そこで流れたのはオグリキャップとシンボリルドルフのキスシーンだった。
見に覚えのないオグリキャップに対し、なぜか頑なにキスはしたと言うシンボリルドルフ。
一体なぜシンボリルドルフはキスをしたと言い張るのか?その狙いは?
みたいなミステリです。
初期PVを見たことがあると、よりわかりやすいかなと思います。(下に貼ってあります)
面白い()ですし、90秒程度なので、ぜひ見てみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=HYrVKLBhitE
ある日、トレセン学園生専用サイトにて、前々から告知されていたPVが上がった。
それは多くの者に衝撃を与えた。
もちろんPVの出来が良かったのはあるが、特にそのうちのワンシーン。
『葦毛の怪物』オグリキャップと『皇帝』シンボリルドルフ。
学園内で人気を二分するふたりの、キスシーンだった……
1.
PVがアップロードされた日、学園内ではその話でもちきりになっていた。
「おお! オグリ! 見たでPV。突然会長とアイススケート始めたと思たら、キスするんやもんなあ! いろいろカオスで笑ってもうたで!」
そうオグリキャップに話しかけたのは、彼女の同室のタマモクロスであった。
オグリキャップの表情は険しい。タマモクロスが続ける。
「まあ照れんなやオグリ! それよりいつ撮影したんや? アイススケート場なんてこの辺あったかなあ? あ、それとも……」
「タマ」
オグリキャップがタマモクロスの言葉を遮る。その雰囲気にタマモクロスは普段と違うものを感じる。オグリキャップの次の言葉を待つ。
「……知らないんだ……」
オグリキャップは消え入るような声で言った。
「知らない?」
タマモクロスが聞き返すと、オグリキャップは虚空を見つめたまま、次のように言った。
「知らないんだ。私はあんな映像知らない。撮影もしてない。もちろん……その……キスもしてないんだ」
2.
トゥインクルシリーズPV。それは毎年この時期に発表される、トレセン学園の中でも指折りの人気ウマ娘たちを集めて作成するPVである。
前々から告知はされていて、そこにはシンボリルドルフ、オグリキャップ以外にも、ナリタブライアン、サイレンススズカ、マルゼンスキーなどそうそうたる面子が招集されていた。
ちなみに選ばれなかったタマモクロスは若干腹を立てていた。
しかし今年に限っては、撮影されたという話は聞こえてこなかった。もしかして今年はないのか?と思われたところで、突然告知されアップロードされたのである。
「イナリ、どう思う?」
今朝の話を受けてタマモクロスはイナリワンに尋ねる。
「どうってそりゃあいいことではねえわな」
でもまあ、とイナリワンは続ける。
「オグリのやつはPV出演に許諾はしていた。今回のはおそらく合成か何かだとは思うが、承諾書にそういうのを作っていいって書いてたんじゃねえか?」
タマモクロスもうなづく。
「そう考えるのが妥当や。今回のPV、キスシーンがあったとはいえ、全体的には過激なものだったり、イメージを損なうものでもなかった。オグリのキスシーンも一応光で隠れてたしな」
「オグリがどうしてもあのシーンを差し替えてほしいとなったら、誰か別の人に差し替えてもらえばいいんじゃねえか。どうせ合成だろうしよ」
タマモクロスもイナリワンと大体同じ意見であった。
「そうやな。それくらい訳ないか」
とりあえずはそのような結論に至って、この話は終わりとなった。
……はずだった。しかし翌日衝撃のニュースが飛び込んでくるのである。
「なんだ……これは……」
オグリキャップは朝トレセン新聞を読んで固まっていた。トレセン新聞とは、レースのことから、トレセン学園のゴシップまであらゆるものを取り扱う学内新聞のことである。作っているのは新聞部だ。
「どうしたオグリ? そんなにショック受けて。あ、わかったで! 食堂閉鎖とかやろ!」
タマモクロスが軽口を叩きながらその記事を読むと……
「なんや……これは……」
オグリキャップと全く同じ反応をしてしまう。それはシンボリルドルフがPVについてインタビューを受けた記事で、でかでかとこう書いてあった。
『キスか……ふふ……したよ』
3.
