ」
硫黄島基地へと到達した皐月は救命ボートを浜に乗り上げさせ、自衛官の無事を確認していた。
そして、皐月を出迎えたのは、硫黄島基地に駐留していた自衛官ら。
「艦娘戦闘団第一特別陸戦隊です」
空挺降下を行う彼らは艦娘戦闘団隷下の第一特別陸戦隊として扱われている。
艦娘のみんなは知らないことだが、特殊作戦群から最精鋭を選抜した選りすぐりのエリート集団である。
「硫黄島航空基地隊の、沢渡です」
応対したのは、白い制服姿の壮年の男性。
「この度は救援に駆け付けて頂き誠に感謝しております」
所属が異なるゆえか、あるいは民間人の皐月が居るからか、その壮年の男性の口調は丁寧で穏やかだった。
「大丈夫! みんなが戻って来るまでの間、ボクがこの島を守るよ!」
皐月がそう胸を張って宣言し、男性は微かに微笑んだと思うと、力強い表情を浮かべた。
「私たちは大丈夫です。ですので、皐月さんはどうか皆さんの救援に向かってください」
「え? でも、もし深海棲艦が来たら……」
「私たちは自衛官です。今も、海では戦っている人達が居ると思えば、ここにあなたを拘束するわけにはいかないでしょう」
それは、この国を守る仕事として自衛官を選び、その年に至るまで奉職し続けて来た者だからこそ言えたことだろうか。
たとえ、その仕事が正当に評価されなかったとしても、身を粉にして日本国民のために身を張り続けて来た者だからこそ。
その身に宿る自負と、自身に言い聞かせた信念がその言葉を言わせたのだろうか。
「なに、深海棲艦もそう易々とは上陸できませんし、艦砲射撃があっても、旧軍時代の遺構が役立ってくれます。何も問題はありません」
「で、でも」
「いざとなったらヘリでもなんでもぶつけてやりますよ。自衛隊は決して無力などではありません。ですから、安心して、ご友人のために向かわれてください、皐月さん」
「……うん。わかった!」
そうまで言われれば、皐月に否はなかった。
本当は、自分だって残りたかった。
けれど、それが作戦だったから。
自衛官の人たちを見殺しにできないから。
でも、その枷を取り払われたなら、今すぐにだって飛んで行きたい。
皐月は踵を返し、海原を見据える。その先には仲間たちが居る。
戦闘の状況はどうなっているだろうか。まるで何も分からない。
でも、仲間たちがそう簡単に死ぬわけが無いと信じている。
「いってきます! みんな、無事でいてね!」
その言葉に、自衛官たちが一糸乱れぬ敬礼を返した。
いつの間にか、浜辺にはたくさんの人がいた。
白い制服姿の自衛官のほかには、なんだか昔の映画で見た兵隊さんのような恰好をした人達もいる。
随分と古臭いような、懐かしいような。そんな姿をした人たちが居て、浜辺を埋め尽くさんばかりだ。
戦地に赴く少女を激励する以外になにも出来ないことに、誰もが泣きたいほどの悔しさを感じている。
それでも、その悔しさを見せず、ただその勇気に敬意を示していた。
「待ってて、みんな! ボクがすぐにいくから!」
皐月の家族はもういない。
1か月前の襲撃で、みんな死んだ。
もともと、家族と言える存在はいなかった。
孤児院前に捨てられていた赤ん坊、それが皐月だ。
孤児院で育ち、貧しい生活を送って来た。
無邪気な子供の悪意を受けながら育った。
孤児だからと言う理由だけで虐められてきた。
それでも、家族が居た。
孤児院の仲間たちが居た。
厳しいけど優しい先生たちが居た。
境遇なんて気にしない友達が居た。
そして、深海棲艦が全て奪った。
襲撃を受けて、みんなで避難先の小学校の体育館にいった。
そこで艦娘になった皐月は、みんなを守るために戦いに行った。
必死で戦い、自衛隊の助けも来て、もう大丈夫と体育館に伝えに行って。
そこに、みんなが待っているはずだった。
家族と、先生と、大切な友達がいるはずだった。
ちいさくて、ささやかで、つつましやかな……。
けれど、胸が温かくなるような、しあわせが待っているはずだった。
だが、皐月を待っていたのは。
絶望と殺戮がまき散らされた、地獄だった。
もう嫌だった。眼の前でだれかが死ぬのも、知らないところでだれかが死ぬのも。
どうして人が殺されなければいけないのか。
なぜ自分より小さかった弟妹が死ななければいけなかったのか。
なんで、自分だけが生き残ったのか。
命はどんなものより大切で、地球よりも重いものじゃなかったの?
深海棲艦はなんで理不尽に人の幸せと命を奪っていくの?
ボクは戦う力があったのに、なんでみんなを守れなかったの?
ぐるぐると考え込んで、いっぱい泣いて、それでも、戦うと決めた。
もう嫌だったから。自分みたいな人が、居てほしくなかったから。
理不尽になにもかもを奪われて、涙を流す人がいてほしくなかったから。
だから、艦娘戦闘団で戦うと決めた。みんなを守ると誓って、戦いに来た。
そして、そこには仲間が居た。
誰よりも強く、誰よりもたくさんの人を救った黒潮が、それでも守れなかったと、泣いていた。
自分と全く同じ想いを抱いて、泣いていた。
たくさんの人が、その思いに呼応して、戦うと決めた。
誰も理不尽に命を奪われない明日が欲しい。
みんな笑って、みんな生きている。そんな最高のハッピーエンドが欲しい。
それはもう、皐月には叶わない夢だけど。それでも、その夢を見ていたかった。
黒潮の叫んだ、儚くも尊い夢は、皐月の夢になった。
皐月の夢は黒潮だ。そう叫び、戦う人が居ると知れば、勇気が湧いてくる。
自分は1人じゃないって、そうわかる。
だから、絶対に死なせない。
たった4人で戦場に残った艦娘の仲間を、死なせない。
もう誰も死んでほしくないのは、仲間たちもだ。
自分の夢になった黒潮。ちょっと怖そうだけど、面倒見のいいお姉さんのような天龍。
まるで、お母さんみたいに優しい、鳳翔。そして、まだ話したこともない龍驤がいる。
「もう、誰も死なせない! 守るんだ! ボクがみんなを守るんだぁぁぁ――――!」
蹴立てる波は大きく、まるで津波と見紛うばかりの大きさとなって。
戦場まで、約160キロメートル。
「ボクなら、30分でいける!」
それが大言壮語などではないと証明するように、皐月は風になった。
砲弾ですらも追い付けない、海上を弾丸の如く駆け抜ける。
それは適性の暴力。
艤装には適性が存在する。それが無ければ艤装を動かすことすら叶わない。
選ばれた6人の艦娘は、極めて高い適性を持つ6人。その中で、頂点に座す者。
これ以上の才覚を持つ者などあり得ない。夢のまた夢が形となった存在。ミス・ドリーム、それが皐月だ。
1あれば起動が叶う。
10あれば同格の深海棲艦を圧倒する。
100あれば同格の深海棲艦を容易く薙ぎ倒し。
1000あれば格上ですら圧倒する。
全員が最低でも1000の適性を持った艦娘たちの中でも、頂点に座す。
最も低い黒潮ですら1142と言う桁外れの適性を持つ中で、次元の違う才覚。
121万6452。
それが皐月の適性値。駆逐艦でありながら、戦艦を片手間で捻り潰し得る力を発揮する暴力的な才能。
彼女こそが、この艦隊の最高戦力だ。
転生者じゃないけどチートを持っていないとは言っていないな
卑怯とは言うまいね?