その記事を要約すると次のようになる。PV撮影に挑むことになったシンボリルドルフとオグリキャップ。ふたりともアイススケートなどやったこともなく、最初は途方に暮れたが、1日スケートリンクを貸し切ったという話を聞いて覚悟を決める。ほとんど休まず練習し続けることでなんとか最後は成功させることができた。そしてキスシーンについてだが、「フリ」ではあるが確かにした、と書かれていた。
「……おいオグリ。これは直接聞きに行くしかないで」
タマモクロスはシンボリルドルフの元へ乗り込むつもりであった。それはこの一件に何やらきな臭さを感じたからだ。それだけではない。彼女は怒っていた。親友が勝手に常識はずれなPVに使われた上、あまりにも彼女の気持ちを軽視しすぎている。むしろこちらの方が大きな理由だった。
「ああ。行こうタマ」
オグリキャップもまたシンボリルドルフと話がしたいと思っていた。彼女の知るシンボリルドルフはこんなことはしない、という思いがあった。そのイメージの解離に何か理由があると思ったからだ。
ふたりはその勢いのまま、シンボリルドルフのいる生徒会室へ向かう。
4.
生徒会室には、会長シンボリルドルフだけではなく、副会長のエアグルーヴ、ナリタブライアンもいた。
「どうしたんだ? そんな顔して。お茶でも入れるからふたりとも落ち着いたらどうだ」
いつもと雰囲気の変わらないシンボリルドルフに、まずオグリキャップが切り込む。
「お茶はいらない。お茶菓子があるなら欲しい。会長、この記事は何なんだ? なぜこんな嘘をついたんだ?」
だがシンボリルドルフの余裕は崩れない。
「嘘? 何のことだ? 私たちふたりはアイススケートをしたじゃないか。……そしてキスも」
オグリキャップの顔が赤くなる。
「そ、そんなことしていない!」
「ふふ。どうかな。君が忘れているだけじゃないか? ……まあ君がどうしても、というなら顔の部分だけ差し替えてもいい。まだ本発表前だからな」
シンボリルドルフに押されるオグリキャップを見かねて、タマモクロスが反撃に出る。
「おお会長。えらい余裕やんか。撮影をしたってことは、撮影日の記録も残ってるってことやろ? 教えてくれや。隠すことでもないはずやろ」
しかしなおもシンボリルドルフは悠然としている。
「ああ、それならスケジュール帳に書いてある。……エアグルーヴ」
「はい」
エアグルーヴが日誌を持ってくる。そこには確かに撮影日が記載されていた。
「……この日にオグリが撮影に来た証拠は当然あるんやろな」
タマモクロスが問いかけるが……
「逆に聞くがオグリキャップが来なかった証拠はあるのかな? 私の記憶が正しければ、その日のオグリキャップはオフだったはずだが」
白々しい。オグリキャップがオフの日を探して、その日に撮影を行ったことにしたに違いない。タマモクロスはそう思ったが証拠がないこともわかっている。
「……そっちがその気なら、こっちだって容赦はせん。徹底的に調べてやるから、覚悟しい」
「ふふ……楽しみにしているよ」
タマモクロスとオグリキャップは生徒会室を出る。シンボリルドルフは不敵な笑みを浮かべていた。
5.
「会長はあくまでしらを切りとおすってことか」
イナリワンがふたりの話を聞いて答える。
「まず考えるべきは会長の狙いだな。会長はどうしてもスケートリンクでオグリと撮影したと言い張りたいように見える。いったいなぜだ? それを考えれば、真実は見えてくるはずだ」
タマモクロスとオグリキャップがうなづく。
スケートリンク、か。最初にあのPVを見て思ったことは、この近くのどこにスケートリンクがあったかな、ということだった。タマモクロスは考える。スケートリンク。貸し切り。実際は撮影してない。……まさか……
「もしかして生徒会は、不正に予算をもらってるんとちゃうか……?」
タマモクロスがそういうと、イナリワンがうなづく。オグリキャップはピンときていないようだ。
「どういうことだ?」
オグリキャップの疑問をイナリワンが受ける。
「つまり、だ。生徒会は、スケートリンクを貸し切ってPV撮影をすると言って、学園から金を引き出した。だが実際はそれを行わず、その分のレンタル代や機材費を丸々プールしたってことさ」
オグリキャップが顔を曇らせる。
「……それってかなりまずいことなんじゃないのか?」
タマモクロスが答える。
「まずいなんてものやあらへん。……下手したら犯罪や」
6.
三人が口をつぐむ。沈黙を破ったのはイナリワンだった。
「これを確かめるためには、予算の申請書があればいい。そこに書いてあるスケートリンクに問い合わせれば、本当にスケートリンクを使ったかはっきりするはずだ」
「だけどどうするんや?」
タマモクロスが尋ねる。
「予算の申請書なんて、生徒会室に厳重に保管してあってそう簡単には見れないはずや。それに今日生徒会に行って感じたことやが、おそらく会長の単独犯行やあらへん。エアグルーヴとブライアンもグルや」
そう、予算申請書が見たいと思っても、まず生徒会室に入れない。また入れたとしても書類の場所など全くわからない。それで見つけるというのは至難の業だ。そもそもシンボリルドルフの前でタマモクロスはあれだけの大見栄を切った。生徒会はタマモクロスやそれに近しい人を警戒しているはず。書類を盗み出すというのは不可能に近い。
だが、イナリワンがニヤリと笑う。
「あたしに考えがある。生徒会役員じゃないが、生徒会室にいつも入り浸ってる変わり者がいるじゃねえか。あいつに頼むんだよ」
そうか。確かに彼女なら生徒会室に入ることもたやすいし、普段から手伝いもしているらしいから、書類の位置も把握してるかもしれない、とタマモクロスは思う。オグリキャップがその名を口にした。
「トウカイテイオーだな」
7.
トウカイテイオー。中等部一の天才との呼び声高いウマ娘。シンボリルドルフにあこがれてトレセン学園に入学した。それゆえ暇な放課後はいつもシンボリルドルフのいる生徒会でくつろいでおり、いまや生徒会室の風物詩となっていた。
休み時間、三人は中等部に向かう。
「テイオー、ちょっといいか」
オグリキャップがトウカイテイオーの教室の前で呼びかける。するととたんにクラス全体がざわつき始める。
無理もない。オグリキャップ、タマモクロス、イナリワンと言えば高等部の中でもかなりの強者として名をはせている。その三人がわざわざ中等部の教室まで来て呼び出しをかけているのだ。しかし当の本人はどこ吹く風で楽しそうに答える。
「オグリキャップじゃん! ボクになんか用? レースのお誘いなら大歓迎だよっ!」
4人は人気のないところまで移動する。タマモクロスが話を始めようとしたところで、トウカイテイオーが冗談めかして言う。
「なになに? こんなところまで連れてきて上級生三人で囲んじゃってさあ。変なことしたらカイチョーに言いつけちゃうもんね!」
食えないやつだ、とタマモクロスは思う。この状況でまったく萎縮していないどころか、何かあればすぐに生徒会に知らせる、と脅しをかけてきている。……まあ今回はまさにその生徒会の不正を暴こうというのだが。
「単刀直入に言う。生徒会室に忍び込んで、盗ってきてほしいものがある」
タマモクロスが言うと、ふんふんと言ってからトウカイテイオーが答える。
「それだけ言われてもボクは何もできないなあ」
事情を話せ、と言っているのだ。これは当然の反応だ。タマモクロスはこれまでのことをトウカイテイオーに話す。
シンボリルドルフは撮影をしたと言ったが、オグリキャップの身に覚えがないこと。それを直接問い詰めに言ったが、しらを切られたこと。そしてもしかしたら、生徒会は不正に予算を受け取っているかもしれないということ。
「……ということや。協力してくれ。テイオー」
「……なるほどね」
トウカイテイオーが何やらじっと考えている。その表情は真剣なものに切り替わっていた。そして少しの沈黙の後、彼女が口を開く。
「その話が本当なら、ボクは君たちに力を貸すよ。いくら会長のやることとはいえ、不正は絶対に許されない。でもね……」
トウカイテイオーが言いよどむ。それを見てイナリワンが続きを急かす。
「でも、なんだ? 何かあるのかい?」
トウカイテイオーがゆっくりと話し出す。言葉を選んでいるようだ。
「これはボクが会長のことが好きだから言うわけじゃないんだけど……
オグリキャップもまた、それをなんとなく感じていた。黙ってうなづく。
「会長はね、あくまで学園のルールを守って行動するんだ。それはルールの奴隷ってわけじゃない。ルールに納得がいかなければ、それを変えることから始めようとする。学園の許可さえ出てれば、そのギリギリまでためらいなく行く。その会長がルールを破って不正をするなんて考えづらいんだよ」
そうかもしれない。タマモクロスもしっくりきていた。そちらの方が自分のシンボリルドルフ像と合致する。その上自分よりも何倍もシンボリルドルフをよく知るトウカイテイオーがそれを言うのなら、きっとそうなのだろうと考える。
この時点でタマモクロスは、トウカイテイオーに予算申請書を盗ませるのはやめておこうと思った。盗ませても意味がないと考えたのだ。なにより……
(現状テイオーはウチらに残されたジョーカーや。それを勝算の薄いところに切るわけにはいかん)
そう、今回の事件はどれだけ正確に推理できたとしても、その証拠及びそれに準ずるものがなければ意味がない。そしてその証拠を手に入れられるとしたらトウカイテイオーしかいない。しかも一度やってしまえばそれ以降は警戒されて、絶対に成功しないだろう。トウカイテイオーを使うなら、ここぞの急所を突かなければならない。
そこまで考えたところでタマモクロスがトウカイテイオーに言う。実はこの作戦を思いついた時、どうしてもトウカイテイオーに言いたいことがあった。
「……わかった。とりあえず今は何もしないで待機しておいてくれ。だがもし、お前の手が必要になった時、協力してほしいんや」
トウカイテイオーが答える。
「もちろん! ボクに任せて!」
タマモクロスの体に若干力が入る。よし言うぞ! 今言うぞ! と思ったところで、
「頼んだぞ! トウカイテイオー。いや、これはむしろカイトウ…怪盗テイオーだな!」
オグリキャップに先を越されてしまった。ウチが言いたかったのに! と思っていると、なぜか空気が凍っている。
「……オグリ。そりゃねえぜ……」
「カイチョ―でもそんな寒いこと言わないよ……」
その後数瞬遅れて、いやしょーもないボケすんなやー! とつっこんだものの、少し傷ついたタマモクロスだった。
8.
数学の授業中タマモクロスは考えていた。何を? と聞かれれば、何を考えるかを考えていたのである。
(今回の事件の推理は白紙に戻った。今何を怪しんでいいのかわからへん。一体何について考えればいいんや)
「……であるからして加法定理を次のように変形すると」
授業は三角関数についてやっていた。意味不明な加法定理を無理やり暗記したのも束の間、もう次の単元に入っている。
「……とこのようにすることで三角関数を合成することができます」
どうやら三角関数の合成に入ったらしい。その前に三角関数が一体何の役に立つのか教えてくれ、とタマモクロスは思う。……その時ふと頭に引っ掛かる言葉があった。
(……合成?)
タマモクロスの頭が急速に回り出す。
(そうや。ウチはスケートリンクは使わなかった、と考えてる。おそらくそれは正しい。じゃああのシーンはどうやって作られたものか。……合成や。ウチは合成なら何でもできると思い込んでた。でも、
タマモクロスの頭の中にあるウマ娘がヒットする。理系でいつもパソコンをいじってるウマ娘だった。
そんなタマモクロスを見て授業に集中していないと思ったのか、教師がタマモクロスを当てる。
「じゃあこの問題タマモクロス」
タマモクロスが勢いよく答える。
「はい! エアシャカールに聞いてきます!!」
9.
エアシャカール。見た目はガラの悪そうなヤンキーそのものだが、実はデータと論理を信じる頭脳派。彼女なら動画作成における合成や編集についても詳しいだろう。
「おお、シャカール! 相変わらずクマすごいで。ちゃんと寝とんか?」
「……うるせェ。用がないなら帰れ」
タマモクロスが話しかけると、信じられないほどそっけない反応を示すエアシャカール。一応ウチは先輩やで……と思いつつ話を続ける。
「用ならある。ちょっと聞きたいことがあるんや。なにほんの数分で終わる話や。付き合ってくれへんか?」
「無理。今忙しいンだ」
そう言われることを予想していたタマモクロスには、用意していた話があった。
「……なあシャカール。この前ファインと豚骨ラーメン豚〇双に飯食いに行ってたなあ……?」
エアシャカールの手が一瞬止まる。が、またパソコンを打ち出す。ファインというのはファインモーションというウマ娘のことで、エアシャカールの唯一と言ってもいい友人である。エアシャカールがファインモーションのことに関してだけ熱くなるのを、タマモクロスは知っていた。
「そこでファインのやつ濃厚スープの中に虫が入ってることに驚いて、卓上調味料を全部倒してたなあ……?」
エアシャカールの手が完全に止まり、タマモクロスをにらみつける。それを意に介さず、タマモクロスは話し続ける。
「それを怒りのあまりの行動だと勘違いされて、誠意のチャーシュー丼をもらってたよなあ……?」
「……何が言いてェ?」
エアシャカールがとうとうタマモクロスに問いかける。
「バラす。全部バラす。学園中にバラす。ファインを泣かす。明日のトレセン新聞の一面にしてもらう」
バキン! エアシャカールの手の中でマウスがひしゃげる。
「てめェ……そんなことしたらわかってンだろうな?」
「何も大金ゆすろうってわけじゃないで。ほんのちょっとお話しよって言ってるだけや♡」
エアシャカールはふぅーっとため息をついてから、タマモクロスに向き合う。
「なあ
「お前がウチの質問に答えてくれれば、それでもかまへんで」
異様な雰囲気のまま、ふたりの話が始まる。
10.
「まず前提として、あのPVはほとんど撮影は行われていない、つまり大半を合成で作ったものとして考えてくれ」
タマモクロスがそう言うと、エアシャカールは黙って聞いている。
「ウチが聞きたいのは1つや。その前提の上で、あのPVについてどう思うか教えてくれ。特に映像技術に関してな」
この質問に対して、少し考えてからエアシャカールが答える。
「あンたの話はにわかには信じがたい。あのPVは、正直CGとは思えねえほど精巧にできてる。だがあンたの言うことを前提とするなら、相当金がかかってることになるな。一からモデリングから始めて、言われてもCGだと確信が持てないほど人間に近づけるってのは至難の業だ」
やはりそうか。あの映像は素人のタマモクロスが見てもすごいものだと思っていた。いったいどれほどの金がかかっているのだろうか?
「あれは作ろうと思ったらいくらくらいかかるもんなんや? 何十万とかか?」
「はっきり言って想像がつかねェ。だが、数十万じゃ足りねえことは確かだ。数百万は堅いな」
数百万……! しかも場合によってはそれ以上かかる……? タマモクロスはあまりの金額にくらくらしたが、少なくとも会長の一存で払える金額ではないことだけは理解する。やはり学園が制作に関わっているのだ。
エアシャカールがさらに言う。
「あのクオリティは、PV1本とるためのものとはとても思えねェ。あれを作るのに数年単位でかかってるはずだ。それまでだって毎年PVは作られてたンだぜ?」
「来年以降もその技術を利用してPVを作るつもりなんじゃないんか?」
そうかもしれねェが、とエアシャカールが続ける。
「毎年のPVだけのためにそれだけの金と労力賭けるのは、あまりに非現実的だとオレは思うね」
これくらいでいいか? と言うエアシャカールに、ありがとさんと言ってその場を離れる。
謎は深まるばかりだ。
11.
(
だとするとその技術は何のために作られたものなのだろうか? それともこれまでのことが全部嘘で、オグリキャップが恥ずかしがって本当のことを言えないだけなのだろうか?
(いや、それはありえん)
オグリキャップはそのようなウマ娘ではない。
とうとう仲間を疑い出してしまった自分を戒めつつ、事件に関しては途方に暮れるタマモクロスの前を、
「青春デーイズ! 海に向かって走るぞぉー!」
爆速で走り抜けていく葦毛のウマ娘がいた。
そのウマ娘を見て、閃く。
(待てよ……それならありうるかもしれん!)
そう思うが否や、タマモクロスはそのウマ娘を追って走り出す。
走って、走って、走って、走って。
「……追いついたで。ちょっと止まれや」
追いつく。
「ほお……。アタシに追いつくとはなかなかやるじゃねえか」
「当たり前や。純粋な末脚勝負なら、会長が相手だろうが、オグリが相手だろうがウチは負けん」
そのウマ娘が走るのをやめたところで、タマモクロスが改めて話しかける。
「ちょっと話聞かせてもらうで……。
12.
その夜、タマモクロスはトウカイテイオーに電話をかける。
「待たせたなテイオー。盗ってきてもらうものが決まったで」
トウカイテイオーは黙って次の言葉を待っている。
「盗ってきてもらうものは、●●や」
「おっけー」
トウカイテイオーがあっさりと返事をする。
「おいおいいけるか? バレたら終わりやぞ」
と釘を刺すが、
「大丈夫大丈夫!」
トウカイテイオーは翌日の天気の話でもするかのように、軽やかに答える。
「怪盗テイオー様は絶対だよっ!」
最後にテイオーはそう言うと電話を切った。
なんやあいつ案外気に入っとったんかい。
そう思ってから、布団に入る。
タマモクロスは寝るまでに何度も自分の推理を反芻する。
明日が直接対決だ。
13
放課後、生徒会室。
すでに日は傾いており、夕日が生徒会室全体を照らしていた。
「やあ、待っていたよ。タマモクロス」
シンボリルドルフが、タマモクロスが入ってきて早々に言う。その表情には余裕が見える。
「なんや。ウチが来ること知ってたんか」
タマモクロスも薄笑いで返す。ここで動揺を悟られてはいけない。
「ふふ……どうだろうな。今はエアグルーヴもブライアンもいない。存分に推理を披露してくれ」
「奇遇やな。ウチも誰もつれてきてへん。……
「君の推理が正しければ、あるいはね」
「はは!間違いないわ。……ほな行くで」
14.
タマモクロスは落ち着くことなく、その勢いのまま話始める。
「今回の事件、ポイントは結局のところ1つや」
……しかしそれをシンボリルドルフはさえぎる。
「『
これはシンボリルドルフの戦略だ。相手の言うことをあらかじめ先回りすることでペースを握らせない。実際これによってタマモクロスの勢いも止まってしまった。
「……と思っていた」
かに思われた。シンボリルドルフの攻撃をかわし、タマモクロスの推理はより深いところまで進んでいく。
「ウチらはもっと根本から考えるべきやったんや。『なぜ撮影をしてないのに撮影をしたと言い張るのか』ということをバカ正直に考えるんやない。さらに一歩戻る。『
シンボリルドルフは黙っている。タマモクロスはそのまま続ける。
「詳しいやつに聞いたんや。あのPVで使われた技術は、あんなちゃちなPVのためだけに消費されていいもんやあらへん。逆に言えば、何かその技術を使うにふさわしいものがあって、その副産物としてあのPVができたんや」
タマモクロスが畳みかける。付け入る隙を与えない。
「この技術はみんなから望まれて生まれてきたはずなのに、それが花開く前に封印された」
シンボリルドルフの表情は普段と変わらないように見える。しかしその口元にわずかに歪みが生まれていることをタマモクロスは見逃さない。
確かに自分の推理が正しいことを確信する。
「
15.
VRウマレーター。それは秋川理事長の一存によってできたVRシミュレーターである。これは何年もの開発期間を経て、今年の夏に完成するはずだった。しかし完成したと思われたその日に事件は起こる。ゴールドシップの暴走により、VRウマレーターのプログラムは異常をきたし、危うく全ソフトウェアのリセットが必要となる事態となったのだ。プレイヤー1人の暴走によってそのような機械全体の危機が起きてしまうこと、またプレイヤーの安全面の配慮も足りなかったことが問題視され、開発をし直さなければならなくなった。そしてすぐに調整は終わるかと思われたが、何か月たってもいまだに終わっていない。
この一連の流れは、ゴールドシップがVRウマレーターをプレイしていた時に起動していたゲームにちなんで『ウマネスト事件』と名付けられ、トレセン学園の生徒の中では有名なものとなっている。
「ゴルシのやつにVRウマレーターについて色々聞いたで。VR世界は現実とほとんど変わりなくできていた。現実世界では走っているだけのはずなのに、VR世界ではいろんなアクションをすることができた。VRのキャラクターのモデリングは完璧だっただけでなく、VRウマレーターに一度も触れていないキングヘイローとセイウンスカイのモデリングも存在していた」
タマモクロスは話し続ける。
「この機械を使うことができたと考えれば、あのPVすべてのシーンを作り出すことができる」
雪山での練習。なぜか寮の部屋に飛び込んでくる雪。忍者のような走り方で他のウマ娘を抜いていく見たことのないウマ娘。そしてオグリキャップとシンボリルドルフのアイススケート。
しかしここでシンボリルドルフが反論する。
「なるほど。VRウマレーターが使えれば、それは可能だ。だが本当に使えたのか? あれは完成したと思われた日に3人だけ使用して、そのまま使用禁止になったんだぞ」
その通りだ。それがシンボリルドルフにとって最後の砦である。しかし同時に
「確かにトレセン学園内ではそういう風に言われてる。……でもそれが嘘だったとしたら?」
「……どういうことだ?」
タマモクロスがとうとうシンボリルドルフをとらえる。
「……会長、
16.
ふたりの間に緊張が走る。秋の日が落ちるのは早い。すでにあたりは昏くなってきていた。
「続けろ」
シンボリルドルフが悠然と言う。タマモクロスはそれに応える。
「あんたらの本来の計画はこうや。まずVRウマレーターの使用を公には禁止する。でもあれは、ゴルシが相当やばい使い方をしたから暴走したにすぎん。だから普通に使う分には何も問題なかったはずや。そこでVRウマレーターの安全プログラムを作るのに並行して、VRウマレーターを使ってPVを作っていった。そしてこのPVが発表される前に、VRウマレーターを完全なものにして、世間に発表する。その後PVを発表すれば、それはトゥインクルシリーズの紹介になるだけでなく、VRウマレーターの紹介にもなるっちゅう訳や」
シンボリルドルフはなおも不敵な笑みを崩さない。だがタマモクロスには確実に追い詰めている実感があった。
「しかしそこで想定外のことが起こった。何か月経っても、VRウマレーターが完成しなかったんや。そしてその場合VRウマレーターを使ってPVを撮っていたという事実は
暴走の危険性、人体への悪影響。VRウマレーターは一応このふたつを理由に封印されていた。それを生徒が使用していたとなったら……
「ゴルシの話を聞く感じ、VRウマレーターは99%は安全な機械のはずや。あいつが1%のバカだったってだけでな。だが世間がなんて言うかは想像に難くない」
危険な機械を生徒に使わせるな! とバッシングが来ることは間違いない。もしPV発表の1日でも前に完成していれば、発表前にすでに完成していてPVをとっていた、と言い張ることができる。しかし現実はそれができなかった。
「だからあんたは実際に撮影が行われたことにするしかなかったんや。当然キスもな」
タマモクロスはシンボリルドルフのほうを見る。
……だが、追い詰められたはずのシンボリルドルフは笑っていた。
「どうした? 何がおかしい。この推理は大きくは外れてないはずやで」
「ふふ……いやね、非常に面白いお話だとは思ったよ。なかなか筋は通ってる」
だが、とシンボリルドルフは続ける。
「
タマモクロスが黙る。それは一見、シンボリルドルフに屈して絶句しているように見えた。しかし…
「……なぜ笑っている?」
それを聞いたタマモクロスの顔もまた、笑っていた。
とっておきの鬼札を切る時が来たのだ。
「証拠ならある。……これや」
タマモクロスが携帯に保存してある写真を見せる。
ここで初めてシンボリルドルフの表情がゆがむ。
「……これをどこで?」
タマモクロスがしれっと答える。
「さあな。どっかに探偵に味方してくれる酔狂な
それは生徒会のスケジュール帳の、とあるページのものだった。
そこにははっきりと
17.
誰が盗ったか、それはもちろん気になるが、今はそれ以上に知りたいことがある。
「……どうしてスケジュール帳に証拠が残っているとわかった?」
タマモクロスが最初に生徒会室に来てからわずか2日しかたっていない。その間警戒は怠らなかった。カギは生徒会役員しか持っていないし、戸締りもしっかりとしていた。『なんでもいいからVRウマレーターを使った証拠をとって来い』という漠然とした指示で、取ってこれるものでは決してない。
「……一番最初や」
「一番最初? あの生徒会室に来た日か?」
そうや、とタマモクロスがうなづく。
「あの日、ウチはスケートリンクの使用日について尋ねた。そしてあんたは
タマモクロスはその日のことを思い出しながら話す。
「会長、あんたはスケートリンクの使用日が含まれるスケジュール帳のページに、ウチに見られて困る箇所がないことを知ってた。だからあえて自分の急所であるスケジュール帳を見せることで、逆にそれに対しての不信感をなくそうとした。対してエアグルーヴはそれを把握しきれていなかった。万が一VRウマレーターについて記述のあるページだったら、それが原因ですべてがバレることだって十分にありうる。だからエアグルーヴは日誌を持ってきた。日誌は学校に提出する、いわば
これはトレセン学園生徒会の誇る会長と副会長、ふたりがともに優秀だったが故のすれ違いである。シンボリルドルフ、は生徒会長として自身のスケジュールを完璧に把握していたからこそ、攻めの姿勢が取れた。対してエアグルーヴは、スケジュールを把握し切れていなかったものの、瞬時にそこに潜む爆弾を見つけ、あまりにも自然にそれを処理した。いわば守りの姿勢である。
そのほんのわずかのズレをタマモクロスは見逃さなかった。
「これでウチの手札はすべて切った。だがあんたの逃げ場ももうない。ウチからの要求は一つ。……なに、今更PVを非公開にしろなんて言う気はあらへん。ただ……」
タマモクロスの語気がわずかに怒りを帯びる。
「オグリに謝れ。そんでトレセン新聞で今回のことは嘘でした、撮影はしてませんと言え。それだけや」
これに対して、シンボリルドルフが言う。
「それはできない。撮影した、と言ってからそれを否定するなんていかにも怪しい。それによって注目を浴びることは避けたい。他の生徒の中にもVRウマレーターにたどり着くものが現れるかもしれないからだ」
だがタマモクロスは譲らない。
「知らん。それはそっちの責任や。そっちで何とかしい」
シンボリルドルフは大きくため息をついた後、語り掛ける。
「そうか……
そしてそのまま、驚くべきことを言い放つ。
「じゃあ君はどうだい?
タマモクロスがドアの方を向く。
……そこにはオグリキャップが立っていた。
18.
薄暗い夕闇の中、生徒会室の明かりだけが、煌々と光っていた。
一瞬の静寂の後、オグリキャップが言う。
「なあ、タマ。もういいんだ。私は会長と撮影をしたよ」
「……それでいいんか?」
オグリキャップの表情に迷いはない。
「ああ。いいんだ」
タマモクロスはシンボリルドルフをにらみつける。
「なんや……全部
シンボリルドルフはタマモクロスが真実にたどり着いたことに気付いていた。そしてそうなってしまった以上、当事者のオグリキャップにまで真実を隠しておく必要はない。
タマモクロスが推理や証拠集めに動いている間に、シンボリルドルフは
タマモクロスは怒っていた。勝負はついていたのに、さも終わってないかのようにふるまい、自分を躍らせたこと。そして、どんな手を使ったかわからないが、オグリキャップが恥を忍んで学園のために折れるように仕向けたこと。
だが、元々はキスをしたと噂されるオグリキャップのための推理である。
最後にタマモクロスは捨て台詞を吐く。
「この数日間の推理も全部無駄だったんやな。えらいただ働きさせられてもうたで」
行くでオグリ、と生徒会室を出ようとするが、
「無駄だった、か。いや
シンボリルドルフが意味深長なことを言う。しかしタマモクロスはそれには取り合わず、生徒会室を後にした。
~エピローグ~
結局あの後、PVはそのまま配信された。
タマは、なんでウチがいないんや! オグリのスケート10秒もやるくらいなら、ウチも出さんかい! と怒っていた。
私はあのPVをいいとも悪いとも思わないが、世間ではにわかに注目をあびたようで、結果的には大成功だったのではないだろうか。
またVRウマレーターはいまだに完成していない。まあ私は外で走る方が好きだから、問題はないのだが。
「なあ。オグリ。もし、もしやで。VRウマレーターの映像技術に注目して、どこかの企業がウマ娘の育成ゲームを作ったとするやろ」
突然タマが変なことを言い出す。
「その時に、もしかしてウチは実装されないんとちゃうかな……?」
どうして? と聞くと、
「だって、今回の人気ウマ娘を集めたはずのPVにも呼ばれなかったし、その上VRウマレーターの件で会長に嚙みついたんやで! その腹いせで、永遠に封印されるかもしれんやんか!」
そんなことはない。タマのことを好きな人はたくさんいる。……そう言ってもタマの不安はぬぐえないようだ。
「全く、結局無駄になるんやったら、あんま推理せんほうが良かったかもなあ」
そんな愚痴を言うタマに、それは絶対にない、とはっきり言ってやる。
「あんたがそう言ってくれるなら、よかったで!」
タマがいつも通りの笑顔を見せる。
そう、本当に
明日からまたいつも通りの日常が始まる。
走り続ける限り道は続いていく。
「明日も朝練頑張るで!」
「……ああ」
私は、あのPVを見てトレセン学園に入学してくる未来のライバルに負けないように頑張ろう、そう思った。
〜残された謎〜
――1日前、生徒会室
「……なんだ会長。話って」
「ああ、そこに座ってくれ。……君には真実を話そうと思う」
「……いいのか? どうしても言いたくないから隠していたんじゃないのか?」
「事情が変わった。君の相方はすでに真相にたどり着いている。証拠もつかんでいるかもしれない。それなら君が真実を知るのも時間の問題だ」
「……タマは本当のことを知っているのか?」
「あくまでおそらくだが、ほぼ間違いない。明日にでも生徒会に乗り込んでくるだろう」
「……わかった。じゃあ今回の件について説明してくれ」
「ああ。まずはじめに……」
「なるほど。そういうことだったのか」
「そうだ。そして君には申し訳ないが、撮影は行われたということにしてほしい。学園の信用問題にかかわることなんだ。頼む」
「……頭を上げてくれ会長。わかった。じゃあ撮影は行われた、そう言うことにしよう」
「……やけにあっさり了承するじゃないか。君は嫌だったのではないのか?」
「嫌ではないと言ったら嘘になるが、私はあまり気にしない。ただ、どうしても私がキスをした、と思われたくない人がいたんだ」
「……なるほど」
「そして今、その人だけは、私がキスをしていないという真実を知っている。ならそれでいい」
「そういうことか。ふふ、彼女も隅に置けないな」
「どういうことだ?」
「いや、こっちの話だ。話はそれだけだ。時間をとらせて悪かった。そこにあるお茶菓子全部持って行っていいぞ」
「本当か! 助かるぞ! 会長!」
そのままオグリキャップは持てるだけのお茶菓子を持って、生徒会室を出ていった。
オグリキャップはタマモクロスにだけは自分がキスをした、と思われたくなかった。
しかし彼女自身、なぜその感情がわいてくるのかはわからない。それを知るのはまだ先の話である。
とんでもなく難産でしたが、自分的には気に入ってます笑
ほんとウマ娘って初期PVから、よくこれだけ持ち直したよなあ…
※蛇足ですが、解説です。
シンボリルドルフがわざわざタマモクロスの謎解きを聞いていたのは、外にいるオグリキャップに、タマモクロスが本当に真相を暴いているのかを確認させるためです。
本文中に入れられなかったので、一応。